●リプレイ本文
「ケルビル!」
直属の上司であるグラハムは戦闘機へと乗り込もうとするケルビルの肩を掴んだ。それを振り払い、更に腹部に一撃を入れると、置いてあったヘルメットを掴み取り、うずくまってしまったグラハムの横を駆け抜けていった。
「とりあえず‥‥現在わかっている情報から教えてくれ」
諫早 清見(
ga4915)は現時点で把握している情報の開示を求めていた。
イギリス南東沖にて周辺海域の警戒を行っていたセリアが最期に連絡を取った地点、そしてその後いつまでも戻らぬことに懸念を抱き調査へと赴いたこと。そして‥‥
「警戒海域より、やや南西のほうにてこの島、赤い島が発見されている。本来ならば、軍が赴いて解決といきたいのだが、生憎スペイン戦域の方へと色々とまわしている状況でね」
そういうと、少し寂しげに微笑む。
「セリアが見えたそうなんだ‥‥可哀相に、岩場に打ち上げられたように‥‥ね」
「取り敢えずはケルビル氏の確保、それから謎の正体を突き止めることでしょうか」
「そうだな‥‥まずは追いつかなければ」
ケルビルはすでに出ている。しかし、集まったもの達の機体性能は、本当に優れていたと言わざるを得ない。
「ケルビルさん、待って!」
無線機を通じて目の前を飛行するケルビルへと呼びかける。明らかに飛行速度の優れているのはこちらのKVだった。彼が乗る戦闘機と比べるとそれはあっという間に追いつくことが出来る。並びいようとすると同時に、呼びかけはなおも続いた。
「セリアさんは、そんなこと望んでないと思います!」
切実に訴える言葉にケルビルは心を痛める。彼も、わかってはいるのだ。このまま自分だけが飛び込んでいっても相手にはなりはしないということを。
「わかってる‥‥俺だってわかってるんだ!! だが、セリアの遺体を見たと聞いたら、この気持ちが!!」
「はい、だから我々も一緒に行きます! 一人では無理でしょうから、手伝いますから」
「‥‥手伝うだと?」
飯島 修司(
ga7951)の言葉にケルビルは、熱く反応を返してくる。
「ええ、貴方を援護し、彼女の救出へと向かいます。その後我々は対象討伐へと向かいますので貴方は帰還していただきたいのです」
周防 誠(
ga7131)が真剣な声音で説得を試みる。
「俺が敵を!」
「駄目です。これは正式依頼です。我々が改めて討伐をする旨、許可を得ています」
「ケルビルさん、落ち着いて。セリアさんを持ったまま、貴方はどう戦うというの?」
「――」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)の言葉に、ケルビルは返答に詰まってしまった。
「セリアさんを探すの、皆優先で相談してきたんだ。一緒に帰るために。背中は任すからケルビルさんも俺達を信じて。必ず、見つける」
「――ああ」
諫早の言葉が、最後の壁を取り払った。思わず安堵の溜息がもれ聞こえる。
「よかった‥‥。それではこれからこちら側の作戦をお伝えします。それに従ってくださいね」
「了解した」
御崎緋音(
ga8646)の言葉に同意を示すと、ケルビルは一同の作戦内容について聞き入っていた。
「大きい!」
島の付近へと差し掛かったとき、ケイ・リヒャルト(
ga0598)は思わず目の前に広がる情景に呟いてしまった。
「‥‥真っ赤な海ですか。不吉な色をしてますね」
ある一帯が真っ赤へと染まっている。おそらくこれが敵の正体なのだろう。それは、海へと到達しており、更に妙に範囲が広がったり、縮まったりしている。
「動いて‥‥いる?」
計器を使い眺めているとそれは半透明に透けた紅い物体がいるように見受けられる。木々の生い茂った部分すら、それによって紅く見えるのだ。
上陸できる場所は一箇所。それは丁度拓けた場所にある鳥達の憩いの場であった。そこは岩達で重なり、広く拓けた地となっていたのだ。少々凹凸はあるかもしれない、だが着陸には支障がない程度であるだろう。そう判断されていた。
小さな島である。そこに広がる敵が、正体不明なものだとしても、そしてそれが島全体を覆うほどの大きさを持っているというのなら‥‥
ケイは先にセリアの遺体を回収する班の援護へと愛機を着陸地点とは反対側に向わせた。それは、わざと反対側にいくことにより着陸地点の確保を出来るという点、注意をこちらに引き寄せるためである。
スロットを上げ、加速させると大回りに旋回し進路を取る。クラリッサも同様に反対側へと回る進路を取る。KVに搭載したロケットランチャーのセットを始め、眼の前に広がる紅を視界へと入れる。まぁ、入れたくなくても入るほどの大きさなのだが。それでも、どこに照準を合わせたらよいのかわからない。敵が、どこまでで終わっているのか、そして、海がどこから始まっているのかが‥‥
紅は‥‥いったい敵? それとも海すらも‥‥
幸いにも紅はセリアの遺体回収ポイントと反対側の位置にあった。紅を目で捉えるといったん速度を低下させる。低下‥‥低下‥‥。空域待機班はすでに各地ポイントへと散っていった。周防だけ、低空飛行で敵上空を飛行する作戦のため、タイミングを見計らっている。ケルビルはなるべく後ろへと待機させていた。降下班は全部で5名。それにケルビルを混ぜる算段だった。先に降下するのは御崎を始めとし、シーヴ・フェルセン(
ga5638)、レイアーティ(
ga7618)、諫早、ケルビル、飯島と続くことになっている。御崎の補助により降下した後、シーヴがその場で場を確保、その間に回収・撤退、そして殲滅へ。この依頼を受けた際に聞いたグラナダでの演説。少なくとも、今回の件と関わりがないわけではなさそうだった。
周防の機体が進む。それと同時に降下班も行動に移った。ケイとクラリッサも敵と見られる付近を警戒しつつ、近付いた。照準、それは紅の中に見た更に紅の部分に合わせる。「いける‥‥標的が大きいんだもの、いけるわ」
クラリッサがロケット弾ランチャーへと充填する。照準を合わせ、無線機で確認を取った。
『降下班‥‥行くわよ』
そう言い放つと同時に発射した。
クラリッサの砲撃と共に降り立つ御崎。変形して着陸後、サッと降り立った場を見渡した。小さな島、そう聞いていた。鳥達が使う、小さな島だと。しかし、意外にもこの島は大きかった。確かにこの岩場が島の大部分を占めているのかもしれない、少し行くと木が生い茂っている部分、そこに紅色がかかって見える。半透明の、物体が。
報告によると、岩場から突き出た部分にセリアがいる様子が確認されたと聞いた。降下してくる際見渡してみたものの、丁度物陰になっているようで見ることが出来なかった。しかし、同時に機体の残骸は発見することが出来た。恐らく、その近くであろう。
辺りに警戒の視線をめぐらせていると、シーヴが降りてきた。そして、次々と他の面々も。空域班はどうやらうまく引き寄せているらしい。上空を見やると、丁度クラリッサが放たれた未知の物をかわすべくブーストを発動させたのが見受けられた。
『行くわよ』
全員降りてきたのを確認後、御崎は動いた。シーヴは退路確保のためその場に残り、周辺への警戒をやめない。諫早、飯島も続くように探索へと当たった。メイン探索は岩場の影。崖になっている部分に気をつけつつ、せり出た箇所へと散っていく。
上空に気を取られているのか、それとも気付いていないのか降下班に対しての攻撃は見受けられなかった。よく見ると、岩場には打ち落とされたのであろう複数に及ぶ機体の破片が見受けられた。この中に‥‥セリアの乗っていた機体はあったのであろうか。その全てが、すでに金属片としては残っていない。一部が残っていてわかるものの、ほぼ溶解されており、そしてどれも紅色へと変貌を遂げていた。
これが、島全域を紅色をしていたのは、そのせいだったのだろうか。
「それじゃ、戦闘開始と行きますか!」
回収した旨が伝わると、空域組はケルビル離脱までの時間稼ぎに追われた。彼を攻撃に晒すことだけは防ぎたかった。ケルビルの離脱補助のため諫早もまた離脱することになっていた。安全空域まで送り届けた後、引き返し戦闘へと合流することとして。シーヴが見守る中、2機が離陸する。それを見やると御崎、レイアーティ、飯島は紅のほうへと向っていた。殲滅へのカウントダウンだ。シーヴも飛び立つ彼らを見送ると、空域班へと連絡を取る。その連絡に従い、囮を担っていた空域班はいったん周囲へと散ることにした。紅が身を千切るように何かを投げてくる。それは、紅く透き通った敵の一部だったのだろう。かすった部分が、妙に溶ける。
「強酸攻撃!?」
わずかに交わし損ねたのか、クラリッサの機体が一部妙に滑らかに変わっていた。
これを直接食らうと‥‥セリアの機体に生じた異変がなんであるか、わかったような気がした。どろどろに溶けていた――まさしく的確な表現だ。
ケルビルが諫早の支援を受けつつ――周防が主に謎の弾幕から守ったのだが、離脱したのを無線機で連絡を入れると、シーヴを始めとして陸班が攻撃を開始する。すでに空戦での様子からして、時折弾を弾き返す謎の一帯だったり、自らを削って投げて来る事、酸攻撃をすることにおいてキメラとの予測は付けることはできた。そして、上空からの目測上、恐らく体長は100Mをくだらないであろう事も。その点的が大きいと考えれれば、少しラッキーだったのかもしれない。取り敢えず気をつけるのは、酸攻撃。それを回避しながらの遠距離攻撃が一番の効力がありそうだ。どうやら、複数合体の果てではない様だ。
「的がでけぇ分、ハズレは少ねぇです」
シーヴはそういうと高分子レーザー砲の照準をセットする。狙いはでかい。どこに当たっても大丈夫だろう。いまは‥‥空域班が降下する手助けになることをするだけである。その空域班でも周防が2機が降りるのを見守っていた。先ほどは極力攻撃を抑えていたのだが、降下支援のため注目を反らさせようと攻撃主体へと移っていた。狙いを定める‥‥下には、今は仲間が居る。誤射は出来ない。周防はそっと目を細め、核となりそうな、より赤い部分を見つめる。それは、全体の本当に中心部分、半透明ではない、わずかに濁った色をしていた。
――狙えますね。
そう判断し、より照準を絞り込む‥‥後は、タイミングだけだ。
丁度ケイの機体が降下を始めた。
――いける!
判断の末標的へと打ち込んだ。一瞬緋色の幕が現れる。しかし、周防は二発目も続けて打ち込んだ。一瞬の隙を狙い打って‥‥
同時に下では飯島がハイ・ディフェンダーで切りかかっていた。二つの攻撃が、紅へとダメージを与えていく。その隙にケイ、クラリッサも降下を終え、陸戦へとスタイルを変える。下方部に戦闘の重点が変わると、周防は少し距離を置いて状況を窺いつつ狙いを定めていた。
御崎のアクスが鈍い音を立てて切り付けていた。その衝撃を受け、紅は触手を伸ばしてくる。それを見たレイアーティは伸びきる前にと高分子レーザーで焼き切った。
『緋音君! 大丈夫か!』
『レイ、ありがとう』
短く交わされる言葉。そして、次の一太刀を再び浴びせて行く。後ろからは援護射撃でシーヴの狙撃が入っていた。太刀を入れるたびに緋色の液体が飛交う。周囲へと散ると、なにやら煙を上げ、異臭を解き放っていた。
かからないように回避しつつも、少量はやはり受ける。そのたびに機体のあちこちから白煙が上がった。
何度刃を交わしたのだろう。高分子レーザーを用い、焼き払うかのごとく削っていくダメージ。その度に果てしなくでかく感じた紅は、小さく小さく萎んでいく。周防も、上空からの狙いが定められなくなってきた時点で降下を決めた。広く取られた間合いも、だんだんと詰め寄ってきている。もう、そこには大きく膨れ上がった姿は見られない。半透明だった身体も、小さくなるに従い色をはっきりとさせていく。
飯島の一撃がそのより濃くなった部分へ切り入った。突如として、紅は軸を失ったかのように崩れ落ちていく。力が尽きたようだった。
いつしか、紅に染まった海は、普段の穏やかな青へと移り変わっていた。
「祈りを込めて‥‥」
そういってケイは静かに、心を込めて歌いだした。それは切ないレクイエム。セリアはもういない、そして同時にここで散っていったと思われる兵士達をも静めるように。
彼女が早い段階で見つかったのは奇跡だったのだろう。遺体だけでも、回収できた。
散りいった機体たちが、無残に欠片だけ残っている。
セリア以外に見つけた機体、この兵士達は、どこへと消えたのだろうか。
様々な思いを込め、彼女は透き通った声で魂の安らぎを祈り、歌い上げる。
シーヴはそれを聞き、この空の下、遠くにいる人を思い浮かべた。
レイアーティはそっと、隣にいる御崎の肩を抱き互いに視線をそっと合わすと、願いを込めて腕に力を入れた。
「任務は達成出来ても失われた命は戻ってこないのですから、どうしても後味の悪さは捨て切れませんわね」
呟いたクラリッサの声が空へと吸い込まれる。ケルビルの肩をそっと叩き飯島は自らの経験と重ね見る。周防は、小さく溜息をつく。ケルビルと共に先に戻っていた諫早はふと、セリアの握られた手を見つめた。そこには、一本の垂れた鎖が目に付く。なんだろう、疑問に思い広げると、そこには――小さく輝いた、ロザリオが握られていたのだった。
「グラハム長官‥‥お騒がせ致しました」
「ケルビル中尉――して、どうだったのかね?」
「――無事、セリア少尉の遺体を回収。そして敵は‥‥」
「うむ。――それでは貴公には次の任務へと付いてもらおう」
「!! お、俺は!」
「今は非常事態でな――今回のおかげで、一つ助かったこともあるのは事実だ」
「助かったこと‥‥ですか?」
「ああ、今まで不明だった南西海域のルートを通り、ポルトガルの方へと援助が可能となった」
「!」
「そうだ、貴公の任務は――」
イギリスが、とうとう海上輸送を行うことの出来るルートを確保した。フランスを通らずに、大きく迂回するルートを。それは何を物語るのだろうか。きっと、これから明らかになるのかも、知れない。