タイトル:雷を司るモノマスター:うしまる

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/19 13:40

●オープニング本文


 その夜、小降りの雨が降っていた。
 其処は河川の傍に建設された水力発電所。それは小規模なものではあるが、近隣の住民に光を齎す重要な施設だ。
 現存する多くの発電所がデジタル制御技術の進歩により運転を自動化し、遠隔監視によって管理されている。
 原子炉のような大規模な発電所ならともかく、この水力発電所のようなものならば、少人数でも充分に運営できている。
 バグアの襲来によって技術者と警備員を常駐させ、巡回を強化したものの、その発電所の状況に殆ど変化はなかった。
 何時ものように一人の白人男性が、発電所の周囲を巡回していた。防弾繊維のベストを羽織り、手には小銃が握られている。とりあえずといった武装だ。
 頭上の蛍光灯が彼を照らす。男性の表情は渋面で覆われていた。見るからに不機嫌だった。
 同僚との交代の時間は当に過ぎ、楽しみにしていたテレビ番組を見逃すことになったからだ。
 長い間降り続ける雨も、彼の機嫌の悪さを助長していた。
 そしてまた、数滴の雫が頬を濡らす。男性は鬱陶しげで拭う。だが、それは雨粒にしてはやけに粘度を持っていた。
 訝しげに袖口を見ると、赤く濡れていた。彼の心情と呼応するかのように、コンクリート壁に取り付けられた頭上の外灯が頼りなげに揺れ、明滅する。
 同時に、雨音に混じって音が降りてきた。何か巨大なものが羽ばたく音。
 夜の空を見上げると、一羽の鳥が発電所の天井に鉤爪を立て舞い降りていた。それも一羽だけではない。全部で九羽の鳥が、その場には存在していた。
 ただの鳥ではないのは、その巨躯からも判る。
 体長だけでも二メートルを超えていると思われる、巨大な鳥。今の自然界には存在し得ない――古代には存在していたかも知れないが――、大きな鳥だ。
 何よりも、視認できるほどに雷をその身に宿した鳥など、見たことも、聞いたこともない。
 それぞれが大きな嘴で交代に訪れる筈の同僚の肉片を銜えながら、火のように燃える十八の瞳が男性を見下ろす。男性を如何にして捕らえ、食らおうか値踏みする肉食獣のように。
 男性は恐怖に引きずり込まれないように小銃を構え、銃口を鳥たちへと向ける。だが、その行動が既に恐怖に囚われている証だった。
 引き金が引かれるよりも早く一匹の巨鳥が動き、肉片を捨てて嘴を大きく開いた。口腔から溢れるのは、闇を切り裂く眩い雷。
 指向性を持って放たれた雷が、男性の全身を貫く。内臓が灼かれ、沸騰した血液が口や鼻腔、眼窩から零れる。白濁となった眼球が裏返る。
 崩れ落ちた体がコンクリートに叩きつけられ、彼の体を中心に黒い血が広がっていく。
 獲物を仕留めた鳥が先んずると、更に他の鳥たちも死体へと群がり、無残に解体していった。
 明くる日、発見されたのは残酷さを示すように辺りに飛び散った血と肉片と骨だけだった。
 
 場所は移り、北米基地。
「水力発電所がキメラに占拠されている。君たちには、施設の奪還を依頼したい」
 挨拶もそこそこにして、女性教官は基地の会議室に集められた能力者に依頼の説明に入る。
 大型モニターに映されたのは、望遠カメラで撮影された水力発電所の様子だ。九羽の巨鳥が我が物顔で施設の天井や空を闊歩していた。
「目標は大型の鳥類型キメラ九体。雷撃を使用することから、便宜上、目標をサンダーバードと呼称する」
 アメリカ先住民の間では神の鳥として伝わり、人々に恩恵を与えるとされる存在が、人類の敵であるキメラに冠されるとは皮肉にもほどがある。
 ある一羽が鉄塔に接続された電線に嘴を突っ込んでいるのは、電力を食らっているからだという研究者の意見を教官が付け加える。
「本来なら対艦ミサイルでも撃ち込んで片付けたいところだが、流石にそういう訳にもいかん」
 物騒なことを口にする教官に、苦味が多い笑みで応える。冗談とは思えないから、始末に終えない。
「幸いにも発電所の内部には侵入されておらず、施設の機能と内部の所員は無事だ。何より、貴重な発電所を失う訳にはいかんからな」
 更には教官は言葉を足した。棘に満ちた言葉を。
「ここで逃がせば、再び発電所が襲撃される恐れがある。迅速に、一羽残らず仕留めろ。半数以上逃げられるなどは論外だ、報酬はないと思え」
 そう釘を刺すと、能力者に出動を促した。教官の気迫に圧倒され、彼らは逃げるように部屋から出ていった。

●参加者一覧

鳳 湊(ga0109
20歳・♀・SN
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
七市 一信(gb5015
26歳・♂・HD
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
海東 静馬(gb6988
29歳・♂・SN

●リプレイ本文

●疾風迅雷
 天から降る雨。それは恵みか災いか。
 河川のすぐ傍に建設された水力発電所を前に、十人の能力者が集っていた。
 発電所に我が物顔で巣食う、九体のキメラを屠る為に。
 サンダーバードは三羽で一つの群れを形、三つの群れで行動していた。
 二つの群れは発電所の屋根に留まって周囲を警戒し、一つは発電所の前に降り立って嘴で玩具を遊ぶように何かをつついていた。
 それが人の頭蓋骨だと知ると、能力者たちの腹腔に黒い感情がこみ上げてくる。
 天原大地(gb5927)は事前に用意しておいた通信機で交信を試みるが、聴こえてくるのは嵐のような雑音だけ。こちらの声も届いている気配すらない。
 通信機のスイッチを乱暴に切ると、それが合図のように全員が覚醒し、各々の戦意を顕現させていく。
 視線は小雨で僅かに霞む、雷鳥へと向けられた。
「そんじゃ始めようか、援護は任せろ」
 小雨に濡れて火が消えた煙草を口の端に銜えている、身長百九十センチもの大男――海東 静馬(gb6988)の髪が鮮やかな紫色へと変化した。
 煙草を吐き捨てて踏みつけると、自身の得物であるアサルトライフルを担ぐ。
 そして、彼らは一斉に大地を蹴った。三つの群れを形成するサンダーバードに対抗すべく、彼らも戦力を三つに分けて三方から一気に迫る。
 相手が空を舞う雷ならば、彼らは大地を駆ける風のようだ。
 初めに接触したのは、コンクリートで舗装された中央を駆け抜ける、B班に属する四人。
 そのうちの一人、アンジェリナ(ga6940)が先んじて跳躍。身に纏う漆黒の戦気が翼の如く翻り、死を知らせる黒鳥となって一体の雷鳥に迫る。
 済んだ氷のような刃と、琥珀色に輝く刃が鈍く煌く。サンダーバードは翼をはためかせ、急上昇。交差する氷と炎の切っ先は僅かに遅く、二つの斬閃は虚しく空を切った。
 地に降り立ったアンジェリナは舌打ちをこぼすと、すぐさまその場から飛び退く。すると、先まで彼女が立っていた場所に二つの雷が火花を散らせた。サンダーバードが放った雷撃だ。
 追撃をかけようとする雷鳥たちだが、左右に動いて狙いを絞らせず、仲間の下へと戻っていく。更には不可視の電磁の刃と鉛の銃弾が彼らを襲い、彼女の後退を助ける。
 電磁波は厚い機械の鎧でその身を纏い、長大な槍を背負った女性、番場論子(gb4628)が持つ超機械λの一撃。
 もう一方の銃弾は、七市 一信(gb5015)が持つライフルによるものだ。彼も番場のようにAU−KVで武装しているが、何故かパンダを模していた。可愛いというより、面妖な姿だった。
 二人のアンジェリナの攻撃を回避した個体もその翼に黒点が穿たれた。
 それは番場と七市が放ったものではない。彼らとは異なるカラーリング――赤と橙で染められたAU−KVを装備した男が放った銃弾だった。
 名はアレックス(gb3735)。炎の如き戦意を身に纏う少年だ。
 彼の竜の瞳を用いての一撃が雷鳥を捉えると、更に竜の翼を発動、風となって接近を試みる。
 仲間を護ろうと上空から雷を放とうとするサンダーバードだが、アレックスを支援する番場と七市の銃撃によってそれすらできない。
 落下してくる雷鳥に合わせてアレックスが跳躍、舞い上がった戦士が雷鳥と交錯する。
「微塵に砕けろ!」
 裂帛の穂先が雷鳥の腹部を突き刺すと同時に炎が噴出、爆発となって大気を揺るがし、暗鬱の空に赤き光を灯す。
 炎の奔流はサンダーバードを悉く焼き尽くし、無残な肉片と化した。
 四対二という現在の戦況を不利と判断したのか、サンダーバードは自らの体を輝かせ、文字通り光速の速さで北へと向かう。仲間と合流する。
 それは能力者たちが描いていた思惑どおりだった。
 すぐに番場が通信機を使って他の班に連絡を入れると、光となった鳥たちの追撃に移る。
 その頃、南の戦場では雷と刃、銃弾が交差していた。
 放たれる雷が能力者たちの身体を撃ち、薄い白煙が立ち昇る。絶縁体の繊維を織り込んだ布を体に巻きつけたり、得物である刃を大地に突き刺して雷撃を外に逃がすことによって死を避けていた。
 対する三羽の雷鳥にも、能力者たちによる剣戟と銃弾の痕が刻まれている。その中には死に瀕する深い傷もあったが、それでも雷鳥たちは退避せず、電力を得て再生しようともしない。それは既に不可能となっているからだ。
 戦いが始まると同時に、天原のソニックブームによって南側の送電線が切断されてしまったためである。更には三人の能力者の抵抗に遭い、逃走すら難しい状況となっていた。
 サンダーバードが血潮を噴き出しながら肉迫し、短剣のように鋭い爪を振り下ろす。だが、鈍くなったその動きを見て取った天原は跳躍して回避、自身が持つ淡い光を放つ刀身が楯の円弧を刻む。
 断頭台の刃の如く渾身の力を以て振り下ろされた刃は、雷鳥の体をいとも容易く両断。分割された右と左の半身がコンクリートに小さく跳ねた。
 通信機が鳴ったのは、丁度その時だった。
 全身が蒼の幾何学模様に染まるシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が通信機を手に取って報せを聴くと、魂の名を与えられた長銃を掲げ、その銃口を雷鳥へと向ける。
 本物の殺意を込めた光が、彼らの魂を狩るべく放たれた。
 光速の弾丸はサンダーバードの未来位置を的確に捉え、頭部を消し炭に変える。
 突然力なく落ちていく仲間に狼狽してか、動きを止めた雷鳥の姿を海東の瞳は見逃さなかった。
「逃がさんよ、ぶっとい一撃食らわしてやらぁ」
 アサルトライフルの弾倉に収められていた全ての弾丸を、彼の声に乗じて一斉に吐き出す。
 回避が遅れたサンダーバードは全身を撃ち抜かれ、仲間を追うように血の尾を引きながら大地に落ちる。
 自らが担当する雷鳥を片付けた三人は、戦場を北上していった。
 
●雷が潰えて
 戦場の北側に聳える三基の鉄塔のうち、二基目の影に仲間と共に身を潜める鳳 湊(ga0109)が、静かにライフルを構える。彼女の傍らに立つフェイス(gb2501)も同様に、蒼の成分を含んだ銀色の銃身を掲げた。
 雷鳥が彼女たちの存在を知ったときには、既に引き金は引かれていた。
 長い銃身の中で加速された二つの銃弾は空気の壁すら貫き、サンダーバードの左右の翼を撃ち抜いた。穿たれた翼から噴き出す血潮が宙にばら撒かれ、血霧となる。
 重力に掴まれ、落ちていく雷鳥。その落下地点に走り込む、海東を超える身長を誇る大男。銀の髪を靡かせ、赤き瞳で目標を捉えた砕牙 九郎(ga7366)だ。
 同族の危機に二羽のサンダーバードが、九郎に雷を放つ。大気と雨粒を蒸発させながら翔ける、二条の紫電。
 九郎は咄嗟に前転して雷の毒蛇から逃れる。僅かに髪を焦がすが、九郎は気にせずに走る。
 落下してきた雷鳥がコンクリートの大地に叩きつけられ、すぐに態勢を立て直して再び空を飛ぼうとするが、九郎はそれを許さなかった。
 助走をつけたまま跳び、雷鳥の頭部を蹴りつける。背中から倒れる雷鳥へ、手にしていた直刀の切っ先を腹部に突き刺し、大地に縫いとめる。
 そして九郎は長い銃身を持つ回転式拳銃の銃口を下顎に押し付け、引き金を躊躇いなく引いた。放たれた暴力はサンダーバードの頭蓋骨を砕き、血と脳漿が混じった汚物をばら撒く。
 怒りの雷撃が再び落とされるが、素早く身を引いて雷を避ける。
 逆にその雷撃の隙を突いた湊の銃撃が、雷鳥の腹部を貫通。死に瀕するほどのものでもないが、決して浅くない傷だ。
 傷ついた体を発電所から送電線を伝って送られる電力で癒すべく彼方へと飛ぼうとするが、絶対零度の如き狙撃手の瞳がそれを逃さなかった。
「この状況で背を向けますか、鳥頭め」
 運命の女神の名を冠した拳銃を構えたフェイスが、吐き捨てるように呟く。両の引き金が同時に絞られた。
 連続する銃声が鼓膜を撃つ。そして無情の弾丸はサンダーバードの頭部と胸部を穿ち、命の刈り取った。
 残った一羽の雷鳥は、逃げるように鉄塔にしがみつく。そこに追い立てられた二羽の雷鳥が、一瞬の煌きを伴って現れる。
 仲間との合流を果たし、敵対者を殲滅する。
 そんな想いを持ち合わせていたのかは定かではないが、彼らの期待は大きく裏切られることになる。
 四人の能力者たちが自らを追撃し、更にその後方にも三人の能力者の姿が確認した。
 待ち構えていた能力者の銃撃を受けて、彼らもまた鉄塔の死角へと逃れた。
 完全に包囲されたサンダーバードにとって、唯一の待避所となっていた。だが、その待避所も終わりの時が来た。
 雷鳥の真下に立つ天原の刃が、横薙ぎに煌く。渾身の斬撃が鉄塔の足を一気に切断する。刃が翻り、更にもう一つの足を切り裂いた。
 支えを失った巨躯が己の自重を金属が悲鳴を上げながら倒壊、コンクリートの岩盤を砕いて吹き荒れる粉塵が周囲を埋め尽くす。
 突然の出来事に雷鳥たちは混乱しながら空を飛び、眼下を見つめる。
 粉塵を突き破って現れたのは、能力者たちの戦意と殺意を乗せて放たれた銃声と銃弾。
 下方から来る凄まじい鉛と光の銃撃と電磁の雨が雷を撃ち、落ちてきたところを刃と穂先が彼らを迎える。
 仲間を楯にして致命を避けた最後の一羽となったサンダーバードが、逃亡を図る。だが、その姿をアンジェリナの赤き瞳が捉えた。
「思い切り‥‥打ち上げろ!」
 アンジェリナの言葉に、九郎は豪力発現を彼女の足裏に手をかけ、自らが持ち得る最大の膂力を以て放った。まるでカタパルトのように。
 天へと昇る魔鳥の刃が、再び鎌首を擡げる。雷鳥は急上昇して刃から逃れようとするが、思惑はまたも外れた。
 二つの切っ先は雷鳥の細い首を逡巡なく切り裂き、その刃の鋭さを死を以て思い知ることとなった。
 首と胴を斬り落とされた雷鳥の瞳が、信じられないといわんばかりに黒き魔鳥を凝視する。
 アンジェリナは柄の後方、石突きの部分を握っていた。相手を追い切れないと判断した彼女が、即座に柄の後方を握って間合いを伸ばしたのだ。
 全ての雷鳥が地に堕ちたとき、雨が止み、雲の切れ目から陽光が差し込んできた。光は戦いを終えた能力者たちを祝福するように、暖かく降り注ぐ。
 海東は新しい煙草に火をつけると、気持ち良さそうに吸って煙を吐き出す。
「これよ、経費で落ちんのか?」
 崩れ落ちて無残な姿となった鉄塔を眺めながら呟く海東の問いは、昇っていく紫煙と共に空へと散っていった。