●リプレイ本文
──渤海沖合い50km。
甲板に出ていた傭兵達は、初めて見るプロペラKVに様々な感想を漏らす。
「なんというか外見だけ見ると前時代的というかなんというか‥‥」という言葉がカルマ・シュタット(
ga6302)の口から出る。
「なるほど、墜ち易そうな機体だ。‥‥いや、他意は無い」
時枝・悠(
ga8810)がズバリと言う。
「もしかしたらこの機体が戦局をひっくり返すほどの‥‥いや、やっぱり難しいですかね‥‥」
文月(
gb2039)が溜息を吐く。
「いきなり最前線でテストなんて博打ね。純粋で前向きで‥‥そういう野心は大好きですよ」
勿論、大穴を期待してますよ。と熊谷真帆(
ga3826)。
「‥‥アナクロな機体はそれなりに利点があって使い易いんですよ」
予想された反応とは言え、さすがにぐっさりくるアジド・アヌバ(gz0030)。
「新型の中和装置つき、か。こいつが出回れば大分楽になるだろうな‥‥アジドも宜しくな」
「こんにちは‥アジド‥作戦は大変なモノになるでしょうが‥宜しくお願いします‥‥」
皆の言葉に苦笑し乍らリディス(
ga0022)と終夜・無月(
ga3084)がアジドに声を掛ける。
「北京か‥‥どうなっていることか‥‥」
ふと、御山・アキラ(
ga0532)が呟く。
現在の位置からは北京を窺い知ることは出来ない。
「ほんま‥‥こんな形で見ることになるとは思わんかったわ」と烏谷・小町(
gb0765)。
「お互い観光じゃなくて残念だな」と鈍名 レイジ(
ga8428)が同意する。
北京市──1年以上の篭城を続けていた都市の現状を正確に知る者は誰もいない。
何故ならばラインホールドが双方の防衛/攻撃ラインの大外枠に位置し、入るものも出るものも拒んでいたに他ならない。
UPCに齎される情報は、ノイズが大幅に混じった途切れがちの定期連絡である。
「テスト飛行も兼ねた、偵察作戦‥‥しかも、場所が、北京だなんて‥‥。だ、大丈夫なんでしょうか‥‥?」
菱美 雫(
ga7479)も不安げである。
「機体のテストを兼ねた北京の偵察か。それは、それで興味深いな」とサルファ(
ga9419)。
「そういえば、ラインホールドはアジア決戦に中国方面から来たと言う話だったが‥‥」
「そこまでアジアは逼迫してるのですか?」と真帆。
ラインホールドが北京からインドに向かう通って来たルートは殆どが戦況が悪化している。
「何時までも東アジアをバグア共に跋扈させておくのも業腹だしな。今、ここで北京の状態を知っておくには決して悪いことではないだろう。偵察任務、成功させようぜ」
榊兵衛(
ga0388)が皆の不安を打ち消すように言った。
●黒い大地
班編成は以下のようになった。
陽動班:アキラ、ケイ、紫峰、小町、ヨグ
迎撃班:リディス、無月、カルマ、レイジ、悠、サルファ
直衛班:兵衛、真帆、雫、文月
先行するのは陽動班の5名である。
「アヌバ機の半径50kmからは出ないようにな」
「んと、アキラさん。了解です」とヨグ=ニグラス(
gb1949)が答える。
迎撃班に属する無月にとって中国は嫌な思い出がつきまとう。
(「中国か‥以前来たのは名古屋戦線の前‥火の海の中‥あんな事は二度とごめんだが‥此処は‥‥」)
下を見れば、黒く焦げた大地が続いている。
「いつも以上に‥‥しっかり支援しなくちゃ、です‥‥!」
やっと手に入れたウーフーのデビューだと気合いを入れている雫は、アキラと共に調査の協力を申し出て空きスロットに空撮用カメラを搭載し、中心部への行程途中も撮影している。
北京を取り巻く防衛ラインは3つ。
まだ第一防衛ラインに侵入したばかりだと言うのに大地は戦火の傷跡が生々しく残る。
「‥‥酷い状況だな」とカルマが呟く。
バグア侵攻前の地図によれば北京市のハズレにあたるこの辺は穏やかな平原地帯で街が街道沿いに存在していたはずであるが、今は地面のそこかしこには大穴が開き、草の生えぬ瓦礫の山と地面が続いている。
ラインホールドがいなくなったとはいえ、現在も北京では激しい戦闘が続いているのだが、デリーと異なるのは民間人が今だ各地に隠れ住んでいる所だとアジドが説明する。
「実態が把握出来ていませんが‥‥」
眼下には粗末なバラックと干されたままの洗濯物が風に揺られていた。
「ここ辺に住んでいた人達‥‥ちゃんと避難したんでしょうか‥‥?」
「こちらは敵発見っと。HW1、‥と亀1。注意してなー」
小町から敵発見の連絡が入る。
「やれやれ、ここ迄何もでないからと思ったが‥‥さすがにタダで帰してはくれない、か」
「物見遊山、とは行かないのは仕方があるまい」
アジドがテストの目的「特殊電子波長装置β」をONにする。
「どうですか? 皆さんの数値に変化ありますか?」
アジドの問いに数値の確認を行う傭兵達。
「一応上がっているようだな」
レンジ幅の設定を変えて見る雫、先程は拾えなかった後方から接近するHW2機を捕らえた。
「そうですか。これでこの機体を持ち出した甲斐があります」
迎撃班は北京からの事前情報で対タートルワームを中心に兵装を整えている。
「ああ、俺が回りますよ。レーザーもミサイルもありますからね」とカルマ。
「そっちが亀に手間取るならあたしも援護するわ」とケイ・リヒャルト(
ga0598)。
「お互い先に片付いたら、もう一方のフォローって事で」
「了解」
手早く担当を決めて各班が機体を翻せていく。
「アヌバさんは私が幻霧を発生させたらそこから出ないようにして下さいね」
「了解しました」
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
無月の祈りにも似た祝福が投げかけられる。
「さあ、行くぜ‥‥イクス。獲物は‥‥‥あの野郎だ!」
サルファが叫び、
「さあ、絶対に最後まで護り抜くわよ!」
ケイが力強く言った。
●陽動班
最寄りのKV同士がバディを組んで2機のHWに攻撃を仕掛ける。
まずケイのディアブロがHWの前に躍り出る。
吊られるようにHWが1機コースを変える。
「引っ掛かったわね? さ、ワルツの時間よ」
アキラの試作型G放電装置とケイのH−044短距離用AAMが命中する。
「反応が鈍いわ。これではワルツのパートナーに不十分ね」
「同感だ。さっさと退場してもらおう」
一方、榊原 紫峰(
ga7665)、小町、ヨグのトリオ。
「さあ、しっかりボクに着いて来るんだ」
囮の紫峰のS−01の後ろに食らい付いたHWに小町がUK−10AAMで攻撃する。
「さーて、やっぱり非物理が効くんか、それとも物理でも大丈夫なんか。気になるとこやね〜」
「んと、小町さん。援護ですっ!」
ヨグがスナイパーライフルRの援護射撃受け、HWに接近してR−P1マシンガンを放つ小町。
ヒットした衝撃でFFがバチバチと火花を散らす。
「燻してやるですよっ!」
幻霧でHWを引き離すヨグ。
HWが照準をつけれぬように紫峰が突撃仕様ガトリング砲で邪魔をする。
アキラとケイのコンビはHWを撃墜したのを見て、一層力が入る。
「こっちも負けていられないね」
「一撃に賭けるのもええけど、それは機会を見んとなー」
連係した動きにHWが徐々に押されはじめる。
「ここでアグレッシブ・フォースや。最小の行動で最大の効果を〜‥‥なんつったりなー」
3.2cm高分子レーザー砲がついにFFを突き破り、ダメージを与えたのであった。
●迎撃班
すれ違い様に放ったUK−10AAMを避けていくHWに短い舌打ちをするリディス。
無月の攻撃はヒットしたが、HWのスピードが一瞬遅くなっただけである。
迎撃班で空を専門に守るのはカルマのみである。
「大丈夫です、無理はしません。皆はタートルワームを先に!」
「楽をして逃げたいのでな、憂いは断たせて貰おう」と悠。
「速攻で潰させてもらう‥‥!」
リディスの声に併せて一斉攻撃を始める。
瓦礫や塹壕跡を利用して接近しながら無月がスナイパーライフルRを放つ。
レイジが84mm8連装ロケット弾ランチャーを叩き込む。
「テメェは確か、知覚攻撃に弱いんだったよなぁ? だったら、コレでよぉ!!」
サルファが3.2cm高分子レーザー砲で攻撃する。
「喜べ亀、貴様の為に確保しておいた」
アグレッシブ・フォースを使い試作剣「雪村」で一撃を与える悠。
「――っと。なら、俺のも喰らえよっ!」
サルファとリディス、無月がタイミングを併せて、試作剣「雪村」、ハイ・ディフェンダーと練剣「雪村」を振り下ろす。
流石にFFも堪え切れず吹き飛び、甲羅に深く突き刺さる。
「1人じゃキツいか? でもここが頑張りところだな」
UK−10AAMで相手が怯んだ所を3.2cm高分子レーザー砲で攻撃を仕掛けるカルマ。
ガトリングとレーザー砲を巧みに操り、敵を遠くへと引き離し、攻撃を繰り返して行く。
だが全弾撃ち尽したところでリロードをするカルマ、よかれと思ったが逆にそれが災いした。
弾が途切れたほんの僅かな一瞬にHWが加速し離れて行く。
トップスピードの面ではHWにKVは適わないのだ。
一方、地上ではタートルワームに反撃の隙を与えず、密なる攻撃を仕掛ける。
痛みと怒りで咆哮をあげるタートルワーム。
「ヘッ、今日は随分ゴキゲンじゃねーか、ディスタン!」
「だが‥‥まだ敵は倒れません。先に砲を狙いましょう‥‥‥」
「ったく、いい加減硬いって言っても‥‥手間掛けさせんじゃねぇ!!」
体液をまき散らし暴れるタートルワームの大口径プロトン砲が突然動き、砲を放つ。
それと同時にガクリと膝をつく。
だが、赤い光の先にアジドがいた。
光が翼の先を掠めていく。
「ッくそ、大丈夫か? 飛び出すんじゃねーぞっ」
「亀の癖に生意気なんだよ!」
アジドを狙った1撃が最後の抵抗であったタートルワームは完全に動きを止めた。
●直衛班
カルマの隙を突き瀕死のHWが1機、アジドを狙って突っ込んで来た。
アジドの前に文字どおり盾になるべく強固な防御力を持つ兵衛の雷電が進み出る。
スピードを上げてもなお遅いプロペラ機と素早く複雑な動きを見せるHWの中間に機体を割り込ませるのは熟練された技量がいるが、兵衛は巧みに機体を操り常に一定を保っていた。
「文月さん、菱美さんフォロー御願いします」
「了解です、フォローに回ります」
雫と文月の試作型G放電装置の援護を受け、8式螺旋弾頭ミサイルを放つ真帆。
「行く末の見えぬ未来なら、この一撃で貫くまで! アジドさんのフラグは私がへし折る」
FFは火花を散らすが、1撃で弾け飛ぶ程の力が及ばない。
「タイミングを合わせて撃てば‥‥当たる筈ッ」
躱し躱され攻防が続く。
兵衛も遠距離砲を活用し、敵の隙を狙って攻撃する。
「文月姉様ファイトですっ! ドッグファイト!」
文月が戦う姿を見、思わず己も戦闘中なのを忘れて応援するヨグにHWの一撃が当る。
「大丈夫ですか?! 戦闘中に余所見は禁物ですよ」
応援するつもりが心配されてしまった。
「アジド!」
必死に倒した機体の翼先を赤い光が掠めて行く。
「ッくそ、大丈夫か?」
青い顔をしてカクカクと頷くのが精一杯である。
はっきり言って直接戦場に出て来る事がない文官である。
「‥‥見ている方がドキドキするな」
●悪魔に見捨てられた街
タートルワームとHW3機を撃破し、高い城壁に囲まれた北京市中央の奥深くへとKVを進ませる一同。
「これが北京の現状、か‥‥何処も彼処も酷ぇモンだぜ」
レイジが憮然とした口調で言う。
穴の空いた議事堂や劇場に博物館、病院。地上の建物で被害を受けていない建物はない。
「これでは‥‥マトモな医療も出来ないじゃないんですか‥‥?」
「うわ‥‥あの壊れた赤いの、天安門とちゃう?」
地下シェルターがあるとは言え、中にいた人が無事とは思えない大穴が幾つも通りに空いていた。
「戦いの果其の先にあるのは‥‥」
予想以上の惨状に次の言葉が出ない。
「戦いと同じで‥‥手に余る惨状もまず把握して協力し合えば打開できます」
真帆が言葉を噛み締めるように言う。
キラリ──小さな光が反射した。
「何?」
建物の上に立ち、白い旗を振っている男女が見えた。
大きな垂れ幕を持ち、何かを必死に叫んでいる。
一般的な航空KVは飛行中に風防を開ける事は出来ない。
この場で風防が飛行中に開けられ、エンジンを止めた状態で滑空ができるアジド機だけである。
「なんて言っているんです」
「食糧‥‥薬、医師‥‥不足‥‥え? ミルク? こんな場所に赤ん坊がいるの?」
上空防衛の為に中国側から許可されたのは中心部を通りすぎる一方通行である。
引き返して見直す事は出来ないが『赤ん坊』と言う言葉に傭兵らがびっくりする。
「逃げ遅れた人達に妊婦さんがいたのかな?」
「こんな中でも生まれる命があるんだな。ちょっと感動した」
「ええ‥‥」
ある者は確かに聞いたと翼を振り、ある者は操縦席の画面を切り替え小さくなって行く旗を見る。
「帰ったら一杯やりたいところだな」とリディス。
「僕は余り酒が飲めませんが、是非‥‥」
「さあ、帰りだ。無事に皆で帰投するぞ!」
「そうね。敵の増援や他の敵がいるとも限らないですもの」
傭兵達は気持ちを引き締め、北京を後にした。
──山東半島を抜け、黄海に向かう艦。
夕方の風が黄砂が飛び、食堂の窓からは大陸が霞んで見える。
「みんな、お疲れさんでしたー」
小町が皆に声を掛け、ヨグが頑張った御褒美だとプリンを楽しそう食べている。
「こういう支援機体はこれから単純な戦力以上に大切になりそうだ‥‥早くロールアウトされることを祈っておくよ」
「ええ‥‥ありがとうございます」
リディスに微笑むアジド。
●取り巻く現状
──だが。
「傭兵らへの貸出が中止になったんですか?!」
奉天は急遽予定を変更し、軍と配備機の契約を結んだと言う。
「ほら、傭兵の皆さんには岩龍もある訳ですし‥‥‥」
しどろもどろに答える営業を虐めてもなんの解決にならないと頭を切り替える。
ラインホールドの消滅させた都市は、メトロニウムの原材料を産出している鉱山を抱えていた。
今回の大戦でアジアのレアメタル産地各地は、ほぼ戦況が悪化しまっている。
実際、都市消滅による影響はかなり大きい。
プロペラ機は操作、整備、生産に掛かる費用ともに遥かに簡単で安価である。
βの問題をクリアすれば誰でも乗れるだろう。
軍から見て美味しい所である。
奉天も軍の大量発注の方が収益率が高い。
収益が上がれば、凍結の噂がある機体も生産されるだろう。
そう考えれば今回の決定の方が傭兵達の為になるかもしれない──。
「でもこの時期に大量の支援機を導入か。何か動きがある、な」
アジドの予測は当る事になった。
軍上層部は北京への支援活動を決定し、UTLへ協力の打診を行ったのだった。