タイトル:【魚】いかたべたいなうマスター:雨龍一

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/02 22:27

●オープニング本文


 カンパネラ学園。そこは、学生とは名ばかりの傭兵達が集う場所である。
 そこに今、カノン・ダンピールは小さな荷物を抱えてたっていた。
「えっと。関係者入り口はこちらでいいのでしょうか‥‥」
 知人であり、世話になっているカプロイア伯爵宛に届いた荷物を、執事に言われて届けようというのだ。
 カプロイア伯爵は現在この学園の理事を務めており、なにやら学園の理事室に届くように手配した荷物が誤って屋敷の方に届いたらしい。
「それにしても、学校って大きいのですね‥‥」
 学び舎というものに通ったことの無いカノンにとって、この敷地内は未知なる場所である。用事が終わった後、迎えの時間まであるのでと、一つの建物に入ってみることにした。
 図書館だ。
 カノンにとっては、実はカプロイアの図書館というのはちょっと良い思い出はない。嫌、良い思い出、という言い方は間違っているかもしれない。
 未知なる体験をした、そんな感じだろうか。
 そして、未知なる体験というものは好奇心が付物であり‥‥再び足を踏み入れたり、する。

 図書館の中は、個人で所有していた建物とは異なり、多少質素ではあるものの、一般的な造りである。感心して中を眺めていると、一つのテーブルに黒髪の和服姿の少女が座っていた。
「‥‥わ」
 思わず零した言葉は、彼女の前に広げられていた本が目に入ったからだった。
 そこに繰り広げられていたのは、魚と、その切り身の写真。
 どうやら日本食についての本らしい。
「‥‥興味、あります?」
 カノンの声に気付いたのか、黒い瞳で見つめてくると、すっと一冊横に置いた。
「‥‥イカ、ですか」
「ええ、美味しいらしいですよ」
「‥‥美味しいのですか」
「はい」



「いか、食べてみたいですね‥‥」



 後日、本部に一つの依頼が張り出されていた。
 現在LH周辺に出たキメラの退治らしい。
 運が良く、というのだろうか。
 それは、どうやらイカの形をしているとの話だった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 ドクター・ウェスト(ga0241)は魂が抜けていた。
 なぜかって?
 それは、彼の予想が少し的を外れていたのに気付いたからだった。

「え? ダンピールさんですか?」
 受付に座っていたオペレーターは不思議そうな顔をして訪ねてきた女性に聞き返していた。
 ロジー・ビィ(ga1031)。ほっそりとした、白い婦人だ。
「ええ、イカが食べたがっていると聞いたのですけど‥‥」
 どうやら、ちらりと噂で耳にしたらしく飛んできたらしい。

「イカ‥‥あぁ! そういえば少し前に出た依頼にイカが出てました!」
 ぱっと顔を輝かせたオペレーターは、にっこりと微笑みながら告げる。

「『漁船に乗って、イカ退治! なお、イカを食べてみたい青年がいるので新鮮なの調達希望!』 きっとこれのことですね!」
 差出人は一人の男性教師。
 その名前を見て、ロジーは唖然としたのだった。


「まぁまぁ、良い釣り日和ではないか」
 漁船の舵を取り、空いている手には酒瓶を持つ男UNKNOWN(ga4276)は少し気落ちした様子のドクターに無線で声をかけていた。
「いや、しかしだよ? 我輩はキメラを退治することには自信あるが、漁はね〜‥‥」
 やや落とされた声のトーンに苦笑を漏らす。
「でも、今宵はキメラ退治でしてよ? イカ釣りは、その後ですわ」
 久々に会える黒髪の青年とナイトクルージング! などと意気込んでいたロジーもまたちょっぴりトーンが落ちていた。しかし、久方ぶりに会える時間が出来たのだ。この後を考えるとこのキメラ退治には気合が入る。
 でも思う。
 キメラ退治でなければ‥‥ここが漁船でなければ‥‥!!
「――い、いつか一緒に優雅なクルージングをっ!!」
 ピコピコと音がなる。彼女の手には既にトレードマークに近い代物が踊っていた。見えない炎が、燃え広がったようだ。
 そんな会話を他所に、一人の少女が船に揺られているのか、自分が漕いでいるのか。
「えっと‥‥最上さん、大丈夫ですか?」
 あまりにもバランスが絶妙な最上 憐 (gb0002)に立花 零次(gc6227)は振り回されていた。
「‥‥ん。眠いけど。イカの。為に。頑張る」
 どうやら漕いでいたらしい少女は意を決すると、赤いマントに身をくるみ安定した船底に丸まった。
「‥‥ん。着いたら。起こして。おやすみなさい」
「あ、はい。おやすみなさ‥‥こんなところでも寝れるんですね‥‥」
 呆れなのか、感心なのか。正体不明の感情に揺さぶられながら、立花は起こす約束をしてしまっていた。‥‥もしこれで、起こすのが困難な子だったらどうするんだろうかという疑問を周囲にふりまきながら。

 並ぶようにして出発した二隻の漁船。それらは、イカ漁仕様の為に様々な装備を纏っていた。大漁旗だけにあらず、電気モーターに、何より船体を占領するかのごとく大量の電灯たち、集魚灯だ。
 イカの特徴を考えた、効率よく漁業できるための船なのだ。
 まぁ、その電灯も常に点けているのではなく指定されたポイントまでは闇世の中を並走運転。ドッドッドと、素朴な音が木霊している。

「内臓の詰まった頭部が弱点と見ていいのでしょうか?」
 沖田 護(gc0208)はぼやりと舵を握っているドクターへと訊ねた。彼がキメラの研究をしているのは傭兵内ではある程度有名である。その特徴を予想しているのではないかと思ったのだ。
「ふむ。どうなのだろうかねぇ。今回キメラの特性はイカとはなっているが、何しろ漁船サイズという話だ。そもそもイカというのは頭部が弱点なのだろうか。いや、イカの頭部とは何処を指すのだろう。まずはイカの生態から考えてみてくれたまえ」
「はは、ドクター。確かにイカの頭部が弱点か、ということよりも、それは内臓の詰まった部分が頭部という考えがまず間違いじゃないかな?」
 無線機からUNKNOWNが応える。そして、船を並べるように近づけてきた。
「イカの姿を描くとき、一般的には尖った部分を上に描き、足部を下向きにしている。しかし、学術的に言うとそれは間違いにあたるというのは、知っているだろうか」
 沖田は首をかしげた。
「間違い、なのですか?」
「ああ、動物の頭部というのはそもそも眼と口があるところを言う。イカの眼が何処にあるのか知っているかな?」
「えっと‥‥足の付け根のところですよね」
 沖田は戸惑いながらも答える。
「そうだ。そして、口と称される部分は、その足の付け根の部分にある。その部分がイカにとって頭部に当たるわけだ」
「え‥‥それでは内蔵がある部分は」
「あれは胴体と呼ぶのが相応しいな」
 くすりと冷笑を見せつつ、UNKNOWNは酒を傾けた。
「ひゃっひゃっひゃ。相変らずだねぇ。まぁ、そもそもそんな学術的な知識を必要としてはいないわけなのだけれども、間違いは間違いではあるしねぇ」
 そんなやり取りを横で聞いていたドクターも面白そうに舵に体重をかけながら眼鏡を上げる。
「はぁ‥‥」
「まぁ、内臓が弱点というのは、生物である時点で間違いではないだろうね」
「‥‥肉厚が大変立派になっていそうだけどねぇ」
 普通の刀で斬れる程なのだろうか、ドクターの頭は既に生態への興味へと移っていっていた。

「えっと‥‥これはなんですか?」
「‥‥ん。撒き餌」
 程よい沖合いに差し掛かったころ、最上は起きた。口端には光るものが、よほど美味しいものを夢見ていたのだろう。
 持ち込んだ鞄から、いろいろなものを取り出していく。
「‥‥ん。撒き餌しよう。もしかしたら。ついでに。マグロとか。クジラも。来るかも」「‥‥いっぱい来ると、いいですね」
 すでに最上の中にはキメラを倒すという考えは削除されている。立花の直感がそう告げる。彼女の食欲への情熱を前にして、キメラという壁はもはや立塞がるものではないのかもしれない。
 だが、彼女を守るともいえないもどかしい感情に、立花はそっと息を吐いた。


「‥‥ん。大量だね。うん。イカ以外にも。色々と。居るね」
 闇を見つめ、最上が呟いた。

「おや? 何かきま‥‥きたぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 最上の言葉に振り返った沖田は海が赤に染まっているのを見た。赤い塊、それがイカ型キメラだったのだ。
「この色‥‥形態‥‥。どうやらイカの中でもダイオウイカ型のキメラのようだねぇ」
 光沢のある赤、そして何よりも異様な大きさ。イカの中でもクラーケンの元となったといわれるもの、ダイオウイカ。しかし、生きたままの観測はされていない幻級のイカである。
「‥‥ん。何か。大物が。来た。気配。うん。食べ応えが。ありそう」
 最上は口元をしきりに拭う。どうやら刺激が強すぎたらしい。
「ほほぉ‥‥それだったら食用に適しているとは言えないな」
 ドクターの言葉より、UNKNOWNは肩を竦めた。
「‥‥ん。食べれない。残念。食べれるの。きて」
 不服そうに海を強く見つめる。
「眼が‥‥気持ち悪いですわ」
 赤い塊に添えられる黒。それは、無機質な硝子球の様で、生気が見えない。見つめられると、全てが吸い取られそうで‥‥底の知れない恐怖が広がっている。
 それがより一層キメラという認識を持たせる。ロジーの瞳もまた、紫の戦闘体系へと変化していく。
「確かに。黒い眼で見つめられるのは気持ち悪いとしかいえない‥‥だけど、速過ぎないか!?」
 うっすらと赤く染まっていた海は、次第にはっきりとした色彩を保ち、そして見えないはずの目の黒をも映し出す。イカの速度がどのくらいかは知らないが、発見してまだそれほど経っていない。
「‥‥イカ、速いです」
 一杯一杯を形どった赤い塊は見えたかと思うと、一気に漁船を取り囲むように群がっていた。
 その数‥‥どうやら2・3ではない。
「ほほぉ‥‥これは確かに大漁だ」
 空になった酒瓶をゆっくりとした仕草で置くと、UNKNOWNはこっそりと垂らしていた糸を引き上げた。にまり。生きの良いスルメイカが見える。
「さて、どう料理したらいいかね?」


「‥‥ん。足が。厄介そうだから。とりあえず。削りに行く」
 最上の読みどおり、足は厄介だった。
 長く赤い足たちは船の上へと舞い踊る。
「コノ! 離したまえ!」
 ドクターは漁船の舵へと巻きついた触腕部分へと必死に攻撃していた。
 所詮はイカである。サクリと触腕は切れるものの、次々とねっとりとした吸盤を残していく。
「蛸じゃないだけまだマシなのか。いやいや、イカも確かに厄介‥‥墨を我輩に吐くでない!」
 降り注ぐ黒い体液に思わず声が上ずる。
 大きな漁船といえど、操縦部分は機器がある分それだけ狭い。全身黒くなる! そう身構えたとき、
「イカスミ、頂きました!」
 沖田が身をもって防いだのだ。キラリとこぼれる歯の輝き、本人も至極満足の様子である。

 殺伐とした中、イカたちは次々と料理されていった。
 舞い散る足、降り注ぐ黒い雨。既にイカとしての動きじゃないだろう活動に、そこは熟練者達。的確に応戦していく。
 ユラユラ揺れる中、足で操縦してたっぽいがそこは無視。船酔いはないのか、見事な三半規管が垣間見れた。
「っと、やはり陸上とは違いますね‥‥」
 バランスを崩した御仁は居たが。



「‥‥ん。丸々。持ち帰りたい所だけど。無理そうだから。足を。頂いて。行こうかな」 倒したばかりのキメラを見て、最上は眼を輝かせていた。
「ふむ‥‥ダイオウイカは食えたものではない、そう評した者が居たが。どうだろうね。確かに胴体部はきついかもしれないが、足の部分ならいけるかもしれないし‥‥」
 UNKNOWNは足元に転がる部位に眼をやる。切断した部分からは、青色の液体が流れていた。
「我輩はサンプルとして頂いていくよ」
 ドクターは慣れた手つきで損傷の少ないイカキメラを自前のクーラーボックスへと収めた。
「‥‥あぁ、普通のイカなどはそちらの方に入れたほうが良いと思うよ、うむ」
 自分は既に食べれない‥‥少し複雑な気持ちを持ちつつも、喉に通らなくなってからどの位だろうと考えてしまった。
 武器が守るべき生物を‥‥板挟みの自分には、嬉しそうに食欲を感じる最上とはもはや正反対なのだと実感する。
 ジャラリ。
 携帯しているカプセルが、音をたてた。



「‥‥ん。まだ。動いている。新鮮だね。歯応え。ありそう」
 無事に港へとたどり着いた一同は先程の捕獲したものを降ろしていた。
 キメラとは違い、普通のサイズのイカたちが漁船から大きな樽へと移される。
「結構獲れましたね」
 立花は目を細くし、満足そうだ。
「どんな食べ方がいいんでしょうか」
 沖田が頭に思いついたのはイカ焼きであるが‥‥。板前が居ればともっと美味しく調理してくれそうである。
「‥‥ん。とりあえず。イカは。焼いて。醤油で。食べるのが。シンプルで。良いかも」 話しながら最上の口元は溢れんばかりの液体を促す。そっと差し出された立花のハンカチで拭うも、押さえ切れない。
「‥‥先程から、一人美味しそうなのですが‥‥」
 やや後方に立っているUNKNOWNをロジーはじと眼で見る。
 それに気付いたのか最上の噛み付くような視線に、流石のUNKNOWNも苦笑を漏らした。いや、この男‥‥実は船内でも一人酒の肴といいながら様々な食し方を堪能していたのだが。最上と同じ船でなかったのが幸いだったのかもしれない。
「いや、なに。自己流ではあるんだけどね」
「‥‥ん。美味しそうだね。味見しようか? 味見しようか?」
 キラキラした純粋の眼差しに敵う者など居ない。
 こっそりと船の上で調理された数々のイカ料理たちは、瞬く間に最上の胃の中に納まったのだった。




 食卓には、香ばしい匂いが漂っている。
 醤油の匂いだ。
 いや、カレーの匂いもする。
「わぁ‥‥凄いですね」
 依頼主の指示に従って訪れた場所には、黒髪の青年が居た。カノン・ダンピール。イカを食したいと所望した青年だ。
 その青年に会うと、一目散に抱きついたロジー。涙を眼にしていた。
 突然で戸惑いつつも、ふわりと笑いながらそっと抱き返し髪を撫でていたのが印象的だった。
 傭兵達の手によって用意された品数は豊富だった。
 イカはもちろんのこと、何故か当然とばかりに陣取るサーモンもある。実はこのサーモン、依頼主の手によって運ばれたものだったりする。
 そして、イカと一緒に持ち帰った他の魚類は鯨やマグロにおよび‥‥実は食卓に上る前に最上のお腹の中へと丸焼きで納まったのは内緒である。
「これだけでは足りない気がしますね‥‥」
 との立花の言葉通り、数刻の時間を空けた現在もなお彼女は良い食べっぷりを見せていた。イカカレーを作った立花はその姿に大変満足している。
「これが塩辛だ。酒に良く合うが‥‥まぁ、普通に食べるならこれがいいかもしれないな」
 指し示したのはイカ飯。
 塩辛も、イカ飯も‥‥その他食卓に上るほとんどがUNKNOWNの作品である。
 ほとんどが酒のつまみの為、一部の人が楽しむと思いきや、一番楽しんでいるのはやはり最上だ。その傍らで、一夜干しに七味とマヨネーズをつけながら、UNKNOWNは酒をちびりと傾けていた。

「カノンさんはいかがですか? イカを食べての感想は」
 傍から離れそうにないロジーは置いておいて、立花は箸ではなく、フォークでゆっくりと食するカノンへと尋ねていた。
「はい、とても淡白な味なのですね」
 焼いた物の、さくっとした歯ごたえも。生のきゅるりとした噛むに噛み切れない食感も。口内へと広がるのは、不思議な甘さ。
 魚とも違うその甘さは、意外と病みつきになるものだ。
 初めて食べる刺身はもちろん、料理の中に入ってはいるものの、それをメインにしたものではなく、といったものばかり口にしていたのだと、実感する。
 そう、初めてではないと、口にして思った。
「ソースの味も良いですが、素材自身の味も大変美味しいと思います」
 その言葉を聞き、沖田も立花も、また食べることに夢中であった最上も笑みを零したのだった。



「ねぇ、カノン? 今度一緒にどこか行きませんこと?」
 一緒に出かけられたら、いや、一緒にいつでも居られたならと思う。
 前よりも近くに居るはずが、遠く感じる現在。心が少しばかり押しつぶされそうで。
 金が居ない銀は、少しばかり戸惑いがある。嬉しいはずなのに、何故か寂しい。
「はい、喜んで」
 帰って来た答えは嬉しいのに、何かが掛け違っているとロジーは感じた。
 戦いが続く中では無理なのだろうか、それとも‥‥。
 歩んでいる道が、再び交差するのは難しいのか――そればかりは誰にもわからないことである。



 イカと共に届いたのは一通の手紙。
 差出人はとある赤髪の講師。
 その名前を見て、カノンはふと笑みを浮かべる。
 また、あの黒髪の少女に会いたいなと。きっと、新しい扉を開いてくれそうだ、と。