タイトル:嘲う顔マスター:有天

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/06 17:57

●オープニング本文


「能力者を狙った『魔女狩り』ですか?」
「そうだ。市民が能力者を片っ端に襲い始めている」
 能力者といえども無限の力を持っているのではない。
 体に移植されたAIとエミタ、SESによって一時的に超人的な力を得ているに過ぎない。
 ギリっ──と士官が唇を噛むのを見て下士官が、その事態の大きさに恐れおののく。

 北京市は、現在周辺を取り囲むようにバグアとの戦場が環状に広がっている。
 その為自給率に乏しい北京市は慢性的に物不足が続いている為に軍による物資投下によりその命を永らえていた。

「一体、何故でしょうか?」
「市民の中に流言が流れている。『バグアが、軍とまたはULTの傭兵に化けて市民を殺して歩いている』とな」
「確かにここの何日かは、場内にキメラが入り込んだ様子も無いのに市民の怪死事件が続いておりますが‥」
 インフラはバグア進軍前の40%まで落ち込み、深夜の発電は軍や病院などの公共施設が優先されている関係で市内の電気供給率は下がっている。

 ある者は、その暗い夜道で。
 またある者は、家族との夕餉中に命を落している。

 共通しているのは、強い力に押しつぶされ、または引き裂かれている。である。

「犯人の狙いはなんでしょう?」
「能力者や軍の評判落しあたりだろうが‥いずれにしろ犯人が捕まるまで能力者が襲われるのは代わらん」

「伝令です!」
 若い士官が入室する。

 千人近い市民が人文大学に集まり、首都国際空港に駐在している軍にデモを行っているのだという。
 どちらが手を出したかは不明であるが、市民に怪我人が生じ、周りを巻き込み1万人に近い暴動に発展しているという。
「こんな時期に‥‥!」
 2年以上に渡る篭城生活で軍や政府に対する市民のストレスは、ピークである。
 ひたすら援助を待ち望み耐えていた時とは違い、物資に対する横流し等イライラが溜まっていた所での爆発である。

「ヘタに市民に死者が出れば敵の思う壺だな‥‥」
「では?!」
「空港入り口道路にバリケードを作り、市民を入れるなよ。第1〜4機動隊を出動。放水とゴム弾、催涙弾で暴動鎮圧を命ずる。腕の1、2本はへし折っても構わんが、くれぐれも殺すなよ」
「はっ!」
 ここで司令官が、ふと思い出す。

「──視察官とULTの傭兵らは、どうした?」
 視察隊に付随してきた能力者たちである。
「残念ながら連絡が取れません。恐らく外出中にデモに巻き込まれたかと」
「不味いな‥‥」
 士官は暫く思案した後、こう言った。
「庄少尉。小隊1隊を連れ、市内を捜索し視察官らと傭兵の回収を命ずる」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
風花 澪(gb1573
15歳・♀・FC
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
佐賀 剛鉄(gb6897
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

 危険を察知した傭兵らが逃げ込んだのは、今は使われていない職員用宿舎に併設されたガレージであった。

 暴動勃発時に彼らがいたのは、3本ある滑走路の内、一番西の北部。
 一番人文大学に近い場所であり、安全なターミナルまでの距離は1600mと離れていた。
 計測機材を投げ捨てて逃げても普段は運動と縁遠い中高年である。
 無事逃げ切れるかは賭けと瞬時に判断したのは、空港全体の図面が頭に入っていたアグレアーブル(ga0095)のお手柄だろう。

「こっちへ!」
 暴徒らがフェンスを乗り越えようとする姿を見て、とっさに視察団の一人、非能力者である中年の女性士官を背負うと猛然と一時的な避難場所と目星をつけたこの場所に猛然と走っていったのであった。
 吊られるようにエクセレンター以外の他の3人をレールズらが担ぎ上げ走っていく。
 その姿は他から見るとコメディ映画のようにコミカルであった為に暴徒らの度肝を抜き、追跡の隙を作ったのであった。

 暴徒達を蹴散らかすのは簡単だが、親バグアでもない市民に対して力を振るうのは殆どの傭兵らにとってあまりいい気持ちのするものではない。実際、今回の護衛として参加した傭兵らの中で人に害することを禁忌と考えないのは、風花 澪(gb1573)であった。

 ***

 物陰から滑走路に入り込んでいた市民を伺っていた鷹代 由稀(ga1601)が一同が隠れているガレージに戻ってきていう。
「2、300人って所ね」
 その言葉に視察官の擦り傷に絆創膏を張っていた桂木穣治(gb5595)が顔を上げる。

 デモ隊の先頭を歩いていた市民が銃弾に倒れたのをきっかけに1千人で始まったデモは今や1万人が参加するデモへと変化していたのであった。
 空港を守る警備兵らは実弾も保持しているが鎮圧用ゴム弾も持っているのを考えれば、恐らくはバグアに嵌められたのだろう。

「情報格差と窮乏生活の不満でバグアに利用されている。でも当人達はそれに気がついていない。まさに世紀末って感じね」と窓から表の様子を伺う佐賀 剛鉄(gb6897)がいう。
「そうね」
 宿舎用の公園に植わっている花や木、コンクリートで出来た置物等、もっていけそうなものを暴徒同士で奪い合っている。と溜息混じりにいう由稀。
「おかげで今の所こっちには気がついていないみたいだけど」
 うっかり先に参加した依頼のまま特殊能力『隠密潜行』をエミタにトレースし忘れた事に気がついた由稀は流石に始め、がっくりしていた。
 が、遮蔽物のない滑走路上では幾ら気配を消しても透明人間なる薬でもなければ所詮無駄と今では開き直っていた。

 ***

「起きてしまった事をとやかく言っても仕方ありませんが、暴動は起きない様にする事が最善ですね」というイリアス・ニーベルング(ga6358)。
 市民の数に比べれば空港にいる軍人や能力者など1%にも満たない少数である。
 襲われたらひとたまりもない。
「危害を加えるつもりはないって説明したらどいてもらえないかな?」とレールズ(ga5293)がいう。
「無理だと思いますよ?」
 窓から宿舎を襲っている市民らを見つめるイリアスがいう。
「被害者意識で自身を正当化させ、罪の意識を分散させている彼ら(暴動参加者)に対しては武力鎮圧しかないです。『皆でやれば怖くない』って。全く自我がないのかと罵りたくもなりますが」
 恋人の手厳しい言葉に思わず苦笑する由稀。
 武装警察と軍の鎮圧部隊が動いているのでいずれ暴動は沈静化するであろうが、何時、暴徒が壁やドアを壊して乱入してくるか判らないこの場所に長時間いる事は、実戦と縁のない事務方である視察官らのストレスになる。
 早めにこの一時避難場所から出る方法を検討しなくてはならない傭兵ら。

「そもそものデモの原因って何なんですか?」と大神 直人(gb1865)が尋ねる。
「数日前からこの地域に起こっている連続殺人事件の犯人が能力者だという噂がたっていましてね」と空港の担当者が答える。
「何それ、ばっかじゃない」
「冷静に考えれば街に流れている噂が普通じゃない事ぐらいは考え付きそうな物だけど」
「それがあながち『嘘』で済まされない部分があるので‥‥」
 言葉を濁しながらも担当官がいうには、数ヶ月前だが、バグアに洗脳された能力者が白昼街中で銃を乱射した事件があったのだという。
 皆、バグアだろうと思っていても能力者がバグアに寝返るケースがある事も市民らは知っている。
 日頃の不平不満が溜まっていた所にLHからの視察が来たと知った市民が直訴するつもりだったのだろうという。
「なんだかそういうの切ないですね」

「暴動とかめんどー‥‥邪魔するなら全部皆殺しでいーじゃん」
 市民相手にスキルとか使わないけどねー。
 防災袋から賞味期限ギリギリのジュースを見つけ飲んでいた澪が事なげにいう。
「死人に口なし。目撃者さえなければ問題ないでしょ?」
 幼さゆえの無知な発言に大人(軍人)達が苦笑する。

 軍人だろうと傭兵だろうと民間人(抵抗・戦闘の意思なしと投降した捕虜も同様と見なす)に対して不当な死や虐待を与えたと判断された場合は裁かれるのは、この戦時下においても当たり前のことである。
 簡単に言えば澪が証拠隠滅のために本気で皆殺しを実行したならば、澪は逮捕され、裁判にかけらる事になる。有罪判決が出れば「罰金」または、「エミタ剥奪」。場合によっては禁固刑──という事になる可能性があるのである。

「暴徒といえども一般市民である以上、なるべく殺さないようにお願いしますね」
「勿論です」
「自分の身よりも視察官の安全第一。がんばりますよ」
 体調の異変や怪我がないか視察官らのバイタルチェックを終えたアグレアーブルと穣治がいい、
「うちも覚醒せんで戦うよ。もっともキメラやスパイは手加減なしや。絶頂流の奥義、見せたる」と剛鉄がいい、
「スパイ、こーい。スパイ、こーい! 強化人間もドーンとこーい!」と楽しそうに澪がいう。

 ***

「いつまでもこんな所にいられないし、ターミナルから車を2、3台回して貰えないかな?」
 ターミナルからの連絡によれば南苑空軍基地からの迎えは既に出立している以上、こんな場所でモタモタしている必要はなかったが、直人のAU−KVでは乗せられる人数が決まっている。
 迎えの庄少尉が最短距離を選んだ場合、一般道から一番近いのは空港ターミナルの前、正面ゲートである。
 通常であれば1時間と掛からない距離であるが、第2城壁のゲートを抜け、首都空港に向かう道路は暴徒が多くいる場所である為、時間通り来れない(辿り着けない)可能性は高い。
 バグアが意図した暴動ならば視察団を直接狙ってくる可能性はあった。
 迎えが来るまでじっと待つのも手ではあるが、空港脱出も考慮しなくてはいけない為に穣治らは、土地勘のあるドライバーと車、囮となる陽動を頼めないかと担当官にいった。
「そうですね‥‥」といって担当官は暫く考え込む。

 視察官に怪我を負わせるような事態になれば首都空港を修復し、新たなる軍事基地として再建する計画が延期され兼ねないだろう。
 北京市内には、北限を守る「永寧空軍基地」、南東を守る「北京東県空軍基地」、未完成の第1城壁の切れ目、北を守る「北京沙河鎮空軍基地」と南西を守る「良郷鎮空軍基地」。(首都空港は、第1城壁の北東に位置する)
 第2・3城壁の間に設置された「北京南苑空軍基地」「北京西郊空軍基地」もあるが、全ての設備規模において国際空港であった首都空港に及ばないが、現状では滑走路に大穴がいくつも開き、KVならば離発着距離ができるが、それだけである。
 単にKVを並べておくだけなら瓦礫をどかして天安門広場に着陸した方が遥かにマシな状況だった。
 北京駐留軍やLHは戦局が大きく変わらない限り、北京開放に首都空港再建に必要と考えているのだった。
「わかりました。空港に駐在している人数はそう多いわけではありませんが、協力するように手配します」


 双眼鏡で滑走路を見つめる直人が、ターミナルに隣接する車庫からポンプ車が出てくるのを確認した。
「時間通りだね」
 発煙弾と放水、空港警備に当たる兵らと第1城壁付近に配属されている武装警察の機動部隊による制圧作戦が始まったのだ。
 5分後、ターミナルからの迎えの車が出発する予定である。
 一行は、現在位置から北部にある閉鎖中の居住者専用ゲートを抜け、庄少尉らと途中合流するために沙河鎮空軍基地へと向かう西に進路を取る予定である。
「さて、っと‥んじゃ、行ってくるわ。あとヨロシクね」
 P−38を構えた由稀が偵察を兼ねて先行する。
「‥‥大丈夫だと思うけど、無線の回線は開きっぱなしにしといてね」
 ちらりとイリアスを見る由稀にイリアスが頷く。
 ここでは無線が命綱である。万が一、はぐれた場合のメンバー同士の連絡。
 庄少尉との連絡の他、軍・警察の暴徒情報等も無線に掛かっている。
(「電波傍受の手段を持ってるようなのがいなきゃいいけど‥」)と心中穏やかではなかった。

 ***

 壁を背にソロソロと進む由稀の後ろを視察団を囲むように守り傭兵らが進む。
 殿を勤める直人は、AU−KVのキーを刺したまま静かに押していた。

 由稀の手がサッと挙がった。

 建物の角に身を寄せる由稀の懐から化粧用鏡が取り出され、道の向こう側を確認する。
『武器を持った男が3人‥距離21、2mって所かな?』
 向こうを向いているが、非覚醒では間合いを詰めるのに数秒掛かる。
 その間に声を上げ、仲間を呼ばれれば混乱は免れないだろう。
 どうするか? と後ろを振り返る。
『殴り倒すのは簡単ですが、相手は3人ならば見逃してもらえないか話してみるのも手でしょう‥』
『さんせー。どいてって言っても邪魔してくるみたいなら市民でも皆殺しでーっす』
 とニコニコ顔の澪。
『うちもいく、うちは格闘の専門家や』

 ***

 両手を上に上げ、暴徒らの前に立つアグレアーブルとレールズ、そして鋼鉄。
 3人の後ろにUPC軍士官がいるのを見て暴徒らがいきり立つ。
「うちは絶頂流正統継承者 佐賀 鋼鉄や。争うつもりがないけど、こっちも大事な任務中。大人しくどいてや」
「ヒトが、多様な思考を持つように──能力者にも、個がある。少なくとも私達は、貴方達の敵では無い」
 レールズは中国語で騙りかける。
「我們不想傷害任何人。他們是來北京訪問。如果我想順利的道路(我々は誰にも傷ついて欲しくない。彼等は北京を視察に来たのです。どうか、道を空けてほしい)」
 奇声を上げ、武器を振りかざして暴徒達が突進してきた。

「聞く耳持たずか──」
 直人がすばやくAU−KVを装着し、盾になるように前に出る。
 脇を由稀、イリアス、穣治を固め、澪が月詠を抜刀する。
「うちを12の女子と舐めてかかると。痛いだけで済ませんで。覚悟しぃや!」
 振り下ろされる青龍刀を軽いステップでよけた鋼鉄が叫ぶ。
「絶頂悶絶百裂脚!」
 凄まじいスピードで繰る出される足が百に見えるそのワザは、瞬きする間も与えず暴徒らの胸を激しく蹴りつけた。
「ふうぅぅぅ‥‥」
 細く息を吐き出す鋼鉄の足元に肋骨を折られた暴徒らが蹲っていた。

「あーん、ずるい。僕も戦いたかったのに」と残念そうにいう澪。
「まだまだ出番はありますよ」
「そうそう、真打は一番最後に登場しなきゃ」
 膨れる澪をなだめる。

「うちらの想像が及ばん程、北京は大変なんかも知れへんけど、いい歳した大人がなんでも人のせいにしたらあかんと思うよ」
 早よう病院にいってや。と痛がる男達に声をかけ、無線で男達を回収するようにターミナルに連絡を入れる。


 細かい衝突を繰り返し、空港側の用意した車に乗り込んだ傭兵達──。
「さっきの人達は、洗脳されていたんでしょうか? それとも自分達の意思だったんでしょうか?」
「さあ‥? 誰に聞いたのか忘れましたが『暴動は熱病に似ている』そうですからマトモじゃないのは確かでしょうね」
 もうまもなく庄少尉らとの合流地点である。
「敵のスパイ、出てこなかったね。どこかで私達を見ていたのかな?」
「そうね、それはありえるでしょうね」
 車窓から見る北京の町は、栄華を誇った北京市ではない。

 ***

 空港に着いたレールズが、庄少尉に頼んでみる。
「市内への放送ですか?」
「難しければ基地周辺だけでもいいんです。能力者とか、そういうのではなく。1人の中国人として」
 募る思いを伝えたいという。
「‥‥機の出発を遅らせる事はできませんよ?」
「判っています」
 庄少尉が基地司令の許可を取ってくれた。

 ***

「丁度60年前、戦乱を乗り越え子の北京で中華人民共和国が建国されました。
 売国奴や内通者にも負けず軍が人民と強い信頼関係にあったからです。

 この60年でその精神も失われたのか?
 私が以前北京への空輸を護衛した時、彼等の覚悟は、誇りは魂は! 決して死んで等いなかった!

 皆さん、あなたが今向き合っているのは侵略者ではない‥命をかけて戦い明日をともに生きる同胞だ!
 今この瞬間にもこれを見て人の皮を被った化け物が嘲笑しているにも関わらず!

 振り上げた拳と銃を下ろし、お互いを信じ、手を取り合う!

 我等の祖父母に出来て、我等に出来ないはずがない!

 そうすれば奴等の化けの皮は必ず剥がれる!
 その時は我々の出番です‥必ず。そう、必ず! 奴等を打倒してみせましょう!」


「ブラボー、ブラボー! 彼は立派な政治家になれますよ」
 今はなき天安門に掲げられた文言を叫んだレールズの映像に拍手を送る男がいた。
「やはり地球人というのは、こうではなくては面白くないですね」
 椅子に座る男が副官を振り返りながら楽しそうにいう。
 男の名は、ジャッキー・ウォンといった。

「北京市の反応は全てが予想範疇内ですが、それにしても‥‥北部や瀋陽に多少の兵が移動しているとはいえ、LHへ戻る視察団を、あっさり突破させたのは予定外ですね」
 あれ(包囲網)は1、2万の兵が移動しても連携が切れないように動くように指示したはずですが? と ウォンが邪気を含んだ笑みを浮かべていう。
 ウォンの言葉に副官がビクリと体を振るわせた。
「『北京市は入るは易いが、出るのは難しい』。それが包囲網の基本ですよ。今後、このようなミスは許さない。と各地に伝えておきなさい」
「はっ!」
 執務室を慌てて飛び出していく副官を尻目にウォンはモニタを静かに見据え、微笑む。
「変化の頃合かもしれませんね。さて‥貴方(中国)は私に何を見せてくれるのでしょうかね?」

 今後、北京がどうなるかは、今は神のみぞ知る──。