●リプレイ本文
●承前
歓迎の意を記したはずの看板は錆びている。
かつて、街の名を笑顔で教えていたと思われる黒熊のキャラクターが、歪んだ笑みで迎えた。
赤茶けた看板に描かれた文字は、元の字を塗りつぶした後、無造作に書き代えられているようで、元々何が書いてあったのかはわからない。
水上・未早(
ga0049)は、ずり下がってきた眼鏡を指で軽く直したあと、その文字を注視して言った。
「あーかむ? ですか」
彼女の記憶に、その単語を連想させる情報はない。
実際、街の名がなんであるかなど、たいして関係のないことだ。
誘拐された人質の解放、その目的を達するが彼女達の役目なのだから。
未早は、その足で一度街の中心を回ることにした。彼女が手に入れた情報は、いずれ仲間に渡るだろう。
道。
目の前を浮かれた調子、陽気な男が酒瓶を片手に歩いてくる。
やって来た男は、見慣れない人物がいることに興味を覚えたようで声をかけてきた。
「いったい、こんなところに何の用で来たの?」
「あんたは、誰だ?」
「これはこれは、綺麗な顔。好みだ」
吊るした懐中時計を触りながら男は言った。
「男に言い寄られる筋合いはない」
不快な態度を隠さずに、真田 一(
ga0039)は返す。
「抱いてしまえばどっちでも同じさ。まあいい、俺の名前はラピッドQ、情報屋だ。ようこそ黄昏の街へ。雁首揃えて、また、たくさん来たものだな。何のようで来たのかは知らないが、お兄さんが、早速この街の掟を教えてあげるよ」
男は笑った、不敵に。
瞬時、風を切る輝きが真田の横を通り抜けた、飛んだ刃は彼の頬をかすめ飛ぶ、音が過ぎ去ったあと、後ろにいたギーゼラ・エアハルト(
ga0336)へと向かうそれは、凶刃だ。
だが、ギーゼラは驚きもせず、少しにやけ、
「おいたもほどほどにせんと、痛い目にあうで」
よく分からないが、ギーゼラはハリセンを持っている。きっとそう言う方面の人なのだろう。
なぜかギーゼラ独特の構えを取ると、勢い良く飛んできたナイフをハリセンで叩き落し、晴れ晴れとした表情でラピッドQに宣言した。
「うちのつっこみは、いつでも完璧や!」
「ヒュー、東洋の奇跡ってやつだね。感心、感心」
どこが東洋の奇跡なのかは分からないが、ラピッドQは肩をすくめ感心した。
ハリセンでナイフが落とせるわけない? この手のシーンでそう言う突っ込みは野暮だ。
「はい、その後ろに隠しているナイフもこっちによこして。じゃないと、本当に痛い目に会うかもよ」
ラン 桐生(
ga0382)は、陽気だ。常時ポジティブと言う素晴らしい性癖をもつらしい。さらに女好き? 今回はきっと女のほうが多いので満足だろう。ちなみに、女好きだがおねーさん。
‥‥‥変わった人である。
そのランの後ろには、巨漢の女がいて、指を無意味に鳴らしている。
エクセレント秋那(
ga0027)と言う女だ。女と言うか‥‥‥いや、女と言うことしておこう。色々含むところあるのは、その肢体を見れば明らかである。
「ねえ、クーカイ」
ジーラ(
ga0077)世慣れた感じもするが、どこか達観した感じのする少女は、隣で一緒にその様子を見ていた間 空海(
ga0178)に声をかけた
「だから、私はそ・ら・みです。何度言ったらわかるのでしょうか」
「名前なんて記号なんだから、どっちでもいいとボクは思う」
ジーラは気にしていない。どうやら先ほどから間違って呼んでいたようだ。
「ジーラさんが思っても、私は困ります」
「それにしても、いつまでこうしてるつもりかな」
「ですね、そろそろ先に進んだほうが良い気はします」
空海の言うとおりである。
「遊びは、ほどほどにして行きましょう。時間は残り少ないのですから」
キーラン・ジェラルディ(
ga0477)の鋭い視線が浴びせられた。きっと本人は睨んだつもりはないのだろうが、怖い。
「とんでもないやつらと関わってしまった‥‥‥」
ラピッドQの呟きは、運良く誰にも聞こえずに消えた。
●館
「そうか、君たちバロンのパーティーにやって来たのかい?」
キーランの問いかけを聞き、ラピッドQは驚いた。
「あれがパーティーですか、また悪趣味ですね」
キーランは嫌悪感を隠さない。
「その手の感覚は人によって違うものさ。しかし、あの館に行くのなら気をつけなよ。床、腐ってるから。バグアも怖いが、俺は普通のバグがもっと怖いなあ。地下室に落ちたりしたらと思うと、ぞっとする」
ラピッドQは、そう言うなり黙った。
その後、未早と合流したパーティーは、彼女の報告を聞いた。
「バロンはどうやら、この街の支配者なのは確かのようです。詳しいことを聞くと、皆黙ってしまって分からなかったけれど、バグアの力を借りている気もします。今回のことは、定期的に行われているらしいのですが、何が目的なのかまでは分かりませんでした。館については昔、サタニストが住んでいたと言う噂があるだけで、特には。街の施設は使えないようです」
かくして、メンバーは潜入の準備に取り掛かるのだった。
昇った月を眺め男はふと郷愁を覚えた。
「月夜‥‥‥ね」
無意識のうちに手を腰の刀へと向かっている。今、彼の思いは此処にはない。
「真田さんの黄昏ている姿、絵になりますね」
「あんた‥‥‥か」
かけられた声に振り向くと、そこに立っていたのは状況を伝えにきた空海だった。
「周囲に敵はいないようですので、前衛の方たちが、強行突破することになりそうです」「分かった。行こう」
真田の姿を見送ったあと、空海は呟いた。
「神の意思に抗うのも、きっと人の生き方です。運命を必然で決められるだけはつまらない」
突入前のこと。
「可愛い女の子がたくさんで幸せ、幸せ」
ランが、にこにこしている。
「それは、あたしも入ってるのかい」
聞きつけた秋那が言った、
「うーん、判定難しいね。でも、女の子には変わりない、変わりない」
「緊張感の欠片もないね、あんた、あたしは乙女だよ」
「乙女‥‥‥自分で言うかな」
「乙女ったら、乙女さ、じゃ行くとしますか」
ランと秋那も向かった。
月が翳った。
閉ざされる視界、包まれた夜の中で浮遊感にも似た感覚に戸惑う。遠く街明かりは届きもせず、丘の上に立つ館は暗闇にいる。
歩む足音は耳に囁く、この先にあるの予兆、感じる胸騒ぎ。
息を吐いたあとジーラは館を見つていたた。
ふと、自らの記憶が蘇った。だが頭を振るとその思いを振り払う。
(「今は、戦うことを考えないと」)
ジーラは銃を構えなおした。
進む前衛に従い包む囲みを少しずつ狭める。
館に灯火はない、あるのはただ冷たい沈黙と、どこか淀んだ空気だけだ。
所定の位置に配置された狙撃手たちは、自らの獲物を手にとる。
各自状況に応じて、闇に溶けるか考えたが視界に敵のいない今、そうをする必要もないと、ほとんどの狙撃手は判断した。
月が現れた。
黒々とした館の影が伸びる。
歩んでいた、前衛の前に扉が現れた。
合図もなく、一様にみな頷くと、秋那がドアを勢いよく蹴り破った。
鈍い音と共に、腐った扉は弾けて飛ぶ。
扉の奥にさらに深い闇が広がっているようだ。振り返ったギーゼラは、突撃の合図を全ての仲間に送った。
一歩、二歩。
内部に入った前衛は、奥に明かりのようなものをみたような気がした。
空気は重い。
後ろからは狙撃手たちの足音が聞こえる。
その時、真田が何かの気配を感じる。
扉の向こうにあったのは吹き抜けの広間、二階への階段が見える。気配は前ではない。「上だ」
声に天井を見上げる
少し暗闇になれた目に映ったのは、今では用をなさないシャンデリアに張り付いて蠢く何かだった。
すぐさま、真田は刀を抜くと、自らの力を顕現させる。彼の真紅の瞳、そこに映るのは形なき敵。
前方で混乱がおきたことを知った後衛が急ぎ、走りよっていった時、二階の窓が砕け何者が現れる、それは羽をもった悪魔のような生物だった。
狙撃手たちは銃を向けた、すばやく空を飛ぶ相手に照準を合わせるのは難しい。素で無理ならば力を使うしかない。
未早は眼鏡のつるに手をやると、ゆっくりと外す。
彼女も、また覚醒するだろう。
真田が不定形の生物と戦っている間、一階の広間には新たな生物が現れた。
「今度は狼男、うち幽霊屋敷に来たわけじゃない」
「同感、といってもまだ関節があるだけましさ」
ギーゼラと秋那は顔を見合わせると、現れたキメラへ向かった。
キーランとジーラは館に入りかけていたが、割れる窓の音を聞いて外に出た。
未早と空海の放つ銃声が響く中、キーランとジーラは死角から包囲する手段を選んだ。 的の数は三匹、数で押せば問題はないだろう。
それを見届けたランはあえて館の内部に入り、前衛を援護することにした。
現状では、これ以上外のバックアップは必要ない。そう、彼女は判断したようだ。
前方のキメラと戦う、前衛の姿を視認した時。
二階に何かの姿をランは見た。一瞬ランは迷った、行くべきか、行かぬべきか。
結論は、単独行動を彼女は避け、目の前で戦う仲間を援護をはじめた。
暫時。
倒れこんだ敵にマウントポジションを取り、関節を決めに入った秋那の姿を見た、ギーゼラは言った。
「ちゅーか、そんな面倒なことせんと、普通にたおしたらええんちゃう」
ギーゼラの前には倒したキメラに関節技をかけている秋那の姿がある。
「分かってないねえ、ロマンだよ。ロマン」
ある意味のほほんとした会話を繰り広げている時。
「外、全部終わったよ」
ジーラがやって来た。
「やっぱり若い子は‥‥‥イイ」
やって来たジーラを見つめランは言った。
すでに真田も刀をおさめている。しばらくして、後から来た残りの仲間合流した。
腐った床を抜けないように歩いていたメンバーは二階に向かった。
二階の部屋は二つだが、一つは扉がすでにないので、何もないようだ。
残った扉には鍵が掛かっている。
「招待状は持参していませんが、無理に招待してもらいましょう」
秋那が蹴り破ろうか提案したが、キーランが手先の器用さを利用して開いた。
開いた扉の向こうはむっとするような血の匂いと甘ったるい、吐き気を催すような匂いが充満していた。部屋中にかつては人だった物の姿がある。
しかし‥‥‥生きているものはいない。
「遅かったのでしょうか」
未早が顔を背けて言った。
「ただ、これは今すぐってわけではないと思う。もしかして、人質はここじゃないのかも 死体の様子を調べていた、ジーラが言った。
「地下だ、情報屋が言っていた。地下室があると」
キーランの言うとおり、地下室はあった。
彼らはそこで、見た。
今まさに、贄にされかかった人々を、すぐさま怒号と混乱が場を支配する。
戦いは始まり、あっけなく終わった。
しかし、ここにバロンはいない。彼はすでに去った後だ。
「ちぇ、ひげはいなかったかあ」
この発言は、言わずと知れたランである。
●ギデオンの羊
歳にして十に届くか届かないか、透けるような白い肌、頬がピンクに染まっている。透明な瞳は深い青をたたえている。ときおり金色の髪がふわりと揺れる小柄な少女。
少女は、閉じていた瞼を開くと微笑む。
「ずっとこわい夢をみていたの」
救出された民間人の中で、子供は彼女一人のようだ。
「もう、大丈夫です。お名前は何と言うのですか」
空海の問いに秋那に抱かれた少女は、
「アリス」
そう答えた。
了