●リプレイ本文
鐘の音が聞こえる。
もうすぐそこに立つと思うと、何故か足が震える。
しっかりと立てるだろうか。
ちゃんとついて来てくれるだろうか。
そればかりが頭の中を木魂する。
不安がないわけではない。
でも、しっかりと歩いてきた自信はある。
それだけで、背筋が伸びた気がした。
もうすぐ、目の前のドアが開かれる。
遠く感じた日々が、意外と早かったという事実に驚かされる。
まだ1年も経っていないなんて。
付き合ってからではない、出会ってからだ。
その事実に驚愕しつつ、それ以上の速度で進んできた歩みを思い出す。
後悔は無い。
今あるのは‥‥。
未来に向けての希望だけだった。
ソフィリア・エクセル(
gb4220)と風間・夕姫(
ga8525)に付き添われノーラ・シャムシエル(gz0122)は控え室へと入っていった。
キョーコ・クルック(
ga4770)が選んでくれたドレスは、お腹周りに負担の掛からないようにたくさんのレースがあしらわれたふんわりとしたものであった。
衣装に袖を通した後、促されるまま椅子へと座り、今度は髪形のセッティングを行われる。
「ほら、すぐに終るからじっとしてろよ」
人にやってもらうという行為がなれないのか、ノーラが動きそうになるたびに風間は口を酸っぱくして注意していた。ソフィリアは丁寧に長い金色の髪を梳く。
普段そんなに気にしていない事もあり、あまり結ったりしていない髪をドレスに合わせて形付けられていく。風間は必要以上に普段化粧していない彼女の顔に、紅を引く。
「‥‥うん、よく似合っている‥‥綺麗よ、ノーラ」
いつもとは違い、優しい言葉をかける風間。普段とは違い女らしさを感じさせた。
ノーラは2人にお礼を込め、笑顔で微笑む。
「あまり大きく笑うと崩れますわよ」
照れつつ言うあたり、ソフィリアは満更でもない様子だった。
「こんにちは〜♪ ご結婚おめでとうだよ〜♪」
エプロン姿のまま現れたのは月森 花(
ga0053)だった。どうやら厨房の方で手伝いをしていたらしい。 手には可愛い包みをそっと大切そうに抱きしめている。
「手作りなんだけど‥‥気に入ってもらえると嬉しいな」
少し照れくさそうに差し出された包みを受け取り開けると、そこにはウェディング姿のテディベアが2体と、純白の小さなベビーシューズが入っていた。
「わ‥‥いいの?」
嬉しそうに取り出したシューズの踵には、天使の羽が着いていて。花は嬉しそうに頷く。そして、少し照れくさそうに尋ねる。
「‥‥お腹触っても、いい?」
そんな彼女に、優しく笑みを返し、近付くように手招きをした。
許可を貰うとドキドキした気分でそっとお腹に耳をあてて。
「わぁ〜‥‥っ。今動いた‥‥?」
目をキョロキョロとさせつつ尋ねてくる花に笑みで答える。何かを思い出したのか、込み上げてくる感情に思わず潤んだ瞳をとっさに隠しつつ、花は「こっちの準備も済ませないとね」と、少し照れくさそうに去っていった。
一方もう一人のほう‥‥天(
ga9852)にはキョーコがついていた。
白いタキシードに身を包み、緊張した面持ちがまるで借りてきたクマ(マテ)のようであるところに、少し表情を明るくするために軽く化粧を施す。まぁ、女装経験などもあることなどからはじめてでは無いが、それにしてもやはり顔に何か塗るのはあまりいいものではないと感じていた。ふらっと現れた朧 幸乃(
ga3078)によって胸に挿された一輪の薔薇。それはこの季節にはまだ珍しいもので。彼をリラックスさせるために吹かれた曲は、前に聴いた事のある曲であった。
「God bless you‥‥」
最後に囁かれた言葉を聞いて、何か解放された気がするのは何故だったのだろうか。
「結婚、するんだな」
ぼへぇっと身支度を整える天を見てヴァン・ソード(
gb2542)は呟いた。
「あぁ‥‥」
嬉しそうにそっと微笑むあたり、少し置いてけぼりにされた気がして。
「そうか、おめでとう」
「ありがとう」
ぶっきらぼうに呟くヴァンに、天は更に満面の笑みで応えた。
そんな天を見つつ、何やら考えている様子に首を傾げる。「いや‥‥」そういいつつもまだ考えている様子なのを不審に見ていたところ、
「ところで、結婚ってうま――」
「食べられません」
最後まで言わせずに即答されつつ、ヴァンは少し笑い返した。
このテンポは変わらない、それが少し嬉しかった。
「‥‥おめでとう」
今度は心からのおめでとうで。天はそんなヴァンに笑顔だけで答えを返していた。
支度が済むと、そわそわと入ってきた天が現れる。ノーラの姿を見ると嬉しそうに微笑み、入り口でとどまっていた。
「ほら、新郎がそんな風に固まってどうするのよ。こういうときはドーン! と構えてなさいよ」
後ろから背中をバシッと叩かれ、驚いて振り返ると黒のタキシード姿の冴城 アスカ(
gb4188)と背中が大きく開いた黒のドレスを着た神楽 菖蒲(
gb8448)が立っていた。この姉ちゃんズ、実際は様子見がてらこのクマになった新郎を弄り倒しに着たらしい。
「それにしても‥‥今日のノーラさん本当に綺麗よ‥‥」
椅子に座り、まだベールをかけてないノーラを見て冴城はうっとりと呟く。そんな風に言われてしまえば、ノーラはどうする事もできなくただ顔を赤く染めるだけで。
「結婚するのはわかっていたけど‥‥」
現れたのは棗・健太郎(
ga1086)で。ちょっぴり不服そうに顔を膨らませているのは何故なのだろうか。
ノーラではなく天の方へと向かい、そっと袖を引っ張る。
「‥‥おめでた婚とはきいてない、あまーつ!」
寄せられた耳に精一杯の大声で叫びつつ、にやりと瞳を煌めかせた。
それは彼が何かやらかそうとする時の表情で、今後からかいがより一層強くなることを物語っていた。
「天くん、ノーラさん、この度は御結婚おめでとうございます。私達の時は会場探しから設営まで協力して頂きましたので、今回は『私達夫婦』がお手伝いをさせて頂きますね。」
玖堂 鷹秀(
ga5346)と共に現れたのは土浦 真里(gz0004)である。先日ノーラが頼まれて式の用意をしたことが思い出された。まぁ、あの時ノーラはやや八つ当たり気味に辺鄙な場所を用意していたのも有ったのだが、今となっては良い思い出であるだろう。玖堂が持参したプレゼントは天に『家内安全の御守り』とノーラには『安産祈願の御守り』だった。わざわざ日本の両親に送ってもらったらしい。
一部始終を見つめていた御影・朔夜(
ga0240)は、そっと咥えていた煙草を灰皿に押し付ける。
何よりも天の晴れ舞台を見たことに彼は満足していた。
ノーラ側の親類が未だ連絡がつかないことをキョーコと百地・悠季(
ga8270)は心配していた。
その話に驚いたのは、流石に一人ではなかったのだが。中にはノーラ自身にどうして尋ねたものもいた。しかし、頑なに彼女は語らない。どういう親子関係なのか不明では有るが、それでもまさか娘のハレ舞台にすら‥‥。そうこう心配していると、ノーラの探偵事務所の所長であるナットーが現れて告げる。
「後日、屋敷に来るように‥‥だそうだよ」
いつもと違いすっきりと整った白いスーツ姿のナットーはこの度ノーラの父親代わりとして式を出ることになっていた。父親と連絡を取っているのは、どうやらこの所長らしい。所長の言葉に仕方が無く頷くノーラ。その様子にどうやら今は口を挟めない事を他の者達は感じていた。
◇
式は、厳かな空気の中静かに執り行われた。
参列者達が居並ぶ中、天は一人で歩き緊張した面持ちで神父の前へと立つ。
ゆっくり開かれた扉から、ノーラは父親代わりのナットーに連れられ姿を見せた。ベールは棗が床へとつかないよう後ろから緊張しつつ持っている。
静かに近付いてくる彼女はいつもとは違い、物凄くお淑やかで。
足元を見つめ、一歩一歩確かめる様に進んでいた。
促された手を静かに掴む。
自分とは違う、小さな手。そっと受け取り、しっかりと頷き返す。
未だ顔を上げず、真剣な表情のまま。
ベールを持っていた棗は、そっと離れた。
天に手を持たれたまま、ノーラは考えていた。
この先、この手の主とともに歩む事を。
しっかり、捕まえていてくれるのだろうか。
何度も問いただした記憶が蘇る。
神父に付き添う形でハンナ・ルーベンス(
ga5138)は立っていた。
神父が2人に声をかける。
静寂な中に響き渡る、誓いの儀式の言霊。
紡がれた言葉が、契約の確認を問う。
答えは『Yes』。
「キミと、この子を、俺は‥‥ずっと守り続ける」
その言葉で視界が霞むのを感じる。貰えた言葉の重さが、嬉しい。
この日に備えて用意された銀の指輪が目の前に差し出される。
二つで一つ‥‥対の存在で。【Silmeria】ブランドでの作品であった。
これから待ち受けている様々な事を乗り越え、2人が決して離れないように。
ゆっくりと、細い指先に輪を通していく。続いて大きな、しっかりとした指に。
ベールが上げられ、視界が開く。
そっと見つめると、下に落としていた視線が上へと向けられた。
零れ落ちそうなくらい、大きく開かれた瞳が見つめる。
そこには不安など、一欠けらもなく。寧ろ、喜びで満ち溢れていた。
そっと前屈みになると、再び伏せられて。
長くて、短い‥‥誓いの印を残した。
柔和な音が響き渡る。
ハンナが奏でるパイプオルガンだ。そこに重なるように、Cerberus(
ga8178)のハーモニカも流れて。曲は『いつくしみ深き』賛美歌である。
セシリア・ディールス(
ga0475)の綺麗な声が、祝福を歌う。続いて聞こえてきたのは、ソフィリア。そしてユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)のハイトーンの声が響き渡る。
誘われる様に、他の者達からも零れ出て。
心がほわりと温かくなっていく。
◇
空は、青く晴れ渡っていた。
小鳥達が歌い、そして雲一つない空に太陽の光が降り注ぐ。
まさに、晴天。爽やかな風が、皆を包み込む。
先に外に出ていた人々は一列の道を作っていた。
階下へと渡る延びた白い絨毯にそって、左右に分かれて一列へと並ぶ。
天の手に掴まり、ベールが上がったノーラが皆の前に現れた。
用意されていたライスシャワーとフラワーシャワーが2人に降り注ぐ。
セシリアはその姿を見て、眩しそうに目を細めた。
嬉し泣きなのだろう、薄らと涙ぐんだノーラの姿が眼に止まる。掻き揚げた手にはリング状になったブーケが揺らめく。日の光に、2人の指にはめられた銀色の指輪が煌めいた。
遠くでその姿を見つめる人物が居た。須佐 武流(
ga1461)だ。
その姿を見つけると、精一杯手を振るが彼は誰にも姿を気づかれることなく影へと場を移す。きょとんとしたノーラに気付いた天は、不思議そうに視線の先を見つめると優しい笑みが零れる。そして、そのままノーラを抱き寄せ額へと口づけすると、素早く横抱きにした。
「はわっ!?」
急に視界が変わったことに驚くと、慌ててしがみ付いて。
シャッター音が聞こえたような気もするが、そんな事考えていられない。
「ば、ばかっ!」
折角の日にこんな言葉を口にする当たり、彼女らしいのかもしれない。
「たくさんのありがとうと‥‥これからもよろしく」
優しい瞳に見つめられ不平がピタッと収まると、皆に見守られる中、天は爽やかに退場していった。目指すは用意された屋敷の中へ。
これから何が起こるのだろうか、そんな期待を持ちつつ舞台を移していくのだった。
「いつか私も‥‥こんな風に結婚式、して見たいな‥‥」
トリシア・トールズソン(
gb4346)はそんな二人の姿を見届けると、今は居ない炎槍の騎士へと思いを馳せる。
そんな姿を見て、橘川 海(
gb4179)はやはりトリシアもまだまだ子供だねと思っていた。
ハンナは一人静寂へと戻った教会の中に居た。
静を祝し、加護を祈る。
今はただ、2人の幸せと、新しい生命のためへと。
聖女に戻りて、祈りを捧げていた。
◇◆◇
会場を移すと、今度は鷹代 由稀(
ga1601)とクラーク・エアハルト(
ga4961)の出番であった。
伯爵の好意により借し出されたのは一つのホールであり、先程とは違い、傭兵達が主体となる。式からの時間は長めに取ってある。その間に催し物の準備やら料理のセッティング、式とは違いこの舞台こそ参列者達の出番だった。
業者や関係者への手配は既に十八番となっているアルヴァイム(
ga5051)が勤め上げている。
かなり前より準備が進められていた料理については、式の終了後、すぐに仕上げに取り掛かっていた。
矢神小雪(
gb3650)が中心となっている数々の料理は、数日前からの泊り込みで仕込まれた物で。悠季がアシスタントとして腕を振るっていた。ヴィンセント・ライザス(
gb2625)とユーリが作る最高傑作のウェディングケーキ‥‥これはかなりの大掛かりな代物では有るのだが、それについてはまた後ほど。料理の後に出てくるデザート系に関しては、相賀翡翠(
gb6789)を中心として色々な者達が手伝っており、海や花、宗太郎=シルエイト(
ga4261)(ややつまみ食い防止に働いていたようであるが)などが頑張っている。大人数だし、専門的なものも一つ‥‥漸 王零(
ga2930)はそう言って自分が得意とする中華料理の創作に腕を振るっていたりした。笹の葉で作る仕切りが祝い事を現すように様々な形に切られているのも、得意の一つといった様子である。
玖堂もまた、真里を引き連れて手伝いをしていた。
まぁ、若干苦手である真里が不平を言っているところを
「『来ただけで恩を返した』だなんて!? そこまで薄情な人だとは思ってませんでした!!」
等と旦那に(嘘でも)嘆かれたのなら、流石の真里でも文句は言えない。
その様子ににやりとした顔が、玖堂の狡猾さを物語っていた。
仕上げに向けて、小雪は張り切りだす。小さな身体が、次々と最終の盛り付けの確認へと踊る様に駆け抜けていく。料理のコンセプトは、秋の味覚。ただ、ノーラのことを考え茄子は抜きにしてあった。料理はビュッフェ式で何回かに分けて追加できるように手配も抜からない。翡翠の方も最後の仕上げとばかりに、全部のケーキの上にマジパンで作られた新郎新婦の人形を飾り付けていく。全て違うポ−ズや配置なあたり、よほど気分が乗っていたのだろう。手伝いといいつつ、つまみ食いばかりするだろう海用に専用プレートが渡されたのも縁起のいい日だからなのかも知れない。
「えへへ、つまみ食い用はこっちだよっ」
会場の方を手伝っているはずだったクラウディア・マリウス(
ga6559)に向かって【海専用】と大書されたプレートをきゃっきゃと食べている様子を見ると、海は結局翡翠の行動に気付いてないだろう。
クラウは食べ終わると、慌てて会場を探しに戻っていったのだった。
披露宴の会場の入り口に設けられた受付は上杉・浩一(
ga8766)が取り仕切っていた。
ちょこんと置かれた子猫のぬいぐるみは白とロシアンブルーで。白の頭にはブルーローズが飾られている。2人をイメージしたのだろう。間に置かれたウェルカム・ボードには名前が記されていた。
「本日はお越しいただき本当にありがとうございます。こちらで名前の記入をお願いします」
笑顔で応対する上杉はとても落ち着いているように見えた。
いつも彼のトレードマークのような存在の無精ひげも今日は見当たらない。おかげで端正な顔が拝めていた。そして補佐として控えるアルヴァイムも居る。本日の受付は彼らに任せ、一先ず安泰といった様子である事には違いなかった。
「それでは新郎新婦の入場です。盛大な拍手でお迎え下さい」
クラークの言葉と共に入り口へとライトを集中させる。静かに流れる音楽、そして拍手が開かれた扉から現れた二人を包み込んだ。
挙式とは違い、天は黒のタキシード、ノーラは白のプリンセスラインのドレスとなっていた。スカートの切り替え部が高めに設定されていたり、レースによってたくさんのフレア部分が作られているなど、選んだキョーコの心遣いがよくわかるものであった。袖がないため、白い長手袋をはめているが、それは指の部分まではいかないもので。しっかりと指輪を見せている。髪はアップにされ、動きが阻害されないようにと。ケーキを思う存分楽しんでくださいませ、というソフィリアなりの気遣いの結果だった。
重なった手をゆっくりと導くように歩き、作られたひな壇へと進む。
その姿を確かめた後、鷹代とクラークはゆっくり頷き呼吸を整えた。
「それでは、お手元のグラスを持っていただきまして‥‥」
長々とした前説はいらない。そこまで厳粛でなくても良い、そんな彼らの集まりである。
一同その場に立ち上がり、グラスを持ったことを確認した二人は、大きな声で叫んだ。「「乾杯!!」」
グラスがぶつかり合う音が聞こえた。間を置いて椅子の音が聞こえ、落ち着くのを待ってから再びマイクの前へと立ち、話し出す。
「こんにちは。本日の披露宴の進行を務めさせていただく鷹代由稀です。この良き日に大役を務められること、光栄に思います」
「同じく司会を務めさせていただきますクラーク・エアハルトです」
本日の司会は、このコンビ。黒と白の対称を見せつつ、息の合ったコンビネーションが期待されるのだった。
「さすがにノーラもああゆう格好をするととびっきりの美人に見えるな。まぁ、隣にいる俺の奥さんの方がそれでも美人ぶりは勝っているが」
惚気つつ、自分の奥さんのご機嫌取りは忘れない。そんな榊兵衛(
ga0388)に寄り添っていたクラリッサ・メディスン(
ga0853)は微笑みながら。
「もう一度くらいこうやって式を挙げるのも悪くないかもしれませんわね、ヒョウエ」
等と言っていたりする。一体何回挙げたら気が済むのであろうか。
「我が友の一世一代の大イベントである。ならばこちらも‥‥料理人の意地を賭け全力を尽くそうではないか」
その言葉によって完成したのは、本当に見事なウェディングケーキだった。気合も充分、何しろ3日前から準備のため泊り込みでヴィンセントはこのカプロイア伯爵の別荘にお邪魔していたのだから。
全部で5段で構成されているケーキはそれぞれの段に意味が込められていた。
1段目は【高貴なる香りを】バニラクリームにミント飴を散りばめられ、中の層は香草とりんごで作られたジャムによって落ち着いた香りを放っている。ほんのり甘めのりんごジャムが、ミントのすっきりとした味わいにより口あたりを柔らかくしていた。
2段目は【めぐり合いに感謝を】一見普通に見えるのだが、その中身はチーズとダークチョコによって程好い酸味と、ほのかな苦味で大人の味に。しっとりと焼き上がっているスポンジに適度なインパクトを与えている。
3段目は【甘酸っぱい恋を】真っ赤に染まったクリームはイチゴによるもので。間に挟まったレモンジャムと蜂蜜が、より一層不思議な、それでいて恋のような甘酸っぱさを引き出す手伝いをしている。
4段目は【純白の祝福を】ミルクチョコレートにより、雪のようなふんわりとした白さを演出しつつ、しっかりとチョコの柱によって支えられた中には本当にふわりとした綿菓子が敷き詰められていた。まだ、踏みしめられていない初雪のようである。
5段目は【華やかなる祝福を】バニラクリームの上に、色々なフルーツシロップを線状に垂らした中には8種類にもおよぶフルーツジャムによって重ねた層になっていた。
会場に登場したとき、ノーラから感嘆の声が上がる。
期待以上のものであった。今回拘った中の一つに、ケーキがあったくらいだ。
司会に促されるようにケーキの前に立つと、二人はそっとナイフを持った。
なんだか、ナイフを入れるのがもったいないと感じつつ、ゆっくりと差し入れる。
入れたケーキは、そのまま一旦下げられ、各テーブルに配分する用にと切られて出てきて。
「それではファーストバイト、いってみましょう」
嬉しそうに盛り上げてくるクラークの声に、ノーラは戸惑いを感じつつケーキを一口大へと切り、フォークに乗せ‥‥。
真っ赤になりつつ天の口へと入れると、素早く身を引いたのだった。
翡翠は落ち着いて席に座りつつ、目の前に座る天原大地(
gb5927)の格好を見てゲンナリしていた。折角の場所だからと、こちらは普段ではありえないダークスーツに身を包んでいるというのに‥‥。この男、まさしく普段着で来たのだった。それを見咎めたキョーコは大石用に用意してあったタキシードを着せたものの、やはり体格が違うこともあり少々不恰好になっていたりする。
「あら、大地くん。シャンパンでもいかが?」
何故か給仕を務めている冴城がシャンパンを勧めてきたりして。どうやら給仕をやる人が、思ったより少なかったらしく進んで手伝いに名乗りを上げたらしい。遠くでは、同じく手伝いを始めた神楽が悠季に借りたエプロンを身につけて歩き回っていた。
◇
キャンドルサービスで回るのは、各列席者のテーブルで。
二人でトーチを持ちつつ、ゆっくりと歩く。
途中何度かドレスに‥‥いや、普通に躓きそうになるところをそっと横から支えつつ。
挨拶と共に一言一言交わしながら祝辞を直接受けていた。
「おめでとう、天。心から祝福させて貰うよ」
天がお世話になっている部隊の隊長・御影である。
「初めまして、かな。私の名は御影朔夜‥‥」
ノーラの方へと向き直ると手を差し出しながらにこやかに挨拶をしてきた。
「私が言う事ではないが‥‥如何か、彼をよろしく頼むよ」
優しげな印象で、それなのにしっかりとした。ノーラはぽぉっと魅入っていたものの、慌てて握手をし、こちらこそと微笑み返した。傭兵としての彼はわからないから、だから尚更‥‥こんな人物が隊長を務めていると知って、心強かった。
「これ、拙いものですが私からのプレゼントです」
イリアス・ニーベルング(
ga6358)から天に渡されたのは、鴉の羽根をイメージした銀製のネックレスであった。 羽根の裏には『Ravens Nest』兵舎名が刻まれている。
嬉しそうに受け取ると、ぎゅっと握り締め。満面の笑みでありがとうを呟いた。
「赤ちゃんが居るとか、知らなかったです」
柚井 ソラ(
ga0187)とクラウ、国谷 真彼(
ga2331)のテーブルに行くと、祝辞と共にソラが不思議そうにノーラの腹部を見つめて呟いた。ここに、もう一人居るのかと。
「そういえば、国谷さんとエレンさんはいつ生まれるんですか?」
嬉しそうに見つめていたクラウは、一緒の席にはつけなかったものの、この度式のバックサポートとしてのエレーナ・シュミッツ(gz0053)と先程挨拶を交わしたことを思い出し、ふと思い至った様に尋ねていた。思わず国谷が飲み掛けの物を口から出しそうになる。その発言にノーラも視線を逸らし次のテーブルへと天を促していった。
「ちょっと、何を言って‥‥」
「クラウさん何を言っているんですかっ!?」
去った二人を見送りつつ、国谷よりも大きな声でソラがわたわたした様子で言うも、クラウは何が原因かわかっていない様子で。国谷は始終視線を逸らして苦笑いを浮かべていた。
麻宮 光(
ga9696)にとって、天はまさしく猪突猛進な人物であった。いつの頃から『心友』と呼ぶ様になったかは覚えていない。そんな彼にとっての大事な日が訪れる事を心から喜んでいた。一緒になるノーラについては‥‥天然ボケと甘味好きしか印象に残っていないといったところであるが、まぁ、強ち間違っていないであろう。天然ボケについては、敢て否定したいが。
一緒に参列した星月 歩(
gb9056)は青いパーティドレスに身を包んでいる。普段とは違いアップにした髪が、いつもより大人びて見えていた。記憶もなく、知らない人の中不安だろうかと様子を見るものの、意外と落ち着いていて。天たちと、麻宮が楽しく交わす会話を楽しそうに聞いている。
――いつか記憶が戻ってそんな人が居たら‥‥会ってみたいな。
心友、相棒と呼べる人が居るのなら。より一層強く記憶を取り戻したいと思いつつ、不思議なほど落ち着く麻宮の傍に戸惑いも感じていた。
「相棒、ノーラさん、そして生まれてくる二人の子供と3人。心からおめでとう」
ノーラは少し残念に思っていた。何をと言うと、麻宮の服装についてだ。
『魔女っ子ルックでお揃いに♪』そんな約束をしたと言うのに、彼の服装は至って無難にタキシードで。着てくれたら、お色直しにそんな服装もできたのにとちょっぴり理不尽 な視線を送ってみていた。
◇
「天さん、この度はおめでとうございますっ♪」
余興の第一弾としてマイクの前に立ったのは同じ部隊のイリアスだった。傍にはアシスタントとして同じ部隊のファルロス(
ga3559)とヒューイ・焔(
ga8434)、そして御影がいた。
イリアスの進行により現れたのは一つの箱で。
その中へと誘導されていくのは御影である。
「それでは、これからこの箱を‥‥」
そう言って取り出されたのは、キラリと刃が光る数本のセリアティスで。
「‥‥失敗したら、ごめんなさいね?」
小さく呟いた言葉は、箱の中の彼に伝わったのかどうか。
ファルロスが次々と渡す中、イリアスは気合を込めて一刺し一刺し、御影が入っている箱へと突き刺していく。日頃恨みでもあるのだろうか、少し問いたい程に勢いが良い。
逃げ場のないほどに刺された箱を満足そうに見つめると、一呼吸を置いて一本ずつ抜いていく。ファルロスとヒューイが受け取るも、挿した後を心配そうに見つめていた。
「それでは、どうぞごらん下さいっ」
にこやかな笑みと共に開かれる扉。
血まみれになった御影が出てくるかと、指の隙間から恐る恐る見つめるも中は空っぽで。驚くノーラの視線とは逆の入り口が開かれる音がした。
御影の登場だった。
拍手喝采が沸き起こる。
「以上、イリアス・ニーベルングを始め『渡鴉』でしたっ♪」
一堂礼をし、席へ戻った折に御影はイリアスに囁く。
「‥‥お前、槍で刺すなんて聞いていなかったぞ‥‥」
イリアスはにっこりと笑い「言ってませんでしたっけ?」と、首を捻っただけであった。
澄野・絣(
gb3855)はそっと口に愛用の横笛をあてる。その名は『千日紅』。花の名であり、『終らない友情』の他に『変わらぬ愛』と言う言葉を持つ。
「縁起もよさ気ですよね」
絣の奏でる音に海は涙ぐんでいた。思い出すのは、遠い懐かしい日々。兄と養姉の見たかった晴れ姿。それがノーラと天の姿と重なって、胸にこみ上げてくる。
ちなみに『千日紅』の洋名は『ストロベリーフィールド』。その名を見て、「ノーラさんの好み?」と呟いたのはきっと絣だけではなかったであろう。
終夜・無月(
ga3084)は得意の料理は本日お預けと言うことで着物姿で登場していた。舞うのは婚儀の舞。長い髪を結い上げ、舞用に紅を塗っている事もあり中性的な顔はもはや女性かと見紛うものになっている。
「二人の多幸を祈りまして‥‥」
ふわりと扇子が揺らめいて、それに合わせて裾も。
そんな終夜の幻想的な舞に続いて、漸もまた舞を披露する。
演じるは奉納の舞。終夜とは対照的に、あくまでも男をイメージとさせる漸はその体躯をしっかりとした演舞によって魅せていた。
二人の舞は対照的で。それもまた、彼らの率いる部隊の特徴を現しているのかもしれない。
「あ、ノーラさんはノンアルコールでないといけないのでは?」
酒を注ぎつつそんな事をにっこりと言うのは抹竹(
gb1405)だ。
いつもであればむぅっと膨れるノーラも、流石に今回はにっこりと笑って対応する。瞳は笑ってないのだけれども。
先程もちょびっと飲もうとしたところを、ヴィンセントに「妊娠中であろう。アルコールは子供に悪いぞ」と、注意を受けていたこともある。みんな気を使ってくれているのはわかるが、好きなものが得られないのはちょっと辛い。それもあってか、今日にあたってはケーキについて寛容なことをありがたく思った。
「‥‥天さんも、表情がずいぶん変わられましたよね」
じっと見つめ、にこっと微笑み告げる。
風間が取り出したのはヴァイオリンだった。
そっと弦に弓を当てる。
奏でられたのは、静かな曲で。
何故かつくんと、胸に響き渡る。
伏せられた瞳に長い睫毛が際立つ。普段とは違った一面。だが、これこそ彼女の本当の姿なのかもしれない。強いヴィブラートが細い指先でしっかりとした音色となり、曲の締めくくりをより表現していた。
下ろされた弓、そしてやや遅れて開いた瞳はいつもの彼女の少し意地悪げなきらめきを見せている。
「‥‥昔取った杵柄って奴よ」
一体昔何をしていたのだろう。とある情報筋によるとチアリーディング部に所属していたとの話もあるのだが‥‥それはまた別の機会に。
ソラたちのテーブルに一人の人物が近付いていった。ドクター・ウェスト(
ga0241)である。
そこに居たのはソラと国谷だけで。どうやらクラウは席を外しているらしい。周りからの鋭い視線が突き刺さる中、二人は一言二言話すと席を外す。その様子を、ソラは少し寂しい瞳で見つめていた。
「曲自体はセルフカバーだけど、詩は二人のために書き下ろさせてもらいました。それじゃ健太郎くん、ピアノよろしくね。‥‥曲名は、『Because love』〜ずっと、一緒に〜」
しっとりとした音楽がピアノから零れてくる。弾いているのは棗。かなり練習をしたのだろう、中々いい演奏であった。
これから ずっと歩いてく
手を繋いで そう もう独りじゃない
隣に微笑んでくれる人がいる
嬉しい時も 泣きたい時も 分かち合える
二倍と半分 傷ついたって 笑い飛ばせる
人は誰でも一人じゃない 傍で支えてくれる人がいる
だから 今度は二人で 歩いていこう
新しい命も 守っていけるから
「二人ともおめでとう! お幸せにっ! 以上、鷹代由稀でしたっ」
満面の笑顔でお辞儀をし、舞台を後にする鷹代をイリアスが迎えていた。
曲自体はアイドル時代のラストソングで。鷹代自信の想いがたっぷりと込められた、余興の締めくくりはそんな贈り物だった。
◇
「さて独身女性の皆さん、お待たせいたしました。ブーケトスの時間です」
クラークの言葉に、雛壇の下に女性陣が集う場所が確保される。
暫し見やると、促される様にノーラはブーケを持って立ち上がった。
花は前に出たものの、自分の身長が小さいことがネックとなり少しだけ俯きがちになっていた。
そんな姿を遠くから眺める冴城は隣に寄り添う神楽をそっと目の端で確認すると、「‥‥そろそろ、菖蒲との事も考えないとねぇ」ぼそりと呟いた。
届いたのか、届いてないかはわからない。当の神楽はと言うと、
「天、あなた、こんな美人嫁にするんなら、生きて帰ってこないと菖蒲さんブン殴るわよ?」
と、傍に通りかかった天に脅しをかけていたのだった。
テーブルの前へと出ると、後ろ向きになりエイヤッといった感じで後ろへと投げ飛ばす。
ふぁさっ。
ブーケはゆっくりと弧を描きながら、放物線状に落ちていく。
絣は自分の方向へと飛んできたのをドキリとする思いで見ていた。
――恋人は居ないけど‥‥
それでも女の子である。興味がないわけではなかった。
トリシアもまた、少しだけ真剣に見つめる。既に2回、ブーケを獲得してきた。この3回目も、もしかしたら取れるかもしれない。そんな淡い期待が胸を囃させる。
真剣に皆が見つめる中、落ちたのはセシリアが差し出した手の中で。
流石に三回目はなかったかと、トリシアは少し残念そうにブーケを取ったセシリアを見つめていた。
「まぁ、取れなかった人たちにも用意してあります」
手を叩くと、カートに乗ったミニブーケが登場した。
それらは参加者に一つずつ手渡たされる。
もらえない、そう諦めていた花にはとても嬉しく。そんな花が悦んでいる様子を宗太郎は嬉しそうに見つめていた。
式も終わりに近付いてきた頃、場所をテラスの方へと移していた。
既に会食の方は済んで、余興も終わりに近付いている。
「それでは、どうぞ外をご覧下さい」
クラークの声によって一同外を見たときだ。
大きな音共に、打ちあがるのは花火で。
『結婚おめでとう!!』
響いたのはヒューイの声だった。
そっと席を外していたかと思うと、どうやらこの準備をしていたらしい。
打ち上がるのは数々の色取り取りの星たち。ヒューイの合図によってCerberusとアルヴァイムも手伝い、三箇所から順序良く上げられていく。
「あれ‥‥なんで‥‥」
相棒の、そんな行為に思わず天から嬉し涙が零れる。そっと拭うノーラの手をそのまま掴み、しっかりと握り返した。
ノーラにとってCerberusの行為もまた嬉しかった。
初めての気持ちを、教えてくれた人として。彼は彼女にとって、大事な人には違いない。そこから生まれたものは友情、それでも‥‥。彼が居なければ今の彼女も無かったのだから。
また、Cerberusにとっても今回の式は自分につけるケジメだった。惹かれた事は否定しない、そして求めたことも。そして自分が変われる切っ掛けになったことも。
次会うときも、きっと笑いあえるだろう。
そんな関係に落ち着いたことが、心地よかった。
戻ってきた国谷と共に、ソラはぽつりと会話を交わす。しっかりとした意思を持ちつつ、何故かかわされてしまう距離感。そっと袖に手を伸ばしたくなるも、ふるふるとクビを振るって、背中を見つめる。
――いつか、その背中を預けてくれませんか?
その言葉は終演を意味するフラワーシャワーに彩られ、決意を新たにした。
『月の狼からの贈り物です‥‥二人とも御幸せにね‥‥』
聞こえてきたのは終夜の声。花はムーンダスト『永遠の幸福』であった。
この門出を切っ掛けに、守らなければいけない者が増える。
終夜が降らせたアクアブルーのフラワーシャワーにキラキラと目を輝かせるノーラとそれを見つめる天への。そして、これから出陣する彼らへの決意を促す物だったのかもしれない。振り撒くのに使ったKVは純白の愛機で。
「戦いだけが‥‥この機体の使い道じゃないよ‥‥」
呟いた言葉は誰に対してのものだったのか、その人物は、既に場を後にしていた。
「いつか‥‥私の記憶が戻ってこんな風に戦う事も忘れて笑顔でいられる日が来るんでしょうか‥‥?」
「なれるさ、歩には幸せになってほしいって思ってるよ。戦争が終わったら‥‥きっとみんなが笑えるって俺は信じてるから」
星月の言葉に、麻宮はしっかりと言葉を返す。
見つめる先は果てしない空。
転ばないようにと繋いだ手が、その言葉をより強く、星月の中に残していった。
最初から最後までユーリは写真を撮っていた。それは新郎新婦を始め、この式に参加していた人たちの様々な場面をフィルムに収めて。
そんな彼が、ノーラの傍にいって囁く。
「ウェディングドレスのノーラ、可愛いよノーラ♪」
‥‥。
もはやユーリとの間にはお決まりのやり取りとなってしまったことに、祝いの席にも構わずノーラは真っ赤になって天の後ろに隠れてしまった。
◇◆◇
後日、一枚の封書が届いた。
贈り主は宗太郎。なんだろうと開けてみるとノーラはたちまち顔を赤くする。
それは結婚式のアルバムで。最後のページはファーストバイトで締めくくられていた。
―― 死亡フラグはね、平和な世界になってしまえば、幸福のフラグに化けるんですよ?
メッセージカードに入っていた一文に、ふわりと笑みがこぼれる。
早く平和な世界になって欲しい‥‥皆の願いを込めながら、ノーラはゆっくりとお腹に手を当てていた。