●リプレイ本文
「勢いであんな依頼出しちまったけど‥‥本当に大丈夫なのか?」
早なんとk――もとい、早川雄人は指定したオープンスペースで傭兵たちを待ちながら不安を呟いた。
とは言ってももう後には引けない。
若干悲壮な決意を固めた時――スペースに隣接する部屋の引き戸の前に、一人の男が仁王立ちで立っているのが見えた。
「とーーーぅ!!」
がらっ。
引き戸を開け、威勢のよい声で男は叫んだ。
「俺様は! ジリオン! ラヴ! クラフトゥ!!!」
――未来の勇者だ‥‥ッ!!」
自称・未来の勇者――ジリオン・L・C(
gc1321)は自己紹介ついでにポーズを決める。
「彷徨える魂の気配を感じて、やってきた!!
悩む事は無いぞ‥‥!! ‥‥む?」
そこまで喋って、気づく。
「別の場所とはな‥‥! 見誤ったか‥‥!!」
ぴしゃっ。
オープンスペースも歩き去っていく彼を、雄人は呆然と見つめていた。
「何だあれは‥‥」
その後、傭兵たちが次々と姿を見せた。
数が揃って、早速依頼に入ろう、ということになったのだが――。
「お前は確か‥‥兵舎の辺りによく居たな」
のっけからこの台詞である。ちなみに周太郎(
gb5584)だ。
その横でラスティーナ・シャノン(
gc2775)が頭を下げる。
「お噂はかねがね聞いております。えーと‥‥その‥‥早なんとか様」
物腰は丁寧そのものだが台詞は雄人の心に突き刺さった。
「あ、いえ‥‥悪気はないのです。えーと‥‥」
「ええと、ラスティは彼とはあまり面識無かったな」
周太郎が依頼者を紹介しようとフォローに入る。
が。
「グラップラーでよく兵舎で見掛ける、ええと‥‥。
早‥‥早瀬?
違ったな、早麻だったか‥‥?」
「えっと‥‥早‥‥早‥‥早田さんだった‥‥かな?」
やはり名前を思い出せずに小首を傾げるのは南桐 由(
gb8174)。
彼女だけではない。
「確か‥‥佐藤様、でしたでしょうか?」
「って織歌‥‥早の字まで消えてるじゃないか」
「早‥‥? いや、森‥‥? 山‥‥いや、違う。
そうだな…森川だったか‥‥」
皇 織歌(
gb7184)に周太郎が再度フォローに入ったが、國盛(
gc4513)も見当違いの名を言う。
「だから、彼は‥‥確か、早なんとか雄人なのは覚えてるんだ。
早‥‥早坂‥‥? 違うよな‥‥」
「‥‥早川だ」
訂正してみた。
「あぁ、そうでしたね、佐藤様。
してこの度は、如何なさいました?」
変わらなかった。
これ以上突き刺されば地面にのの字を書きかねなかったところで、
「早川さん、お久しぶりです」
ちゃんと呼ばれた。
のの字を書くべく姿勢を落としていた雄人にとって、
「‥‥どうしたんですか、早川さん。何か私、変な事いいました?」
「いや、何でもない」
ベラルーシ・リャホフ(
gc0049)の言葉がどれだけ感動的なものであったかは筆舌し難いものがある。
ところが。
「事情はよくわからないんですけど、お仕事もキッチリこなしているベテランさんですし。
それほど知名度低いとは思えないんですが‥‥。
ええと、確かクラスってビーストマンでしたよね?」
「‥‥」
浮かせかけた腰を思わずまた落とした雄人に、少女の手が差し伸べられた。
「‥‥お名前、ちゃんと伺ってもいいですか?」
「‥‥早川雄人だ」手を取り立ち上がりながら雄人は言う。早川、には自然に力が篭った。
少女――獅月 きら(
gc1055)は柔らかな笑みを浮かべながら
「私は、獅月きらっていいます。よろしくね」
握手する。今日初めてまともに扱われたような気がして、雄人の涙腺には微妙に込み上げるものがあった。
「すまん‥‥何分俺は一緒の戦場に立った事がないのでな。
何度も肩を並べた傭兵ならこんな忘れ方はしないのだろうが」
自己紹介を経て漸く記憶した周太郎はそんなことを言う。
「大変失礼しました、早川様。私は使用人をしております、ラスティーナ・シャノンと申します」
ラスティーナもまた頭を下げ、此方も自己紹介。
その時である。
「あ、勇者くん」
きらは雄人の後方に見知った姿を見かけて声をかけた。
勇者?
さっきも聞いたような――そう思いながら雄人は肩越しに振り返る。
「どうした彷徨える魂よ‥‥!」
さっきの人だった。
戻ってきたジリオンは、その『彷徨える魂』に気がついたらしく接近してくる。
「まずは、この熱く燃え盛る俺様の魂の鼓動を! てのひらから思う存分! 感じてくれ!」
「あ、あぁ‥‥」
若干腰が引けながらも雄人は差し出された手に応じる。
するとジリオンはもう片方の手で雄人の肩を抱いた。
「さぁ、悩みを言ってみるがいい‥‥!」
雄人は困惑していたが、この男も依頼の参加者だと思い至り悩みを告げる。
「‥‥そんな事か‥‥!!」
それなら俺様に任せろ、とばかりにジリオンは雄人の肩を力強く叩いた。
「それではそろそろ本題に移りましょうか」
「由と契約じゃなかった協力して‥‥早川さんのことみんなに覚えてもらおうよ」
ラスティーナと由が言い、それぞれが肯く。だが、
「微力ながら御力になりましょう、佐藤様」
「ちょっとしたアイデアさえあればすぐ覚えて貰えるさ。気を落すな、森川」
「みんな‥‥酷いよ。佐藤でも‥‥森川でもなくて‥‥早峰さんだって‥‥ね? そうでしょ?」
「‥‥」
雄人は早くもちょっとへこたれそうになった。
●レッスン1〜趣味の問題〜
「そう、ですね――何か趣味は無いのですか?」
切り出したのは織歌だ。
「趣味‥‥か」雄人は思考した。
やはり筋トレしか思い浮かばない。それを告げると、
「‥‥甘い! 甘過ぎるぞ。
俺の筋肉を見ろ! 存在感があるだろう?」
國盛がダメだしを入れた。確かに雄人のよりも何倍も存在感がある。
「早瀬だったか‥‥? お前もコレくらいに鍛えてみなければならん!」
さっきとは違う間違えられ方をされ挫けそうだったが、まぁ言っていることは正しい。
こうして國盛が立てたメニューを元に、可変式ダンベルセットを用いたトレーニングが始まった。
が。
「いや‥‥これ最初からきつすぎないか‥‥?」
「何を言ってるんだ。コレくらいでへこたれてどうする‥‥。
名前を覚えて貰いたいのだろう?」
弱音に呆れ返りながら國盛は問う。雄人としては肯くしかない。
「筋トレでも魅せる筋肉を付けるトレーニングがお前には必要だ‥‥」
――という結論もあり、結局雄人は当分の間、兵舎前に立つ時もウェイトをつけることになった。
●レッスン2〜とりあえずアピール〜
「冴木さんも何だかんだで最初の頃は酷い扱いでしたし。
あれですかね? 早川さんも『れいちゃん』的なゆるキャラを作れば、人気出ると思うんですよ」
ベラルーシはサラサラと紙に何かを描いていた。
ややあって描き上げたそれを、雄人を含む全員に見せる。
「‥‥こういうの。好物はシシカバブー」
紙の上には『ゆーとくん』と名付けられた、確かに雄人っぽいゆるキャラだった。
実はそんな話が昔本当に裏であったりなかったりしたのはここだけの話である。
■
「――やっぱり‥‥早‥‥早‥‥早川さんは影が薄いのが‥‥問題だよ。もっと自己主張‥‥しなくちゃ」
「どうやって」
「‥‥こんなものを‥‥用意してみたよ」
由が勢い良く剥がした布の下から選挙カーが現れた。
外に出て、選挙カーを運転しながらLHの街中を巡る。
「そろそろやってみるか‥‥」
人気の多い通りに来た雄人は、由が予め録音していたテープを再生した。
『山田〜山田のために皆様〜どうかご理解してください』
『早瀬〜早瀬のことを皆様お覚えください〜』
「‥‥違うじゃねえか」
「‥‥ごめん。バラバラだったのは‥‥良くなかったね」
「いや、まぁ‥‥それもあるけど」
これ以上言うのは虚しかったので止めた雄人であった。
■
「後は特徴的な方々の真似をしてみるとか‥‥」今度は織歌。
「真似か‥‥」まぁそれも手といえば手だ。肯きかけた雄人だったが、
「‥‥某褌一丁の方とか、某魔法少女な方とか」
「いやいやいやちょっと待て」
実際に真似させようとする織歌。流石に雄人もこれには参った。
「ほら、それで恥かしがっていてはダメですよ‥‥?」
「でも流石に‥‥特に魔法少女って」
「‥‥無理、ですか? ‥‥我侭ですねぇ」
織歌は呆れた調子で言って酒を呷った。
「って織歌、どっから酒出した。
ラスティからも何か言ってやってくれ!」
周太郎が突っ込む。ラスティーナも驚きつつ酒瓶を取り上げた。
だが次の瞬間には織歌は再び別の酒瓶を手にし、呷る。
「待て、待て、急に飲むな没収!」今度は周太郎自ら没収。
が、更に次の瞬間には以下略、で、周太郎やラスティーナが以下略。
「どっから酒出して‥‥出し‥‥いや、うん、いいや‥‥」
織歌が胸元から延々と酒瓶を取り出していることに気づいて、最終的にどうでもよくなった周太郎だった。
「あとは‥‥そうだな‥‥。
山内だったか‥‥? お前、歌とかは得意な方か?」
國盛からの呼び名にはもはや原形がない。
それはさておき、
「歌‥‥? まぁ、苦手ってわけじゃないけどな」答える。
「それならば兵舎前で歌ってみるのはどうだ?」
「どうせなら、歌って踊れるアイドルなんていかがでしょうか?」
國盛の提案に食いついてきたのはラスティーナである。
「人気者になればテレビ出演だってできます。
そうすればラストホープ内で知名度も上がりますし一石二鳥ですよっ」
急に力説し出したラスティーナに困惑しつつ、雄人は肯いた。
「後は‥‥自分の特色を押し出すとか」
周太郎は少し考えた後、問うた。
「得意なスポーツは無いのか? サッカーとか」
「サッカー?」
「いや、気にしないでくれ。とりあえず何かあるか?」
「んー‥‥バスケとか」
決して報告官が「影が薄いといえば」と某バスケ漫画の主人公を思い浮かべたわけではない。
「ではダンスの中にスポーツ要素を取り入れるといいかもしれませんね。
スポーツも出来るアイドルの方がさらに世の中の女性達に人気があると言う話です。
あ、でも私はお嬢様一筋ですよ?」
ラスティーナは提案する。最後のは聞き流そう。
「それならば兵舎前で歌ってみるのはどうだ?」再び國盛。
「今の若いヤツらは良く路上で歌っていたりするじゃないか。アレは結構目立つと思うんだが‥‥。あの度胸、見習うのも良いかもしれんな」
「アイドルデビューに関してはお任せください。
旦那様にお願いしてバックアップしていただけるように手配をいたしますので」
ラスティーナがそう言ったところで、漸く雄人は冷や汗をかきつつ尋ねた。
「な、なんかどんどん話が大きくなっている気がするけど大丈夫か?」
『名前を覚えてもらいたい「んだろう?」「でしょう?」』
國盛とラスティーナの言葉に、返す言葉もなかったが。
「さ、思い付いては善は急げです」黙りこくった雄人に織歌は言う。
「――何してるんですか? その地味な服装脱いで下さいませ。
ちゃぁんと、コーディネートして差し上げますから‥‥」
妙に「ちゃぁんと」を強調する織歌だった。
それから少し経った後の兵舎前に、雄人たちの姿はあった。
「さぁ、舞台は整った。あとはお前が歌うだけだ‥‥」
「‥‥マジ?」後ろからかけられた國盛の声に、さっき以上の汗をかきながら聞き返す雄人。
今の雄人の衣装はアイドルっぽかった。これに至るまでに織歌にさせられたコスプレに比べれば遙かに。
「マジったらマジです」
「頑張って早川くん!」ラスティーナが肯き、更にはきらもエールを送る。
ええいままよ。
流れだしたメロディーに乗せ、雄人は身体を動かし始めた。
●レッスン3〜色々な意味で最終手段〜
「‥‥」
雄人は色々絶望していた。
「まさか見向きもされないとはな‥‥」
國盛は項垂れる雄人の肩をぽんと叩く。道は果てしなく険しかった。
更に見向きもされない状況でのステージが生み出す羞恥心は凄まじい。
どうしよう。誰もが考えた時である。
「とおおおおおおぅ!!」
窓から差し込んだ逆光の中、荒ぶる勇者のポーズを決めたジリオンが叫んだ。
「俺様の! 名前を! 言ってみろ!!」
「‥‥ジリオン・ラヴ・クラフト?」
「――よろしい!!」力強く肯くジリオン。
「では、貴様の名前を、言ってみろ!!」
唐突なノリに困惑しつつ、雄人は口を開こうとした。
「はや‥‥」
「知らァァァァァン!!!」
が、どこからか出てきたちゃぶ台がひっくり返される音にかき消された。
「貴様、俺様に名前を覚えさせようとするつもりがあるのか!!
やり直し!!!」
強烈なダメ出し。
雄人は心なし声を張り上げようとし。
「はy」
「やり直し!!!!」
以下、暫くダメ出しが続いた。
■
特訓終了。
「素晴らしい!!
はや‥‥よ!! 貴様の成長には、目を見張るものがある! 貴様がコレまで積み上げて来た努力が結実したな!」
「名前覚えろよ‥‥」
小声で呟いた言葉は、当然ジリオンには届いちゃいない。
「でもやっぱり傭兵なら、戦闘で目立った方がいいかな?」
言い出したのはきらである。
「ほら、早川くん。もしね、キメラと戦ってる時にすごく目立つことが出来たら
『おい、あれだれだよ!』
『あれじゃね、早川ってやつ』
『まじかよ! ぱねぇ‥‥!』
って言われちゃったりするかも!
きゃーっ、理想じゃないです? ね、ね??」
言われて雄人も想像してみた。
――確かに凄く理想的だった。気持ちいい。
力の篭った首肯を見せる雄人。だが、
「そんな早川くんにこれをあげますっ」
きらが差し出したのは、セーラー服&水着&ドロワーズ&ニーソックスだった。
「できれば、これを着てティターンの前に出られるようになったりすると、とってもインパクトがあるとおもうんですよー♪」
色々な意味で死ぬ。
一気に暗澹とした気分に陥った雄人を見、
「‥‥戦場でサイエンティストに逆らうということは、つまり『治療なんか要りません、ここで散ります』っていう認識で良いんですよね?
いいですよ、別に。私はなんっにも困らないですもん」
きらはにこやかな表情で追撃をかました。
「――ふむ‥‥最後に、貴様に、勇者の必殺技を、伝授してやろう‥‥!!」
空気も読まずにジリオンは伝授を始める。
しゅぴっ。
「これは、勇者の必殺技、勇者よけだ! 無いと、死ぬ!」
が、あまりにやかましかったせいか、きらの巨大注射器が頭に突き刺さっていた。
そんなこと気にもとめずジリオンは続ける。
「貴様に、この技を、伝授してやる‥‥大特価だぞ! 勇者二号‥‥!」
「‥‥‥‥」
しゅぴしゅぴしゅぴ。
勇者よけ――瞬天速を連発し、あっという間に逃げていく雄人。
「これだけやれば‥‥きっと‥‥みんな遅川さんのこと…覚えてくれたよね」
由が言う。覚えてないよね。
「それも個性ならあれも個性。早川くんは、変わらなくていいと思いますよ」
きらがそう結論付けた。
無理イクナイ。