●リプレイ本文
踏む足音よりも、降る雨脚は強い。
空を覆う灰色の憂鬱より、落ちる雨は穏やかな刺激で身体包んでゆく。
そして彼らは猫が訪れる街にたどりついた。
「雨か、今回は雨天決行ライヴだね」
ジーラ(
ga0077)が冷えた体を震わせると彼女の金の髪に蓄えていた水滴が散らばった。
その姿が雨の下、震える猫の姿と重なり、
「まるで、猫にゃん。それにしても肌が雨の滴を弾いているなんて」
フェブ・ル・アール(
ga0655)が言った。
内心、若さに対する、多少の羨望なり、嫉妬なり、まだまだやれるんだぞ、現役だ。
という内面の事情はきっとない。
「そっちも猫さんでしょ」
「おうよ、戦争の猫さ」
フェブは力強く頷いた。
戦争の猫ってどういう意味なの? 戦争の犬ならなんとなく分るけど、そういう疑問が沸いても質問してはいけない。
彼女は猫なのだ、惑うことなき猫、真実の猫、多分猫。
ともかく、この二人は猫というキーワードに吸い寄せられたのだろう、先ほどから猫について話している。
そんな中、敵が到達する寸前に訪れた傭兵に複雑な想いを抱いているのは、ヒューイ・ハミルトン少尉。
嫌な上司がわざわざ送ってくれた援軍。
生きるために受けないわけにはいかない。
だが、どうせなら啖呵をきった手前、自分だけでなんとかしたい。けれど、そんな勇気も実力もない。揺れ動く想い。そこに現れた能力者たちはどうみても愉快な集団だった。
「キューリくん♪」
勅使河原 恭里(
gb4461)をそう呼んだのはフェブだ。親愛の情というものだろう。
「恭里だ。今後その名前で呼ぶと罰金を科す」
いくらくらいの罰金なのか気になるが、フェブがその程度で参るような玉には見えない。
「もう、キューリ君ったら」
「早速今日の晩飯を奢れ」
「二人でディナー? お誘いかな」
「ぶっ殺す!」
恭里はフェブにぱんち、フェブは回避。
「冗談だよ」
そう二人は女同士。
でもフェブは猫。
そのあたりは考えないでおこう。
繰り広げられる光景を目の前にしたヒューイは、現実についていくつか真面目に考える必要が出た。
「助けにきてもらって、あれですが。なんですか! 戦闘しに来たんでしょう! もっと真面目、真面目、真面目に」
「では、いかようにも私をお使いください、少尉殿」
フェブが恭しい戦猫のポーズを取った。ちなみにポーズは適当。
「な、なんですか、そのポーズは?」
「服従の証です」
フェブの変わり身の速さにヒューイは驚愕する。
「周りはどうであれ、俺はいつでも真面目にやる気だ」
ブレイズ・カーディナル(
ga1851)が真顔で言う、いわゆる空回り熱血タイプに属するようだ。
「でも、名前がちょっとね」
ジーラがついてはいけない点をついた。
日本人なのにブレイズ・カーディナル。
日本人なのにブレイズ・カーディナル。
「呼び名なんてなんでもいいだろ、傭兵なんだしコードネームだ。そんなことより結果を出せばいいんだよ、さっさとやろうぜ」
ブレイズの発言にヒューイが力強く同意する。
「貴方とは話が合いそうです!」
立ち直り、なんとか本線に戻ろうとするヒューイの前に立ちはだかるのは瓜生 巴(
ga5119)
「真面目なだけでは戦争には勝てません。現在の状況を報告してくださいハミルトン少尉」
と、瓜生はまっとう事を言っているのだが、ペースを乱されているヒューイは嫌な上司の残像を彼女に重ねてしまった。
「貴女と話していると嫌な事を色々思い出しそうです」
記憶を明後日のほうに向ける、
「仕方ないですね、バカには仕置きです」
巴の攻撃、ヒューイはちょっとダメージを受けた。
「ビリビリって! いきなり攻撃ですか容赦ないなあ」
「希望は無謀とは違います。目が覚めましたか」
その言葉でヒューイが落ち着き、やっと現在の状況について報告される。
色々回り道の末、ついに戦いの準備が整った!
「いつもの事だ。敵が強いのも、負けられないのも。ついでに敵がファンタジーなのも。全ていつも通りだ。でも、こういう感じはいつもどおりではないな。ともかく、いつものように勝って帰る」
様子をずっと観察していた時枝・悠(
ga8810)が締める。
それでは早速仕事を開始してもらおう。
●迎撃
能力者は軍が敷いた防衛線を防衛するため。
以下のように分散した。
中央 ジーラ、瓜生
左翼 時枝、ブレイズ
右翼 フェブ、恭里
雨の中、戦闘は始まる。
傘ビーム、傘衝撃、ニャーニャー傘アタックなどは、能力者の活躍もあり撃退される。 しかし、長靴を履いた猫の撹乱もあり、決定的な勝敗には至らない。
戦闘は小競り合いのまま終始するかと思われた。
だが、状況は変わる。
防衛線を守る壁になるため均一に分散した能力者に対し、指揮をしている思われる猫紳士人は自ら十ニ匹の猫人を率い、中央部分に圧力をかけ一点突破を試みる。
ここを突破されれば、街への侵入、被害が出るのは必死。
今まさに猫人キメラ襲撃戦において、最終局面が始まろうとしていた。
降る雨に前が見えない。
時折、銃声が近くで聞こえる。きっと仲間が戦っているのだろう。
「来ないね」
ジーラの呟きが雨音に消えた時。
──来た。
ジーラはアルファルを構え一匹に向けて射るが、数体の猫が左右を挟み、傘と爪で襲う。ジーラは接近された事に気づくも回避できずに切り裂かれた。様子に気づいた瓜生は援護のために盾の背後よりエネルギーガンで威嚇射撃する。打ち込まれる衝撃に呼応するかのように味方の陣後方より乱射。猫は一時的に退避するが、新たな猫が現れる。
瓜生もジーラも接近戦は不向き、このまま圧迫され続けるといずれは突破されるのは明白。左右両翼の四人の動きが勝敗を決する。
中央を攻められた場合包囲する予定ではあったが、同時に左右両翼に水飛沫を上げて接近する長靴の姿。
左翼で戦いを演じていた時枝とブレイズは敵の動きが変わったことに気づいた。
「中央に行ったか? 援護しないとこりゃやばいぜ!」
赤に染まったブレイズが拳を強く握る、が、
「そう簡単にはいかないようだ」
冷静に時枝が分析した。
視界にちらちらと入るのは以前より機動力が増したようにも見える長靴を履いた猫。
この間、時枝は気づいている。二人は格闘特化型。機動力に乱されれば負けることはなくとも勝つのは難しい。
彼女がそう思っているのを見透かすようにブレイズの懐に猫が高速移動。ブレイズは力任せに攻撃を繰り出すが打つ一撃、穿つ敵はすでにいない。
このまま中央を向かっても下手に動くとこちら側を突破されかねないことに二人は気づいた。
濁る視界、雨がさらに強まる。
右翼も同じような状況だった。
滴る刀身に視線をやり、フェブは月詠を振り上げると同時に空を翔けと地を走り、上下より猫が駆ける、応えとばかりに切り下ろした刃で一匹を地に伏すが他方、這う傘に彼女の逆立つ髪が血に塗れた。
「猫パンチか? 効かんぜ、んなのはよ!」
猫の一撃を回避したあと恭里は気づいた──重いな。
右腕に巻いたリボンの重さに。水を吸ったリボンは物理的にそれほど変わったわけではない。だが、彼女はそっと指先で触れる。この重みが自分にとって戦う意味である事を忘れないために。
雨の下、蛍は飛ばない。
けれど彼女の持つかがり火は淡い輝きを燈している。
一点を見据え。刀を構える。軸足に力を込める。襲う猫どもを睨みつけ、刃で円を描き恭里は全てを断ち切る。
中央。
援軍無き中で、ジーラと瓜生は健闘していた。
「なかなか可愛いですね。ああいうの作れるからバグアについたって人、いるかも」
瓜生は倒れた猫を見て呟く。
「うん、だけど今は可愛がってる状況じゃないよね」
傷だらけのジーラが笑った。
一時的に退避した彼女達、束の間の休息を取り、静けさの中で次の攻撃を待つ。
果たして耐えられるのだろうか? やって来るのは招かれざる紳士と猫人達。
紳士は白い傘を差し、いらつくほどゆっくりとした速度で歩んでくる。
傘が視界に入ったのを確認した後、瓜生は残る練力を使いレイ・エンチャントを自らに施す。これが最後だ。
弦を引いたジーラも本体ではなく突撃してくるであろう猫人に狙いを定め、影撃ちで数を減らすことに決めた。
左翼。
「あんたは行け、退却も全滅も、多分同程度に無意味だ。だから、私は意味のある結果を残したい」
時枝はブレイズに語った。
「だけど、独りで大丈夫なのか?」
ブレイズは納得できない。ここで味方を残していくのは負けるように気がした。
「言ったはずだ、意味を求めるためには、それが必要なのだ。ここは私に任せてもらおう」
左眼の光が彼女の意思を告げている。ブレイズは自らの想いを飲み込んだ。
「死ぬなよ」
「猫程度に殺されはしない、次に攻撃したあと走れ」
時枝は自らのニ刀に最大限の練力をつぎ込んだ。収縮する力の波動が脈打つ、長靴猫が近づく間合いを感じ、彼女の刃は風に乗せて撃つ。
「行け」
ブレイズが駆け出す。
猫がブレイズ追うが時枝は衝撃で再度、斬る。
「油断も躊躇も加減もしない。膾に刻んで犬の餌だ、来い化け猫」
猫は彼女を敵と視認した。
右翼。
「やれやれ、おねーさんが一肌脱ぎますか」
一時的に敵の攻撃が引いた後、中央の援護に向かうためにフェブが独りで残敵を一掃すると恭里に告げた。
「俺が残る」
だが素直に言う事を聞く恭里ではない。
「よし、質問。キューリと私どっちが強い?」
「フ、フェブだな」
確かに、二人の実力差はかなりある。
「そういうこと、ちゃちゃっと片づけてすぐに後を追うから、行きなさい」
口調は柔らかだが、反論は許さない。恭里は鋭い視線を感じた。
「わーった、まったくこえーネーちゃんだ」
「猫はさ、怖いもんだぜ。少年少女」
フェブは恭里と共に中央へ駆け出した。当然猫が追ってくる、立ち止まって振り返ったフェブは自らの柄で肩を叩き凝りほぐしあと、目前にいる猫の姿を確認。
自らを奮い立たせるかのごとく、
「どちらが本物の猫か勝負しようとしようぜ、偽猫さんたち。さあ戦争の開始と行こうか」
発する猫は一匹、血と水飛沫に吠えた。
中央。
善戦していたジーラと瓜生であったが、猫紳士の見敵必殺・高速移動の前に苦戦を強いられていた。
「ガンバッタのになあ、世の中の不条理さを感じます」
瓜生は素直な感想を述べたが、もはや二人で支えるのは無理だ。
「ボクもアイドルばっかり、やってる場合じゃなかったかな」
確かに傭兵の本職はアイドルではない気もする。
そんな二人の愚痴など気にもせず、ついに──線の一部が破られた。
後方の軍の陣地へ突入する猫人の一部、だが二人の相手は猫紳士。
このふざけた猫紳士を止めないと被害は増えるだろう。
雨が弱まった。
ジーラは弓を構えた。
猫紳士の後方、ゆっくり歩いてくる影がある。
どこかで見慣れた姿だ。
影が両手を掲げる。
猫紳士が振り返る。
ジーラは矢を放つ、瓜生も銃口を向ける。
紳士が回避。
影は拳を突き上げる。
赤い影ブレイズ駆け出す。
紳士は傘から射撃。ブレイズは豪力発現ダメージを物ともせず接近。
「捕獲、完了」
ブレイズは懐から試作型機械剣を取り出す。剣が可動する同時に光の刃が生まれた。
その紳士を援護する三毛と黒猫が動く、しかし立ちはだかるのは
「おら、お前らはもう袋の猫だよ!」
恭里だった。
雨が止んだ。
軍の防衛線に立つヒューイは自らの周り、倒れた部下を見つめている。
猫キメラは能力者の活躍により全滅した。だが、結果部隊の過半数も失っている。
ヒューイは自らの行動が正しかったのか、疑問を持った。
上司の言にも理がないわけではないのは知っている。この戦いに何の意味があったのか? 初めから意味などなかったような気もする。
その真実を持つかどうか別として、一つの解答を携えて彼の前に猫がやって来た。
ヒューイの疑問に対して、彼女は彼女なりの真実で語る。
「私は本気で正義の味方をやってるつもりですよ。その力を持てたから軍を辞めた」
「けれど、正しいことをするだけが良い事なのか、誰かを救うために犠牲が必要では何の意味がないのではないですか?」
ヒューイの問いに、フェブは一瞬顔を曇らせるが
「意味の有無など関係無い。結果として救えない者が居たとしても、したり顔で最初から可能性を諦めるのは、嫌なんですよ」
可能性。
その言葉のためにヒューイは戦っていたはずだ。
意味があるかどうかよりも、自ら意味を作り出すことがきっと。
「可能性」
ヒューイが呟いた。
「希望とも言いますね」
瓜生が言った。
「やっぱり猫は可愛いほうがいいよね、あのシルクハットもったいなかったかな」
ジーラが笑った。動物好きの彼女としてはそれが本音だろう。
「無理をしても仕方ないさ、頑張ろうぜ、街は守れたんだし」
ブレイズが頷いた。
「そういえばフェブが晩飯をみんなに奢ってくれるそうだ」
恭里はある約束を思い出した。
「そうです猫なら、まだここにいるじゃないですか」
瓜生が音頭を取った。
みんなの視線がフェブに向けられる。
「にゃ、にゃんだってー! 報酬を全部使わせるき?」
「ゴチになります!」
晩飯戦争の開始。
逃げ出す猫であった。
「まあ、こういう平和がいつもの事になればいい」
時枝はいつものように、その光景を眺めて言った。
戦いが終わった後。
事後処理を終えたヒューイはメーメルの元を訪れる。
ドアをノックするのに多少の勇気が必要だったが、
「ハミルトンです」
「入りなさい」
狭い部屋に二人は対峙する。どちらの想いが強いのか分らない、だがお互いゆずる気はないようだ。
「帰還しました」
「無事帰還して何より、報告は聞いています。それで貴方の言う可能性に意味があったのかしら?」
メーメルは淡々と聞く、ヒューイは努めて感情を押し殺し言った。
「ありませんでした。でも俺は諦めるつもりはありません」
「戦争は結果が全てです。そういえば少尉、僕は辞めたのね」
「俺は負けない、貴女とは違う‥‥」
冷ややかなメーメルの態度にヒューイは挑む、
「そう、頑張りなさい。用件はそれだけかしら?」
「失礼します!」
乱暴にドアを閉じるヒューイ。
その姿を見送ったメーメルはデスクの引き出しを開けた。
取り出した古ぼけた写真立て、一枚の写真をおさめたあとて見つめる。
彼女が何を思っていたのかは分らない。
しばらくするとメーメルは机上の書類に目を通す、そこらあったのは、
「濡れ濡れ猫音頭、識別番号5119に授与せよ? ひどいセンスね」
その後、書類は無事廃棄処分されたと言う。
了