●リプレイ本文
夜来香が上海で確認された最後は、上海駅の防犯カメラ映像である。
傭兵らからあがった上海経由で海外逃亡(福岡/春日基地への移動)は不可能で、夜来香は上海に潜伏中だと答える江班長。
夜来香の妹、威・春露については現在、昆明でバグア被災地への支援活動中だという。
「妹や周辺から出入りしていた場所の特定は無理か‥‥」
月森 花(
ga0053)が溜息を吐く。
「身を隠すにも資金が必要だと思うんですが、その辺はどうなんですかね?」
古河 甚五郎(
ga6412)が、江班長に質問をする。
隠し金の可能性はあるが、公安が把握している分については凍結済だと言う。
「そうなると逃亡を手引きした人物から出ていると言う事ですかね?」
「その可能性もあるが、現在確認中だ」
「彼女が隠すならやっぱり芸能関係ですかね?」
「それは上海に何れだけ仲間がいるかによるだろうが‥‥」
夜来香は、上海等南部での活動は殆どない。
「なぁ、済南党が仕切ってて警察が検挙しにくい連中の溜まり場、クラブや酒場ってのはあるのか?」
椅子をギシギシ言わせていたOZ(
ga4015)が言う。
「いや、連中の縄張りは済南地方周辺だけだ。上海は別グループが幅を利かせている」
「ふーん‥‥地の利がないのは向うも同じかぁ」
他のメンバーと異なり何やら楽しそうなOZ。
「なぁ班長さんよー。殺られた4人の手口ってのはどんなの? あと夜来香や協力者の写真は貰えるのか?」
「ああ、勿論だ」
被害者は全員、首を切られ、中には首が落ちているのもあるという。
そう言って公安が管理する現場検証の資料と防犯カメラから起した写真を見せる江班長。
防犯カメラに写っていたのは、夜来香の他2名である。
映像は、かなり悪い。
「1人は判明している。信じ難い事だが、岱のボディガードをしていた魏という能力者だ」
逮捕後に撮影された夜来香と魏の写真と資料が並べられる。
もう1名は照会中であると言う。
「こんだけ判れば十分だってぇの。俺はこの魏を中心に攻めていくぜ」
楽しくなりそうだぜ、ぎゃはは。と魏のファイルを見ていたOZが笑う。
やり取りを聞いていた花が口を開く。
「水面下で人の命のやり取りが行われようとしている今、情報を隠すのは得策なのかな?」
「どういうことだね?」
「夜来香さんが親組織からも反組織からも追われるホントの意味って‥‥ナタラージュって何なのかっ」
甚五郎と空閑 ハバキ(
ga5172)の顔を見比べた後、ヤレヤレと溜息を吐く江班長。
公安に保管されている公式報告書にはキースという少年が関与した事実も、その時彼が漏らした言葉も一切記載されていない。
『ナタラージュ』はその場に居合わせた者のみが聞いた言葉である。
「『機密保持』という言葉を知っているかね? まあ、傭兵である君らにそれを求めるのは無理なのかもしれないが‥‥」
腐っても公安警察の班長である。
なんでもかんでも教えてもらえる訳ではない。
ならばと夜来香の脱走の手引きをした人物について質問を変えてみる。
「岱親族宛なら死体搬入ですが‥‥夜来香と共謀、裏社会へスパイ仲間逆密告と始末誇示で再就職も有得ます!?」
「なくはないだろうな。尤も情報を引渡した途端、彼女も殺されるリスクはあるだろうが‥‥」
漸 王零(
ga2930)からもキースへの影響について質問が上がる。
「残念乍ら彼と彼ら組織については全容を把握し出来ていないのが現状だ。当人から保護を求められていない以上、そちらからは動けないな」
それに彼等も元々公安と取り引きというより政府取り引きをしていたらしい。と言う。
「彼等はこちらが予想しているより遥かに大組織のようだ」
上海の公安(警察)はバグアと繋がっている者も多く。
くれぐれも言動には注意するようにと傭兵らに江班長から指示が出た。
●上海闇夜行
表通りから1本入っただけだと言うのに一気に治安が悪くなる。
(「一人歩きは‥‥危険だったかな」)
花はハバキから教えてもらった上海のライブハウスを巡っていた。
(「夜来香さんを止めたい。止めなきゃいけないよ‥‥っ」)
だが夜来香が逃亡した日以降、キースを含めて嘗て夜来香が属していたという組織関係者はぷっつりとその消息を隠していた。夜来香が音楽関係者と言う事もあり、それを中心に捜索をしていた花は行き詰まってしまった。
王零もまた捜索に苦労をしていた。
上海の裏の部分、密売組織や親バグアの集まる場所での情報収集である。
噂を真意を確かめるふりをして目撃情報、武器商や逃がし屋について聞き込みをして歩いていた。
夜来香逃亡の噂は、かなりのスピードで広まっているが、夜来香と魏達を目撃したと言う情報は一向にない。
(「人の口に戸板を立てられないというが‥‥いい加減な噂が多いな。意図的に流されているのか?」)
ある程度歩いても情報が得られぬ場合は、それなりに目立った行動で──と思っていたが、引っ掛かったのは別口であった。
「我は汝らに構っている暇がないのだがな?」
「あんたを倒せば金をたんまりくれるって言う人がいるんでな」
「‥‥その話、良く聞かせてもらおうか?」
抜刀するまでもないと袋に入ったままの国士無双であっという間に叩きのめし、締め上げれば端金に目が眩んだチンピラの類いである。
更に締め上げて聞いた依頼人の容姿は、魏ともキースとも異なってなっていた。
(「これが江班長が言っていたもう1人か‥‥」)
後で経費で落とさせるつもりなのか景気よく金次第の連中の口が更に軽くなるように大枚をつぎ込み魏を調べていたOZと南雲 莞爾(
ga4272)には色々な情報が入って来ていた。
(「華僑が裏の社会もまた名実共に光の裏側、か‥‥」)
OZとバーテンのやりとりを黙ってみている莞爾。
ヤバい連中の集まる店を2、30軒程回ったが、流石にエミタをメンテナンス出来る闇技師等の情報はない。
「‥‥やはりな。そんな気はしていた所だ」
「この辺はULTの連中もぬかりねぇってか?」
能力者のシンボルとも言えるエミタは最低でも月に1度は微調整が必要な厄介な代物である。
「野郎もかなり焦ってんだろうぜ。ケケ‥‥」
楽しそうに笑うOZ。
「長期の仕掛けが出来るんだったら偽情報でおびき寄せる事も出来るんだろうがな」
だが、これではエミタから魏を追うことが出来ない。
「どうする?」
「なぁに、エミタが駄目ならヤサを探せばいいのさ。ヤツは近くにいるぜ。蛇の道は蛇、糞は糞溜めってね。プンプン匂いがしやがるぜ」
モノの30分もしない内、魏と夜来香が泊まった宿屋を見つけるOZと莞爾だったが、部屋はもぬけの空である。
「答えてもらうぜー。でなきゃテメーの頭吹き飛ばしてもう一軒だ、ぎゃはは」
宿屋の親父を締め上げながら楽しそうに言うOZだった。
●呉運送
社長席に座った(各地にある呉の事務所には神出鬼没の大人用に必ず椅子が設けられている)呉 大人が本日20回目の溜息を吐く。
溜息を吐く度に幸せが逃げて行くという話があるが、それでも溜息は止まらないでいた。
先程、以前仕事でかかわり合ったULTの傭兵、甚五郎から「夜来香の会計明細聴取」という電話があったが「情報提供料と日数」の折り合いが着かず何も話していない。
「ワタシのあの時の依頼は『無事に武漢に彼女を届ける事』アル。仕事以外の部分はノータッチ、ネ。金が何処から捻出されたものであるか聞き出す程、ワタシもアマチュアではないアルよ」
勿論、情報提供を求められれば、それに見合った代金を請求する。
が、夜来香の財源ともなれば仮にも親バグアとして永年活動していた彼女である。
最低限でも済南に人をやらなければならない。
「とてもその日数で調べられないアルよ」
『じゃ、じゃあせめて「ナタラージュ」・「夜来香」の意味だけでも‥‥』
「『ナタラージュ』はヒンズーのシヴァ神の別名ね。ナタラージャとも言うね。良く土産物屋に『踊るシヴァ神』の置き物があるネ、あれアル。『夜来香』は‥‥色々な意味ネ。花だったり人だったり時には象徴として扱われるアル‥‥‥夜来香がどうかしたアルか?」
下手に情報を部外者に漏洩したと判れば処罰対象である。
『いや、まあ、好奇心ですよ』と慌てて誤魔化し電話を切る甚五郎であった。
次に電話を掛けて来たのは、赤崎羽矢子(
gb2140)である。
『依頼を出してるよね。内容は不明だけど、夜来香が逃げた直後ってのが関わりあると言ってるようなものじゃない?』
「なるほど、夜来香が脱獄したアルか」
(『このタヌキ‥‥』)
『あたし達は夜来香を捕らえたい。そちらと利害が一致するなら協力出来ると思うんだけど』
「確かにワタシがULTに出したのは上海でのある人物の保護ネ。もう一つは、ワタシの代りにインドに人を連れて行く依頼アルが、それには夜来香は関係ないアルね」
それに‥‥と続ける大人。
「ワタシの仕事は信頼関係大事アル。これ以上は幾らULTの傭兵さんあっても客の許可がなければ教えられないアルね。それに情報が欲しいのならば、きちんと提供料出すアルね」
特別な私兵を持たない呉一族が競合地区だけではなくバグア支配地域迄入り込めるのは人脈と複雑な情報網を持っているに他ならないが、大人とて多額の資金を投じているのだ。
そう簡単にタダでは教えられないのである。
上海と南京、列車で2時間の距離も上手く飛行機が飛べば片道40分程度である。
「おっちゃーん♪」
カウンター越しに大人を見つけるとひらひらと手を振るハバキ。
「陣中見舞いに来てくれた‥‥訳ではないアルね」
えへへ‥‥と困ったように笑った後、真面目な顔をして夜来香が脱走したと告げるハバキ。
「驚かないね」
先程お仲間が口を滑らしたと言うのは簡単だが、羽矢子に別段恨みもない。
「まあ、その辺は企業秘密アルよ」
「俺に何ができるのか、まだわかんないけど‥‥俺もおっちゃんも、このままってわけにはいかんよな?」
真正面から大人を見つめるハバキ。
過去に1度しか会った事がないと言うのに、この真直ぐな青年がどうやら気に入ったのだと知り苦笑する大人。
「何が知りたいアル?」
「彼女にとって特別な場所は思いつかない?」
暫く考えた後、
「単に潜伏するなら李という上海のバグア派の男の所アルが‥‥」
夜来香にとっての特別な場所は思いつかないと言う。
「彼女は親バグアから追われているんじゃないの?」
「親バグアと言っても一枚板じゃないアルよ。それに彼女の最後のコンサート会場、李の持ち物だったはずヨ」
大人に礼を言い、事務所を出ると仲間に連絡を入れるハバキ。
「何人か夜来香が最後にコンサートをした会場に人を回してくれる? もしかしたら彼女、そこにいるかもしれないから‥‥」
●毒蛇
多くの傭兵の予想と反して夜来香と別行動をしていた魏。
「手配書を見てピンと来たぜ。てめーは俺と同類だ。殺り合いたくてたまンねぇ」
魏を前に舌舐めずりをするOZ。
「見張りにやった技見せてくれよ、なあ? へへ‥‥」
「生意気だねぇ‥‥人をコソコソ撃つしか脳がないスナイパーの癖に出しゃばるんじゃないよ」
「なんだと?!」
「落ち着けOZ、こいつの作戦だ。熱くなるな」
「ケッ! その位、判ってんぜっ」
「おしゃべり野郎はママのおっぱいでも吸‥」
魏の頭に向かってS−01をぶっ放すOZ。
だがそれを読んでいたのか魏の踏み込んだ一閃がOZを襲う。
──ギンッ!
「ボディーガードを無視して動いてどうする? グップラー相手に近距離戦は無茶だぞ」
二人の間に割り込んだ莞爾が、魏の鎌切を月詠で受ける。
「瞬即撃で一撃を食らったら被害者と同じだろうが」
「うるせぇ、お前は夜来香を追っていろっ!」
莞爾に文句を言うOZ。
「‥‥追っ手に有名人が2人混じっているってぇ聞いたが。なる程、あんたが南雲かい?」
「俺を知っているのか?」
「名前だけさね。もう1人は本隊隊長の漸‥‥そっちの小僧やキースを殺るよりは歯ごたえがありそうだねぇ」
ニタリと蛇を思わせる笑いを浮かべる魏。
「手土産がたっぷりあれば直接バグアに売り込むのも一興だねぇ」
ニタニタと笑う魏。
「お仲間が来ると面倒だ。一気に片付けてやるかねぇ」
「迅速が望みなら、そうさせて貰う」
回避不能の瞬即撃と急所突きのコンビネーションで攻撃を仕掛ける莞爾。
だが、敵もグップラーである。
瞬天速で攻撃を躱す一撃離脱戦法で確実に殺るつもりだったが、莞爾を追い掛けしつこく攻撃をする。
それも自分とOZとの間に常に莞爾が来るように移動し乍らの攻撃である。
「南雲、ちゃんと避けろよ!」
普通であれば味方への誤射を警戒する所だが、遠慮なしにOZがアサルトライフルを撃って来る。
一瞬出来た隙にブラッディローズを魏の腹へと撃ち込む莞爾。
FFを破る為に作られた重い一撃に後ろに吹き飛ぶ魏。
「OZ、俺に当ったらどうするつもりだったんだ!」
「いーじゃねーか、当らなかったんだしよ。俺が撃ったからおめーも撃てた。結果オーライだっちゅーの」
ぎゃはは。と笑うOZ。
倒れている魏の生死を確認する為に近付く莞爾。
死んだフリをしていた魏が奇声を上げて飛び起きる。
苦し紛れの一振りを莞爾に浴びせようとした瞬間、頭が西瓜のように吹き飛ぶ。
「大丈夫か?」
応援に駆け付けた漸のショットガン20の一撃であった。
ハバキが予測した通り、夜来香は彼女の最後のステージになった劇場にいた。
「夜来香‥‥」
「世の中上手くいかないわね」
ハバキを見て、困ったように笑う夜来香。
「‥‥また、痩せた? 折角の美人なのに」
出入り口を固めた能力者たちを明るくライトに照らされたステージで待つ夜来香。
「あなた、誰かを待っていたの?」
羽矢子に言葉なく静かな微笑で答える。
「ごめんな。護衛だったのに、何にも守れなくて」
「‥‥何故謝るの、私はあなた達を騙していたのよ?」
ハバキを『見る』夜来香。
「あんたの歌、良かったよ」
長い沈黙の後、ありがとう。と言う夜来香。
「傭兵さん‥‥貴方はずっと昔、好きだった人にちょっと似ているわ」
「あなたの話は聞いているよ。またベッドに縛り付けられるくらいなら‥‥とも思うけどね。けど好き好んで手を汚す気もないよ」
羽矢子が夜来香の身体検査を手早く済ませる。
「可愛そうだけど自殺予防だよ」
そういうと猿轡を噛ませ、手錠を掛ける。
──憲兵に連行されて行く夜来香。
「ボクはまだ、自分を見失う程の恋をしたことないけど‥‥貴女を反面教師にするよ」
花がきゅっと唇を噛む。
それを優しく抱きしめるハバキ。
「これもシヴァの掌の上ですかね」
「人生最初から意味何か無いっつーの。そこら辺誤魔化さず生きろよな」
やれやれと甚五郎が首を振り、OZが見送る。
こうして傭兵らは夜来香の身柄を確保し、俗に「夜来香事件」と名づけられた一連の騒動に幕を下ろしたのであった──。