タイトル:Cooking−Nマスター:雨龍一

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/18 04:47

●オープニング本文


「マァム‥‥これ、おいちくない」
「あちし、いらにゃい‥‥」
 つき返されたお皿。それを苦虫を潰した顔でノーラは黙って見つめ返した。
 そんなに、下手ではないと思う。
 いつも出されていた生活から、自分ひとりの生活に変わり、そして――

 自宅では、普通に食べていたはずの食事。
 場所が変われば物も変わる。
 食べ物だってそうだ。全てのものが流通しつつあるLHならまだしも、現在、他国との取引が少ない各国ならでは特にそうなってくる。
 その中でも、この英国は比較的被害が少ないはずだった。
 そう、はずだった――
 この国独特の問題を抜かせば、である。


 英国はロンドン、ナットー事務所の1階にあるパブ。
 それは帰省しているノーラが居座る場所のひとつであった。
「ねぇ、ナターシャ‥‥子供がね? あたしの料理、食べないのよ」
 ノーラ・シャムシエル。彼女の目下の悩みは仕事ではない。
 それは――
「ノーラ‥‥きっとそれ、あなたの料理がまずいんじゃ」
 開店前の準備に勤しんでいた彼女の手にはグラスがクロスによって磨かれていた。
 ふうと艶やかな唇から出された息は、薄っすらと曇りを作り出し、彼女の手によって光を増していた。
「ええっ!? 今まで下手って言われたことないわよ?」
 ぷっくらと膨らんだ頬が年齢をさらに下に見せる。
「‥‥普段はどっちが作ってるの?」
 ナターシャは磨いていたコップを置きながら耳を傾ける。
「‥‥あたし、だけど」
 その回答に、彼女は少し笑みを零した。
 少しは成長したのだろう、幼少期から知っているナターシャにとって、その成長が垣間見えるのは嬉しい。
「じゃぁ、質問を変えるわ」
 カウンターから出てきたナターシャは、スツールに腰掛けるノーラの頭を優しくなでながら――少しだけ声のトーンを落とした。
「――何を、作ったの」

 出てきた答えは、この国の伝統料理で。
 しかし、異国の地で料理を食べていた子供達には少しばかり――

「あんた、子供に何を――」
 溜息が漏れる。
 伝統料理ではあるが、明らかにお酒のおつまみ。
 そして、このパブでもよく出している料理でもあった。

●参加者一覧

/ R.R.(ga5135) / 砕牙 九郎(ga7366) / 百地・悠季(ga8270) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 熊王丸 リュノ(ga9019) / 天(ga9852

●リプレイ本文

「へぇ、料理教室ねぇ‥‥って、ええ!?」
 百地・悠季(ga8270)は思わず目を疑った、が、ふとあることを思い出す。
「まぁ、ノーラだし‥‥」
 何かにつけ、この言葉で終る気がするのは気のせいだろうか。


「明日は、ちゃんと挨拶するんだぞ?」
 まだ春先の少し寒い午後は暖炉に火をくべる。英国邸宅にて暖炉のある家は、現在多いとも言えないかも知れないが。
 暖炉の前の毛足の長い絨毯に、二匹の丸っこいのが転がっていた。
 ふわふわと金と銀の髪を揺らしながら。
 少し離れたテーブルの上には、先程まで食べていたのであろう、デザート皿が乗っている。
 ゆったりとした造りの部屋は、ノーラの先輩の別宅だ。
「おつまみを否定するわけじゃないんだが‥‥なぁ‥‥?」
 作ったのは案の定フィッシュ&チップス。この国では珍しくないファーストフードの一つである。また、他にもこの国独特の調理法によるもので今まで過ごして来た食と違うものだった。故郷の味を‥‥そう考えたときに思いついたのだろう。
 が、やはり未だ小さな子供には不向きなもので。
 少し離れただけで何をするかわからない奇想天外な妻に苦笑を漏らしつつ、既に先輩にも絞られたのだろう、落ち込む姿に頭を撫でてしまう。
「せっかくだ、みんなに聞いてごらん」
 見解は色々。そこから学べることは多いだろう。
 そして、それは子供たちにもきっといい影響になるのだから‥‥と。



「どうも 本日の鬼コーチです」
 仮面を付けて現れた大きな人物に、ノーラは子供共々小さく悲鳴を上げた。
 マスク状になっている口元からは、コーホーと、変に息が漏れる音がする。
「俺だってばよ。俺」
 苦笑しながらマスクをはずすと、苦労もとい砕牙 九郎(ga7366)が顔を出す。
 ノーラは涙目で訴えてみるが、そんなことは知りませんとの様子で足元に纏わり付く二人の子供に優しい笑顔を向けた。
「へぇ‥‥双子ねぇ」
 後ろから覗き出た悠季は子供を見てにっこりと微笑む。
「や、子供は関係ないから。ほら、こっちよ」
 すぐに自慢したくなるくせに、あまり出したがらないようで、ノーラはそわそわと来てくれた人たちを調理場へと案内した。
 もともと使用人を雇うような家だったのだろう、厨房は広々とした造りになっており、小さなレストランより立派なものだった。
 集められた食材はこっそりと天(ga9852)が手配したものだが、ノーラは気付いていなかった。心配性の所長がやったのだろうと思っている。
 実際、ノーラと所長の関係は普通の会社の上下関係ではない。
 どちらかというと、家族ぐるみの付き合いだ。
 ので、実は彼女の行動は一部始終実家へと報告されているのだが――この娘、そのことに気付いている様子はない。

「そうねぇ、ここのではちょっと厳しいし‥‥」
 一先ず、日本料理なら外れないわよ、悠季の言葉に九郎も頷く。
 日本料理も、まぁ‥‥おつまみ系はあるのだが、そこまで奇抜な刺激は確かに少ないものが多い。
「不味い訳ではない、と思うよ」
 ただの選択が、間違っただけだよねといいながら。
 本日の先生はユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)と先程からの九郎と悠季だった。
 3人とも見知った顔なので、ノーラは結構むすっとした顔を直接出していたりする。
 そして、一緒に習おうとしているのは熊王丸 リュノ(ga9019)なのだが――。
「がうー」
 食材たちを見ながら既に涎をたらしていた。
「まぁさ、とりあえず順番に覚えていこっさ」
 作った料理の味見にはR.R.(ga5135)が控えている。プロの料理人なのだが、人が作ったものを食べて、よりうまさを追求したいという信念に従い本日は生徒として参加を表明していた。



 そもそも、料理というものを考えた時それはどこを重視すべきなのだろうか。
 素材、環境、習慣様々な要素があるだろう。しかし、一番重要視されるのは、食べる人ではないだろうか。どんな人に食べさせるか、そこを抜かしてしまっては適切なものといえない。まして、自分で選ぶことの出来ない子供ならなおさらであろう。
 九郎はしばし考えた末、まずはじっくりノーラと話すことにした。
「まぁ、なんだ‥‥子供のご飯は全力で頑張らないと、さ」
 話を聞くには、どうも自国料理のときだけに発揮されるようなのだ。
――恐るべしは習慣、である。
「な、なんでだめなの?」
 溜息をつかれ、ノーラは不安そうに見上げる。
 苦笑しつつ九郎は「野菜も、肉も、美味しいタイミングを考えないと、さ?」と語る。
 そこからは簡単だが、素材の味を生かした料理の調理。実習の始まりだった。
「た、食べていいのら?」
 覗き込んでくるリュノに、先に覚えてからな、と声をかけつつ。
 まずは一品とばかりに、手際よくお米を研ぐことからはじめた。
 研がれたお米を浸水しつつ、その間に入れる具材を用意する。炊き込みご飯だ。
「そーだなぁ、ノーラさんは、タイミングと調味料の分量を。リュノさんは‥‥俺と頑張ってみようか?」
 出したのは手作りのレシピノートだった。
 今作る予定の料理のページを開くと、ノーラに分量を量るように促す。
 その間に、リュノが九郎の指示に従い材料を切っていく。
「ほらほら、ここはもうちょっと丁寧に、な?」
 中々大雑把な包丁捌きに苦笑しつつ、リュノの手前で見本を見せる。
 がうーと見つめながら、真剣に言葉を聞き取る。
「よしよし、これを用意してもらった調味料へ合わせて‥‥」
 綺麗に細かく切られた具材を調味料に和える。小首を傾げるノーラに九郎は、
「こうすることで、余計な調味料を加えないですむんさ。そう、調味料は適量‥‥リュノさんも注意点だぞ?」
 予め具材と混ぜることにより、炊き込み料理にありがちな味の疎らも防ぐことになると。浸水して置いたお米を炊飯器にセットし出した。
「えっと‥‥これ?」
 見たことはある、が、自分では使用したことは無い。
 たしか旦那は使っていたような気がするが、だ。
「おお、これに入れたら無駄な加熱を防げるから‥‥ノーラさん、あまり使ったこと無いのか?」
「リュノはあるのら!」
「えっと‥‥お米は、あんまり‥‥」
 食べたことはあるが、自分では料理したこと無いと告げた。
「そっかぁ、なんでも合うし、主食の一つだから」
 今度から取り入れてみるといいさ、と。
 炊飯器に入れられたお米に、調味料を合わせた具材を入れ、炊飯スイッチを押す。
 電気釜だ、後は出来上がりを待つだけである。

「まぁ、子供向けって難しいかなぁ」
 苦笑しつつユーリはノーラを見つめる。リュノが「がう?」と首を傾げつつ見てきたので少し頭を撫でる。
「そうだな、すこし子供向けなものを考えてみようか。一緒に頑張ろう」
 そういって出してきたのはユーリが予めお勧めできる料理名だった。
 オムライスや、ポトフ。簡単な家庭料理であり、間違いが少ない。そして何より、子供に人気の代表例である。
 子供に人気というのは、大抵幼少期より家庭で食べられているものを指すのだが、ここら辺の料理は確かに幅広い地域で似たような形で用いられているものだ。
「まぁ、人数もいるし」
 そういって始まったのがオムライスだった。簡単だからといってまずは既に炊き上がっているお米を使ってチキンライスを作ることだった。
 手馴れた仕草で刻まれる玉ねぎと鶏肉。さすがR.R.、料理人である。
 それを先程九郎に注意され、先に分量通りの量り取った調味料を加え炒めていく。
 さっくりと出来上がったチキンライスをボールに移し、続いてポイントでもある被せる卵についてだった。
「いい? 溶いた卵をフライパンにのせて‥‥と」
 手順を見て覚えるようにいうと、ノーラとリュノは被り付いて見る。R.R.もにっこり微笑みながら見るとユーリはうっすらと焼きあがり始めた卵を菜ばしで整えつつ、その中にチキンライスを投入した。
「こう、卵の真ん中に、縦長の形において‥‥上下からパタパタと包んだら」
 手馴れた様子でフライパンに残らないよう折り畳んで見せると、
「こうやって、柄の遠い方に寄せて」
 体とは反対、つまり先端部分に卵をそのままスライドさせていき、フライパンを逆手で掴んだ。
「えいやっ」
 掛け声と共にもう片方の手に持った皿の上に、そのままフライパンをひっくり返す。
「まぁ、ちょっと行儀は悪いけど、綺麗にできるから」
 どう? と見せられたオムライスは、確かに綺麗な形でお皿の上に月形に乗っていた。
「‥‥はい、やってみて?」
 促されるまま、三人ともそれぞれ開始する。
 R.R.は手馴れた様子で手早く出来ていくのだが、リュノには少しだけ届きそうになく、片手で皿を持ちながらというのは無理そうな為、机の上に置きながら頑張っていた。
 ノーラはというと‥‥まぁ、あまり悪くはない。そう評価できるものではある。
 その姿に満足をしつつ、仕上げとばかりにユーリはケチャップを取り出した。
「絵を描いたりすると、子供は喜ぶと思うよ?」と。
 リュノは大きくクマを描き、ノーラは小さく猫を描く。R.R.はというと、少し考えながら『R.R.』と描いていた。
 他にもう一品、まだ旬は先ではあるが夏野菜を用いたラタトゥイユを作り始めた。
 これもシンプルであり、一般的なものである。
 一口大に切った野菜を、香草を加えてオリーブ油で炒めていく。その時の炒め加減を注意しつつ、トマトを加え、白ワインを入れた。
 今回は子供でも食べやすいようにと、ワインは少な目にし、水を入れている。
 歯ごたえがある夏野菜は、オリーブ油で炒められた事により軟らかくなり、また煮込む時に溶けにくくなるのだ。
 ふんわりとした香りに、味を整えるのに軽く塩・胡椒を加える。
 ノーラが少し強めに入れそうだった為、ユーリは慌てて取り押さえたりしてしまった。
「ぶぅ‥‥」
「ダメだよ? ノーラ。刺激は少なめ、素材の味を‥‥ね?」
 そう諭されながら。

「じゃぁ、最後はあたしの番ね」
 にっこりと微笑んだのは悠季だ。
 こっそりゲッと思わず口にしてしまうノーラを見つつ、悠季は涼しく言い放った。
「――先輩に当たるはず、なのにねぇ」
 きょとんとするリュノの横で、がっくしと肩を落としてしまった。
 続いて用意された材料を見て、ノーラは不思議に思った。
 お肉はある、が。
「ねぇ、内臓はなくてもいいの?」
「いいの!」
 英国のメニューでは、しばしば使われる臓物であるが、基本他の国、特に日本では料理によって使う部分からは排除されている。それもあって余計味が奇抜であり、濃いものが多かったりもするのだが、それもまたよく考えないと気づかない点であろう。
 なんでもキッシュにしちゃえばいい、プティングにしちゃえばいいが基本だったりする。それは、さすがに‥‥教える立場的には避けたくなる。
「とりあえず、子供向け‥‥ね? ――間違ってもハギスなんて作らないでよ」
「悠季ねーちゃん、なにつくるのら?」
 今にも材料を口にしたげにリュノはかぶりつく。
「あー、はいはい。まずは、豆腐の水切りから‥‥」
 手馴れた仕草で説明するのはハンバーグだった。といっても、少しヘルシーで優しい豆腐入り。豆腐を見て首を傾げるノーラであるが、そこは一先ず置いといてといった様子で手順を一通り解説。
 用意したテキストを渡しつつなので、R.R.もまたふむりと言った様子で見つめる。
「――まぁ、作業自体は簡単だから」
 みじん切りした玉ねぎや摩り下ろした人参、子供の野菜嫌いの対策もあるのよと、中に入ってるものは細かくする。
 見えなくていいというものではない、中和し、味もわからない程度に隠すのも一つのコツだ。
「下味は軽く、好みで付けれるようにするのもいいわ。それか下味をしっかりつけて、他の和え物とのバランスを取るのもいい。主菜になるものはメインだからひきつけなくちゃね」
 この料理ならパン食にも合うから、と。
 ぐちゃぐちゃと具材と肉、豆腐をかき混ぜつつ、調味料を入れようとした段階で、悠季はいったん手を止めさせた。
「ねぇ、2人とも。適量って、どれくらいか知ってるかしら?」
「がうー‥‥いっぱい、なのら!」
「ええっと、入ってるってわかる感じ?」
 返ってきた言葉に思わずがくりと来る。
「R.R.、わかるかしら?」
 一人後ろでにっこり微笑むR.R.に悠季はふる。
「そうアルね。基本調味料は適量と記すと一つまみ、一振りなど、1が多いアルね」
 その言葉に満足そうに頷く。
「ええ。‥‥2人とも、そこが肝心よ」
 ギロリと見られ、思わずぶるりと震えてしまう。
「りゅ、リュノ覚えるのら」「が、がんばります」
 その言葉に満足しつつ、作業を再び続行させた。
 作られたタネは適度な大きさにとり、真ん中を火が通りやすいように少し押し凹ませる。そして、うっすらと油を引いたフライパンで焼くのだが‥‥。
「ノーラ、油多い!」
「ふぇ!? お、多い?」
 素早くキッチンタオルで吸い取り、なでる程度の油加減に合わせる。
「子供の料理には、あまり脂っこいものはダメよ。大人もだけど。おなか緩くなったりするわよ」
 テキパキとする様子に感心しつつ、自分の今までの料理を振り返る。
 ここ英国に滞在する間、ついつい心なしか油の使用量は多い気がする。もちろん、本人は気にならない程度なのであるが、子供にして見たら多かったのかもしれない。
「もし焼いたときに多めでも、懐紙や天麩羅紙などの上に一度引き上げることによって油は切れるから――それによって控えることも出来るわね」
 さっと手をかざし、温まったことを確認すると、タネをそっと入れる。
「色は狐色、そして最初は蓋をして蒸し焼きがベストね」
 そういって火加減を確かめつつガラスの蓋をかぶせた。
 その間にと、そっと水に一晩つけて戻した大豆を取り出す。
 そして先程ハンバーグの具材と共に切り置きしたにんにくと玉ねぎのみじん切り。それを小鍋の中でささっと炒めだした。
「これは簡単よ。こういった待ち時間に出来るものだから」
 白ワインを加えると匂いがより強まってくる。続いて取り出したのはトマトのホール缶。それを一つ鍋に入れると、そこにふやかした大豆を入れた。
「はい、これで後は煮込むだけ」
 他の野菜なども加えており、コトコトと中火で煮込んでいる。
 にっこり見回すと、じゅるりとリュノが涎を垂らしていた。そっとノーラはふき取る。
「で、そろそろよいぐあいじゃないのアルか?」
 R.R.の言葉に先程までのフライパンを覗けば、ガラスが曇り、横から少しずつ蒸気が出ていた。
「そうね、ちょっと見てみましょうか」
 蓋を開けるといい香りと共に蒸気が上へと逃げ出す。表面はすでに色を変え、裏返した部分にはうっすらと焦げ目が出来ていた。
「さて、後は裏面を同じくらいまで焼けば出来上がりね」
「え? 色もっとつけた方がいいんじゃないの?」
 全体に焦げ目がつくまで、そういうノーラの言葉に、「ダメよ!」すかさず牽制が入る。
「焦げたら美味しさが半減するの。‥‥ノーラ、まさか」
 顔を顰めて見つめるとえへへと苦笑しだす。
 その隙にリュノがちょいちょいと摘み食いしているのだが、気づかれていない。
 一粒、一粒豆が減っていく。
「いい? アバウトでも何でも良いけど、子供の料理には気を使いなさい」
 びしっと突きつけられる指に、あははと空笑いを返しつつ。
 カリッと両表面が焼けたのを確認すると悠季は皿に盛るようにいう。
 そこでまた一つ。
「いい? お皿の色彩も考えて。食欲そそる様に色彩豊かにするのも必要よ」
 料理は味だけではなく、見た目、匂いも重要なのだと。
 添え物に人参スティックとブロッコリー、そしてマッシュポテトを添える。上にパセリを振りかけると、より色彩は豊かになった。
 後で作らされるであろうが、今は例として作り置きをのせている。
 盛り付けが終ると、小鍋の中の水分が程よく飛んでおり、そこに塩・胡椒、そしてバターを一欠けら加えた。
 小さな小鉢に乗せると、ふんわりと柔らかなトマト煮が現れた。
「まぁ、こんなもんよね」
 腰に手を添えながら、悠季は満足そうに頷く。


 一通り終る頃、最初に仕込んだ炊き込みご飯が炊きあがった。
 上に香草と少しばかりの紅生姜をのせるも、「子供用にはあまりな?」と九郎は話す。
 出来上がった食事をテーブルに並べると、ボリュームを持った一献立が完成していた。
「それぞれの分が合わさってるから本日はバランスは無しだけどね」
 それでもリュノもR.R.も、そしてノーラも一通り味付けや彩り、作り方のポイントは教わることが出来た。
「まぁ、わからなかったらまた聞けばいいさ」
 九郎は他の人たちが教えている最中に作ったポイント入りレシピと、予め作っておいた本をドンと出す。その中には、子供向けに絵本仕立てになった本もあった。
「みんな、すまない」
 終った頃を見計らって、別室にいた天が子供をつれて入ってきた。
 丁度ご飯時、天の足にぴたりとくっ付きながらも興味深げにテーブルの上に乗る料理を見る。
「息子のゼファー・真音と、娘のゼフィリア・愛麗だ」
 そっと背を促すと、2人は見上げつつ、ぺこりと頭を下げる。
「じゃぁ、これ食べてみるかい?」
 ユーリの誘いに、パッと花が開いたように笑顔になった。
「よし、一緒に食べようか」
 並べられたテーブルは、普段使用する食卓テーブルではなく、少し足の短いテーブルで。ソファーの高さで丁度良いサイズだった。
 そこに並べられた料理は、色彩・匂い、共に豊かで、見ているだけで食欲がそそられる。こっそり増えている品もあった。R.R.の店で出している得意料理や悠季が試していた離乳食の試作品もある。そして、サラダなど、不足だった品も付け加えられていた。
 実習ということもあり、生徒達が作ったものは生徒の前に並べてはいるが、見本として作られたものを天と子供たちにも分け与えられた。
 食前の挨拶と共に始まった食事会は大変賑やかなものだった。
 リュノとR.R.はそれぞれ自分の料理以外も口にしつつ、これは‥‥などと評価を加えていく。総じてやはりノーラは止めに入ったものの、若干味付けがスパイシーという結論になった。これを機に少しはマシになって欲しいものだが――
「ノーラ‥‥教えに、通おうか?」
 ユーリからそんな心配を受けるほどではある。
 リュノも、ノーラも手際に問題はなさそうで、二人揃って、悠季から『調味料の分量を気をつけなさい』と、お言葉を頂いていた。
 R.R.も加減はしているようなのだが、「しょっぱいのら」とリュノに評価されてしまう。
 本人も自覚あることだけに、やはりここでも分量は量ってからで、と。
 はぐはぐと食べる子供達を見て、ほっとする。口を拭いてあげながらそっとノーラが作ったのも摘んでみる。
「わわっ、まだダメですって」
 慌ててとめるも、もう既に口の中だ。
「うん‥‥頑張ったな」
 頭を撫でると、困ったように、でも少しだけ嬉しそうに顔を赤らめる。
 昨夜落ち込んでいたのが、いくらか浮上できたようで。安心の溜息を吐いた。
 一通り食べ終わると、今度は今日作らなかった料理の解説をユーリと九郎は本を用いて続ける。
 すっかり満足気なリュノは、悠季と共に双子と遊び始めていた。
 リュノの持ってきたぬいぐるみや、突然する変顔に、とっても喜びつつ、きゃっきゃとはしゃぐ。
「本当、可愛いわねぇ」
 悠季は自分の6ヶ月になる娘、時雨のことを思い浮かべつつ、走り回る2人を見つめる。
「どうだ、食後に‥‥と思ったんだが」
 お礼を込めて、そう天が出してきたのは昨夜のうちにノーラと作った林檎のプティングだ。甘さ控えめのシロップが、冷えたプティングをより艶やかにしていた。
「お菓子は‥‥大丈夫なんだなぁ」
 口に運びながら、九郎は思わず呟いた。
「そりゃ、ノーラだから」「ノーラだからよね」
 ユーリと悠季2人の感想に、グサッと沈み込むノーラ。
 確か、このお国柄でもお菓子への情熱は凄かったはずである。
「これ、美味しいのら!」
 リュノの素直な評価に、天は優しく微笑む。
 小さく折り畳んで用意していたレシピを、そっと渡すと、
「がうー! ねーちゃんや子供達にも食べさせるのらっ!」
 嬉しそうに他の本と共に抱きしめた。リュノの願いは家で保護者のお姉さんとその子供達に振舞えるようになること。
「大丈夫だ。リュノさんなら、分量さえ量る努力したらいけると思うぞ?」
 九郎が頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑った。


「‥‥ノーラ」
 みんなが帰った頃、そっと後ろから抱きしめるとふわりと微笑を返す。
「ちょっと‥‥気をつけるようにする、わ」
 何も、故郷の味だからといって子供に合わない料理を無理に出すことは無い。
 それは、きっともう少し大きくなってからでも、問題は無いから。
 だから今は――成長にあったモノを、選ぼうね。そう、決めて。