●リプレイ本文
●護るべき偽りの英雄
穏やかな風が、森に囲まれた村にも吹き込む。
本来はこの風同様穏やかな雰囲気であるらしいこの村も、今はキメラによって犠牲を出したあとだけあってやや重い空気に包まれている。
そしてそれとは別に、ここを訪れた能力者たちの懸念事項が一つ。
「嘘も方便という言葉も有れば罪は罪という言葉も有る。中々微妙だね」
村を出発した直後、MAKOTO(
ga4693)は言う。彼女は既に覚醒を済ませており、虎の耳と尻尾を生やしていた。
「無茶をする。亡くなった人の替わりだとしても、自殺行為だな」
榊 紫苑(
ga8258)は溜息を吐き出す。
探し出すべきはキメラだけではない。村の人々を安心させるために自ら嘘という罪を背負った女性を、なんとしても生きて村に帰さなければならない。そのために今五人の能力者は、全力で道路を駆けていた。
「護衛任務。ボディーガードの本領発揮だな」
Cerberus(
ga8178)は走りながらも拳を鳴らす。彼が所持している大型バイクの使用は不可と言われたものの、キメラを倒すなら兎も角時間を稼ぐなら、既に貸し出されたバイクで先行している三人の能力者でも大きな問題にはならないはずだ。
「何も生み出さない自己犠牲なんて、無駄でしかない。だから絶対に助けます」
智久 百合歌(
ga4980)は険しい表情で呟き、竜王 まり絵(
ga5231)がその言葉に「ええ」と肯いた。
村と村を結ぶ、やや広めの道路。舗装はお世辞にも綺麗な状態とは言えないが、二台のバイクが並走して走り抜けるのに大きな支障はなかった。
「ぬー、思い詰めるなら言ってまえばええのに」
クレイフェル(
ga0435)は借用したバイクのハンドルを握りながら顔をしかめる。
「そうは言っても勇気がいるんだろうさ。非難を浴びせられた時にどうなるか分からないからな」
貸し出された二台のバイクには、共にタンデムシートがついていた。クレイフェルのバイクのタンデムシートにいるブランドン・ホースト(
ga0465)は冷静に指摘する。
「彼女が責められるのはおかしいと思うんだがな」
そう口にしたのはもう一台のバイクに跨る漸 王零(
ga2930)だ。村の人間のためにやったことを、何故責められなければならないのだと彼は思っている。
ちなみに彼のバイクのタンデムシートが今空席なのには、勿論狙いがある。
バイクを走らせることしばし、道路の真中を歩いている長い金髪の人影が見え始めた。
その足取りは、バイクから見ても普通よりも遅いと分かる。――誘いこんでいるのだ。
「――まずい!」
いち早く『それ』に気付いたブランドンは即座に覚醒し、ショットガン20を森に向け構える。
髪が肩口まで伸びた彼が引き金を引いた先には、大きな黒い影。となるとそのすぐ近くの木陰には――。
「きゃあっ!?」
猛烈な勢いで接近しつつあった女性から悲鳴が発せられる。
ほんの一タイミング、遅かった。
森から飛び出した三匹の小型の黒狼が、退路を塞ぐかのように瞬時に女性を取り囲んだ。
だがしかし、彼女は護らなければいけない存在だ。
王零は速度を緩めていたバイクを飛び降り――着地までの一瞬の間に覚醒を済ませ――自分たちとステラの間に割って入っていた小キメラの一匹に蛍火による斬撃を叩き込む!
跳躍の勢いが一撃の威力に上乗せされ、背後から攻撃を受けたキメラは大きく吹っ飛んだ。
障害が居なくなったそのスペースを、風が通り抜ける。
「何とか間に合ったようですね」
こちらも覚醒を済ませていたクレイフェルが、瞬天速で女性との間を詰めたのだ。
キメラに反応させる間も与えず、彼は女性を抱きかかえるとまた瞬天速で後退、ブランドンの傍へ連れて行ったところで彼女を下ろす。
「あ、貴方たちが‥‥依頼した‥‥」
恐怖から逃れたばかりでは舌が回らないのも仕方がない。
表情から怯えが消えぬ彼女――ステラに、言いたいことは分かる、とばかりにクレイフェルは肯いてみせた。
それから振り返り、ステラやブランドンとやや距離を置いた。灼眼でもってキメラたちを睨みつけている王零と肩を並べる。
「彼女には指一本触れさせませんよ」
「それが我らがここに来た理由だからな」
挑発の言葉を放つ二人を威嚇するように、陣形を整えたキメラたちは唸り声を上げた。
●彼女の成すべきこと
「いたぞ!」
五人の能力者たちが戦場に到着したのは、それから十分ほど後だった。
攻撃よりもステラを護ることに主眼を置いていたために深追いしたが故の大きな傷は見当たらないが、それでも先行していた三人の――特に敵の攻撃の矢面に立ったクレイフェルと王零の――消耗は激しい。
丁度戦闘は膠着したところ。覚醒したまり絵は走りながら、取り出したスコーピオンの引き金を引く。
その銃声は援軍の報せ。銃弾は小狼の目の前の地面に着弾し、飛び退ったそいつを中心にキメラたちは再度陣形を整える。
MAKOTOはスパートをかけ、一気にクレイフェルや王零よりも前に立った。他の能力者も順次戦闘に参戦する。
「彼女に怪我は?」
「無事だ。間一髪のところで間に合った」
百合歌の問いにブランドンはそう答え、ついで今まで護っていたステラの腕を引っ張る。最初よりは幾分落ち着いたステラだったが、それでもこの行動には驚いた。
ブランドンが彼女を連れて駆ける先には、乗り捨てられていた二台のバイク。今はそれぞれのハンドルをまり絵とクレイフェルが握っている。
まり絵によってステラがタンデムシートに固定されたのを確認すると、クレイフェルはすかさずエンジンをふかした。彼とステラを乗せたバイクに遅れて、タンデムシートにブランドンを乗せたまり絵のバイクも走り出す。
二台のバイクの逃走を目にした小キメラのうちの二匹が道路両脇の森へ入っていく。迂回してバイクを追うためだろう。
しかし――百合歌のショットガン20とCerberusのフォルトゥナ・マヨールーがそれぞれの進軍を妨げる。キメラの姿が草陰に隠れたために命中はしなかったが、それは織り込み済み。彼らの射撃の意味は威嚇と道路への誘い出しにある。
二人の狙い通りに、キメラは追撃をやめ能力者たちに狙いを定めるべく道路へ躍り出た。そのうちの一体は躍り出たところで、待ち構えていたMAKOTOに一撃を穿ちこまれる。
数は五対四。決して楽にとは言えない戦いが始まった。
■
アクセルを全開にしていたこともあり、二台のバイクは無事に安全地帯――村へと到着した。いつ追撃がきてもいいようにブランドンがスコーピオンを構えていたが、どうやら仲間たちは追撃阻止に成功したらしい。
「いいんですか‥‥?」
助けに行かなくとも、という意味だろう。小声でそんなことを呟いたステラに、まり絵は微笑んでみせる。
「いいんです、貴女には生きて果すべき仕事があるんですから」
彼女の言葉を聞き、ステラは目を瞬かせた。
■
「これが番犬の牙だっ!」
手に紋章を浮かべたCerberusが、流れるような動作でローリングソバット気味の一撃を小狼に食らわせる!
体勢を立て直したキメラは、反撃とばかりに目にも留まらぬ速さで突進する。Cerberusは衝撃に耐え切れずに数メートル吹っ飛ばされたが、本能的に腕でガードしていたためにダメージはそこまで大きくはない。
先に壁をしていた二人が手傷を与えていたこともあり、戦闘が始まって間もなく小狼の一体を沈めることに成功していた。それでも未だ数的有利といえる状況ではないが、最初のうちに何度も喰らい、避けるのが難しいと判断された突進にさえ気をつければ回復役がいなくとも何とかなりそうだった。
噛みつこうと無防備に突っこんできた小狼の軌道上から、純白の翼を生やしていた百合歌の影が消える。
「遅いわ。Andanteと言うところかしら?」
ひらりと横に身を翻した彼女は微笑みながら冷たい口調でそう言い、両の手に構えたショットガンと蛍火の連続攻撃をキメラに叩き込んだ。銃撃と斬撃を立て続けに受けた小狼は、それまでに蓄積されていたダメージもあって沈黙する。
それとほぼ同時に、残っていたもう一体の小狼も瞳が青く変色した紫苑の攻撃に遭い倒れ伏す。
「――はぁっ!」
残る大狼には、MAKOTOと王零が対峙していた。MAKOTOが獣突を叩き込み吹っ飛ばすと、王零はキメラの飛行軌道に合わせ駆け出す。
大狼は着地に成功したものの、百合歌の地上掃射によって森へ逃れるという選択肢を失っていた。
キメラが取るべき行動に迷ううちに、王零は至近距離に詰め――。
その数瞬後、大狼は軽く地響きを起しながら地面に墜落し、それきり動かなくなった。
●偽りの衣を脱ぎ捨てる時
キメラと戦闘を行っていた能力者たちから討伐完了の報告を受け、先にステラを連れて村付近に戻っていた三人も、勿論ステラも安堵の息を吐き出した。
「ありがとうございました‥‥」
深々と頭を下げたステラの肩を叩きながら、
「まだ終わってへんで」
クレイフェルはそんなことを言い出す。
ステラは姿勢を変えずに顔を上げ、きょとんとした表情を能力者たちに見せた。
「言ったでしょう。まだ貴女には果すべき仕事があると。
――皆様が戻ってきましたら、村の方々に真実をお話しに行きましょう?」
まり絵の言葉に、ステラは顔を強張らせる。
「それは――」
「大丈夫です、わたくしたちも一緒に行きますから」
「反応があまりに冷たかったり非難を浴びせるようなら、フォローはするからな」
やや怯えた様子のステラが何かを言う前に、まり絵とブランドンが言葉を挟んだ。まり絵は微笑をたたえ、ブランドンは無愛想に佇んでいる。表に見える印象は正反対だが、ステラがどうするべきかという考えは二人とも同じらしい。
そしてクレイフェルは、笑いながら再度ステラの肩を叩く。
「キメラ討伐だけが今回の任務やない。俺たちはあんたをラクにさせるためにもここに来たんや」
数時間後――。
村で最も大きな広場に村人たちと、ステラ、そして彼女の背後に立つ八人の能力者の姿があった。突然集められた百人を超える村人たちは殆どが「何事か」といわんばかりの怪訝な表情を浮かべ、何かを小声で言い合っている。
「‥‥本当に、大丈夫でしょうか」
人々の様子を見、ステラは呟く。
「俺はボディガードだ。お前の心を守ることはできない。だから、自分で楽になれる道を選べ」
というCerberusの言葉を受け最終的に真実を話すことに決めたものの、未だ不安は拭えないらしい。恐らく今彼女は、正体を包み隠してきた間の「いつばれてしまうか」という懸念に勝る怯えを感じているに違いない。
だから百合歌は、ステラに語りかける。
「貴女は『ステラ』なのだから、『ステラ』として自分の足で生きる権利も選択肢もある。
もし皆の感情を受け止めることが辛くなったなら、村を去るのも一つの手段と思っていいの」
「本当にここに居られなくなったら、ラスト・ホープに来ればいい」
王零も続けてそう言った。二人は言外に、ステラに自分として生きる平穏な日常を望む権利があるということを告げていた。その権利は、これまでの自分を犠牲にしてきた彼女だから手に入れることが出来るものだということを。
二人の言葉を聞き、ステラは少し経ってから小さく肯いた。それを機に、彼女の表情から弱気が消える。
彼女は広場の石段を上り、他の人々よりも数段高いところに立った。村人たちも彼女の話が始まることを察し、場が静寂に包まれる。
「ごめんなさい」
開口一番謝罪の言葉とともに頭を下げたステラを見、村人たちは再び騒ぎ出した。
騒ぎが収まらぬ中、ステラは真実を明かし始める。
皆が英雄だと慕っていた女性は既にこの世の人ではないこと。
それを最初に知った自分が、何の力もないのに彼女のフリをし続け、皆を欺いたこと――。
――ひととおり話を終え、
「‥‥本当に、ごめんなさい」
ステラが再度頭を下げると――話の最中は水を打ったように静かになっていた場が、にわかに騒がしくなった。
「本物のレイチェルを出せ!」
誰かが一際大きな声で叫んだ。レイチェルというのは、英雄だった女性の名なのだろう。
それから次々と人々からステラに厳しい言葉が浴びせられ始める。自分たちのレイチェルへの信頼を欺いたこと、レイチェルが未だ此処に在る英雄だという幻想を見せられ続けていたことへの怒り。それは理解できないものではないし、だからこそステラもこれまでずっと言えなかった。
しかし――その非難は、突如鳴り響いた銃声によってかき消された。
「彼女は勇気をもって貴様達を守ろうとした。同じことが貴様らにできたか!」
フォルトゥナ・マヨ―ルーを空に向け放ったCerberusの怒号が響く。
場がまた静まり返ったのを確かめ、クレイフェルは一歩前に出た。
「偽っていた事実は変わらへん」
人々を真っ直ぐに見つめ、言葉を紡ぎ始める。
「でもそれが何の為だったか考えてみてや。彼女がそれを償おうと命をかけたことをわかって‥‥彼女だって辛い想いをしてきたんや。
それを理解せずに責めとるんやったら、自分ら、めっちゃアホらしいで」
「例え偽者でも、ステラが村を護り続けた事は真実でしょう?
力ではなくて‥‥心の平和という意味で」
「怒るのはわかる。だが、『助けて』と人に頼ってばかりで自分達で動いてなかったのだから、そのツケが来たと思うがな」
間髪を入れず百合歌や紫苑も畳み掛ける。
「それに‥‥あなた方も薄々気づいていて、不安の中で依存しあってたのでしょう?」
まり絵は人々に向け真剣な表情で言うと、群衆から少なからず呻き声が聞こえた。図星だということのようだ。
彼女はそれを聞き、口元を少し綻ばせる。
「助け合うのが人ですもの。さぁ、皆で花を摘んでお墓に備えに行きましょう。
ステラさん、お墓のある場所を教えてくれませんか?」
彼女の提案に、ステラは「分かりました」と快く肯いた。
森に既に危険はない。
ステラが作ったレイチェルの墓に花を手向け終え、能力者たちはその場でステラや村の有志と別れることにした。
「今度こそ‥‥ありがとうございました」
頭を下げたステラに、「これを」とCerberusはコサージュを差し出す。
それは勇気をもって真実を明かした彼女への称賛と、彼女が彼女らしく生きていけばいいということの証といえた。
去っていく能力者たちの背を見つめるステラの眦には、今にも零れ落ちそうなほどに溜まった雫。
しかしその表情は、偽りの自分を捨てたからこそ出来る晴れやかなものだった。