●リプレイ本文
●小房間
慰問団に与えられた控え室は、小さな会議室であった。
「もう少しマシな部屋はなかったのか?」と皇 流叶(
gb6275)。
足の踏み場が無いほどスタッフで溢れかえっている状況に眉を顰める。
それに対し「廊下やグラウンド、下手をすれば物置が控え室という事はよくあるのだ」という威・春露。
「それを考えると今回は結構いい方なのかしら?」
ウキウキとした様子で楽譜を見つめていた智久 百合歌(
ga4980)がいう。
百合歌がコンサート用に持ってきた楽器はMyヴァイオリン「Janus」であった。
「お二人は、トスカやカルメンなんかが映えそうよね」という百合歌。
「歌か‥‥病める時も健やかなる時も、歌は私の仲間達を癒してくれていた」
守 鹿苑(
gc1937)がポツリという。
「所でもう一人の出演者(雛琳)は?」
そう、空閑 ハバキ(
ga5172)が職員に尋ねる。
雛琳は出番ギリギリまで房で待機で、その前に何かあったら臨時マネージャーを通して伝えるように、と言われた。
「曲はデモテープと楽譜を渡してあるから大丈夫だろうけど‥‥」
声の状態で曲の順番やアレンジを変えたかった春露が残念そうにいう。
「そんなものなのか?」
二胡の調整をしていた宵藍(
gb4961)が、質問をする。
「楽器のチューニングと同じよ」とやはりギターの調整をしていたケイ・リヒャルト(
ga0598)が、喉はデリケートな楽器と同じで日々刻々と状態が変わるのだという。
「大変なんだ」
そういいながら宵藍が弦を弾く。
「それにしても‥‥いい音ね♪」
宵藍の二胡をうっとりと聞く百合歌。
「所で‥‥お願いがあるんだけどいいかな?」と春露にいうハバキ。
***
臨時の駄目マネージャーこと眼鏡姿にスーツを着込んだ須佐 武流(
ga1461)が、忙しそうに刑務所内を動き回る。
(「どうも今回の事は‥‥怪しすぎるぜ。さて、何が飛び出してくるやら‥‥」)
雛琳には常に2名以上の女性看守がついている。
若干、雛琳にはボディーガードはいらなかったか? と思わなくも無い武流だったが、形にならない何か違和感を感じていた。
「信用できないナラ仕方ありまセン。ワタクシも仕事デスので」
怪しげな口調で話しかける武流を見つめる雛琳の瞳を見て「何かがある」と確信する武流。
(「両方同時に守る‥って訳には行かないしね」)
春露についた護衛を信じるしかない。
「雛琳サン、春露サン達から今日の衣装が届きましたヨ」
ステージに立つのに必要な衣装を預かってきたハバキが、雛琳を訪問する。
「また逢えて良かった」
「‥‥金髪さん」
ハバキの顔を見て「今日は同窓会のようだ」と笑う雛琳。
「今度こそ守るから。って言っても信用ないかもしれないけど」
今日は、俺一人ではないから、きっと──と苦笑いをするハバキ。
「あー‥‥今は雛琳って呼ぶほうがいい?」
「そうね。雛琳って呼んで」とくすりと笑う。
「生で聞ける歌、楽しみにしてるからね♪」
ステージの脇で待機しているから、と先に行って待っていると手を振りながら房を出て行くハバキ。
***
「傭兵が関わった‥‥コンサートだっけ? その例もあるし、どんな小さな事も見逃さないようにしないとな」
交代で理由を付け春露の側を離れ、繰り返しチェックする。
「今の中国は何処に行っても、警備が行き届いているはずの場所でさえ安心できない」
それがもどかしいという宵藍。
「邪魔は絶対入らせん。持てる力を尽くし、彼女‥‥彼女たちを守る」
鹿苑の言葉に全員が頷く。
全員で確認できる最大限の安全確認はしたつもりである。
だが──コンサートを無事終了させ、春露が刑務所を離れるまで気が抜けないと同時に思う傭兵達であった。
***
自分は会場に来る受刑者や職員、彼女に近付く者達のチェックである──危惧で終わればいい。
誰もが皆、二人の歌で良き時間が過ごせられますように──GoodLuck。
そう思うハバキであった。
●敵陣
黒いチャイナドレスに紫の蝶が刺繍されたステージ衣装からすらりとした白い足が伸びる。
椅子に座り、ギターを構えるケイに下品な野次が飛ぶ。
騒ぐ受刑者達を電磁棒で叩いていく看守を見て、どうやらアウェイは春露だけじゃないと知る。
「歌や音楽には境界なんてない。新バグアも反バグアも等しく耳を傾けて欲しいものだが‥」と残念そうに言う鹿苑と同じく袖で見ていた百合歌だが、
「うふふ‥‥燃えるわね。あの人達にとってコンサートなんて作業をサボる時間でしかないのよ」
絶対アンコールと言わせて見せる、静かに闘志を燃やし始めたようである。
「奏者が愉しまずに弾いた曲が誰の心を打つ筈も無い。荒んだ心を癒せる、なんて高慢な事は言わないが‥‥ただ、少しでも聴く人達の心に響けたら‥と、そう思うよ」と言う流叶。
「貴方の言う通りよ、流叶さん。暫くした時にコンサートを思い出して『ああ、楽しかったな』って思わせるのが大事なのよ」という春露。
春露らの歌を引き立てる為に歌は避けた方がいいかと思っていたケイだったが、どうやら受刑者達の心に届くような、少なくとも聞く気にさせる1曲を弾かねばならないようだ。
ケイの演奏が終わり、続いては宵藍の舞踏である。
暗くなったステージに百合歌の二胡が響く。
リン──小さな鈴の音が鳴った。
スポットライトに浮かぶのは女装をした宵藍である。
鉄扇をヒラヒラと閉じ開き、軽やかにステップを踏んでいく。
シフォンのスカートが風にたなびく度に長い髪についた鈴の髪飾りが軽やかな音を立てる。
ふと、一人の受刑者と視線が合い、にっこりと笑う宵藍だった。
前座の最後を勤めるのは、流叶である。
ピアノの弾き語りである。
「平和を願う曲は性に合わない」といった流叶が選んだのは、家族を思い出させる、少し優しい気持ちにさせる曲であった。
●神愛歌手
前座の演技が終わったが、百合歌はそのままステージに残り、雛琳と春露のピアノ伴奏を勤める。
看守と武流に伴われ、UNKNOWN(
ga4276)が提供したルージュのチャイナドレスを着た雛琳が袖に現れた。
「──やっと、歌を聞かせて貰える、な。約束した通りに」
「そんな約束したかしら、色男さん?」と雛琳が、くすりと笑う。
「ああ──1年と10ヶ月、掛かった」
煙草を1本、吸うかね? とケースを差し出すUNKNOWN。
「遠慮なく頂くわ」
久しぶりだとゆっくりと紫煙を吸い込む雛琳を見つめるUNKNOWN。
(「そして、約束した通り‥‥有翼の獅子に、君を届けよう───それが私の約束、だ」)
二人のステージは2部構成である。
馴染み深い歌謡を中心とした1部とそれぞれのナンバーからピックアップした歌のメドレーである。
暴漢がステージに上がらなければ覚醒の必要なし。
覚醒しなければSES武器もステージでは、ただのエレキギターだとST−505を掻き鳴らす武流。
百合歌のピアノがメロディを奏で、2人の歌を支える様にUNKNOWNがサックスを吹く。
軽やかなリズムを刻む歌謡のナンバーでは、楽器をシュヴァルツ・ガイゲに変更するUNKNOWN。
すっと春露の右手が雛琳に向かって自然に伸びる。
それを一瞬、どうしようか? という表情を浮かべ、春露を見つめる雛琳。
ニコニコと笑顔を浮かべ、雛琳へと手を差し出す春露。
ふっ──と雛琳の表情が和らぐ。
静かに頷き、その手をしっかり握り返す雛琳。
離れ離れになっていた陰と陽。二つに分かれた心が1つに戻った瞬間である。
リズムに合わせ、打ち合わせに無かった即興のダンスを踊る2人。
ありふれた歌謡のはずが、賛歌に変わる。
(「いや‥‥元々、歌は神に捧げる物だったな」)
どちらに吊られたか判らない。
伸びるヴァイオリンの音に、弾むピアノ。
ギターがそれを支える。
ケイがコーラスに加わり、歌を更に盛り上げていく。
「そうだな、このナンバーなら2人とも歌えるか、ね?」
UNKNOWNが、少し古めの歌謡のメロディを奏でる。
「ええ」
「勿論よ」
「私は何とか」
と親子程歳の離れた男性と付き合っているケイがいう。
「あー‥‥俺、知らないが何とかする」と武流。
「こういう時は勘よ、勘! 即興上等!」
何気に体育会系(?)な百合歌が答える。
最早、野次を飛ばすものはいない。
受刑者も看守も関係なくリズムに合わせて手拍子を打つ。
曲終わった時、会場が拍手で覆われた。
そして、また‥‥立ち上がって拍手をする受刑者を咎める者は誰もいなかった──。
●秘密計劃
1部と2部。僅かな間の休憩時間である。
「脱走補助‥‥?」
ケイが思わずUNKNOWNに聞き返す。
「相変わらず突拍子の無いというか、UNKNOWNさんの事ですから思うところがあって、でしょうが‥‥」
思わず呻く鹿苑。
「大丈夫なのかしら‥‥」
今後の彼女の「何か」になれるなら──協力しても良いというケイ。
「勿論、今後の彼女の為に必要な事なのだよ」
デュオの後、春露のソロの後に決行だとUNKNOWNはいった。
だが、3人の試みはあっさり失敗に終わった。
年齢だけではなく背格好の違うケイと雛琳が入れ替わるというのにも無理があったが、雛琳の側には武流、ハバキの他に、常に女性看守が付いて回っている。
ケイと雛琳が二人っきりになる時間は全くなかったのであった。
●下降爬行陰影
ヴァイオリンが波の囁きを、
サックスの音色が黄昏色の時を溶かす──
二つの音が夕暮れの時を、
沈む行く陽が溶け行く海の物悲しさを静かに表現する。
黄金の太陽が、赤く‥‥そしてオレンジから紫、藍から紺へと複雑に色を変え行く。
星を従え、墨を纏った白い月が上がる──
ギターが星の瞬きを湛える。
黒と白、ステージ衣装を着替えた春露と雛琳のバラードである。
二人のデュオの後に、それぞれのソロが続く。
人々の強い生命力を讃え、再生の願いを込めた歌を歌う春露。
そして──全てが破壊された静寂の中から世界が再生するという歌を歌う雛琳。
UNKNOWN、百合歌のWヴィオリンが静かな情熱を盛り立てるように響き渡った。
***
雛琳の歌の途中であるが一人の受刑者がトイレに行く為、看守に連れられ席を立った──。
ステージと客席を行き来していた鹿苑が、看守と共にトイレまでついていく。
酷く顔色の悪い受刑者は嘔吐を繰り返す以外、特に異常はないようである。
散々胃の中をモノを吐き出し、すっきりしたのかそのままステージの設けられている体育館へと戻っていった。
***
「──あれ? 今、歌詞‥‥間違えたのかな???」
ステージの裏、上手に待機をしていた宵藍が怪訝そうな顔をする。
繰り返されるフレーズに「あ!」と小さく叫ぶ宵藍。
「どうしたの?」
「春露さんが危ない!」
繰り返されるフレーズの、歌詞を信じれば、黒いキメラが春露を狙っている、という。
「キメラが出る‥‥なんてことは無い‥‥とは言えない、か」
ケイがSilverFoxを抜く。
「でも、なんでそんな事を雛琳が知っているのかしら」
「判らない。でもここに雛琳さんにも味方がいるって事でしょ」
ステージにいるメンバーと下手にいるハバキに合図を送り、控え室に走っていく二人。
アンコールに備え衣装変えに控え室に戻っている春露の側にいるのは、流叶のみである。
***
「鎌首を上げて威嚇のつもりか!」
春露とマネージャーを背に庇い、ウィアドを振るう流叶が3匹目の毒蟲を叩き斬る。
毒蟲の酸で発生したガスに苦しそうに咳き込む2人に窓側に寄るようにいう流叶。
だが、春露が動けば5匹の毒蟲も向きを変える。
「成る程、春露が狙いか。だが、春露は私が守る!」
異変に気がついた鹿苑と合流した宵藍・ケイがドアを蹴破り、控え室に飛び込んできた。
ギィギィと叫び声をあげるキメラ。
「これって例のコンサートの時の‥‥?! ムカデ‥‥確か暗殺用キメラがそんなだったはず‥」
春露を狙い、使用されたキメラ「毒蟲」と酷似した外見である。
素早く毒蟲と流叶(春露)の前に割り込む3人。
一斉に飛び掛ってきた毒蟲を、
鹿苑のスコーピオンが一匹が粉砕し、
宵藍の鉄扇が叩き潰し、
ケイのSilverFoxが打ち抜いた。
流叶が4匹目を斬るが──控え室に、耳を覆いたくなるような悲鳴が上がる。
4人の攻撃を掻い潜った最後の1匹が、思わず叩き落とそうとした春露の手に食らいついたのだ。
引き剥がそうとした流叶の手をすり抜け、春露の皮下の奥深くに入り込むキメラ。
ボコボコと蟲の形が春露の腕にくっきりと浮かぶと、それは手首から一直線に、脳を狙って進む。
急いで強く春露の腕を縛ると、腕の筋肉に丁度挟まったのか(一時的だが)毒蟲の動きが止まる。
「う、腕を‥‥」
腕をキメラごと斬り落せ、という春露。
「そんな事出来る訳ないじゃないか!」
適切な処置が出来なければ春露が死ぬ。
「諦めるな。運は今の所、こちらに味方してる」
上手くいけば皮下の毒蟲だけ殺せるかもしれない、という鹿苑がナイフを握る。
「私の探査の眼とGooDLuck。そして春露さん、貴方の強運に掛けるしかないが‥‥」
***
楽屋での騒ぎを他所に雛琳は自分の歌を終わると看守を呼び、さっさと独房に戻ってしまっていた。
が、強運を味方にした春露は、気丈にもアンコールを2曲歌いきったのであった。
●新的名稱,該名稱消失
(不祥事の)口止め料して雛琳との面会を許可された春露だが当の雛琳に「疲れて気分が悪くなった」と拒否をされてしまった。
恐縮する所長に、春露の反応は「いいのよ、元気な姿が見れたし」
お土産(二人で映っている写真)を貰えたから、とあっさりしたものであった。
だが、何かを感じていたのだろう──。
帰りの飛行機に乗り込んだ春露は、何時までも小さくなる刑務所をずっと見つめ続けるのであった。
「また逢える、さ。2人が歌を忘れなければ、ね」
──数時間後、傭兵らと別れ、重慶で治療を受ける春露の元に公安が乗り込んできた。
刑務所が襲撃され、脱獄した親バグアの中に雛琳が混じっており、春露に雛琳脱獄幇助の容疑が掛かっているのだという。
警察車両が春露を乗せ走りだすのを向かいの建物から見ていた背の高い男が言う。
「守る為とはいえ、悪い奴だな‥‥」
「夜来香との約束ですから」と若い男が答える。
「約束か‥その為に俺を呼んだのか?」
「それも彼女の望みでしたからね」
それにいいでしょう? 貴方だって楽しんだんですから。
「大分、世間ズレしてきたな」
「手本が優秀ですからね」
若い男の答えに背の高い男が笑う。
「そういえばアレに新しい『名』を与えたそうだな」
「ええ。彼女の新しい『名』は──」
中国の暗い夜空に一つの名前が消え、新しい名が輝いた瞬間であった──