●リプレイ本文
●街
轢かれ、道端を転がる缶の音は、悲しみを叫ぶ。
頭上の看板には、焼けた赤で彩られた熊の歪んだ微笑みと威嚇するかのような視線が訪問者たちに向けられている。
明ける空に追いやられた闇が恨めしそうに去って行く様子を眺め、崩れた道、吐き気を催すほど揺れる車中で、雑音混じりのエンジンが立てる黒煙の吐息を後ろに聞いた彼らは‥‥‥きっと純度の悪いガソリンを使っているのだろう──そう思った。
音と揺れが止まる。
依頼人のJは、無言で頷くと降りるように促した。各自、錆付いたドアを力任せに開きたどり着いた街。
その名は、
『アーカム』
夜は行きて、暗に至るだろう。
世界が終わりゆく真実など見えるだけでどこにも無い。深淵は己の内にあるものだ。
この街に再度旅人が訪れた。始まりという祝宴を寿ぐために扉を開き、旅立とう。
■始まり街に行く
今回はケイトを置いてきたJの調査に付き添った女、レイラ・ブラウニング(
ga0033)は、彼の聞き込みが終わるまで、待機するように命じられた。
レイラは、ふと自らの金の髪を指で漉く、指どおりが少し悪いと思った彼女は、最近忙しさにかまけたせいか、手入れや、栄養状態の管理を怠ったことに危惧感を感じつつも、物思いに耽る。
(「アーカムね、んでその街を支配してるのはバロンと呼ばれる謎の人物、ラブクラフト関係でバロンなんて来たら浮かぶのなんてダンセイニ卿かな」)
「ってことで、ここては終わったよ。姉さん、化粧崩れてるぜ」
「え? 何、どこ、嘘でしょ」
掛けられた声に、レイラは我にかえって、顔に手をやった。
「嘘、嘘。あんまりかっちり決めてると、お肌に悪い。さあ他の奴らも待ってるだろ、行こう」
おどけるJをレイラは睨んだ。
橙識(
ga1068)は、どう声かけて良いのか、迷った。
彼の性格するとフレンドリーに声をかけても良いだろう、しかし、妙に目つきの悪い青年が黙って俯いている姿を見て、たやすく友好的になれる人も少ない。
俯いている男の名をキーラン・ジェラルディ(
ga0477)という。彼自身、特に何も考えず下を向いているだけなのだけだが、はたからみると
「相変わらず、怖いよね」
ジーラ(
ga0077)
「私、何か不都合なことでも?」
レイニー・フォリュオン(
ga3124)
「‥‥‥何もしていない‥‥‥」
桜崎・正人(
ga0100)
「俺の分析によると、きっと虫の居所が悪いと弾きだされた」
如月・彰人(
ga2200)
「キーランさん遊ぼう!」
潮彩 ろまん(
ga3425)
(「お、おい、少女勇者誕生か、なんで麦わら帽子と竹刀? 遠足と間違えてるんじゃない」)
皆の視線を一身に浴びたろまんに向かって、キーランが一言、
「おやつはティータイムまで待ちましょう。ろまん」
「うん、わかった」
おもいっきり頷くろまんを見て橙識は思った。おやつはどこで買うのだろう、おやつだからきっと甘いのかな? それなら苦手だなと‥‥‥。
■おやつの時間
Jとレイラが戻って来ると、ティータイムのお茶会についての話が盛り上がっていた。
「お茶会? この殺伐とした雰囲気の中でやるつもりなの」
レイラの問いに、ろまんは胸を張って言い切った。
「やるよ、ボクの命にかけて!」
‥‥‥そんなことに命をかけなくてもよいのに、ろまんの心意気にレイラは呆れたが、ちょっと乗り気のようだ。
キーランは、おやつ買出し決死隊を結成した。
「私と、桜崎、如月の三人で買出しに行きましょう、買出しといっても外は危険です。残った方はお茶会の準備をそれでよろしいですか、J?」
「ああ、どうせ。俺の目的もあと少しで達成だしな、一休みもいいだろう。珈琲の味にはちょっと、うるさいぜ」
こうして、三人は買出しに向かった。
残されたメンバーは真面目にお茶会の準備をするよようだ。
「身に叩き込こまれた、技の数々を披露する準備をします」
レイニーは貴族出身のようだ。とりあえず、彼女とキーランにセッティングは任せておこう。
「それじゃあ、ボクはこの酒場を占領するね」
ジーラが自分の銃を指すといった。確かに、お茶会をするには場所が必要だろう、ちょうど目の前に酒場『エース』という店がある。
「自分も手伝いますねー面白そう」
「私もやるわよ、店の占領なんて燃える展開じゃない」
橙識とレイラも頷き、各々武器を構えて店に入っていく。
その後、店で何が起きたのか? あえてここで説明はしない。民間人というには荒くれた男たちをぶっ飛ばして、一時的に店を占領しただけともいう。
「ヒュー、ちょっとお前らパンクすぎるぜ。新手のテロリストってやつかい?」
カウンターにいた男は驚愕する。なお、男の名をラピッドQという。
■買出しの時間
「ちっ、俺としたことが珈琲豆一つも買えないとは、まいったぜ。これもバグアの陰謀か」
真摯な表情で、バリケードを前にした如月が落胆している。
「‥‥‥敵が悪い、キメラ並の戦闘力‥‥‥」
桜崎も嘆息した。
「こんなところで、手をこまねいていても仕方ありません、突撃です」
キーランは、鋭い視線を前にやった。彼らの前には雑貨兼食料品店がある。
『K・K・Y』
雑貨店といっても防御力が尋常ではないらしい、さすが、アーカム。普通の街ではないようだ。民間人相手に覚醒するのも気が惹けるため、彼らは普通の状態で戦っている。
「もう一度行こう。ここで引いちゃ、買出しに来た意味がない」
如月は拳を力強く握り、強い意志と決意で店を見る。
「‥‥‥やるしかないな」
桜崎は、瞳を閉じたあと見開いた。
「いきましょう、私たちの勝利のために」
そしてキーランたちは、三度目の突撃を敢行した。
普通に買えばいいような気がする。そう突っ込みたいところだが、アーカムは弱肉強食ルールのため、物を買うのも大変なところ? なのかもしれない。
激戦の末、彼らはおやつと珈琲豆をなんとか手に入れたようだ。
お茶会は、その後無事行われた。
光景については、諸般の事情より省略する。詳しい内容については、アーカム年代記に記されては──いない。
『お茶会を終えて、自由行動の時間となる』
■再開を祝す
キーランの前には、情報屋であるラピッドQがいる。
「再会を歓び、熱い抱擁でもしましょうか?」
「そういう趣味がおありとはね」
「冗談ですよ、私の聞きたいことは次の点です」
キーランの質問にラピッドQが答えたことをまとめておこう。
誘拐事件は、バロンの指示によるものは確かのようだ。
バロンは、どうやらなんからの適正がある者を探していた。
バロンが住んでいる場所は、旧市庁街。ただし、強力な防備網が敷かれていて
近づくのも容易ではない場所だという。
「最近、バロンは自分の城に閉じこもって動いていないようだぜ」
そこまでいうとラピッドQは黙った。
■街を歩く
「不躾ですね、用件を聞く場合は、自分から名乗るが礼儀です。ちょうどよい、聞きたいことがあります」
銃を突きつけたまま、少女はそういった。
中心街を歩いていたレイニーは、荒ぶる男たちに絡まれたのだが、返り討ちにしたようだ。そこで彼女は、バロンについての情報を得た。
バロンは元々街の裏社会の人間で、それほど目立つ存在ではなかったようだ。
だが、ある時、街に元々あったある組織とつながりを持った時から急浮上したという。
「組織ですか、あやふや過ぎ‥‥‥」
組織の正確に存在については、これ以上の情報は手に入らなかった。ただ、街に存在するのは事実のようだ。
■鐘の鳴る地
「んにゃ? 本当にここって教会なのかな、ヤバそう回れ右」
教会の場所聞き、たどり着いた橙識。ろまんの手を引いて歩いているため、兄妹のようだ。
彼らの前には、元は白だった壁を黒で塗りつけた西洋風の教会が立っている。元は荘厳な感じだったのだろう、しかしその造りのせいか、黒くなった今、かえって気味の悪さを強調していた。
「思うけど、ろまんとまろん、間違いやすくない」
「ひどいなボクはろまんだよ。それよりすごいね、まっくろー。それじゃ、行こう」
前向きなろまんは、雰囲気程度にびびらない、
「いや、行こうって、きっとやばいよ。色々」
「だって、アーカムだもん。えーとね、昔本屋さんでガイドブックを見かけたよ。確かお墓の上で、怪物が大根囓ってる表紙のだよね」
「ほぇっ? それがガイドブックなの」
橙識が返事をした時だった。
鐘が鳴った、鳴り響いた。清らかというには鈍く、重い。永劫のようで瞬きする間、橙識とまろんが顔を見合わせた時。
──教会の扉が開き、何かが飛び掛って来た。
不意を突かれた橙識を後ずさりして銃に手をやろうとする。元々戦闘を想定していたとはいえ街の中、話を聞いて歩いてきたため、相手を威圧しないように武器はなるべく隠していた。
その準備の差が勝敗を決した。
突撃してくる物体、ぶつかる衝撃に耐え切れず、転がるように橙識は後方に吹っ飛ぶ、前でろまんの叫びが聞こえた。その声を聞きながら、橙識は意識が遠のくを感じていった‥‥‥。
「あーあ。いきなり飛びかかっちゃ駄目ですよ。わんわん」
「バウ、バウ」
「大丈夫かなー」
吹っ飛び目を回している橙識を見て、ろまんはいった。
教会の内部については、詳しく調べることは管理している男の手前もあって無理だった。見た感じ、特に何もないように見える。
飛びかかってきたの犬は教会で飼っている犬らしい、黒毛の大きな犬だ。
教会の管理をしている男は、司教と呼ばれているらしい。
男は、二人の疑念にこう答えた
「終わりというのは、いつかやって来るものです。それは神の慈悲でもあります。なれば我々の手で慈悲、夢の世界を作り出すのも、一つの救いだとは思いませんか?」
司教は笑った。その笑い声は、先ほど聞いた鐘の音にも似て、二人に不快さを思い出させるだった。
■誘拐の後
彼らはアリスが収容された病院を訪ねていた。
「夢から覚めたの」
訪れたジーラに向かい、アリスは呟いた。
「夢? アリスはなぜここにきたの」
「わからない、わからないの」
戸惑うアリスの姿を見て、ジーラはそれ以上追求するのをやめた。
「分からなくてて、キミが生きていることには変わりないよ」
「そうなの?」
「そうだよ、きっと」
アリスと会話するジーラの傍らで、如月とキーランが話をしている。
「しかし、何のために誘拐なんて起こした? もしかして少女趣味だったとかいうかオチなら、お笑いだけどさ」
「ありえます、なにせバロンと自称するくらいですから」
「そりゃまた悪趣味極まりない。ま、それは冗談としても、あの子が何も知らないとなると、他の生存者に話を聞いてみたほうが‥‥‥」
「無理だよ」
如月の言葉を遮ったのは、ジーラだった。
「どうしてですか ジーラ?」
キーランの問いかけにジーラは答える。
「他の生存者は、この街にはもういないって、あの子だけが残されたみたい。後の人たちは帰ったみたい。話が本当ならだけど」
「嘘だとするなら、消息不明というわけか、それはきな臭いな、臭い」
如月は一人納得すると、眠ったアリスのほうを見つめるのだった。
■館の残影
桜崎と数人の仲間は小高い丘に立つ洋館を目指していた。
(「聞き込んだ結果によると、バロンはバグアの襲撃後に台頭している、やはりバグアとなんらかの関係があるのかもしれない。それよりも、気になるのは館だ」)
館の歴史は古い。サタニストが住んでいた、悪魔召喚の儀式のために生贄が使われた、凶暴な犯罪者が潜んでいたなど真実と虚実を混ぜて噂されている場所だ。
桜崎は、いまだ血の匂いがとれぬ館の扉を開いた。太陽の光の支配下にある館は、それほど邪悪な意思を感じさせない。
二階への階段を登る。その踊り場に立った時、桜崎は肌触りの悪さとともに何者かの気配を後ろに感じ銃へと手を伸ばし──。
振り向く同時に銃口を向ける。
視界に入ったものは、形なき何か蠢いている。ぶよぶよとした何かは地を這い進んでくる。あまり怖気の悪さに無意味に引き金を引き無軌道に弾け飛んだあとで、我に帰った桜崎は覚醒する。続けざまに、無数の弾丸を放ち、粘液にまみれた床が八方穴だらけになったころ打ち続ける銃声は止み生物は動かなくなった。
銃声に気付いた仲間達の足音が聞こえてくる、桜崎は慎重に近づくと生物の生死を確認した。そして、彼は液体にまみれた一冊の本をみつける。
題名は
「夢を見る人の物語」
とあった。
●街を去る
そろそろ戻る時間だ。
集まったメンバーから、本について聞いたレイラがいう。
「それってロード・ダンセイニの著作じゃないの?」
レイラがメンバーにダンセイについての話をした。
ダンセイニは、ファンタジー小説家の原点、大家の一人ともいわれる作家である。詳しい略歴や著作については興味がある方は調べてみて欲しい、ここでは省略する。
「それで、彼の一つの呼び名がバロン・ダンセイニ。彼は男爵だったから、そう呼ばれた。この街の支配者もバロン、何か関係あるのかしら」
レイラの疑問に誰も答えることは出来ない。そして、もはや時間は残されていない。仕事を終えたJは、皆に帰る指示をだす。
ふと、キーランは街にやってくる前にきいた時に返事がなかった質問を再度してみた。
「最初に聞いて、答えてもらえなかったのですが、何の情報を得るためにJは、ここに来たのですか」
数秒の沈黙のあとJは
「確かあんたは前の事件にも関わっていたよな、あの時の子供の生存者はあの少女一人で間違いない?」
Jは記憶を遡らせて返事をした。
「確かアリスという少女一人だと思いますが」
「そうか、生き残った子供は一人。けれど拉致された子供の数はもっと多かった。死体の照合もしてみたが子供はいない。俺の仕事はその消えた子供行方の調査。だが、お手上げだね、どうやって報告書を作ろう、頭いてーなこりゃ」
「ということは、他にも誘拐された子供がこの街のどこかに、またいるのですか?」
「そういうことになるだろうね。ま、俺の仕事は調査であって救出や探索ではないからな、ここで今回は終わりだ」
疲れたのか、息を大きく吐いた後、Jは胸元から銀色のシガーケースを取り出す。慣れない手つきで、一本の茶色の葉巻を手に取り口に運ぶと‥‥‥彼はくわえて。
──噛み切った。
「ああ、シガーじゃなくて、チョコレート。俺は甘党なんでね。それじゃ帰るとしますか」
落ちていく陽の中で街は‥‥‥無言のまま佇んでいる。
了