タイトル:岐路の唄〜dR〜マスター:雨龍一

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/18 04:01

●オープニング本文


    緩やかに忍び寄る銀の鎖
    解き放たれた時のまま
    ただひたすら機会だけを見続けて
    一度捕らえると流れ出るは紅い雫
    一滴たりとも逃されない

    一度の綻びは
    万事の綻び
    紡がれた糸は切れ
    忠人と化す
    恐いのは緩み

        だが


    人は緩みなくしては語れるもの
    緩みが時に
    最凶の武器と化すのだから


    *+*+*+*+*+*+*+*+*+*

「お迎えに上がりました――」
 一人の男の訪れにより、すべてが変わる。
 いや、元より導かれていたのかもしれない。
 すでに引かれていたレールは、ここに繋がっていたのかも‥‥しれない。

 それは、まだ初夏の暑さが続くころだった。
 ラストホープの、カプロイア伯爵所有地に身を寄せていたカノンは一人の訪問客により、驚かされる。
「今日より、貴方様が当トレア家の旦那様となります」
 告げられた言葉。それは叔父の引退を意味するもの。
 そして――
「‥‥元より跡継ぎとしての立場を剥奪された身。私より相応しい者がいるはずですが」
 叔父夫妻には当然子息がいる。伝え聞いていた話だと子供は4人はいたはずだ。
「‥‥当家にお越しいただければ、解るやと思います」
 深々と下げられた頭に困惑するも、二つ返事でカノンは了承した。
 1つ。訪れる時期のこと。
 2つ。姉も、同伴すること。
「当屋敷でお待ちしております」


「――もう、14年前になるのですね」
 それは、彼の父が亡くなってからの年月でもある。そして――
「エティ姉様、いきましょ?」
 軍服を脱いだ彼女は、漆黒のドレスを身に着けていた。
「――ええ」
 伏せ目がちな瞳は、どこか暗く映る。
 彼女たちを捨てた屋敷が、迎えに来るということに。
「カノン‥‥」
――あなたは、恨んでないの?
 言葉は喉の奥深くで引っかかる。
 静かに前を見据える弟の横顔に今までに無い意思を感じつつ、分け隔てていた時間を悔しく感じていた。


「‥‥殺され、た?」
 待っていたのは、衝撃的な告白。そして――
「はい、それにより当家の血筋は御二方のみとなっております」
「‥‥」
「しかし、次期当主として認められるのはカノン様だけかと」
 それは戸籍を消されたエティリシアには無理だと、告げる声。
 解っていても、他人から告げられるのは、心苦しい。
「姉様」
「大丈夫よ、貴方は気にしてはいけないわ」
 選んだのは、望んだのは自分。絡み付く鎖を切り離すのには、必要だったこと。
「――お父様に、報告しに行きましょうか」
「え?」
「――ここから、少し遠い地にいるわ」
 エティリシアの言葉にカノンは驚きを隠せなかった。
 そして――
「‥‥そうね、そこから突き詰めていかなければ」
 静かに呟いた彼女の言葉はカノンの耳には拾うことはできなかった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
風間・夕姫(ga8525
25歳・♀・DF
雨ヶ瀬 クレア(gc8201
21歳・♀・ST

●リプレイ本文

 金と銀。
 僕の心は月に守られる。
 その二つを見ると、心が安らぐ。
 だから、言える。

「トレアの名を襲名しました」



 村からは、沈黙という形の歓待を受けた。
 元より簡単に行くとは思っていなかったが。
 ここまでとは、誰が想像しただろう。

 少し時間をかければ大きな都市もある。
 だというのに、ここは普段人が来ないということが伺える。
 あからさまに怪しいんだヨネ、と石畳の上を歩きながらラウル・カミーユ(ga7242)がぼやいた。
 釣られるように、風間・夕姫(ga8525)は空を見る。どんより重い、雨を含んだ空だった。

 トレアの名前を出すと、警察は渋々ではあるが資料を見せてくれた。
「――ここ、おかしいんじゃないかなぁ?」
 目だけが笑わぬ大泰司 慈海(ga0173)に言葉を濁すのは、この町に勤めて十数年という刑事だ。
 変な事など無いと言いつつ、独り言と称して言葉を紡ぐ。
 『この集落で起きる事は常識が通じない――』と。特に領主の館については不可思議だらけだったと云う。集落自体に関わろうとはしないが、そこに確かに存在する不可侵の域であると。

 森の中にひっそりと佇むその邸は彼のもう一つの持ち物とは違い、人を寄せ付けようとしない雰囲気がある。
 近くの集落も屋敷からは遠く、木々に阻まれていて見えない。
『あの邸は、出るんだよ』
 耳に入ったのはその言葉。
 十数年前、つまりカノンたちの父の代まで栄えていた邸。
 彼の叔父に当たる人物が当主になって怪しい人物が出入りするようになったらしい。

「終夜・無月です」
 綺麗に笑って挨拶する終夜・無月(ga3084)にカノンはお久しぶりです、とだけ返した。
 何度か祝いの席を用意したときに手伝いに来てくれたことを思い出す。
「初めまして。雨ヶ瀬といいます。‥‥えっと、なんとお呼びしたらいいですか?」
 小首を傾げつつ、深々と頭を下げる雨ヶ瀬 クレア(gc8201)は出迎えに来たエティに尋ねる。
「好きに呼んでいいわ」
 肩を竦めつつも、エティさんでとの言葉に了承を示していた。


 重い空気、鬱蒼とした壁、そして――何よりも不可思議な湿気。
 石造りの屋敷は窓が異様に少なく、キャンドルがぼんやりと薄暗く照らしている。
 床に敷かれた厚めの絨毯が足音を消すが余計不安を掻き立てていた。
「式は、済みましたの?」
 ゆっくりと聞くロジー・ビィ(ga1031)の言葉にカノンは頷いた。
 代々この地域の領主の家である。当座の当主は不在だったものの、簡易で訪れる前に行われたらしい。
 誰が行ったのかと訊ねると、お茶を運んできた筆頭執事と称する男が答えた。
「トレア家の不祥事につきましては一族の長に伺いました所、速やかに式を実行し、然るべき処置をした後に次代当主をお迎えに上がるべきだと――」
「一族の、長‥‥ですか?」
 不思議に思いクレアが尋ねた。
「はい、トレア家は他十家からなる一族に属する家でございます。そちらにお伺いを立て、また次代当主様も誰にするかを問い合わせた次第です」

「――長は、誰なんだい?」
 眉間に力が入りつつも、錦織・長郎(ga8268)は穏やかに問う。
「当代長はヴェント家のご長子、ジュダース様に当たりますね」

「――初めて知ったわ」
 エティですら驚きを隠せなかった。
「エティリシア様は元より当主にはなられませんゆえ、御存じないのも無理からぬこと」
 深々と頭を下げる執事、動じないカノンを見てロジーは眉を顰めた。
「――カノン、あなたは知ってらしたの?」

「――はい」

「葬儀には‥‥その、長はお見えになったのかしら」
「いえ、お忙しい方でございますから、代理の方がいらっしゃいました」
 少しだけ胸を撫で下ろした。



「じゃ、必ずしもシロではない?」
 情報を共有すべく、護衛に当たる者以外が集まっていた。
「そういうことだな。捕まっているやつが全く関係ないともいえそうに無い」
 掻き揚げる髪を鬱陶しそうに縛れといった様子で見つつ、夕姫はアンドレアス・ラーセン(ga6523)を見る。
 ふと時計が目に入り、長い息を吐いた。
「ちょっと知り合いの探偵に聞いてみるか」
「探偵――迷ですか」
「はは、無い情報よりましだろ」
 長郎に肩を竦めつつ、夕姫が電話を借りようとすると
「‥‥連絡は取らないで」
 エティが、腕を掴んで引き止めた。
「‥‥どういうことだ」
 訝しげに夕姫は見つめる。
「連絡取ろうとしてた事務所、英国でしょ?」
 誰とは言っていない、が、以前も彼女の関係で連絡をしたことがある。眉を顰めた。
「――BOSSから情報を取るのは難しいわ。取引方法は交換だけ」
 それだけ言うとエティは部屋を去っていった。


 屋敷の中を探索がてらに歩いていた。護衛は今、終夜とラウルがついている。
「カノたん‥‥」
 カノンは嬉しそうにラウルの手を握り返す。ほんわり温かくなる。
「だから、お願いしたいんです」
 星を見上げながら告げる。
「――エティ姉様を、お願い」
 友人だから、頼めると。


 調査を進めながらもロジーは悩んでいた。
 大切で、特別なもの。それが今、掌から零れそうになっている。
 掴めるのは一つだけ‥‥ぼんやりとそんなことを考えてしまう。
 前を見ると、意中の人物が並んでいる。
――大切なのに
 心が、深く深く沈みこんでいく。


「子供の入れ替え‥‥とかかねぇ」
 不明瞭すぎて見えない全貌に、長郎は読み返していた資料をおいて溜息をついた。
「‥‥似たような事件はなかったな」
 村の中での事件を遡ってみても、大きな事件は館の主、トレア家の事しかなかった。
 当主の失踪以来音沙汰なく、半年前の事件を機に再び注目が集まった――はずだったのだが。
「生きている可能性は、ありそうだよな」
 長郎の言葉にアスも同意する。
 顔が潰された上に、調査は途中で打ち切られたと聞く。
 会う事ができた容疑者も話せる状態ではなく、肉屋からろくな話も引き出せず。
 確たる証拠は隠滅された。そう考えるのが妥当だ。
 ただ――
「だけど、あの呟きを繋ぎ合わせると、死んだのは本当に子供たちみたいなんだヨネ」
 ラウルが頬杖を突いて呟いた。

 使用人の数は少なかった。元より少ないとのことだった。
 先代当主は失踪した兄の代わりであり、一族からは締め出しを食らっていたという。
 奉公の経緯を聞くと全てヴェント家がでてきた。
 ヴェント家経由からしかここに雇い入れることができないというのだ。
「フランスのお屋敷だけは違いますが――」
 執事は意味深の言葉だけを残していった。




 部屋に入ると後ろから抱きしめられた。
「あなたのこと好きです――でも」
 そっと抱き寄せられ、耳元に落ちてくる声。いつもはぐらかされるのに、今は押し迫る真剣なものを感じる。
「――でも?」
 後ろから押さえられた身体は、振り向くことを許さなかった。華奢で、いつでも折れそうなほど細いのに‥‥それでもしなやかな身体。
「――好きだから、ごめんなさい」
「‥‥え」
 小さく漏れる声、緩んだ束縛に気付いた時、彼の姿はそこにはもう無かった。
「――どうして」
 揺れる彼女の気持ちを置いて。近付くにつれ、遠くなる。
 ロジーが懸念していたことだった。



「で、エティ姉サマ、何処へ向かったらヨイのカナ?」
 一同は墓所へと向った。
「さて、何も起こらないのが一番だが‥‥」
 バイクを走らせながら夕姫はぼやく。後方に位置するこの場所からは護衛対象の二人を乗せる車がよく見える。その前には、先行する形でラウルの運転するジーザリオがある。
 車の中にはアスとロジー。カノンたちにとっても気の知れた者達が乗っている。
 ジーザリオの中は、なんとも言えない空気が漂っていた。いつもならはしゃぐ筈のロジーの考え込む姿にアスは密かに眉をしかめる。後部座席に乗るカノンは花束を抱えているエティの手を強く握り締めているのが確認出来る。
 思わず溜息が零れそうになる。が、気を抜けない――そんな時間が過ぎていっていた。
 辿り着いた墓所は静寂に包まれており、代々土地を担うものの場所であるにも拘らず質素であった。
「――今、ここに父の遺体はありません」
 エティの後ろの墓標。そこに眠るのは彼らの母親だけ、そう言った。
「――父はが亡くなったのはトルコだったそうです」
 伏せた眼が揺れる。
 一家でトルコに遠征に行った時、それはちょうどカノンとエティが引き取られるきっかけとなった旅行。その時に亡くなったらしい。


『もう、君たちを待ってる人たちはいないよ』

 絡みつく銀の髪。白い衣服に身を包み挙げた式のあと、彼は告げる。
――もう、逃がさない
 まだ幼さの残る身体を舐め回すように這わされる視線。出会った時と違う、暗い闇を潜める瞳。
 表情が戻らなくなった――カノン。


 ゆっくりと這い回る柔らかな湿度。囁かれる声。
『君の父は、裏切り者だ』
 にやりと綻ぶ口元は、彼女の知らない嫌悪溢れるものへと変わっていく。
『今日の祭壇に挙げられていた血、あれが成れの果てさ』
 くつくつと笑う。
 ゆったりと頬から顎にかけるラインをなぞり、空虚に似た金色の瞳が、赤く光った。
――赤い、瞳。

 舐め上げられる舌。伸びてくる腕。そして――
『君は、僕の鳥――そして、薔薇』
 掠めたナイフに、そして――
 零れる雫が水の張られた銀の器へと吸い込まれる。

 薔薇が、咲いた。


「父が‥‥彼の命により打たれたのを知ったのは、彼との式を前にした日でした――悲しかった。父が行方不明になり、ヴェント家に保護され、ゆるりとした時間の中で穏やかに育まれていったものが‥‥」
 続けようとした言葉は涙で途切れた。

「墓、暴いてみようか」
 落ち着いた所で慈海の言葉にエティの瞳が揺れる。
 死者に対する冒涜か――真実を掴むのが恐ろしくなってきたか。
「エスティちゃんが嫌ならやらないけどねぇ」
 気遣いをありがたいと思いつつ、ふるりと頭を横にした。
「‥‥いえ、お願いするわ」
 自分が動かなかったのは一人じゃカノンを守れないからだ。
 だからといってこのまま進めないわけじゃない。手を差し伸べてくれる人は、ここに集まってくれた。


「――背格好、確かに特徴を聞いた限りじゃ似ているな」
 屋敷を辞めた使用人の人数と同じなのが気にかかる。
 肉屋は、思慕する人物――この屋敷の令嬢の殺害現場を目撃してしまった。
 そのために壊れたことを逆に利用された。そう捕らえてよいだろう。
 遺体は予想通り別人だった。
 では彼らはどこに? 何故こんなことが?
「目的は当主殺害、だが、その次に子供たちが居たらそれが次代当主になる。――誘き寄せるため、でしょうか?」
 覗きこみながらクレアは淡々と評価する。
「非常時の当主の任命は彼が持っているとするならば、そうなのかも知れないね」
 雲隠れしてしまったカノンを誘き寄せるための犯行、その可能性は高かった。
「でも、そしたら――」
「執事さんの話だと、辞めた人たちは一回もとの場所に届けを出すためにヴェント家に行かなければ行けないとか言っていたから‥‥」
「‥‥既に相手の元、か」



「――なんで、トレア家当主一家だって判ったんだ」
 深くかけたソファーから見上げるように、アスは訝しげに聞く。
「当主様は、家紋の指輪をされていました――奥様もまた」
 そこで一つ思いついたように顔を上げる。
「警察の方には、当主夫妻がお亡くなりになったことは認めました。が、ご子息様方の事はご判断致しかねますとお伝えしました」
 
「当家でのご報告と、警察が出した報告に違和感がございます。その点は、エティリシア様もご承知の旨で人手が必要だとご判断されたのでしょう」
「そうね、私が動くにも手が足りなかった――それは認めるわ」
 だから、誰かを呼ぶ必要があった。だが、片手間ではなく最後まで付き添ってくれるものが良かった。
「知っている誰かがカノンの傍に居なければ、安心していることはできないんですもの」


「エスティラード君‥‥君自体、何が望みなんだね?」
 掻き集めたピースを組み立てながら長郎は問う。
「――私が、あの組織に居なくても安全で居られる場所の確保」
 組織。簡単に口にするがいつも謎めいたままだ。何を目的とするのか、何の関係なのか。
 今はただ、所々見えてきたものだけを繋ぎ合わせていくことしかできない。
「‥‥いずれにせよ確信に至るにはまだ情報が少なすぎるか」
 推測だけが飛ぶ中、確信を得るにはまだ不足で。
 ただ、ぼんやりと見えてきた事実だけが木霊していた。





 今夜は遅いから。そう客間を与えられた各自は部屋へと戻った。
 整理が必要だった。
 アスが思い耽るように廊下を歩いているとカノンが部屋の前で待っていた。
「お願いがあるんです‥‥」
 頼るようしがみ付いた腕にアンドレアスは驚きを押し隠して見つめる。
「カノン‥‥逃れるのでなく立ち向かうなら俺はその助けになろう。決められた運命でも己の意思で歩く事はできる。――お前は、どうしたい?」
 優しく髪をなでると、ふるりと見上げる。
「立ち向かいます。それが、僕の決めた道ですから」
 真剣で、力強い言葉だった。今までに彼から聞いたことのない類の。
「‥‥僕が、正しいと思ったことをやります」
 だから、
「エティ姉様ではできなかったこと。それをやり遂げるために――忘れないで頂けることが、助けになるから‥‥」
 何を、といわずに。唯々紅く彩る瞳の色だけが焼きついた。


「エスティちゃん、元気かい?」
 陽気に話しかけてくる慈海を見ると、ふと顔が綻ぶ。始めて少しだけ、力が緩むのを感じた。
 カノンが入れてくれた紅茶は少しだけ穏やかな気持ちを思い出させてくれて。手元にいるという喜びが、暗い過去から少しだけ助け出してくれていた。
「今回はありがとう‥‥」
 言い慣れない言葉は、紅茶の後押しによって叶った。
 犯人は断定できない。が、明らかになったこともあった。
 一人では歩めない道を、助けてくれる手によって確実に。

「一人じゃ、無理よね――」

 考える力も、守る力も。今まで自分だけで求めてきたのに。もう強がることすら難しい。
「不明瞭の点は多いが、地道に行くのも手段だよ」
 長郎の言葉が響いた。

 少しずつ解れてきた謎。
 それらだけでも、微かな手ごたえが有ったといえるだろう。
 暴けなかった謎を残して、彼らは明くる朝戻っていった。
 ――エティもまた、カノンを残して。



「全てが夢にしか思えなくって――あなたを、好きになってしまったことも」
 月が影を伸ばしていた。
「一緒に歩いていけたなら‥‥」
 静けさだけが残った屋敷、皆、もう居ない。
「姉様、本当に一緒に過ごせてよかった」
 笑うカノンは、どこか遠くを見ていて――その瞳の奥に宿る暗い暗い炎に気付かなかった。


 紡いだはずの糸が解れ、再び結ばれる時。
 その糸の先に結ばれるのは、別の糸。
 時の悪戯か、必然か。
 後日わかるのは、彼が再び消えたことだけだった。