タイトル:【SL】AAid?甘い休日マスター:有天

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/26 01:59

●オープニング本文



「よう」
「どうも」
 ズウィーク・デラード(gz0011)とアジド・アヌバ(gz0030)は、UPC本部内に沢山ある、休息室のひとつで顔を会わせた。手にそれぞれ飲み物を持つと、何となく向かい合わせに同じテーブルにつく。
 紙コップをテーブルに置いたデラードが、背もたれに背と両手を左右に伸ばし、思い切り幅を取ったかんじで、あーとか、うーとか言う感じで天井を見上げ。アジドは、いつも通り変わらぬようでありながら、何となく落ち着かなさそうに紙コップのコーヒーを口にする。
 すこーし前までは、お互い誘い合ってナンパに繰り出す仲間であった。
 が。
 ほんのすこーし前に、お互いに、彼女が出来たりしたのである。
「なあ」
「はい」
 軽ーい沈黙。
「そういえば、おめでとうございます」
「そーいうお前さんも?」
「ええ。まあ」
 そして、また、軽ーい沈黙。
「マジな話、まじめに付き合うって、初とかな訳だ」
「奇遇ですね」
 何か、二人の間に飛んだ。真っ白なカラスだったかもしれない。
「やっぱりあれかね、初デートは、公園とかが妥当か」
「‥‥良いですね、公園」
 何となく、言葉の裏で、一緒にデートに誘おうかという流れが出来上がったりしたのだった。
 んが。何と言っても、彼女達は傭兵である。
 時間の都合がつくかどうかは、限りなく不明だったりもした。
 とりあえず、LHの図書館脇の小道を通り、広場に出ている屋台を冷やかすのが定番かと。


 だが、世の中にリア充していない人も少なくは無い。
 先日の大規模作戦で奪還された北京周辺地域は、開放以前に比べて食料状態が悪くなっている事をラストホープ住民の多くが知らなかった。
 北京以外の地域では、以前はバグア・中国政府の両方から食糧支援を受けていたのだが、現在は、中国政府のみである。
 多くの傭兵らの認識では、ウランバートル基地が無くなった事により中国に対しても攻撃が減ったように感じられがちだが、細かい基地は以前と同様、多数残っているのだ。
 ましてや環状包囲網というガタが外れた為に、中国政府の輸送機はバグア軍の良いターゲットである。

 退職間近かなアジドとしては、自分ばっかりリア充しているのも気が引けた事もあり、作戦などで知り合ったあっちこっちに声を掛けて歩いてみた。

「北京周辺に住む子供たちにチョコレートやケーキ、クッキー、キャンディを作ってプレゼントしてみませんか?」
 丁度、バレンタイン近くである。
 他の月に比べてチョコレートやクッキー、ケーキなど、菓子を作る材料は手に入れやすいし、大量に仕入れれば1人当たり単価も安くて済む。
 時期が時期なのでこっそり個人的なチョコやお菓子をありだ、と言う。

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 新条 拓那(ga1294) / エマ・フリーデン(ga3078) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / Innocence(ga8305) / 流叶・デュノフガリオ(gb6275) / 緑(gc0562) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / BLADE(gc6335

●リプレイ本文

●幸せのお裾分け
「お忙しい所、集まっていただいてありがとうございます」
 アジド・アヌバ(gz0030)が集まったメンバーに頭を下げる。
「たまにはこういうお仕事も楽しいですね」と緑(gc0562)がにこやかに答える。
「料理なんぞした事はないが、何もしないで1日を過ごすよりかマシだろうと思ってな」とBLADE(gc6335)が男臭い笑顔を向ける。
 口ではこんな事を言っているBLADEだが、事前に自分で作れそうなお菓子を図書館でチェック済みである。
「ふふ‥‥たくさん作るのは初めてですけれど、頑張りますね」と石動 小夜子(ga0121)が笑う。
「お菓子作りは趣味の1つ。得意です☆」と力強く言うのは、レーゲン・シュナイダー(ga4458)。

 新条 拓那(ga1294)が、友人であるレーゲンと朧 幸乃(ga3078)の姿を見つけて、
「レグちゃんと幸乃ちゃん、お久しぶり」
 ひらひらと手を振る。
「‥‥お久しぶり‥‥」
「新条さん、お久しぶりです」
「暫く会わないうちにレグちゃんがデラード軍曹のハートを射止めていたとはね」
 驚いたよ、と笑う。
「はわわ‥‥照れます〜」

「‥‥ところで作るものって‥決まっているんですか?」
 高いものを配るのは、かえって、彼らの心に歪みを生むかもしれません‥‥、と言う幸乃。
「まあ、コスト面もありますしね」
「甘いものは、幸せの味。一人でも多くの方に行き渡ると良いのですが‥‥」
「あと、初心者がいるのもお忘れなく」
「難しいよりもシンプルな物。兎に角沢山作って、それで多くのガキ達の口に入れば良い」
「同感です」
 凝った物ではなく安価で簡単な、初心者でも作りやすい菓子をひたすら大量に作ろう、という事になった。

 選ばれたのは、クッキーにカップケーキ、生チョコ、トリフチョコ、チョコレートボンボン、ミルクキャンディー。

 小麦粉に卵に生クリーム、無塩バター、砂糖‥‥と集められた菓子の材料の中に、燦然と輝く大量の業務用ホットケーキ粉。
「低コストで、たくさん作れて、しかも美味しい。良いことづくめです」とにっこり笑うレーゲン。
「確かにお菓子作りの第一歩は、材料をきちんと計ること。だが‥‥意外とそれが初心者には難しい」
 理に適った選択だ、と流叶・デュノフガリオ(gb6275)が言う。
 アジドがどさくさ紛れのプライベート菓子を作るのもOKとしたので、流叶も子供達に配るチョコを作る他、友人であり菓子作り初心者のラナ・ヴェクサー(gc1748)のザッハトルテ作りを手伝いする事になっている。

 ***

「爪きり、手洗いちゃんとしておけよ。調理の基本だぞ」
 きちんと石鹸で爪の間から手首まで洗ったか?
 髪の毛が落ちないように気をつけろ、とBLADEが細かい指示を出す。
 ジャブジャブと皆で手を洗い、綺麗なタオルで手を拭いていく。
「それにしても新条さんが菓子を作れるとは思っていませんでしたよ」
 アジドが、意外だと言う。
「料理は嗜み程度で菓子作りはしないので、どうしようかな? と思っていたら、小夜ちゃんがアドバイスをしてくれるって誘ってくれたからな」
「拓那さんとご一緒出来て、嬉しいです‥‥」
 ぽっと頬を染め、照れくさそうに言う小夜子。
 思うところは色々だが、折角のバレンタインデーである。
 小夜子と一緒に過ごしたいと言うのが、拓那の本音のようだ。

 そんな小夜子と拓那が作るのは、アイスボックスクッキーである。
「簡単で誰でも作れますが、その分たくさん焼けますし‥‥多くの人に食べてもらえて‥‥少しでも幸せな気持ちになって貰えますから」
「それ、俺も手伝って良いかな?」
「勿論ですよ」
 10枚や20枚では1つの施設に送るのが限度である。作るからには100枚単位と数が多い分、お菓子毎に担当者を決めて管理し、他はそれぞれが手がすいたら忙しい所を手伝うという事になった。
 まず、一番手は、生地を寝かす(冷やす)必要があるアイスボックスクッキー作りと流叶が作るチョコレートボンボンの皮からスタートである。

 ***

 クッキーを担当するのは割烹着姿の小夜子と拓那、そして黄緑色のエプロンを着用した緑である。
 手本の生地を作っていく小夜子。
 「先ずは常温でやわらかくしたバターに砂糖を加えてクリーム状にします」
 小夜子がボールにバターを入れて、大きな業務用泡だて器で綺麗に潰していく。
 ボールを抑えるのは拓那。
 グリグリと混ぜながら形状が無くなって来たところに砂糖を何回かに分けて入れていく。
「一度に加えても良いんですが、この方が良く混ざるような気がして」
 綺麗にクリームになった所でバニラエッセンスと全卵を加えてよく練り上げていく。
 それに振るった粉を少しずつ加え、ヘラで切るように混ぜていく小夜子。
 出来上がった生地の半分をとりわけ、ココアパウダーを混ぜればチョコクッキーの生地が上がりである。
「好みでチョコチップやスライスアーモンドを刻んだものを混ぜても良いと思いますよ」
 後は、棒状に纏めた生地を冷蔵庫で2時間冷やした後、5mm程度の厚さに伸ばして180度で15〜20分焼いておしまいだと言う。
「生地は延ばさなくても、棒状のまま好みの厚さに切ってもOKですし、型抜きした余りの生地は纏めてラップして冷凍保存をしておけば1ヶ月ぐらい使えるので便利ですよ」
 ベースの生地を冷蔵庫に放り込んだ所で、次の菓子へバトンタッチである。

 ***

 次は、簡単に作れるカップケーキである。
 脇では、流叶がラナにザッハトルテ伝授している真っ最中である。
「レシピ通りに水と牛乳を加えて作った生地に、荒く刻んだチョコレートを混ぜ込んで、ベーキングカップに流し込んだらレンジでチンすれば完成です」
 これなら、お料理が苦手な人でも大丈夫っ。と胸を張るレーゲン。
「ところで中尉さん、Innocence(ga8305)さんは?」とキョロキョロと厨房の中を見渡すレーゲン。
 付き合いだしたばかりの二人におめでとうを言いたくて参加したのだが、当の彼女がいない。
「何か準備があるそうで‥‥」
 照れくさそうに「この後、初めてのちゃんとしたデートなのだ」と言うアジドに、
「幸せなのは良いことです」と笑うレーゲン。
「僕もそう思います。‥‥レグさんも、デラードを宜しくお願いしますね」と笑顔を返すアジド。

 ***

「今回は宜しくお願いします‥‥流叶先生?」
「‥‥って、先生!? そんな大それた物ではないんだけど‥‥」
 戦闘用エプロンを着用したラナが悪戯っぽくウィンクをする。
「ぅ、ちょっとプレッシャーだなぁ‥‥」と頬を恥ずかしそうに赤らめながら苦笑をする流叶。
「順はチョコのスポンジを作って、ジャムを塗って、それをチョコレートでコーティングして、‥‥で、出来上がりかな」
 クリームを塗りたくるチョコレートケーキとは違い、フォンダン(糖衣)と呼ばれるチョコ糖衣を正しく作るのが一番難しいザッハトルテ。
 仕上げの最大ポイントは、綺麗に切りそろえた切断面と、それを飾る美しいチョコ糖衣をつくるのが難しい為に、スポンジケーキ中級者向けのケーキである。と言う流叶。
「因みに焼き菓子は、クッキー、シュークリーム、エクレア、マカロン、パイ、スポンジと段々難しくなる」
「う‥‥先生、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、その為に私がいるんだから」

「はい、流叶先生。質問です」
 ポソポソとラナが流叶の耳に近づけて内緒話をする。
「良いアイディアだが‥‥それはムリだな。ケーキの底敷きは成形の際、剥がすものだから」
「え‥‥ムリなの?」
「うん。それにスポンジケーキはカップケーキ等と違って容積が大きい分、底敷きは荒熱が取れたら外さないと生地が持っている水蒸気が、底敷きと生地の間に溜まってスポンジが台無しになるんだよ」
 がっくりするラナに、ジャムを挟む時に入れてみたらどうだ? と言う流叶。
「そうします‥‥」
 底敷きは良いアイデアだと思ったんですけど‥‥とラナはがっくりしながら頷いた。

 流叶の指示に従い、四苦八苦しながらスポンジの種を入れてオーブンに放り込んだラナ。
 予定では、綺麗に焼き上げる筈だったが──
「あれ? 膨らんでいない〜っ」
「ん? ケーキが膨らまない? ‥‥強力粉、入れたかな?」
「やっぱり失敗してしまったか‥‥」
 しゅんとするラナ。

 焼きあがったスポンジを切って断面図を見る流叶。
「やはり、オーブン内の温度ではなく間違って強力粉で作ったようだな‥‥」
 強力粉というのはグルテンが多い為に粘性が強く昔ながらのパンを作るのに代表される小麦粉である。ザッハトルテは、膨らむ必要が無いケーキではあるが、チョコが入る事でどうしても口当たりが重くなる。それに一般的にケーキというのは、薄力粉のみで作られている事が多い。勿論、好みで強力粉をブレンドしたりするレシピもあるが、正当なザッハトルテを作るのであれば小麦粉は薄力粉を使用するのが王道であった。

「初めて焼くスポンジが上手く焼ける方が、かなり難しい話だ。それが出来るくらいならパテシエなんて職業は存在しない。ヴェクサー殿がめげない限り、私は何度でも教えよう」
 やっぱり好きな人から美味しい、って言って貰えるのが、何よりも上達の近道だからね。と流叶がウィンクをする。
「うう‥‥先生〜っ。わたくしも頑張りますぅ」
「それに、最悪の場合、ホットケーキ粉でもスポンジは焼ける」
 流叶の言葉で顔を上げるラナ。
「え? そうなんですか?」
「さっきも言った様にケーキの材料は薄力粉だ。市販のホットケーキ粉は、メーカーによって粉乳や卵黄、バニラエッセンスが混ざっている事もあるが、基本的には何処のメーカーも薄力粉とベーキングパウダー、砂糖を混ぜ合わさったものなんだよ」
 クッキーやケーキ、ドーナッツの他、水で溶いてクレープ生地の代わりに使えたり、フリッターの衣として使えるのだ。
「アイデア次第では色々な物が作れて、誰が作っても美味しくホットケーキが作れる為にバーベキューで最近人気が上がっている」
「心強いです、先生」
 キラキラと流叶を見つめるラナ。

 そんなラナが試行錯誤の据えにチョコレートスポンジを焼き上げる。
「やったな、ヴェクサー殿」
「やりました、先生!」
 次は第二段階である。
「断面がガタガタになっても多少のごまかしは効くが、同じ高さに綺麗にスポンジを切るのは難しい。そこで登場するのは電話帳だ。なければバトルブックでも良い」
 同じ高さになるように本を重ねて、間にスポンジを回転するデコレーション台の上に置く。
 ナイフを滑らせて丁寧に切っていく。
「味見〜っ♪」
 斬りおとした端っ子をぱくりと食べるラナ。
「この時点でかなり美味しいです♪」
 切った断面に流叶特製アプリコットジャムを塗っていく。
「これはスポンジ自体がパサパサになるのを防ぐのと糖衣とスポンジのつなぎの役割をしているんだよ」と言う流叶。

「あ、ちょっと待ってください」
 糖衣の準備が出来たと言う流叶を止めるラナ。
 後ろを振り返り、緑が別の仕事を手伝っているのを確認する。
 素早く胸元からラミネートコートされたメッセージカードを取り出すとスポンジの中に押し込んだ。
 流叶とラナが、思わず顔を見合わせて笑う。

 流叶に教えられながら、チョコ糖衣をスポンジの上から静かに、だが糖衣が固まらないよう、一気に流していくラナ。
 ポタポタと網の下に落ちていくチョコを見て、
「なんだか、勿体無いですね」
「まあ、飽食した貴族たちのために作られた贅沢品としてのケーキだからね。勿体無いはしょうがない」
 艶やかに仕上がったザッハトルテの完成である。

 ***

「さて、私は続きだな」
 生チョコのベースになるグリグリと生クリームと蜂蜜が入った鍋を木ヘラでかき混ぜながら、流叶が、ザッハトルテを教える傍らで作ったガナッシュの山を見る。
 これをベースにチョコボンボンとトリフを作るのだ。
「私はお酒を飲めないから丁度いいか‥‥」
 大人にあげるのであれば体を温めるのに良いと聞いたウィスキーボンボンを作っても良かったのだが、プレゼント先は子供達である。
 型につけたチョコレートが固まるまで更にガナッシュを作るか? それともトリフの仕上げをし始めようか? そう悩む流叶だった。

 ***

 次に作るのは、ミルクキャンディーである。
 が、先に傭兵達を待ち受けていたのは大量の包み紙作りである。
「意外と手間が掛かるんでな、体力があるうちにある程度作っておいたほうが良いだろう」
「一体、何個作るんですか?」
「判らん」ときっぱり言い切るBLADE。
 判らないこそ、途中で足りなくなったと大慌てするよりも先にある程度ストックしているほうが良いという。
 ひたすら鋏を握り、8cm角にラップを切っていく。
「手が痛い〜。手に握りマメが出来る〜」
「ガマンだ。子供達の笑顔を想像して頑張るんだ!」
 包み紙の山がある程度出来た所でいよいよ製作開始である。

 デカイ寸胴鍋で温められた牛乳に蜂蜜を放り込むBLADE。
「ここで、もし違う味。例えばココアミルクにする場合は、ここでココアを入れるんだ」
 クツクツと小さな気泡が立ってくると甘い香りが厨房に立ち込める。
「ここからが勝負。凡そ30分間。砂糖が煮詰まるまで、そこが焦げ付かないように、ひたすらかき混ぜる」と説明するBLADE。

 液体が煮詰まるまで、ひたすら寸胴とガチ格闘である。
「BLADEさんて、お菓子って好きなんですか?」
「そうだな。基本はポテトチップス。だが、草大福も好きだぞ」
「へぇ〜、最近流行のスイーツ男子なんですね♪」
「あと動物の形をして英語がプリントされているバター味のビスケットも好きだ」
 意外だと言う視線がBLADEに集まる。
「わかっている、子供向けのお菓子でも素直に美味い物なんだよ」
「えー? 良いじゃないですか、あれ美味しいですよね。牛乳と一緒だと幸せ感が倍増します」
「他には‥‥どんなものが好きなんですか?」
「チョコレートは冬になるとよく食べている。クッキーも好きだが食べ過ぎて1時間半もトイレに入っていた経験がある」
「それは食べすぎですよ〜」
「一体、どんな量食べたんですか?」
 明るい笑い声が上がる。

 立ち上がってくるのは殺人的ともいえる濃厚なミルクの香りである。
「う”‥‥ゲップが止まらない‥‥」
 ボコボコとした大きな泡が上がってくるが、目安になる温度は125度である。
 まだまだ、だ。とひたすら木ヘラを動かすBLADE。
 熱いのみならず、煮詰まればサラサラとした質感から、木ヘラにずっしりとした重さが段々と加わってくる。ある意味、男らしい体力勝負な菓子かもしれない。
「バットの用意!」
 薄くサラダ油を塗ったバットに一気に煮飴を流し込む。
 大きな気泡を食べた時に、口の中で破片が刺さるからと、楊枝で丁寧に潰していく。
「これである程度冷めるまで待ったらバットから取り出して適当な大きさに切って、食べやすいように丸めればキャンディーの完成だ」
 ポイントは完全に固まる前に丸める事だ、と言う。
「それはまた熱そうだな」
「まあな。実を言うと金平糖作りたかったんだよね。でも金平糖って作るのに1週間掛かるとは思わなかった。ハハハ‥‥」
「あれも『かなり』体力勝負ですよ」
 呆れる一同であった。

 ***

 手の空いた時間は、アジドの作ったドーナッツとボンボンを片手にお茶の時間である。
「あの短時間で作ったんですか?」
「ボンボンは砂糖の再結晶化現象を利用するので半日から1日掛かりますが、初心者にでも簡単に出来るお菓子ですよ」
「へ〜っ」
 モグモグと食べながら、拓那がテーブルで何かを書いてる。
「何してるんですか?」
「あ、いや‥‥っ、なんでも」
「石動さんへのラブレターですか?」
「そんなんじゃなくって」
 ラブレターを書くなら家で書いてくる、という拓那。
「これは、応援メッセージだよ」
 子供達へのお菓子に励ましのメッセージがつけられたらいいな、って思ってと白状する。
「あ、それ。良いアイデア」
「私も参加です」
 休憩時間を返上して、メッセージを書くメンバー達。

(北京周辺はあまり安定していない。このプレゼントが無事に届くといいが‥‥)
 とBLADEがふと隣を見ると
 何を書いたらいいのか、迷っているのか? カードを見つめたままの幸乃がいた。
「思いついた言葉を書けば良いんですよ」
「‥‥北京。別に私には所縁も無いけれど、彼女にとっては‥‥‥彼女の代わりにひとつ協力を‥‥ただの私の勝手ですけど、ね‥‥」
 幸乃は、緑の髪をした。今は軍に収監されている友人を思い出して言った。
「そういう事は気にしたらきりが無いですよ」
 それを言ったら、僕なんかは、もっと貴女より北京とのつながりは希薄です。とアジド。
「今回のお菓子作りも自己満足といわれても仕方がない行為かもしれませんが、1人の人が出来る事と、国や政府が出来る事というのは、それぞれできる異なります。だからこそ、こういう小さい事が大事だと思いますよ」
「そうね‥‥形だけの支援なんて実際何もならない‥‥けれど、個人の行動の意味を決めるのは社会じゃない‥‥意味はその人にとってのもの‥‥」
 繊細によりスラムで育った幸乃にとって国や社会は優しいものではなかった。
 だが、それでも手を差し伸べてくれ人の優しさは知っていた。
「ちっぽけで何もならない‥‥そんなの当然‥‥だって、人はちっぽけなんだから‥‥」

 メッセージを書きながら、ふと、
(‥‥軍の下の方達や‥‥彼女にも、届くのかな‥‥)
 ペッパーが、甘いものが好きだったかどうかの記憶は無い。
(‥‥まあ、難しいでしょうね‥‥)
 実際、何処に送ったら良いかも判らないのだ。
 希望的な考えに自嘲する幸乃だった。

 ***

「中身は同じだから、味は大丈夫だろうけど‥‥。この形で果たして、送った先の人達食べてくれるかなー?」
 延ばしたクッキー生地は好きな形に出来ると聞いた拓那は、ぺティナイフを片手に生地を猫の形や飛行機の形に切り抜こうとチャレンジしているが、ゆっくり作業をしていると室温で生地がすぐにグニャグニャになってしまう。
 一方の小夜子は、型で鮮やかに円を抜いていく。
 一瞬、諦めてみようかとも思ったが、袋を明けた時、変わった形が入っていたら皆で見せ合いっこや比べっこが出来て楽しいはずだ。と気合を入れなおす。
「そう言うときは、クッキーに顔を描いちゃうんですよ」
 最近、アイシングを使ったデコクッキーとか流行っているのでやってみたらどうだ? とアジドが言う。
「アイシング? デコ‥‥?」
「聞いた事あります。チョコペンやアイシング‥‥卵白に粉砂糖を混ぜたものに食紅とかで色々な色をつけたもので、クッキーやケーキに絵を描くんですよね」
「それならたしかに余った材料で出来るな」
「詳しいですね、中尉」
「インド人にとって甘いお菓子は娯楽ですから」

 荒熱を捕る為、網の上に並んだクッキーの大軍を見て、「壮観だ」と思う拓那。
 オーブンから出たばかりのクッキーをそのまま紙袋に入れようとしたのを、
 出来たての菓子は荒熱をとらないでラッピングした場合、袋の中に水蒸気が篭ってしまう、と止められたのであった。
 言われて見れば確かに、焼きたてのパンを買った時などは、保存用にビニール袋が紙袋の端が開いていたりする。
 1つ1つ、クッキーの表面を触って、熱が感じられないのを確認すると用意された紙袋に数を数えながら丁寧に入れていく。
 真剣にクッキーを詰めている拓那の背中を確認したレーゲンが小夜子にサインを送る。
 頷いた小夜子が懐から取り出したのはハートの型である。
 ぱぱぱ‥‥とあっという間に生地をハートに抜いていくと、
 ささっとクッキングシートの上に並べるとオーブンの中に放り込んだ。
「次、ある〜?」
「まだ、次のは焼きあがらないんですが‥‥」
 見られただろうか? と背にオーブンを隠しながらフルフルと頭を振る小夜子。

「じゃあ、俺のを手伝ってくれないか?」と緑。
 どうやらこちらも彼女であるラナにあげるチョコレートクッキーを作っている最中であった。
「‥‥大変だな」
「まあ、彼女も俺の為に作っていますからね」
 お返しです、と緑は笑った。



●甘い休日に添えて
 それぞれが、思いを込めて子供達の為に作ったお菓子は大きなダンボール3つとなった。
 送り場所は適当な養護施設を選んで、配送して貰うに手配します、とアジドが言った。
「んじゃ、自分はこれで。ちょっと図書館で調べたいことがあるんでな」
 BLADEが、手を上げる。
 ボランティアの時間はお終いである。
 今、BLADEの頭の中を占めるのは、次の大規模作戦「北極圏制圧作戦」のことである。
「無事、菓子が子供達の届くのを願っているよ」
 そう言って厨房を後にした。

「デュノフガリオさんは如何するの?」
「ん‥‥。私か‥もう彼の為にチョコは家に用意して有るんだ。だから、どうするか‥‥」
 持って帰っても言いと言われた菓子を見つめながら思案をする。
(と、取り合えず渡す時のシュミレート‥‥とかか?)
 ふと、改まって渡した時、照れて思いを伝えられないかもしれない。と思い至って顔がほんのりと赤くなる。
(うん、悪くないかも‥‥恋愛映画とかならそういうのあるかも‥‥?)
「時間も早いし、映画とか見て帰ろうかな‥‥」
 ソワソワとし乍ら、帰って行った。

 ***

「この後用事がなければ二人で少しお出かけしませんか?」
 残りの時間、二人でゆっくり過ごしたい小夜子が思い切って拓那を誘う。
「公園でゆっくり‥‥というのも良いですけれど、拓那さんが希望される様でしたら、そちらにご一緒‥‥」
「小夜ちゃんの行きたい所があれば、そこに行こうか? 特になかったら映画に‥‥」
 二人で、顔を見合わせて、噴出す。
「じゃあ、公園でゆっくりしようか」
 確か公園には移動遊園地が来ていたはずだ。それに一緒に乗るのも楽しいだろう。
「手を繋いで良いですか?」
「うん」
 手を繋ぎながらゆっくり公園を歩く拓那と小夜子。
「ふふ‥‥」
「何?」
「手が暖かいなぁって‥‥」
(少しでも、拓那さんの、ぬくもり感じたい。少しでも、近くに居たい、ですから‥‥)
 そんな小夜子の気持ちが伝わったのだろう。
「でも、もっとこうしたらきっと暖かいよ」
 小夜子の手を取り、腕を組む拓那。
 中国で人類は大勝したが、次の大規模作戦も控えている。
 まだだま厳しい時代は続く。

 何に乗るでもなくゆっくりと露店や遊ぶ人々を見ながら歩く二人。
「疲れない?」
 ベンチを見つけて、座る。
「さっき、お茶を淹れておきました‥‥」
 ポットから暖かいお茶を注ぎ、拓那に手渡す小夜子。
「拓那さんにバレンタインと‥‥少し早めですけれど、お誕生日、おめでとうございます。
 お口に合えば良いのですけれど‥‥」
 照れくさそうに小さな包みを手渡す小夜子。
「さっき、一緒に作ったので申し訳ないのですが‥‥」
 綺麗に並べられたハートのクッキー。
 1つだけ、綺麗に白い縁取りの中に赤いアイシングで飾られていた。
「何であれ小夜子ちゃんが作ってくれたものならね。
 嬉しいなんて一言じゃ収まんない位嬉しい。ありがと♪」
 そういって小夜子を優しく抱きしめる拓那。
「拓那さんの作ったお菓子も、少し頂けるでしょうか‥‥?」
「あ、持ってきたの。バレてた?」
 ごそごそとジャケットの中からクッキー入ったパッケージを取り出す拓那。
「味、どう? って味は同じか」
「拓那さんの気持ちが伝わってきて、とっても美味しいです」
 いびつな猫クッキーを嬉しそうに齧る小夜子を見て、嬉しそうに笑う拓那。
「これからもずっと、拓那さんと一緒に居られると‥‥嬉しいです」
「うん、ずっと一緒にいられるよ。きっと」
 そう言うと、もう一度、今度は少し強く小夜子を抱きしめる拓那であった。

 ***

「‥‥はふぅ。あ、いけませんわ、わたくしったら‥」
 交差点で信号が変わる僅かな時間、思わず出たあくびを「誰かに見られなかったか?」と、キョロキョロと周囲を見回すのは、Innocenceである。
 アジドとの初デートにドキドキと、興奮のあまりよく眠れず、つい朝早い時間から一緒に食べるお弁当を作っていた。
「アジドお兄様が喜んでくださいますかしら‥‥」
 パタパタと待ち合わせの場所、公園の時計台へと走っていく。

 時間には少々早かったが、アジドはそこで待っていた。
「あっ! アジドお兄様っ!」
 大きなバスケットを抱え、嬉しそうに走っていくInnocence。
 何かに足をとられて転びそうになったInnocenceをアジドの腕が抱きかかえる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます‥‥あの、一緒に食べようとお弁当をご用意しましたの♪」
「‥‥二人分にしては、ちょっと多い気がしますよ」
「つい、多く作りすぎてしまいましたの‥」
 照れくさそうに笑うInnocenceだったが、今日はデートだったと思い出し、顔を真っ赤染めて顔を伏せてしまう。
 モジモジとし乍ら、
「あ、あの‥子供っぽいって‥呆れてしまいました‥‥?」
「いいえ?」
「あ、あの‥‥ふつつかものですけれどお願いいたしますの‥‥」
 ぺこり、と頭を下げるInnocenceに、
(ふつつかもの‥‥)
 ふと、年末着ていたインド式のドレスを思い出し、(フォーマルと着られるドレスだが、同時に花嫁衣裳として着られる事も多い)花嫁姿を想像してしまったアジドが赤くなる。
「いいえ、こちらこそ‥‥」
 ぺこりと頭を下げる。

「やーれやれ、アテられちゃうね。あの仲良しさんっぷりは。
 ま、悪くないよな。みんなで幸せのおすそ分けって感じでさ?」
 アジドとInnocenceの様子を見て、通りかかった拓那が苦笑する。
「ふふっ、見ちゃいました〜♪」
 笑い声に顔を上げると、幸乃を伴ったレーゲンが満面の笑みで立っていた。
「あ、あの‥‥これはっ」と焦るInnocenceに、
「『これ』は、なんでしょう?」とにっこり笑うレーゲン。
「お、お兄様と。あの、その‥‥デートですの‥」
 顔を真っ赤にしてレーゲンに話す。
「はい、よく言えました♪」
 自分自身の恋を遠回りをしていたレーゲンとしては、単に恋人の友人というだけではなく目の前の不器用な恋を応援したかった。
「おめでとうございます。お幸せに‥‥!」
「はい、ありがとうございます」
 両手を握り、ブンブンと振るレーゲンに恥ずかしそうにはにかむInnocence。
「アジドお兄様と一緒お弁当を食べるのですが、レーゲン様達もご一緒しませんか?」
 色恋ごとに鈍感といわれるレーゲンだが、それなりに空気は読む。

「あー‥‥えーっと、この後、幸乃さんと用事が‥‥」
 と丁寧に断る。
(はぴはぴ‥‥うふふ)
 楽しそうにInnocenceとアジドの後姿を眺めているレーゲンの横顔を見つめる幸乃。
「なんですか?」
「レグさんも、幸せそうだなって‥‥」
 そう幸乃に言われて、照れくさそうに、そして嬉しそうに微笑むレーゲンだった。

 ***

 ズウィークとの公園での待ち合わせまでには少し時間があると、愛機達に逢いに格納庫にやって来たレーゲン。
「Reichardt、Wilfried、Siegmund‥‥himmelwarts。皆、寂しくなかった?」
 愛しげに1機ずつ、名前を呼びながら機体を撫でていく。
「レーゲンさん、あれ? 今日はデートじゃ無かったでしたっけ?」
 若い整備工が声をかける。
「‥‥まあ、殆どの日課のようなものですから、逢いに来ないと落ち着かなくって」
「幾ら命を預ける大事なモノだって言っても若い女の子が彼氏より大事にしちゃまずくないですか?」
「愛しさでいけば軍曹さんと同じくらい‥‥もしかしたら、それ以上かも」
 デートなのを忘れて、すりすりと愛機を頬刷りするレーゲン。
「不幸だね。デラード軍曹も」
 ゲラゲラと格納庫に笑い声が上がる。

 顔についたワックスを落とそうとバックからハンカチを取り出そうとしたレーゲンは、もう一つの目的を思い出した。
「いつもお世話になっているお礼です」
 作ってきたカップケーキを配って歩くレーゲンだった。

 ***

「‥‥ふぅ‥‥」
 兵舎の自室に戻ってきた幸乃は、ジャケットも脱がず、留守番をしているルームメイト。
 茶毛のネザーランドドワーフの『ノエル』に「ただいま」と挨拶をする。
「‥‥ご飯にしようね‥‥あ、そうだ‥‥お菓子作りで出たリンゴの皮、もらってきたよ‥‥」
 鼻をフンフンとさせ、臭いを嗅ぐノエル。
「‥‥あぁ、でもまだダーメ‥‥干して水分とってからじゃないと、おなか壊しちゃうから、ね」
 幸乃の言葉を理解したのか、トントンと足を慣らす。
「‥‥ほら、そんなに怒らないで‥‥ちゃんとご飯、買ってきたからね‥‥」
 新しい牧草と水に交換し、買って来たラディッシュを餌箱に入れる。
「‥‥これからはもう少し、君と一緒の時間、増やしたいね‥‥ゆっくり‥‥」
 作ったカップケーキを齧る幸乃だった。

 ***

 折角だから海の見える丘で食事をしよう、と言うアジドが、Innocenceからバスケットを受け取る。いつものようにジャケットの裾を掴んだInncenceが後ろからちょこちょこと着いていく。
「あの、アジドお兄様‥‥」
「なんですか?」
「今まで通り‥‥お兄様と呼びしたらいけませんですかしら‥‥」
 真剣な顔をして言うInnocence。
「いいですよ。Innocenceさんが呼びやすいように呼んでいただければ」
 と微笑むアジド。

 定番の位置から揺れる手とアジドの顔を見比べるInnocence。
(はぅぅ‥‥手を握ったら気絶しそうです。‥‥でもっ)
 Innocenceは真っ赤な顔をして、ジャケットの袖を摘む。
「どうしました?」
 袖を摘んだまま、口を真一文字に結んだまま、アジドの顔を見つめてフルフルと震えているInnocence。
「あ、あの‥‥駄目ですの‥?」
 黙っているアジドに不安を覚えたInnocenceがおずおずと尋ねる。
「いいえ。半袖を着たら手を繋いでくれるのかなぁ? と悪い事を考えていました」
 赤い顔を更に真っ赤にするInnocence。

 芝の上にシートを敷き、並んで座るInnocenceとアジド。
 目の前にはInncenceの作ったサンドウィッチに豆のパイ、グリーンサラダにフルーツ、ドリンクは口の中がすっきりとするハーブティである。
 デザートはInnocence特製のチョコである。
 ボックスの中には、二分のチョコレートケーキが並び、小さなハートチョコレートが添えられている。
「‥‥‥ハッピーバレンタインですの♪」
「とても美味しそうですね。先にデザートから食べちゃ駄目ですか?」
「駄目です♪」

「アジドお兄様、あ〜ん♪」
「あ〜ん」
 Innocenceの差し出すサンドウィッチをパクっと1口食べるアジド。
「サンドウィッチも美味しいです。一段と腕を上げましたね」
「本当ですか♪」
 嬉しそうに笑ったInnocenceがパクっとアジドの齧ったサンドウィッチを齧る。
「あ‥‥」
 アジドと間接キスになった気がついたInnocenceが真っ赤になる。
「? 口にマヨネーズがついていますよ?」
「え? 本当ですの?」
 口の周りを両手でこしこしと擦るInnocenceの手をアジドが握る。
 近付いてくる顔に、パニック寸前のInnocence。
「ここですよ」
 しなやかな指がInnocenceの唇をなぞってマヨネーズを拭い取ると、そのままパクリと指をしゃぶるアジド。
「‥‥ふしゅ〜ぅう」
「あっ! Innocenceさん、しっかりしてくださいっ!!」
 恥ずかしさにひっくり返るInnocenceだった。

 兵舎の前まで送ってきたアジドの頬に名残惜しそうに頬にキスをするInnocence。
「ありがとうございます。僕からもプレゼントがあるんですよ」
 小さなプレゼントボックスを渡すアジド。
 開けてみると音符を象ったペンダントが入っていた。
「インドでもヨーロッパと同様に宝石が厄(アパラ)を退けるといいますので‥‥いつでも僕の代わりに貴女を守ってくれるように」
 2月一杯を持ってUPC軍を辞めてインドに戻ると言うアジドに泣きそうな顔をするInnocence。
「‥‥今まで本気で守りたいものがなかった僕にとってバグアとの戦争は、ウォーゲームとそう変わりませんでしたが、貴女と出会って僕は貴女を守りたいと思いました。だから僕が出来る事をする事にしたんです。

 必ず、戻ります─その時は、本当のキスをしましょうね♪─」
 そうアジドは笑った。

 ***

「お待たせ〜緑君♪」
 待ち合わせ時間に少々遅れて緑の元にやってきたラナ。
「私のメイド姿‥‥どうですか、緑君?」
「驚きました、ラナがメイド服を着ると思っていなかったので‥‥す、すごく可愛いです。似合っています」とちょっと照れながら言う緑。
 ケーキ製作でベタベタになったエプロンをクリーニングに出していたら遅くなってしまったのだ、と緑に謝る。
「お詫びに今日はバレンタイン・ディですので‥‥私が、奉仕させて‥頂きます、ね。緑君」
 普段、自分が執事姿でいる為、自分が普通の服で、ラナがメイド服という逆の立場は初めてである。
「なんか新鮮でいいですね、それじゃあ今日はお言葉に甘えようかな」
「はい、ご主人様‥‥なんなりとお申し付けください、ね♪」
「喉、乾いたので紅茶とか飲みたいですね」
「この格好で‥‥レストランですか?」
「うん♪」
 流石にレストランにメイドのコスプレのまま入るのは、バグアと戦うのとは異なる勇気がいる。
「恥ずかしいですけど‥‥緑君の為ならっ‥‥ご一緒します、ご主人様」

 レストラン中の視線を一身に受けたラナ。
 緑の後に従い、赤い顔のままヨロヨロとレストランを後にする。
「次は‥どちらに行かれますか? ご主人様」
「う〜ん、じゃあ今度はラナもゆっくり出来るように公園にでも行こうか?」

 夕方の公園は、少し風が出てきたのもあって人影もまばらであった。
「今日は、お疲れ様」
 緑がそう言ってラナに小さな包みを2つ渡す。
「クッキーと‥‥これは、プレゼント‥‥?」
 緑に促されて包みを開けると【OR】アメジストイヤリングが入っていた。
「ラナに似合いそうなのを選んでみました、その‥‥どうでしょうか?」
「可愛い‥‥嬉しいです‥‥緑君、似合いますか?」
 その場でイヤリングを着けるラナ、耳たぶで小さなハートが揺れる。
「よく似合っていますよ」 
 緑の言葉に嬉しそうに笑うラナ。

「わたくしからも‥‥緑君の為に一生懸命作ったケーキです。一緒に食べて‥‥くれますか?」
 小さくつけた目印にあわせてナイフを入れるラナ。
「ん、甘くて美味しいです、料理頑張ったんですね」と微笑みながら感想を言う緑。
(緑君、手紙に気がついてくれる‥‥かな?)
 ドキドキしながら緑がザッハトルテを食べる様子を見つめるラナ。
「あれ?」
 フォークに固い感触を感じた緑が、ケーキを崩すとメッセージカードが出てきた。
 ニコニコと笑うラナに促されて緑がメッセージカードを開く。


『緑君へ

 いつも一緒に居てくれてありがとうございます。
 今年の初め、私が死に掛けた時‥‥貴方はつきっきりで看病してくれた。
 本当に嬉しくて、申し訳なくて‥‥

 この先どんな事があっても‥‥貴方が好きなのは変わらない。
 これだけは絶対です。
 それだけでも信じてくれると‥‥私は幸せです。

                     ラナ・ヴェクサー      』

「‥‥俺もあなたのことが大好きです、それはこれから先何があっても変わりません」
 ぎゅっとラナを抱きしめる緑。
 それに答えるようにラナも緑を抱きしめる。

 自然と求め合ったのだろう、緑とラナの顔が、唇が静かに近付いていった。
 優しいキスをする二人。
 夕陽の中に繋がった二人の影が長く伸びていった──