●リプレイ本文
●仮想の中で
数多ある北米の基地のひとつ。
基地の一角にある一室には、多くの機械が鎮座していた。
その機械の内部はコックピットを模した空間となっており、能力者たちはそのシートに身を預けていた。
彼らの眼前にあるモニターに広がっているのは、とある街並みだった。
何処にでもありそうな、平凡と呼ぶ以外に形容のし難い街。
だが、その世界は地球の何処にも存在してない虚像の街でもあった。
そこは現実を忠実に再現された仮想。人の手によって創られた、0と1が折り重なってできた世界なのだから。
突如、仮想世界の両端で幾つもの0と1の羅列が空中で円を作り、新たなる物体が形成される。
一方には全長八メートルほどの異形の戦闘機。航空力学などの理論を完全に無視した形状のそれは地球製ではない。
異なる星より来たりし災厄――バグアの主力兵器、ヘルメットワームだ。
もう一方には、巨人が現れた。全長は八メートルと先のヘルメットワームと同等の巨躯を持つ。
だが、ヘルメットワームは全て形状が統一されているのに対して、巨人は一機とて同じものは存在せず、皆がそれぞれ特有の姿をしていた。
それはバグアによって追い詰められた人類の叡智と希望、その他諸々の想いを結集して造られた人類の剣であり、盾。
翼持つ鋼鉄の巨人――ナイトフォーゲルだ。
都合十六機の戦闘兵器が対峙する世界。その世界で巨人たちに乗り込む能力者たちは、戦闘の合図を待っていた。
その中の一機、左肩にコックピットが収まる機首が大きく迫り出した機体の中で、紫煙を燻らせている男がいた。
名は海東 静馬(
gb6988)。彼は口の端に笑みを乗せながら呟く。
「さて、初のKV戦闘。ちったぁ気合入れて挑むとするか」
そろそろ始まるだろうと踏んで、携帯灰皿に煙草を捨てると操縦桿を握り、始まりの時を待つ。彼の戦意に呼応して、漆黒の瞳が紫の色を帯びていった。
丁度そのときだった。
『全員、準備は出来たか?』
シートに身を預けていた能力者たちに、電子の中を通した声が響いた。その声の主は、今回の訓練を計画した女性教官のもの。
能力者たちは教官の問いに、各々の言葉で肯定を示した。それを聞いて頷く。
『では、訓練開始』
教官の静かな声が嚆矢となり、戦いが始まった。
●天翔ける龍と光
二羽の巨大な鉄の鳥となった巨人が、仮想の蒼き空を翔ける。
砲塔が二つ備え付けられたロケットランチャーを携える、灰色の無骨な翼。静馬が乗る、中国の電子偵察機として造られたKV、岩龍だ。
その傍らには岩龍とは対照的に、空と同化しそうな蒼穹に染められた装甲で身を包む翼があった。
日本に籍を置く銀河重工が造り上げた、知覚系近接戦闘用兵装を内蔵するミカガミである。
装備も対照的に光学兵装である高分子レーザー砲と、捕捉した敵機を追尾するホーミングミサイルを装備している。
その蒼き翼に乗るのは、赤髪の少女――高村・綺羅(
ga2052)。
彼女の赤き瞳が、二機のヘルメットワームを捉える。操縦桿のスイッチを押すと、両翼に備えられたミサイルが空に白煙の尾を引いて飛翔。
ヘルメットワームは回避行動を取るが、避けきれずに着弾。側面の装甲を爆発で吹き飛ばし、抉る。
だが、その程度ではワームは落ちない。綺羅は間髪を入れず、更に攻撃を加える。
光が三度輝く。
レーザー砲から放たれた光弾は正しく光の速さで飛来し、ワームを穿つ。致命のものとはならなかったが、光の矢は確かに異星の戦闘機を貫いた。
度重なる攻撃を受けたヘルメットワームは緩慢な動きで反転、ミカガミを捉える。ヘルメットワームの左手に当たる突起に、赤の粒子が集まっていく。
轟音と同時に、血の如く赤い光、プロトン砲が放たれた。
光は奔流となり、蒼の機体を飲み込もうと一直線に雪崩れ込む。
綺羅は発射と同時に操縦桿を傾け、回避行動に移る。機体は風に舞う木の葉のように軽やかに流れ、光を避けた。
それを為し得たのは計算ではなく、自身に染み込んでいる能力者としての技量、そしてKVのパイロットとしての経験だった。
赤き光が彼方へと流れいく。その流れを遡るようにして、静馬の岩龍が一気にワームとの距離を詰める。
そして、岩龍が吼えた。
機体下部に搭載した二連装ロケット弾ランチャーが、轟音と共に砲弾を射出。巨大な龍の牙はワームの機首に真っ直ぐ喰らい付いた。
直撃を受けたワームは煙を吹きながら落下、ビルの根本に激突して盛大に爆ぜた。
音を立てて倒壊していくビル、そして既に鉄の破片となって埋もれていく異星人の戦闘機を見下ろす静馬。
そんな彼の視界の端で、光が瞬いた。それは紫の光。後方にいたヘルメットワームの収束フェザー砲だ。
静馬は咄嗟に回避運動を取るが、遅い。
光の矛が岩龍の左半身を貫いた。光は装甲を蒸発させ、翼をもぎ取る。コックピット内部に紫の光と衝撃が錯綜し、パイロットを打ちのめす。
だが、戦意を断ち切るには程遠い一撃だ。
「そう簡単に落ちるほど俺の岩龍は脆くねぇぞこるぁ!」
静馬は吼え、手元のレバーを引く。生きているバーニアが全力で吹かして落下スピードを減殺、機体出力を調整して低空飛行へと移行させると、そのまま地上を目指す。
岩龍は無事に大地に着地、アスファルトの上を滑走した後に静止し、巨人の姿へと変形した。
だが、砲撃によって右腕と翼を失い、破損箇所の至る所から血流の如く火花が散っている。
ワームは瀕死となった龍に止めを刺そうと、砲塔を向ける。赤き光が漏れ出し、今にも放たれようとしていた。が、静馬は自身を狙うヘルメットワームから視線を移した。
彼の紫紺の瞳が、更なる上空へと向けられる。天より飛来する、光を纏う短剣を携えた鋼鉄の侍に。
綺羅のミカガミが空中で変形してヘルメットワームへ急降下、同機の許可など得ずに着陸する。突然の来襲によって体勢を崩し、赤き射線は虚空へと吸い込まれていった。
大地を滑り、ヘルメットワームの眼前へと踊り出たミカガミが、逆手に持ったグランデッサナイフを振り下ろす。
続けて、ミカガミが右手を掲げる。すると、右腕を覆う装甲が音を立てて開かれた。そこから顕れたのは、光り輝く刀身。
これこそが、ミカガミに搭載された真の能力――『雪村』である。
蒼き侍の腕から伸びる光刃が、横薙ぎに振り抜かれた。
高密度に圧縮された光は嘗ての名刀すら凌駕する切れ味を持つ。ヘルメットワームの装甲と、それに守られていた内部構造を何の停滞もなく切り裂いた。
ミカガミは両断されたワームを蹴って離れると再び戦闘機へと姿を変え、空へと翔けていく。
対して、浮力を失ったワームは真っ直ぐ大地へと落下、アスファルトを砕き、粉塵を撒き散らした。
岩龍の眼前に堕ちたヘルメットワームは機能を停止――する筈が、尚も攻撃を行おうと突起を光らせる。
静馬は岩龍の残った左手でガトリング砲の銃把を握らせ、連結する数多の銃口を向ける。
高速回転しながら銃弾を凄まじい勢いで吐き出していく。絶え間ない銃撃を受けるワームが蜂の巣となるには然程時間はかからなかった。
光を失っていくワームを見つめながら、静馬は息を吐いた。
だが、ガトリング砲を構える左手もダメージを受けていたのか、銃声が止むと同時に爆発、夥しい数が転がる空薬莢を下敷きにして落下した。
両腕を失い、戦闘能力も失った岩龍だが、一機のワームを倒した事実を得た。
それが例え、仮想であっても。
●地上を疾駆する巨人
低空を翔ける、六機のヘルメットワーム。
その内の三機は、一機のKVを狙っていた。
装甲を削ぎ落とし、機動力を極限にまで高めた細身の体。故に被弾を許されない、華奢な機体を。
岩龍を造り出した中国の奉天北方工業公司の新型機――骸龍。
舞うようにアスファルトの大地を駆ける龍には、広範囲にビームをばら撒く拡散フェザー砲ですら穿つことはできなかった。
その機動力は、機体に与えられたもう一つの能力が齎すものでもあった。
特殊電子波長装置γ。
ヘルメットワーム、キューブワームが発するとされる、KVの駆動をジャミング電波を中和する効力を持つ装置。
その効果もあってか、巨人の動きは軽快さを増し、自らを灼こうとする光を次々と回避していく。
「流石に動きが違いますわ、振り回されないようにしないといけませんわね」
アリオノーラ・天野(
ga5128)は自身が乗り込む機体の感想を、半ば嬉しそうに口にした。
地味とも言える、実用的なカラーリングを施された骸龍とは違い、見る目麗しい金髪の女性だ。
ワームとの距離を一定に保って大地を駆ける骸龍が、徐に左手を上げる。その手には、MSIバルカンRという機銃が握られていた。絞られた引き金は軽い。
一度の銃撃で引けば十発もの鉛弾を吐き出し、一機のヘルメットワームに全て喰らい付いた。
だが、バルカンの単発の威力は高くなく、銃痕を穿たれたワームは構わず突起へ光を収束していく。
今正に砲撃しようとしたヘルメットワームの装甲に、新たな黒点が生まれ、遅れて流血の如く火を噴いた。
最も北に位置するビル。その陰から長く伸びる銃身を覗かせて構える、黒と紅に染められた巨人の姿があった。
バイパー――『クサリヘビ』の名を持つKVに乗るのは、緋阪 奏(
gb6253)という青年。覚醒に伴い、視力を失った左目の網膜に戒律が刻まれている剣士だ。
一矢報いようとプロトン砲を放とうとするが、狙撃手はそんな暇など与えず、銃弾を与えた。
自らの最期となる銃弾を受けたワームは沈黙、大地に落下して動かなくなった。
その傍らの一機のワームが代わってプロトン砲の発射態勢に入る。その隙を狙ったかのように、赤き巨人が姿を現した。
それはインドのMSIが開発したディアブロ。青年になろうかという少年、篠崎 宗也(
gb3875)が乗るKVだ。
悪魔は主の命に従って練力を食らい、自身に施された能力――パニッシュメント・フォースを発動。得物である試作型リニア砲にその力を宿す。
ディアブロの力を注ぎ込まれた影響か、砲身が僅かに赤光を帯び始めた。
「こいつの一撃は痛いぜっ!」
宗也は肉食獣に類する獰猛な笑みを浮かべながら、トリガーを引く。
磁力を纏った砲弾が高速射出。それは目にも留まらせることを許さない速度でワームに着弾、胴体に巨大な大穴を開けて爆砕させた。
正に、悪魔の一撃だった。
瞬く間に二機のワームを葬った三機のKV。彼らの六つの眼光が鈍く輝き、残ったワームを睥睨する。
それに恐れを為したのか、得意の慣性を無視した動きを以て、残った仲間の下へと逃走を図る。
だが、彼らがそんなことを許すはずもなく。龍の銃撃、剣士の狙撃、悪魔の一撃が、無慈悲に叩き込まれた。
『残り三機』
彼らが敵機を葬ると同時に世界に響く、教官の声。
仮想とはいえ同胞を打ち倒された怒りか、それとも彼女の言葉に焦ってか、ヘルメットワームが速度を上げて街を飛び交う。
建造物の間を擦り抜けていく、一機のワーム。
その陰に隠れていた単眼の白き巨人が、自らに気づかずに過ぎ去っていくワームを捉えた。
銀髪の少女、フローラ・シュトリエ(
gb6204)が駆る、英国工廠が作り上げた美しき破壊者――ロビン。
白き巨人は右手に長い柄を、左手には高分子レーザー砲を装備している。ロビンに適した装備だ。
巨人が左手を上げ、搭乗者の赤き瞳でレーザー砲の照準を定める。それはすぐに終わり、銃声が三度鳴いた。
轍を刻む三条の光はワームの後部装甲を貫き、浮力を奪った。飛行する速度のまま大地を削りながら滑るワーム。
絶好の機会にフローラは脚部に内蔵された車輪を回転させ、一気に接近。同時に巨人が持つ柄のスイッチを押す。すると、柄の先端部から光り輝く巨大な刃が現出した。
横薙ぎに振るわれた光の斧はワームの胴体を灼き、魚を下ろすようにして上下に両断。死神の如く刈り取った。
ロビンを狙おうと低空を飛行するワームに、巨大な影が覆う。
それはビルを足蹴にして跳躍した白い体に青のラインを走らせた巨人、スカイスクレイパーのものだ。
今回訓練に参加した能力者、エインレフ・アーク(
ga2707)の乗機であり、参加したKVの中でで唯一、陸上戦闘に念頭を置いた機体である。
彼の得物も、他の者達よりも変わっていた。
シャベルだ。
日用品として使われるシャベルを、KVのサイズにまで巨大化させた代物である。
だが、シャベルは嘗て塹壕戦に於いて最強と謳われたほど立派な武器として認知されているのも事実だった。
「うおおおおおお!」
コックピットの中で吼えるエインレフ。
彼の気迫が込められ、巨人の膂力を以て振り下ろされた一撃は凄まじく、ワームの巨体を大地へと叩き落した。アスファルトの岩盤を大きく陥没させる。更にワームに飛び乗り、硬質なシャベルを幾度となく叩きつける。
何度目かの殴打で活動停止となったワームだが、それでもエインレフは攻撃を止めなかった。それは何かしらの怒りを込められており、八つ当たりにしているようにも見えた。
「基本に立ち返って、自分を見直してみるのも大切ですねぇ〜。せっかくですから、色々と試してみますね」
始まる直後、シミュレーターの中で、仮想とはいえ戦場には変わらないこの空間で、不釣合いな間延びした口調で呟いていた女性――乾 幸香(
ga8460)。
彼女が普段放つ雰囲気も傭兵とは思えぬほど柔らかさを持っているが、例によって覚醒に伴う変化でなりを潜め、不敵な笑みを浮かべている。
同時に、幸香が乗る電子戦KV、ドローム社のイビルアイズの名が示すように、彼女の栗毛色の瞳も赤い輝きを放つようになった。
ビルの影から影へ渡り歩く身を隠す彼女は、皆に指示を与えていた。
彼らが敵の隙を突いて行動できたのも、彼女の的確な指示を受けての賜物だった。
切っ先の如く鋭い赤の双眸が、最後の敵を捉える。
陰から飛び出た鈍色の巨人は左手に持つMSIバルカンRに咆哮させ、銃弾をばら撒く。
ワームは咄嗟にそれを避け、突起に紫の光を集約していく。だが、それは突如霧散し、爆光に呑まれて消えた。
イビルアイズの右手にある150mm対戦車砲の巨大な砲口から、薄い硝煙が昇っている。
ワームの砲撃が放たれる前に砲弾を放ち、破壊したのだ。
代わってプロトン砲の赤き光を放とうとするが、その挙動は明らかに遅く、あからさまだった。
再び巨獣が吼え、砲弾は胴体を喰らって大きく吹き飛ばす。落下していくワームはビルへと激突、盛大な花火となって散った。
その黒煙は、戦いの終了を知らせる狼煙となり、
『ワームの全滅を確認、訓練終了だ。ご苦労、見事な腕だった』
教官の労いの言葉を受け、安堵の息を吐いてシミュレータから降りた。