●リプレイ本文
「かくして、君たちにボランティアの護衛以来を頼んだのであるが‥‥」
本部に着くと待ち受けていたのは厳つい格好をしたおじさんだった。目元を隠すかのような黒々しいサングラスが、鈍い光を放つ。
「先に伝えておく。採雪時には君たちにも手伝ってもらう事となる。何よりも特殊な道具は貸し出す事ができないからだ。最初はダンプカーを‥‥とも思ったのだが、採雪量に差支えがあり、何よりもそれを伴わせる人員の確保が難しかったため削除に当たる事となった。そして、こちらから提出できる資料はこれだけである事をご考慮願いたい」
一方的に差し出される資料に一同顔を合わせる。
「なぁに、君たちは優秀なのだろう? それに見合ったものをきちんとこちらは払うのだ。その事を忘れないでいてくれたまえ」
雪祭りのために採雪作業人の護衛。それが今回の依頼だった。子供たちに夢を、そんな戦争時には忘れがちになってしまうささやかな楽しみを実現しようという心に動かされ、彼らは集まっていた。中にはこの採雪作業をいいことに遊びを企てるものもいるとかいないとか‥‥
「やっぱ冬言うたら雪やなー」
相沢 仁奈(
ga0099)は小さなガッツポーズをとりながら嬉しそうに顔を緩ませた。
「‥‥」
口には出さないもののクロード(
ga0179)も薄く微笑んだ表情から嬉しそうにしてるのが読み取れる。手渡されたリストからスコップとスノーダンプにチェックをつけ、サングラスの男に渡していた。シズマ・オルフール(
ga0305)とリリィ(
ga0486)もすでにチェックが終わったのか落ち着かない様子で待機している。
「鍋、ないですか」
内藤新(
ga3460)はリスト以外のものをリクエストすべく交渉へと当たっている。
「シロップと、器と、スプーン‥‥そこらへんで買ってきたほうがいいかなぁ」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)はぶつぶつとお財布の中身を覗きつつ遙か遠くへと思いを馳せているようだ。
「スノーシュー!! スノーシューははずせないのです!」
風(
ga4739)にいたってはなにやら自分の希望がリストの中に載っていないことへの不安をサングラスの男にぶつからせていた。
安藤 諸守(
ga1723)はそんな他の人たちの準備を優しい目で見守っていた。この計8名が名乗りを上げたもの達であった。
遊びに行く準備‥‥そう見えるものであることは間違いないだろう。
団体から提供されたものはプラスチックと金属の2種類のスコップとスノーダンプ、ショベルカー一台そしてなぜだか大型の鍋と怪しげな箱に入ったものだった。本部からは無線機などの許可が下りていた。それらを持ち、各自護衛を担当するボランティアの人たちのトラックへと乗り込む。
トラックは4tの積載量を搭載できるものであった。
一台にはショベルカーが載せられ、他には人数分のスコップやスノーダンプを詰め込んでいた。それでも大幅な余裕が見られそこに護衛担当が乗せられることとなった。
「うわー、一面銀世界ですねー」
出発し一つ目のトンネルを抜けたところでリリィは声を上げた。見渡す限り雪の白一色で染まっており、日の光を浴びる面はきらきらと輝いている。まさしく銀色の様に見える景色である。車道に側している山々は少し青みがかって見えるのも雪ならではの特徴だろう。光が反射して上部が見えにくい。
「スキー用ゴーグル借りてよかった、よかった」
運転手の横に同乗している風が借りたゴーグルを身に着け上部を伺うように見回していた。
「はう‥‥さむさむ。こっちは至って静かなもんだよー」
トラックの荷台部分に乗り込んでいる安藤はリリィから借りた双眼鏡で辺りを見回しながら無線機片手に縮こまっている。
それは穏やかな移動だった。そのまま道路を進むと二つ目のトンネルに入った。トラック上部に乗っている者たちはその際は後部への警護へと集中する。口元には排気ガスが入らないようにと配られた防塵用マスクで覆う事を忘れなかった。
そしてトンネルを抜けようとしたときそれは聞こえた。
「左側だ!!」
最初に気づいたのは内藤だった。遠くで遠吠えが聞こえる。
各自警戒態勢に入る。上部への確認の目が飛び交った。
気配が集中する。
喉に落ちる唾を飲み込む音さえも耳奥に響いてこだました。
光の反射が眩しい‥‥
しかし、どうやら声が響いただけのようだった。
次のトンネルが間近に控え、問題視されていたスポットは無事通過へと相成った。
トンネルを抜けると、いよいよ採雪現場へと辿り着く。
「雪だ! おおぉ!! わくわくすんぜ!!」
そうシズマがはしゃぎながらトラックを飛び降りると、他の者達も続いて降りてくる。
「それでは私どもはこのショベルカーで次々と3台分積んでいきますが、皆様たちには残り一台分と警護をお願いいたします」
ボランティアの人たちはそう告げ、各人ショベルカーとトラックへと乗り込み慣れたように作業を開始していった。
採雪の場となったのは切り開かれた雪野原に無常に作られた雪山が聳え立つ、そんな場所だった。どうやら近隣の施設の雪が運ばれてくる場所らしい。キメラがこの奥地に辿り着くようになったのはここ数週間の話であり、この雪山はその前から築かれていたところに採雪現場へと目をつけたらしい。
見事に作られた雪山は約5メートルにはなるだろう。きっとブルトーザーなどで押し上げられて築かれたのであろう。硬そうで急な断面が物語っていた。
「家庭用除雪機‥‥この雪じゃ‥‥動かせない‥‥」
呆然と見上げつつ、クロードは貸し出されなかった理由を考えていた。一応理解できたのか金属性のスコップを持ち、果敢へと雪山に突き刺す。
「‥‥力仕事や‥‥単純労働は‥‥嫌いじゃない」
その姿にどう作業をするか見出した他のもの達も、続けとばかりに金属性のスコップを持ち挑み始めた。
「ちゃっちゃとやるぜ!」
勢いをつけるかのようにこだます声。別山ではショベルカーがもくもくと雪山を崩していた。
「ふんふん♪ 雪雪♪ 食べても大丈夫かな?」
警戒態勢で見回っていた安藤は危険な様子が伺えないので少し‥‥とばかりに雪と戯れていた。その近くで採雪作業に当たっていた宗太郎はうらめしげに横目で見つつ、
「雪かきは‥‥無心で‥‥ペースを乱さず‥‥」
と、唱えている。
それを知ってか知らずか、何か別な作業に夢中になっているものが一人いた。
「大人になると、雪は厄介ごとになってしまうが、子供たちにとっては楽しみの一つだな。子供たちの無邪気さを守るのも、俺たち能力者の仕事、か」
立派な言葉とは矛盾にも作業はかまくら造り。そんな素敵な男、内藤であった。
作業は順調に進んでいた。いったん切り崩した雪山をスノーダンプでトラック近くまで運んでいく。
「ごろごろご〜ろご〜ろ♪ 超おっきい雪だるまにして運ぼうか?」
その運んだ雪を土台にしトラックへと運び入れていくものや、崩したものを雪だるまを作るかのように丸めていき、そのままトラックへと放り込むもの。様々ではあった。3台に対して1台。そのペースは全体を通してみると、中々バランスの取れたものとなっていた。中には体力がないと脱落したものもいたが‥‥
異変を感じたのは荷台が半ばまで雪で埋まった頃だった。
「‥‥何、この音、まさか‥‥?」
安藤の声でみなが振り向く。
「え? か、隠れときぃ!!」
その声に、音に相沢が叫んだ。
雪崩だ。
ボランティア作業員たちを雪山の影へと誘導する。雪崩が起きているのは丁度雪山の反対側、囲む山々からだった。この場は平原となっているため山からは少し距離がある。ましてや築かれた人工の雪山たちが隔たりとなり回避場へと変化してくれた。
切り崩されていない雪山に皆体を寄せた。
どのぐらいの規模かはわからないがトラックまでには手は回らないので、その時に任せるよう祈る。
雪煙が顔にかかる。
大きな音が、振動が体に伝わってきた。
次第に緩む振動。雪が、ふるふると頬にやわらかく舞い降りる。
「おぉい、無事か?」
一人かまくら内に非難していた内藤が雪崩の終わりを告げるかのように声をかけた。その様はまるでかまくらを拠点にしている者の様であったとかなかったとか‥‥
その後の作業はいたって順調に進んだ。雪崩が幸いしたのかトラックの近くまで雪が流れ着いており、それを移す作業に変更になったからだった。
作業は無事終了。
それを待ってたとばかりにかまくら内から振舞われる暖めたドリンク。
そして‥‥
「子供の夢といえば、やっぱりこれでしょう」
宗太郎のカバンから取り出されたのは器と赤い色の液体、カキ氷用のイチゴシロップだった。
帰り道も順調であった。違ったのは採雪作業に疲れたのか、護衛時のテンションぐらいなものである。来た道の時に聞こえた遠吠えは再び聞こえた。また同じ付近である。警戒を強め、周囲を確認したものの、異常は見当たらなかったのである。
「本部に報告‥‥注意地帯‥‥」
クロードの言葉に一同同意していた。
「無事に帰ってこれてよかったですねー♪ 敵と遭遇しないのが一番安全なのですよー」
リリィは帰ってくるとニコニコと満面の笑みを浮かべた。
ボランティアたちは輸送列車に雪を積み込むためクール様の車両に雪を積み込むべくトラックから輸送用ボックスに移していく。どうやらトラックのまま運ぶには無理な場所らしい。
「いあいあ、助かりましたよ。警戒は怠らないに限りますからね。何事もないに越した事はありませんが用心は必要ですし」
護送していた乗組員たちが礼を述べた。
「あいにく今回の雪は中央の方へ運んでしまいますので皆様にご一緒‥‥とは行きませんが、是非この企画の成功を祈ってください」
若干残念そうに相沢とシズマが微笑むもののさすがに声は出さなかった。
そのままボランティア達が雪を積んだ輸送車両と同じ列車に乗るのを見送る形をとると、一同は本部へと向かった。
「ふぅ‥‥依頼とはいえ、あれだけの雪を見ると‥‥ちょっと遊びたかったですね」
そんな宗太郎の声に一同は深い同意を示したのは、言うまでもないだろう。