タイトル:Purana vadaマスター:有天

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/16 23:27

●オープニング本文


 ──暗く寒々とした広いコンソールルームに不似合いな、ゆったりとした椅子が置かれていた。
「つまらないですねぇ‥‥」
 指揮台に頭を乗せ、溜息を吐く姿は無気力そのもののジャッキー・ウォン(gz0385)である。

 ウォンと共に脱出した実験派は、とうにアポロンから離れていた。
 地上からの脱出のタイミングを図っていたそれぞれがウォンと行動を共にしたに過ぎないのだから、留まる理由がないのだ。
 彼らの行動は当然だったので彼らが離れていくのをウォンは止めなかったが、
 ドレアドル(gz0391)が知ればどんな顔をするだろうと想像し、怪しい笑みが浮かべる。

 ウォンの考えるバグアという存在は、他から掠め取ることは出来ても、他に対して想像を巡らせたり、柔軟に受け入れる事が不得意である。
 バグア人は再生の刻を迎え、増殖しても、それぞれが思考(経験)を完全共有できる訳ではない。
 『完全な共有』。そんな事が出来るのならバグアにとって『危険な予想』はウォンの中に生じる事もなく。実験派と呼ばれる事なく、地上で指揮官として基地と共に最後を迎えていただろう──

 今のブライトン博士ならばウォンの言葉に耳を傾けてくれるかもしれないが、その他大勢が理解してくれる確立が皆無である以上、
 ウォンの中に生じた不安を大声で説く事は、命を縮めるだけの無意味な行為にしかならない。
 誤解されるのであれば、それはそれで良い──。

 ある意味の諦めがウォンの中に存在していたが、それでも同胞を見捨てることが出来ず、将来を案じて実験に心血を注いできた。
 侵攻が決まった地球とバグアとの意外な共通点を見つけた時、ウォンは地球に期待をし様々な実験を行っていたが、
 それすらもゼオン・ジハイド投入により、揺ぎ無い『結果:失敗』を予想してしまってから急速に興味を失っていた──。

(こんな事なら誰かを焚きつけてスチムソン博士をヨリシロ化できるかチャレンジしても良かったですよね)
 成功・失敗に関わらずバグアを危険にさらしたとしてウォンが処分されるのは間違いないが、そんな危険な遊びしか今のウォンには思いつかなかった。

 多少の誤差があろうと(結果が好む好まざるを別として)概ねウォンが予想した通りに事が動いている。
 ウォンの中に地球人と戦って死ぬという予定は入っていないが、
 死んでしまうのであれば自分を含めて、そのバグアは、バグアにとって『その程度』でしかない。
 長い歴史の中、死んでいったバグア人は、戦いの場、以外でも存在するのだから。
(まあ、全てが思った通りなら生きる事なんて面白くありませんがね‥‥)

 ふと、愚痴っぽくなった。と気がつき、自嘲するウォン。
(老いるというのは‥全く‥)
 バグアの未来を共に語ったものは既に存在しない。

(こんな時、あの地球人ならどう言いますかね──)
 もう20年前、地球人達の思考や行動パターンの根本に宗教と地域の影響が見られると分析したウォンがヒマラヤを訪問した時に出会った地球人を思い出した。
 穢れのない黒い瞳でウォンを評した神の器になる為の子供。
 今、思えば彼に出会った事が、ウォンが地球人の心理に対して興味を深く持ったきっかけであるが、
(私はあの頃と変わっていない‥という事ですか‥)
 『可哀想な』孤独な人と評されたウォンは腹いせに「山の娘」と呼ばれていた子供の片割れと、彼らを守り育てる僧侶たちを皆殺しにした。
 僧侶に代わってキメラと強化人間に守られた清らかな牢獄の、窓から見上げるその瞳に「生き延びる事が出来たなら再び会う」事を約束した事を思い出す。
(あの約束は‥ああ‥)
 長い指を折り数え確認すれば、丁度今夜である。
 ぼんやり基地で敵が攻めてくるのを座って待っているよりは、良い暇つぶしになるかもしれない。

 突然飛び起きたウォンに面食らう副官に向かって、
「ちょっと気分転換に出かけてきます」
 そういうとさっさと愛機に乗って出かけていってしまった──。


 *****


 開けた窓からかすかに潮の香りが混じった穏やかな風が入ってくる── 
「そういえば覚えていますか? 貴方と初めて会った日の事を」
「懐かしい話だな」
 窓際に置かれた大きなベットに寝転ぶS・シャルベーシャ(gz0003)にティーパンチを勧めるアジド・アヌバ(gz0030)。
 今は、5人もいないMara・Tapasの生き残りである。
 中世から続くMara・Tapas(Maha・tapas(シヴァ)の首に下がっている数珠)は、インドへ押し寄せる敵を排除するために僧や王で構成された有識者の集団であった。アジドは赤ん坊の頃、占星術によって神名を継ぐArdhanarisivaraの一人として見出されて寺院に預けられた子供であった。
 寺院の存在を知っているものが少なかったのもあるが、嘗てMaha・Tapasの一人であり、旧友の三男が預けられている事を知っていたランジット・ダルダ(gz0194)ですら寺院と連絡が取れなくなっている事に気がついたのは、数年経過してからである。周囲を説得し、Maha・Karaの兵を挙げて救いに来るまでの10年。
 アジドの周りにあったのは、死体と時間と本のみであった。
「お前は身なりは綺麗だったが、大きな檻で飼われた動物だった」
 アジドは、アジドを殺さなかったバグアに感謝していると言った。
「もっとも『私』は、童話の姫君よろしく初めて見た『ヒーロー』である貴方に恋してしまったのかもしれません」
「それはお前が俺に『恋』をしたっていう10年越しの告白か?」
 苦笑いするサルヴァに「そうですよ」と真面目な顔をして答えるアジド。
「──で、お前は何がしたいんだ?」
 グラスに口をつけながらサルヴァが尋ねた。

●参加者一覧

/ 鯨井昼寝(ga0488) / 古河 甚五郎(ga6412) / アンジェリナ・ルヴァン(ga6940) / 不知火真琴(ga7201) / M2(ga8024) / 錦織・長郎(ga8268) / ソーニャ(gb5824) / 杠葉 凛生(gb6638) / レインウォーカー(gc2524

●リプレイ本文

 ──赤い月と白い月が、峰の上に昇る。
 青ケシ畑の上に浮かぶ白い月の台(うてな)で神に奉げる踊りをアジド・アヌバ(gz0030)が舞う。
 時には激しく、時には軽やかにリズムを刻み、シャンシャンと手足に付けられた金の鈴が清らかな音を立る。
 クルクルと体を捻って回転する度に長い射干玉の髪が、薄衣ともに広がり、幻想的な雰囲気である。

 ちゃぽちゃぽと湯に浸かりながらジュースを片手にアジドの踊りを見ていた不知火真琴(ga7201)が、
「踊りとかってよく判らないですけどっ」
 幻想的ですよね。と感心する。
 事前にソーニャ(gb5824)のロビン『エルシアン』から投下された資材のおかげでミニリゾート状態である。
「それにしても皆、こっちに参加すればいいのにね〜」
 生き返る。とゆっくり湯の中で足の伸ばすM2(ga8024)。
「こういう自然や文化、歴史って大事だよね。バグアが壊して歩いているもあるけど保護どころじゃなくなっちゃたから、本当にあるの? ってちょっと心配だったんだけど‥‥ここが無事なのって奇跡だよね?」
 友人からカメラまで借りてきたM2。
 ここぞとばかりにシャッターを切り、写真を撮りまくっていた。
 昼間、先に訪れた廃屋と化していた寺院(本殿)は、激しい戦闘の跡が残っていたが、秘密の回廊を30分以上降りて辿りついたこの場所は別世界である。
「実際、誰も知らないって場所って言うのは、わくわくするよね」
 デッキの上でアイスティーを受け取ったレインウォーカー(gc2524)が言う。
「あの星が浮かぶ空にも行ったんだよなぁ、ボク。ここから見上げるとあんまり実感が湧かないけど」

「しかし、本当に合コンじゃなかったんですね」と古河 甚五郎(ga6412)が言う。
「普通、合コンでヒマラヤ登山ってありえません?」
「いや、アジドさん主催なので山がーるとか居るかなぁと」
 どこまで本気か判らない発言をする甚五郎の言葉に苦笑いが起きる。
「私も騙された」
 交代で上がってきた鯨井昼寝(ga0488)が、む〜んとしながら言う。
「ヒマラヤだし、マハカラ(Maha・Kara。以下、MK)からの依頼じゃない。
 古代遺跡ときたら、ここは伝説の古代竜か、魔物の類だと思ってきたらバグアだし。
 道理で幾ら質問してもシャルベーシャは兎も角、梓もだんまりだし、変だと思っていたのよね〜。
 でも、なんで密会なのよ? ってか、普通バグアなら退治でしょ」
 この有り余る、未知の敵との遭遇。やる気の炎をどうしてくれるのよ。と、現れないバグアに向かって拳の連打を食らわせる昼寝。
「昼寝の言うことにも一理あるが、剣を合わせてみれば通じる何かを持つバグアもいる」
 北京で散ったゼオン・ジハイドのリノを思い出しアンジェリナ・ルヴァン(ga6940)が言う。
「それよりも春とはいえ、寒いヒマラヤで来るか来ないか判らないバグア人を待つ為に護衛を発注するアヌバは、かなり変だと思う」
 むーん。とする女子2人に「まあまあ」とお菓子を薦めて宥めるM2。
「お菓子が嫌なら温かいコーヒーもありますよ」
「勿体ぶるなー、出てこーい!」
 こうなったらさっさと終わらせて宴会だ〜。と昼寝。





 ──数日前に遡る。
 LHにあるULT傭兵向け食堂でインド政府に提出する登山申請書類を確認していたアジドに、
「インド政府非公認世界遺産的寺院巡りだって聞いたんだけど」
「最近、仕事復帰をしたんですが。登山は負荷も掛かって良い足慣らしになるので」
「合コン付露天風呂って聞いたんですけど、まだ参加OKですよね」
「宴会つきですかっ。ますます楽しみですね♪」
「(宴会? 合コン?)ヒマラヤにある古い寺に行くのは確かですが‥‥」
 どこで情報伝達が狂ったのだろうか? 否、どこで情報が漏洩したのだろうか?
「露天風呂と言うか、正確にはお湯を使った沐浴場といった方がいいんでしょうけど‥‥」
「沐浴場というとガンジス川が有名ですが、野郎は裸で、女子は着衣ですか?」
「別に男でも着衣したまま入ったりしますが‥‥まあ、気温が気温なのでタオルは必要だと」
「と、言う事は水着は必要ですよね。あ、ヒマラヤだと特別な装備とかって必要なんですかね」
 予想される必要な装備はある程度、自前で用意出来る物はしましたが。という真琴。
「自分はヒマラヤに何度か行っていますが、防寒着とかあれば大体大丈夫だと」
「お弁当何しようかな? ゴマ団子とサンドウィッチとか? でも大人数なんだよね。どれだけ作ればいいのかな?」
 困ったらMKの装備をちょろまかせばいいんです。と言う甚五郎。
「MKかぁ。なんか他の人に全部持ってもらうのも悪い気が‥‥」
 クノスペって持ち込みOKだよね。でも折角のヒマラヤだし、少しは苦労したほうがいいのかな?

 テンション高めの遠足気分でヒマラヤ登山に同行を申し出た4人。甚五郎と真琴、M2、レインウォーカーを胡散臭げに見つめるアジド。
 デリー開放から日が浅いが、相手は護衛と警護に雇った者と同じLHの傭兵である。
 目的地の場所を含めて他言無用と言う約束を確認すると、インド政府への申請書は、後でこっそり直しておけばよいだろうとOKした。




 ──そして、酔狂な4人を加えたヒマラヤ登山が始まった。

「何もないところだな‥‥下から見上げた時は綺麗だと思ったが」
 足元に転がる礫を一つ蹴る杠葉 凛生(gb6638)。
 一言喋るごとに喉が冷気と渇ききった空気で焼きつきそうである。
 目の前のみならず、四方を雄大なヒマラヤの峰々が連なる。

 登山も修行の一環である。
 そんなアジドの言葉を思い出す。

「生き物を寄せ付けない場所か‥‥」
 ここは、空(死)が近い‥‥
 まだ小さく見える寺院は、古い装飾がされた石造りの寺のようだ。
 幼いアジドは、あの場所で何を見てきたのだろう?

 普段見上げる雲は、遥か下方を流れているのを不思議な感覚で見つめる。
(KVから見下ろすのとはだいぶ違うな‥‥)
 ただ死を求め、彷徨うように戦ってきた時であれば恐らくは別な感情が沸いただろう。
 そして、彼が側にいたら違う感情が沸いたのだろうか?
 答えの出ない答えを求める凛生であった。



「こんな風がビュービューのゴウゴウの寒い中、キメラとかマジ出るの?」
 休憩時間に昼寝に暇つぶしだと頬をむにむにとされているのはMKの副長であり、Andhakaの隊長を勤める中山 梓であった。
 一度切れたらぷっつん、殺伐の神Kariと呼ばれる梓だが、昼寝に掛かってはいじられっぱなしである。
「昼寝。いーかげんにしてください!」
「あ、あずこが怒った」
 だって、どんな道を行くか行き先すら教えてくれないんじゃ敵に備えられないし。と昼寝が言う。
「目的地への行き方は、Tapasと隊長しか知らない」
「ちぇ〜っ。襲ってきたら臨機応変か〜。そんな気がしたのよね」

「はーい、お弁当だよ。一杯作ってきたから沢山食べてね♪」
 一つ一つラップで巻いてあるから手袋のまま食べられるよ、と言いながらM2と真琴がサンドウィッチを、
「熱いウーロン茶にコーヒーどうぞ〜。ポットセットもあるから紅茶もOKですよ」と甚五郎がお茶を配っていく。
「あいつら間違いなく‥‥ピクニック気分だな」
「いいじゃないか、若い連中らしくて」
 錦織・長郎(ga8268)がお茶に口を付ける。
「少なくともこんな場所で熱い茶が飲めるのは、良い事だよ」
「まあ、な」
「しかし、なんとも大事(おおごと)だ」
 MK達の装備を盗み見て、やってくるだろう相手を想像するとわくわくすると言う長郎。
「向こう側の誰と逢うのか楽しみだね、くっくっくっ‥‥」
「一体誰が来るか知らないが、全く酔狂なことだ」
 様々な戦い抜き出会ったヨリシロや掛け替えのない存在を得たことにより、ヨリシロにも色々なものが居る事を知った。
 今は、ヨリシロを闇雲に憎む事はなくなってきたが、開放間もないインド北部に登ってまで会えるか判らぬバグアを待とうする依頼人であるアジドは何を望んでいるのだろう。凛生には、想像が付かなかった。

 そんな話を呑気にしている間に子供サイズの大ねずみキメラが一匹、
「俺達は、久しぶりのエサってか?」
 ゾロゾロと子分のねずみキメラを引き連れて現れる。
「団体様、到着ってね」
「雑魚はサクっと倒してドラゴンのいるダンジョンいってみよ〜」
「‥‥それは絶対違う」
 思わず昼寝に裏手突込みを入れるアンジェリナ。
 熟練者が揃っているのもあり、一瞬でカタは付いた。
「ま、腕は落ちていないみたいで安心したわ」
 ふふ〜ん、とキメラが倒れる辺りを見回した昼寝が言う。

「ああ、いた。いた」
 弾を篭め直しているサルヴァを見つけた甚五郎が、走り寄って来る。
 デリー戦以降のウォンの動向について話してみたが、静かに話を聴いているサルヴァの表情は無表情に近く感情を読み取ることができないでいた。
 甚五郎も参加したオーストラリアの依頼で死んだバグア、上水流は、ウォンを始めとした実験派が今後の戦いでキーマンになると言った。
「バグアの派閥抗争が激化する中、実験派が均衡を崩すキーと成り得るか‥‥自分は案外、戦争以外をきっかけに歯車が動く気がします」と甚五郎は言った。
 実験派だから、実験を行っていたからだ。といってしまえばそれまでであるが、振り返ってみればウォンが関係していた地域というのは閉鎖された場所が多かった。
「ウォンの占領地は封鎖都市に孤立大陸と、箱庭にガラパゴス再現を図るが如く。
 元の地政学的には‥種の衝突で勃興し、拡大と爛熟をへて袋小路に至る歴史を繰返しながら、倦みを凌駕し未だ成長と変容を取り戻し続ける土地です」
 バグアの侵略目的は、侵略地域に住む異星人の、進化の収奪である。
「彼らは収奪の繰返しに倦み、進歩のすべを失って久しく見えます。
 が、進化・進歩の転換をもたらすのは、文明の衝突や生存競争だけでしょうか?」
「そいつは俺ではなく、ウォンやバグアに聞くべき事だな」





 ──踊り終わったアジドが台の上に伏し、聖句を口ずさむ。
 観客席(露天風呂)とは異なる方向からパチパチと拍手が起こる。
「やはり気まぐれは起こしてみるものですね。こうして自然の力や不思議な踊りを見る事が出来るのですから」
 高い杉の上に立つ人影があった──ジャッキー・ウォン(gz0385)である。

「えー、なんでウォンがいるの?」
「ふむ、懐かしい顔だね」と長郎が肩竦め、
「うわぁ‥‥ウォンだ」と頭を抱えるM2。
「あれが、ジャッキー・ウォン。アジア司令‥‥日本‥‥自分を奈落に突き落とした大元」
「見た目普通のオジサンだけど。見た目じゃないってことか」とレインウォーカー。
 一見何処にでもいそうな中年の東アジア人である。
 その姿から目を放せない凛生。
「‥‥どっかでみたような」
 うむむむむ。と首を傾げながら、記憶を引っ張り出そうとする昼寝。
「ねぇ‥‥アレってバグアのジャーキーなんとかじゃなかったっけ?」
 大きく目を見開いたアンジェリナに小声で聞く昼寝。
「ああ、間違いなく『ジャッキー・ウォン』だ」
 口の中がカラカラに乾いていくのがアンジェリナにも判った。
「皆、知り合い?」
「インド。九州。オセアニアに、最近じゃあアポロン。でもボクは、直接知らない」
「私は知っている」
 ──嘗て中国で、万全を期した小隊救援だったはずが、ウォンに一瞬の隙を突かれ、煮え湯を飲まされたアンジェリナ。
「アヌバ、逃げろ!」
 抜刀したアンジェリナが、丸腰のアジドを守るべく台に向かって走っていく。
「おやおや‥約束の主は一人のはずですが、なんともギャラリーの多い事────どうやら私は大歓迎のようですね」
 そういうと木の上から飛び降りたウォンが、ぐるりと一同を見回した。

 アンジェリナが背に庇ったアジドに囁く。
『“一瞬”隙を作る‥‥退けッ!」
「いいんです、アンジェリナさん」
 剣を構え、ウォンに向かって一太刀浴びせんと走り出そうとするアンジェリナの腕にアジドの細い手が添えられる。
「僕が待っていたのは、間違いなく『彼』なのですから」
「──なに?!」

「こうやってもう一度、会えるとは思いませんでした」と言いながら静かに跪き、ウォンを迎え入れる為に優雅に頭を下げるアジド。
 記憶力が良い人間でも、20年も前の、気まぐれな約束を覚えている確率は、一体どれだけだろう?
 ウォンが特別なのか、それともバグアにとって20年という月日は一瞬なのだろうか?
 そんな事を考えながらウォンを見つめる。
「私もだよ。地球人。名前は、たしか‥‥」
「僕の事は、アジドとお呼びください。貴方とは僕、個人としてお会いしたかったので」
「ふむ‥‥なるほど。お互い肩書き抜きですか」
「あれが、ジャッキー・ウォン‥‥‥ペッパーの、記憶を奪った人‥‥」
 真琴の目もまたウォンを追いかける──。


「どうすんの? 殺っちゃうの?」
 ツンツンと梓の腕を突っつく昼寝。
「駄目だ。アジドの依頼は、会談の成立だ‥‥」
「え、ダメなの?」
 バグアを、それも幹部であるウォンが単独で居るのだ。
 全員で襲い掛かればなんとかなるかもしれない熟練した傭兵とMKの歩兵小隊がいるのだ。
 多少の犠牲を払っても殺さない。もしくは、捕獲しない。という手はないだろう。
「止めるのか?」
「‥‥あたしだって、あいつを殺したい」
 殺気を押しとどめる事が出来ない瞳でウォンを睨む梓。
 心を落ち着かせる為か、己に言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「だけど『依頼人』の、アジドの言葉は、絶対だ。それに‥‥」
 それに、あいつが何故、今更来たのか。目的が知りたい。だから、会談が終わるまでは、手を出さない。と梓。
「確かにね‥バグアのみならず、人間同士でも20年前の子供とした約束を守れる者はそういないだろう。アジドが納得するまでは手を出さない事には賛成だ。
 それに、昔の俺ならば止めても死ぬ覚悟で勝手に戦いを挑んだだろうが‥‥今は大事な奴と共に生きると約束した」
 不意打ちの一撃で倒せなければこちらが返り討ちになるだろう。と凛生が渋い顔をする。
「そうだな。奴は油断ならない相手だが、未だ煙に巻くように実態を示さない思想・真意を測る必要はあるだろうな」
「依頼人の要望は『絶対』か、しょうがないか。でも、その後は‥‥」
 次の言葉をMKのもう一人の副長シンが声が遮った。
「物騒な相談は、やめとけ。やっこさんをぶっ殺したいのは、お前らだけじゃない」
 だが、隊長が我慢しているのだから止めておけ。とシンが言った。
 ウォンを相手にする前に隊長と戦うことになる。と苦笑いをする。
「まあ、あの人が真面目に戦うのが見れるってので行けば、俺は皆に短気を起こして欲しいところだがね」
「それが本当ならMKに依頼をしてきたアジド君も相当人が悪いね」
 もっとも的確な判断だが。と苦笑いする長郎。


 ──地球人より遥かに優れている五感を持つバグアである。
 こそこそと会話を交わす言葉の一言一句を聞き取ることが出来たが、珍しい花が咲くこの場所で戦う事はウォンも望まなかった。
「どうやら方針が決まったようですね」
「ここは交流の場ゆえ無粋な事はなしでいきたいところだな」
「君達が私を『統治官』と呼ぶ必要は、最早ありません。私の地上での役割は、既に終了しています。
 ここにいるのは、私の個人的理由ですから君達が攻撃して来ない限り、私は君達に危害を加えません」
「それはこっちの台詞だよ。そっちにやる気がないならこっちから仕掛ける必要もないんでねぇ」
「では、貴方をジャッキーとお呼びしてよろしいでしょうか?」
 と言って、アジドはウォンに酒の席を勧めた。
「──それに、護衛の皆さんも明日には枯れてしまう花です。良かったら一緒にどうです?」
「お許しも出たし、私はビーフジャーキーとやら(戦わ)ないってなら勿論参加よ。こんな寒いところで運動なしじゃやってられないわ」
 待ってました。とばかりに甚五郎の建てた簡易脱衣所に向かってダッシュする昼寝。
「ジャッキー・ウォンと一緒に風呂に入り、月見酒──これは貴重な体験です。参加しない手はないでしょう」
 風呂に入る=全武装解除 ではあるが、ウォンはFFを持ち、金属を引き裂く指を持つバグアである。
 気まぐれを起こせば、アジドどころか皆殺しされかねない。
「私は、ここでいい」
「俺もだ」
 アンジェリナと凛生が、ウォンが気まぐれを起こした時の為に湯船の側で待機する。
「ボクは今日は星を見に来ただけだから、このままでいいよ」
 そういって新しいアイスティーをコップに注ぐレインウォーカー。
「ボクはお給仕やお世話をするね」
 戦闘用メイド服に身を包んだソーニャがパタパタと更衣室に新しいバスローブとタオルを用意しに走っていった。


 周辺警戒を続けるのメンバーを残して全員が風呂に入った。
「あ”〜〜〜っ、沁みる」
「まさしく、この瞬間は、日本人に生まれてよかったと思う瞬間ですね」
「は〜っ(はーと)。ほんと‥‥ほや〜んとします」
 冷え切った体に暖かい風呂の湯。至福の時である。

「これはなかなか‥‥なるほど」
(──これが、アジア・オセアニア軍の総司令官?)
 本人の言葉を信じれば、元総司令官であるが、何かに感心したように湯船の淵を叩いたり、中のお湯をかき回したり、アジドに質問をするウォンの姿は、噂や報告書に上がる残虐極まりないバグアというよりも、湯治場初体験の外国人そのものである。
(天は二物を与えずといいますが‥‥こちらが彼個人のパーソナルという訳ですね)
 夜桜見物で席を一緒にした事がある長郎以外、若干ギャップに引き気味である。
 このままでいけばウォンの風呂探求は一晩中でも続きそうである。

「まずは駆けつけ一杯はどうかね?」
 酒瓶を差し出す長郎。
 手渡された杯に並々と注がれた酒を飲み干すのを見て、己の茶碗にも並々と酒を満たして一気に飲み干す。
「では1つ尋ねようか。
 僕は一介の諜報要員として戦闘支援と情報会得で状況を廻してここに到るのだが、
 君は同じ様にした現在、どう得たものがあるかね?」
「‥‥バグアとしては得たものもあり失ったものもある。だが、私、個人と見た場合は、何も変わらない」
 多くのものが私の前を通り過ぎていくだけだ。と長郎の質問にウォンは答えた。

 じゃばじゃばとお湯をかき分けM2がウォンの前にやってくる。
「たしか烏龍茶、飲むって言っていたよね?」と烏龍茶を勧めてみるM2。
 大人しく茶碗を受け取ったウォンに思い切って前に会った事を覚えているか尋ねてみる。
「ウォンは‥‥何だか前にもこのくらいの時期に遭ったよね。最初は桃の季節。2回目は梅の季節。
 もしかしてバグアには珍しく『風流』を解する人?」
「地球に咲く花は、嫌いじゃないですよ。どちらかといえば好ましい」
「あのさ、怒らないで聞いちゃっていいかな? ‥‥ウォンってさ、案外思い付きで行動する人?
 部下に『ちょっとそこまで』で、突然消えないで下さいとか、言われちゃうタイプ?」
 長い間があった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥その質問についてはノーコメントです」
 ぷい、っと横を向くウォンに、
(あ、やっぱりそうなんだ)
 その場にいた全員が思った瞬間であった。

「あの‥‥うちからも質問、いいですか?」
 真琴が声を掛ける。
 復讐は、死んだペッパーも、自分も柄ではないのは承知だった。
 それでも真琴は知りたかった。
 知らなければ決める事ができないから──
「ペッパー‥‥いえ、ペィギーっていう強化人間になった少女のこと覚えていますか?」
「強化人間のペッパー?‥‥‥ペィギー‥‥? 私の部下には多くの強化人間がいましたからね」
 かなり強い印象を持つ者でなければ覚えていない。とウォンが言った。
「貴方が記憶の操作をしたと聞きました」
「私が‥‥? ああ‥‥‥確か、八門の子がそんな名前でしたね」
 裏切った恋人への復讐の為に、その男と同じ力を得る為に自ら強化人間になることを望んだ少女。
「どうして記憶を操作したんですか?」
「たしかにあれはイレギュラーでしたね」
 ウォンは自ら望んで強化人間になったものに対して殆ど記憶操作を行わない。
 が、自ら記憶操作を望まなかった少女には記憶操作を行った。
「彼女から‥‥強い意思と破滅、裏切りの匂いがしたからかもしれませんね」
 ペッパーが力を得る為にバグアを利用する事は目に見えていた。
「強化人間になる為の取引は、ギブ・アンド・テイク。彼女のようにテイク・アンド・テイク。奪っていくばかりでは、ね。なので彼女には私の実験に付き合って貰う事にしました」
 己の愛するものを、心ならずも己のエゴで傷つけ、失ったらどうなるのか興味があった。とウォンが言った。
「興味‥‥そんなものの為に‥‥‥」
 真琴の声が震えた。
「君達から見れば『そんなもの』かもしれませんが、私にとっては、とても重要な事です」
「じゃあ、何故‥‥彼女にキメラを仕掛けたんですか?」
「それは簡単です。裏切り者には死を。非常に判りやすいルールがバグアにはありましてね」
 代償に相応しい死を迎えさせる必要があった。と答えるウォン。
「殺すのは簡単でしたが、破滅と引き換えに己のエゴで手に入れた力ならば、そのまま死んでも良かったはずです。が、彼女は逃げた。私には彼女の気持ちが判らなかった」
 放っておいても死ぬ命だから敢えて一撃で殺さなかった。
「彼女が待っていたものが、見たかったからですよ」

 アンジェリナは会話には加わらなかったが、ウォンの一挙手一投足を注視し、答えの1つ1つに聞き耳を立てていた。
 全ては嘗て交わしたリノとの約束を果たす為であった。
 今後大きな動きの元凶と為り得るこのウォンを理解する必要がある。
 実験派がバグア・人類双方へ何をもたらすのか。
 自分自身の目で判断がしたかった。

「アジド君。君も私に質問があるのではないかね?」
 そう言われてアジドは、いくつかの質問をし、ウォンから回答を得ると満足そうに礼を言い、他に尋ねたいことが出来たらまた質問をするといった。

「君はどうかね? 聞き耳を立てているだけでは解決しないものもあるだろう?」
 そういってウォンが、レインウォーカーを見る。
「やっぱり分かるかぁ。まあ、ボクも絶対バレないっていう自信はなかったけど」
 屈託のない笑顔を向けてこう言った。
「ついでにひとつ聞いてもいいかぁ?」
「どうぞ」
「お前は他のバグアとは色々違う気がする。まあ、これはただのボクの感想だけどねぇ。おっと、話がずれたなぁ。お前は一体この戦争の中で何をしたいんだ? そしてそれは自分自身の為にやるのかぁ?」
「他のバグアが、派閥だったり、個人に忠誠を誓っていますが、私達、実験派にはそういう思想がないので違うように見えるのでしょうね。
 私の願いは、バグアの繁栄と永遠。それだけですよ」
 その実現の為に実験を行っている。と言う。
「よく読めない奴だねぇ、ホント。まあ、その方が面白いかなぁ」

 甚五郎がサルヴァにぶつけた質問を、ウォンにもしてみる。
 ウォンは少し驚いたような顔をした後、「今のバグアでは無理だろう」と答えた。
 何れそういった考えを持てる者が増えるかもしれないが、と前置きをした後、「今のバグアでは、エアマーニェ様の考え方が限界だろう」と言った。
「だからアフリカでは完全な停戦に至ることがなかったし、君達地球人達にもエアマーニェ様の申し出を断った」
 彼の言う申し出、とはエアマーニェがオタワで人類につきつけた交渉のことだろう、と周囲は察する。
「実験派なら?」
 実験派ならばエアマーニェと違った提案が出来るだろう。
 だが、状況は余程の事が起こらない限り変わらないだろう。とウォン。
「私は、君達とスッチー。エミタ金属と呼ばれる知識体とのやり取りを知っています。まあ、概要ですがね。我々バグアも似た部分があります。
 それぞれ独立した単体でありながら全体である。
 全体に同調できないものは異端であり、排除すべきというのが一般的なバグアの発想です」
 ウォン自身、己が両派閥の排斥リストに載っている自覚がある。
 ブライトン博士が命じればエミタ・スチムソンは嬉々としてウォンを排斥するだろう。
(まあ、ブライトン博士はそんな事はされないですがね。先にキレるとしたら‥‥)
 真面目すぎる男の顔を思い出し、苦笑いするウォンに不信の目が注がれる。

「君は、私を殺したいかね?」
 そう問うウォンにアジドは、首を横に振る。
「君は、変わった地球人ですね」
「よく言われます。でも、ジャッキー。貴方もかなり変わったバグアだと思いますよ。
 この場所で殺される事は、考えなかったのですか?」
「それは考えましたよ。君が来ない可能性も、私が死ぬ可能性も。ですが‥‥」
 他のバグアには理解できない己の中が空っぽである状況を地球人達の言葉では、たしか──
「今の私は、バグアにとって『生きている価値がいない』のですよ」
 地球人に殺されるのと同じバグアに殺されるのと、戦場で死ぬのとこの場で殺されるのと、ウォンにとっては大差ない。
「ですが、私は『生きたい』のかもしれない」
 赤い月を見上げてウォンがぽつりと言う。
「──だから私は、『ここ』に来た」

『ウォン様。お迎えに上がりました!』
 鋭い女の声が響く。

 ドン! 大地を揺るがす地響きが青いケシの谷に響いた。
 降って湧いたソレは、漆黒のティターンだった。
「やれやれ‥‥もうそんな時間ですか」
 湯船から上がったウォンが更衣室に歩いていく。
「頭、乾かさないと風邪ひくよ」
 軽く体を拭いただけでスーツに袖を通したウォンに声を掛けたのはソーニャだった。
「バグアに地上の菌やウィルスの毒性は効果がないですから、心配は無用ですよ」
 そういって乱れた髪を整える。
「でも水分補給は大事だと思うな」
 はい、といってソーニャがお茶を手渡す。
 カップを受け取りお茶を飲むウォンの側でソーニャもお茶を飲む。
「でも意外。もっと陰険でSかと思ってた」
「‥‥それは私のことですか?」
 他に誰が居るって言うの? とソーニャが人懐っこい顔で笑う。
「こうやってバグアと二人っきりで話すのはダム・ダル以来。
 彼も結構、酔狂だったからね」
「ダム・ダル君ですか‥‥懐かしい名前です」
 渋い顔をするウォンに渋かった? と尋ねる。
「っていうか、バグアって美味しいって感じる?」
「感じますよ。もっとも知識のすり合わせですね。ヨリシロの感じた記憶をトレースすることにより、これが美味しいということだという認識になります」
 後は、それを反復することで自分で美味しいものかどうか判断するのだ。とウォン。
「つまり間違った知識でもそれが正しいって思えるって事?」
 そういう事だ。とウォンが言う。
「じゃあ、喜びって感じる?
 個人としての生存目的ってある?
 ボクは空と楽しい事が好き」
「喜びについては個々に違いますね。生存目的についてはノーコメントです」
「ねぇ、実験派って少数派なんでしょ。
 どうせならもっと異端にならない?

 バグアのあり様を変える様な実験。

 たとえ淘汰されたとしても、
 失敗のデータだったとしても、
 なにもしない、なにも起こらないよりずっとわくわくするよ」
 ウォンが地上で行っていた実験は、成功すればバグアのあり様を変えただろう。
 実験の本当の意味が知られれば淘汰されるリスクがあったが、
 それでも試してみたかった。
 小さい失敗を繰り返し、何度も修正して──そして地球の言葉で言えば、絶望した。
 ソーニャの言葉に笑うウォン。
「素敵な提案だが、もう遅い。時計の針は、戻らない」
「どうしてそんな事がいえるの?」
 ウォンに飛びつきキスするソーニャ。
「人間とバグアの初キッス。
 歴史的な瞬間。

 どんな歴史書にも残らないけど、
 なにも変らないかもしれないけど、
 それでも最高にわくわくした」
「君はわくわくしたのかね?」
「そう、ボクはわくわくした。

 互いに殺しあうしかなくても 互いに変っていくのがいい。
 不幸であっても出会えたのだから、

 もっとボクを
 人間を見てよ
 きっと面白よ

 ボクも見てる

 そして殺しに行くから
 待ってて
(他の選択肢もあれば楽しいね)


 ・
 ・
 ・


 カスタムティターンの補助席に座りながらソーニャの言葉を思い出し笑いをする。
「何か楽しい事でもありましたか?」
「うん、ちょこっとだけね」
「何れにしろ、暫くはご自重ください。ウォン様が居ない間にアポロンが人間に攻撃されました」
「アポロンなんて墜ちても墜ちなくても、彼らはその内本星にたどり着くよ」
「ウォン様‥‥」
 窘めるような女の声。
「判っているよ。ドレアドル君に助けを求めたんだね」
 物凄く怒っていたんだろう? とウォン。
「‥‥‥はい」
「判った。暫くは外出しないよ。残っている皆を困らせるのは、私も本位じゃないからね」

 小さくなって行くティターンを見つめながら、思うところはそれぞれであった。
「ますます判らないというか‥‥異星人だから価値観がちがうんだろうけど、とりあえず死んだ人の為に、次会ったら倒す!」
「とりあえず、戦争に積極的じゃないバグアが居るって事が判って良かった(?)って事?」
「彼らの進歩と成長は人類に依存しバグアには閉ざされた道か。
 カルサイト等の変容は箱庭の囚人を凌駕できるか。
 ‥‥‥戦争以外の何かが動いているって事ですね?」
「でしょうね」

「──にしても、温泉に来て疲れるとは思わなかったわよ〜」
「温泉じゃないですって‥‥」
「いえます。ちっとも酔えない宴会って楽しくないですね」
 仕切り直しだ、と誰かが言った。
「よし、じゃあ。まずは‥‥あずこ、だ!」
 熱い風呂の湯を、黄色の桶(アヒルつき)を梓の頭の上でひっくり返す昼寝。
 アチ、アチ、アチ。と、わたわたとする梓。
「何するんですか、あんた!」
「うーん、水(?)も滴るいい女? 宴会につきものの、無礼講じゃ!」
「これで安心して目に掛かったオートフィルターは解除ですね」
「なんですか、それ?」
「野郎と客人の裸は、自動消去機能が付いているんです」
 安心して女の子をガン見です。と言う甚五郎。





「‥‥皆さん、登った分は下るんですよ。判っています?」とアジドが言った。












「僕としては、ウォンと話せて良かったと思いますよ」
 傭兵達を送り出した後、エアコンが効いた私室で政府に出す追加書類にペンを走らせていたアジドが顔を上げる。
「とりあえず僕の中で引っかかっていたものが、すっきりしましたので」
 ウォンや実験派の懐柔は兎も角、派閥争いに忙しいバグアは人手不足であろう。
 人類が宇宙に上がった今、彼らが大軍を以ってインドを再侵略する確率はかなり低い。
 その判断が適切か、大ダルダに政府に裏付け調査してもらえるよう働きかけてもらえないか相談してみる。とアジドは言った。

 そして──
「僕は、今回、一つ賭けをしていました。ウォンが来なかったら言うのをやめようと。そして、来たら言おうと──」
 ずっと前から口に出来なかった言葉を口にする。
「貴方も宇宙(戦場)に行きたいですか?」
 アジドが、サルヴァの顔を見た。
「──どうだろうな。今までの経験が無意味だとは思わんが、通用するか判らんしな」
 少し困ったように苦笑いをして答えるサルヴァの予測した答えに、
「貴方なら大丈夫ですよ」
 とアジドが答える。
「‥‥貴方は10年。『私』を見捨てず『私』の側にいてくれた。感謝しています」
 静かにサルヴァの手を取り、口付ける。
「貴方の優しさに漬け込んで『私』は貴方をこの地に縛り付けた」
 『僕』には、友達も恋人もできたというのに。
 それでも、この男を、やっと見つけた半身を。サルヴァを失うのかと思えば心が震えた。
 今、自分はどんな顔をしているのだろうか? もしかしたら泣いているのかも知れない。──そう思うとアジドは、顔を上げられずにいた。
「‥‥‥‥貴方が宇宙を望むなら何とかします」
 100年前ならば兎も角、今のMara・Tapasには政府や軍を動かす力はない。
 宇宙に行くすべは、現在限られている。
 UPC軍から逃亡兵として手配書が回っているこの男を宇宙に上げるのであれば、アジドもリスクを負わなければならないだろう。
「僕が、何とかします‥‥」
 消え入りそうな声だったが、はっきりアジドは言った。
「お前が名付けたサルヴァ・シャルベーシャと言う名は、誰にも御すことが出来ない『暴風雨』だったと思ったがな」
 俺は自分で好きな場所に留まり、気持ちのまま自由に何処にでも行く。と、そう男は言った。

 こうして誰も知らない場所で、もう一つの古い約束が一つ終わった──。