タイトル:凍傷予防アイテム開発マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/01 23:04

●オープニング本文


 西暦二千八年十二月、クラブ・エースことボブはグリーンランドへと派遣されていた。数日前に行われた意見交流会の後で開発された唐辛子パックを試すためである。
「それで私もついてきているわけでして」
「誰に話しているんだ?」
「誰って、遠い場所から私達を見守っていてくれる人に決まってるじゃない」
「だからそれは誰なんだ?」
「知らないわよ、そんなの」
 実験するに当たり一人では正確なデータがとれないと判断した開発者コバルトは、助手であるボブの他にもう一人実験台を用意した。ボブの部屋に住み着く妖精カリンである。
「それで今日は何するんだっけ?」
「‥‥唐辛子パックの凍傷予防効果の検証だ」
「ふーん。だったら実験後この唐辛子食べちゃってもいいんだよね?」
「一応言っておくが、足に張るものだぞ?」
「それが何か問題なの?」
 妖精とコバルトは呼んでいるが、カリンはれっきとした人間だった。だが時々見当違いの話をするため、人間にあらざるもの、つまり妖精とコバルトは認識していた。一方でボブもカリンをブラック・ジョーカーと呼んでいたが、当の本人は特に気にした様子はなかった。

 話は数日前まで遡る。ボブがコバルトに呼ばれて研究所に向かったのだが、そこで手渡されたのが今回使う唐辛子パックだった。唐辛子に凍傷予防の効果があることを知り、その機能を備えた靴を開発するつもりだったからである。だがボブはこれに反対。アクセサリーとすることを提案した。
「靴の中にはグラップラー用の攻撃武器もあります。そういう武器まで考えれば、アクセサリーの方が汎用性が高い」
「だけど開発するの面倒でしょ?」
「面倒とかそういう問題じゃないですから」
 コバルトの興味はAU−KV、そしてそれを使うドラグーンにしかなかった。だが一方でボブは他のクラスも研究すべきだと考えている。意見の食い違いはいつものことだった。ボブとしてもわざわざ特筆するべきことではなかったのだが今回は多少違う。アクセサリーとして使いたければ、その有用性を示して来いということだった。そしてその結果行われることになった実験が、二人をグリーンランドのどこかにパラシュート降下させ、チューレ基地まで旅をさせるというひどく乱暴なものだった。

「それでどうするの?」
「とりあえずチューレ基地を目指せということだ」
 地図を開くボブ、だが見渡す限りの雪原で北も南も分からなかった。とりあえず武器防具を始め一通りの装備はある。ネットでかじった程度ではあるが知識もある。それに何かあれば救援隊を派遣してくれるということだった。
「そういえば入学式でなくていいの?」
「誰かが俺の代理に参加してくれるさ」
「それじゃ私の代理がいないじゃない」
「‥‥」
 そんな会話を繰り返しながら、二人は進むのだった。 

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
マクシミリアン(ga2943
29歳・♂・ST
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ルクレツィア(ga9000
17歳・♀・EP
火絵 楓(gb0095
20歳・♀・DF
青海 流真(gb3715
20歳・♂・DG

●リプレイ本文

 真冬のグリーンランド、特にその日は極夜だった。夏の白夜と冬の極夜、それは北極圏でしか見られない稀有な現象である。太陽が姿を現さず、正午を回っても幽かに空が白味を帯びるだけだった。僅かに木々が立ち並ぶだけの銀世界の中に梟の鳴き声だけが響く。初めて体験した能力者達も驚いたものの次第に落ち着きを取り戻す。そんな銀大地に降り付いた能力者達の中で、赤霧・連(ga0668)は一人転がりながら雪の感触を確かめていた。
「雪が柔らかいです、柔らかいですよ〜」
「楽しそうだな」
「これは残念の意思表示なのですぅ」
「クリスマスもやったんだ。充分だろ」
「ダメです。楽しいことはどれだけやっても足りないのです!」
 UNKNOWN(ga4276)が声をかけるが、まだ物足りなそうに回る赤霧。だがしばらく回転したところで綿貫 衛司(ga0056)が止めた。
「それ以上は止めたほうがいい。クレバスに落ちる」
「クレバスですか?」
「簡単に言うと溝の事だ」
 雪と氷で覆われているグリーンランドでは、所々氷の亀裂が入っている亀裂が有る。それがクレバスと呼ばれていた。
「十メートルを超える深さのものあると聞く。極夜で視界もいいとは言えない、あまり無茶しないほうがいいかと思います」
「お絵かき道具みたいな名前の割に怖いものなのですね」
「あまり関係ないと思うんだが、そういう解釈も面白そうだな」
 そう答えたのはマクシミリアン(ga2943)だった。凍結したかのように整えられた髪が雪明りでわずかに輝いている。
「今回は戦闘もそれほどなさそうだ。それほど根を詰めることもあるまい」
「ですね、あとはこの唐辛子パックの検証でしょうか。折角なので足と腰と頂と‥‥UNKNOWNさん、自分で出来るので大丈夫ですよ?」
「こういった類のものは使用方法を間違うと効果が半減する。私が正しい使い方を伝授しようと思うのだがどうだろう」
「遠慮しておきますね。それに試作品の道具にまで精通しているとは思えませんから」
 そっけなく答えるのはルクレツィア(ga9000)だった。別にUNKNOWNが嫌いというわけではないが、異性はまだ苦手というのが彼女の本音である。その辺りを理解しているのかUNKNOWNも抵抗せず、いつもどうり唇の端に微笑をたたえ煙草を楽しんでいる。
「ところでクレバス以外に危険な場所はありますか? クレバスには先回りして目印の旗を立てておこうと思いますが」
「ちょっとまってな、今確認してる」
 地図を広げて格闘しているのは須佐 武流(ga1461)だった。今回地図を申請したことで、GPSと地図を照らし合わせながら現在位置を確認する役割を担当することになっている。
「中間地点あたりに谷があるな、雪崩が来ると危険かもしれない。だがそれを超えれば楽なもんだ」
「天候やバグアの襲撃なんかは?」
「そこまで分かるかって。俺は神じゃないぞ」
「分かってよ。あたしは冷凍バナナ作りたいんだから」
 そう言って荷物からバナナを取り出すのは火絵 楓(gb0095)だった。
「さっき食べてみたらまだ普通に食べられたんだ。あたしとしては『さあバナナ食べよ〜‥‥凍ってる‥‥』って展開を期待してたのに」
「それはあんたの都合だろ?」
「冷凍バナナですかっ、それで釘とか打つんですね」
「知らん」
 赤霧が助け舟を出すが、須佐は切って捨てる。そして赤霧は抵抗する意味を込めて、再び雪の上を転がる。傍観するUNKNOWNとマクシミリアン、そして綿貫が再び止める羽目となっている。その傍らで青海 流真(gb3715)はカイロのような袋に入った唐辛子を見て、どうやって塗るのかを思案しているのだった。

 ボブとカリンの進行は能力者達の予想より遅かった。理由は極夜で周囲が暗かったためである。
「何か楽しそうに話してますね」
「苦労があった方が盛り上がるからな」
「吊り橋効果だっけ?」
「そうだ」
 二人の様子を餌に異様な盛り上がりを見せたのは赤霧、マクシミリアン、青海だった。たまたま見張り番が一緒だったこともある。須佐とルクレツィアが先回りしてクレバスの確認、UNKNOWNがそれに同行。綿貫と火絵でテント設営の場所確保に向かっているために残された三人と言えなくも無かった。
「ボブさんがカインさんにチョコレート渡してますよ。クリスマスでもバレンタインでもないのに、これはきっと愛の告白なのです!」
「二人はもう付き合っていると聞いたが?」
「それに突き返されてるわよ?」
「それはですね、きっとカインさんが照れ屋さんなのです。だから素直になれないのですよ」
「二人しかいないのにか?」
「ボクなら自分から告白するけどな」
「それですね、きっと。カインさんは告白するタイミングを見計らっているのです」
「青春だね」
 思い思いの言葉を口にする三人、そこに先行していた須佐達から連絡が入る。巨大なクレバスがあるため、手伝ってくれないかというものだった。

「助かった。これで多少楽になる」
「いや、気にするな」
 そこにあったのは、幅は広くないものの広範囲に広がるクレバスだった。それほど被害は大きくないだろうが、迂回しようとすると時間がかかる。そのためにクレバスの広がる入り口の部分から旗を置き、迂回するを促すように仕掛けることにした。
「これで問題ないかな?」
 寒そうに身体を震わせているのはルクレツィアだった。
「後は綿貫さんの鏡で誘導すれば問題ないだろ。それより寒そうだが大丈夫か?」
「この唐辛子パック、思ったほど効果は無いようですね」
「仕方ないんじゃないか? たったこれだけで氷点下の気温を耐えられるまで効果があるとはおもえねーし」
「だな。弓でKVを落とそうとするようなものだ」
 グリーンランドの冬は平均でも氷点下五度を下回る場所がある。唐辛子パックは足の毛細血管を広げる役割があるだけで、寒くなくなるわけではなかった。
「ちょっと後の討論会で審議しないといけないですね」
 防寒具関連はどうしても重量が問題となる。今回の唐辛子パックはそれの解消になるかと思っていただけに、彼女の落胆は大きかった。
「それでも凍傷を免れるだけも充分だ。最悪足が使えなくなると聞いていたからな」
「だがダシは取れそうにないぞ」
 スノーシューズから唐辛子パックを取り出すマクシミリアン、だがすでに変色を始めている。
「とりあえず戻りましょう。綿貫さんと火絵さんも待っているでしょうし」
「そうだな」
 日が昇らないため、既に周囲は暗くなっている。時間の感覚はかなり薄れているが、時計ではまだ夕飯にも早い時間であった。それでも戻る用意をする能力者達、通信で綿貫と火絵に連絡を入れ戻る旨を伝えようとするが、通信が不調を訴えてきた。
「どうした?」
「壊れたでしょうか、ちょっと繋がらないです」
 赤霧が通信機の角を斜め四十五度の角度から殴りつける。だが通信機は相変わらず砂嵐を音を出している。
「嫌な予感がするな、急ぐか」
 そして能力者達は足早に帰るのだった。
 
「通信機の調子は?」
「ぶっちゃけ微妙。具体的にいうとボブっちとカインちゃんの仲の進行具合ぐらい」
「よくわからないぞ」
「わからなくて大丈夫。せっかく二人に変装して脅かそうと思ってたのに」
 唇を尖らせる火絵、隣では綿貫がショットガンを構えている。二人の前にいたのは二頭ヒョッキョクグマだった。救いがあるといえば本物のホッキョクグマではなく、キメラであることだった。
「本物ならワシントン条約に抵触するが、これなら問題あるまい」
「そういう問題?」
「笑った方がいいか?」
「結構自信あった」
 口数少なく言う二人、そこにクレバスの元に行っていた六人が戻ってくる。
「クマさんなのです、おっきなクマさんなのです」
「近づくと噛み付かれるぞ?」
「噛み付くなんてないですよ。クマさんといえば好きな食べ物はハチミツ、趣味はダンスというのが相場なのですよ?」
 マクシミリアンの制止も聞かず近づく赤霧。右手を差し出しダンスを求めると、クマの返答は背骨を砕くほどの熱い抱擁だった。
「だから無理するなと言ったのだがな」
 普通に攻撃してはかえってクマを刺激することになりかねない。どうすべきかと躊躇する
ルクレツィアと青海だったが、マクシミリアンとUNKNOWNはいつものように微笑を浮かべながら唐辛子パックを取り出す。
「いいダシとれてるぞ。こいつをやろう」
「一つでは物足りないか、俺のもプレゼントだ」
 飛来する赤い物体、それはクマの眼に直撃する。断末魔のような悲鳴を上げるホッキョクグマ、だが激昂するあまりに赤霧を掴んでいた手を離す。
「クマさんの好物はハチミツじゃないのですか、これはきっと悪いクマさんです」
「普通クマは肉食じゃない? 鮭とか食べそうだけど」
「確かにあの巨体をハチミツだけで支えられるはずもないですからね」
 青海とルクレツィアも言う。だが一人赤霧だけは納得していない。
「クマさんはハチミツ好きで私とダンスを踊るのです。ちょっと今後の抱負にしますからね」
「それはともかくまずは現状を何とかするべきじゃない? ボブっちの方も気になるし」
「それもそうだな」
 やっとそれぞれに武器を構える能力者達、それに呼応するようにクマも襲い掛かってきた。

 初撃は須佐だった。大きく振りかぶったクマの右手を紙一重で回避し、刹那の爪を叩き込む。合わせる様に綿貫がショットガンを打ち込んだ。とどめにマクシミリアンの超機械とルクレツィアのフリージアが吼える。一方で火絵と青海はもう一頭のクマと近接戦を繰り広げていた。
「ホント、おっきいよね。でもこんな形で実物に会いたくはなかったかな」
「それはあたしも同感。どうせなら赤霧さんみたいに踊れるクマさんがいいな」
「でもそれって、中に人とか入ってないかな?」
「中の人なんていないのよ」
 戦いながらも不服を漏らす火絵と青海、援護するようにUNKNOWNがスコーピオンを放つ。だが赤霧だけはクロネリアを抱えたまま戸惑っていた。
「どうした?」
 綿貫が怒りを抑えつつ声をかける。
「折角だからダンスおどってもふもふしたかったです」
「だからといってここで武器をとらないのか?」
「ですよね」
 やっと弓に矢を番える赤霧、そして意を決したように放つ。それは眉間に命中し、クマは倒れる。
「毛皮は大事にしてやればいいんだよ」
「キメラの毛皮を使うのか?」
「防寒具にはなりそうだな。青海さん着るか?」
「でも下のスパッツは譲らないからね」
 倒したクマを見つめつつ、今後の対応を考える能力者達。その中で出てきたのは、何故キメラに襲われたのかという原因究明だった。
「おそらくチョコレートの匂いに反応したのだろう」
「私の?」
「食料はテントの外においておいたほうがいいだろう」
「んー」
 なんとなく納得できない火絵、しばらく考えて一つの考えに思い至る。
「そういえばボブっち、カインさんにチョコ渡してなかった?」
「そういえばそうだったな」
 思い出したようにマクシミリアンが答える。その答えに満足そうに火絵はしきりに頷いていた。
「だよね、だよね。だから私ちょっと忠告してくる。それじゃ」
 そう言って火絵は自分の荷物一式をまとめて姿を消す。
「‥‥彼女はなぜチョコレートの事を知っていたの?」
 青海が疑問を口にしたが、その疑問に答えられるものは既に変装しボブとカインのテントへと向かっていた。

 その後、ボブ達はレッドファントムという怪人の助言もあり、無事チューレ基地にたどり着いた。折角クマを倒したためクマ鍋にしようかという案もあったが、キメラ肉は研究対象であることから却下。代わりに依頼人であるコバルトから渡された唐辛子を元にチゲ鍋で落ち着くのであった。