●リプレイ本文
●それぞれの闘い方
「チャリティ・コンサートね‥‥まあ、こういう試みは推奨すべきで。何より民間人からの発起というのが意味有るのよね 」
控え室の壁に貼られたポスターを見て百地・悠季(
ga8270)がポツリと言う。
「ほんと、こんなコンサートこそ必要だってのに。バグアと戦える連中じゃなくこんなところを狙うなんてな」
ウォンサマー淳平(
ga4736)の言葉に顔合せにやって来た春露が反論する。
「その考え方はチョットまずいわね。銃を持たない人だって自分のできる事をして闘っているよ」
「そうね。無力に見える大多数の人々からの声援こそが、世界を廻す原動力となって、あたし達能力者の動機になるのだから」
妨害するなんて赦すべきじゃなくて、障害を跳ね除けてあげるわね。と悠季が答える。
「‥‥春露さんを護衛‥‥しますので、許可を頂きたいです‥‥勿論‥‥孵化前に探し出すのが1番‥‥ですが‥」
キメラの卵を持ち込む人物が不明である以上、卵捜索と同時にターゲットである春露を守る事にした傭兵達。セシリア・ディールス(
ga0475)、悠季、水無月 霧香(
gb3438)の3人が、春露の直接身辺護衛に付きたいと申し出た。
「どうするか?」と春露を見るのはパナ・パストゥージャ(gz0072)である。
「そうね‥‥意地悪な質問をさせてもらうわ。貴女達はどうやって私を守るつもりなのかしら?」
春露のスケジュールは分刻みである。
護衛と捜索を両立する事は不可能である。
控え室の捜索やリハーサルの間は双眼鏡も使用して周囲に怪しい人物が近付いていないか注意。
移動は春露を挟むように前後に護衛がつく‥‥具体的な例をあげる悠季とセシリアが説明する。
「‥衣装の‥チェックも‥‥‥」
「後、プレゼントの春露さんに直渡しはNGや。ファンの人を疑うのは悪いけど、今回はこんなのが一番怪しいかんな、ちゃんと調べるまで渡せへん」
控え室には卵を殺す目的でポットセットを持ち込むと霧香が付け加える。
「充分よ、ステージ外は貴女達にお任せするわ」
その場で卵を潰せなかった場合には、卵を熱湯の入った水筒に詰めて茹で卵にするつもりの棗・健太郎(
ga1086)が、「イースターエッグじゃないけど‥‥結構、鶏のたまごって見つけにくいものだよ」と言う。
「ところで‥本当に‥‥水筒で‥‥茹で卵‥に‥‥なるんですか?」
ユリア・ブライアント(gz0180)が、健太郎に質問する。
「お湯の温度にもよるけど20分もあればちゃんとなるよ」
「運搬係は全く関係ない人ってより元々の関係者の方が怪しまれ難いとバグアの連中も思うんじゃないかな?」
リストアップされた関係者から最近様子の変わった人が居なかったかどうか聞き込みをした方が良いだろうと淳平が言う。
「コンサートの準備委員会の人達か‥‥確かに全部の出演者や搬入業者を調べるのは難しいよね?」
「説得は『キメラを放つ事には成功したけれど、孵化後に護衛に退治された』事にする‥‥という事でどうでしょうか? ちゃんと犯人に言われた通りにキメラを置いてきた事にしてもらうんです」と佐渡川 歩(
gb4026)。
「そうね。事を荒立てるのは簡単だけど、仕掛ける方も親バグアって訳じゃないんだから」
「となると‥‥卵を持っているのはある程度春霞さんに近付ける人で、人質を複数の関係者から拐う手間を考えればあまり多くない数‥‥おそらく1〜2人、多くて3人位までだと思います」
「せやったら近接護衛はセシリアはんと悠季はんに任せて、アルバイトに紛れて一歩離れた位置から護衛するわ」
「あたしは警備員服を着て春露さんの側に立つわ。爆弾事件の後ですもの、堂々と春露さんの側にいても可笑しくないでしょう?」
それに警備員がウロウロしているのを見て止める気になるかも知れない。と悠季。
「はい、はーい! 皆さん、お待ちかねの図面と車輌・関係者のリスト、警備員服ですよ〜」
先日の爆弾駆除にも協力したアルヴァイム(
ga5051)と古河 甚五郎(
ga6412)は、事務所のおばちゃんらから全面信用されたお陰で『持ち出し厳禁』、事務所関係者の中でも一部しか知らない来賓専用非難路が書かれた図面のコピーも入手していた。
「‥その通路‥緊急時に‥‥使えますか‥?」
「地下駐車場迄1本道で逃げるのには適していますが、かなり狭いので戦闘には向かないです」
通常施錠されている来賓専用非難路のカードキーも借りて来たアルヴァイムであったが、歯切れが悪い。
「それに図面を見てもらうと判りますが、通路の天井を平行する形でダクトが走っています」
アルヴァイムが示す先に縦横20cmのダクトがあると書かれている。
「事務所の話だと開口部にパンチグメタル‥‥つまり穴が開いたカバーが着けられていますが、キメラが通り抜けるのは簡単だと思いますね」
「穴‥‥人の体内にも穴から入るんでしたよね‥前バリ致しましょうか? ガム‥‥ぐぼはっ!」
「な、何事っ?」
「‥業界人‥‥同士の‥内緒の‥お話し‥です」
顔を赤くし乍らナックルをポケットにしまうユリアだった。
服を抱え、着替える為に用意された別室に向かう者、春露の控え室をチェックする者、それぞれが準備に取りかかる。
「カウントダウンを何としてでも成功させないといけませんよね!」
「せや、皆が明るぅなれる、せっかくのコンサートや邪魔なんてさせへんで!」
●協力者
本日は報道向けのリハーサル日というのもあり、出入り口は限定されていた。
取材関係者とボランティアはNo.10ゲートからの入場である。
歩は、本番の手荷物検査の予行練習という名目で細かいチェックが実施していた。
プレゼントや差入の品を預かる際、中身を確かめるフリをして相手を観察したが、特に怪しい素振りの者はいなかった。
(「こちらを切り上げて中をお手伝いをした方が良いのでしょうか?」)
そう悩む歩だった。
アルヴァイムは搬入口にやって来る車のナンバーを1つづつ確かめ、ドライバーに同乗者と目的を確認していく。芸能人らの乗る車のトランクはポーター役を申し出る事によって調べる事も出来たが、人によってはあからさまに嫌な顔をし、全体的に非協力的であった。
「大変そうですねぇ‥‥」
アルヴァイムに甚五郎が声を掛けた。
弁当やら出演者の衣装やら小道具やらをチェックすると地下駐車場に行っていたはずだが、よく見ればどことなくボロボロである。
「いやぁ、エライ目に会いました」
女性出演者のペチコートやらガーター、ビスチェ等衣装を念入りに調べていた所で怒られたのだと言う。
「‥‥でも良い事もありましたよ」
悪びれた様子もなくポケットからハンカチで包んだ何かを取り出す。
「『毒蟲』です。どうやら誰かが地下駐車場に置いたみたいですね」
車に轢かれたらしい潰れた幼虫と殻であった。
「隠すのではなく轢かれるような場所に1個だけとは、解せませんね」
「なんのつもりかは本人を捕まえてみないと判りませんが、これで持ち込んだ人が少し特定出来るかと思います」
殻にうっすらだが女性用の香水と強い癖のある洋モクの匂いがする。というのだ。
「この煙草の匂い‥‥ちょっと待って下さい」
アルヴァイムが記憶と記録を結び付ける為に車と出演芸能人のリストを捲って行く。
「この宇津木幸之助って言う男が吸っていた煙草と同じ匂いです」
「あちゃぁ‥‥作曲家の宇津木ですか?!」
「有名なんですか?」
「春露さんを日本デビューさせた人です」
それにコンサートでは曲を提供している。
春露からみれば宇津木は恩人である。
頼まれれば時間を作ってでも春露は会うだろう。
階段に向かって走りだすアルヴァイムと甚五郎。
「皆さん、聞こえますか? 協力者と思われる人物が判明しました」
宇津木と妻の容姿と服装が告げられる。
『了解、そのおじさんとおばさんを捜せばいいんだね?』
『流石に手伝いばかりで疲れてたから良い運動になる』
「百地さん、セシリアさん、春露さんは何処ですか?」
『ステージに向かう通路で運営員会の人と話しています』
『水無月さんも‥側に‥います』
散々歩いた球場内部である再短距離を走って行く。
「佐渡川さんは、宇津木の息子がボランティアに紛れていないか探して下さい」
宇津木には、高3の長男と少し歳の離れた次男と長女がいるという。
『どんな感じの方ですか?』
「芸能人している人なので帽子とか眼鏡で変装していると思います」
『あのニット帽と眼鏡の人かな?』
大至急探します。と無線を切る歩。
●戦うと言う事
──ダウンジャケットのポケットに入ったソレを握りしめる。
相手は、ただ少しだけ炎と煙が出るだけだと。
仕掛ける場所も人が少ない所で充分だと言った。
そうするだけで妹と弟が帰って来る──
中学生の頃は教師に反抗して教員室の窓ガラスを割った事もある。
それと対して変わりがない──そう、心に言い聞かせる。
だが相手は親バグアだ‥‥春露おばさんの敵で、弟達を誘拐した犯人だ。
それだけで済むはずがない──そう思い乍らも相手の言う通りにするしかない。
むかつきを押さえられず便器向かって吐く。
今日何度目かの嘔吐。もう、胃液しか出ない──
中々出て来ない俺を心配して誰かがトイレのドアを叩く。
なるべく平気そうな声を出して「大丈夫です」と答える。
親父やお袋だけじゃなく俺やお前らもコンサートを楽しみしていた。
壁の向うの連中も、会った事がない奴らの為に何かできる事を楽しみしている──
ポケットから取り出した毒々しい色をしたソレを便器の中に落し、レバーを引く。
「ゴメン──お前らが死んだら俺のせいだ‥‥」
***
「ええっ! トイレに流しちゃったんですかぁ?」
自分でも声が上ずっているのが歩も判った。
「‥‥不味かったのか?」
「アレ、キメラの卵なんです」
愕然としている青年を横目に歩が仲間に連絡する。
「宇津木幸一さんと接触、犯人は『卵』を発火物と言っていた模様です。本人から『卵1個』を40番男子トイレから『流した』と証言がありました。下水ってどうなっているんですか?」
『一度、球場の下にあるタンクに集積されてから本管に流れます。ガス抜き用の換気口があります』
オープン回線で聞いていた身辺警護のセシリア達に緊張が走る。
無線を切るアルヴァイム。
「両親は『キメラ』って気がついているんですかね?」
「多分、じゃなきゃ車に轢かせんでしょう」
場内には、キメラ発生時の対策として「抜き打ちの避難訓練を実施する」と言うアナウンスが流れている。
出入り口ゲートが一斉に解放され、ボランティアや出演者らが誘導されて外へと向かう。
「いたーっ!」
健太郎が宇津木の妻を見つけ声をあげる。
「え、どこ?」
「あ〜っ‥‥見えなくなっちゃった」
「駄目じゃん、それ」
「だって、俺は淳平と違って子供だもん」
「今、それ言うか? って何処から出て来たんだ?」
「そこのうどん屋!」
アルヴァイムと甚五郎に先回りをして貰うよう連絡を入れた後、店内に入る淳平と健太郎。
上(淳平)と下(健太郎)と別れてカギの掛かっていない収納を開けて回る。
「あ、あった!」
鍋の隙間に卵はあった。が、孵化直前なのか卵の表面にヒビが入っている。
水筒の準備をする健太郎も焦る。
「20分も待てない!」
ならばと巨大ハエタタキを構える健太郎の前から卵をかっ浚うと、淳平は目の前にあった電子レンジに放り込みスタートさせる。
オレンジ色のランプに照らされて回る卵。
「うわぁあ‥‥いいのかな?」
「後で消毒すれば大丈夫! それにあれだけヒビが入っているんだ。殻しか割れなかったら大変だろ」
自信たっぷりに淳平が言う。
──ボン!
軽い爆発音と共に予想された事象に健太郎が「うへぇ」と鼻に皺を寄せる。
「ドア開けるのは淳平やってよね」
「──そう‥‥宇津木さんが」
協力者が恩人であると知っても春露は冷静であった。
宇津木の妻はアルヴァイムと甚五郎に保護され、卵は破壊されていた。
残るキメラは宇津木が持つ卵1個と成虫1体になった。
「貴女達はこのまま控え室で待つのと移動するのとどちらがいいのかしら?」
「ここはキメラの隠れる場所があるから広い方がいいねん」
「そうね‥‥アリーナ席ってまだ取り付けていなかったわよね?」
「では‥‥グランドに‥‥移動願います‥‥」
人工芝が取り払われ、カーペット敷になった床をキメラが走る。
悠季が投げたアーミーナイフを避けてジャンプしたキメラにセシリアが超機械ζを浴びせる。
バタリと落ちた頭が半分溶け落ち乍らも動き回るキメラ。
「そんなフェイント、バレバレやん!」
霧香が氷雨を突き立てキメラを両断する。
「弱い、弱すぎや、お前。もう1匹ばっちこいやー!」
月夜の為か闘い足りないと霧香が吠えている隣で、ムカデを丁寧に踏む悠季。
それを見ていたセシリアだったが、視線に気がつき顔をあげる。
──宇津木だった。
「‥‥キメラを渡して下さい」
卵を握った宇津木を見て、静かにセシリアが言う。
「暗殺用に調整されたキメラは‥‥殆どターゲット以外、襲いません‥‥ですが‥‥所詮キメラです。このまま持っていたら‥‥あなたが危なくなります」
「このチャリティコンサートはアジアの、バグアの被害にあった人達全員への救済を目的にしていますのよ」
コンサートに関わる人は誰1人欠けてはいけない。と話す悠季。
「誰も‥‥」
「宇津木さん、あなたやあなたの御家族もですわ」
「せや、それにバグアの言う事なん信用したらあかん」
子供を取りかえしたいんやったらUTLやUPCに頼むんや。と霧香が言う。
「うちら能力者は、あんたらの剣や。あんたらの代りに前に出て戦う。剣を握るあんたらは、うちらがヘタレんと最後迄戦えるようにしっかりせなあかんのや」
「‥‥‥彼女達の言うとおりよ。宇津木さん」
静かに春露が言う。
歩らに付き添われ宇津木の妻や長男もやってきた。
「親父、覚悟を決めよう。今は戦争中で誰もが簡単に家族を失う。俺やお袋も、毅やひかるが死ぬのは嫌だ‥‥でも俺達のやっている事はエゴだよ──それにあいつらだってバグアに加担する、そんな親父はみたくないって思うはずだよ。卵を渡してくれ」
暫く卵と能力者達を見比べていた宇津木だったが、アルヴァイムが差し出す手に静かに卵を置いた。
ぐしゃりと潰れる卵──。
──こうして春露暗殺計画は失敗に終わった。
尚、通報により駆け付けたUPC軍の特殊部隊により監禁されていた宇津木幸之助の次男と長女は無事救出された。これに関し、UTL以外の第三の組織が動いたかは記録にはない。