タイトル:罪人の歌 舞踏王マスター:有天

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/20 14:40

●オープニング本文


 暗い室内から覗く窓は、

 ぽっかりと青い空と雲と、
 小さく見せる港を含めた外の景色は、くり抜いた絵画のようである。

 窓の前立つ少女もまた、その絵の一部のように見える。



 ──ごめんね。

 その窓の前に立つ赤毛の少女は言った。


 暗い部屋の中でも不思議と少女の顔は、はっきりと見えた。

 自分を見つめる蒼い瞳からポロポロと大粒の涙を流し、「ごめんね」と繰り返す。


「ごめんね。私がずっとキースを苦しめているの‥私がいなかったら、もっとキースは自由なのに‥ごめんね‥」



 違う。 違う!


「ユリアは、あの人が死んだ時一緒に死んでしまえばよかったって思ったの‥だって、やっとキースや皆以外でユリアを『いる』って言ってくれた人だったから」

 そうだ。
 見ているだけでいい。
 大好きな皆が笑っているだけでそれでいい。
 やっと皆で笑えるようになったんだから。


 俺たちが笑うように、
 他の誰かも笑えるように、
 俺たちの思いを、
 俺たちの音に乗せて、

 そう思った瞬間、奴等はやってきた──。


 決して狭くない会場に響き渡る悲鳴、
 一瞬で地獄に変わった。


 気がついた時、コンサート会場は血の海だった。

 さっきまで一緒に歌っていた奴も、
 俺たちを見て感動していた観客も、
 瓦礫に埋もれて誰も生きていなかった。

 人じゃない、
 ひとじゃない、
 潰れ、壊れ、異音を響かせる不思議な生き物の塊──


 ユリアは、死んだ恋人に抱かれて生きていた。
 男は精一杯体を広げユリアを守り、死んでいた。

 一緒に死んでしまうのかと思ったのに、

「苦しくて苦しくて‥死んでしまいたかったけど‥キースに『いる』って言ってくれて嬉しかったの‥」


 失った言葉を、足を、必死になってリハビリして、



 一緒に生きようって誓った。



「でもユリアは、生きている限りキースを苦しめるの」

 違う!!

 違うんだ!!!

 そう叫ぶ俺の心に、

 心のどこかで一生懸命なお前を妬む俺がいた。


 俺のないものを持つお前を、

 お前を愛おしみながらも憎む俺が──


 苦しみのはけ口を探していた俺にあの人は能力者という力とバグアという敵を与えてくれた。

 絶望をくれた存在が俺を生かす。

 滑稽だが、

 ユリアを憎むよりは、

 遥かにいい。


 突き放す俺を──

 お前は、
 迷いもせずに

 俺の後についてきた。

「キースの進む道は、ユリアの道──キースとずっと一緒に」

 お前の言葉が俺を追い詰める。

「ユリアは何も出来ないけど、キースの役に立ちたいの」


 ○○○に負けないように。
 だ、れ、に、も ま、け、な、い、よ、う、に
 つ、よ、い ち、か、ら と
 こ、こ、ろ、が ほ、し、い──


「そう、キースは誰にも負けないように強くなるの‥」

 そんな俺に振って湧いたナタラージュ(舞踏の王)の話──

 単に1つグループのトップというじゃない。

 そうだ。
 俺が、舞踏王になれば、
 獅子や 砦と 同じだ。


 負けない。


 キメラにも、

 バグアにも、

 そして、

 そして──!



「だからもう──ユリアは、キースにいらないの‥‥」

 少女がこめかみに銃口を当てる。

「もっと早く、こうしていればよかったの──




 ──ごめん、ね‥‥」

 止めろ、そうじゃない(そうだ、おまえはいらない)
 やめろ!(そうだ、もっとはやくこうしていればよかったんだ)
 ヤメロ!!(おまえのしが、ぜつぼうが、だれよりもおれをばぐあにちかいそんざいにする)

「ユリアには‥もう、どうしたらいいか判らないの」

 トリガーに掛かった指がゆっくりと引かれる。


 ヤ     メ     ロ    ──────────────────!!


 ──白い鳩が一斉に飛び立つ。


 俺の叫び声も、
 銃声も、
 大聖堂の大きな鐘の音にかき消されていく。



 長い髪を止めていたリボンが解け、赤い髪が空に広がる──


 悲しそうな笑みを浮かべ、
 
 悲しい瞳が閉じられる。

 ──そして、ゆっくりと、

 小さな体が窓の外に落ちていった。



 ───────────!!



 ****


「大丈夫ですか?」
 塵に埋もれたキースを、黒い瞳が覗き込む。
 その人物は一瞬、男か女か判らなかったが、女にしてはやや低い声──

(「男か‥」)

「大分魘されていたようですが? もっともゴミ箱の中じゃいい夢も見れないと思いますがね」
「悪かったな‥‥」
 男は引き起こすとキースに着いたゴミを叩き落とす。
「聞いていた姿とは大分違ったので貴方を見つけるのに苦労しましたよ。キース・ブライアント」
 李やシンの仲間(敵)かと思い、殴りかかろうとするキースの腕を男の細い手が掴む。
 身長はキースより10cm程高いが、体重はほぼ変わらないか、男の方が軽くみえたが、掴まれた腕はぴくりとも動かなかった。

「およしなさい。AIのメンテナンスも碌にしていない状況で覚醒すれば死ぬかもしれませんよ?」
(「覚醒‥能力者か?」)
 正体を見極めようと睨みつけるキースににっこりと笑いかける男の笑顔は、場違いである程優しい。
「私は、KITARA。今の所、敵ではありません」
「今の所?」
「貴方が私を敵と見なすかどうかは、貴方次第ということです」
 キースが暴れないと知り、手を離すKITARA。

「貴方が李の家に入り込めるようにして差し上げましょう」
「奴は、のこのこ部外者を招き入れる程間抜けじゃないぜ?」
「私がするのは、あくまでもお膳立てです。入り込めるかは貴方次第ですよ」とKITARAは笑った。


 ***


「上海に戻る?」
 編集用モニタを覗いていたパナ・パストゥージャ(gz0072)が顔を上げ、ユリア・ブライアント(gz0180)を見る。
「そうですか。気をつけて行ってらっしゃい」
 止められるかと思っていたユリアだったが、拍子抜けする程あっさりと言う。
「あの‥」
「キースさんを探しに行くんでしょう?」
 そうパナに言われて頷くユリア。
「私が止められたらこっそり行くつもりだったんでしょう?」
 衣食住は全てS・シャルベーシャ(gz0003)持ちであるユリアが、パナの手伝いをしたいといってきた時、ユリアは目標があると言っていたのをパナは覚えていたし、渡しているアルバイト代を丸ごと貯めているのも知っていた。

 やれやれと溜息を吐くとパナがこうユリアに言う。
「一人で行って広い上海をどう探すつもりだったんですか?」
「それは‥」
 キースの消息は半年前以上前に途切れている。

「それに、ユリアさんがキースさんを心配でインドに来ましたが、キースさんはユリアさんが心配で上海から出るように言った‥‥」
 一人で戻るのは危険ではないのですか?
 そうユリアに言う。

「お友達に一緒に言って貰うのでも、ULTの傭兵を雇うでもいい。‥たしか、こっちまで移動の手伝いをしてくれた‥ええっと‥呉さんとか‥ああいう人を頼ってもいいですから、誰かと一緒に行くべきです」
「でも‥ユリアは‥‥‥」
「誰かに甘えるというのは、そう悪くないことですよ」

●参加者一覧

空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

 キースは今、どうしているの──?
 沈んだ表情で空を見つめるユリア・ブライトン(gz0180)を現実に引き戻したのは空閑 ハバキ(ga5172)の声だった。
「大丈夫。連絡が無いって事は、キースは目的を達成できていないんだよ」
 くしゃくしゃとユリアの頭を撫でる。
「ちゃんと朝ご飯を食べて体力つけて‥‥」とハバキが笑う。
「そうね、中華粥とかいいかもしれないわね。体も温まるし」と料理人でもある冴城 アスカ(gb4188)が言う。
「大丈夫。シーヴが公安の人に会いに行っているからさ。おっちゃんとその人の情報をあわせれば、きっと何か判るよ」

 ハバキとシーヴ・フェルセン(ga5638)は、呉のおっちゃんこと呉輸送の呉 大人には情報料を支払って公安の動きを捉えていた。
 それによれば公安は軍と共に親バグアの李一派を逮捕するために大きな罠を仕掛中で、シンは李邸内にいる複数の家出人らに紛れ込んでいる可能性が高い。という事であった。
「作戦中‥道理で韓国軍が返事をくれない訳ね」とヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)、
「それにしてもなんだか色々ややこしそうな事になっているわね」と百地・悠季(ga8270)が言った。

 シンというのは、元々ユリアとキースのバンド仲間でもあり、同じ組織に所属していたスパイでもあったが、組織を裏切り、ユリアとキースの仲間を殺している。

「でもそうなると逮捕日を狙ってキースが現れる可能性はあるわね」
 張り込みに必要であれば工事車両でもなんでも金に糸目を付けずに借りてくる。とヴェロニクが言う。
 ユリアには大丈夫だと言ったが、李邸以外にキースの立ち寄りそうな場所を手分けして回っているが情報が少なく、何が出来るか不明な点が多かった。
 特にコスプレの為、1日で7度の職質をされた月城 紗夜(gb6417)は、「最終的には本人次第という事だろうが──悲劇の主人公ぶっているキース・ブライアントが、つべこべ言うならいざとなれば力ずくで連れ帰ればいい」と開き直っていたが、李邸に近づく際は普通の格好にしようと心に決めるのであった。



「李とキース・ブライアントについて教えて欲しい、です」
 江班長と面会する事が出来たシーヴは開口一番こう言った。
 李については担当外であり、キースという青年には、個人的に興味があるが、所在については知らない。
 実際、所在を知っていても(殺人)容疑者の居場所を教えるつもりはない。と江班長が答える。
「それは誤解でありやがるです。キースはシンに嵌められただけ、です」とシーヴ。

 夜来香脱獄にも関わったと思われるシンが李邸にいる可能性があり、そのシンを騒ぎに乗じてキースが殺す可能性がある。
 シンを生かす事は、公安にもメリットがあるはずだ。李逮捕の邪魔をしないので参加させて欲しい。と食い下がるシーヴに対して「君達のメリットはなんだね?」と問う江班長。
「キースに『人殺し』をさせたくねぇだけです」
 暫く考え込む江班長。

「シーヴ達を上海公安の担当者に紹介して貰えねぇですか?」
「もう作戦に入ってしまっているはずだが‥夜来香上海逃亡時の『共犯者の捕縛』に協力をする傭兵を派遣したいという形でアポイントを取ってあげよう」
 シンを捕まえたら、こちらに引き渡してくれ。と言う江班長。
「もっとも最終的決断するのは向こうの責任者だ。作戦時に参加できる保証は無いぞ」



 公安からの要望書を読んだ後、アジド・アヌバ(gz0030)は斜班長が連れてきた傭兵らを一瞥する。
「ナタラージュを止めにいく。『ヴィシュヌ』と共にな。協力してくれるだろう? ラークシャサに負けるわけにはいかない」
「私達の目的はキースの確保。ただそれだけよ」
 アジドにしてみれば傭兵らは人として信頼できるが、私情が絡んだ時の傭兵は信用しすぎると今回のようなデリケートな作戦は失敗するケースが多い。と考えていた為に斜班長がいなければ適当な理由をつけて追い払いたい所であった。
 だが、元々、李をマークしていたのは公安である事を考慮し「顔」を立てる事にしたアジドは「逮捕の邪魔をしない」と言う事を条件に傭兵らの参加を特別に認める事にした。
 妨害した場合は、公務執行妨害で逮捕しする。と釘を刺し、くれぐれも慎重に行動するようと繰り返したが──結局、それは起こった。

 ボディーガードとして潜入を試みたアスカの消息が判らなくなったのである。
 事の次第は、こうである──。


 ──ダークスーツに着替えたアスカが、李に自己紹介する。
『初めましてミスタ李、冴城アスカよ』
『元傭兵という事だが‥?』
『私を雇うならこのディスクを渡してあげてもいいわよ?』
 ディスクをチラリと見る李。
『こちとら最近めっきり仕事がなくてねぇ‥藁をも掴む思いで来たのよ? まさか無下にはしないわよね? それとも、そこに立っている木偶の坊を倒せば少しは考えてくれるかしら?』
 アスカの言葉に笑いが起こる。
『君は、この手の交渉は初めてに見えるが──君は「どこ」のスパイかね?』
 側にいたボディーガードに取り押さえられたアスカは得意の空手で振り切ろうとしたが、首に小さい痛みが走る──李の秘書が注射を打ったのであった。
 何を打たれたのか判らないが一向に体の力が入らず、頭の中で大量の虫が飛び回っているかのように酷い耳鳴りがする為、アスカは覚醒に必要な一瞬の集中ができない。
『まあ‥一番妥当なのは「茶番(調印式)」の関係者かな?』
 それにしては余りにもお粗末だが──と李が呆れたように言い、ディスクを拾うとゴミ箱に投げ入れる。

 李に接触を試みるものは、公安の潜入捜査官だけではない。
 アリのようあらゆる者が李という砂糖に群がるのだ。
 役者が違うというのは、この事かもしれない。


 傭兵の消息不明という不測の事態により上層部は「奥の手」使用を決定したが、江班長や傭兵らを裏切る事になると最後まで反対していた斜班長。
「最早手段は選んでいられません。李が調印式中止を言ってこない目的は判りませんが、冴城アスカの安否が確認できない以上、我々も更に行動を迅速に進める必要があります」
 李の逮捕は中国沿岸に点在する親バグア派閥排斥の布石の1つである。
 その事を考えればシンという男は「生死を問わず」公安に取って今後「非常に利用価値がある存在」であり、結果によって対応を柔軟に変える事により『次』へ繋がる「手段」になるだろう。とアジドは言った。
「まあ‥どういう形になっても傭兵らから不満が出るでしょうがね」
 百数十万の人民と王でも大統領でもない個人を天秤に掛けるわけには行かない。とアジドは言った。



 アスカの身を心配し飛び出しそうなユリアを嗜める天原大地(gb5927)。
「大丈夫だ。いざ、命が危ないとなれば彼女も覚醒して逃げるだろう」
 紗夜にしてみてもAU−KVがなければ能力を発揮できない為に強化人間のフリをしての潜入を断念したが、もし自分も一緒に潜入出来ていればアスカが行方不明になる事もなかったのかもしれない。と後悔が続く。
「今、ユリアがしなくてはいけない事は明日に備えて寝る事かもしれないわね」とヴェロニクが言う。
 体の弱いユリアは、能力者としては特異体質であった。
 覚醒時間が通常の能力者に比べて極端に短く、一度覚醒すれば反動で何日も寝込むのであった。
 明日もなるべく連続して覚醒しないにこした事はない。

「そうだ、危うく忘れる所だったわ」
 ヴェロニクがバックの中から黒い猫耳・尻尾付のオリジナル「ろんぐぼうのぬいぐるみ」を見つけ、ユリアに手渡す。
「はい、ユリアちゃん。今回は参加できなくってごめんね、って」
 共通の友人である少女からのプレゼントを渡すヴェロニク。
「たっぷり『だっこ』したから匂い付だって♪」
 お守りに持って来いよ。と笑う。
「本当‥です。‥お日様の匂いが‥します‥」
 今日初めての笑顔を見せるユリア。
 そんなユリアを見てどんなことがあってもキースを止めなくてはいけない。と思うハバキ。

 ユリアと入れ違いに通いのメイドらや出入り業者らに聞き込みをしてきた日野 竜彦(gb6596)が戻ってきた。

 図面に調べた情報を書き込んでいく竜彦。
 ゲストルームは2階か4階にあり、3階は全フロアが李の私室になる。
「長逗留の客や重要な客は4階で、世話は住込みのベテランがする事になっている、って」
 通いのメイドらは直接シンの姿を見ていないが、1年近く逗留している客人が1人いる事を知っていた。
 状況からいけば4階にシンがいる事になるが、問題はアスカである。

「人の出入りが激しい1・2階は、考え難いよな‥」
「そうなると地下か3階が怪しいよね?」
「さて、どうやって切り抜けたもんかな。この状況」
「まあ‥先入観で探せば例外にぶち当たった時『漏れ』が出るだろうからな」
 調べるのは一応全館という事になり、2班に分かれて捜索することになる。

「しかし‥どこもかしこもきな臭すぎて行く末は涙川血海な感じ‥‥そうなって欲しくないけどね」と悠季が溜息混じりに言った。



 李逮捕の当日、李邸から少し離れた所に停車する。
 その脇を通り過ぎ、TV局(軍)の車が敷地内に入っていくのが見える。
 ──凡そ1時間半後、李邸の裏の方で大きな事故が起こった音がした。
 飛び出して行きたいのを我慢をしていると、暫くして再び大きな音がした。公安が突入したのだろう。

「──行く、です」
「OK!」
 車とAU−KVを急発進させ、正面門を突き破る。
 噴水を抜け、TV中継車(指揮車)の周りではガードマンと兵士らが戦っていたが、それも無視してそのまま突き進む。

 彼らが邸内に入った時、1階は戦闘中の奥の間を除き、制圧がほぼ済んでいた。
 確保され、エントランスに集められた人々は使用人ばかりで中にはキースもシンの顔もなかった。

 早くキースを見つけなければ、という気持ちだけが逸る。
「このまま、俺達は3Fに行くよ」とユリアを連れた竜彦が声を掛ける。

 ***

 地下に向かう通路を進む大地と紗夜は、突入した兵から強化人間の攻撃で2F(位置的にゲストルームがあった場所である)が落ち、多数の負傷者は発生し混乱が続いている。と教えられた。
「無茶苦茶な奴らだな」
「敵が2階探す手間が省いてくれた、と割り切るしかなかろう」
 地下1階を捜索した所が倉庫と機械室だけである。
「くそ、外れか?」
「待て‥ここだけ床が綺麗だ。向こうがあるぞ」
 壁を叩き壊し、秘密の通路を発見した大地と紗夜は中に入り込む。

 通路の先にある部屋で2人は、手錠を掛けられ床に倒れるアスカを見つけたのであった。
 意識がないが息がある事を確認し、ほっとする2人。
「長居は無用だ」
 アスカを支えて階段に向かう2人に声を掛けたのは、オモチャのような銃を構えた少女達である。
「能力者だよね?」
(「強化人間か‥?」)
 李が親バグアであるのを考えれば十分考えられる敵であった。
「先を急いでいるのでな。今、貴公らと争う気は無い」
「あんた達になくてもあたし達にはあるの♪」
 どうやらハイ、そうですか。という訳には行かないようである。

 ***

「いた?」
「駄目、いないです」
 シーヴとヴェロニクは、悠季と竜彦にユリアを託して部屋を片っ端から覗き込んでいく。
 李の私室エリアという事で抵抗らしい抵抗が無かったのであろう。
 どの部屋にもすでに捜査官達が溢れていた。
 捜査官の1人に尋ねるが、ガードマンは排除され、要救助者は誰もいなかった。と答えた。
「ここは諦めて4階に行きましょう」



 李邸に入った後、ハバキは1人別行動をしていた。
 全身黒の兵装に身を包んだ突入部隊の中に1人小柄な少年のような姿が見えた。
「────キース!!」
 振り返ったその顔は、1年前とは別人のように痩せこけ、ギラギラとした飢えた獣のような瞳をしていた。
 階段を駆け上がっていく兵が2・3階と分かれていく。
 キースは、残った兵と共にまっすぐ4階へと消えていく。

 同じように階段を駆け上がっていくハバキ。
「通してくれっ!」
 ガードマンの頭を軽く飛び越し、後ろに回ったキースの腕がしなやかに動いたと思った次の瞬間、側にいたガードマンらが倒れ込む。
 敵とはいえ躊躇なく人を殺す姿に愕然とするハバキに対して何事もなかったようにそのまま奥へ進むキース。
 追うハバキを兵らが押し留める。
 覚醒して力ずくで進もうとしたが兵も能力者のようで、力ずくで阻んでくる。
「キース! ユリアは生きているよ、毎日を一生懸命に。でも、キースが大好きで心配で、追いかけてきちゃった!」
 一瞬、キースの歩みが止まったように見えたが、ハバキからその表情は見えなかった。

 手錠を掛けられたハバキが4階に上がってきた仲間を見て「キースがいた!」と叫ぶ。
 その言葉にユリアは能力を使い、次の瞬間、通路の奥にいた。
「邪魔して悪いんだけど、こっちの用が済むまで少し時間くれない‥よね?」
 邪魔すれば傭兵と言えども逮捕する。と言う兵。
(「この、石頭っ!」)
「ここは俺に任せて先に行け!」
 竜彦に兵らの注意が反れた瞬間、シーヴがユリアを追いかける。
「──と言うのがお約束かな?」
 シーヴを捕まえようとする兵の脚を引っ掛けるヴェロニク。
 元より時間稼ぎで兵らに抵抗する気がない為、覚醒を解き、両手を挙げる2人。
「裁判になったら弁護士費用は払ってあげるわ」と一緒に両手を挙げた悠季が言った。



 シーヴがユリアに追いついた時、ユリアはシンの死体を前に泣いていた。
「シーヴ‥キースが‥‥‥キースが‥ユリアを‥‥置い‥て‥‥‥ユリアは‥『いらない』‥‥」
 間に合わなかった。と泣くユリアの肩を抱くシーヴ。
「そんな事ねぇです。それにそんな悲しい事言わねぇでください。シーヴもユリアを『いる』です」
 部屋の中を見回したが、そこにはキースの姿はなかった──。

 兵との小競り合いはアジドの知れる所となり、病院に搬送された大地とアスカを除いた全員が一時逮捕された。
 ──が、強化人間退治に貢献した事と逮捕に参加した傭兵の中から温情を求める声が出た事を理由に起訴されず「厳重注意のみ」となった。

 ***

「これで俺は『舞踏王』になれたのか?」
 まだ王ではない。とKITARAが言う。
「恐らく、今のままでは無理ですね。貴方には野心も柵も多すぎますから」
 私から見れば貴方の従妹の方が遥かに素質があります。とKITARA。
「──!」
 手刀を止めたKITARAを睨みつけるキース。
「そういう怒りっぽい所も向いていないと思います」
「‥‥どうすれば『王』になれる」
「王はなりたいからなれる訳ではないですよ。貴方が動いた結果で王と呼ばれるのですよ」
 自分が何をすべきか、考えなさい。とKITARAは笑った。