●リプレイ本文
湾を望むホテルに設置されたホテル専用滑走路に降り立った能力者達。
「香港、か。また懐かしいものだ。再びこの地を訪れるとはな‥」
UNKNOWN(
ga4276)は風に飛ばされそうになる黒い帽子を軽く手で押さえる。
副支配人に案内されてホテルの中を行く。
「うは〜っ‥‥天井が高いです‥タイル1枚で5万cとか、壁板1枚ディアブロ3機とか‥‥ううっ、ぞっとします」
如月・由梨(
ga1805)は、成功したら御褒美にスイートに1泊出来るらしい。という言葉に釣られて来たが、ちょっと早まったのかも知れない。とこっそり思う。
「‥‥ん。すーいと。とか。どうでもいい。目的は。キメラ食べる事だけ」
最上 憐(
gb0002)は、何時の間にか袋に入った脆麻花をポリポリと食べている。
「‥‥ん。五星高級ホテルの料理。どんな味か楽しみ」
「下手にブッ放して施設に傷つけたくないし、皆揃って『びりびりーっ!』ってなことにもなりたくないしね」
スナイパーである翠の肥満(
ga2348)としては、ライフルかスパークマシンでさっくりキメラ達を片付けたい所であったが、やっぱり最高級ホテルのプールという場所柄、得物は考えてしまう。
「割れそうな危険物の移動はどうなっているのでしょう?」
七海・シュトラウス(
gb2100)は、グラス等の撤去依頼をUTLを通して行っていた。
傭兵達は、特殊弾以外の弾と戦闘による機体メンテナンス代等をUPCやUTLが負担してくれているが、平均的に常に金穴状況である。
保険に入っていると聞いているが、確かにこれだけの設備なら保険会社も青くなるだろう。
「だが、ここで抑え切ればホテルへの被害は最小限で済むという訳か」
「この時勢、心と身体を休められる場所は、とても貴重なもの‥‥せっかくの憩いの場‥‥早く解決して、皆さんに安心を届けたいですね‥‥」
迷彩服に身を包んだ朧 幸乃(
ga3078)が、クリスタルのシャンデリアを見上げる。
案内されたプールは、四方を巨大なガラスで覆われ、床は少しオレンジが掛かったピンクの大理石と白地に薄い青で絵付けがされたタイル、プール中央にはギリシャ風のイルカと戯れる少年の像が置かれたオシャレなものだった。
──だが、少年像は見るも無惨に壊され、下戸にとって一歩脚を踏み入れただけで酔いそうなくらいのワインの香りが立ち篭める。
プールの中はロゼというよりやや赤い。
「‥‥プールがフルーツポンチ状態とはな」と苦笑いする白鐘剣一郎(
ga0184)。
「これは、下手に銃が使えんな」
そう言って銃をフォルスターに仕舞うUNKNOWN。
「分析は任せたニャ☆ あたいは目の前の敵をずんばらりんとするだけニャ〜」とアヤカ(
ga4624)が笑う。
「場所はプールですし、水着を着た方が良いのでしょうか?」
己のスタイルに自信がない由梨。
できれば水着姿披露はしたくないという乙女心である。
「まあ、ワインの染みが気にならないのであればそのまま入られてもよろしいとは思いますが‥‥時にプールの水は抜いてよろしいでしょうか?」
未成年者が、うっかりプールに落ちてワイン入り水でも飲んだら戦闘にならない。
「排水口から流されないか?」
「排水口カバーの目は1cm間隔ですからスライム以外であれば、多分大丈夫だと」
斯くしてプールの水を抜いて攻撃と言うことになった。
「もったいない気もするニャね。でもしょうがないのニャ。さっさと終えて美味しいカクテル飲むニャ〜☆」
「‥‥こう、夜景を眺めつつ、ミルクの入ったグラスを傾けて氷をジャラジャラ弄んじゃったりして。グフ♪ とっとと片付けて楽しいバカンスだ」
おーっ! と、気合いが入る一同だった。
●フルーツカクテル
「キィ?!」
プールでバチャバチャと騒いでいたきうぃ達が急に体を引っ張られる感覚に声をあげる。
排水口からプールの水が抜かれ、激しい水流が起こる。
きうぃは手足をバタバタとさせ、必死にプールサイドに上がろうとするが、流れに脚を掬われ思うように上がれない。段々プールの中央(排水口)に流されて行く。
「ゲケケケッ♪」
笑っていたおれんじ君やすいかんだったが、きうぃ達の余りの必死さに助けに行く‥‥が、つるりと脚を滑らせプールの中に落ち込む。
「『カッパの川流れ』って諺が有りましたが‥‥キメラも溺れるんですかねぇ」
「‥‥ん。小さいのが。居るから。見失わない様にする」
水流に飲み込まれまいと必死に泳ぐ姿は、一瞬哀れにも見える。
ピーチゼリーだけが、我関せずとぽやん(?)とその光景を眺めていた。
「とりあえずチャンスですね?」
「そうだな」
きうぃやすいかん、おれんじ君は、プールの中で超機械による茹でフルーツ。ピーチゼリーはプールサイドでスライスと言う事になった。
由梨の氷雨が、アヤカと幸乃のルベウス、七海のイリアスがピーチゼリーを薙ぐ。
一般的にスライムには物理攻撃(殴る、叩く、斬る、銃で撃つ)が効き難いと言われているが、数とパワーで押せばなんとかなるものである。
アヤカがトリッキーなフェイントでピーチゼリーを翻弄する。
「周りこんで、同時に攻撃だ」
UNKNOWNが、踏み込みのタイミングを指示する。
「いけいけ、がんば。ごーごー、がんば」
翠の肥満が景気付けの牛乳をぐびりと一口、応援する。
流石のピーチゼリーも1対4では勝ち目がなく、あっと言う間にクラッシュゼリーと化す。
「こっちも行くぞ!」
「‥‥ん。超機械。起動。ポチっとな」
皆で超機械を構えてキメラ達の目の前に飛び出し攻撃する。
「とりあえずお遊びの時間はここまでだ。ツケはまとめて払って貰うぞ」
超機械による四方からの攻撃にプールの中で右往左往するキメラ達。
逃げようにも脚を水流に取られているので思うように動けず好きなように攻撃が当る。
それでも体力派なすいかんが、必死になってプール中央の元石像にしがみつき這い上がって行く。
「ギーギーギーィ!!」
おれんじ君やきうぃを水から引き上げ、脚を踏みならし怒っている。
「‥‥ん。キメラ。プールから出て来た。逃がさない。迎撃する」
武器をファングに持ち替えた憐の言葉を理解したのか、溺れて(?)ぐったりしているきうぃ2体を掴むと憐の方に力一杯投げ付けるすいかん。
「‥‥ん。キメラ(きうぃ)。味見してみる。いただきます」
生のきうぃを食べそうな勢いの憐。
あ〜んと口を開けてきうぃを待ちかねる。
ストップを掛けたのは幸乃のルベウスと七海の網だった。
「最上さん‥‥気持ちは判りますが‥‥少なくとも止めを刺してからの方が‥‥いいですよ‥‥」
「そうですよ。皮を剥いて、フルーツポンチの彩りになって貰いましょう」
「‥‥ん。たしかに手足が引っ掛かると食べ難い。皮を剥いてからにする」
その言葉にギーギーと怒りの声をあげるすいかん。
おれんじ君をビーチの方に投げ付けると同時に水の抜けたプールを走って突っ込んで来る。
プールの飛び込み台にしがみついたおれんじ君は、勝ち目なしと逃げに入るが、
「動きは素早いようだが、逃がさん。天都神影流・流風閃」
流し斬りから螺旋を描くようにおれんじ君の攻撃を躱し乍ら、
「穿つ‥‥天都神影流、狼牙閃っ!」
剣一郎の月詠が、おれんじ君を両断にする。
「さて、残るはお前だけだ。覚悟はいいか!」
歯ぎしりをするような唸り声をあげるとすいかんは口から次々水弾を能力者達に放つ。
幸乃は、それを避けようとせず敢て受ける。
「無茶をするな!」
「‥‥物を壊されても大変ですし‥‥私の服と調度品、どちらが高いかといったら、ですから‥‥」と苦笑いする幸乃。
フライトジャケットと迷彩服の野袖が裂け、血が滴る。
「ゲゲゲッ♪」
嘲笑うような声を上げ頭を揺らす、すいかん。
──サクッ。
「ゲ?」
すいかんの額に翠の肥満の投げたアーミーナイフが生えていた。
「さっさと殺られて最上さんのお腹の中に消えてしまいなさい」
倒れるすいかんに止めを刺す。
「‥‥討ち漏らしは無いか?」
配られたタオルで顔を拭いていた剣一郎の問いに、1つ、2つ‥と幸乃がキメラの死体の数を数える。
「ちゃんと5匹分あります‥‥」
「プールの惨状をさて置けば、一応は一件落着か」
苦笑いを浮かべる剣一郎。
そこらかしこに赤いワインが飛び散っている。
「所で‥‥あのキメラ達の残骸は‥‥どうするニャ??」
七海が配ったジュースを飲みながらアヤカが、ふと疑問を浮かべる。
「死体をどうにかしないとプールのお掃除が出来ないですー」
「‥‥ん。キメラの後片付け。私にお任せ。もりもり食べる」
さっくりルベウスに串刺しされたきうぃの手足をぺぺっと外して皮を剥く憐。
「まさか‥‥本気で食べるニャか?」
「だ、大丈夫なのか?」
「見た目はグロっぽいですが、食べられるキメラって美味しいんですよー」とすいかん試食済みの七海が答える。
「美味しいニャ〜?」
「‥‥ん。‥‥意外とおいしい。どんどん食べる」
パクパクとキメラを食べる憐と七海。
由梨が恐る恐る手を出す。
「‥あ、意外と美味しいです」
「皆さんも食べられますかー?」
ホテルから借りた銀の皿に分けた元キメラを差し出す七海。
「‥‥いや。私は少し出かけてくる、よ。馴染みに逢わんとな」
「僕もいいから2人で食べて良いよ。ほら、最上さんもまだ食べたそうだし」
普段から1日7食食べる憐である。
ピーチゼリーを一気に飲み下すと、
「‥‥ん。もう。なくなった?」と右手が皿を探す。
斯くして物の15分も掛からずにキメラ5体は、憐と七海、由梨の腹の中に収まるのであった。
●ご褒美
綺麗に片付けられ、新しい清らかな水を湛えたプールサイド。湾を見下ろせる最高の位置にデッキを出して寝転ぶ剣一郎。
サイドテーブルには、兵法書と冷たい抹茶が置かれている。
(「しかし、こんな場所にまで『すいかん』が出てくるとはな。オレンジジャックの時ほど各地に出ていないとは言え予想外だった‥‥」)
この香港は、アジア全土で一斉に活性化したバグアの動きとは、かけ離れたのんびりとした雰囲気の都市であった。
同じ中国で戦っている同胞も多くいるだろう。
だからこそこの僅かな静かな時を利用してリフレッシュをしようと心に誓う剣一郎であった。
静かなJAZZのビートが部屋に流れる。
琥珀の液体が満たされたグラスをゆっくりと手の中で暖め、その芳醇な芳香を楽しむのは、ワードローブを纏ったUNKNOWN。
舌の上でをゆっくりと転がし、飲み下す。同時に上品な香りが喉と鼻をくすぐる。
眼下に広がる夜景は以前と変わらず美しさを放つ。
「いや‥少し、灯りが少なくなったか、な?」
元々前線から遠くはなれ影響が少ない香港であったが、少しずつその影響が出ているかもしれない。誰に聞かせるとは無く呟くUNKNOWNであった。
サングラスにスーツ、ピカピカと磨きこんだ革靴の翠の肥満と浴衣姿の憐の2人は、ホテル内の香港料理専門店にいた。
「フゥハハーッ! 平和な一時に綺麗な夜景! 側には(ちっこいけど)美人で、手には牛乳! これ以上に幸福なことがあるかね!?」
巨大なグラスに並々と注がれた牛乳を景気よく飲み干すとお代わりをオーダーする。
憐と言えば、
「‥‥ん。これとそれ。おかわり。どんどん。持って来て」
牛乳を片手にレストランのメニュー端からどんどんオーダーしていく。
「‥‥ん。足りない。全然足りない。もっと。沢山。おかわり」
ホテルはキメラより憐の胃袋を心配するべきだったのかもしれない。
由梨はトランクに詰め込んできた着物とドレス、どちらを着ようか、先程から鏡の前で悩んでいた。
(「傭兵をやっている限り、こんなところに泊まれる機会なんてそう滅多にないでしょう‥‥でもディナーってどっちを着ていったら良いのでしょう?」)
散々悩んだ挙句にドレスをチョイスして最上階のレストランにやってくる。
眼下に広がるネオンの海は、見るものを圧倒する程の美しさである。
ディナーが、前菜、スープ‥‥と進んでいく。
ふと他の席を見れば、一人で食事をしているのは由梨だけである。
(「‥‥一人でなければもう少し楽しめたのでしょうか?」)
胸元のロケットにそっと触れる由梨であった。
幸乃もまた服を悩んでいた。
散々悩んでチャイナドレスを選び、何時もはしない化粧や香水にもちょっとチャレンジしてみようかとメイクボックスに手を伸ばす。
(「私らしくない‥ですね」)
男の子と間違われる自分が似合わぬ化粧をして、ラウンジ等に行けば好奇の眼で見られるかもしれない。そう思うってしまったら落ち着かない幸乃。
(「‥‥まぁとりあえず‥‥部屋で夜景を見ていれば気にしなくていいですね‥‥あまり見せるようなものでもないですし‥‥」)
出した化粧品をメイクボックスに納める幸乃。
部屋に備え付けられた電話機でフロントを呼び出し、ルームサービスを頼む幸乃であった。
チャイナドレスのアヤカは「さすが100万ドルの夜景ニャ☆ カクテルが100倍美味しいのニャ♪」とバーラウンジで夜景を肴に大いに飲んでいた。
髪をコサージュで飾ったドレス姿の七海がやってくる。
「アヤカさん、ご一緒して良いですか?」
特に親しい相手もおらず、時間をもてあましていた七海。
未成年者も飲めるノンアルコールカクテルがあると聞き、ラウンジにやってきたのであった。
「いいのニャ☆ 可愛い女の子は大歓迎なのニャ♪」
空いている隣席をベシベシ叩くアヤカ。
「でも、どうしたのニャ?」
「部屋で一人でいるのも寂しいので‥‥」
そう苦笑する七海。
そんなやりとりの中、オーナーからだと花火が着いたケーキとバラの花束がアヤカに届けられる。
「先日お誕生日を迎えられたそうで‥‥おめでとうございます。遅れてしまいましたが、オーナーからのお誕生日のお祝いでございます」
「そうなんですか? アヤカさん、おめでとうございます♪」
「誰かにお祝いされるのは、うれしいのニャ☆ 乾杯するニャ」
七海とグラスを合わせると、静かに誕生日を祝うピアノのメロディが始まる。
ラウンジにいた誰とも分からぬ者がアヤカの誕生日を祝う祝いの歌を歌い出すとその場にいた全員が声を揃えて歌いだした。
思わぬサプライズがアヤカに届けられたのであった。
斯くして香港の一日は過ぎたのであった──。