●リプレイ本文
●剣士と銃士
現在、人類は自らの仇敵であるバグアと熾烈な勢力争いを繰り広げている。
それは北米大陸の極一部である、この砂礫が舞う荒涼とした大地も例外ではない。
キメラ。
ギリシャ神話に登場する怪物の名を冠する、バグアの生体兵器。
北米大陸に棲息するコヨーテを基にしているのか、体長二メートルほどの獣の姿をしている。
獲物を引き裂く為だけに研磨された牙と、両前足に爪を備える凶暴な兵器だ。
その獲物を求めて野を彷徨うキメラは何かを察知したのか、体勢を低くして呻る。
狂気と殺意を宿すキメラの瞳が捉えたのは、地を駆ける二台の車両。
二台の車両――メルス・メス社が製造、販売するジーザリオが一定の距離を保ちながら砂礫の大地に轍を刻む。
悪路を想定して設計された鉄の巨躯が、ここが我が舞台だと主張するように軽やかに駆け抜ける。
一台の車が先に停まり、二人の男女が降りてくる。
「いかにもキメラって感じの奴だね、最近イロモノも多いみたいだから助かるよ」
安堵の声を漏らすのは、覚醒に伴って腰の辺りまで伸びた髪をバンダナで一纏めにしている長身の女性、住谷・世鳴(
gb5448)。
彼女の隣には腰に刀を差し、左手に水色の盾を持つ長身の逞しい青年、白鐘剣一郎(
ga0184)が立っている。
剣一郎が能力を覚醒すると、まるで自身の戦意が黄金の光となって具現化したかのように全身を包む。
そして刀を抜き放ち、餓獣へと叫ぶ。
「さぁ、何処からでも来い!」
それが戦の始まりを知らせる嚆矢となった。
人間を殺す。
それが自身の存在理由であるキメラたちが、大地を砕かんばかりに獲物へ猛然と駆ける。
「よっしゃ、後ろは任せてっ!」
世鳴が自身の得物である短機関銃、スコーピオンの引き金を絞る。銃口から連続して乾いた音が爆ぜた。
鉄の蠍が撃ち出す鈍色の弾丸が次々に二人に迫るキメラへと降り注がれるが、一つの砲弾となったキメラは銃弾の雨を幾つか受けるが物ともせず、弾幕を潜り抜けた。
「なるほど、確かに素早いな。これで群れとして向かってくるなら厄介な相手だが‥‥」
恐れるに足らない。剣一郎の言葉は最後まで紡がれなかったが、心の中で呟いた。
狼ならば、群れの仲間と連携して獲物を狩る。だが、眼前のキメラは全てが単独で襲ってくるのだ。連携など、そこにはない。
跳びかかってくるキメラの爪を流れる風のように軽やかに避け、擦れ違いざまに刃が走る。
「天都神影流・流風閃」
月光の如き冷厳さを宿す刀身が、横一文字の軌跡を描く。切っ先はキメラの腹部を切り裂いた。溢れる血液と臓物が大地にばら撒かれる。
痛覚がないのか、それをも上回る臓物を引きずりながら再び牙を剥く。
だが、世鳴がそれを許さず、スコーピオンにかけた指を引き絞る。鉛の弾丸を大量に吐き出し、キメラに止めを刺す。
仲間の死など意に介さず、もう一体のキメラが剣一郎へ向かう。
流し斬りでキメラの懐に肉薄し、急所突きと紅蓮衝撃を同時発動、自らが持ち得る渾身の力を以て刃を振るう。白銀の刃がキメラの肉体を蹂躙し、無残な肉塊へと変える。
「‥‥天都神影流『奥義』、龍昇嵐」
手向けか、自らが放った技を伏した死骸に呟いた。
●黒き戦士、白き軍人
剣士と銃士の戦場よりやや離れた場所を駆けるジーザリオ。それを追跡する二体のキメラ。
「ドッグさん、準備は良いですか?」
もう一台のハンドルを握るのは、セレスタ・レネンティア(
gb1731)。傭兵に向けて大量生産されたUPCの軍服に身を包んだ、元軍人だ。
彼女の声は、隣の助手席に身を預ける少年へと向けられた。
「‥‥い、異常な、なし! です!」
青年期へと移行する途中の少年、ドッグ・ラブラード(
gb2486)が青褪めた顔で返答する。
女性恐怖症らしく、
「車を停めると同時に展開しましょう」
セレスタの指示に、ドッグは壊れた人形のように首を上下に振る。
先に止まったジーザリオからやや離れた場所で地面を削りながら停止し、両者は素早く――特にドッグは逃げるように車を降りた。
少年はすかさず携えていた自身の身の丈ほどもあり、剣身に女神が描かれた巨大な剣を構えて祈りを捧げる。
すると、彼の体の皮膚が黒く変化していく。それは金色の相貌にすら及び、黒の戦士へと彩る。
「死に往く生命に幸いを、我々の戦いに未来を」
祈りと同時にGoodLuckを発動。微かな祝福を受けたドッグの黒の双眸が、キメラへと向けられる。
「背中は任せました」
先までセレスタに対して狼狽していた少年の表情はなく、意識さえも戦士のそれへと変貌を遂げていた。
黒の戦士は、自らの喉笛を食い千切らんとするキメラの牙を剣で受け止める。
金属質の悲鳴が上がるが、ドッグは物ともしない。
「苦痛は一瞬だ、安心していい」
ソニックブームを発動、キメラに銜えさせたままの大剣を一気に真横に薙ぐ。停滞もせず、キメラの身体を二分に両断した。刃が血を纏って鈍い輝くを放つ。
更に斬撃によって発生した剣風が大地を削り、その先に居るキメラに叩きつけられる。全身に刻まれた裂傷から、血が飛沫となって飛び散る。
それでも怯まず、キメラはドッグへと迫る。
「しゃがんでください‥‥!」
後方からの声に冷静に反応し、身を屈めるドッグ。彼の背後には銃を構えたセレスタの姿があった。
彼女の持つ、世鳴のものとは異なる短機関銃が火を噴く。
短機関銃とキメラの間を鈍色の軌跡が繋ぎ、同色の弾丸の群れがキメラを襲う。弾丸が穿つ度にキメラの体が跳ね、血を纏ったダンスを強制する。
銃声の終わったとき、死の踊りも終わり、漸くの安楽を齎した。
瞬く間に、半数ほどのキメラを屠った四人の能力者。その四人を血祭りに上げようとするキメラ。
そのキメラの目が届かぬ場所に、四人の影が静かに現れた。
●両翼からの急襲者
同胞を斃されながらも、キメラは能力者たちへと向かっていく。
時折吹き荒ぶ風を突き破るように、大地を駆けるキメラたち。
風の靡く音に混じって、乾いた音が響く。
すると一体のキメラの左後ろ足に黒点が刻まれ、そこから溢れる血液が赤黒い華を咲かせる。
突然の体勢を崩し、地面に倒れ込むキメラ。何が起きたのか判らず、周囲を見回す。
砂塵の中に佇む、青き瞳の狙撃手がそこに居た。
綾野断真(
ga6621)。
覚醒して髪が金色へと変わった彼が持つライフルから役目を終えた薬莢が吐き出され、新たな弾丸が押し込められる。
自らを撃った狙撃手を視認したキメラは、痛みなど忘れて立ち上がろうとする。
そのキメラの前に現れたのは、青と銀の瞳を持つ能力者だった。
槍と斧、二つの特性を持つパイルスピアを得物とする浅川聖次(
gb4658)が。
「逃したりは‥‥しませんよ」
それは、静かなる死の宣告。
鈍色の穂先が、死の形となってキメラの額を貫く。深々と突き刺さる穂先が脳髄を抉り、キメラの命に終止符を打つ。
生命活動を終え、息絶えたキメラを振り払うようにスピアを引き抜く。キメラの抉られた額から血と脳漿が溢れ、血だまりを作る。
「狙撃、お見事です」
無線機の先に居る断真に賛辞を贈ると、向こうから謙遜の声が聴こえてきた。
能力者たちの作戦は、まず二つの班がわざとキメラに発見され、キメラを迎え撃つ。彼らがキメラを引き付けている隙に、残りの班が両翼に回り込んで包囲、殲滅するというものだ。
如何に能力が優れていようと、それを的確に活用できなければ意味がない。
自らに宿した知恵を最大限に活かして戦う能力者と、対して自らの戦闘能力だけを頼りに戦うキメラ。
それこそが、両者の間に横たわる超えられない壁だった。
右翼からキメラへと圧力をかける、断真と聖次の二人。
だが、左翼に展開している班は未だに動いなかった。
その理由は、白衣を纏った男が傍観していたからだ。
分子生物学に精通し、フォースフィールドの分析や無効化の研究を独自に行っているドクター・ウェスト(
ga0241)。
彼にとって、バグアやキメラはただの敵ではない。実験台だ。戦場すらも、己の研究の正否を証明するための存在する実験場なのだ。
その実験場を具に観察しているドクターの顔に、突然渋面が作られる。
「ケンイチロウ君はサスガと言うべきかね〜」
彼に何か思うところがあるのか、その表情は険しい。
「ドクター、そろそろ行こうか」
待ち草臥れたように、彼の傍らに立つ女性が語りかける。
ティルヒローゼ(
ga8256)。
『黒の戦慄』と呼ばれる女性の手には、自らの背を超える大きな鎌、ハルバートサイズが握られていた。
覚醒によって胸元に髑髏の印章が浮かび上がり、漆黒と濃紺のオーラが全身を纏っている。
その様相は、正に死神だ。
ドクターは顎に手を当てて思案する。結論はすぐに出た。
「倒してしまえば、あとでいくらでもできることだ。まずは殲滅してしまおう!」
狂気を含んだ笑みを浮かべながら結論付けると、覚醒によって彼の瞳から光が溢れる。
そんな彼にティルヒローゼは微笑を浮かべると、砂塵を背に受けて大地を蹴る。闇色の戦意が、魔鳥の如く靡く。
迫る死神の足音を聴き取ったのか、ティルヒローゼに自らの牙を突き立てようとキメラが方向転換し、爪を振るうが、既に遅い。
流し斬り。
名のとおり、流れるような動きでキメラの爪を避けて横手に回り込み、ティルヒローゼの大鎌が半円の弧を描く。
しかし、死神の刃はキメラの命を刈り取らず、柄を腹部に叩きつけて弾き飛ばすだけに留まった。
吹き飛ばされ、地に伏すキメラ。苦痛すら跳ね除けて立ち上がろうとするが、死の光が煌く。
ドクターが手にする、度重なる改良を施されたエネルギーガンだ。改良されたエネルギーガンと、電波増幅によって知覚能力を底上げして放たれる光は、確実にキメラの頭部を撃ち抜いた。
戦場に横たわる、六体のキメラ。残りは一体。能力者たちの得物が、一斉に最後のキメラへと向く。
それでも、キメラは猛然と能力者へと向かっていく。その牙で、その爪で引き裂くために。
だが、それが現実のものとはならなかった。
能力者たちの放つ刃が、弾丸が、光が、最後の生体兵器を屠った。
●戦いの終わり
「これで全部か?」
剣一郎はただの肉塊となったキメラを一瞥し、問う。
その問いにセレスタは頷き、戦いの終わりを告げた。
「作戦終了です」
彼女の言葉を受けて、剣一郎は刀を鞘に収めた。
戦いの後の反応は、様々だ。
世鳴は素直に勝利を喜び、聖次は労いの言葉を皆にかける。勝利の美酒を楽しみにしている断真に、自らの愛車の中で息をつくセレスタ。
そしてドクターは実験材料としてキメラの肉片を嬉々として集めて回った。その姿は、戦っているときよりも嬉しそうだ。
彼の蒐集には、意外にもドッグも協力した。
ドクターは幾つか手に入れたところで満足したのか、残りを彼に譲った。そして、ドッグは彼自身の蒐集の目的を始める。
キメラの埋葬だ。
荒涼の大地に埋められていく、異形の者たち。
全てのキメラが埋葬されると、彼らの血に塗れた剣を大地に突き立てる。
「次に会うときは、笑顔で‥‥」
黙祷を捧げ終わると、大剣を引き抜き、仲間の下へと戻っていった。次なる戦場へ向かうために。