タイトル:【花祭】願いの選び方マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/29 07:08

●オープニング本文


 春は花の季節である。勿論『芽吹く』という意味でだ。

 そんな時節、オランダのとある街ではその春に咲いた花の展示会があるという。
 オランダと言えばチューリップの産地として有名だけれど、無論それ以外にも様々な花が栽培されている。
 それでなくとも花の産地で有名な国にとって花は輸出品目として重要なものであり、展示会というのはアピールには絶好の場なのである。
 今回傭兵たちに舞い込んできたのは、その展示会で展示する花の輸送の護衛だ。
 展示会の主宰団体の一人、かつ依頼主でもある女性はオランダ各地の花屋にコネクションがあり、毎年それを用い花を展示させてもらっているのだという。
 トラック数台で該当の花屋を巡り、最終的にそれを会場まで輸送する。
 勿論基本的に公道を通るのだけれども、人類勢力圏でもはぐれキメラが跋扈するこの時勢である。念には念を押して護衛をつけておくに越したことはない。

 ちなみに、傭兵たちが行うことは単なる護衛だけではない。
 厳密に言えば、『行えること』にあたる、もう一つの役割――それは。
「傭兵の方々にも、展示する花を選んでいただきたいと思いまして」
 女性は言う。
 勿論展示する花は、主催側で花屋ごとに決めている。
 けれどもそれ以外に、傭兵たちの頼み次第では彼らが希望する花も分けてくれるように頼んでいるという。
 分けてくれるかどうかの基準は、その花に対する思い入れ。
 思い出、そこにかける思い。願い。何でもいい――とにかくそれが分けるに値するものであれば、店主も快く分けてくれることになっている。

 巡る花屋は全部で六ヶ所。トラックは三台体制で積み込みに向かう。
 花が、思いが、展示会の会場に無事到着出来るかは、傭兵たちにかかっている。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
ギン・クロハラ(gc6881
16歳・♀・HA

●リプレイ本文

●思い
 三台のトラックの前後を二台の車で挟み、公道の広さも利用し柳凪 蓮夢(gb8883)だけはバイクで護衛対象であるトラックと並走することにした。
 そんな護衛体制を組んで、傭兵たちを含む一団は出発する。
「花の展示会‥‥素敵ですわね。あたしも兵舎では薔薇を育ててますの」
 トラック前方のジーザリオを運転しながらロジー・ビィ(ga1031)は言う。
 綺麗な花に巡り会えればいい、と続いた言葉に、「‥‥そうですね」助手席のセシリア・D・篠畑(ga0475)も静かに肯いた。
 一方、後部座席に座るアンジェリナ・ルヴァン(ga6940)は万一の襲撃に備え早くも気を張っており、此方は無言で小さく首肯を返しただけ。
 トラックの後方にはメシア・ローザリア(gb6467)が運転する車があり、此方にはギン・クロハラ(gc6881)が同乗していた。

 依頼出発から一時間弱。特に何事も起こらず、一団は最初の花屋に到着。
 まずは受け取ることが決まっていた花をトラックに運ぶ。ロジーの提案もあり、根は土ごと持ち帰り、積み込む際には湿った布で包み込んだ。
「そろそろ‥‥いいかな」
 ある程度作業が終わりに近付いた頃、蓮夢は花屋の店主に向き直った。彼の言葉と行動の真意は傭兵たちは知っているし、恐らく店主も分かっている。
「――出来れば、この花もリストに加えて頂けないかな?
 素敵な花言葉を持っているからね、皆に見て頂ければ‥‥と、思って」
 丁度花屋敷地の一角に咲いていたその花を、蓮夢は指し示す。
 カランコエ――花言葉は『沢山の小さな思い出』。
 店主は一度花を見てから小さく肯き、「――理由は?」込める思いを吐露するよう促した。
「私達は、大なり小なり、色んな経験をし、沢山の『思い出』を持っている」
 蓮夢は語り出す。
 勿論、全てが楽しい記憶というわけではない。この時代、辛く、或いは悲しく残る記憶もある。
「でも、だからこそ‥‥幸せな記憶も辛い記憶も、一杯積み重ねて来たからこそ――今の私が、私達が居る」
 それに基づき、時には活力に変える事によって、『今』を歩んでいるのだ。
 それなら――たとえその時は辛い経験であったとしても‥‥そう、悪い事ばかりでもない。
 この花言葉の事を考えると、そんな風に思えるのだと、彼は告げた。
「――これが、私がこの花が好きな理由。‥‥どうかな?」
 尋ねると、店主は満足気に一つ肯いた。
「持って行くといいよ。
 あんたのその思いは考え方次第では誰でも抱けるっていうこと、その花で皆に伝えてあげて欲しい」

 ――カランコエも積込みが終わり、一つ目の花屋を後にする。
 コンテナ内はエアコンで以て適温を保つ。直射日光も遮られているため、温度差でやられることもなかった。
 未だ襲来の気配もなく、二軒目に到着。
 同じように決まっていた花の積み込みを行いながら――。
 アンジェリナはいつしか、ふと視界に捉えた一面のドイツスズランが気になるようになっていた。
「スズランがどうかしましたか?」店主に話しかけられ、我に返る。
「あぁ‥‥いや」
 首を横に振りながらも脳裏に過ぎったのは、母親の残した研究手記のことだった。

 ドイツスズランの花言葉は『幸福の再来』『意識しない美しさ』『純粋』など。
 小さく可愛らしい花に似た「ちょっとした幸せ」のようなものが付く。
 その一方で摂取者を最悪死に至らしめる猛毒を持っており、
『その二面性が花でありながら何とも人間らしい』――手記にはこう記されていたことを思い出す。
 母が好きだった花だということは知っているけれど、その理由はこういったところにあるのかもしれないなどと考えたこともある。
 そんなアンジェリナ自身は、母が野草研究の為に日本に来てから産んだ子供だった。
 だからこそというべきか、名前の候補には『鈴花<スズカ>』という最有力候補を初めとする和名のものもあったらしい。
『鈴花』――そこに込められた、
『谷間に咲く姫百合のように、ふと出会った誰かに小さな幸せを分け与えるように』
 という思いは、実際に名前が使われることがなくとも、決して変わりはしないのだと、手記には書いてあった。

 そんなせいか、自分では別段意識しているつもりはないのだが気になってしまうのだ――。
 そう告げると店主は微笑んで「‥‥どうぞあれも持って行ってください」言った。
 目を瞠るアンジェリナ。店主はなおも微笑んだままで、そんな彼女に告げた。
「その小さな幸せを望んでいる人は、少なからずいるんですから」

 ■

 三軒目――。
 積み込み作業が終わりに差し掛かった頃、メシアはその花を見つけた。
 ヨーク・アンド・ランカスター。
 ――厳密に言えばこの花そのものに、ではないけれど、彼女なりに思うところはあった。
 これまでもそうだったけれど、傭兵たちのそういう視線には店主たちはよく気がつく。
 或いは、依頼主から話があった段階で気をつけようと意識したのかもしれないけれども――ともあれ、
「どうかされましたか?」――こうしてここの店主もまた、メシアに話しかけた。
「あぁ、いえ‥‥」メシアは一度頭を振り、不意に思い立って懐に手を忍ばせ、すぐに抜く。
 その指先には一枚の写真が挟まっていた。映るのは赤い薔薇。
 目の前に広がる赤薔薇によく似ているけれど――どこか異なるようにも見える。
『ピティエ・マリア』と名付けられている写真の中の赤薔薇はしかし、世間に流通登録されていない――つまり市場に出回っていない以上当然花屋にはないし、展示会に運びこむことは出来ないのだと知ったのは、少し前の話だ。
 それでも彼女は思うことをやめない。それにも、彼女なりの理由がある。
「ローザリア侯爵家、紋章の赤薔薇です。当家で作らせた薔薇、言葉を持たせるのなら『誇り』ですわ」
 磔刑を受け入れた救世主のように、そして亡骸を腕に抱く聖母のように。
「この薔薇の赤は、血の赤ですの」メシアは言う。写真の中の薔薇に覚える僅かな違和感は、そういうことらしい。
「名前の持つ重さ、称号の重さ、胸が張り裂けようと、足が砕けようと誇り貫き、自分を信じる道を行く」
 後悔も弱音も苦しみも、全て背負うのが生きる者の役目。
 そして、戦い抜くのが自分のやり方――生き方なのだと、はっきりと口にしたメシア。
 店主はそんな彼女に対し、代替品になるか分からないけれど、と前置きし、ヨーク・アンド・ランカスターを持っていかないかと投げかけた。

 三軒目を出て、三十分ほど経過した頃だったろうか。
 それまで見晴らしの良い光景が続いていた公道に、変化が生じる。片側がやや深い林になったのだ。
 こういう時は危ない――警戒を強めて、正解だった。
「‥‥来ますわ」林の奥の不穏な気配に最初に気づいたのは、後方車で探査の眼を使用していたメシア。
「相手の力量も測れずに襲うとは‥‥」
 次いで前方車でアンジェリナが口を開く。
 前方車はもうすぐ林の傍を抜け、また見晴らしの良い光景に戻るというところまできていた。ガードレールの類もないので、側道にはすぐに出られる。
「――あっちで戦った方がいいだろうな」
「ですわね」アンジェリナの提案にロジーが肯き、アクセルを強く踏み込んだ。

 前方車からの指示を受けトラックも駆け抜け。
 後方車が林の横を抜ける頃に、ちょうど林の奥から野犬――に似たキメラが二匹、姿を見せた。
 その強靭な脚力で、公道に出ると一気に加速。後方車の助手席からギンが超機械で牽制を入れたものの、構わずトラックに向かって突進した。
 直前で間に入ったのは、蓮夢。バイクごとキメラとコンテナの間に滑りこみ、カルブンクルスの火炎弾を浴びせる。
 その頃には前方車の三人は側道に置いた車から外に出ており、後方のも同じように側道に出る。トラックには少しだけ先行してもらうことにした。
「時間は掛けない、速やかに目標を駆逐する」
 アンジェリナはそう言って、蝉時雨を構えた。

●募る
 戦闘を終えてから更に一時間ほど経って、四軒目の花屋に到着した。
「あ‥‥」
 今度はギンが、ある花を見つけて反応を示した。
「あの、すみません。このお花の種類は‥‥?」
 けれども彼女は、黄色やオレンジがかった赤の花弁を広げるその花の名前を知らない。
 ――彼女が指し示した『フリチラリア・インペリアリス』という花は本来中東に自生しているものだ。オランダには十七世紀にもたらされている。
 ギンが花そのものを知っているのは物心付くか付かないかの頃には中東の小国に暮らしていたからだけれども。
 一方で名前を知らないのは、医者だった両親がなくなり、『パパ』と呼び慕う育ての親である音楽家に拾われたときにその国を離れて以来、そのものを見たことがなかったからだった。
 花の名を教えられ、ギンは懐かしそうに目を細めた。
 住んでいた家の前、近くの広場――どこにでも見かけることが出来た花。
「もし良ければ、この花を譲っていただけないでしょうか。あっ、お金が足りなければ、ちゃんと払います」
 気付けば、彼女はそう店主に問うていた。
「お金は気にしなくていいよ」と店主は苦笑してから、続きの言葉を顎で促した。
 ギンは目を伏せ、口を開く。
「お母さんが『この花は人に幸福にする』と言っていた記憶があります」
 瞼の裏に、故郷の光景がありありと浮かぶ。
 その記憶の中には、今でも彼女の中に暗い影を落とし込んでいるあまり思い出したくないものもあるけれど――だからこそ。
「もう二度と、あの国のように、戦う術を持たない人達が傷つくことが無いよう――祈りたいから」
 彼女がそう言って瞼を開くと、店主は満足気に一つ肯いた。

 五軒目に向かう途中、一度休憩を取ることになった。周囲には敵の気配もなく、少しは気を緩めて身体を伸ばせそうだった。
 比較的開けた駐車場を持つ公道沿いの店に停まり、一時的に散開する。
 そんな中ギンは一人、トラックの付近に残っていた。
 コンテナの開き口は日陰を向いている為、出発前に様子を見る為にも今は開いている。
 適切な管理によってまだまだ生命を保っているといっても、流石に少しだけ元気を失ってそうに見えた。
 ギンは周囲に人がいないことを確認し、小さく息を吸い込んだ。
 両親がまだ生きていた頃は歌えていた、唄。
 ――育ての親に手ほどきを受けた楽器演奏は上達しても。
 歌だけはどうしても、両親を失ったあの日以来、歌えなかった。
 でも――周りに誰もいない今なら、歌える気がする。
 意を決して、歌声を身体の外へ――。

 ――まだどこか自分の歌に自信を持っていないことが伺える声。
 それでも――『歌えない』といつの間にか思い込んでいた彼女にとっては自分自身で驚くほどに、穏やかに澄んだ心地良いメロディーは彼女自身に、花に、空に響き渡った。

 ■

 太陽が本格的に西に傾きだした頃、五軒目に到着。
「この花は‥‥」積み込みを終えた後、ロジーは青い花弁を広げる花の園の前にそっと屈み込んだ。
 勿忘草――花言葉は『私を忘れないで』。
「‥‥あの」花を黙って見守る様子に、話し掛けにくいものがあったのかもしれない。やや逡巡した様子で、店主が後ろから話しかけた。
 ロジーははっと我に返り、それから胸のあたりで祈るように腕を支えた。
「――もう長く逢えていない方がいますの」ぽつり、呟く。
 逢いたいけれど逢えなくて、逢いたさは募るばかり。
 そんなロジーにとって、この花が示すのは彼女の祈りそのものでもある。
 同時に――そう思っていなければ自分の方こそ『あの方』を忘れてしまいそうなほど時間が過ぎていることに、ある種の恐怖も覚えていた。
 それでも、忘れられていなければそれでいい――そう気を紛らわす自分が道化のようにも思える。
 だからこそ、気になってしまう。
『あの方』は今どこで何をしていて。
 そして何を想っているのか。
 そう考え出すと、思考は抜け出す術の見えない渦の中へ飲み込まれ――。
「どうか‥‥忘れないで――忘れないで居て下さい。少しでも、あたしのことを」
 無意識に花の前で俯き、祈りの言葉を述べていた。
 店主は暫く黙ってその様子を見守っていたけれど――やがて彼女の肩を静かに叩いた。

 最後、六軒目。
 辺りには夕闇が迫っていたけれども、最終目的地である展示会場は目と鼻の先だからもう殆ど危険もなかった。展示会の準備は夜まで続くというから、極端に急ぐ必要もない。
 いざ作業を開始しよう、という時――不意にセシリアの目に留まったのは、紅色の薔薇だった。
 作業が始まって手を動かし、目ではそれを観ていなくとも――脳裏には紅の花弁がちらつく。
 浮かぶビジョンはもう一つ。もう随分長い間逢えていない、大切な人のこと。
 ――逢えなくても、極稀にメールをくれるだけで。
 無事であるということだけを教えてくれるだけでも良い。
 そう思う一方で、あの人に自分が如何想われているのか――不思議な気分にもなる。
 そんな不安に似た気持ちを抱いてしまうから――逢いたい。温かな手に触れ、温かな声を聴きたい。
「‥‥でも」人知れず、囁く。
 でも、今は――それだけでは足りなくなってしまっている自分に、セシリアは気づいていた。
 理由も分からぬまま、何故だか自分が独りだと感じてしまう。
 大切な人は沢山いるし、自分のことを大切だと言ってくれる人さえ居る。
 それなのに、それだけじゃ足りないと――強欲になってしまっていた。

 ――本当は、分かっているのだ。
 今を幸せと呼ぶことを。
 けれど――。

「終わりましたね」
 決まっていた花の積み込みが終わり他の傭兵にそう声をかけた後、店主はセシリアに向き直った。
「‥‥あの薔薇ですか?」
「‥‥え」
 店主に言われて、セシリアは気づく。その時自分は、衝撃に目を奪われたかのように紅の薔薇を注視していたのだと。
「紅の薔薇――花言葉は『死ぬほど恋い焦がれています』でしたっけ」
「‥‥」セシリアは無言で、小さく肯く。
 幸せなのは分かっているのに、どうしても胸に渦巻くこの気持ち――。
 独りきりの部屋でも、皆と一緒に居る時にでさえも思ってしまうそれに名前をつけるとすれば。
 あの人に――或いは誰かに対して抱く、その言葉なのだろう。

●彩りを
 空の色が本格的に暗くなる少し前に、一団は展示会の会場に到着。
 僅かな時間ではあるけれど、傭兵たちも展示の準備を手伝うことにした。
「フランスの造形美も美しいのですが、オランダの花々も好きよ。皆、わたくしを楽しませる」
 照明の色、花の向きなど、花を美しく見せることを第一に考慮しながら、メシアは言う。
「この展示会に来る人や、その人を通じて花を知る人に‥‥幸福を告げることが出来たら、いいね」
 蓮夢もそう続けて、薄闇の空を見上げる。
 もう少し時間が経った時、この場所が幸福を発する基点になればいい――そう思いながら。