●リプレイ本文
●ラーメン店『翼』
「親父さん、いつものネギラーメンを一つ頼む」
久しぶりに暖簾を潜ったリャーン・アンドレセン(
ga5248)は、いつものようにお気に入りのカウンター席に座る。
いつものように小さな店は基地の連中や傭兵達で一杯だし、親父の愛想がないのはいつもの事だが、何か様子が変である。
「なにかあったのか?」
事の次第を話す親父。
「マルの鍋がなくなった?」
「ああ‥‥2週間位前からだ」
親父は、むっつりと後ろを向いたまま言う。
「誰かが隠したのだとしても、金銭目的では無いのは明らかだな。嫌がらせか、悪戯の類だろう」
リャーンの言葉に益々むすっとする親父。
「ああ、あの鍋は俺達にしか価値がねぇもんだ。嫌がらせでも悪戯でも、マルの為に取り返してやりたいんだがよ」
親父達にとって、マルは今や大事な家族の一員である。
「‥‥何とかしてやりたいが、私一人じゃ手に負えないな。親父さんも手伝ってよ」
リャーンに促され、とりあえず早仕舞いをしていた所、カラカラと表のドアが開く。
「マスター、今日は早仕舞いだったのかね?」
ちょっと『翼』には不似合いな中折れ帽子とフロックコートを着た常連客、UNKNOWN(
ga4276)である。
リャーンは、親父に代わってマルの鍋がなくなった事を説明する。
「――マル? ああ、駐車場の犬か。私が近付くと小屋にいつも隠れるからな‥‥」とUNKNOWN。
「当たり前だ。犬の鼻はデリケートに出来ているんだ。吸っていなくても全身からタバコの匂いがするへビースモーカーのお前は犬の天敵みたいなもんだからな」
『翼』の店内には、スープの香りも楽しんでもらいたい親父のこだわりで灰皿がない。灰皿は駐車場の端っこにポツンと1つ置いてあるだけである。以前はそれすらなかったのだが、最近親父が設置したものである。
「‥‥鍋芸か。見たいな‥‥」と顎に手を当てて言うUNKNOWN。
とりあえず暇そうな顔なじみの傭兵仲間や常連客らに声を掛けに新田原に戻るUNKNOWN、人手集めである。
「なかなか泣かせる話じゃないかねェー」と獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が言う。
「しかし、あんのん(UNKNOWN)も『翼』の常連やったとは知らんかったわ〜」とクレイフェル(
ga0435)が言う。
「そうか‥‥最近元気ねぇな、と思ったらそんな事情(わけ)か。俺も鍋探し手伝うぜ」とやはり常連客である蓮沼千影(
ga4090)が言う。
「ほんまや。かわええマルの為にも『翼』の為にも頑張らなな〜」と犬好きのクレイフェル。
「探すにあたって普段マルの鍋は何処に置いてあったかとか、親父さん達に聞きたいですね」と奉丈・遮那(
ga0352)。
UNKNOWNらが『翼』にやって来た所、心配して来た他の常連客らと顔をあわせる事になった。
「かわいいマルちゃんのためにもがんばるニャ〜☆」
アイドルをし乍ら傭兵をしているアヤカ(
ga4624)。
「そうだね。親父さんやおかみさんにはいつもお世話になっていますし、マルにも元気になってもらいたいですからね」
優しい微笑を浮かべてエカルラート(
ga1323)が頷く。
「何にも出せないが、ウチのまかないやラーメンぐらいだったら食わせてやるぜ」
親父は相変わらずむっつりとしたまま言う。
「報酬をくれると言うのなら、そうだねェー。チャーシュー上乗せ増し増しでひとつ頼むんだよー」と獄門。
「んな事が出来るか」
マルは心配だが、職人の頑固さを見せる親父。
「それであれば『どんな調味料にも食材にも勝るものがある。それは料理を作る人の愛情だ』とは、祖母の言葉ですが、ここの塩ラーメンは絶品ですから隠し味を教えていただきたいくらいですね」とエカルラートが言う。
「う〜〜〜ん‥‥」
真剣な顔をして悩む親父に「冗談ですよ」と微笑むエカルラートだった。
「鍋の置いてあった場所?」
遮那の質問を聞き返す親父。
「あの鍋は何時もマルの小屋の側に置いてあったぜ」
「そうですか‥‥じゃあ、僕らも含めてですが、常連達に聞いて回れば具体的に何時から鍋がなくなったか判りますね」
それに‥‥。と暫く考えた後、遮那はこう言った。
「空想的な予想かもしれませんが、マルが自分の鍋を何かに使っているのかもしれません。その様子を見るために抜け出して行っているんじゃないでしょうか?」
「盗まれたにしろ、たまたまどこかに行ったにしろ、マルがどこかへ持って行ったにしろ、マルが首輪抜けをしている時に鍵がありますからね」
遮那とエカルラートの言葉に「うーん?」と親父が悩んでしまう。
親父達の住まいは、店から10分程離れたアパートである。
「営業中は、俺達はあんまりマルに構ってやれねぇから『鍋』がなくなったのも近所の小学生が教えてくれたからだが‥‥それに夜は夜で俺たちが帰る時はきちんと首輪につながれているんだ」
何処に行っているか分からないと言う親父。
「そうですか‥‥そうなると最初の無くなった日と合わせて、抜け出したマルの行き先を調べた方がいいかもしれませんね。そこに鍋があれば良いんですが」と遮那が溜息を吐く。
「後、交番にも立ち寄って見ましょう」
「おいおい‥‥まさか盗難届けとかを出すんじゃないだろうな?」
親父の言葉に苦笑するエカルラート。
「違いますよ。マルが首輪抜けをするときは人助けに駆けつける時がほとんどですから‥‥人助けをしている間に盗られた可能性もありますが、助けた人に鍋を貸している可能性もありますからね」
「あの汚い鍋をか?」
「人間とは限らないかもしれませんよ。どこかで子犬などをかくまっていて、鍋をえさ入れに持っていって、元気が無いのは心配しているから、とかの可能性もありますが」
再び苦笑をするエカルラートだった。
●聞き込み
千影、エカルラート、遮那は自分達以外の常連客から話を聞いたが、情報らしい情報を得る事は出来なかった。
そこで千影はマルを親父から借り、散歩に行かせる事にした。
「よろしくな、マル」
千影に頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を振るマル。
散歩ルートに何か手掛かりはないか、という気持ちもあるが、どちらかというとマルの体調を調べたいというのが本心だった。
マルは、ぐるぐると2時間ほど散歩を楽しんだ後、『翼』に戻ってきた。
(「赤いバンダナを見つけたぐらいなんだから、鍋のありかを探し当ててもいいはずだが‥‥マルでも見つからないとなると‥‥」)
マルの具合が悪くているのではないかと心配にしていた千影だったが、当のマルと言えば、親父からチャーシューをおやつに貰っていた。
(「あとは、夜だな‥‥」)
マルに倣って、夜まで体力温存を決める千影だった。
リャーンはライバル店の嫌がらせの可能性を考え、調査したがそれはムダに終わった。
近所にラーメン店は何店もあったが、それぞれの店は独自の特徴を持っており、翼に対しては敵対している店はなかった。
逆にマルの鍋がなくなったと聞くと、出前等の時探してみると協力を申し出る店ばかりだった。
「マルちゃんを見かけた事はなかったかニャ?]
三つ編みと伊達眼鏡で変装したアヤカは、マルが「いらっしゃいませ」と書かれた鍋を咥えて、ご主人の青年と一緒に写っている写真を片手に聞き込みをしていた。
店の近所からスタートした聞き込みは、困難を極めた。
近所でマルの事を知らない人がいないのだ。
それでも諦めずに「マルちゃんは、何か変な行動をしていなかったかニャ?」「最近、首輪抜けをよくするのニャ、どっちの方に行ったか知らないかニャ?」等とマルを見かけたという人を見つけると根気よく質問して歩いていった。
「ふぅ‥‥意外とマルちゃんは、行動範囲が広いのニャ。でもマルちゃんが何故首輪抜けをするのか分かるかもそしれないニャ〜。マルちゃんが何をしたかったか分かれば、鍋の行方も分かるかもしれないニャからねぇ‥‥」
早く事件を解決して美味しいラーメンを食べるニャ〜☆
がんばるニャ〜☆ と燃えるアヤカだった。
一方、亡くなった親父の息子について調べるために新田原基地で聞き込みをするクレイフェル、獄門、UNKNOWNの3人。
息子が撃墜された日の天候や墜落現場の場所や状況。女性関係を含めた交友関係、マルとバンダナの話だった。
撃墜された日や場所については、資料が残っていた。
「ここから片道50km近く離れた山か。よくバンダナを見つけたもんだな」
「そういやぁ‥‥鍋のサイズってどのくらいなんだ?」
電話で親父が教えてくれた鍋のサイズは、直径39cmのアルマイト鍋である。
取っ手を入れれば軽く5、60cmにはなる。
「思うにマルが50kmの距離を運ぶのは、かなり無理があるな」
「そうだね」
クレイフェルが残念そうに言う。
先の名古屋攻防戦において息子の同期や同じ隊にいた者の殆どが戦死して、直接息子やマルとバンダナの事を知ってる者は殆どいなかった。
それでも息子やマルを知っている者達から話を聞いた所、特に親しくしていた女性もおらず、非番毎に合コンに参加する訳でもなく。店を手伝っていたと言う事が判っただけであった。
夕方になってアヤカが戻ってきた。
「足が疲れたのニャ〜。マルちゃんは健脚なのニャ〜」
アヤカが調べた所によるとマルは、『翼』から5km近く離れた市の中心部、繁華街まで通っている事が判る。
「夜のお店は閉まってたからお話が聞けなかったから、やっぱりマルちゃんについて行くのが一番なのニャ」
●鍋の行方
親父がいつもの時間にマルに飯をやり、店のドアを閉める。
マルの頭を撫でてやり、車のエンジンを掛け、駐車場から自動車を出す。
マルは車が見えなくなると、手慣なれた様子で首輪抜けをする。
車を避けながら通りを渡っていくマル。
「追いかけるぞ!」
市の中心部へ向かう途中の道路は高速道の終点でもあり、夜でも大型トラックなどが走っているが、それすらも慣れた様子で渡っていく。
アヤカがマルの痕跡を見失った繁華街である。
繁華街を行くマルに気軽に声を掛ける飲み屋の従業員やホステス達。
中には、マルにエサを与える人もいる。
「マルは‥‥あの犬は、よくここに来るんですか?」
看板を出している男にアヤカが尋ねる。
「よくっていうか、毎日だな」
「毎日。どれ位、前からですか?」
「んー? チビたちの大きさからいくと、もう2、3ヶ月くらいじゃないのかな?」
「ちび?」
「なんだ。あんたら、あの犬がこの先の小さな児童公園で子猫を育てているのを知らないのか?」
男の話によると4、5ヶ月程前、マルがふらりと繁華街に現れたのだと言う。
「最初はさ、あの犬中型犬だろ。野犬だとさ、ホラ。客が怖がって逃げるなぁと商店会のヤツラで話していたんだよ。猫好きのホステス達は、公園にいる猫達を苛めるんじゃないかと心配していたんだよ。でもあいつは、猫を追い掛け回すでもなく、静か座っているだけなんだよね」
逆に近所の悪ガキが猫に悪戯しようとすると威嚇して追っ払うのだという。
「子供がさ、尻尾を引っ張ったりしても怒らないし、ああ、こいつ。飼い犬なんだぁって皆が安心した頃かな? 公園で住み着いていた猫が死んだんだよ」
何かに驚いて車道に飛び出し轢かれたのだと言う。
死んだ母猫の代りに子猫をマルが育てていたのだという。
「もう子猫も3、4ヶ月で一杯飯を食うんだが、ほら年末年始は繁華街に来る客ってのは意外と少ないだろう?」
どこからか『いらっしゃいませ』と書いてある鍋を拾ってきて、それを咥えて公園の入り口に座っているのだという。
「時々一緒に子猫も座っていたりするから、今じゃこの辺の名物だ」
マルと子猫にエサをやりに毎日通う人もいるのだという。
「そのお陰でこの商店街も遅い時間まで人が来るようになって、招き猫ならぬ招き犬様々だ」
UNKNOWNは、近くの道路で待っていた親父と女将に連絡を入れる。
「マスター。無事、鍋が見つかったぞ」
──公園の入り口でマルは、ちょこんと鍋を咥えて座っていた。
足元には、キャットフードやら弁当の残りが置いてある。
周りでは子猫がちょろちょろと2匹遊んでいた。
マルは親父達を見ると嬉しそうにパタパタと尻尾を振った。
●鍋焼きラーメン
『翼』に戻ってきた常連客は、マルを眺めて呆れたように言う。
「──つまりマルは子猫達の為に自分で鍋を持っていって、客寄せをしていたって訳か」
「昼間、元気がないのは夜余り寝ていないからか‥‥全く、人騒がせなヤツだな」
マルと言えば、申し訳なさそうにパタパタと尻尾を振っている。
「まあ、アレだ。マルの客引きのお陰で子猫達も地域猫として認めてもらえて、飢える事がないようだしな」
「――『希望』とは望み続ける者に開かれる。というものだ‥‥」
呆れた様にマルの頭を撫でるUNKNOWN。
「獄門は犬を飼ったことが無いから良く分からないのだけどー‥‥初対面の人間がいい子いい子してあげるためにはどうすればいいのかなー?」
「まず、手の甲の匂いを嗅がせてやればいい。こいつは平気だと思えば近づいてくる。そうしたらゆっくり首を掻いてやれ。否じゃなければそのままジッとしている。そうしたら頭を撫でてやればいい」
親父はそう言うと店の奥に引っ込んでしまう。
言われたように手を出す獄門。フンフンと匂いを嗅ぐマル。
獄門は大人しくしているマルにゆっくり触れる。
「あは‥‥初めて撫でたよー」
「さあ、お待たせ。まかないで悪いけど、特製の鍋焼きラーメンだよ。熱いから気をつけてね」
常連客の前に小さな一人用の土鍋が1つずつ置かれる。
蓋を取るともわっと熱い湯気が上がる。
「うわっ、眼鏡が‥‥」
遮那の眼鏡が真っ白になってしまった。
アツアツの醤油ベースの鍋焼きラーメン。
「俺は塩派だが、これはどうだ?」
千影がスープを啜る。
「はぅ‥‥‥至福やわ〜」
汁の最後の一滴まで飲み干したクレイフェルが満足げに言う。
明日からは、また『翼』の看板犬マルが『いらっしゃいませ』と書かれた鍋を咥えて客を出迎えてくれるだろう。
そしていつものように閉店間際、中折れ帽子とフロックコートを着た常連客がやってくる。
少し違うのは、マルが男を出迎える事位であろう。
「――マスター。いつものをだ」
こうして変らぬ『翼』の1日が終わっていくのであった──。