●リプレイ本文
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この会戦において帝国軍が投入した戦力は、艦艇数13万隻。総動員数は3500万人に上る。
対して同盟軍は艦艇数11万5300隻。動員されたのは9個艦隊。総動員数は3000万人を軽く超える。これは現在宙域に向かってきている練習艦隊や、辺境から緊急招集した警備艦隊なども含めた数である。それだけ手を尽くしたにも関わらず、同盟軍は数的には劣勢であった。
加えて、同盟軍には致命的な弱点が存在していた。それは、連携である。
「元帥は束縛を好まない。私達だけでなく、他の艦隊にも積極的に指示を出さないのもその為よ」
「なるほどねぇ。で、我らが司令官閣下はどうなさるおつもりで?」
「ちゃかさないでオルコット君! ‥‥私達の行動方針は先程の会議で話した通りよ」
第8艦隊旗艦「ミシェル・ネイ」の司令室では、司令官であるロシャーデ・ルーク(
gc1391)中将と、分艦隊司令官リック・オルコット(
gc4548)准将が言葉を交わしていた。別段方針等で口論しているわけではない。むしろその弛緩した空気は恋人の逢瀬のようであり、実際そうだった。だが、その2人も数時間後には戦火の中に身を置かなければいけない。
「‥‥そろそろ戻らないといけないな」
「そうね‥‥気を付けて」
「お互いに、な」
そう言って、二人はどちらともなく唇を合わせる。
この時、二人は知らなかった。その口づけが、二人にとって生涯最後のものになるという事を。
「まったく‥‥面倒な役回りだぜ‥‥」
第1艦隊司令官であるアンドレアス・ラーセン(
ga6523)中将は艦橋で溜息を吐いた。司令官、といっても今はその肩書きに代理とつく。
最年長大将だった第1艦隊司令官が首都星出発直前に急病で倒れ、いきなりお鉢が回ってきたのだ。
その年齢は前司令官と違って非常に若く、また口も悪かった。先ほどもカプロイア元帥のところにわざわざ出向き作戦の進言を行った。尤も、途中からけんか腰になってしまったため部下が引っ張って連れ帰ってきたのだが。
そんなこともあって前司令官とは常に衝突していた。
にも関わらず分遣隊隊長を任され、倒れたあとは司令官に抜擢されるところは信任が厚かったと考えるのが正しい。それを裏付けるエピソードとして、こんなものがある。
ある酒の席。とある士官がラーセン中将の先祖が海賊だったことから「あれだけ若くして手に入れた現在の地位も、我々から海賊らしく卑劣に奪い取っていったものだ」等と大声で話していた。そこにたまたま通りがかった司令官はそれに対し「確かにその通りだ。彼は地位を手に入れた。海賊らしく‥‥実力でな」と、述べたという。
その話が事実だったかは定かではないが、少なくとも彼の地位がなんらかの策謀によって手に入れられたものではなく、彼自身の実力によって手にしたものであるのは言うまでもなかった。
「第2艦隊司令から先程の通信に対する返答が届きました。陣形は全体の中核に付ける予定とのことです」
「了解した。こちらの艦隊もそちらに合わせると伝えてくれ」
この様に、自由主義な元帥が総司令官であるために、各艦隊司令官はそれぞれの判断で自身の立ち位置を決定していた。それは、軍隊としては異質と言えたが、その分司令官は自分たちの持ち味をフルに発揮することが出来るという側面もあった。
第21艦隊を指揮するクローカ・ルイシコフ(
gc7747)少将もまた、ラーセン中将と同様に、非常に若い指揮官である。少将は元々新技術・新兵器が日夜投入される試験艦隊の指揮官であった。この試験艦隊をいくつかの正規艦隊と合わせて再編したのが第21艦隊なのだ。
ここで一つ、問題点があった。その性質上第21艦隊は老朽艦や新鋭艦の入り混じった艦隊である。
少将の言った「よぼよぼの婆さんから初陣の処女まで‥‥まるで観艦式だな」とは、この艦隊の状況を上手く表している。
それは戦艦だけではなく、その将兵が技術士官上がりと元々前線指揮官だったもに2分されているため、彼らの性格・方針の違いにより軋轢が生じている。これらをまとめ上げるのは、むしろ老齢な指揮官の方が優れていただろう。
「第1分艦隊は第14艦隊の援護に差し向けて。第2分艦隊は左翼細外部からデブリ密集部に浸透して警戒待機だ」
そんな、気難しい艦隊であるにも関わらず、ルイシコフ少将の指揮は精確であった。元々の部下であった第1分艦隊は言うまでもない。少将の根底にある好戦的な一面が、たたき上げであり、血気盛んな猛将の支持を得る結果になっているのかもしれない。
一方、部下と上司の関係が上手くいっていない艦隊も存在していた。
「ええい、勝手にしろ!」
顔を真っ赤にして声を張り上げたのは第25艦隊司令官。その対面には不敵な笑みを浮かべながら敬礼をする男。第25艦隊第4巡航戦艦分艦隊を預かるレインウォーカー(
gc2524)大佐だ。
レインウォーカーはそのまま司令官の前を辞すると横にいた腹心、夢守 ルキア(
gb9436)と共に歩き出す。
「また怒られちゃっいましたね」
「ボク達は嫌われ者だからねぇ。ま、仕方ないさ」
第4巡航戦艦分艦隊は模範的な軍人とは程遠い扱い辛い者達で構成されている。その為か、中将からはひどく嫌われており、その艦隊規模も正規の分艦隊より小さい。
「さて、となるとどうするかなぁ。何か策はあるかい、ルキア?」
「戦場にはデブリが多い。大艦隊で動くよりは‥‥」
「‥‥遊撃的に動いた方がいい、か。艦に戻ったら早速作戦詳細を纏めて貰おうかなぁ」
「了解しました、准将殿」
この戦場にいたのは、彼らの様に艦隊司令官だけにはとどまらない。
第11艦隊所属、天級突撃強襲揚陸艦「スカラムーシュ」
「攻めるは敵旗艦のみ! お前たち、ぬかるんじゃないぞ!」
「「「おお!」」」
陸戦部隊「切り裂く薔薇(ローゼンリッパー)」を指揮する美具・ザム・ツバイ(
gc0857)大佐は、副官である美空(
gb1906)中尉を傍らに置きながら、そう声を上げた。それに呼応した同部隊員。そこにいた彼女たちの顔は、美具、美空と同じ顔の者ばかり。彼女たちはバグアによって、あるいはその技術を利用して同盟側で作られたクローンたちであった。その総数は2万にも及ぶ。
「各機、出撃準備は怠るなよ!」
第5艦隊に所属する航空隊隊長、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)中尉もまた、自身の航空隊出撃の準備を行っていた。尤も、火力の低い艦載機も、敵艦に接舷しなければその力を発揮できない陸戦隊同様、この会戦において出番があるかはまだ分からなかった。それを知っているのは、あるいは彼ら、彼女らの上に立つ司令官次第かもしれない。
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帝国歴492年、宇宙歴885年、1月10日。15:30。両軍の前衛部隊が互いを射程距離に収めた。
「ファイヤ!」「ファイエル!」
両軍の前衛部隊は互いに主砲を発射。戦闘は開始された。
(BGM:ショス○コーヴィチ「交響曲第5番・第4楽章」)
前衛となっていた艦隊は、どちらも5個艦隊。加えて、両軍とも総司令官の艦隊は後方に配置されていた。図らずも取った戦法は両軍とも同じ‥‥尤も、帝国軍側は総司令官の統制によって、同盟軍側は各艦隊司令官それぞれの思惑によって、という違いはあるが。
「全艦、攻撃は効率的に行え! ‥‥分艦隊の配置は?」
「抜かりはありません」
その報告を聞いた第11艦隊司令官、榊 兵衛(
ga0388)ことヒョーエ・サカキ中将は腕を組みながら、静かにうなずいた。
ここでミスターSなり三姉妹のいずれかなりをうち倒す事が出来れば、今後の戦争に有利になるのだろう。
(ここは勝負の掛け処だな)
彼の用いた策。それが花開くまではまだ数時間の時を必要とした。
第8艦隊は同盟軍右翼に位置していた。
「皆、この戦いに勝って地球へと戻ったら、子や孫にこういいなさい。『自分はフォーカントリーに行ったんだぞ』と」
ルーク中将はそう言って旗下の兵士の士気を鼓舞する。だが、同時にその言葉は、この会戦が未だかつてない程激しいものであることを予感させるものだった。
加えて第8艦隊は艦隊の一部を元帥の防衛に、またオルコット分艦隊には別行動を行わせている。その為、その総数は7000隻にまで落ち込んでいる。対して、この艦隊の正面に位置することになった敵左翼部隊。その総数は約1万と思われる。
全面攻勢に討って出られたら、非常に危険な状態であった。
その横に配置されているのは第3艦隊。防御の厚い艦と機動力の高い艦で構成された打撃艦隊だ。
この艦隊の一つの特徴としては、そこに配備された特殊試験艦「ヘイルストーム」だろう。
「さて、呼ばれもしないのに迷惑な客人のご登場だ。『セリア』、いけるな?」
『Yes、Master。丁重に歓迎した後、お帰り願いましょう』
ヘイルストーム3番艦の艦長を務めるヘイル(
gc4085)は、その戦闘補助AIであるセリアと言葉を交わす。AIセリアによる情報処理による付近の艦との一斉砲撃で、敵艦隊に対応していく。
その後方には第21艦隊の直衛艦隊が位置する。ちょうど第3艦隊の正面に位置する艦隊。それが攻撃を得意とするカケル・ヤマシロ上級大将の艦隊であり、それを押し留める支援をするためである。
「編成は指示通りに頼む」
中央に配置された第14艦隊司令官、クラーク・エアハルト(
ga4961)中将は部隊を全部で5つのグループに分けて編成している。
「前衛艦隊、敵の攻撃を食い止めろ。後衛艦隊の動きはどうか?」
「準備は出来ております。始めますか?」
「いや、まだだな」
エアハルト中将は3グループを前衛。そして以下中衛、後衛と艦隊を分散。前衛には敵の攻撃を受け止めながら後退させ、中衛にはそれをカバー。その間に後衛艦隊を敵側面に回り込ませる予定だった。しかし、敵は現在戦線の維持に務め、積極的に打って出ようという気を見せない。
「敵に合わせてやるのも癪だが‥‥まだ戦いは始まったばかりだ。焦ることはないさ」
「なるほど。了解しました」
頷く参謀。現在第25艦隊から派遣されてきた第1分隊も艦隊の援護を行ってくれている。数的にはかなり有利な状態を保てている。動く必要は無かった。今は、まだ。
中央から、第25艦隊を挟んだ最左翼に位置しているのは第11艦隊だった。
「どうしますか、中将」
参謀からの問いに、ヒョーエ・サカキ中将は瞑目しつつ口を閉ざす。中将の作戦方針としては『突撃』するのが選択としては妥当。だが、前衛に位置している他の3艦隊はどれも受けの態勢。
「ここで我が艦隊だけ突出しても集中砲火を浴びるだけだな。今はこのままでいいだろう」
「了解いたしました」
サカキ中将の作戦を成功させるためには乱戦という状況が必要になる。だが、敵も味方も動かない状態では動きようがない。
「‥‥それにしても、敵は何故動かない?」
それはサカキ中将のみならず、すべての前線指揮官が持ちえた疑問であった。
「彼我の戦力差を考えると一気に攻勢に転じてもおかしくないはずなんだが‥‥」
そう考えを巡らせる辰巳 空(
ga4698)ことソラ・タツミ中将の第二艦隊は全体の中央に位置していた。本来はその中でも最前列に位置する予定だったが‥‥
フォー・カントリー宙域は非常に大きな空間である。だが、そこに両軍合わせて10に届こうかという艦隊が存在しているのだから、行動が制限されるのも当然。そこで、自身の艦隊は1.5列目ぐらいの位置で第1艦隊と共に中衛的な動きをすることになった。
「コロナ級を前に出して防御を固め、その隙間から吼天級での砲撃を行え」
ここはどちらかと言えば防御中心。後ろに存在しているのは味方総司令なのだ。抜かれるわけにはいかない。
「これで、当面負けない戦いは出来る‥‥けど、勝てるかどうかは‥‥」
それは他部隊の戦果次第、となるだろう。
「第2艦隊は動かないか‥‥俺達もこのまま遠距離砲撃で敵の防御力を削るぞ」
最前線が頑張っているおかげか、第1、第2艦隊とも大した被害は出ていなかった。
尤も、被害が出た時の為にラーセン中将はいくつか手を講じてあったのだが‥‥
「この分だったら、余計な手間だったかもなぁ‥‥」
言いながら手元の煙草を口に咥える‥‥前にそれを副官に取り上げられ、ラーセン中将は戦闘終了までそれを手にすることができなかった。
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戦線が膠着状態に陥ってからすでに10時間が経過していた。
前線で戦う各艦隊が相手の攻撃を誘い、反撃をくらわす。そう言った防御的戦術構想を持ち合わせていたのだが、対する帝国軍は彼我の距離を詰めようとはしない。
「主戦闘宙域を固定する、っていう目的は達せてるからいいんだけど‥‥どうにもやりづらいな」
ルイシコフ少将はそんなことを艦橋で呟いた。
無論この間何もやっていなかったわけではない。特に大きく動いたのは第25艦隊だ。
「上方からの砲撃? どうして接近に気づかなかったのよ!」
「ハッ! 敵がデブリに紛れてこちらに接近したようで‥‥しかもその数は極めて少なかった模様」
部下に怒鳴り声を上げるアサキ・サカキバラ上級大将。
この攻撃は、レインウォーカー大佐率いる第25艦隊第4巡航戦艦分艦隊によるものだった。
分艦隊は少数である利点を生かし、サカキバラ艦隊の天頂方向に存在したデブリに身を隠す形で射程まで接近。これにはルート選定を行ったルキアの功績が大きい。
こうして、レインウォーカー大佐の分艦隊は艦隊上方から奇襲。ペインブラッド級巡航戦艦からの広範囲殲滅兵装ヴォルテックスマッシャーによる砲撃で、少数ながらも被害をサカキバラ艦隊に与えることには成功した。
「さて、次はどうするの?」
「無論、再度攻撃を。このままサカキバラ艦隊を誘い出す」
誘い出すまでは出来なくとも、このまま攻撃、離脱を繰り返すことでアサキをイラつかせることが出来る。そして、ひいては友軍が作戦を遂行する時間を稼げる。それが狙いだった。実際、彼らの所属する第25艦隊はサカキバラ艦隊の正面に位置していたが、サカキバラ上級大将の巧みな艦隊運用で多大な出血を強いられていた。その戦線を立て直すちょっとした隙を作るには十分だった。
だが、相手は1万を超える艦隊。そしてこちらはたかだか50隻の分艦隊だ。
この10倍の数がいればその戦果は10倍にはとどまらなかっただろうが、結果としてその成果は被害を与えた程度が限界だった。
「広範囲に攻撃可能な砲艦ってところか‥‥小賢しい蠅ね。ダメージを受けた艦艇は下げて。代わりに、デブリ方面に装甲の厚い艦を配置。それと砲艦も」
こうして、即座に対応策を講じたサカキバラ上級大将。2度目の攻撃をしかけた第4巡航戦艦分遣隊はその高い攻撃力を以て4隻の戦艦を瞬時に撃沈。だが、防御艦の間を縫って撃たれた砲艦からその20倍に相当する数からの反撃にさらされ、壊滅的打撃を受ける。生存したのは巡航戦艦リストレインの他中破した戦艦数隻のみだった。
この様に仕掛けはするものの、敵はそれに対応するだけで大きな動きは未だとってこなかった。
「‥‥前衛の損傷した艦は一時後退。減少した艦艇は中衛から前に出して補うぞ」
第14艦隊を始め、各艦隊では負傷した将兵の後送や傷ついた艦艇の後退、修復などに追われていた。無論、前方には未だ敵艦隊が存在しているわけだから、指揮官を始め将兵の疲労は計りがたいものであったに違いない。
そんな中、カプロイア元帥の直衛艦隊からデブリを挟んだ後方に位置していた2艦隊は、そう言った苦労とは縁の無い時間を過ごしていた。
第5艦隊第5高空戦隊司令官、秋月 祐介(
ga6378)ことユースケ・アキヅキ少将は後方で無為に時を過ごしていた。
士官学校時代から空母畑の秀才だったが、航空至上主義という、ある意味この時代においては変わった思想からだろうか。上層部からは扱い難いとされ新型空母の航空戦隊司令に回されてしまう。
名目上は昇進だが、艦隊内での指揮継承順位は低く、半ば飾りである。
戦闘が始まってからはそれでも何度か作戦に関しての提案を行っていた。特に奇襲対応について。だが、それらの意見具申も蹴られ、現在はただでさえ後方に位置している艦隊の、更に後方に回されてしまっていた。
「しかたありませんね。少将は口がお悪いようですから、上の人も扱いにくいんですよ」
「‥‥自分は言うべきことを言っているだけだ」
同艦所属の航空隊隊長、ユーリ・ヴェルトライゼン中尉の言葉を聞いたアキヅキ少将は、不服そうに反論した。
「実際、艦隊全体の意識が低すぎる。デブリを挟んだ向こうでは戦闘が行われてるっていうのに‥‥」
「まぁここは軍ですから、上には従うしかありませんよ」
「ふん‥‥まぁ、そうしないと将来年金にもありつけないしな」
「そういうことですよ」
そんなアキヅキ少将と同様不遇をかこっていたのは、やはり後方に配置された第19艦隊副指令補佐である日野 竜彦(
gb6596)ことタツヒコ・ヒノ准将である。
直属の上司である副指令はともかくとして、少なくとも司令官には嫌われているようであり、乗艦であるタマモ級高機動戦艦「ベルンシュタイン・ドラッヘ」と共に旗艦周辺からは大きく外れた位置に待機させられていた。
(敵の前衛と後衛の距離がかなり離れているみたいだ。これでは後衛が何か動きをとっても察知が遅れる‥‥)
そう思い数度に渡って上司である副指令を通じて第19艦隊司令官に警戒の進言を行っていたのだが、未だに最低限の警戒行動のみしか行われていない。
冷遇もいいところだが、軍は上下関係が厳しい。上司に嫌われている以上こうなっても仕方ないと、ヒノ准将も半ばあきらめていた。
ただ、だからと言って何もしないわけにもいかない。ヒノ准将は部下に命じ、戦闘宙域の状況確認は逐一行っていた。
‥‥レーダーに艦隊の反応があったのは、そんな時だった。
「やれやれ、また新しい援軍か? ご苦労なことだ」
第5艦隊司令は軽くため息を吐く。この10時間の間に、すでに2度援軍が到着していた。今回もそれと同じだろう。そう司令官は鷹をくくっていた。
「‥‥これは!」
「どうした?」
「艦艇数およそ3万! 敵艦隊です!」
「何だと!?」
その表情は、一瞬にして蒼白へと変わった。この方面への敵部隊侵攻はまったく予想していなかったのだ。
「敵旗艦識別‥‥これはミウミ・テルヤ上級大将の艦隊です!」
「な‥‥奴は敵の最後尾についていt「直撃、来ます!」
次の瞬間、第5艦隊旗艦はこの世から永遠に消滅することになった。
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「第五艦隊旗艦撃墜? そう‥‥ラプラスには繋げない?」
「難しいかと‥‥」
ルキアは思う。私なら空母を優先的に落とす、と。
そうなるとアキヅキ少将は‥‥だが、今はそれを考えている余裕は無い。この残された数隻だけでも生かすために、彼女はまたルート割り出しを始めた。
「‥‥そろそろ時間だね」
ミスターSが呟く。それと共に帝国軍前衛の5個艦隊が急速に前進を開始した。これは同時にテルヤ上級大将他、2個艦隊が後方の同盟軍部隊を奇襲したのとほぼ同時だった。
(BGM:ストラ○ィンスキー「組曲『火の鳥』より、カスチェイ王の魔の踊り」)
「司令官閣下、敵が前進してきます!」
「やはり、来たわね‥‥」
敵が全面攻勢に移ったことで、各艦隊の被害が一気に増大していく。本来であれば、このタイミングで第1、第2艦隊の援護があればよかったのだが、この時後方では奇襲による混乱が発生している。ミスターS元帥は、まさにこの状況を狙って作戦を立てていたのだ。
「‥‥第1陣突破されました!」
第8艦隊では、早くも艦隊の第1陣が突破され、そのまま次の第2陣へ砲火が及び始めた。無論中将はこうなることを理解していた。だからこそ、策を立てていた。
「よし、そのまま突破された艦隊は左右に展開。敵をこちらに引きずり込む!」
このまま敵を引きずり込み、敵に突破されたように見せかけた艦隊を左右に分散させることで包囲殲滅する。それがこの作戦の狙いだ。
「前衛艦隊、そのまま敵を引きずりながら後退! 後衛艦隊に出番だと伝えてくれ!」
「了解しました」
第14艦隊も作戦は似た形になる。とにかく敵に、自分たちが押していると思わせ、こちらに引き込んでいく必要がある。
第3艦隊も同様だ。
「呼ばれもしないのに迷惑な客人のご登場だ。『セリア』、いけるな?」
『Yes、Master。丁重に歓迎した後、お帰り願いましょう』
艦長であるヘイルと、その戦闘補助AIの会話。第3艦隊は、敵からの攻撃を受け分断の危機にさらされていた。いや、そう見せていた。第3艦隊もその作戦はまず敵をこちらに引きずり込むことにあったのだ。
「接近してくる‥‥とはいえこんな散漫な砲撃ではな。全艦、良く狙っていけ!」
味方艦隊と逆の手に出たのは第11艦隊だ。第11艦隊はそのまま敵右翼艦隊に突撃していく。
「いいぞ、このまま乱戦に持ち込め!」
本来この指示は無謀なものだ。総数は敵艦隊の方が多いのだ。だが、サカキ中将には作戦があった。
全速で敵に突っ込んでいく第11艦隊。距離が0に近くなり、同時、両艦隊は艦載機を発進させていく。
「期は熟したな‥‥機動分艦隊に命ずる。敵を蹂躙せよ!」
「よし出番だな!」
その指示に従い、第11艦隊の分遣隊が動き出す。
「こういう投機じみた作戦もたまには悪くないぜ。上手く当たれば戦局をかなり動かせるはずだし、いっちょやってみるか!」
ヒョーエ中将旗下、威龍(
ga3859)ことウェンラン准将の率いる分遣隊が、敵艦に肉薄。近距離での砲雷撃戦を展開する。
快速艦艇でのみ構成された艦隊は、乱戦という状況も相まって敵の狙いを躱しながら着実に戦果を上げている。だが、彼らの目的はそれだけにとどまらない。
「よし後はお嬢様方を無事に敵艦へエスコートしてやるだけだな。それくらいの甲斐性を見せろよ、各艦!」
彼ら分遣隊の攻撃に紛れ、3隻の艦が突撃していく。
美空中尉の強襲揚陸艦「イングロリアスバスターズ」だ。揚陸艦は雷撃艇の援護を受けながら、敵旗艦に接舷。
「美空たちの命運、この一戦にありなのであります! 全兵突撃!」
内部に侵入した美空たちローゼンリッパ−隊はバグア側の技術を用いて作られたクローン兵である。美空クローンはその中でも射撃戦に長けた部隊である。だが、宇宙戦においてそれは活かされているとは言い難い。なぜなら、艦内で強力な火器類を使った場合、それらによって艦が爆発する可能性がある。そうなると当然艦に突入した将兵も死に至る。結果彼女たちが出来るのは火力を抑えたマシンガンレベルの装備に限られる。
それでも、パワードスーツを着込んだ彼女たちの戦闘力は敵一般兵と比べれば非常に高いものである。その戦闘力を以てして艦内の戦闘兵を片っ端からなぎ倒していく。
「クソ、白兵戦だ! 全員白兵戦の‥‥」
敵右翼艦隊司令官の叫びと、新たな衝撃音が発生するのは同時だった。
「何事だ!」
「新たな強襲揚陸艦です!」
美空たちに続いて、強襲揚陸艦「スカラムーシュ」が旗艦に接舷した。
このように停滞から一気に状況が加速し始めた戦場。そこから外れるように、両翼のさらに外側を進む2つの艦隊があった。
第21艦隊第2分艦隊及び、第8艦隊分艦隊。この2つの艦隊の働きが、今回の戦争の行方を大きく左右することになるのを、彼らはまだ知らなかった。
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乱戦に持ち込んだのは良いものの、第11艦隊は近接戦ではやや不利な戦況となっていた。
「艦載機でのドッグファイトは我が方が不利です。ここは艦の防空のみに専念させた方がいいでしょう」
「分かった。空戦隊は後退を‥‥アキヅキ少将でもいてくれればもう少しましだったかもしれんが」
サカキ中将が口中で呟いた名前の男、アキヅキ少将はその頃、座乗艦ごと砲火のど真ん中にいた。
「くそ、だから奇襲への対策を立てろとあれ程‥‥」
だが、言っていても仕方ない。アキヅキ少将はすぐさま旗艦へと連絡を取り付ける。しかし、反応は無し。最初の一斉砲撃で撃沈されてしまったのだろうか。
(この艦は旗艦とは離れていたから攻撃を免れたか‥‥嫌われるのも、偶にはいいかもしれない)
しかし、これからどうすべきか。
このままでは艦隊が四散し、本隊は後方からの奇襲を受けることになる。
一瞬の思案の後、アキヅキ少将は決断する。
「‥‥全艦に打電! 『我レ此ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル』とな!」
なまじ乱戦になってしまったからこそ、空戦での対処が適当だろうとの判断。ただ、この時アキヅキ少将は知らなかった。現在艦隊における最高位は自分となっているという事実を。結果、航空戦の指揮をとりながら部隊の再編と艦隊指揮まで取らされることになるとは、夢にも思っていなかっただろう。
第19艦隊も混乱の極致にあった。
「や、やはり奇襲の警戒を行っておくべきだったのでは‥‥」
「ヒノ准将の考えを容れておけと!? だったら何故あの時そう言わなかった!」
「その時は司令官閣下が‥‥」
旗艦における司令と副指令の口論は、敵艦隊の主砲が艦を焼くまで続けられたという。
「副指令とは連絡は取れないのか!?」
一方、乗艦であるベルシュタイン・ドラッヘではヒノ准将が必死に状況の把握に努めていた。
「准将! 副指令閣下は座乗艦に直撃を受け、現在意識不明とのことです!」
一瞬の自失。だが、すぐさまそこから立ち直り、ヒノ准将は通信回線を開く。
「全艦に通達。第19艦隊幕僚のタツヒコ・ヒノ准将だ。戦線の混乱及び旗艦の通信途絶を受け、臨時で指揮を引き継ぐ。とりあえずは別命あるまで各艦目の前の敵に対応してくれ、以上だ!」
そうは言ったものの、混乱が激しい。少しでもいい、時間が稼げれば部隊を再編する隙もできる。
「‥‥よし、このタイミングで仕掛ける。全艦、撃ち方始め!」
その隙は、思いのほか早く生まれた。
デブリ内に潜んでいた里見・さやか(
ga0153)ことサヤカ・サトミエ准将の指揮する艦隊が攻撃を仕掛けたのだ。
この艦隊は、所謂練習艦隊でありミルフィーユ宙域への練習航行を終え、地球への帰還途上であった。そんな素人に毛が生えた様な艦隊をサトミエ准将はうまい具合にまとめ、正確な砲撃で天頂方向から敵艦隊へ一撃を与えて、すぐさま離脱していく。所謂一撃離脱戦法だ。とはいえ、所詮は練習艦隊である。准将の指揮統率能力を以てしても、その艦隊運動が一糸乱れぬものにはなりえず、行動の遅れた数十隻が反撃を受け撃沈していく。
だが、これにより味方が態勢を立て直す隙を作ることには成功した。
「よし、防御の厚い艦を前に出せ! 第5艦隊と協力して敵艦隊の撃滅を計る。全砲門開け!」
態勢を立て直した第19艦隊の援護を受けた練習艦隊はそのまま追撃を避けるためにデブリに向かい、その身を隠す。
「よし、このままデブリ内を進行。味方の攻撃に合わせ再度突撃を敢行します」
800隻という数は、集団としてはそれなりの規模ではあるが、一個艦隊と比べれば些少である。正面から突撃するのは危険だ。それをサトミエ准将は知っていた。そして‥‥
(士官候補生を一人でも多く地球へ‥‥)
軍人である以上、戦う必要があれば戦わなければならない。だが、それでも一人でも多く故郷に帰したいと思う。それはサトミエ准将の優しさに他ならない。
だが、士官候補生には准将の思惑を良しとせず、国の為にもっと積極的に打って出るべきと考えるものも、無論いる。彼女はそれらの意見を掣肘することにもまた、神経を注がなければならなかった。
「よし、出てくれユーリ君!」
「了解‥‥空戦隊は俺に続いて各個に出撃してくれ!」
アキヅキ少将からの連絡を受け、第5艦隊所属の空戦隊が次々に出撃していく。
ユーリ・ヴェルトライゼンの階級は中尉。その階級は決して高いものではないが、その指揮能力には目を見張るものがあった。
「ディース! ディスィール! イェルムンガル! エルド! スクルド! 各中隊揃っているな! いいか、敵に呑まれるなよ。逆に敵を呑んでやれ!」
『了解!』
彼はドッグファイトにおいて複数機での一点集中砲火を徹底させることでその火力を補っていた。また、艦載機の特性をよく理解し、その小ささという利点を上手く生かした戦法を取っていた。
アキヅキ少将からの信認が厚いのも頷けるというものだ。
「ん〜、思ったより手こずる‥‥」
テルヤ上級大将は、腕を組みながらそう呟いた。目の前の2艦隊は、どちらも旗艦が失われ、予定ではそれで集団としては機能しなくなる。当初はそう言う予定だった。だが、実際は艦隊の指揮系統が淀みなく継承され、すでに一時の混乱から立ち直りつつある。
「やはり脅威的やね‥‥地球惑星同盟‥‥」
内心、テルヤ上級大将は焦っていた。味方は2個艦隊、敵も2個艦隊。こちらが奇襲するのに気付かれて、敵の援軍が来たら数的にもこちらが不利になる。
‥‥そして、そうなるのは時間の問題であるように思われた。
●
サトミエ准将の練習艦隊の様に自身の艦隊を上手く操り戦果を上げているのはワイドアイランド星系警備艦隊と、それを率いる鹿内 靖(
gb9110)ことシカウチ・ヤスシ准将だ。
ヤスシ准将はデブリを巧妙に利用しながら行動。側面からの攻撃という点ではレインウォーカーの指揮していた艦隊と同様。
だが、彼らの場合はデコイを射出しながらその数を水増しし、デブリ内に相当数の艦艇が存在していると偽装して敵を混乱させる。
加えて、艦隊を徐々に200隻程度の小集団に分散させることで一網打尽にされる危険性を軽減している。
だが、それでも長期にわたって敵を騙し続けるのは難しい。
「‥‥司令、これは‥‥ばれましたか」
「そのようだ。だが焦るな。このまま粘るんだ」
本来、ヤスシ准将はこれらの艦隊を引きずり密集させて機雷源に追い込む作戦だった。だが、こちらの数では追い込もうにも戦力が足りない。そして何より‥‥
「もう少し粘っていれば‥‥敵は大きな打撃を受けることになる」
モニターには各艦隊の動きが表示されていた。
(BGM:ベー○ーべン「交響曲第7番・第4楽章」)
「美空たちの命運、この一戦にありなのであります!」
敵旗艦での美空たちは奮闘していた。だが、やはり練度の問題か人的損耗が著しい。
同様にクローンであるはずの美具達は盾と炎剣であえて陣形を組む。通路を埋め尽くすような陣形には隙が無く、またこのように前時代的な戦法を取ってくるとは思っていなかった敵艦の将兵。
「く、来るなぁ!」
そう叫びながらライフルを撃つも、盾であっさりと弾かれる。そして、その隙間から援護するように撃たれた美空の攻撃で、その兵士もまた倒れる。
「‥‥ロ、ローゼンンリッパー‥‥」
バグアからの裏切り者が中心となった陸戦部隊。
この戦いで、彼女たちはその戦闘力を大いに発揮し、ローゼンリッパ−の存在を広く知らしめることになった。
旗艦に強襲揚陸艦の接舷を許した帝国軍右翼艦隊。その指揮系統は乱戦状態も相まって混乱の極致にあった。そのような状態の艦隊が第11艦隊に抗いようもない。次々と、各個撃破さていった。
「しまった、後ろを取られた!」
帝国軍中央艦隊司令がそう気づいたときにすでに遅かった。彼らの艦隊は第14艦隊の包囲下に納められ、集中砲火の的となっていた。
「温いな。こちらの策にまんまと嵌ってくれた。全艦、火力を集中しろ!」
敵に対し数が多い第14艦隊は包囲下にある敵中央艦隊の艦艇を次々と撃沈していく。
「頃合いだな。『セリア』、周辺艦とのデータリンク。目標は敵司令艦及びその周辺だ」
『Yes、Master。引き裂いてやりましょう』
第3艦隊でも同様、引き込んだ敵を包囲するように、ヘイルストーム以下機動艦群が敵艦隊の後ろを取る。だが、ここで想定外の事態が発生する。
『‥‥Master、緊急事態です。敵艦隊の火力が想定を超えていたため、包囲を突破される可能性が』
「何? ‥‥けど、今さら逆進を止めるわけにもいかない。このまま敵の後ろに喰らい付くぞ!」
『Yes、Master』
第3艦隊に突撃してきていたのはヤマシロ上級大将の艦隊。攻撃力では帝国の3姉妹で最も高いと言われている。その艦隊に当たってしまったことが第3艦隊の不運であった。
ヤマシロ艦隊は、包囲を食い破る勢いで第3艦隊を突破。そして‥‥
「来たな。吼天級、主砲斉射3連!」
突破したところで第2艦隊によるピンポイント砲撃の的となった。抜けてきた敵への備えとして、第2艦隊はすでに動いていたのだ。
他方、第8艦隊。すでに第8陣まで敵に突破を許している。だが、それも作戦だ。
「そろそろ勝たせてあげるのも限界ね。砲撃! 3方からの砲火で敵部隊を壊滅させるわよ!」
何も考えず突進してきていた敵左翼部隊は、急に両側面からの砲撃を受け、自分たちが罠にはめられたと気付く。この期に及んで前進する愚は犯すまいと、後方の敵部隊はすぐさま戦列を退きはじめる。
「敵は後退していくようです」
「良い退き際ね‥‥後退する敵には構わず、まずは分断した敵前衛を‥‥」
それは、運が悪かったとしか言いようのない出来事だった。旗艦ミシェル・ネイの真横に位置していた護衛艦がミサイル攻撃を行おうとした際、直撃を受けた。当然大きな爆発。真横にいたミシェル・ネイはそのあおりを直接受けることになった。
誘爆に継ぐ誘爆。兵員を脱出させることなくミシェル・ネイが撃沈したのは、5分後の事だった。
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(BGM:チャイ○フスキー「交響曲六番『悲愴』・第3楽章」)
一方、デブリを挟んだ後衛では、空戦隊がその機動性を活かした立ち回りで多大な戦果を上げていた。
これには、当然一時的に艦隊を預かるアキヅキ少将、ヒノ准将の的確な砲撃指示も貢献している。
こうして時間を稼がれている間に、カプロイア元帥の防衛に当たっていた第8艦隊の護衛艦隊及び第1艦隊がデブリを抜け出し迎撃に参戦。
テルヤ上級大将は敵後背をつくことを断念せざるをえなかった。
再び前衛。帝国も黙ってみているわけではない。
「閣下、敵後方に回り込んだ後衛部隊が砲撃を受けています」
「‥‥なるほど、予備戦力を動かしてきたのか。では、後衛艦隊は左右に分散。敵中央艦隊に逃げ道を与え、適度に通してやれ」
エアハルト中将の言った通り、後衛艦隊は左右に分散。そのまま中央艦隊は敵増援と合流を計る。
この増援を出したことこそが、この後の流れを決めた。
「よし、このまま合流した艦艇を再集結させて同盟の右翼方面を‥‥何?」
指示を出すミスターSの体が揺れる。艦自体が衝撃で揺れたのだ。
「どうしたんだい?」
「敵襲です、左右から挟撃されています!」
「‥‥なるほど。こちらと同じ手を向こうがとらないはずはない、か」
ミスターS元帥の直衛艦隊は、発言通り挟撃を受けていた。
「砲火を集中しろ! 全員生かして帰すな!」
艦隊の右方向からはルイシコフ少将の指示で動いていた第21艦隊第2分艦隊。
そして左方からは‥‥オルコット准将の指揮する第8艦隊分艦隊の姿。
「行くぞ野郎ども! 我らの勝利の女神が下着をチラつかせているぞ!」
「そいつは司令官閣下の事ですか?」
「あれは俺の女神だ、お前らは別のにしておけ!」
そんな冗談めかしたことを言い合いながら突撃してくる分艦隊は、その全艦艇が青く塗られていることから青色槍騎兵艦隊(ランシエ・ド・ブルー)の異名を取る。
その両艦隊がミスターSの乗艦に肉薄したのだ。
すぐさま射線に割って入る護衛艦。だが、それらはことごとく爆散する。
このまま攻撃を続ければいずれミスターSを討ち取ることも‥‥
「准将! 敵の前衛艦隊が戻ってきますぜ!」
だが、それは叶わなかった。敵の前衛部隊が被害を顧みず回頭し、ミスターSを援護しに来たからだ。
「くそ、あと一歩というところで‥‥!」
唇を噛みながら、オルコット准将は旗下の艦隊と第21艦隊第2分艦隊と合流、そのままデブリ方面に急行した。
当然敵も追撃してくるが、デブリ内で待機していたワイドアイランド警備艦隊が残っていた機雷を放出し、その行く手を阻んだ。
こうして、戦線は一気に収束していった。
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(EDテーマ)
「旗艦に肉薄されるとは‥‥耄碌したのかもしれないな。全軍本国に撤退する」
こうして、ミスターS元帥は軍を引いた。
この戦いにおける被害は、同盟軍が艦艇5万8520隻。帝国軍が6万5090隻。
被害総数を比較したとき、両軍とも同程度であったが、帝国軍の作戦目的は同盟領への侵攻にほかならず、それを撃退したという点で同盟軍の勝利と言える結果がもたらされた。しかし‥‥
「独りで呑む酒は‥‥なんかいつもより苦く感じるな‥‥」
艦隊に帰還後、恋人の死を知らされたオルコット准将は何も言わず自室に引き取った。
戦死者の数は両軍合わせて4000万を超えた。戦災孤児や未亡人の数はその倍では済まないだろう。
だが、それでも地球の政治家たちはきっと、同盟軍の大勝利として大いに宣伝することだろう。
その勝利に驕った政府が、また新たな戦争の火種になる可能性もある。だが今は‥‥今は戦いの疲れを癒す時だ。
こうして、フォーカントリー宙域の会戦は集結した。
同盟軍が僅かに勝利したという結果を残して。
第×××話『フォー・カントリー宙域の会戦』Fin.