●リプレイ本文
●ラストホープとちょっとその後
すえた本の匂いと、独特の金属臭に包まれた静寂の中に彼女、水上・未早(
ga0049)は居た。
本に囲まれていると、どこかほっとするのは本好きの習性なのかもしれない。
ときおり、未早はかなり古いアニメのテーマソングを口ずさんでいる。
彼女がどうしてそんなものを知っているのか、深く追求するのはやめよう。追求をはじめると、迷宮入りだ。
彼女はあることがらについて、調査をしていた。
「なぜ? イスカンダルと矢なのか」
イスカンダルは、アレクサンドロス大王の別名である。それは想定の範囲内、惑星の名前でもあるようだ、どこかは知らない。
アレクサンドロスという、ゴルディオスに繋がるが、あれは縄の結び目であって矢ではない。
有角王、征服王なども考えられるが、さて、なぜ矢なのか?
図書館で情報を調べる彼女の問いに対する答え。
調べた情報とJの話を照合した結果。
「イスカンダルなのは、そのキメラがクラブのKだからという話が有力かな、どちらも王ではあるし」
Jは言った。
「クラブのK? キング、トランプですか? 確かアレクサンドロスがモデルという話があったような気はします」
未早の問いにJは、
「事実なのか分からないけどね」
「カードが歩いている? ということですか」
「さすがにそれはないと思う。物理的に無理だろう、想像するとかなり怖いが」
「でも、どうして矢なんですか?」
「知らん、まあ見てみれば分かるんじゃないか」
矢継ぎ早に繰り出される未早の質問に、Jが一通り答えた頃、男がやってきた。
「久しぶりですねJ。何の話しているのですか?」
キーラン・ジェラルディ(
ga0477)が現れた。久しぶりに見るが相変わらず衰えの無い目つきの鋭さに、Jは一瞬たじろいだ後、
「げ、元気そうでなにより。イスカンダルの正体について、かな」
そう答える。
「イスカンダルですか? 何か理由があるとしても、行けば分かることです。それにしてもアーカム、危険な匂いがしますね」
キーランの言うようにアーカムは危険だ。名前自体がすでに危険なので、もうどうにもならない気もするが。
「イスカンダルといえば、やはりかの有名な大王ですね。半人半馬、それとも有角? 少女のことも気になりますね。どちらにせよ、蟲共々早急に駆除の必要があります」
傍で、じっと話を聞いていたリディス(
ga0022)の言葉はどこか冷を含む。
普段は冷静、落ち着いた感じの暗めの厳しい知的なお姉さんは──二十五歳までだろうか? 未亡人でもある。
お姉さん判定は難しいところなので保留、自己申告にしておこう。覚醒すると、お友達をやめたくなるタイプのような気がする。
傭兵というと、そういう人ばかりのような気もするが、なぜだろう。
「ギリシャ語読みのアレクサンドロスは『男達を庇護する者』って意味らしーけど、こっちは庇護するより、庇護されてる様にしか見えないし、何でイスカンダルって、呼ばれるんだろーねー?」
ヴィス・Y・エーン(
ga0087)特徴を紹介する時間はない‥‥‥嘘。
快活そうで、明るいタイプ。キャスケットを被った女の子は可愛い。だからどうしたとういわれると、そのどうにもならない。隊にいると和むので、いるとかなりお得な感じ、でもまあ、こういうタイプはたいてい分けありなものだが、
「しらん」
Jは、ヴィスに対してなぜかそっけない。
「冷たくない?」
「君、ちょっと雰囲気似てるんだよ」
「誰に」
多分、彼にとってのある意味天敵、姪のケイトだろう。
「ねむぅぃ、ねぅぃよぉ、はやくいろいろぶっ壊したぃ、いこぅ」
ブラッディ・ハウンド(
ga0089)は物騒なことを言った。
きっと色々ストレスがたまっているのだろう。見かけの刺青からして安穏としているわけがない。
「ここで話していても何も解決するわけでもない。リディ姐の言うように、さっさと駆除するのが、先決だろう?」
ベールクト(
ga0040)が言った。
「そのとおり、後ろ向きでも仕方ないわよ、前向きなほうが楽しいって、さっさとパーティーと洒落込みましょう、たまには一緒に踊るボーイ?」
レイラ・ブラウニング(
ga0033)はベールクルトに微笑む、
「子供扱いされるのは、気に食わないな。だいたいオレは別にそういうつもりで言ったわけじゃねえ、このままでいてもしかたないだろ」
褒められた? ベールクトは何か歯切れが悪い。そういう子らしい、難儀な性格だ。男の子は素直なほうが得をするものだ、色々と。
「とにかく、答えは実物を見ればきっと分かります。私も由来について興味はありますが、今は現場に急ぐのが妥当でしょう」
クレア・フィルネロス(
ga1769)が言った。
彼女独自の調査をしたが、得られた答えは、上記の範囲内を越えるものではなかったようだ
クレアの言葉を契機に、彼らは現場に向かうこととなる。
イスカンダル? その答えを目にするのは、それほど遠い事ではないだろう。
──その前に。
●ミスカトニック
「わぁ、何これ、可愛い! 可愛い!」
ぽすぽす。
「ふたぐん♪」
「ふたぐん♪」
「ふたぐん♪」
「ふたぐん♪」
「ふたぐん♪」
「ふたぐん♪」
「ふたぐん♪」
「ふたぐん♪」
「ねぇねぇ、これ何処に売ってるの、ボクも欲しい」
潮彩 ろまん(
ga3425)がミスカトニックにやって来た。目的はイアイア君のようだ。
「俺の名は如月彰人! 如何なる悪をもぶっとばす、正義の味方! この変な人形が今回の諸悪の根源か!」
如月・彰人(
ga2200)は一般的嗜好のため、目の前にあるイアイア君がそれほど可愛く見えないようだ。
なぜ彼がここにいるかというと、
「さすがに一人では、危険でしょう。アーカム勢力圏ですから」
キーランがお守りにつけたようだ。
「ちがうよ、可愛いよ」
どうやら、ろまんはあちら側の人間のようだ。
「これがか? 信じられないな」
彼が押すと。
ぽす。
「ふたぐん♪」
イアイア君が鳴いた。
「このぬいぐるみが可愛さが分かるとは、通だね、お嬢さん」
Jがものすごく嬉しそうな感じの笑顔、コレクター仲間を見つけて大満足な雰囲気で近寄ってきた。
「うん、ねえねえ。噂の女の子に何か関係有りそうな事件とか人捜し記事無かったかなぁと思って、あったら、会った時にピピンと来るかもしれないでしょ」
個人的にこういう素直さのあるタイプは好みだな、Jはそう思った。しかし、彼は少女趣味ではない──今ところ。ひとまず答えた。
「んー、あの周辺では行方不明なんてざらだからな、あのキメラについては目撃情報はあるのことはあるが、その」
「どしたの?」
「そのほとんどが、うわ言のようなもので、定かではないのさ」
Jが言うには、たいていの目撃者が息を引き取る寸前、もしくは再起不能に陥る寸前に取られた証言ばかりらしい。
「思ったより、非道なキメラだ。しかし、俺が来たからには悪がはびこるのを許し」
ぽす。
「ふたぐん♪」
せっかく、如月が台詞を決めようとした瞬間、ろまんが押した。
そして、彼女は。
「ねぇ、帰ってきたらあの子でもっと遊ばせてねーばいばい!」
「ああいいぞ。って、俺も行くんだよ!」
さて、Jがろまんを追って歩き出した頃、
「‥‥‥行くか」
肩を落した如月は、イアイア君のおなかを押した。
ぽす。
「ふたぐん♪」
なぜか、彼はその声を心地よく感じるのだった。
●イスカンダル
それは言った。
「お姉ちゃん、かわいい。わたしのおともだちになって」
透き通った音色。
未早は、圧倒的なプレッシャーの前に押しつぶされそうだった。すでに彼女は覚醒を遂げている。回転する思考の速さよりも、生物的にこみ上げる恐怖の前に耐え切れず、息を呑み。
銃口を向ける。
「むだだよ。かわいい人は、壊したくないな」
微笑んだ。
その脇に立つ、陽に移る影は、二足? いや三叉の支え、立つキメラ。
なぜイスカダルなのかは、
「突っ立てる場合か! はやく逃げろ、ここは俺と彼女に任せて」
如月の声。
イスカンダル。いや、その主に向かってクレアは槍を指し立ちふさがった。
「おねえちゃん綺麗だね、でもかなしそう」
哀れみ、同情、そんなものよりも、想いを振り払うかのように、クレアは断言する
「戯言を。私の今の目的、それはお前たちを滅することのみです」
「できないことをいう子はね、いつか壊れちゃうんだよ」
クレアは両の手を握りしめた。
触れる、槍の鼓動、同調する何か、己の渾身、かける重さ、突き刺す感触を求め、射す。
律動する穂先が、触れた瞬間。
「!?」
弾ける空間、残影と衝撃だけが残る。
「わたし、やさしいから、ゆるしてあげる。にげたらどう? ね、イスカンダル」
クレアの誇りは、砕けた。
未早は、現実に戻る。
このままでは、自分だけならまだしも‥‥‥迷っている彼女に如月が叫んだ。
「逃げろ! 彼女を連れて、俺がなんとかする」
「しかし、一人では」
「守るのも男の役目だ、援護をたのむ。そのうちに仲間がきっと。バカはバカなりに全力でやるさ」
如月が刀を振り上げる。
イスカンダルの右手が上がる。
手の先に見えるのは歪な形の銃か?
「きめてなかったけど、やっぱりゴルディオスショットがいいかな?」
もう一度、それは微笑んだ。
囮役として向かったリディスとベールクトは、イスカンダルの初撃を喰らったショックより立ち直っていた。
実際、ダメージはそれほどでは無いようだ。その射程と範囲はかなり広い。
イスカンダルの両腕にあるのは銃のようなものだ。
なぜ矢と呼ばれるのかは、放たれる光弾が鏃、光の矢のように見えることからつけられたのだろ。いや、矢というより
「光雨のようなものか、挑発している場合じゃねぇかな、リディ姐大丈夫?」
向かってきた半昆虫キメラを叩き伏せ、足蹴にしたリディスはベールクトに答える。
リディスは覚醒しているため、どこか様子が変わっている。
「下衆が‥‥‥油断した。Death Pays All Debts.清算だ」
「怖ぇ、しかし、あれじゃ王と王妃と円卓の騎士達っていうか、奴隷とその主みたいなものかな」
リディスとベールクトは駆け出した。イスカンダルへ向かって。
昆虫は足止め役らしく、それほど強力な敵ではない。
たやすくというほどでなかったが、倒したキーランは別の意味で、何か違和感を感じた。イスカンダルは、あれはキメラだ。
しかし、イスカンダルに付き従うかのようにいる少女? その姿をどこかで見たことがあるような気がする。それは些細な、そう既視感に似たようなものだったが、なぜか彼の心にわだかまりを残した。
(「今は援護に向かわなければ」)
彼女の担当を殲滅したあと、ヴィスは、どうするか迷った。
彼女自身は狙撃手である。あえてあの現状、現場に直接向かってどれほどの力を発揮できるというのだろう。
だから、彼女は自分の出来ることをすることにした。
構えて、狙って、撃つ。
彼女の弾丸は、狙いを射止め、補助の役を担うだろう。
「ギャハハ! てめぇの相手は俺だぁよ虫けらぁ! さぁ害虫駆除開始だぁぜぇ!」
虫けらをぼこすかにしているのは、ブラッディだ。何か発狂したように、殴りまくってているようだが、すでにそのキメラたちは活動を停止している。
「つまんねぇ、親玉はどこだ。あれかぁ」
ブラッディはイスカンダルへ瞬時に向かった。
昆虫人間を突きまくっている少女もいる。
「ボク、早く帰って人形弄らして貰うんだ、早く倒れろ!」
ろまんは、目的がどうであれ、頑張っている。いい子だ。何か応援したくなる。
そう思いつつ、Jはその様子を遠くから望遠鏡で観察していた。
役者は揃った。
イスカンダルの前にたどり着いたレイラが言った。
「HEY、ドータ。こんなとこで、下僕つれてそんな物騒な物振り回すなんて随分とご機嫌じゃないって、これって主従逆転かしらね?」
彼らの前に立つ、イスカンダルの兵装。
確かに古風な鎧、様相は紀元前の雰囲気がする。
そして、その特徴としてもっとも大きいものは、顔だ。彼の顔、能面のような白磁の面にあるのはクラブのK。
世界標準である一般様式のトランプに記載されているクラブのキングが、ただ写されている。両手の腕には銃、それが鎧との違和感を感じさせる。そして、背に生えた尻尾のようなもの。
「みんなきたの、あきちゃったよ。そろそろかえろうか、イスカンダル」
それは欠伸をした。
「勝ち逃げを許すわけないだろうが」
リディスが銃口を向ける
「おばさん、無理しちゃだめだよ」
「黙れ!」
銃音は響くが、効果は余り無い。
「がくしゅうしないと壊れちゃうよ」
「てめぇ! なめてぇんじゃねぇぞ」
ブラッディが殴りかかるが──。
「もう、みんなこわいな、むりなものはむり。本気でやったら壊れちゃうよ、あそびたいだけだから、またあそんでほしいな」
続けざまにベールクトが武器を構えるより早く、それはイスカンダルの肩に乗った。
「みんな、またね。他の子にこわされないでね、またあそんでほしいから」
下がる敵。跳ねる敵。
黒翼ベールクトの羽ばたき、詰める距離、遠方より来るヴィスの弾丸、駆け寄るレイラ 掲げられたイスカンダルの両手、天からに撃たれる最後の弾丸は、閃光を誰を撃つでもなく、大地を撃ちつけて、目くらましとする。
輝きと衝撃が収まったころ、音は止まると。
「逃げられた、かな」
レイラが呟いた。
もはやそこに、形もない──。
呆然としている中で、キーランが呟いた。
「どうしても気になるのです。あの少女? どこかで一度見たことがあると思うのです」
キーランに言われ、しばし考えていた未早は記憶の片隅にあった、一つの映像にたどり着いた。
「アリスです」
迷いの糸を解けた。
「そうか! 面影があります、しかし」
キーランの問いかけに未早は
「似ています。ただ、今の子はきっと‥‥‥男の子だと思います」
そう言うと、目を伏せた。
「やったー終わった、帰れる。Jさん。ねぇねぇ、もっと可愛く飾ろうと思って、ボク、ルルちゃんハウス持ってっていいかな」
「お、イアイアのあたらしい家族だな!」
この人たちの脳内はいつも平和のような気もする。
こうして調査は終わった。
結果的に、キメラ自体も逃したが、今回の結果を元にJは、このキメラについて調査を始めたようだ。
そのうちに何か、新しい事実が分かるかもしれない。
●陽は落ちて
黄昏に歩き。
蹉跌に蹄鉄を鳴らす。
内に秘めし想いを槍身に込め、我の思いを彼に成す。
女は息を吐く。
交わった二つの影は消え去った。
互いと互い、交差する螺旋の一瞬、消え去った幻影は時の妄執のような物。
「憎しみの連鎖はきっと、分かっていても、それしか」
呟き、クレアは俯く。
廃墟に太陽は落ち。
静寂だけが、ただそこに居た。
了