タイトル:雨の破線マスター:Urodora

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/21 07:10

●オープニング本文


 黒い湖面に蝶が落ちる。
 澄んだ宙に放たれる燐、起きる波紋は円を描いて揺ぎに薄れる。
 映る闇、強かな暗さに混じる光の霧散に今が夜だと知る。
 溺れる波の高まりは散る灯火の数だけ回り続ける、一つ、二つ、三つ。
 羽ばたけ、落ちろ。
 羽ばたけ、落ちろ。
 相反する想いは無情の常。
 浮かぶ想いを小石で撃つと静寂がやって来る。
 沈む翅、落ちる滴は飲み込んだ破片だ。

 いつしか独り立ち、深い淵の端から湖底を覗き込む。
 訪れるはずの渦を待つため。
 だが。
 渦は見えない。
 渦は見えない。
 渦はまだ。来ない、
 それでも待ち続ける。
 ずっと。

 目を開くと輝きが上から襲ってきた。
 ちらつく視界に焦点が合わず、数度頭を振る。
 ふと見ると腕時計が零時を指していた。
 肌寒い、壊れた窓格子からは無遠慮に風が吹き込んでいる。 
 ここは無人の家だ、誰もいない。
 夢? 視た物を理解する前に意識が否定する。
 分かっている。分かっていない。
 憎んではいない、悲しんでもいない
 だからこそ、行かなければならない。
 取り出した写真、写る少女はいつも。
 笑っている。

 ──。
 
 周辺調査を目的とする軍の一部が、その街を訪れたのは偶然だった。
 隊を率いるのはメーメル・ヴェルハフトという名の大尉だ。
 妙齢、怜悧という言葉が似合う美しくも冷ややかな雰囲気の女だった。
 彼女の命を受け、周辺の状況を探っていたヒューイ・ハミルトン少尉は、血気盛んな青年士官である。
 そのヒューイは今、任官直後、最大の試練に直面していた。
 彼にとって最悪なのは二点。
 メーメルの部下に配属された事。
 敵に遭遇し自らの部下を失い帰還した事。
 この二つが同時に重なった事かもしれない。

「未確認のキメラ?」
 ヒューイの報告を受けメーメルは問うた、
「大きい猫です! 二足歩行の猫です。その、長靴をはいているのもいます」
「猫? 長靴を履いた猫? 随分メルヘンチックな敵ね」
「冗談じゃなくて、猫なんです」
「貴方の部下はどうしたの?」
「ぜ、全滅しました」
「強い猫ね。それでは退却します」
 メーメルは形だけ微笑んだ。その笑みにある意味を皮肉と感じヒューイはうつむいた、
「ですが、まだこの地区に民間人が」
「貴方の意見を採用するにして、兵力はどうするの? 味方の残数は五十にも満たない」
「けれど」
「運がなかった、それが現実よ」
 メーメルの言は強くはない。だがそこに反抗を許さない力、意思を感じさせる。
「冷たい、ですね」
「少尉、勘違いしないように、我々は皆、勝利するための駒にしかすぎない。何のために此処に来た? 任務を遂行するため、私情は捨てなさい」
「それなら、せめて安全な場所まで同行を」
「住民を? 数が多すぎる。連れて行ったところで足手まといになるだけ」
「僕。いえ小官はあえて抗戦を進言します。ここで退却してしまえば軍の意味がありません。我々はあくまで民間人を守るために存在するはずです」
「その結果、全てを失っても戦う。そう言うのね」
「可能性がある限り‥‥‥小官は戦います」
 ヒューイは彼なりの抵抗を試みた。語気は荒い、無駄なのは分かっている。だからといって、このまま何もせず引き下がわけにはいかない。
 冷ややかな青緑色の瞳をヒューイの赤茶色の瞳が睨んだ。
 互いに一歩も譲らぬまま時が過ぎ──先に視線を外したのは、
「ハミルトン少尉、貴官は此処に残りなさい。隊の一部を預けます。貴方の言う可能性に意味があるのか、自分の眼で確かるといい」 
 メーメルだった。
 虚をつかれ呆然としているヒューイを尻目に、彼女はそれだけ言うと立ち去る。
 残されたヒューイは複雑な想いを抱きつつも見送り、彼女の姿が消えると呟いた。
「嫌な奴」
 振り返ったヒューイは地平の彼方、砂塵の向こうにいるはずの影を見た。
 迫る敵はまだ遠い。だが、必ずやって来るだろう。
 彼は弾倉を乱暴に換える。無造作に投げ捨てた空の弾倉は渇いた音をたて地に落ちた。その甲高さが耳障りだ。なぜかは分からない。
 ヒューイは圧し掛かる緊張を隠すかのように右手の銃を握り締め、精一杯声を張って叫んだ
「総員戦闘準備、防御を固めろ。なるべくひきつけて狙え、猫に殺されたんじゃ笑えない、死ぬなよ!」

 ざわめきを後ろに女は部下に指示する。
「本部に応援の要請を、このまま見殺しでは寝覚めが悪い」
 肩にかかった髪を手で払うと女は思った。
 その行動にどれだけの価値がある。可能性。無意味だ。
「抗いは、より深い闇を呼ぶだけ」
「? 大尉」
「戯言よ、撤退します」 
 女が去ると空が灰に染まり始めた。
 覆う黒雲の群れはきっと雨の訪れを告げている。

●参加者一覧

ジーラ(ga0077
16歳・♀・JG
フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
ブレイズ・カーディナル(ga1851
21歳・♂・AA
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
勅使河原 恭里(gb4461
14歳・♀・FC

●リプレイ本文

 踏む足音よりも、降る雨脚は強い。
 空を覆う灰色の憂鬱より、落ちる雨は穏やかな刺激で身体包んでゆく。
 そして彼らは猫が訪れる街にたどりついた。
 
「雨か、今回は雨天決行ライヴだね」
 ジーラ(ga0077)が冷えた体を震わせると彼女の金の髪に蓄えていた水滴が散らばった。
 その姿が雨の下、震える猫の姿と重なり、
「まるで、猫にゃん。それにしても肌が雨の滴を弾いているなんて」
 フェブ・ル・アール(ga0655)が言った。
 内心、若さに対する、多少の羨望なり、嫉妬なり、まだまだやれるんだぞ、現役だ。
 という内面の事情はきっとない。
「そっちも猫さんでしょ」
「おうよ、戦争の猫さ」
 フェブは力強く頷いた。
 戦争の猫ってどういう意味なの? 戦争の犬ならなんとなく分るけど、そういう疑問が沸いても質問してはいけない。
 彼女は猫なのだ、惑うことなき猫、真実の猫、多分猫。
 ともかく、この二人は猫というキーワードに吸い寄せられたのだろう、先ほどから猫について話している。

 そんな中、敵が到達する寸前に訪れた傭兵に複雑な想いを抱いているのは、ヒューイ・ハミルトン少尉。
 嫌な上司がわざわざ送ってくれた援軍。
 生きるために受けないわけにはいかない。
 だが、どうせなら啖呵をきった手前、自分だけでなんとかしたい。けれど、そんな勇気も実力もない。揺れ動く想い。そこに現れた能力者たちはどうみても愉快な集団だった。
「キューリくん♪」
 勅使河原 恭里(gb4461)をそう呼んだのはフェブだ。親愛の情というものだろう。
「恭里だ。今後その名前で呼ぶと罰金を科す」
 いくらくらいの罰金なのか気になるが、フェブがその程度で参るような玉には見えない。
「もう、キューリ君ったら」
「早速今日の晩飯を奢れ」
「二人でディナー? お誘いかな」
「ぶっ殺す!」
 恭里はフェブにぱんち、フェブは回避。
「冗談だよ」
 そう二人は女同士。
 でもフェブは猫。
 そのあたりは考えないでおこう。
 繰り広げられる光景を目の前にしたヒューイは、現実についていくつか真面目に考える必要が出た。
「助けにきてもらって、あれですが。なんですか! 戦闘しに来たんでしょう! もっと真面目、真面目、真面目に」
「では、いかようにも私をお使いください、少尉殿」
 フェブが恭しい戦猫のポーズを取った。ちなみにポーズは適当。
「な、なんですか、そのポーズは?」
「服従の証です」
 フェブの変わり身の速さにヒューイは驚愕する。
「周りはどうであれ、俺はいつでも真面目にやる気だ」
 ブレイズ・カーディナル(ga1851)が真顔で言う、いわゆる空回り熱血タイプに属するようだ。
「でも、名前がちょっとね」
 ジーラがついてはいけない点をついた。
 日本人なのにブレイズ・カーディナル。
 日本人なのにブレイズ・カーディナル。
「呼び名なんてなんでもいいだろ、傭兵なんだしコードネームだ。そんなことより結果を出せばいいんだよ、さっさとやろうぜ」
 ブレイズの発言にヒューイが力強く同意する。
「貴方とは話が合いそうです!」
 立ち直り、なんとか本線に戻ろうとするヒューイの前に立ちはだかるのは瓜生 巴(ga5119
「真面目なだけでは戦争には勝てません。現在の状況を報告してくださいハミルトン少尉」
 と、瓜生はまっとう事を言っているのだが、ペースを乱されているヒューイは嫌な上司の残像を彼女に重ねてしまった。
「貴女と話していると嫌な事を色々思い出しそうです」
 記憶を明後日のほうに向ける、
「仕方ないですね、バカには仕置きです」
 巴の攻撃、ヒューイはちょっとダメージを受けた。
「ビリビリって! いきなり攻撃ですか容赦ないなあ」
「希望は無謀とは違います。目が覚めましたか」
 その言葉でヒューイが落ち着き、やっと現在の状況について報告される。
 色々回り道の末、ついに戦いの準備が整った!
「いつもの事だ。敵が強いのも、負けられないのも。ついでに敵がファンタジーなのも。全ていつも通りだ。でも、こういう感じはいつもどおりではないな。ともかく、いつものように勝って帰る」
 様子をずっと観察していた時枝・悠(ga8810)が締める。
 それでは早速仕事を開始してもらおう。


●迎撃

 能力者は軍が敷いた防衛線を防衛するため。
 以下のように分散した。
  
 中央 ジーラ、瓜生
 左翼 時枝、ブレイズ
 右翼 フェブ、恭里


 雨の中、戦闘は始まる。
 傘ビーム、傘衝撃、ニャーニャー傘アタックなどは、能力者の活躍もあり撃退される。 しかし、長靴を履いた猫の撹乱もあり、決定的な勝敗には至らない。
 戦闘は小競り合いのまま終始するかと思われた。
 だが、状況は変わる。
 防衛線を守る壁になるため均一に分散した能力者に対し、指揮をしている思われる猫紳士人は自ら十ニ匹の猫人を率い、中央部分に圧力をかけ一点突破を試みる。
 ここを突破されれば、街への侵入、被害が出るのは必死。
 今まさに猫人キメラ襲撃戦において、最終局面が始まろうとしていた。



 降る雨に前が見えない。
 時折、銃声が近くで聞こえる。きっと仲間が戦っているのだろう。
「来ないね」
 ジーラの呟きが雨音に消えた時。
 ──来た。
 ジーラはアルファルを構え一匹に向けて射るが、数体の猫が左右を挟み、傘と爪で襲う。ジーラは接近された事に気づくも回避できずに切り裂かれた。様子に気づいた瓜生は援護のために盾の背後よりエネルギーガンで威嚇射撃する。打ち込まれる衝撃に呼応するかのように味方の陣後方より乱射。猫は一時的に退避するが、新たな猫が現れる。
 瓜生もジーラも接近戦は不向き、このまま圧迫され続けるといずれは突破されるのは明白。左右両翼の四人の動きが勝敗を決する。
 中央を攻められた場合包囲する予定ではあったが、同時に左右両翼に水飛沫を上げて接近する長靴の姿。
 左翼で戦いを演じていた時枝とブレイズは敵の動きが変わったことに気づいた。
「中央に行ったか? 援護しないとこりゃやばいぜ!」
 赤に染まったブレイズが拳を強く握る、が、
「そう簡単にはいかないようだ」
 冷静に時枝が分析した。
 視界にちらちらと入るのは以前より機動力が増したようにも見える長靴を履いた猫。
 この間、時枝は気づいている。二人は格闘特化型。機動力に乱されれば負けることはなくとも勝つのは難しい。
 彼女がそう思っているのを見透かすようにブレイズの懐に猫が高速移動。ブレイズは力任せに攻撃を繰り出すが打つ一撃、穿つ敵はすでにいない。
 このまま中央を向かっても下手に動くとこちら側を突破されかねないことに二人は気づいた。
 濁る視界、雨がさらに強まる。
 右翼も同じような状況だった。
 滴る刀身に視線をやり、フェブは月詠を振り上げると同時に空を翔けと地を走り、上下より猫が駆ける、応えとばかりに切り下ろした刃で一匹を地に伏すが他方、這う傘に彼女の逆立つ髪が血に塗れた。

「猫パンチか? 効かんぜ、んなのはよ!」
 猫の一撃を回避したあと恭里は気づいた──重いな。
 右腕に巻いたリボンの重さに。水を吸ったリボンは物理的にそれほど変わったわけではない。だが、彼女はそっと指先で触れる。この重みが自分にとって戦う意味である事を忘れないために。
 雨の下、蛍は飛ばない。
 けれど彼女の持つかがり火は淡い輝きを燈している。 
 一点を見据え。刀を構える。軸足に力を込める。襲う猫どもを睨みつけ、刃で円を描き恭里は全てを断ち切る。


 中央。
 援軍無き中で、ジーラと瓜生は健闘していた。
「なかなか可愛いですね。ああいうの作れるからバグアについたって人、いるかも」
 瓜生は倒れた猫を見て呟く。
「うん、だけど今は可愛がってる状況じゃないよね」 
 傷だらけのジーラが笑った。
 一時的に退避した彼女達、束の間の休息を取り、静けさの中で次の攻撃を待つ。
 果たして耐えられるのだろうか? やって来るのは招かれざる紳士と猫人達。
 紳士は白い傘を差し、いらつくほどゆっくりとした速度で歩んでくる。
 傘が視界に入ったのを確認した後、瓜生は残る練力を使いレイ・エンチャントを自らに施す。これが最後だ。
 弦を引いたジーラも本体ではなく突撃してくるであろう猫人に狙いを定め、影撃ちで数を減らすことに決めた。

 左翼。
「あんたは行け、退却も全滅も、多分同程度に無意味だ。だから、私は意味のある結果を残したい」
 時枝はブレイズに語った。
「だけど、独りで大丈夫なのか?」
 ブレイズは納得できない。ここで味方を残していくのは負けるように気がした。
「言ったはずだ、意味を求めるためには、それが必要なのだ。ここは私に任せてもらおう」
 左眼の光が彼女の意思を告げている。ブレイズは自らの想いを飲み込んだ。
「死ぬなよ」
「猫程度に殺されはしない、次に攻撃したあと走れ」
 時枝は自らのニ刀に最大限の練力をつぎ込んだ。収縮する力の波動が脈打つ、長靴猫が近づく間合いを感じ、彼女の刃は風に乗せて撃つ。
「行け」
 ブレイズが駆け出す。
 猫がブレイズ追うが時枝は衝撃で再度、斬る。
「油断も躊躇も加減もしない。膾に刻んで犬の餌だ、来い化け猫」 
 猫は彼女を敵と視認した。
 

 右翼。
「やれやれ、おねーさんが一肌脱ぎますか」
 一時的に敵の攻撃が引いた後、中央の援護に向かうためにフェブが独りで残敵を一掃すると恭里に告げた。
「俺が残る」
 だが素直に言う事を聞く恭里ではない。
「よし、質問。キューリと私どっちが強い?」
「フ、フェブだな」
 確かに、二人の実力差はかなりある。
「そういうこと、ちゃちゃっと片づけてすぐに後を追うから、行きなさい」
 口調は柔らかだが、反論は許さない。恭里は鋭い視線を感じた。
「わーった、まったくこえーネーちゃんだ」
「猫はさ、怖いもんだぜ。少年少女」
 フェブは恭里と共に中央へ駆け出した。当然猫が追ってくる、立ち止まって振り返ったフェブは自らの柄で肩を叩き凝りほぐしあと、目前にいる猫の姿を確認。
 自らを奮い立たせるかのごとく、
「どちらが本物の猫か勝負しようとしようぜ、偽猫さんたち。さあ戦争の開始と行こうか」
 発する猫は一匹、血と水飛沫に吠えた。



 中央。
 善戦していたジーラと瓜生であったが、猫紳士の見敵必殺・高速移動の前に苦戦を強いられていた。
「ガンバッタのになあ、世の中の不条理さを感じます」
 瓜生は素直な感想を述べたが、もはや二人で支えるのは無理だ。
「ボクもアイドルばっかり、やってる場合じゃなかったかな」 
 確かに傭兵の本職はアイドルではない気もする。
 そんな二人の愚痴など気にもせず、ついに──線の一部が破られた。
 後方の軍の陣地へ突入する猫人の一部、だが二人の相手は猫紳士。
 このふざけた猫紳士を止めないと被害は増えるだろう。
 雨が弱まった。
 ジーラは弓を構えた。
 猫紳士の後方、ゆっくり歩いてくる影がある。
 どこかで見慣れた姿だ。
 影が両手を掲げる。
 猫紳士が振り返る。
 ジーラは矢を放つ、瓜生も銃口を向ける。
 紳士が回避。
 影は拳を突き上げる。
 赤い影ブレイズ駆け出す。
 紳士は傘から射撃。ブレイズは豪力発現ダメージを物ともせず接近。
「捕獲、完了」
 ブレイズは懐から試作型機械剣を取り出す。剣が可動する同時に光の刃が生まれた。
 その紳士を援護する三毛と黒猫が動く、しかし立ちはだかるのは
「おら、お前らはもう袋の猫だよ!」
 恭里だった。

 
 雨が止んだ。
 軍の防衛線に立つヒューイは自らの周り、倒れた部下を見つめている。
 猫キメラは能力者の活躍により全滅した。だが、結果部隊の過半数も失っている。
 ヒューイは自らの行動が正しかったのか、疑問を持った。
 上司の言にも理がないわけではないのは知っている。この戦いに何の意味があったのか? 初めから意味などなかったような気もする。
 その真実を持つかどうか別として、一つの解答を携えて彼の前に猫がやって来た。
 ヒューイの疑問に対して、彼女は彼女なりの真実で語る。
「私は本気で正義の味方をやってるつもりですよ。その力を持てたから軍を辞めた」
「けれど、正しいことをするだけが良い事なのか、誰かを救うために犠牲が必要では何の意味がないのではないですか?」
 ヒューイの問いに、フェブは一瞬顔を曇らせるが
「意味の有無など関係無い。結果として救えない者が居たとしても、したり顔で最初から可能性を諦めるのは、嫌なんですよ」 
 可能性。
 その言葉のためにヒューイは戦っていたはずだ。
 意味があるかどうかよりも、自ら意味を作り出すことがきっと。
「可能性」
 ヒューイが呟いた。
「希望とも言いますね」
 瓜生が言った。
「やっぱり猫は可愛いほうがいいよね、あのシルクハットもったいなかったかな」
 ジーラが笑った。動物好きの彼女としてはそれが本音だろう。
「無理をしても仕方ないさ、頑張ろうぜ、街は守れたんだし」
 ブレイズが頷いた。
「そういえばフェブが晩飯をみんなに奢ってくれるそうだ」
 恭里はある約束を思い出した。
「そうです猫なら、まだここにいるじゃないですか」
 瓜生が音頭を取った。
 みんなの視線がフェブに向けられる。
「にゃ、にゃんだってー! 報酬を全部使わせるき?」
「ゴチになります!」
 晩飯戦争の開始。
 逃げ出す猫であった。
「まあ、こういう平和がいつもの事になればいい」
 時枝はいつものように、その光景を眺めて言った。



 戦いが終わった後。
 事後処理を終えたヒューイはメーメルの元を訪れる。
 ドアをノックするのに多少の勇気が必要だったが、
「ハミルトンです」
「入りなさい」
 狭い部屋に二人は対峙する。どちらの想いが強いのか分らない、だがお互いゆずる気はないようだ。
「帰還しました」
「無事帰還して何より、報告は聞いています。それで貴方の言う可能性に意味があったのかしら?」
 メーメルは淡々と聞く、ヒューイは努めて感情を押し殺し言った。
「ありませんでした。でも俺は諦めるつもりはありません」
「戦争は結果が全てです。そういえば少尉、僕は辞めたのね」
「俺は負けない、貴女とは違う‥‥」
 冷ややかなメーメルの態度にヒューイは挑む、
「そう、頑張りなさい。用件はそれだけかしら?」
「失礼します!」
 乱暴にドアを閉じるヒューイ。
 その姿を見送ったメーメルはデスクの引き出しを開けた。
 取り出した古ぼけた写真立て、一枚の写真をおさめたあとて見つめる。
 彼女が何を思っていたのかは分らない。
 しばらくするとメーメルは机上の書類に目を通す、そこらあったのは、
「濡れ濡れ猫音頭、識別番号5119に授与せよ? ひどいセンスね」
 その後、書類は無事廃棄処分されたと言う。


 了