●リプレイ本文
「お久しぶりです〜こんなに離れた北の地でお会いできるとは思わなかったです〜」
「私も思わなかったよ。しかもこんな姿になっているとはね」
チューレ基地、依頼を受けた能力者達はマックス・ギルバート、トーマス=藤原の病室を訪れていた。だがマックスは左腕を吊られ、トーマスは右足にギブスが巻かれている。大丈夫という言葉には多少遠い状態であったが、二人は特に気にした様子は無かった。
「まず確認したいんですけど、マックスさんは大佐でいいのでしょうか?」
恐る恐る尋ねるエレナ・クルック(
ga4247)、隣ではいかにも依頼だから仕方なく付いてきたというオーラを全身から発している地堂球基(
ga1094)が頭を掻きながら立っている。今回依頼を受けたのは四名だったが、他の二人は思うところがあり今は姿を見せていなかった。
「その男は大佐じゃないんだと。名誉顧問? 臨時教官? まぁそういう感じの役職だそうだ」
マックスに代わってトーマスが答える。
「本当ですか?」
「そんな感じだね、何というか間に合わせらしい。どうやら上で何か揉め事を抱えているようだ。私もこんな感じで呼ばれるとは思わなかったよ」
多少大仰に溜め息をついた振りを見せ、マックスが病室に飾られた果物かごからリンゴを取り出しエレナに見せる。「食べますか」という意味の質問だったのだが、エレナはそのリンゴとフルーツナイフを取り上げ、剥き始めた。
「念のためですけど、そのリンゴに毒が仕込まれていることとか無いですよね?」
物騒な事を言い出す地堂、エレナは思わず作業の手を休め地堂の方を見る。だがマックス、トーマスはその意見を笑って吹き飛ばしていた。
「それはUNKNOWNが持ってきてくれたものだ。土産とか見舞いとか言っていたが、きっと恥ずかしかったのだろう」
「病院内で煙草を吸おうとしたから、きっと緊張していたと思うぞ」
UNKNOWN(
ga4276)、周防 誠(
ga7131)はそれぞれ別に見舞いに来ていた。情報収集の円滑化、狙われる危険性の回避をするためである。そしてUNKNOWNがついでに持参したものが、今エレナの手にあるリンゴだった。
「ちなみに親子旅行じゃないぞ?」
「親子旅行? 誰かに言われたんですか」
「そう言って自分から墓穴を掘るのだからトーマスもまだまだだと思いませんか?」
再会を楽しんでいるか彼に対する当て付けなのか、珍しくトーマスも饒舌に話す。マックスに指摘されても怪訝な顔を浮かべるのみだった。
「そういえばウサギのリンゴなんかをつくりやがったんだぞ。あの男」
思い出したように言うトーマス、だが彼の言葉にエレナの手が止まる。既にリンゴは半分ほど皮を剥き終わっていたが、途中からウサギリンゴへと方向転換したからである。
「別に普通に剥けばいいじゃないか?」
自然ともいえる疑問をぶつける地堂、だがエレナは笑っているだけで答えることは無かった。
「それで話を戻すが、私の役職は正直な話不明だ」
数分後、リンゴは無事ウサギの形に皮を残した姿に変わっていた。ウサギリンゴを頬張りながら答えるマックス、既に左手が使えないことに慣れているのか、器用に右手だけでリンゴにフォークを突き立て、一呑みしている。
「そんなことがあるんですか?」
「それがあるんだよ」
トーマスがため息交じりに答えた。
「知っていると思うが、この元大佐は自分の意思で軍を辞めやがった。だから軍としてもすんなり元の階級に戻すのは他の連中に示しが付かないとか、役職が開いてないとかそんな理由で快く思わないものがいるってわけだ」
「ということはそれが内通者?」
思わず出そうになる言葉を地堂は飲み込んだ。それがどれだけ危険な言葉かに気付いたからである。
「言葉には気をつけたほうがいい。壁に耳あり障子に目あり、病室にUNKNOWNありだ」
「え? いるんですか、UNKNOWNさん」
「隣の病室にでもいるんじゃないか? 特別に喫煙を可能にできないか事前に交渉しておいたから、喜んで吸っていると思うが」
「そんな男なのか?」
まだ面識が無いのだろう、地堂が尋ねる。するとエレナは苦笑を浮かべて頷いた。
「そんな人ですね」
「そんな人だな」
トーマスも同意する。そして実際に隣室で煙草をふかしていたUNKNOWNは声を出さないように唇だけ歪めて笑っていた。
同じ頃、周防はKVの滑走路を見に来ていた。どうすればアイスバーンが出来るのか、それを確かめるためである。
「そんなに簡単に出来るわけじゃないんですね」
整備を担当している人から聞いた話では、水を撒いていれば勝手に出来ると言われていた。だから自分で実験して作ろうとしたのであるが、中々作ることは出来なかった。そこでもう一度確認したところ重要なのは、ただ氷が固まるのを待つのではなく、上から力を加える必要が
あるということだ。
「どういうことでしょうね」
自然に作成されるものであれば、水さえ張っておけば完成する。つまりアリバイというものが無くても大丈夫であった。だが水を張った後に力を加えるとなると、それ相応の準備をする必要がある。更に言えば、マックス、トーマス親子の前に気付かれるわけにはいかないという条件もあった。
「何となく見えてきましたね」
周防は一旦情報を整理するために、マックス、トーマス親子の病室を訪れることにした。
一度隣の部屋をノックした後で周防はマックス、トーマスの病室に入る。そこには既に地堂、エレナの姿は無かった。
「二人はどうしたんです?」
「地堂君は貨物、エレナ君はシフトを調査に行ったよ。それぞれ思うところがあるらしい」
「なるほどね」
UNKNOWNがどこにいるのか知っているためか、周防は彼について尋ねなかった。そしてマックスもトーマスも尋ねたりはしなかった。
「ところで何か分かったことがありますか?」
マックスに言われて、周防は声を潜めて答える。
「アイスバーンについて調べてみたんですけど、いくつか気になることがあるんです。憶測交じりですけど聞いてもらえますか?」
「もちろん」
マックスの隣ではトーマスも頷いている。それを確認して周防は話し始めた。
「アイスバーンなんですが、単に水を張るだけでは作れません。ある程度圧力、つまり車両やKVを通す必要があります。しかし完成した後では滑りやすくなるのですぐに発見されます。そこから考えた結果、一番怪しいのは管制官だと思います」
「‥‥」
「違いますか?」
急に黙り込む二人、その反応不安を覚える周防。そんな心中を察したのかマックスは言う。
「ここから先は内密にな。こちらが動けばあちらも動く、こちらの動きを悟られぬように」
「ですね」
その時地堂からも連絡が入る。事件前日貨物を扱ったものから、特定の滑走路だけが一定時間使われていないという報告が入る。それを聞くや否や隠密潜行を使用する周防、そしてそのまま病室を後にするのだった。
その日の夜、二人が寝静まった頃に病室を訪れる影があった。既に面会時間は過ぎている。既に日は落ち、照明も消されている。だが影は構わず、まっすぐにマックスとトーマスのもとへと向かっていた。
物音を立てないよう扉は開かれ、影は病室へと侵入する。懐中電灯などはもっていない、看護師ではないことは明らかだった。暗闇の中を月明かりを頼りにベッドの膨らみを確認する影、そして近くに置かれていたフルーツナイフを手に取る。数時間前エレナがリンゴを剥くのに使ったナイフである。戸惑いを見せつつも影はナイフをベッドに垂直に構える。膨らみが動く様子は無い。どこかで鳴いている梟の声だけが妙に響いて聞こえていた。
「ごめんなさい」
女の声だった。何に謝ろうとしたのかはわからない。だが女の目には光るものがあった。そして意を決したようにナイフを膨らみに突き立てた。
「そこまでだな」
膨らみに反応は無かった。声も立てなければ血も出ない、ただのシーツの塊にすぎなかった。代わりに姿を現したのは、隠密潜行を行っていたUNKNOWN、そして周防だった。
「何かあったかは聞かないが、ちょっと派手に動きすぎだ」
「滑走路を一本使わなければ怪しまれる、その程度のことは考えられたでしょう」
影は女だった。UPCの軍服をまとう管制官の一人だった。予想外の人物の登場にナイフを捨て逃げ出そうとする女、だが地堂とエレナが入室し入り口を塞ぐ。
「マックスさんとトーマスさんは隣に移動させてもらいました」
「管制官の立場を利用し、二人を殺害しようとした。現行犯としてきみを捕まえさせてもらう」
覚醒する四人、そして武器を構えると女は両手を上げた。その後、ロープで身柄を拘束されるまで抵抗もすることはなかった。一般人であるため覚醒することも無い、囲まれた時点で諦めたのだろう。ただ一言、「二人を倒さなければ子供がバグアに殺されるの」という言葉だけを残して。