●リプレイ本文
「無理言っちゃってもうしわけないデース。でもこんな事は非常に困るのデース」
能力者達に自室へと集まってもらった依頼者ダニエル・アウラーは開口一番に詫びを入れた。両の手を合わせ、深く頭を下げている。
「こういうことは一番厳重に管理しているはずなのデース。なにせここにはキメラの研究をしている人が多くいるはずなのデースから」
「だが現実にこのようなことが起きている。詳しい調査はそちらにお任せしますが、何とか原因を突き止めてもらいたい」
ダニエルの奇怪な言葉遣いを気にした様子も無く、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はいつも通りの平静を保っていた。調査というものの必要性を感じていないわけではないが、それは調査に適した人物がやればいいという彼らしい合理的な考えだった。
「まずは地図をもらえないだろうか。話では以前もキメラ討伐が行われていると聞いた、その程度は準備されていると思うが」
「もちろんあるのデース」
合わせていた両の手を盛大に引き離し、ダンスでも演じているかのように軽やかに身体を反転させるダニエル。二回転半きっちり回ったところでポーズを決め、自分の机の引き出しに手をかけた。だが引き出しは動かない、ガタガタと音を立てているところを見るとどうやら何かが引っかかっているのだろう、傍から見ていた諸葛 杏(
gb0975)はそんな事を考えていた。実際彼の机の上も書類や本、辞書などが散乱しており、冗談でも整理整頓がされている状態とは言えない。引き出しの中にしても同じ事なのだろうというのが彼女の推察だった。
「ちょっと待ってくだサーイ。実はこれ、コツがあるのデース」
「ふーん」
おもわず間の抜けた声を上げたのが高橋 優(
gb2216)、カンパネラ学園の生徒である。それなりに腕が立つ事は事実だが、自分の才能を信じているためか他人を過小評価する傾向がある。今も自分の身の回りを整え切れていないダニエルに軽い苛立ちを覚えていた。
「こんなのでいいのか?」
心の中で呟く高橋、考えてみれば能力者の学園といわれるカンパネラには風変わりな教師が多い。正確に数えれば真面目な教師が多いのかもしれないが、個性的な教師の印象が大きいせいなのだろう、どうしても奇妙奇天烈な教師が先に浮かんでしまう。自分の才能を引き伸ばしてくれる人物がいればいい、それが彼の考えではあるが、同時に平穏を願いたいという理想も合った。最近そんな自分の理想がどこかかけ離れた位置に飛んでいきそうな心配を心の奥底で感じている。今回の依頼人であるダニエルにも言えることだが、過度に元気な人間は
好きにはなれない。そう自分に言い聞かせていた。
「そんな強引にしたら‥‥ってあちゃ、やっちゃったよ」
「私もよくやりますよAHAHAHA」
豪快な物音とともに空中に白い紙片が舞い上がる。机の傍にはダニエル、そして高橋と同じくカンパネラ学園の生徒であるしのぶ(
gb1907)がお互い笑いあっている。高橋にとって気になる人物の筆頭に上がるのが、今引き出しの中身を床にぶちまけた彼女だった。自分の好みの対極にいる存在である女性だが、だからこそ気になるとも言える。自分でも釈然としないものを高橋は感じていた。
「‥‥っとこれで全部だな。ん? これって地図?」
散らかった紙をそそくさ集めるのはブラスト・レナス(
gb2116)、高橋、しのぶと同様にカンパネラ学園の生徒である。今回は自分の学校での事件という事も一つの参加動機ではあるが、それとは別に中々進展しない高橋としのぶの関係を観察してやろうという野次馬根性があるのも事実だった。
「OH、ありがとうごさいますデース、ブラストさん」
「別に御礼はいいよ。それより地図上で現状を説明してもらえる」
「分かりましたデース」
それはA4サイズの紙に印刷されたものだった。全員で見るには多少小さいということで、ダニエルがホワイトボードに磁石で貼り付けて説明を開始する。
「まず始めに今回の目的地である場所はこの地点となりマース」
ダニエルが地図に一箇所、下水道の分岐点となる位置の少し下流の位置に赤ペンで印を入れる。分岐の先にはそれぞれ学園、寮と書かれていた。
「この下水道には学園と寮の下水が両方流れ込んできマース。ちょうどこの部分が合流地点、そして私がスライムを目撃したのがこの位置になりマース」
続いて印の僅か右、地図上で言うと上流にペンを運び、それから再び印の位置へと戻した。
「入る場所は? マンホールか何かあると思うが」
「それはこのマークの位置デース」
ホアキンの問いにダニエルはペンを別の場所へと移動させる。そこには黒く塗りつぶされた三角のマークがつけられていた。
「どこから侵入するかは皆さんに任せるのデース」
「そうか」
諸葛が曖昧な言葉で返事をする。下水の中は悪臭が漂っているという話を既に聞いているだけに、できれば長時間いたくはないというのが彼女の思いではあった。だがダニエルがスライムを目撃したという地点から多少範囲を広げなければ殲滅はできないだろう、そんな複雑な気持ちからか多少後ろ向きな思いが残っている。
「ところで、その学園と寮の合流地点っていうのは何か特別な意味はあるの? 化学反応を起こしやすいとか」
「そうなの?」
「難しい問題デース」
高橋の問い思わず声を上げるしのぶ。その後視線は自然とダニエルへと集まったが、当の本人は唇を尖らせ困った表情を作っていた。
「可能性が無いわけではないのデース。ですが普通なら起こらないことなのデース」
「どういうこと?」
何か含みのある言い方にブラストが質問する。
「例えば水と水を混ぜ合わせても変な物質が生まれる事はありまセーン。キメラの生態がまだ解明されていない今、人類が意図的にキメラを作り出す事はできないのデース」
「そうだろうね」
諸葛が同意を示す。他の能力者の中にも異議を唱えるものはいなかった。
「つまり誰かが変な物体を流したってことでいいのかな?」
「私はそう考えていマース。そしてこれから言う事はこの場だけに留めてもらいたいのですけどいいデースか?」
改まった言い方に多少身構える一同。全員の意思を確かめた上でダニエルは再び話し始める。
「既に知っている人も多いと思いマースが、この学園ではキメラの研究も盛んに行われていマース。当然それ専用の機器や施設なんかも存在していマース」
「そうだろうな」
ホアキンの言葉にダニエルは大きく首を縦に振った。
「そんな機器や施設の関係手、キメラの研究は基本的に学園内で行われているのデース。デースが中には寮で研究している人もいるのマース。例えば時任先生なんかは寮全体が研究施設になっているのデース」
「聞いたことはあるね、その名前。一番偉い人だっけ?」
「厳密には違いマースが、大体そんな感じデース」
学園生であるブラストの問いにダニエルは答える。
「だけど、それって結構有名な話じゃない? 別に隠し事する必要ないと思うけど」
「問題はここからデース」
一呼吸置いてダニエルは続ける。
「時任先生を真似てなのかどうかは不明なのデースが、最近は独自でキメラの研究をしたいという学生も増えているのデース」
「‥‥あ」
しのぶが不意に声をあげる。言われてみれば確かにそんな事をやりそうなクラスメートの顔が何人か浮かぶ。実際にやっているかどうかは不明だが、「バグアを退治するのは俺だ!」という正義感に燃えていたり、逆に「エミタとは違う方法でバグアを退治する方法を見つけて自分の名を世界に轟かせるんだ!」と野心を抱えている人が何人か心当たりがあった。
「でもそういうところも対応していくのが学校なんじゃない?」
高橋が不満ともとれる言葉を漏らす。
「否定はできまセーン。ですがキメラも多様化しているらしく、すぐに対応できないということらしいのデース」
「‥‥深刻だな」
能力者の台頭、KVを始めとする能力者用の武器防具の開発、大規模作戦の成功と人類側が押しているように見える現在の戦況ではあるが、実際のところそれほど有利にたっているわけではない。能力者の数は現在でも千分の一という確率を前後しているに過ぎず、一方でバグアの数は減っている様子がない。いち早く状況を打開するためにも何とか打開する手段を見つけたいと躍起するものもいる。だがそこにもバグアの罠は潜んでいた。素人が調べさせることによって、ラストホープへの進入を容易にしているというものである。
「狙ってやっていなければいいがな」
「それは難しいかもしれません」
ホアキンの消え入るような呟きにブラストは答える。
「人々の行動を制限することはできませんよ」
「そうだな」
この戦争、バグアが引き起こしたものであることに間違いはないが人類が独自の欲を出して後手後手に回ったことはすでに明らかになっている。それが現在の惨事を生んでいるのだが、今はまだその責任を問うべきときではなかった。
「まずはその下水に入ってみるしかないんじゃない?」
「そうですね」
臭いが結構きついという話を聞いて顔をしかめている諸葛ではあったが、だからといって放置するわけにもいかない。話を聞くとすでに一度キメララットが繁殖し、続いて今回のスライム騒動。今後のことを考えても何か手を打つべきだという事は明らかだった。
「まぁ何とかなるでしょ」
「だね」
思わず目を合わせるしのぶと高橋、だがなんとなく顔を赤らめさせ視線をはずしてしまう。このままでは話が進まないと感じたブラストがスライム捕獲用に漁網を申請、そして下水へと向かうのであった。
下水道の中は能力者達が考えていた様に暗かった。申し訳程度に周囲を照らす照明が意味を成していないように見えた。目が使えない分他の感覚に気を使おうとすれば、自然と黴と腐敗した水の臭いが鼻を刺す。予想していた事とはいえ、諸葛は眉を顰めていた。
「俺が前を行こう」
わずかばかりある通路を一列で進行する能力者達、最前列をホアキンと高橋が占めその後をブラスト、諸葛、最後にしのぶが歩く。数歩外れればそこには緑とも茶ともいえる水が歩くよりも遅い速度でゆっくりと下流に向かって流れていた。
「この水、どこに向かっているのかしら」
ふと諸葛が疑問を口にした。
「大体、このラスト・ホープって何なのかしら?」
「人類の最後の希望‥‥じゃない?」
自信なさげにしのぶが言う。
「UPCあるしULTあるしカンパネラ学園あるし、人類の最後の希望でしょ?」
「‥‥確かに今思えば不思議な点が多いな」
「ホアキンさんまでそんなこと言います?」
「いや事実だ」
ホアキンがふと足を止めた。
「俺は学園の下にこんなバグアの巣窟にもってこいの環境があることに不快を感じ依頼に参加した。だがよく考えてみれば俺達はこのラスト・ホープの成り立ちを知らない。誰か知っているものはいるか?」
ホアキンが周囲を見渡す。だが誰もが首を振った。
「確かにこのラスト・ホープは人類最後の希望だろう。そこを否定するつもりは無い。だが俺達の知らない部分が多いのも事実だ」
「確かにそうかもね」
ブラストも言う。
「KVもエミタについてもだけど、詳しい仕組みは今でも分かっていないからね。でも今は私達ができることをやるしかないんじゃない?」
「‥‥」
ブラストの言葉は誰もが理解できた。だが理解はできたが、まだ釈然としていないものを感じていた。自分達の目の前にあるものが今まで普通に生活していた学園の地下なのである。バグア襲撃以前も大都市の地下には地下鉄が走り、下水道が流れているという話は誰もが一度は聞いた事はある。だが実際にその様子を見たことは少ない。足が止まる一同。そこで高橋が声を上げる。スライムの登場だった。
高橋が見たのはグリーンスライム二匹だった。物理攻撃が効きにくいという意味では厄介な敵である。だが頭を使ってばかりだた今の状況にはどんな敵でもありがたかったというのが本音でもあった。
「悪いが今気が立っている。手加減できないからな」
水の中に入る高橋、それを心配そうに見つめるしのぶ。何か声をかけようとするが、何といえばいいのかすぐには出てこなかった。
「ユウちゃん、スライムだからって手を抜かないでよね!?」
凄い臭そう、後で磨いてあげなきゃ等思い浮かぶ言葉はいくつかあった。だがどれも微妙に違う気がする。そんな中で辛うじて思いついた言葉をかけるしのぶ、振り返って少し驚いた顔を見せる高橋。だが少しはにかむような笑顔を見せ、愛用の剣エンリルを引き抜いた。それを確認してしのぶもエネルギーガンを構えた。
「若いっていいわね」
まだ自分も若いが、何となくそんな言葉を呟くブラスト。二人が意識して行っているのかどうかは不明だが、何となく自分に対するあてつけのような気がしていた。
「まぁまだ私達も若いですよ」
慰めとも自分への戒めともとれる言葉を吐く諸葛。思わず苦笑を漏らすブラスト。だが今二人ができることは目の前のスライムを倒す事、それぞれ機械剣αとアーチェリーボウを取り出しスライム退治に取り掛かるのだった。
「掃除ありがとうございまシータ」
下水道での一仕事を終え、能力者達は再びダニエルの自室へと戻ってきた。終了の報告と漁網で確保したスライムを引き渡すためである。だがそこにはダニエルの他、見知らぬ生徒が二人いる。一度席を外そうかとも考えた一同だったが、ダニエルによると美景杉太郎と深郷田邦子の二人ということだった。今回ダニエルの調査を手伝っているらしい。そこで能力者達は彼ら二人も交えて依頼完了の報告をすることにした。
「気にする事は無い。念のため暗視ゴーグルで確認もしてきた、残っているキメラはいないだろう。それより問題の感染源だが」
「美景君と深郷田君にも確認してもらいまシータが、寮の方で誰かがキメラを流したみたいデース。今から見つけておしおきするのデース」
「それは良かった」
スライム掃討を終わらせ、能力者達は再びダニエルの自室へと集まった。出発前に頼んでおいた原因究明をするためである。
「ですが一口に寮といっても数多くありマース。そこから特定するには時間がかかりそうデース」
「まぁその間は何とかするよ」
学生である高橋、ブラスト、しのぶにとっては学園の下がどうなるのかは死活問題である。引くわけには行かなかった。