タイトル:残酷な手マスター:有天

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/11 13:08

●オープニング本文


 ──壁のスクリーンに映し出されているのは、先日行われたトマス・スチムソン(gz0002)と能力者らの間で行われた質疑応答の録画であった。
 それを見つめるのは、UPCの軍人でも、傭兵でもなくバグア軍アジアオセアニア総司令ジャッキー・ウォン(gz0385)であった。

 先日、この質疑応答を見て、浮かんだ疑問に再び思いを巡らせるが、何度考えてもウォンの辿り着く結論は1つである。
(彼(か)の存在に比べれば、私など尻から殻の取れぬヒヨコとそう変わりませんが‥‥)
 遥か離れた上空に思いを馳せ、怪しく笑うとお気に入りの椅子を立つウォン。

 九十九折の回廊を抜け、衛兵達の敬礼の前を通り過ぎ──無機質の電子ドアを開けると場違いな古い木のドアが現れた。

 コンコン──
 ドアのノックするが返事がない。
 もう一度ノックをする。

 勝手に入って来い、と言う主に声に、
「おやおや‥‥博士のご機嫌は余り麗しくないようですね」
 部屋の主はジロリと睨むが、
「気分転換に外出しますので、良かったらご一緒に如何ですか? 勿論、助手の皆さんも」
 と、気にした様子も無く人の良い笑顔を向ける。


 ***


「──もう宜しいですよ。目隠しを取って頂いても‥‥」
 ウォンの言葉に博士と助手が目隠しを取ると、そこは夕暮れに峰の残雪が照りかえる美しい山里だった。
「ここは‥‥」
「ふふっ、博士の故郷ですよ」

 驚きを隠せぬ博士に半日ほどここに居るので自由にして良い、と言う。
「わしはお払い箱という事かね? ──いや、この質問は愚問だったな」
 肩を竦めて見せるウォンに、どうせマトモな答えが返ってくる訳が無い、と助手を連れて博士は里へと降りていった。


 そして──翌早朝、引き止める親戚に助手を託し、山道を登る博士。

 博士の帰宅に驚きながらも歓迎した親戚から中国東部地域で大勝をした人類だが、それにより逆に中国をとりまく状況が悪化した、という話を聞いた。
 ウォンが己を故郷に連れてきたのは(信じ難いことだが)本格的な戦いの前に研究室に戻るのも、このまま人の間に戻って過ごすのも自由に選べ、という事だろう。

 博士にしてみれば、どうせ老い先短い命である。
 地衣類学という戦争に役に立たない学問に何故バグアであるウォンが興味を持ったか不明ではあるが、学者として最後まで己の研究をまっとうしたかった。

 勿論、博士を待たずにウォンが既に基地に返ってしまっている可能性もあったが、ウォンは帰りもせず待ち合わせ場所にいた。
 地面を見つめウロウロと、だが、何かを見つけると楽しそうに地面を踏みながら歩いる。
 博士が目を凝らしてよく見ればウォンは霜柱を踏み潰して歩いていた。

 視線に気がついたのだろう。ウォンは顔を上げて、
「知識として霜柱が作られる原理は知っていても、実際に目にすれば、踏み潰す触感が面白くて何度もしてしまいます」
 一緒にどうですか? と笑った。


 ***


 博士の親戚から通報を受けた中国軍部隊が到着した時、いい歳をした男二人が子供のように霜柱を熱心に踏み潰していた。
「おい、貴様たち。ここで何をしている!」
 兵士らが銃を構える中、班長が手前に居る老人に声を掛けた。
 霜柱を踏んで遊んでいるのだ、と真顔で答えた老人に馬鹿にされたと思っただろう。
 粛清だと、班長は大きく手を振り上げた──襲い掛かってくるだろう衝撃に身構える老人だったが、それは襲ってこなかった。

 ウォンの細い指が班長の太い手首を掴んでいた。
「私の目の前で、私の客に手を出すことは許しませんよ。‥‥それに、力の差を見せ付け反抗の意思を削ぐという手法は一般的ですが、私には無意味です」
「き、貴様は──ジャッキー・ウォ‥‥」
「私の事は敬意を込め『統治官』と呼びなさい。名も知れぬ地球人よ」
 ウォンは、いつものように薄い笑みを浮かべたまま班長の手首を握りつぶした。



「緊急の依頼です」
 ブリーフィングルームに集まった傭兵らに緊張した面持ちで戦術指揮官が作戦を提示する。
 それによれば戦車とKVが編成されている第155機械化歩兵旅団の606小隊がウォンと接触、交戦状況に陥っている、と言う。
「ウォンの武装は現在確認されていませんが、状況は、かなり不利です」
 Liveと書かれたモニタ画面には、戦車をひっくり返すウォンの姿が映し出されていた。

 戦闘が行われているエリアは、ウランバートル制圧に伴い競合地域から安全圏(人類圏)と認定されたエリアであるが、最短の敵基地との距離はわずか7km。
 応援を要請している可能性と、ウォンがビックフィッシュ等を付近に隠している可能性も否定できない。

 隣接する村からの住民避難が済んでいる以上、軍としては、イタズラに損害を増やさない方針だと言う。
「皆さんにお願いしたいのは、606小隊の撤退支援です。小隊装備及び遺体は放棄して結構です。生きている者を、人命を優先させてください」

●参加者一覧

金城 エンタ(ga4154
14歳・♂・FC
ヴァイオン(ga4174
13歳・♂・PN
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
M2(ga8024
20歳・♂・AA
絶斗(ga9337
25歳・♂・GP
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
ティルコット(gc3105
12歳・♂・EP
メアリ・エンフィールド(gc6800
16歳・♀・GP

●リプレイ本文

 エピメーテウスに続いて金城 エンタ(ga4154)、ティルコット(gc3105)、メアリ・エンフィールド(gc6800)のKVが離陸する。
 バグア人と呼ばれる者と話してみたいと言う好奇心から一も二もなく参加を決めたメアリ。
「606小隊を逃がすのには‥‥やっぱり元凶を抑えるのが一番かしら」
 幸いにしても意思の疎通が出来るかどうかは不明だが、会話は出来る相手のようである。
 戦力がはっきりしないジャッキー・ウォン(gz0385)だが、先日行われた大規模作戦では、接触した多くの能力者が一瞬で重体に陥っている事からかなり強い上位バグアと判断されていた。
「やばそう(戦闘)になりそうな時だけ俺はフォローを入れるよ。できれば穏やかムードで過ごしたいからな」
 人命救助のためとはいえ、この俺がバグアのご機嫌取りとはね。と首を振る絶斗(ga9337)。
「そういえばあの男‥‥」
 ヴァイオン(ga4174)は、昨年桃花の時期に参加した依頼で偶然居合わせた『親バグアを名乗るならず者達に人質にされた』と言いながらもどこか違和感のある、剣呑な雰囲気を漂わせた中年の男の事を思い出す。
「ウォン‥‥わざわざこんな所まで何しに来たんだろう? そんなに重要な事でもあるのかな?」
 総司令官であるウォンが興味を持つものがあっただろうか? と不思議がるM2(ga8024)。
 それが判れば話し合いのきっかけになりそうだが、周囲はごくありふれた山々である。
「最悪の事態、戦闘になってしまったら応戦はしないで、とにかく逃げるでいいんじゃないか?」
「ほんと‥‥スーツ姿のおっさんが戦車ひっくり返して暴れ回ってる姿って、かなりシュールな光景ね。一体何の冗談かと思ったわ」
 59tの重量があるM1戦車をひっくり返すウォンは、その時点でかなり化け物である。
「理想は大人しく帰ってもらうことだが、それは期待しない方が良いな」
「そうだね。俺達は時間稼ぎが目的だから、あくまでも怒らせない様に言葉選びとか注意しないといけないね」
 覚醒をなるべく避け、敵意がない事を示すのは大事だろうが──とヴァイオンが渋い顔をする。

「確認ですが、私達が到着時点で生きている方のみ‥‥で良いのですよ、ね?」とキア・ブロッサム(gb1240)が再確認をする。
 エピメーテウスは人員輸送機である。火器を載せる為に固定座席が取り外され乗員定員が「24名」から「15名」までに減っていた。
 貸し出されたエピメーテウス3機は全て火器が備わっている。つまり定員45名である。
 KVの補助座席を勘定に入れても2名分のシートが足りなくなる計算である。
「つまりトラックかリッジウェイの何れか1台は、必須というわけだな」
 アンジェリナ・ルヴァン(ga6940)の言葉にトランプを切っていたヴァイオンがカードを1枚引く。
「実際、逃げようとして逃げ切れるかは掛だと思う」
 カードを見たヴァイオンの表情が曇る。
 ──スペードのエースだった。


 KVを戦闘場所から直接見えない丘陵の影に隠した能力者達だが、敵の基地からHWが出動された場合1分で辿り着く距離である。
 エピメーテウスは中型人員輸送機である。戦闘は対人を想定されている為に、搭載出来る火器ではワームを撃退する事は出来なかった。それに装甲もサイレントキラーやガリーニンと良い勝負である。見つかって一撃を食らえば乗務員が死亡する事になる。護衛にティルコットがその場に残る事になった。
「護衛とかなんとかって、スリリングだよね」
 翼を畳み、上からカモフラージュシートを掛けたエピメーテウス3機を一人で守るのは、中々大変な仕事である。
「早いところ片付けて逃げちゃいますかっ」とドーザーブレードを手に持ったまま、いつでも起動できるように準備をしたティルコットが操縦席の上から現場に向かうメンバーに向かって声をかけた。

「さっさと小隊と合流しましょう」
「ウォンの居場所は‥‥まぁ騒がしい場所を目指せばよいかしら?」
 木立に隠れながら接近をした傭兵達が、静かに騒ぎの中心を覗き見る。
 606小隊のど真ん中にウォンがいて、足元には生死不明の人間が多数転がっている。
 傷の軽い者達は横転したトラックや木立や岩陰に隠れて応戦していた。

「ウォンを引き離せなければトラックは厳しいな」
 トラックは中型の兵員輸送用トラック(重量凡そ3.4t)である。
 アンジェリナが豪力発現を発動しても起せなければ小隊のリッジウェイに手伝ってもらうしかないが、当のリッジウェイは現在、KVパイクをウォンに取られ、やや形勢不利である。
 厳しいかもしれない、と眉間に皺が寄るアンジェリナ。
「こうなったら場の流れに任せるしかないぜ」
 絶斗が、覚悟を決めたように言う。
 まずは、撤退の支援に来た事を小隊長に報告しなければならない、と肩に付いた階級章を頼りに小隊長を探す。


 ここで予定外の事態が起こった。
 助けに来た相手に支援不要と拒否されてしまったのである。
 非武装で戦場にやってきた挙句に、
 「相手の実力は解ったでしょ? 死にたくなけりゃ大人しく退いてね。こっから先は能力者の仕事よ」とメアリが軽い調子で言ったのが、隊員達の感情を逆撫でしたらしい。
 能力者ではない軍人というのは、能力者の軍人よりも遥かに数が多い。
 戦場にピクニック気分でやってきた子供(能力者)の手を借りて助けられた。とあっては死んだ仲間に顔を向けが出来合い、という事らしい。
 実際、彼等は傭兵らと異なり戦場や装備を選ぶ権利はない。たとえ無謀と判っていても行かねば戦場があるのだ。

 だが、傭兵らにとっても空っぽのエピメーテウスで基地帰る事は出来ない相談である。速やかな撤退をする為にどうやらウォンの前に隊員達の怒りを納めなければいけないようである。
 キアは言葉を選びながら基地からの、上層部から「小隊の被害拡大を望まず。兵士達の生還が最優先事項。装備は廃棄も止むを得ず」と言われている、と話す。
「──解った。本隊の指示というのであれば君達の指示に従おう」
 やれやれと一同が溜息を吐く。


 ふいに攻撃が止んだ為にウォンの動きが一瞬止まる様子をインフェルノを手に木立の影から伺うエンタ。
 ヴァイオン、M2、そして絶斗が木の影から静かに前に進み出た。
 ウォンの顔見たヴァイオンとM2が思わず、
「貴方は‥‥やっぱりあの時の」
「‥‥あ! 花見の人!」
「花見? ──ああ‥‥あの時の能力者君達ですか」
 薄い笑いを浮かべたままリッジウェイからウォンがべっとりと血が付いたパイクを引き抜く。
「中国軍の次は、君達が私の相手をしてくれるのですか?」
 そう言うと傭兵達の目の前に投げつけたパイクの半分が地面にめり込んだ。
「わっとととっ お元気、ですね‥‥花見の季節は過ぎましたが、今回は何を見に来たんですかね」
「そうだよ。まだちょっと花見には早くない? 寒いよ?」
 どうしても昨年会った時のイメージが頭から離れないM2が思わず突っ込む。
 ならず者と傭兵の戦闘の時は傍観していたウォンが、何故今回は戦っているのだろう?
 疑問に思ったヴァイオンの問いにウォンの返答は「気分転換」と簡潔だった。
「気分転換で花見? 確かにそろそろ梅が咲いているよなー。桜ならもうちょっと待たなきゃ駄目だけどね」
 そんな事を言いながらもM2は、ウォンの動きから目を離さなずにいた。
 ウォンが右に動けば右に。後ろではアンジェリナがトラックのエンジンが動くか確認し、キアは廃棄する装備を埋めて撤退準備を手伝っていた。



「──私と戦いたくないというのであれば、それでも結構ですよ」
 話しかける傭兵らに関心を失い、初期の気分転換方法を継続する事にウォンは決めたようである。
 静かに手刀を振り上げられる。
「そこで彼等が死ぬを見ていなさい」

「‥‥出来るだけ引きつけて‥‥下さい、ね」
 キアがアンジェリナに合図をする。
(Avec Soin(慎重に)‥‥)
 深呼吸をするキア。
「待て! ウォン、1つだけ聞きたい事がある」
 アンジェリナの声に、振り下ろされそうな手が一瞬止まった。
 その瞬間、物陰から瞬天速を使って飛び出したキアが、ウォンの足元の兵士を抱きかかえる。
「捨てて帰れど‥‥報酬頭割りではありませんし、ね」
 そのまま疾風脚で逃げようとするが──
 激しく背中を蹴られ、岩に叩き付けられるキア。
 兵士を庇った為に受身が取れずに激しく叩きつけられたキアをウォンが蹴り上げる。
「君が死んだら少しはお仲間達は、私の気分転換に付き合ってくれるかもしれませんね」
「‥‥そう上手くいかないかもしれないわ、よ」
「そうですか、では」
「させるか!」
 キアに歩み寄るウォンにアンジェリナが流し斬りで側面に回りこみ、一撃を加える。
 が、刃はフォースフィールドに阻まれ届かない。
 正面に回り込み蝉時雨を構えなおすアンジェリナ。
「仲間は殺させない。勿論、小隊員もだ」
 剣劇の激しい操出しから再び、流し斬りでの一撃を試みる。
「剣筋は悪くありませんが、気合だけでは私には勝てませんよ」
 ガッチリと蝉時雨の刃先をウォンに握られ、びくともしない。
「まだだっ」
 【OR】ユグ・ドラシルの一撃をウォンの顔に叩き込もうとするアンジェリナ。
「諦めの悪い‥‥尤もそういうのは嫌いじゃありませんが、ね」
 薄笑いを浮かべたまま反対の腕も掴むウォン。

 ボキリ──

 腕の骨の折れる鈍い音が響く。
「アンジェリナ、逃げるんだっ!」
「お仲間の意見は、だそうですが。如何します?」
「ウォン、あなたに聞きたい事があると言っただろう」
 それを聞くでは退けないというアンジェリナ。
「先の北京での大戦‥‥日下理乃を差し向けたのは司令官であるあなたか?」
「知ったところでどうなります? リノ君はすでに存在しない」
 そう言うとアンジェリナに激しい頭突きを食らわせるウォン。
 脳震盪を起して倒れこむアンジェリナから蝉時雨を奪うと、そのまま昆虫を標本にするかのように無造作に腹に突き通す。
「まあ、折角ですからお答えしましょう。確かに必要な戦力だとゼオン・ジハイドへの協力は求めましたが、リノ君は自らの望んで北京に来た」
「なら何故あなたもスチムソン捜索の場に居た。目的は何だった‥‥?」
「さあ、目的は何でしょうね」
 何かを思いついたように怪しげに笑う。
「君を此処で殺すのも一興ですが、連れて帰ってヨリシロにするのも一興かもしれないですね」

「えっと、ウォンさん‥‥だっけ? この辺で勘弁してくれませんかねぇ‥‥?」
「‥‥勘弁とは? 私はこの地を預かる統治官。君達を気分次第で殺した所で誰も文句を言いません」
「統治官? ぁー‥‥駄目駄目。生憎と育ちが悪いもんで、難しい言葉を聞くと如何にもむず痒くなってくるのよ。ま、どういう育ち方をしたのか覚えてないんだけどね」
 喋るメアリを静かに見つめるウォン。

「取り敢えず、こっちとしては今此処で事を構えるつもりはないのよ」
 この通りと武器を持たぬ両手を見せるメアリ。
「ああ、良かったら‥‥はい、これ」
 コーヒーのカップを差し出したメアリは、毒が入っていない事を示すように、一口、コーヒーを飲む。
「大抵の問題は、珈琲一杯飲んでいる間に心の中で解決するものよ? 案外ね」
「珈琲やウーロン茶が嫌ならトランプでも」
 ヴァイオンがトランプを見せる。
 一瞬、呆れた様な表情を浮かべたウォンに、
「幼稚? 滑稽? 道化? 構いませんよ。何でも、ね」と続ける。
「‥‥たしかにそうかもしれないですが、生憎と珈琲やお茶は飲む銘柄を決めているのでね」
 ウォンが一歩踏み出した。と思った瞬間、衝撃がメアリの腹を襲った。
「物覚えの悪い子は嫌いですよ。君らに選択権はないと言ったでしょう? 私がこのままほんの少し力を込めれば君は此処で死ぬ──ですが君のような輩は、あっさり命を奪うよりも死を確実に感じられるその状態が良いでしょうね」
 ずるりと腹から角手が抜かれると血溜りの中に同時に倒れるメアリ。
 さて‥‥と、言って他のメンバーを振り返るウォンに小隊を背に庇い、身構える一同。
「君達はこの状況でも、まだ、戦わないと?」
「俺達の仕事は、606小隊の撤退支援です」
「ふむ、若いのに意外と頑固ですね。‥‥では宜しい。1つ賭けをしましょう」
「賭け?」
「そう、賭けです。
 赤が出たら606小隊は全滅。大人しく任務失敗と言う結果を持って帰る。
 黒が出たら606小隊を見逃す代わりに君達が此処で私の相手をする」
 メアリとアンジェリナの傷は深く、出血が止まらない。
「分が悪い賭けね‥‥できれば、赤は貴方がここから大人しく立ち去る。黒は大人しく貴方が捕まるとかにしてくれれば良いのに‥‥」
 傷口を押さえたまま苦しげにキアが言う。
「NO、と言ったら?」
「此処にいる全員、死んでもらいます」
 にっこりと笑うウォン。
「悪役らしい答えをありがとう‥‥イタタっ」
「キアの言うように、黒が出たとして俺達には606小隊が無事に帰還できる保証がないし、俺達に確認する方法がない」
「ふむ‥‥なるほど、確かにそうですね。まあ、それについては私の方で責任を持ちましょう」
 なんでしたらHWに護衛をさせてもよろしいですよ、と楽しげに言うウォン。










 ──陽光を受け、KVに護られ離陸していくエピメーテウスを眩しげに見上げるウォン。
「やれやれ。実に、運の良い‥‥くくくっ」
 手に残ったカードはもう一度見る。Jokerであった──

 ***

 病院に見舞いに集まっていた傭兵らの元に606小隊の出動理由が届けられた。
「へ? 陳教授?」
「資料によればあの山の麓にある村出身の地衣類学がバグアに誘拐されていたらしい」
「地衣類学って何?」
「植物学の一種だ‥‥」
 ベットの上からアンジェリナが答える。
「その学者さんを保護する為に606小隊は出動してウォンと接触したって事らしい」
「でもそんな人‥‥周りにいなかったよね?」
「彼に値段は付く、かな? ‥‥付くなら私の単独、ね」
 ただでは動かないとキアが点滴を受け乍ら答える。

 程なく見つかり保護された陳教授の口からUPC軍は、1つの証言を得る事に成功した。
 博士同様、ウォンが招待した学者達が集められた研究施設。
 ウォンが拠点としているバグア軍基地の場所が判明したのであった。
「──しかし、これは‥‥」
 中央アジア、占領地域の真ん中である。
 アジア軍が進軍するには、いま少し準備に時間が掛かる場所であった──。