タイトル:くず鉄供養祭マスター:雨龍一

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/30 23:17

●オープニング本文


「針供養って知ってるか?」
 未来科学研究所。傭兵たちにとっては馴染み深いこの施設の一角で、その話は始まった。
「えっと‥‥。東洋の島国で行っている折れた針をなんちゃらってやつですよねぇ」
 明らかに日系である研究員は、困惑気味にジョン副理事の言葉に答えた。
 ジョン・ブレスト。傭兵たちは、彼のことを敬意を込めてこう呼んでいる。『くず鉄博士』と。
 本当に敬意が払われているかどうかは疑問ではあるが、少なくとも、親しみはこもっていると前向きに考えたい。
 しかし、何故この時期に針供養などと言葉が出てきたのだろうか。
 それは2月、若しくは12月の日本古来の行事であるというのに、だ。

「ここに宣言しよう。くず鉄供養祭を開く」
「「「はぁっ!?」」」

 何食わぬ顔でジョンはそう告げると、さっさとターゲットになるであろう物質強化部門のリーダーに書類を手渡した。
「詳細はそこにのっている。では、頼んだ」
 普段は決して見せない満面の笑み。そして叩かれた肩。
 出たのは、ため息だけだった。



      ―――――――――――――――

       『くず鉄供養祭のお知らせ』

  皆様、いつもご利用いただきありがとうございます。
  このたび、未来科学研究所では皆様に日頃の感謝を込めまして
 イベントを実施することとなりました。
  題して、『くず鉄供養祭』
  皆様がお作りになったくず鉄をお持ちいただきまして、その経緯
 を話し、供養しましょう。

  それでは、より良い日がなりますことを。



      ―――――――――――――――

「だ、大丈夫なんですか? こんなの開いちゃって‥‥」
「な、なんとかなるっ! そして、絶対副理事にも出ていただけるように仕向けるんだ!」
「は、はいっ!!」

 かくして、ジョンの無茶振りによって決まったこの供養祭。
 一体どのようなことになるのだか‥‥。先行きは、かなり不安だった。

●参加者一覧

/ 伊佐美 希明(ga0214) / 鯨井昼寝(ga0488) / ロジー・ビィ(ga1031) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / 百地・悠季(ga8270) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 三枝 雄二(ga9107) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / 鳳(gb3210) / 崔 美鈴(gb3983) / 冴城 アスカ(gb4188) / 奏歌 アルブレヒト(gb9003

●リプレイ本文

「主よ、なぜあなたは、この世にくず鉄なるものを生み出してしまわれたのですか」
 三枝 雄二(ga9107)はイベント通知を見て、嘆かわしげに天を仰いだ。



「さてと、パーと気晴らしして厄除け。次回からの成功を祈ろうかしらね」
 祈ろうと、百地・悠季(ga8270)は手を合わせようとした。が、
「あー‥‥ここでいうのは駄目ね」
 冷ややかな目線が、広場へと移る。
 ここは未来科学研究所、中庭。そう、今行なっているのはまさしく、失敗したものの恨みを慰めるための供養祭だった。

 日々くず鉄の量産を‥‥いやいや、能力者たちの装備品の強化へと勤しむ未来科学研究所は、いつもと違った雰囲気を醸し出していた。
 それもそのはず、本日はジョン・ブレストの一言で決まった『くず鉄供養祭』である。
 いつもであれば開かれていない研究所の一角に設けられている中庭スペースを開放し、催し物会場は作られていた。
 簡易的ではあるが、それは東洋の国の祭壇と同じ様になっており、やはりモチーフとなった『針供養祭』から受け継いだものが多いようだ。
 緋色の簡易鳥居を作り、その前に舞台となる祭壇を設置。鳥居の下にはくず鉄が積み重ねられるスペースが設けられている。
 近くには、屋台が開ける一角や、なぜかお御籤が引けるなどの施設もとり揃っていたりして、全体的に『和』を感じる空間が出来上がっていた。




 本日の目的は?
 そう尋ねた時、参列者である彼らはなんと答えるのだろうか。
 伊佐美 希明(ga0214)はまさにストレートであった。
「くず鉄博士をフルボッコにできる祭りが開催されると聞いて」
 それはもう、素晴らしくいい笑顔で答えてくれる。
 くず鉄博士――ジョン・ブレストを模した等身大の人形(胸に『ぷりーずきるみー』と張り紙が張っているのがまた痛々しいのだが)を担いで入ってきた彼女は、どかっと用意された祭壇の後ろへと十字架のはりつけになるように設置していた。
 これから足元には、くず鉄が積み上げられていく予定の場所だ。
「最初のくず鉄は愛用の長弓だったな‥‥。まだ金塊もない時代でさ‥‥。報酬も安くて‥‥。依頼にコツコツ出て、貯めたお金でレベル5強化したらね‥‥。今となってはたかが30万C‥‥。でも、商店で千万単位で稼ぐようになった今でも、あの30万Cのことは忘れない‥‥」
 言葉を吐きつつもそっと撫で上げるものは、一本の長弓だった。
 希明は口角を上げると、ゆっくりと他の参加者の中へと混ざっていった。
 その後、来場するに従い、かの人形の装備が増えていくことになるが(眼鏡とか藁人形だとか弾頭矢だとか)、それはまた別の話である。
「供養‥‥供養、ね」
 銀色の髪をゆったりと三つ編にし、やや高めの男の声が聞こえる。手元にある紙を見つめていた。そこに書かれている文字と、この『供養祭』会場を知らせる看板を交互に見つめる。
「‥‥‥‥‥‥供養せにゃならん程量産しとるんかい」
 哀れに響くその声は、物陰に隠れながら呟かれていた。
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)である。思わずつっこんでしまった事を密かに悔やみつつ、彼もまた参列者の方へとまぎれていったのだった。


「2代目くず鉄ボーイとしては、参加せんとあかんやろ」
 どーんと胸を張って現れたのは本人も宣言している通り2代目くず鉄ボーイこと、どう見ても女の子に見える鳳(gb3210)だった。本日も、その身体にぴったりとしたチャイナ服がほほえましい。
 彼曰く、くず鉄の基本は鉄分の抽出。毎日夜な夜なチョコレートから抽出した日々は、今となってはいい思い出であると語る。
 そういえば、彼から送られてきたチョコレートはまだ研究室の引き出しにあったなとジョンは思い出した。
 レベルアップしたチョコレート。それは、どうやら抽出し損ねて強化がうまくいった数少ないチョコレートらしかった。
 その強運にあやかり、胃の強化に繋がるだろうかと、こっそり考えているのは口に出してないので誰にもわからない話である。




「それではお一人ずつ、お持ちになりましたくず鉄を、くず鉄のもとにお供えください」
 三枝の声が会場全体へと響き渡る。といっても、この会場はそんなに広くはない。
 肉声では届きづらいだろうと用意された拡声器も、ボリュームは絞られていた。
 祭壇の横‥‥いや、やや離れた場所に三枝は立っていた。その脇には巫女服にきっちりと身を包んだ鯨井昼寝(ga0488)が立っている。
 彼女こそ、初代くず鉄100個改宗者、いや、回収者である『未来研公認くず鉄ガール』である。
 その手に持つものはまさしく神具と言っても過言ではないだろうジャンク・オブ・ジャンク(ハンマー状)だ。
 どこを見ているかわからないその眼は、うっすらと開き。
 いつも三つ編で収まっているその髪は今は赤いリボンでゆるりと一つにまとめられていた。
 その姿を賞賛するものがいた。ヨグ=ニグラス(gb1949)だ。
 小隊の隊長がキャンペーンガール(?)をすると耳にして、その英姿を一目見ようと駆けつけたのだ。
「おおっ。これはまさしく期待通りであります」
 後でジョンが現れたら、二人揃っているところで仲良く握手する姿を写真に収めようと心に決め見つめていた。

 参拝者が針の代わりとするくず鉄を祭壇の後ろに聳え立つ標的へと狙いを定め、くず鉄のもと――もとい、ジョン人形へと投げていく。
 その傍らで、鯨井はジャンクオブジャンクを掲げ、くず鉄化した物体の念を憑依しようと試みていた。
「いままで大切に使ってありがとう‥‥」
 投げる前に言われる一言は、まさしくそのくず鉄化した品達の心。
 一言一言が、投げる者たちの心へと突き刺さっている――はずである。

「どうして未来科学研究所保険を使ってくれなかったんじゃ!」
 様々な言葉が飛び交う中、綺麗な銀髪の女性が仁王立ちになって立っていた。
 ロジー・ビィ(ga1031)である。
 彼女の手に握られているくず鉄は愛用のエネガン‥‥変わった時を思い出し、思わず涙ぐんでいた。
 そう、それは‥‥。

 彼女にとって、それはわたわたと慌しく支度をしていたときであった。
 それもそのはず、これから依頼へと出発するに当たっての持ち物の最終チェック。武器を見直し、手入れをしていたものの、やはりここはもう少し火力が欲しいと望むのが過酷な試練を戦い抜いてきた傭兵の性であろう。
 依頼主の期待に添えるべく、自らの戦闘値を高めるのも仕事だとばかりに、その日ロジーは研究所へと向かった。
 研究所の入り口に聳え立つ等身大の看板を見れば、本人はどこにいるのでしょうね、などと軽い気持ちで見送り、強化部門へ‥‥。

「えーいッ、思い知れ! なのです」
 ぴこぴこと音を鳴らしつつ、くず鉄を手でトス、そしてピコハンであたーーーーっく!
 恨むのが筋違いのはわかってるです、わかってるんですけど。と、ぶちぶちと呟きつつも、やはり無念は消えないもの。
 それでも、思いっきりぶつけたくず鉄で幾ばくか心は晴れ上がっていた。


「た〜〜〜ま〜〜〜〜や〜〜〜〜」
 ズガーーンと大きな音を立てて、くず鉄が人形の足元へとぶつかっていく。
 鳳だった。投げた反動なのか、長い髪がくるりと身にまとわり付く。
 積み重なっているくず鉄の数は、既にかなりのものになっていた。
 彼のくず鉄はKVフレームの成れ果てである。しかし、それは手にすっぽりと収まるサイズまで変形をしている。
「ほんま不思議やね」
 アレほど巨大な物体が、ここまでコンパクトに成るとは。
 その言葉に対し、
「もう時間だから逝かねばならん」
 と、くず鉄おろしを行なっている鯨井はいそいそと返答する。
 どうやら、その不思議さについてはノーコメントのようだ。
 その不思議な原理は発表されていないものの、誰もが感じる不思議の一つだろう事は間違いなかった。


「‥‥これは‥‥奏歌の新しい相棒になるべく‥‥強化金属も使用して丁寧に強化するつもりでした」
 手に収まるくず鉄を見て、奏歌 アルブレヒト(gb9003)は呟く。
「これも運命、博士を怨んではいけないよ」
 鯨井の言葉にこくりと頷くものの、それでも奏歌の言葉はゆっくりと続いた。
「確率3%でこの姿になった時は‥‥こう‥‥胸が締め付けられる様な‥‥どことなく切なくて甘酸っぱい‥‥殺意が芽生えました‥‥この気持ち‥‥博士に受け取って頂きたいですね」
 きらりと、瞳の奥が光る。
 握られるくず鉄。
 そして――っ!
 大きな音と共に、奏歌の手の中にあった塊は積み上げられていった金属たちの中に吸い込まれていった。
 静かに合わせる手。それが博士に届くよう、奏歌は願うのであった。



「あっ! 私の脱ぎたてパンツをくず鉄にした人がいるっ!」
 崔 美鈴(gb3983)は叫ばずにいられなかった。
 その声に、多くのものが振り返る。彼女が指差す方向を見て、驚きのあまり表情が固まった。
 まさかのジョン・ブレスト本人がそこには立っていたのだ。
 彼女がくず鉄にしてしまったのは花柄インナー。台詞からするに、どうやら研究所内で脱いだ下着をそのまま強化願いに出し、失敗したらしい。それは、強化担当者の手元がミスったためか、それともワザと‥‥なのだろうか。
「彼氏にもまだ見せてなかったのにっ! 乙女をノーパンで帰らせるなんて、どういうつもりなのっ!」
 引きつる表情のジョンに対しお構いなしに、大声で美鈴は叫び逃げ去っていった。
 簡易用とか、変えパンツは用意しろよ! とジョンは思った。
(‥‥まず、乙女だったらノーパンなどと間違っても叫ばないと思うんだ)
 二十歳を超える子持ちのジョンは、この叫ぶ少女を見て苦悩に立たされた。今後つれてくる可能性がある息子の嫁候補は、いったいどんな女性になるんだろうかと微かに暗雲が立ち込める気配を感じずにはいられなかった。
 ちなみに、美鈴の彼氏は彼女の脳内にのみ生息しているらしい。
「‥‥厄が溜まりまくっているであろう‥‥くず鉄博士ことブレスト博士を‥‥供養するのですよね? ‥‥お手伝いさせて頂きます」
 そんなジョンにむかって淡々とした表情で挨拶をする奏歌。
 日傘によって顔は見えないが、おそらく口角は上がっているだろう。
(なんで俺を供養!?)
 ジョンは、会場に来たはいいが早々に逃げ出したい気持ちと、とりあえず胃薬かタバコで痛む胃の沈静化をはかりたい気持ちに苛まれていた。
 そんなジョンに、宗太郎=シルエイト(ga4261)はそっと肩に手を置く。
(‥‥博士、あなた疲れてるんですよ)
 目頭を押さえる彼の行動に、ジョンは同情の気配を感じた。
 爽やかな笑み。先程、宗太郎はショップから大量のくず鉄を持って参上した。どうやらショップに買い取られたくず鉄たちを供養対象に持ってきたらしい。
 この供養と共に、胃が軽くなれば‥‥そう願わずにはいれないジョンである。


「主よ、本来の目的のために使われることなく不要なものと化してしまったモノたちが、再び人の世のためになるモノとして新たな持ち主と巡り合えますよう、見守ってください、AMEN‥‥」
 どこの宗教なんだろう、きっとくず鉄教会というのが出来たのかもしれない。
 そんなことを思いつつ、参列者たちのくず鉄の奉納は幕を閉じる。
 続いてとばかりに、広間はいいにおいに包まれていた。




「はーい、いらっしゃい、いらっしゃい。美味しいお好み焼きは如何かしらね」
 声が張る。ここにいるのは、傭兵たちだけではない。むしろ積極的に参加している傭兵の方が少ないともいえる。
 日々くず鉄を作り上げている研究員たちの方が、もしかしたら参加が多いのかもしれない。
 なんとなく、悲しいのはどうしてだろうか。
「紅しょうが入りの」
 悠季の店にやってきたユーリはお好み焼きの注文をしつつ、自ら作ったたこ焼きを持ってきていた。味はしょうゆ味である。
「そこの真っ黒で不気味なのは、今回限り展示品だから触らない方が無難ねー」
 悠季が忠告したのは鉄板の横へと積み重ねられた黒焦げの惨敗であった。その形はくず鉄を思い出させるものである。
 それを見たユーリは、自分の持ってきたたこ焼きを見つめた。
 先程作っていたときに、力みすぎたのか、形を失敗したものが多数転がっていたのだが‥‥。買いに来た研究員に渡したとき、満面の笑みを見せていたりする。
 それを受け取った研究員は、無言でたこ焼きを見つめていた。
 焦げて、丸め方を失敗したしょうゆ味のたこ焼き‥‥それは、まさしく祭られている数々のくず鉄たちの形を現しているように見えたのだった。
 その様子を見て、鳳がうずうずと手をパタパタしていたのが印象深い。
「まぁ、お祭だし」
 出来上がったお好み焼きを口へと運ぶ。入れてもらった紅しょうがの味が口内を満たすのを嬉しく感じつつ、鳳が振舞っている小龍包を口に入れたジョンが炎を吹き出すのを見て、にやりと笑っていた。
 ジョンに当たったのは、鳳特性くず鉄小龍包。皮に含ませたイカ墨色、中身は豆板醤がたっぷりの激辛仕立てであった。


「あら、ティラン‥‥ご一緒にどうでして?」
 ジョンと一緒にふらりと室内から出てきていたティラン・フリーデンはロジーにつかまっていた。くるりと回された手に、ふぎょーとかちょっとわけのわからない声を上げているも、いつもと様子が違うロジーから逃げ出すのはあきらめる。
 そう、彼女はいつも吸わないタバコを手にしながら、目は据わっていたのだ。
 足元にはかなりの数のワインの空き瓶が転がっている。
「よ、酔ってるであるか?」
 不安げに見つめるティランに変なくらい爽やかな笑みを見せる。
「わたくしの手作り‥‥食べますわよね?」
 ごくりと、ティランの喉が鳴った。目の前にあるのは、くず鉄にも見えなくもない黒ごま団子。言葉通り、製作者はロジー本人のようである。
 ロジー・ビィ。彼女は別名、破壊的料理製作者ともいうのだ。

 その後、ティランの姿がどうであったか‥‥知る者は誰もいない。


「はいっ♪ コチュジャンはよく混ぜて食べてね☆」
 美味しく食べている人々の中をうふふと笑みを浮かべながら飛び回るものがいた。美鈴だ。
 人の食べているものに、勝手にコチュジャンを入れて歩く姿は、まさに悪魔の少女。
「おいしい? ねえ、おいしい?」
 笑顔で聞くこの質問に、有無を言わせない恐怖感に襲われる。
 こくりとしか頷けない犠牲者たちに、美鈴はにっこりと満足そうな笑みを浮かべるのであった。

「耐性は低いですが、平気です。だって、飲まなきゃやってられないでしょう?」
 泡盛を片手に、ごま饅頭をもう片手に、宗太郎は研究所所員に紛れ込んで座っていた。
 その爽やかな笑みは開始直後、数分もしないで変化を見せる。
 ターゲットと成ったのは強化部門リーダー。まさしく、この祭の最高犠牲者の一人である。
「よーおっさん、楽しんでるかぁ?」
 黒髪が金色へと変化していることから、彼が覚醒しているのは如実と知れる。先程から脇に収められるもの、そして変わった口調を考えると、逆らうことは危険と判断するしかなかった。
(かあちゃん、ごめん)
 何故謝るのがかあちゃんなのか、そこは抜かしておいても、だ。
「‥‥ところで、俺のこの相棒を見てくれ。コイツをどう思う‥‥?」
 鼻先に突きつけられたのは、先程から携帯していたランス。満面の笑みで突きつけてくるも、後ほんの少し力が加われば、間違いなく彼の鼻は咲き開くだろう事は想像が付いた。
「すごく‥‥大きいです」
 その返答にさらに満面の笑みを浮かべるも、下ろされることはなかった。
 彼の不幸は終わることが無いように感じていた。



「ふふふ。ふふふ!」
 意気揚々と目を輝かせている一人の少年がいた。ヨグである。
 彼の手の中にあるのは、一つのインカムであった。
 先程、それの製作を手がけてくれた研究員と話しをすることが出来たらしく、気分は最高潮! っと言った感じであろう。
「いやはや、まさかくず鉄を原料に作成してくださいと頼まれるとは」
 がっはがっはと笑う研究員に、ヨグはぴこぴこと嬉しそうに頷く。
「はい、まさに最・先・端! のアイテム! これからも、いろいろな物を作り上げたいので、今のうちに感謝のお礼をしにきたのですー」



「お仕事お疲れ様や。このくず鉄には‥‥俺らの涙や恨みだけやなく、研究所所員の血と汗も込められているはずや。だからそれらも全部、昇華できればえぇと思っとる。これからもまだまだ迷惑かけるかも知れへんけど‥‥よろしゅう頼むで」
 鳳の言葉に、涙が自然と溢れ出た。
 数々の罵倒は、今までにあった。だが、これまで心に触れる言葉をかけられたことはあったのだろうか、いや、無いに等しいといえる。
 感謝の言葉は、恨みの言葉と違って言葉にされることは少ない。
 そう、それがあるからこそ胃が痛くなっているのだ。
 鳳の言葉に涙した所員は、そっとジョンを仰ぎ見た。
 あぁ、あの副理事はこんな言葉を与えられたことがあるのだろうか。
 日々胃薬を飲んでいる姿を考えるだけに、余計涙が溢れてきたようだった。





「では僭越ながら、私、伊佐美希明が、清めの一撃を」


 祭の終わり。時間も、程よい暮れの時刻を迎えていた。
 空を見上げれば、群青色に染まり始め、気の早い星たちが鈍い光を放っている。
 祭壇へと上がった希明はゆっくりと射法八節を踏み始める。
 先程の姿とは違い、神事を行なうように白の袴で身を包んでいる。彼女自身の神具ジャンク・オブ・ジャンク(弓状)でゆっくりと標的を絞り、標的――それはまさしく彼女が設置した等身大人形だ。数々のくず鉄が投げつけられ、既によれよれとなっていた。
弧を描くように引きおろされ、力により湾曲される弓の軋む音が聞こえてきた。
 研ぎ澄まされた一瞬。
 空を切り裂く音が聞こえた。

 ダ ン ッ。

 響いたのは、板に突き刺さる音。
 ころりと落ちたのは、人形の首だった。


 その様子を見ていたロジーが、ジッポライターで周りを取り囲んでいた藁人形へと火をつける。
 体内へと仕込まれていた弾頭矢がつけられた火によって、一斉に撃ちあがった。
「たーまやー」
「もっとくずてつを燃やしましょう! 供養ですっ! 供養!」
 その横で、ヨグはもっと燃えるように風をあおっていた。

「いやぁ‥‥綺麗ですねぇ」
 空に打ちあがるもの。そして下で燃え上がるもの。
 拍手が沸き起こる。
 絡み酒の宗太郎は、鼻を啜りながらその情景を感慨深そうに見つめ上げていた。
 ユーリはなぜか天晴扇子を持って舞っていた。意外とお茶目である。


「どうでもいいブラウニーやアーミーナイフは、あっという間にLv8にしてくれちゃうのにね‥‥うふふ‥‥。ついでに強化した出刃包丁が即座にくず鉄って何なの? 狙ってるの? 死ぬの?」
 燃え上がるくず鉄を見ながら、美鈴はぶつぶつと呟いていた。
 既に彼女の周りに人はいない。
 見つめる瞳に写るのは、その炎だけ。しかし、彼女の瞳の奥には、もっと薄暗い炎が巻き起こっていた。
「燃えちゃえ燃えちゃえ‥‥うふふ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろあはははははははは!!!」
 新たに手にした武器、赤黒く変色したナタを石で砥ぎながらその声は響き渡っていくのであった。




 事の終わり。悠季は山ほど詰まれた残骸へと足を運んでいた。
 さすがに祭りは終わった後が大変とばかりに、物が散乱している。
 楽しみが終わったばかりだ、おそらくこれを片付けるのは明日なのかもしれない。
 そんなことを思いながらも、悠季は手を動かしていた。
「そうそう、情報漏洩で何か隠してない?」
 ‥‥。素直に感心してしまった後では、やはりがっくり来るのは気のせいだろうか。
 そんな悠季の行動を他所に、高く積まれた主役たちに、微かな動きが見られた。
「え?」
 ゆっくりと首を回す。
 すると‥‥。



 後日、未来科学研究所から突発的な依頼が出ることとなった。
 それは、研究員が発見した悠季の気絶した姿と関係があるかもしれない、そんな事件への前触れだった。