タイトル:孤高の老人−覚醒マスター:雨龍一

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/16 04:38

●オープニング本文


「シェネスティーン‥‥」
 小さな掌を包み込んだ。
 成長が止まってしまったその掌は、すっぽりとミハイル・セバラブルの手に収まってしまう。
 シェネスティーン。
 幼い彼女。
 もし、あの時連れ出して居れば。
 そんな気持ちが後を絶たない。
 彼が居るから油断をしていた。
 この子だけは、きっと無事であると。
 しかし、そういうわけにはいかなかった。

 やはり、あそこは悪魔の巣となっているのであろう。

 こんな、幼い子が犠牲になるなんて。
 我が手から、離さなければよかった‥‥

――シェネスティーン、我が養い子よ。




 連れ出してから、既に1年を経過しようとしていた。
 その時からほぼ変わることなく、シェネスティーンは眠りについている。
 いや、眠りについているという表現は正しくないのかもしれない。
 身体は機能している。
 生活を、する事はできている。
 それは、ご飯を食べたり、動いたり‥‥
 自分の意志によっては無いが、行えてはいるのだ。
 彼女を連れ出した後、クロリア・ドーミングはやや経ってからあの施設を去った。
 そして、つい先日追跡を避けるようにしてこのミハイルの研究所へと越して来た。
 もう少し、早かったら。
 早かったら、変わったのだろうか。
 それはわからない。
 しかし‥‥

 ミハイルの今までの研究の成果を、シェネスティーンに試し、投薬を続けてきてはいた。だが、成果は得られていない。
 一体、どんな研究に用いられたのだろうか。
 その内容を知りたくとも、資料が無い限り手出しは出来ない。
 まして、ミハイルの専門は脳とはいえ、既に高齢。
 下手に、手出しが出来て居ないのが実情であった。

「マスター‥‥。やはり‥‥」
「いや、まだ手段は有る。手段はのぉ」
 シェネスティーンの髪を、そっと撫でながらミハイルは窓の外を見つめた。
 また、彼らが近付いてきているのを知っている。
 それは、この研究所に篭ってそんなに経たないうちから始まった死闘の証。
「その前に、ここの安全確保が優先じゃのぉ」
 窓の外に広がる景色は、収穫の時期を迎えた村人達が日々精進している姿。
 村からは離れてはいるものの、畑は傍にまで続いている。
 反対側を見やると、うっそうと茂った森が広がっていた。

「安全の確保。そして‥‥資料集めかもしれん」
 ふと、小さな顔が上を向いた。
 視線を落とすと、あどけない顔のまま焦点が合ってないガラスの瞳と対面する事ができた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
レヴィア ストレイカー(ga5340
18歳・♀・JG
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
優(ga8480
23歳・♀・DF
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
篠原・育美(gb8735
18歳・♀・DG

●リプレイ本文

「境界線上で足踏みするということは、研究所の場所を完全には突き止めていないと見るべきだろうか」
 白鐘剣一郎(ga0184)は依頼内容を見て首を捻っていた。
 とある研究所からの依頼。それは不確かな情報ばかりで、明確さに欠けるものであった。依頼主のミハイルと会ったことのあるものはエレナ・クルック(ga4247)と夜十字・信人(ga8235)だった。あとは対面はしたことがない。
「シェネスティーンさんと、本当の対面をさせてあげたいのです」
 そういうエレナの意見を聞き入れ、彼女と夜十字には研究所へと赴いてから彼のもう一つの依頼、別場所にてのファイル奪還を任せることにした。
 夜十字もミハイルに何やら恩義が有るらしい。同じく資料回収へと優(ga8480)が回る事になるものの、不確かななのはどうやら狙われている研究所周辺の警護であり。
「使い魔‥‥一言で言っても、どんな姿とサイズだかわからないと言うのは厄介ね」
 情報を受け取り、素早く2部隊に編成をした後目的である研究所へと立ち寄らない事にした一同は森の中へと身を潜める者、外で待機する者とに分かれる。
 素早く片付ける。それが第一であった。
 敵の情報は、使い魔らしきもの2体とそれに従うキメラが10数匹。それのみだ。
「近寄る前に叩くべき」
 その意見を尊重した形となり、今に至る。
 無線機を通して各自の場所を確認取りつつ、境界線と見られる位置近くまで間合いを詰めていた。

 微かな物音も聞き逃さないように、覚醒した身体に緊張が走る。
 装着する音、進む足音、それすらもごく最小に。
 敵の姿がわからない今、全ての神経を廻らせていた。
 森の中にある道はどれもが獣道。高く聳え立つ木々の間から、微かに空が覗ける状態だった。鬱蒼と茂る草花たちが下の視点を遮っている。
 開けた場所に出たときは大きな木を背に、それ以外はなるべく素早く、移動を遂行していた。

 ある程度進むと、そこは開けた場所へと差し掛かった。
 そこがまさしく境界線であろう、本部より説明のあったのはここである事を地図が告げている。
 終夜・無月(ga3084)がヘッドセットマイクをセットし、装着具合を確かめる。
 2、3咳払いをすると静かに、落ち着いた声で話し出した。
「キメラ諸君に告げます‥‥居るのは分かっているので‥‥早々に姿を現しなさい‥‥」
 それは、ここを戦闘の場所と決めた上での呼び寄せ。
 そして未知なる敵を一つの場へと集めることによるリスクの回避だったのかもしれない。
 綺麗な顔が頭上を生い茂る木の葉の陰から届いた日の光により影を作る。
「此方は‥‥貴方達の目撃情報を経て依頼で来てるんです‥‥隠れても無駄ですよ‥‥」
 無表情に蔭りが差し、冷たい眼差し。戦闘開始の、合図となった。



「久しぶりだなご隠居。息災の様でなによりだ」
 研究所を訪れた夜十字とエレナはミハイルへの挨拶を済ませると、早速といった感じで依頼内容の詳細を聞き出していた。付き添いのように控える優はクロリアから目的地へのルートを詳しく聞いている。
 どうやら前回と同じ場所へ潜入することは警戒を考えるとかなり難しくなっているように思い、エレナは姉から受け取ってきていた建物の地図にさらにクロリアの記憶を頼りに細かい情報を書き入れていく。
 そんな中、夜十字はミハイルへと声をかけた。
「是はあくまで俺個人のサーヴィスだが」
 以前会ったときとはまったく違う、まじめな瞳。その瞳に、ミハイルも真剣な面持ちで話を聞いていた。
「ターゲットのデータ意外に、忘れものはないか? 極力持ち帰れるように努力するが」
 サーヴィス、そう言ってくれる夜十字の言葉にすこしだけ気持ちが軽くなる。
 心遣い、それがうれしかった。
 ミハイルは、後思いついた2・3の事柄を余裕が有ったらでいいと念を押しつつ彼に頼むことにした。
 そう、この機会の後には2度と潜り込むことは出来ないであろうというのは、言われずともわかっていることのひとつだったから。



「‥‥静かね。こうしていると心が張り詰めて、心地いい」
 森の外で待っている真白は心の中にいるもう一人、白雪(gb2228)へと声をかけていた。
 返答は、返ってこない。
「‥‥眠っているの? 仕方が無い子ね」
 怖がりの彼女だから、そう思いながら溜息をつく。
 もうすぐ中へと入ったB班は該当地点へと達するだろう。そう考えつつ、傍らに置いていた弓をつかみ、片手で双眼鏡を持って食い入るように見つめていた。
 終夜が該当地点に立っていた。そして、光に照らされた顔が視界に入る。
 森の外にも聞こえた声は、敵を徴発し、そして‥‥。
「いつもは地味に前衛への後方支援だけど、今日は派手に行きますか!」
 レヴィア ストレイカー(ga5340)の声が無線を通じて聞こえてくる。その声に応える様に真白もまた挑戦的な微笑を浮かべていた。


 終夜の声が引き金になって始まった戦闘は、突如茂みから飛び出した狼型のキメラの来襲だった。2匹、3匹と前方に広がる木々の中から飛び出してくるのを白鐘が走り、一太刀、二太刀と浴びせていく。
 太刀を浴びたキメラは体勢を崩しつつも、中々素直に倒れてはくれない。
「お使いを邪魔されるわけにはいかないんだ‥‥遠慮なくやらせてもらう」
 そのしぶとさに少しだけ武器を持つ手に力が入りながら、篠原・育美(gb8735)は初めての戦闘に向け一歩踏み出していた。視線を向けた先には、新たな敵が現れていた。
 目撃情報によると使い魔であろう。横目でその様子を確認した白鐘の手は、無線機へと伸ばされる。
 終夜はその合間にできた隙を狙ってきたキメラを低い体勢から上空へと剣で跳ね除けた後に銃弾を放っていた。
 招集を告げたと同時に遠くから放たれた弓は綺麗な弧を描いて育美の前へと長い手を伸ばしてきた使い魔の腕へと刺さった。
 短く、低く上がった悲鳴の後に垣間見えた顔は‥‥。
 白く塗り固められた、ピエロのような‥‥だが、昆虫をも想像する大きな目らしきものがついた不思議な二足歩行のものであった。


「天都神影流・虚空閃っ」
 白鐘の声が森の中へと響く。
 それと同時に巻き起こった衝撃波にキメラと木の葉が切り裂かれていく。
 倒れるキメラに無表情、いや、表情すら読み取れない顔を向けた後、足で踏みつけるようにして現れたのは、先ほど育美の前に現れたのと同じ姿かたちをしたもう一匹の使い魔であった。
 素早く姿勢を低くして身構えつつ白鐘は相手を観察する。
 手は長く延びた先がそのまま鋭利な刃物となっており、まるでカマキリのように見える。上に洋服のように纏っているものがなければまさしく節があるのではないかとつぶさに観察しただろう。
 白鐘は、剣を低くした視線の先へと運び刃を受け止める覚悟をしつつ、間合いを見計らっていた。

 森の外ではレヴィアが大きな声を出して数匹遅れて戻ってきたキメラを追撃していた。
「かかってこい! お前達の相手は私だ!」
 シールドバルカンで作った弾幕は彼女を守りつつ相手への攻撃を止めない。
 注目をさせる行動は、自分達の立ち位置を『キメラの目撃報告にて派遣された傭兵』として意識付ける様にであった。

 一方で弓矢での攻撃の衝撃で後ろのほうへと下がった使い魔を育美は素早く追いかけていた。
「逃がさない、あんた達の相手は私だ‥‥」
 育美の振りかざした剣が使い魔の腕に深く刺さった。
「GAUU!!」
 その育美の後ろに主人を攻撃するものに対して威嚇していた狼キメラが飛び掛ってくる。
 危ない、思わず剣を盾にしようとするも、深く突き刺さった刃は簡単に抜けるものではなく、その隙に使い魔の手も彼女のほうへと伸びてくる。
「はっ!」
 もうすぐ牙が肩にかかるか、そう思ったとき威勢のいい声と同時に、血飛沫が飛び掛った。
 生暖かく、異臭を放っている。
「大丈夫ですか、そちらに集中していていいです」
 背中を預ける形になったのは終夜だった。
 フッとなぎ払った剣から、キメラの血は飛び散り、刃がきらめいた。
「はいっ!」
 育美は素早くそれを見ると、伸びてきた使い魔の手をすこしだけ抜けた剣の峯で押し返す。
 それと同時に抜ける剣。素早く返し、胴へと叩きつける。
 2匹、3匹。終夜は翻すように狼キメラの胴へ、頭へと攻撃を繰り返す。
 そして援護射撃となって飛んでくる銃弾。
 確実に減っていくキメラの数に、使い魔は不愉快だとばかりに奇声を上げながら育美の方へと体を押し出してきていた。
 受けつつ、バランスを思わず崩す。
 体勢が崩れ、使い魔の頭が大きく外れた瞬間だった。
 スパンっと、小気味いい音が響く。
 それと同時に前のめりだったはずの体が、後ろへと傾いでいた。
「‥‥銃って便利だけど、硝煙の匂いがつくのが嫌い」
 真白はそういいながら銃の構えを解く。

 眉間を貫いた一発、それが致命傷へとなったのだった。




 昼間に集めた情報は、エレナの姉からの地図へと丁寧に書き込まれていた。そして短時間ではあるが集めたのはそれだけではなかった。
 施設へと近付いての調査は人の出入り、周辺の変化をも怠らない。そして施設に関わる人物についての情報収集により、目的となる重役が出入りする場所を双眼鏡で改めて確認してある。
「決行は夜ですね」
 優と夜十字はエレナと共に各自の車で現場に向う事となった。


 夜十字のインデースはナンバープレートを細工しているものだった。
 逃走経路を考え少し離れた場所へと隠すように駐車すると、
 エレナのジーザリオに同乗した優は、周りの警戒をしながら補佐へと回っていた。
 既にチェック済みのルートを頭の中でシミュレートする。
「誰も、手傷を負わせることなく作戦を遂行したいですね」
 ぽつりと呟いた言葉に、2人は頷きで応えた。



「誰だ! そこにいるのは!」
 懐中電灯の光により照らし出されたのは、部屋から出てきた夜十字だった。エレナの持ってきたピッキングツールを用いた施錠解除により潜入した3人は予め決めていた担当ルートへと足を運んでいたのだ。
「KKR社のジャック・パウダーだ。聞いてないのか?」
 不運にも忍び込んだのも束の間、計っていたタイミングとずれた警備員との遭遇に、夜十字は冷や汗を隠しながら普段と変わらない調子で相手に対して話しかけた。
「いや、聞いてないが」
「おかしいなぁ、ここにこの時間を担当するように上に言われたのだが‥‥」
 そういいつつ、スケジュール表を確認するかのように手帳を取り出す。
「んー、連絡ミスか?」
 単純なもので、警備員ももう一つの警備担当となっている会社の名前に油断を見せていた。確認してやるから、そんな言葉を聞き夜十字は思わず内心で笑みを浮かべていた。
 伸ばされた手が、腰の通信機に掛かった瞬間だった。
「スマンな‥‥」
 きらりと光の線が走った。
 苦無だ。
 腹部へと届いた光は、警備員の意識を遠のかせ、彼に安全の時間を与える。
 そして何よりも、副産物としてセキュリティカードの入手はありがたいものとなった。

 防犯カメラや警備員を上手に避けつつ、エレナと優は目的の物があると思われる所長室へと向っていた。
 黒で全身を覆った二人は、足を静かに運ばせつつ先を急ぐ。
 明らかにクロリアと姉の記憶より強くなっている警備も、発見次第追加記入していた。 そんな危険をうまく回避しながら、程なくたどり着いた部屋は不気味なほど静かであり、緊張が更に走る。
 隠し部屋は‥‥。無言で合図を送りあい、隠されていそうな場所を2人は手分けして捜索する。
 「!」
 見つかったのは、ずいぶんとありがちな本棚の扉。静かに目で会話をすると、優はそっと本棚へと力を入れ、開いた。

 何か特別な資料がないかと他にも探していた。
 すでに頼まれたものと判断できるファイルの入っていると思われるCD−Rはコピーを、及びマイクロチップは持ち込んだ空のダミーとすり替えが完了している。資料自体はやはりクロリアやミハイルの言ったように所長室の隠し部屋から見つかった。そして、それと同時に様々なものがそこには置かれていた。
 ホルマリンにつけられているガラスの器に入った人体の一部、昆虫と言うにはあまりにも大きい、しかしそれ以外言いようの無い物、動物とみられるものの部位。全てが突出した特長を持ってはいない、ごくありふれたものでは有りそうなのだが‥‥しかし、隠し部屋にあってしかるべき物ではないと思われる。
 その異常性を感じて、エレナは持ってきたカメラに収めていた。


 無事短時間で目的を果たしたことを、別行動の夜十字に優は無線で知らせた。
 短い点滅。そして、了解の合図が送られてくる。
 撤収、そして目的は全て達成した。





「すまんっ! 助かった!」
 書類等を受け取ったミハイルはお礼もそこそこで実験室へと降りて行った。
 一瞬唖然としたものの、エレナ、夜十字、優もその後に続く。
 事前に別の部屋で待機していた者達も物音を聞き集まってきた。彼らは追跡を警戒して研究所を真っ直ぐには訪れず、他を経由した後にここへと来ていた。
 ミハイルは、一心不乱となって各ファイルより実験データー・薬の詳細を検索しだしていた。
 そして、夜十字による個人サービスで持ってきた一つの箱の中から、数種類の薬も取り出す。
「‥‥こんなマスターの姿、何年振りでしょう」
 そっと控える用に立っていたクロリアは衝撃を受けたように見つめていた。
 とても齢70を越えるものとは見えないくらい、彼は動いていた。
 エレナはその姿に手を合わせ祈りを込める。
 静かに横たわっている、そんなシェネスティーンの目覚めを祈る。



 どれだけ時間が経っただろう。
 それでも、彼らは傍にいた。
 既に先に約束した依頼は果たしたのに。
 エレナは一箇所に連絡を取っていた。それは探偵事務所に勤めているノーラ・シャムシエルへだった。
「気になる資料が手に入ったんですが‥‥」
 それは今回個人的に入手した写真と書類だった。内容は、何やら影にバグアが絡んでいるような気配を匂わせるものである。
「経路を秘密として‥‥はい、そうです。お願いできますか?」
 UPCへの情報の流出。彼女の事務所を使ってならば出所を明かさずに済みそうだと判断したのだ。



 そして‥‥ミハイルが動いた。



「‥‥‥‥」
 沈黙が訪れる。
 見守る目は数多く。
 静かに過ぎる時間。
 繋がれた、一筋の線がポトリと落ちる。
 ふわりと揺れるのは、彼女の薄いほど白い髪で。
 それは、風のためなのか。
 恐る恐る、覗き込む。



 気のせいだろうか、微かに‥‥。



 いや、どうやら‥‥。



 そして、正気のなかった瞳に、一つの光が蘇った。





「明けない夜はありませんよ」
 終夜がミハイルへと残した言葉は、月の明かりに吸い込まれた。