●リプレイ本文
「この中に『岩龍』が‥‥」
「ちゃんとこの子を完成させて飛ばさせたいわね‥‥」
トレーラーの荷台に詰まれたコンテナを見あげる煉条トヲイ(
ga0236)と緋室 神音(
ga3576)。
「俺が乗った事がある新型機はかなり扱い辛い機体だったが‥‥これはどうなんだろう」
まだ見ぬ岩龍は、どんな機体なのだろう? と、思いはつきない。
「親バグア派やバグアに破壊及び奪取されぬ様、守り抜いてみせる‥‥!」
トヲイの言葉に頷く神音。
「浅間中尉殿でありますか? 本日護衛に着かせて頂きます。稲葉 徹二と申します」
司令から出て来た浅間に緊張気味敬礼をする稲葉 徹二(
ga0163)。
「ルテナン(lieutenant)。いえ、中尉殿。自分たち能力者が連中と戦えるのも、補給あっての事であります。護衛はお任せ下さい。必ずお守り申し上げます、Sir.」
フェブ・ル・アール(
ga0655)もそう言って敬礼する。
「護衛‥‥では君達は能力者なのか? なら、サーはいい。君達はUPCの軍属では無いのだから」
「所属が違うとは言え、仕官の階級を持つ方です。兵隊の自分には、上官にフランクな態度を取れと言う方が苦痛でありますよ」
再び敬礼をするフェブ。
「ところで‥‥‥君は日本人かね?」
興味深げに徹二を見つめる浅間。
浅間にも徹二よりもやや年上の息子がいる。
「はい、自分は埼玉の生まれになります。自分の親父は航空自衛隊員でした」
過去形を使う徹二を怪訝そうに見つめる浅間の視線に気がつき言葉を続ける徹二。
「気にせんで下さい中尉殿。‥‥親父の墓は東京にあります」
父親をバグアとの戦闘で失ったという徹二。
「‥‥そうか、君の父上は勇敢に戦って散ったのか。さぞ、ご無念の事だと思うが、少し羨ましい気もする。こうして立派に思いを継いでくれる息子さんがいらっしゃるのだから。さぞ天国で誇りに思っていらっしゃることだろう」
徹二の父親同様、妻や子、家族を残して多くの自衛官がバグアとの戦闘で命を落としている。
ちらりと時計を見る浅間。
「すみません、中尉殿。出発の準備のお邪魔をしてしまいました」
「いや、大丈夫だ。だが、もうそろそろ準備をしなくてはいけないだろう。今日はよろしく頼む」
君らと話せて楽しかったよ。そういって待機所に歩いていく浅間。
その後姿を見つめていた徹二がパチンと両頬を叩く。
「‥‥糞、仕事前に入れ込むんじゃねぇ。この阿呆」
徹二が父親を失った時は6歳だった。基地に詰めっぱなしの父親と遊んだ記憶は少ない。
代わりにあるのは、厳格なゼロ戦乗りであった祖父との思い出ばかりである。
無意識に父親の姿を浅間の中に見たのかもしれない。
「入れ込むのはそんなに悪く無いさ。入れ込み過ぎるのは不味いけどね。さあ、私らも作戦会議だ」
くしゃりと徹二の頭を撫でるフェブ。
●作戦会議−出発30分前−
今回の輸送ルートは、何パターンあるルートの内、先程司令官が決めたルートである。
トレーラーが走るエリアは、親バグア派、反バグア派と住民が混在する地区が含まれる。
「特に警戒が必要そうなのは、トレーラーの運転を交代する時ですね」
「最も狙われ易い瞬間だ。一瞬たりとも気は抜けん‥‥」
「最寄の退避ゾーンに入って車のチェックをするフリをしながら待機すればいいだろう」
比留間・トナリノ(
ga1355)の言葉にトヲイと御山・アキラ(
ga0532)が頷く。
「あとは‥‥物々しくあからさまな護衛は、逆効果ですよね」
「では、私は初心者のフリをして車を運転しよう。いかにも初運転の感じで、道が判らずウロウロノロノロ‥‥後部から近付く不審車両には無理矢理車線変更で割り込んでテストすればいい。それでも速度を緩めず強引につくなら警戒すればいい」とアキラ。
「そうね、進路妨害とかもありえそうね‥‥いきなり道路上に飛び出してくる、というのも十分考えられるかしら?」と皇 千糸(
ga0843)が言う。
考えれば考える程、色々な心配事が出て来る。
「普通ならルートが漏れるはずは無いんだ‥‥もし漏れるとしたら『内通』も考えないとな」とフェブ。
「そうですね。親バグア派が来る時点で輸送計画がばれている可能性はありますね」と神音が答える。
「でも人間に銃を向けるのは、流石に気が重いわね‥‥‥」
そう言って千糸は、本日何回目か判らぬ溜息を吐く。
実際、複数の能力者から例え反バグアであっても人間である以上、なるべく傷つけたくないという話が出ていた。その為目くらましや目潰しを多用しギリギリまで武器を使わず、出来るだけ回避をする。直接交戦を望まない意見が殆どだった。
「でも、どうしても駄目な時は、やっぱり戦わなきゃ駄目なんですよね」
トナリノが蒼い顔をして言う。
「トナリノさん、大丈夫でありましょうか」
「うっうー。キメラやバグアだけが相手なら、まだ気が楽なんですが‥‥親バグアとはいえ人間相手は‥‥稲葉さんは平気なんですか?」
「自分は、自分の意思でバグアについている連中なら、容赦なく撃てます。ただ、操られているだけの人間なら‥‥撃ちたくないであります」
「戦い続ける以上、何れぶつかる問題なのよね」と千糸。
「あたしもキメラ相手なら幾らでも気持ちよく弾をぶち込めるんだがな。人間相手に戦争する方が慣れてるっちゃ慣れてるんだが‥‥やれやれ、バグアもえげつない事をしやがるよ」
フェブの言葉に苦笑いを浮かべる徹二。
「あと軍人2人とサルヴァの動向には、注意が必要だな。特にあのオッサンがこちらに害を成すなら容赦はしないでいいと思う」とフェブが言う。
当該のサルヴァと言えば、トイレだと今、この席にはいない。
「では、わたくしがトレーラーに同乗しますわ。歴戦の傭兵には‥‥‥とても興味が有りますもの」と鷹司 小雛(
ga1008)がにっこり笑って言う。
小雛の関心度でいけば、岩龍よりサルヴァの方に興味がある。
「サルヴァ様を以外の能力者が一人は同乗していた方が、水際の対応がし易いでしょう? ‥‥‥なんて、武田様を見張るついでになりますでしょうけど」
コロコロと笑う小雛。
「親バグア派はどこに潜んでいるのか分かりませんもの‥‥‥武田様をあまり疑いたくは無いですけれど、『自分から志願した』と言うのは疑うに足る理由ですわ」
●親バグア派
(「覚悟していたとはいえ‥‥やり辛いわね、どうにも」)
千糸が大きく溜息を吐く。
筑後川を渡って、福岡県に入ってすぐ親バグア派は襲って来た。
中には猟銃や刀を持っている者も少数いるが、ほとんどの者は包丁や鉄パイプ、角材などを手にしている。
「人に武器を向けるということは人を傷つける覚悟が、逆に自分が怪我をする覚悟があるということよね?」
神音が叫ぶ。
道の中央には廃材を集めて作られたバリケードがある。
これではバイクのトヲイと神音はバリケードを越えられるが、アキラ・千糸、フェブ・徹二・トナリノらの乗った一般乗用車では越えられない。
住民達がじりじりと間合いを詰める。
こらえ切れずトナリノが威嚇射撃をする。
「つ、つつつ次は当てますよ!? うっうー! すぐにこの場から立ち去ってください!!」
「‥‥銃、銃だぞ。あんな子供が‥」
「能力者なのか?」
ざわざわと住民達の中で騒ぎが起こる。
離れた距離からではトナリノの覚醒シンボル、右の瞳に照準器のような模様が浮ぶのは見て取れない。
ガツッ!
徹二やトナリノらが乗る乗用車に向かって投石を始める住民達。
トヲイと神音は、石を避けるようにトレーラーの後ろに一旦、下がる。
「‥‥‥全く追い詰められた人間が何をするか分からないわね」
千糸は、今度は隣でハンドルを握るアキラに聞こえるように溜息を吐く。
「皇、誰もが平和に生きる事が出来なくしてしまった。それだけだ。見た所、絵に描いたようなバグアはいないようだな。バグアの憑いた人間が煽動しているのか?」
「この距離では、判別がつかないわね」
一斉に威嚇射撃に銃を乱射して、住民らが距離をおいた後、トレーラーが一気に突っ込みバリケードを破壊、強行突破をしようと言う事になる。
「アイテール(Aether)‥‥‥私に力を貸して」
神音がAIに意識を集中させて、覚醒する。
背中に大きな翼のように見える虹色の燐光が生じる。
「やっぱり能力者だ! 殺して、荷物を奪え!」
誰が最初に叫んだかは、判らない。
「ひ‥‥人を撃つのは、初めてでした」
後部座席に座るトナリノの声が震えている。
「苦しかった泣いた方がいい。人を暴力で傷つけるのが恐ろしかったり、苦しかったりするのは、トナリノが正常なのさ」
「うっうー、泣いてなんかいません‥‥。で、でもしばらく震えがおさまりそうもないです」
襲って来た親バグア達の中にトナリノや徹二に近い少年や少女達も混じっていた。
徹二は新バグア派という者達の存在を知った時、激しい怒りを感じていた。
『何故、人を裏切り、バグアについたのか。子供から親を奪うのが楽しいのか』
そう問うて見たかった。
自分の撃った弾が当った中年の男が倒れた時、男の側に駆け寄り、泣叫ぶ妻らしい女と紛れもない敵意と憎しみ、怒りの表情を向ける二人の子供らしい幼い少年の眼が徹二を貫いた。
「クソ‥‥これが戦うって事なんだ」
唇を噛む徹二。
●内通者
「‥‥すみません、中尉。その‥‥」
武田が困ったようにトレーラーの後部座席でもぞもぞと動く。
「どうした、武田?」
隣に座るちらりと小雛を見た武田は、諦めたように言う。
「申し訳ありません! 自分は水分摂取量が多かったようです!」
「先導車と後続車、周辺に不審車両はあるか?」
無線で浅間が確認するが、該当車両はないようである。
「しょうがない、予定外だが停車しよう」
浅間の一言で停車が決まる。
「え、なんで?」
停車の連絡を聞いたフェブが質問する。
『武田様がトイレだそうです』
「しょうがないなぁ。あたしだったら気にしないで、どうぞ。って言えるけど」
訳知り顔のフェブに対して、同乗未成年組は意味が判らず困った顔をする。
「すみません、すぐ済ませます」
武田がトレーラーから飛び下り、物陰にすっ飛んで行く。
『バグアに襲われると困るから、常に2人以上での行動を心がけましょう』
そういって武田の側から離れなかった小雛だったが。
「でも、本当に武田様がトイレだと‥‥‥」
ぽっと頬を染める小雛。
「ぎゃああああぁ!」
鈍い悲鳴が上がる。
「サルヴァ様はこのままトレーラーに。わたくしも見に参ります」
徹二らが駆けつけた時、武田はぬいぐるみを抱いている幼い少女の足元に倒れていた。
「駄目だ、死んでいる」
凍り付いたように身じろぎもしない少女に声を掛ける徹二。
「君、武田さんを刺した犯人を見なかった?」
「徹二!」
「え?」
振り返った徹二の背中で乾いた銃声が響く。
ばたりと倒れる少女。
銃を構えて立つサルヴァ。
「何故、殺した! 理由を聞かせて貰おうじゃねぇか!」
覚醒した徹二がサルヴァに向かってにじり寄る。
「‥‥よしな、徹二」
少女の側に落ちたぬいぐるみの中から血に濡れた包丁がはみ出していた。
「こんな小さい子まで親バグアなの‥‥なんで?」
「簡単だ、生きるためさ」
サルヴァが言う。
「親バグア派になる奴らは俺が知る限り、大きく2系ある。1つは『己が己らしく生きる』為に、もう1つは『恐怖から逃れて生きる』為にバグアにつく。恐怖に晒されているのが、家族だったり、自分だったり色々だが。そうだろう、浅間?」
サルヴァが浅間を見つめる。
「浅間中尉が親バグア派? なんで?」
「オーソドックスだが、家族を守るためだろう。浅間のいた目達原はバグア占領地域だ。嘘でも親バグア派を名乗らねば生きていけない地域で真偽関わらず反バグアと思われれば、バグアの報復を恐れた市民の手でそいつは殺される。後は怒りや憎しみと恐怖の連鎖で身動きが取れなくなっていく。ここの連中と同じで哀れなことだ」
「あんた、一体‥‥」
「俺か? 俺は俺の仕事の為にUPCと取引をしたのさ。俺はUPCの代りに浅間中尉がバグアの内通者かどうか見極める。それだけだ」
「家族を‥‥家族を守るのがそんなに悪いのか!」
沈黙を保っていた浅間が叫ぶ。
「別に家族を守るのは悪くないさ、民間人ならな。‥‥それにお前は運がなかった」
「何?」
「今回の件でお前は拘束され、外部との接触を限定されていたので知らなかったのだろうが、目達原は能力者達によってすでに開放されている」
「なんだと?」
「つまりお前は家族の命を守る為にルートの情報を流す必要がなかったという事だ」
サルヴァの言葉に耳を疑う浅野。
「‥‥‥ばかな」
「お前の行動が、岩龍とここにいる能力者を危険に晒し、武田を死なせ、輸送車輌を襲った反バグア派の連中を死なせた」
「それを言ったら貴様も同罪だろう!」
傭兵達を一瞥するサルヴァ。
「俺は俺の仕事をする為にここにいる。俺は日本や岩龍を守る為にいる訳じゃ無い。綺麗事は言わんよ」
サルヴァは、浅間が動かなかったら、上層部は浅間は自主除隊を勧めるつもりだった。と浅間に言う。
「あんたの家族は、あんたを信じて敵地で耐えた。だが、あんたは家族を信じ切れなかった‥‥‥いや、家族を思うばかりに軍人では無くなってしまった」
ぽん、と浅間の足元に拳銃を投げるサルヴァ。
「自分の責任の取り方をお前は知っているはずだ」
──暗い空に一発の銃声が響いた。
「‥‥どう、報告するつもりだ」
「見た事を話すだけだ。浅間と武田は敵に襲われ、運悪く死亡した。岩龍はお前らで守り、新田原に届けた。それ以上でもそれ以下でもない。俺は代価を貰ってインドに帰る。それだけだ」
「上の連中に会う機会があったら言っておいてくれ。どうせ造るなら、岩龍よりも性能の良い機体を造れ‥‥と」とトヲイが言う。
飲み込みこんだ言葉は、浅間の死が無駄死にならないように。であった。
「無論、そのつもりだ」
なお、今回消耗したペイント弾、照明弾について現品が新日原で支給された。
「‥‥‥プラスマイナス・ゼロ。全ては何も無かった、か‥‥やりきれないね」
──バグアという厚く暗く垂れ込めた雲の空が晴れるのは、まだ遠い日のようである。