●リプレイ本文
●光を従え、疾風となり、血に染まる
水。
それは生命だけでなく、地球という惑星にとっても欠くことはできない、最も重要な存在といえるもの。
荒涼の大地を僅かに癒すこの湖もまた、昔から近隣住民にとって貴重な資源であり、正に生きていくために必要不可欠な存在だった。
その水辺を我が物顔で徘徊している異形の者たちが居る。鰐の姿をしたキメラだ。
付近に生息している生物でも捕食しているのか、彼らの口元は血で塗れ、その中の一体のキメラの大きな口には足らしきモノが見える。が、それもキメラの胃袋の中に消えた。
「五匹‥‥確認されている全数が陸上にいますね」
声の主は、瓜生 巴(
ga5119)のもの。
彼女と同じように、双眼鏡でキメラを観察している鯨井昼寝(
ga0488)の姿もあった。
右腕に赤い鯨のロゴが刺繍されたジャケットを羽織り、
キメラの姿を確認すると、嬉しそうに口の端に笑みを乗せる。戦いに喜びを見出す、戦士の笑みだ。
「五体程度ならどうってことないわね」
彼女は豪語する。自身の能力に絶対の自信を持つ者だけは口に出来る言葉を。
それでも、彼女の眼差しが油断や慢心で緩むことはなかった。
脳内に刻み込んだ事前情報と照らし合わせる。キメラの数と位置、地形など、生きている戦場の様々な情報と。
そして確認が終わると、昼寝は皆より早く覚醒する。肌が褐色に染まり、髪の色も己の戦意が溶け込んでいくように更なる赤みを帯びていった。
彼女に続くように、巴も覚醒した。途端、彼女の小麦色の両手に亀裂が入る。亀裂からは光が漏出し、その光は自らの血が放っているのか、薄らと朱を帯びていた。
自らに走る亀裂に急かされるように、真っ先にキメラの飛び出したのは彼女だった。
左手に持った盾を前に突き出し、最も近くに在る一体のキメラに正面から向かっていく。
キメラも生態本能ではなく、バグアの生体兵器として、人類の敵として生まれた彼らの存在理由に則って行動を開始する。
一体のキメラが巨大な口を限界まで開くと、その口腔から子供の頭はある水の砲弾が発射された。同時に巴の身体を包む黒き衣が顕現。衣は身体だけではなく、盾にも及び、黒き盾へと変える。
砲弾が盾に接触。しかし、何も起きなかった。砲弾は飛沫すら飛ばさず、霧散するように消失した。
それこそが黒き衣――虚闇黒衣の能力。
外部からの攻撃を虚数へと逃がすという特性で砲弾を無効化した巴は、更に前進する。自身の攻撃をいなされたことに怒りを覚えたのか、牙を剥き出しにして迫るキメラ。だが、巴は噛み付かれるよりも速く盾を振るった。
本来は外敵からの攻撃を受け止めるためにある装甲が、キメラの鼻面に強く打ち付けられる。骨が折れる短く鈍い音が響き、キメラは体勢を崩す。
意外な攻撃に流石のキメラも驚き、間隙を突いてキメラの横に回った彼女の手には、筒が握られていた。長さ五十センチメートル程はある、機械の筒だ。
巴は、それを力強く握り締めた。筒の先に現れたのは、青き光。
殺傷できるまでに圧縮されたその刃の存在が許されたのは一瞬ではあったが、巴は光り輝く剣を以て鰐の顔を薙いだ。
光の切っ先は鱗を焼き、肉を断って脳髄すら焼き斬った。血と肉が灼ける白煙と匂いが、薄らと天に昇っていく。
巴は歯牙にもかけず、冷徹な瞳を次のキメラへと向ける。
そこに映るのは、狼の紋章を持つ疾風だった。
九条命(
ga0148)が右手に鋭利な爪、左手に小箱を持ちながら大地を駆ける。
彼の姿を確認した鰐が、砲弾を放とうと口を開ける。そして今にも発射されようとしたその瞬間、命の姿が消えた。
瞬天速の能力によって韋駄天の如き脚力を得た命は、間抜けにも未だに大口を開けているキメラの横手へと瞬間的に移動していた。
そして彼の左手が掴む、見た目オルゴールの超機械の蓋が開けられる。
出てきたのは、四匹の動物を模した人形。ロバ、犬、猫、鶏と、その小箱に作られた世界は正に『ブレーメンの音楽隊』だった。
所有者の指揮に従い、彼らは鳴き始めた。鳴き声は強力な電磁波となり、キメラの鼓膜だけでなく、身体全体を蝕む。
目に見えぬ電磁の刃に曝され、苦痛に身悶えるキメラ。それでも獲物を喰らおうと、その身を大地に擦りながら走る。
キメラの動きは見かけによらず俊敏で、牙を剥き、命へと跳びかかる。
それでも、彼にとっては遅かった。
羅列して襲い掛かる牙の群れ。肉と骨を噛み砕こうと迫るが、命の姿は掻き消えた。
彼の姿は後方にあった。牙が自らに食い込むより早く、後方に大きく跳び退いて回避したのだ。一時的に脚部の筋力を強化する、疾風脚の能力を使って。
獲物を見失い、空を噛み砕く音が虚空に響く。キメラは悔しげに唸り、歯噛みする。
再び襲い掛かろうとするキメラの背後に、赤き髪を靡かせる破壊者――昼寝の姿があった。
彼女も命と同じく、瞬天速によって瞬時に湖の水辺に移動したのである。
その顔には、やはり笑みが浮かんでいる。それは獲物を射殺さんとする狩人か。それとも、命を刈り取ろうと鎌首を擡げる死神か。
キメラにそれを確かめられる筈もなく、ましてやそんな時間もなかった。
「往生際が悪いのよ」
手向けはただ一言だけ。
彼女の両手が振り下ろされる。両手には爪があった。研ぎ澄まされた十の刃。それら全てがキメラの体内に侵入、内部を凌辱していく。そして心臓を掴むと、躊躇も容赦もなく掴み、裂くように握り潰す。
一度だけ大きく身体が跳ね、それが断末魔となって絶命した。
血に塗れた両手を勢い良く引き抜くと、後を追うように血潮が噴出。
赤黒い噴水を浴びる戦闘狂の姿は、美しくも見えた。
●幼狐と射手、そして焔の剣
鋼鉄の車輪が、二本の轍を刻む。
それは覚醒したことによって狐の耳と尻尾を得た矢神小雪(
gb3650)が身に纏う、機械の鎧が刻んだ足跡だ。
リンドヴルム――ドイツや北欧の民間伝承に於いて『飛竜の王』を冠するAU−KV。
黒の戦闘服の上にアーマー形態として身体に装着。脚部に取り付けられた車輪が回転し、高速移動を可能とする。
更には小雪の脳神経とリンクして巧みな体重移動を行い、キメラの砲弾を難なく、且つ軽快に避けていく。
「そんな攻撃、当たらないよー」
飛来してくる砲弾など大した障害にもならないのか、あどけない少女の笑みを浮かべながら駆ける。
そして機械仕掛けの竜に抱かれて、幼い狐の少女は忽ちキメラの側面に回り込んだ。
「こんがりにするけど良いよね? 答えは訊かないけど」
可愛らしい少女の笑みが質を変え、歳不相応な凄惨な笑みが表れていた。
そして少女が掲げる料理器具が、打撃武器となって鰐を殴打する。肉が潰れ、骨が砕ける厭な音が周囲に響く。
鰐の頭部がフライパンの底のように平たく成形され、更に搭載されている過熱機能によって白熱化する調理器具に焼かれていく。
打撃と熱。二つの痛みに耐え切れなくなったキメラはフライパンを力任せに押し退け、己の牙で機械ごと少女の身体を砕かんと肉迫。
銃声。
轟音ともいえるそれが戦場に響き渡ると同時に、キメラの頭部が吹き飛んだ。飛散する血と肉片が大地に赤黒い華を咲かせ、頭部を失った胴体から堰を切って溢れる血が同色の溜まり場を作る。
それは遠方の狙撃手――紫檀卯月(
gb0890)の持つ、対戦車用狙撃銃が放った一撃。
覚醒により、右目に照準を作り出した彼は、完全な狙撃手となっていた。
彼が持つ『レクイエム』と名づけられた大口径狙撃銃から生まれた銃声は、キメラにとっては鎮魂のそれだっただろう。
再び引き金を引こうと目標を狙う彼の視界の端に、長身の青年の姿が入った。
天原大地(
gb5927)。
砂塵を纏う風が赤く染まる髪を炎の如く揺らし、彼は自身の得物を手にしてキメラへと向かう。
彼が手にする『蛍火』と銘を受けた日本刀は、緩やかな曲線を描く刀身から淡い燐光を放っていた。
敵の接近を確認したキメラは口を大きく開き、その口腔から水の砲弾が発射する。
高速で宙を翔ける砲弾を、大地は避けずに左肩で受けた。衝撃に打たれて身体が後ろに仰け反り、倒れそうになる。
だが、能力者から焔は消えなかった。
後ろに傾斜する体を、踏鞴を踏むように必死に堪える。
アーマースーツに施された装甲部分に当たったことにより威力が減殺されたこともあるが、何より鍛え抜かれた大地の肉体と戦意が退転を許さなかった。
再び駆け出す、炎の戦士。全身から放たれる赤い光が、より強い輝きを放つ。
砲弾で仕留められないと判断したキメラは、今度はその顎で砕こうと跳びかかり、肉薄する。大地は牙を避け、掏り抜ける。
それと同時に刃が振り抜かれた。刀身はキメラの鱗と肉を裂き、硬質な骨すら断つ。横一文字に振り抜かれ、宙に朱で描いた。
宙で肉体を二分されたキメラは異なる場所に伏し、肉塊となって沈黙する。
四体のキメラを屠り、最後の一体となったキメラの包囲を狭める能力者たち。
だが、キメラも形勢が不利だと自覚したのか、脱兎の如く逃げに入った。鰐が必死に走る方向には、湖が広がっている。
もしも湖に逃げられてしまえば、発見は困難となる。そうなれば再び脅威となり、今度こそ被害が出る可能性もあった。
能力者たちは各々の獲物を携え、キメラを追う。そこに、
「目と耳を塞げ!」
戦場に響く、命の声。彼の声を聞き取った能力者全員が目を瞑り、手で耳を塞ぐ。
準備が整ったことを確認した命は、ある物を投擲する。掌に乗る程度の大きさのそれは、キメラの進路を邪魔するように転がる。
そしてそれは、一時も待たずに吐き出した。音と光を。
鼓膜を破ろうとする無遠慮な大音響と、瞳を焼き尽くさんばかりに放たれる眩い光。
二つの急襲により、キメラは身動きを取れなくなり、悲鳴を上げる。
先に命が投げたのは、閃光手榴弾。大音響と光で相手の動きを束縛する代物だ。
それでも逃走を図るキメラの眼前に、刃が突き立った。彼方より飛来したのは、大地の刀だ。
刀はキメラを進路を塞ぎ、逃がさんと主張するかのように屹立する。更に卯月の狙いに従って銃弾が後ろ左足を吹き飛ばした。
完全に逃げる術を失ったキメラ。
そして光の剣、十の刃、調理器具が乱舞し、最後のキメラは駆逐された。
●とりあえずの平穏
能力者たちの手によって平穏が戻った湖。
帰路へと着く彼らの表情、もしくは胸中には安堵に等しいものが宿っていた。昼寝を除いて。
戦闘を好む彼女にとって、この程度の相手では満足できないのだろう。不満そうな色が顔に浮かんでいた。
だが、小雪にとってはキメラなどは二の次。一刻も早く基地へと戻ろうと、バイク形態となったAU−KVを全速力では知らせる。
これから観光事務所へと赴き、この湖での出店許可を得るための交渉を行うためだ。
そんな各々の想い、願いを胸にして、能力者たちは湖を後にした。自らの乾きを潤すために。