●リプレイ本文
●了度過他們的假期
(今日は何だか‥‥騒がしい一日になりそうですね‥‥)
エントランスに設置された巨大なガラスにも見える水晶の一枚板を丁寧に磨いていたハミル・ジャウザール(
gb4773)が窓を見上げる。
カーン──半刻を知らせる柱時計の鐘に、時刻が9時半に達したのを知る。
(そろそろお茶の時間ですね‥‥)
留守が多い主人ジャッキー・ウォン(gz0385)の為、好きな時間に掃除が出来て気楽である。
たまに帰ってきても仕事の合間中、地下の部屋に篭っている事が多いご主人である。
時々広い城で話し相手が居ない事が寂しいと思う事があるハミルだが、今は本星からの来たと言う客が1名、長く逗留していた。
その為か、主人もいつもより長く城に居て、ハミルにお茶が欲しい等、あれやこれやと言ってきていた。
(ご主人と‥お客人と‥‥良し、抜けていないですね)
今日のお茶は、暗く重い雲が垂れ込めているので、スモーキーな香りと深い味わいがあるルフナをテーマに選んでみた。スコーンにストロベリージャム、ミックスベリー、濃厚なバター、カットフルーツを用意してトレイにセットする。
ふと誰かの視線に気がついたハミル。
「あ、こんにちは‥‥です‥‥」
入り口に立つUNKNOWN(
ga4276)がハミルに向かって優しく微笑む。
「少し早いが‥‥いいかね?」
(えっと‥‥あ、年越しパーティに参加されるお客人です)
「はい、いらっしゃいませ‥‥」
UNKNOWNの唾広の兎皮帽子とロイヤルブラックのフロックコートを預かる。
「僕はこのお城の使用人で‥‥ハミル、と言います‥‥宜しくお願いしますね‥」
ぺこりと頭を下げるハミル。
「ウォンは外出中かな?」
「はい。‥‥でもパーティのお時間までには戻られます」
パーティの開催時間まで、城のご案内を担当させてもらう、と言うハミル。
暗く長い一本の廊下を、客人に主の集めた絵を鑑賞してもらおうと言うかのようにゆっくりと歩く。
「こちらが‥‥居間になります‥‥プライベートなお客様は‥‥こちらで接待をいたしますので‥‥」
「そっちの扉は何かな?」
「‥公式のお客様はそちらですね‥‥」
重厚な扉に複雑な彫刻がされている扉に興味を持ったUNKNOWNの手を、
「今日はそちらは‥‥使っておりませんが‥」
ドアに伸びる手を遮るようにするりとドアの前に滑り込みにっこりと笑うハミル。
「それは失礼したね」
いいえ、と言うとハミルは居間にUNKNOWNを案内するとペコリとお辞儀をした。
「では‥‥お時間までゆっくりおくつろぎください‥」
●風暴的跡象
それは、いつものように唐突で、いつものように避け難い、突然の嵐のように到来する。
「──と、まあ、地球には歓迎会という新しく仲間になったものと親睦を深める為の催しがありましてね。丁度、新年も近いので『年越しパーティ』を設けようと思うんですが、勿論、ドレアドル君は参加しますよね♪」
楽しげに話すウォンとは対照的にヒクヒクと褐色の頬を引きつらせるのは、ドレアドル(gz0391)。
バグア軍アジア・オセアニア副総司令官という肩書きと共にウォンの監視について数ヶ月──いまだ、ウォンの行動パターンが読めなかった。
ドレアドルも、他者とのつながりが希薄で仲間意識というのものがお殆どないとされているバグア人にしては珍しく、己の部下の労を労い、祝杯を交わしたこともある。──が、相手がウォンとなれば仲良くする道理はない。
行かない、とドレアドルが言おうとした瞬間、
「まさか地球人の攻撃を恐れて『参加しない』とか言いませんよね?──いやいや、貴方は栄えあるゼオン・ジハイド。そんな臆病者ではありませんでしたね」
やれやれと首を振ってみせるウォン。
挑発に乗るまいと思っていたドレアドルであったが『臆病者』と呼ばれて、我慢の限界が来た。
「俺は断じて臆病者ではないですぞ‥‥」
「じゃあ、参加という事でよろしいですね?」
「おおよ!」と力強く頷くドレアドル。
では──というと画面に地図が表示される。
「なんだ、これは‥‥?」
「見たとおり、餃子を作る工場の位置ですよ。ドレアドル君は中国はあまり詳しくないですので」
親睦会なのだからドレアドルも何か用意した方が、同席予定の他基地司令の反感も買いにくいだろう、と言う。
「他の、司令ら‥‥」
民族によって煙草や茶、酒といったものを回し飲みしたりすることによって和解や親交が深まった印とする風習が地球上には多く存在するが、餃子というのは中国ではとても親しみがある食べ物である。特に大晦日から元旦に掛け、餃子食し、親睦を深める事に意味がある、と言うウォン。
「その重要な『餃子』を、ドレアド君には用意していただきます」
「重要とあらば‥‥‥仕方ありませんな」
「では、よろしく頼みましたよ」
ヒラヒラと手を振りながら通信を切ったウォンが、後ろに控える錦織・長郎(
ga8268)を振り返る。
「これでいいかな?」
「はい──」
にっこりと微笑む長郎。
「時に錦織君、こっちのおもてなし用の魚はバッチリなんだろうね?」
「お任せください。研究所の博士達が200mの超巨大キメラ鯛の生育に成功したとの報告が入っております」
「それは凄い。ビックフィッシュ級は新記録だね♪」
「はっ。そのめでたい鯛故に、ウォン総司令に是非吊り上げていただきたいと道具一式が届いております」
指し示す長郎の先には、紅白のリボンで飾られた生き餌=EQ、浮き=マンタワーム。そして竿=マスドライバーのレーンが控えている。
「では、久しぶりに釣りでもしてきますかね? 錦織君、留守の間、おもてなしの準備を頼むよ」
「はっ。恙無く‥‥」
深く頭を垂れる長郎、ニヤリと闇笑みを零す。
時間は数日前に遡る──
「サプライズ餃子パーティですか?」
「そう。恐らく、ドレアドル君は嫌がって不参加したいと考えるだろうけどね♪」
「まあ、そうでしょうね。普通は」
きっぱり本日の担当文官に言われて大笑いをするウォン。
「では、君に質問だよ。どうやればドレアドル君が当日土壇場でキャンセルせず、きちんとパーティに出席すると思うかね?」
「彼の部下を何か理由をつけて遠ざけ、ドレアドル副総司令を一人にする必要があるかと思います」
同時に心理面に働きかけ、更に断り難い状況に追い込む必要があるだろう、という文官。
ドレアドルの事である面目を保つ為、餃子を用意するところまでは自分で行うだろうが、城に届けるのは部下にさせる可能性が高い。だが、アテにしていた部下らが居なかったらどうであろう?
長郎の答えに満足そうに微笑むウォン、
「──確か‥‥君の名前は、錦織君だったね? 錦織君、その計画書を早急に提出したまえ」
ウォンの眼に留まればバグア人だろうと人間だろうと公平に高い地位を与えられる。
もうすぐ手を伸ばせば届く場所までになった副官の座を、本星の都合で苦労なく手に入れたドレアドルは、間違いなく出世を阻む、目の上の瘤であった──その瘤を、今回の餃子パーティーは、排除するにうってつけである。
だが、一兵の、それも文官である長郎がドレアドルに勝つ可能性は皆無であるが、それは真っ向勝負をした時である。
自らソルで居城に届けるしかない状況下で通過点の砂漠にUPCの大軍が待ち受けていたらどうだろうか?
(蛇穴に蛇は1匹とは限らないのだよ‥‥向こうがゼオン・ジハイドであろうがね)
周囲に人が居ない事を確認すると、早速、通信回線を開いた。
通信相手は、時々相談に乗っているドレアドルの副官である。
「お久しぶりですね。先日の撤退ではドレアドル軍にも大きく被害が出たそうですが──」
と無難な会話から始まり、年末から新年の過ごし方へと話を摩り替えていく。
「人類というものは、不思議なもので正月は戦争中でも暗黙の停戦状態が存在して戦闘を回避したがるのですよ」
大規模作戦の傷跡を、リフレッシュの為、本星に帰ってみてはどうだろうか? と言葉巧みに勧める長郎だった。
長郎の言葉に乗った副官らは、揃ってドレアドルに休暇届を出すだろう。
「さて、後は──」
ドレアドル、点心工場を襲う可能性高し──という一報が程なくUPCに届いたのであった。
●形状、没有形成
──ハミルはキョロキョロと周囲を確認すると「本日は使われていない」はずの応接室のドアをノックする。
「失礼します‥‥お茶をお持ちしました‥」
重い二重扉をガチャリと鍵を開けて一礼する。
「あ、ナイスタイミング。丁度喉が渇いて呼び鈴を押そうかと思っていたところだよ」
そう言って書類の束から顔を上げたのは本星の、中央行政管理局から派遣された査察官 ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)である。
ドレアドルとは異なり、中央政府から城主であるウォンの生活振りや統治状態をチェックする為に派遣された役人である。
地球風に言えば、ウォン支社に「脱税の疑いあり!」と本社の査察が入ったのと変わらない。
ユーリからみればこの城は敵地であるが、ハミルの至れり尽くせりの、
小腹空いたと思えば茶が添えられた菓子が、
西陽が激しいと思えば、さっとカーテンが引かれる。
眠るベットは硬すぎない程度の糊が利いたシーツ、お日様の香りをたっぷり吸ったふかふかの布団。
食事もユーリの食べたことのない様々な国の料理が次々と出され、
1日の疲れの取る風呂はゆったりと手足が伸び、月見が楽しめる露天風呂というどこぞのリゾートホテルですか? 状況に城に到着して僅か1週間というのに、早くも査察に来た、という立場を忘れそうである。
「今日のお茶は‥‥ルフナをメインテーマにブレンドしてみました‥」
スコーンはプレーンとコーン入りの2種類を用意した、と言う。
「スコーン‥‥」
たり──っと無意識の内に零れ落ちそうになるヨダレを、慌てて口元に手を押さえ、
「ゴホン──ありがとうございます」
(いけない、いけない‥‥流されてどうする、俺)
心の中でポカポカと己の頭を殴るユーリ。
ハミルの持ってくるお茶と手作りのお茶菓子は、どれも絶品である。
なるべく平静を装い、素知らぬ顔で書類をテーブルの端に寄せ、ティーセットが置かれているソファーとテーブルにやってくるユーリ。
温められたカップに注がれる赤い紅茶をうっとりと見つめる。
ユーリのティータイム中、影のように側に控えていたハミルがチラリと腰に下げた金の懐中時計を見る──
(さて、次は‥‥地下室のご主人のペットたちに‥‥ご飯をあげる時間ですね‥‥)
「この後、用事があるの?」
「あ、失礼しました。はい‥‥ご主人のペットに餌をあげようかと‥‥」
ペットは餌の時間が少しでも遅れると、とても暴れるのだ、と説明するハミル。
「ペット?」
たしか仕分け項目にペットに関する記述がなかったはずだ、と思い出すユーリ。
「一緒に行っても良いかな?」
「構いませんが‥‥あ、先に一つ注意しておきます‥‥」
「注意?」
「何があっても‥視線を合わせてはいけませんよ‥‥‥後ろから足音がしても‥振り返ってはいけません‥‥でないと‥命の保障は出来ません‥‥」
(目を合わせていけない。振り返っていけない──って、一体何?)
ハミルの説明に、ウォンは一体どんなペットを狩っているのだろう? と不安になるユーリ。
「‥‥良いですね‥‥視線は逸らして下さいね‥‥?」
にっこりと笑うハミルであった。
***
隠しボタンを押し、地下へと続く通路を開くハミル。
好奇心が勝ったユーリが、燭台を片手にその後へと続く。
自動的に点灯した灯りは、地下の動物達を驚かせぬ為に薄暗い──
いくつかの扉を、厳重に鍵をかけられた扉を開けて、真っ暗な階段を、階下へと降りていく──段々と獣の臭いが強くユーリの鼻につく様になっていく。
階段が終り、やっと平坦は床が現れた。
鉄格子の鍵を開けると、再び薄暗い廊下が続く──
人の悲鳴にも似た、耳を突く獣の叫びが、いくつもの、鉄格子の扉の先から響いてくる。
長い通路の行き止まりに、人の腕ほどの太さの鉄格子が嵌まった大ききな檻の前に到着した。
檻の、深い闇の奥に怪しげな赤い光が、じっとハミルとユーリを見つめていた。
「‥‥視線、合わせちゃダメですよ‥‥?」
ハミルは静かに檻の鍵を外すと、入り口から少し入った所に肉の乗った銀の大皿を置く。
1つ、2つ‥‥と段々、赤い光が増えていく──床を見つめたまま、檻の外へと出ると、
「お待たせしました‥さあ戻りましょう‥‥振り返らずに‥‥」
静かに檻の鍵を閉める。
ガシャーン!──床に置いた皿が何かにぶつかった音がした。
ギャアアアアアアーーーーァ!
オオオオオオオオオォォォォーーーーーー!!
ヒィヤアアアアッ!
グォ! ガ、グォゥ!──激しく獣同士が争う叫び声と暴れる音が薄暗い廊下を埋めつくした。
地上に戻ってきたユーリが深く息を吸った。
「あれは‥‥一体、なんだ?」
「ご主人の、ペットのキメラですよ‥‥」
にっこりと笑うハミル。
その穏やかな笑顔にぞっとするユーリ。
居心地の悪さを誤魔化すように、
「あ、そういえば‥‥」
と話題を変えるユーリ。
「そういえば‥‥新年には餃子パーティーなるものを開催するとか? その予算や開催規模も調査しておかなくちゃね」
「餃子‥確かドレアドルさんと言う方が‥‥餃子を届けてくれる事になっていますが‥‥」
「ドレアドル‥‥あの、ゼオン・ジハイドのドレアドル?」
ユーリの問いに「はい」と頷くハミル──
「そういえば、まだ到着されていませんね‥‥どうしたんでしょう‥‥?」
●沙漠之戦
(──そろそろ砂漠を通過する頃合か‥‥さて、仕込みは上々かな?)
チラリと腕時計を見る長郎。
ドーン、ドーン──
遠くで雷が鳴っているかのように響くのは、迫撃砲の音だ。
雲の間から輝く光は、ミサイルが起す炎であろうか?
応接室でユーリとウォンが、ハミルの淹れたお茶を美味そうに啜っている脇に控える長郎。
「ところでウォン、さっきから気になっているんだが‥‥」
向うの砂漠で、何か戦闘らしきものが勃発しているけれど‥‥放っておいて良いのか? とユーリ。
いつもの事。地球人の元気が良い、という証拠です♪ と言うウォンに面食らう。
(まあ、あれだけの鉄壁なら抜けられる筈はないと思うがね‥‥)
攻撃目標とされる工場から、通過地点の予想コース等、ソル迎撃に必要と思われるデータはスパイを通じてUPC軍に届いている手はずである──
「一応、領内のごたごたは領主の調定義務があるから、査定にマイナス入れとくぞ」
目の前で査定調書に書き込むユーリに「ご自由にどうぞ」と表情を変えずに言うウォン。
***
「くっ‥‥! 餃子、さえなければ──!」
地対空ミサイルの束を機体を捻り躱そうとするソル、大規模作戦の傷跡が残る機体はミシミシといやな音を立てる。
10食や20食分では「足りぬ」とウォンに言われかねないと、工場丸ごと1つ分の餃子を奪取したドレアドル。大量の餃子と引き換えに武器のいくつが使用できなくなっていた。
「小賢しい! この程度の攻撃で、この俺が、ソルが墜ちると貴様らは思っているのか!!」
そう吼えるドレアドルに攻撃を仕掛けるのは、UPC東アジア軍 椿・治三郎(gz0196)指揮下、チェラル・ウィリン(gz0027)を始めとした空戦精鋭部隊である。
「その餃子は、僕達に返して貰うよっ!」
黄色と黒の縞々、虎柄ペイントされたシラヌイSのガトリングが唸りを上げる。
だが、餃子奪還に燃えるのはUPC軍だけではない。
中国人民の明るい未来と、熱い水餃子の、胃袋への期待を寄せられたULTの傭兵らも参加していた。
「待て、待て、待てーーーい!」
巨大光線を発射しようと変形するソルに、
ジャーンジャーンという銅鑼の音を響き渡らせ、そのソルに取り付き、登場したのは夏 炎西(
ga4178)の、青龍刀を下げたミカガミである。繋ぎとめられた小さな鉄板がキラキラと光を反射する明光鎧と赤い房のついた兜の、特殊強化装甲を纏っている。
「その餃子、原料製法の元はといえば地球の物、人民の物! ここで返して貰おうか!」
「返せと言われて『はい、そうですか』と返せるものか、馬鹿者!」
ぐい! と大きく操縦桿を操作し、その場で一回転をするソル。
その反動でポロっと上部に取り付いていたミカガミが落ちる。
「おのれ、ドレアドル。尋常にしょ──」
だが、炎西のミカガミに気を取られていた隙を一斉放火を受けるソル。
***
「やあ、お待たせしましたね」
居間の皮のソファーに座り、古いJAZZレコードを楽しんでいた紫煙の主を見つけて、ウォンの目が和む。
「一人で(飲み)始めているかと思えば待っていただいていたとは──申し訳ありませんでしたね」
「いや、丁度餃子にあう陳年紹興酒が手に入ったのでね‥‥温めの燗で頼む」
そう言いながら酒の入った壷をハミルに渡すと、ウォンとハグを交わすUNKNOWN。
「次は、ウォンの手番だったかな?」
部屋の隅に追いやられたやりかけのチェス盤を静かに運んでくる。
「よく覚えていますね」
埃一つ落ちていないチェス盤を見て、
「それはこちらの台詞だな」
「貴方には構いませんね」と言う。
***
『‥‥ソル、全弾着弾。出火を‥‥確認‥堕ちます‥‥』
【IN】に接続する岩龍から短い通信が入る。
翼を破損したソルが砂漠へと不時着する。
「全機、一斉砲撃! 撃てっ!」
砂漠の砂でカモフラージュされたゼカリアやロングボウ等が、攻撃を開始した。
それに応答するように中国のみならず近隣各国の軍や、それぞれの王や首長らお抱えの傭兵軍団も参戦しているようである。
ブンブンと飛び回るソルの子機を、叩き落しているのは、先程退場したはずの炎西である。
「ふははははっ‥‥あの程度で、やられていては、人民の思いに答えることは出来ないのだよ!」
誰に向かってか、コクピットにあるミニカメラに血だらけのままポーズを決める。
「鬱陶しいっ!」
グルグルとその場、独楽のように回転し始めるソル。
遠心力でKVらを弾き飛ばしていく。
「ぬぉおおおおーーーーっ!」
青龍刀を地面に突き立てこらえていた炎西であったが、ぺいっ! と軽く弾き飛ばされてしまった。
だが、この無茶振りはソルの破損を大破に拡大させるのには充分だった。
***
人肌に温められた紹興酒を片手に、チェスを進めるUNKNOWNとウォン。
厚いカーテンを引かれて星の光も入らぬが、ドーン、ドーンという音だけが静かに室内に響く。
「──そういえば」
グラスを口元に運んだ手が止まる。
「そういえば、ドレ‥‥いつものなんだったか。ドレイ君だったかな? どうしてのだね?」
「ドレアドル君かね?」
200km程先でUPC軍の攻撃を受けて苦労しているようだ、と言うウォン。
「気になるのならばスパイカメラの中継を見る事も出来ますよ?」
「いや、別にかまわない」
関心がない、とあっさり言うUNKNOWN。
ゼオン・ジハイドもUNKNOWNに掛かれば一山、幾らの雑魚らしい。
***
「‥‥ちっ! 俺としたことが」
火のついた服を破り捨て、パンツ1つでソルから這い出したドレアドル。
その手にはしっかりと餃子の入った袋と愛用銃1つが握られていた。
だが、それを待ち受けていた者達がいた。
砂漠に並んだ歩兵部隊。
「子供たちの為に変質者撲滅!」
輿に乗った王子様風衣装を纏ったアジド・アヌバ(gz0030)が軍配団扇を振るう。
「変質者撲滅!」を声高々に武器を振り上げた兵士らが突撃を開始する。
「貴様ら、誰が変態だーっ!!」
***
「ふむ。人の身でも下着一枚で砂漠から来た事例があるが。彼には無理なのかね?」
「流石に私も部下を使った低温テストはした事がありませんが‥‥冬のタクラマカン砂漠横断は、例え能力者の君でも無理ですよ」
でも面白そうですから今度やらせてみますかね?
次の手を考え、駒を見つめたまま、如何にも適当という言葉が似合う、適当な返事をするウォン。
その返答に苦笑をするUNKNOWN。
「良い機会だ。前から尋ねてみたかったんだが‥‥」
「何です?」
「ウォンは人類と言う視点、考え方に興味があるのだろうが。私は逆にバグアの視点や考え方が気になる、ね」
「それは、かなり難しい質問ですね──」
チラリと視線を動かしUNKNOWNを見るウォン。
「確かに私は君達、地球人に深い関心を持っていますが──他のバグア人が私と同じ目線で、地球人達に興味を持っているとは言い難いように、君達、地球人が見たバグア人は、私を含めて、全てがバグアであり、否であるとしか表現できません。ただ、私達バグア全体を指す一番短絡的な表現は『戦闘種族』という表現が一番適しているでしょう」
恐らく地球人達がバグアを理解しようとするのならば同じ目線──命がけで戦い自分達で見つけるしかないだろう、と言う。
──いつの間にか砲撃の音が止み、静かにコチコチと時計が時を刻む音だけに変わっていた。
***
銃を乱射するドレアドルの弾がアジドの方に飛んできたが──
「アジドお兄様‥‥」
裾を引っ張られ、間一髪クッションに倒れこんだアジドの胸の上で「の」の字を書くのはお姫様姿のInnocence(
ga8305)。
「えーっと‥‥一応、戦闘中なんですが?」
「お兄様‥‥だめ‥‥?」
上目遣いにセクシーな濡れた瞳でうるうるとアジドを見つめるInnocence。
「‥‥駄目じゃありません♪」
やわらかいクッションが幾重にも重なった輿の中で戯れあう恋人達に突っ込みを入れる暇人はいなかった。
銃で銃で応戦していたドレアドルであったが、所詮多勢に無勢である。
あっという間に弾が底をつき、銃を錘のように振り回す。
「飽きれた馬鹿力だな、ドレアドル!」
太陽を背に、包帯だらけの炎西が、ドレアドルを嘲笑うかのように立つ。
「ええい! また、貴様か!」
「私は、何度でも立ち上がってくる。そう、他の、解放を待つ、人民達の希望の火を消さない為に。人民の心を、餃子の心を理解しない御前に負けない!」
***
「──と、いう訳でソルは撃墜を確認されましたが、ドレアドル副総司令官は現在行方不明です」と報告をする長郎に、お客様もいらしているのに困ったものだ、と若干困ったように言うウォン。
「錦織君、君は、料理は得意かね?」
「いいえ。ですが、こういう時もあろうかと──!」
何処からか取り出した白い大きなハンカチをさっと退けると綺麗に箱詰めされた餃子が現れた。
「料理万能の知り合いが作りましたので味は保障できます」とにっこりと笑う長郎であった。
●年年有余
「あけましておめでとうございます、ウォン総司令」
そう言って付け届けの箱を差し出す長郎。
「ああ、おめでとう」
受け取りながら中身が餃子と聞き、苦笑いをする。
中華管理職として新年の抱負が欲しいという長郎に「整理整頓」と答えるウォン。
「地球人達に10年以内に西安以東を我らが侵攻前もしくはそれ以上に回復させる能力はありませんから」と言うウォン。
「それは‥‥」
「まだ内緒です♪」
***
「パーティと聞いたので大々的にやるのかと思えば随分質素‥‥というか」
「中国式の年越しは家族で静かに過ごすのが本来の慣わしですよ。もっとも若い人は西洋風に過ごすのでされない事が増えましたからね」
今年あたりは北京でも上海や台湾同様、西洋風に大々的にカウントダウンの花火を打ち上げているだろう、と言う。
「俺は、また領民に重税掛けて豪遊とかなら査定にきっちり上げておこうと思っていたんだがね」
それでも石油が出て自力で稼いだって事なら話は別だけど、と言うユーリに、
「油田の数は前と変わらずですよ」
どちらかといえば無駄な出費(ウランバートル)がなくなったので潤っているのだ、と肩を竦めて見せるウォン。
「‥‥ふむ、財源も一応後で調査しておくか」
「ではすぐに経理台帳をお部屋の方にお持ちしましょうか?」
テーブルに準備されていく料理を見ながら、
「いや、うーん‥‥夜が明けてからにしようかな?」
***
「開門!! 俺は、ゼオン・ジハイド12。アジア・オセアニア軍副総司令官、ドレアドルだ! 誰かいないのか!!」
城壁の小窓から門前にたどり着いたドレアドルを見下ろす長郎が一瞬眉を顰める。
(ちっ‥‥無事ですか)
「これはこれは、ドレアドル副総司令。明けましておめでとうございます。しかし‥‥余りにも変わったお姿なので門番達が戸惑っておりますよ」
「挨拶は無用だ。ウォン総司令官は何処だ」
「居間でお客様と歓談中です」
ご案内しましょう、と微笑む長郎。
「やあ、あけましておめでとう‥‥しかし凄い格好だね」
煤と砂に汚れたドレアドルを見ながら呑気に言うウォンに、
「約束の餃子だ」
と最後まで守りきった数個の餃子を、ウォンに突きつけるドレアドル。
それをひょいと1つ摘み上げると口に放り込むウォン。
「君の汗と努力の味がしますが──とても客人に振舞えるものではないな」
そう一言言うとぺっと餃子の残骸を床に吐き出す。
ハミルの持ってきた茶で口をすすぎ、大事な年越し餃子は長郎の持ってきた餃子で済ませた、と言う。
「君には、罰として初餃子作成を命じます」
「‥‥なっ?!」
ウォンの言葉にさっとハミルがドレアドルにエプロンと三角巾を装着させる。
「ご安心ください‥‥材料は近隣からかき集め、山のようにございます」
掛け声とともに広間にネギ、生姜、ニラの雨が降り、大量の豚と鶏が駆けずり回った。
「サンプル代わりに一つ、いかがですか?」と長郎がドレアドルに水餃子が入った椀を渡す。
「ちょっと待ったぁーーーーっ!」
豚にまたがって登場した炎西。
ひらりと床に飛び降りると『びしっ!』と水餃子を指差す。
「その餃子も所詮は地球人類を搾取して作らせた物! バグアに真の餃子は作れまい!」
「何?」
「悔しかったら作ってみるがいい、ドレアドル! お前の餃子を!!」
ど、どぉおおおおーん!──と渤海の荒波(?)に幻の初日の出を背負う炎西。
いつの間にかエプロン装着である。
「おおっ、決闘ですね♪」
お玉を片手に実況するのはハミル。
「さて‥‥唐突に始まりました‥‥2011年新春餃子対決。勝つのは‥‥ULT代表 夏 炎西。手元にあるプロフィールによれば中国奥地の寺で修行した夏‥‥生まれも育ちも生粋の中国人である以上‥‥オヤツな点心は絶対優位的環境で育っております。‥‥方や‥我らのドレアドル副総司令官。地球人のヨリシロに‥入ってから数ヶ月経ちますが‥‥ヨリシロになった人物も、根っからの料理と縁遠い親父‥と、かなり分が悪いです‥‥‥‥さて、この戦いどちらに軍配が上がるのでしょうか?」
勝負前オッズは、「炎西1.0倍 ドレアドル750.8倍」と味方からもほぼ見放された状況である。
白いテーブルクロスがかけられた机に山と詰まれた材料を背にした炎西とドレアドルの前に、一列に並んだ審査員席。
ずいっとマイクが炎西に突きつけられる。
「今の‥気持ちは?」
「絶対、負けん!」
「審査は公平を規す為、客人やユーリ査察官にも‥ご協力頂いております。この状況は、こちらのハンディカメラを通し‥‥アジア・オセアニア全基地への中継のみならず‥本星や衛星基地にも放送されています」
巨大スクリーンにハンディカメラを左手に装着したハミルが映し出される。
「‥‥制限時間は45分。相手よりも‥美味しく水餃子を作り上げることのできるのはどちらでしょうか?‥‥では『開始』‥」
ジャーン!
高らかになる銅鑼の音がスタート合図である。
炎西がバットに水餃子に必要な材料を見極め手際よく乗せて行く。一方、ドレアドルは立ち尽くしていた。
栄光あるゼオン・ジハイドが、例え調理であろうとも人類に負ける事はドレアドルのプライドが許さないが、餃子を皮から作れと言うこの勝負。ドレアドルには、どのようにしていいか全く判らなかった。
このまま、逆切れ演じて勝負自体をなくしてしまおうか? とも考えたが、それでは全世界ネットで醜態を晒す事になる。
(ならば、先に負けを認めるのが武人として潔い──)
そう考えてエプロンを外そうとした時、
ガサッ──ふと、ポケットに違和感を感じて手を突っ込んでみる。
(こ、これは‥‥)
餃子レシピが入っていた。
「‥‥ここでドレアドル副総司令が、ようやく動き出しました。‥‥ですが、既に夏選手。‥皮の生地を既に寝かせに入って‥エビを剥く所です。‥‥‥追いつくのでしょうか?」
ハミルの実況が耳に入ったのだろう。ドレアドルがにやりと笑う。
「余裕です。‥‥ここでようやく笑みが見られました‥」
「それでこそ、私がライバルと認めた男です。ですが、中国四千年の歴史にかけて手加減はしまんよ」
にっこりと微笑返した炎西。
愛用のアルティメット包丁とアルティメットまな板を取り出した。
目を瞑り、大きく深呼吸をして──
「‥‥おおっと、ここで夏選手‥‥覚醒です。‥覚醒して一気に肉を捌いて行く。物凄いスピードです‥」
──45分後──
「‥判定は!」
ハミルの掛け声に審査員達が一斉に札を上げる。
「勝者、ドレアドル!」
意外な結果に「おおっ!」と驚きの歓声が上がる。
「そんな、バカな!」
器に残ったドレアドルの水餃子を口に放り込む炎西。
「くっ‥まさか‥‥ここまでの料理上手とはっ‥!」
苦しげに胸を押さえた炎西、
「ドレアドル‥‥御前は‥きっと良い嫁になれr‥‥」というとぱたりと床に倒れこむ。
「死んだんですか?」
新年早々、縁起悪いな、と言うユーリ。
「‥‥死んでませんよ。余りの美味しさに気を失ったようです」
これ(炎西)、如何しましょう? というハミルに適当に処分しなさい、と言うウォン。
「では‥‥」
一同に礼をすると、ハミルはひっくり返った炎西の両足を掴むとズルズルと獣の叫び声が轟く城の奥へと姿を消して行った──。
●巨大的掛鐘
激しいバトルの繰り広げられた客間にコソコソと忍び込む人影が1つ。
ユーリである。
別に小腹が空いたので、宴会の残りがないのか探しに来たのではない。
財源の話をした時に、ウォンの視線が柱時計を一瞬に見つめたのに気がついたのであった。
(査察官の眼は誤魔化されないぞ)
恐らく柱時計に裏帳簿が隠されていると踏んだユーリの調査である。
振り子の前にあるガラス戸を開け、中を探すユーリ。
「──思ったより中が広いな」
ゴソゴソと燭台を片手に這い蹲るように柱時計の中に入り込む。
「カビ臭い‥‥というよりも生臭いな?」
ハァハァと言う息遣いが耳元で聞こえたような気がして振り返るユーリ。
「?」
カツンと指先に中が当たった。
「割れた眼鏡?」
「こんな時間に‥‥そこで何をしているんですか?」
声に驚き振り向いたユーリ。
──がぶり。
「‥‥だから言ったじゃないですか‥‥振り返ってダメって‥」
下半身だけになったユーリに、飽きれたように言うハミル。
「‥お前もダメじゃないか‥勝手に出てきちゃ‥‥」
めっ! と、睨みつけるハミルに柱時計(キメラ)が怯えるように身を振るわせた。
「まあ‥‥この人はご主人を怒らせたんだから‥今日死ぬか、明日死ぬかの差だったんでしょうけど‥」
ここに下半身だけあっても仕方がないから残りも食べちゃいなさい、と言うと下半身を柱時計中に放り込んだ。
「‥‥今日は本当に騒がしい一日でしたね‥」
やれやれ、と肩を竦めるハミルだった──
●餃子的夢想
「──と、まあ、こんな感じの夢を見たんですがね?」
いつものように微笑を浮かべるウォンに対し、
新年早々何をくだらない事を連絡してきたのか? という態度がありありのドレアドル。
「で‥‥結局の所、新年早々、ウォン総司令官は何のご命令ですか?」
「うん、春節(旧正月)の時にも同様の夢を見るのか、今度は、ドレアドル君本人に添い寝をして貰っ‥‥」
ブッ──音を立てて突然回線が切れた。
「ドレアドル君は今年も相変わらず短気ですね。どーんと構えないと、地球人に負けちゃいますよ」
それともカルシウムが足りないんじゃないでしょうか? と言うウォンに、
(それはあんたのせいでしょうが)と一斉に心の中で突っ込みを入れる副官たちであった──。
●突出的夢想
新年早々、ホテルの部屋で己の状況確認をしてしまったアジド。
映画の打ち上げのパーティの後、Innocenceと酔い覚ましを兼ねて夜遊びに行ったが遅くなってしまったので部屋に泊め、Innocenceにパジャマを貸した。
その後、Innocenceはベットに、自分はソファで寝たはずであったが──現在、Innocenceは、ユーカリの枝にしがみつくコアラのように、アジドに抱きついて幸せそうに眠っていた。
「起きないとキスしちゃいますよ‥‥」
少し動けばお互いの息が掛かるという距離まで顔を近づけるが──夢の中で幾らでもできるのにね──クスリと自嘲気味に笑うと顔を離す。
アジドの動く気配で目を覚ますInnocence。
「‥‥おはよう‥‥ございますの‥‥」
アジドの腹の上で正座をし、目を擦りながらむにゃむにゃと朝の挨拶をする。
おはようございます、と言いながらInnocenceのはだけた胸を、シャツのボタンを丁寧に閉じるアジド。
「‥‥あんまり無防備な姿を見せないでくださいね。まあ、他の人に、見せるというのも困るんですが‥‥」
(いつか貴女にお兄様と呼ばれない、貴女にとって特別な存在に僕はなれるんでしょうかね?)
アジドはInnocenceのおでこにキスをした──