タイトル:【RAL】WhiteBulletマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/08 01:48

●オープニング本文


 UPCが今後を見据えて新たな拠点を築くことにしたアドラールという街は、かつては同じ名をもつ県の県都だった。
 アドラール県の南部はアルジェリア−マリ間の国境の大部分を占め、またモーリタニアとも一部接している。
 尤も、県都は県の中央部に位置している為国境までの距離という意味では周辺国のどれもが近すぎず、遠過ぎもしない。
 この街を拠点に選んだことは、廃墟状態にあって再利用出来る資源が多くあったこともあるが、そういった地理的な理由もあった。

 資材も粗方搬入し終わり、後はそれを基地に仕立てるだけとなる。
 ただ、UPCにより大分キメラ等のバグア勢力が駆逐されているとはいえ、御世辞にも以前チュニジアに要塞を作ったときほど状況に余裕があるとは言えない。
 故に――拠点設営と並行して、次なるステップにも手を入れる必要があった。

 アルジェリアと、周辺各国の国境線に防衛ラインを敷く――。

 無論、人材にも資材にも限りはある。
 一度に全ての国々に対してというわけにはいかず、準備が出来次第の段階的なものとなる。
 とはいえ防衛ラインが完成すればそこで向こう側からの戦力流入を防ぐことが出来、それはすなわち安全な拠点構築にも繋がる。
 防衛ラインを設立するにも、国の内外両方から敵の影が迫る恐れも当然あったが――。
 傭兵たちの助けを借りることで、その状況を切り抜けようということに決定したのだった。

 ■

 アルジェリア南東、リビアとの国境線――。
 他の国境と比べるとアドラールからはやや距離があるものの、だからといってここだけ国境を無視するわけにもいかなかった。
 チュニジアにも隣接している故、他の国境で侵攻を妨げられたバグア勢力がここから突破してくるようなことがあるとアルジェリアどころかチュニジアにも危機が及ぶ可能性があるからだ。

 とはいえ、作戦の早い段階でアルジェリア東部のバグア勢力の駆逐は行われている。
 野良キメラなどが全くいなくなったわけではないが、危険性はそれほどない――
「なんて思ってるんだろうって読みは当たってるな、こりゃ」
 ――筈だった。
 設営の進む防衛ラインを、遠くから双眼鏡で眺める白衣の男――。
『プロトスクエア』の一員、ゲルトの存在がなければ。

「大体、欧州軍が石橋を叩いて割れなきゃ漸く恐る恐る渡り始めるような連中だってこと、こっちもとっくに知ってんだよ」
 ゲルトは双眼鏡から視線を外すと、くつくつと笑う。ちなみにその時に若干前がかる芝居がかった仕草は、この身体をヨリシロとする前からのバグアの癖だ。
 彼が呟いたことは、彼ら――『プロトスクエア』を含むバグアアフリカ方面軍を取りまとめる司令官が持っていた知識から得たものであるのは言うまでもない。
 ついでに言えば、去年の春の戦争の後、数ヶ月も間を置いたのもそんな性質故なのだろう。これはゲルト自身の予測でしかないが、もしアンナーバが唐突に攻められることがなければアフリカはそのまま何事もなく年を越したような気さえする。
 そんな連中が西に進むに当たって、すぐ南を気にしないわけがない。その予測はものの見事に当たっていた。
 だからこそ、仕掛ける。
「さぁ行きな。出来るだけ大物釣ってこいよ」
 彼は周囲にいた動物に声をかけた。
 号令に応じ、動物たちは各々の速度で設営中の防衛拠点へと向かっていった。

 ■

 防衛ラインは構築され始めたばかり。
 最終的には国境線の北から南にかけて壁が出来る予定だが、今はまだその形も作られ始めたばかりで、先立ってラインの西側に作られた駐屯地の方が姿は目立つ。
「ん‥‥?」
 駐屯地の最も外側――アルジェリア側にあった詰所での仮眠を終えて出てきた兵士の一人が、最初にその光景に気付いた。
 厳密に言えば最初ははっきりと気付いたわけではなかったが、携帯していた双眼鏡を覗き込んで確信に至る。
「どうした?」
 場に居合わせた同僚の兵士が問うてきたので、「アレ見てみろよ」と、双眼鏡を渡しながら荒野の一部を指し示す。
 双眼鏡の視界の中に、此方に向かって駆けてくる動物たちの姿が映った。
 サイズはいずれも小さく無害なものに見えなくもないが、現地の動物の知識に明るくない二人はそれらがキメラかただの動物であるか判断しかねた。
「追い払うか?」
「まぁ待てよ。ただの動物だったら逆に保護しておくべきだ。この先のことを考えると、な」
「‥‥確かに」
 バグアがいなくなった後を考えると、ここで動物を追い払って後でキメラなどに殺されました、というのはあまり気持ちのいい話ではない。
 それにライオンなどなら兎も角、目に見える動物たちに凶暴性めいたものは見受けられない。
「どうやって確かめるんだ?」
「分かりやすい方法が一つあるぞ」
 兵士はそう答えて、そこらに転がっていた小石を一つ拾い上げた。
 そして――それを、最も近くに接近していた動物に向かって放る。
 これでFFが発生すればキメラとして排除、しなければ動物なので保護。
 キメラだとしても小型なので、一撃では無理にしても傭兵たちに頼るまでもないだろう。
 そんな目算は――思わぬ形で崩れ去った。

 石を当てられた小動物がその場で爆発炎上したのだ。

「何事だ!」
 駐屯地中央に位置する司令室で、現地の指揮を執る大佐が声を荒げる。
 ライン建設中の護衛を任せた傭兵たちに自ら依頼内容を説明していたところで爆発音が轟いたのだ。
「報告します!」すぐさま一人の兵士が司令室に飛び込んでくる。
「小型の動物を模したキメラが多数、駐屯地に接近! 速いものはもう入り込んでいます!」
「今の爆発は何だ、兵士か!?」
「いえ――キメラ自身が」言葉を続けようとした矢先に、また爆発。今度はさっきより遙かに近い。
「‥‥もういい! キメラの討伐を――」
『‥‥あーあー、聞こえっかね欧州軍‥‥いるなら傭兵諸君』
 大佐が傭兵に指示を出そうとしたところで、唐突に拡声器越しに声が響く。
 少なくとも大佐は使用許可を出した覚えのない声らしく、不可解そうな顔でスピーカーを見上げた。
『言っとくけど、そいつら片付けておしまいだと思うなよー? こっちにゃまだまだ手駒はいるからな』
 止めたかったらこっちこいよ、とだけ言い残し音声は途切れ、次いで「大佐!」先ほどとは別の兵士が司令室に駆けこんできた。
「今度は何事だ!」
「キメラが接近してきた方向に送った斥候が帰ってきました!
 手は出されなかったそうですが――例の、アルジェのアニヒレーターで邪魔してきた白衣の男が立っていたそうです!」

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
抹竹(gb1405
20歳・♂・AA
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD

●リプレイ本文


「白衣の男‥‥あいつだ」
 以前アルジェで見た姿が脳裏にちらついて、黒瀬 レオ(gb9668)は呟く。
「それにこの声‥‥間違いなくゲルトですね」
 その呟きに神棟星嵐(gc1022)が肯く。彼もまた、アルジェではゲルトに苦い思いをさせられていた。
「アニヒレーターでの借りを返さなければとは思っていましたが、まさかこのような形になるとは思いませんでした」
「それにしても全く嫌な時に来ますね。これも手の内が割れている影響と言う事でしょうか」
 そう言ったのは新居・やすかず(ga1891)だ。
 抹竹(gb1405)は眉を顰めたまま、全くです、と肯く。
「しかし奇襲も出来たであろう状況で、わざわざ名乗りとは‥‥考える時間を頂けたとはいえ、逆に面倒ですね」
「まぁ――敵にとっても狩り、こっちにとっても狩りってか」
 ヤナギ・エリューナク(gb5107)は吸っていた煙草をその場に放り捨てると、足裏で揉み消した。
「やってやろーじゃん。徹底的に狩ってやンよ」


「僕は万が一に備えてここに残ります。護衛と並行して情報管制も行いますね」
 短い作戦会議の後、そう言うシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)を司令室に残し、他の傭兵は各々が向かうべき方向へと駈け出した。
 駐屯地の南方面へ走りながら加賀・忍(gb7519)は思う。
 最前線。せめぎ合う勢力。
 幹部直々の襲撃――ましてそれが以前対峙したとあれば。
(私もまさに遥々来た甲斐があるものね)
 だからこそ、敵の意思を覆し――自身の力の糧としてみせよう。

「っと、いきなりですか‥‥」
 同じく南側へ足を向けていた抹竹は、シンからの情報伝達を受け方向転換する。
 管制役を担うシンには、駐屯地内の各所にいる兵士からキメラの居場所を伝達するよう抹竹は予め頼んでいた。それに加え、今は別方角に向かっているセシリア・D・篠畑(ga0475)が用意させた駐屯地内の地図を用い、番号でエリア分けすることでよりキメラの居場所を把握しやすくしている。
 その効果が早速出た。伝えられた場所は、司令室の南西。振り分けたエリアとしては斜め左に一ブロックしか離れていない。
 しかも二匹ときた。その頃にはシンの情報伝達の対象外であった忍は先に進みかけていたため呼び止め、二人でそちらへと向かった。

 該当エリアに向かうと、己が武装では爆発を招く危険性があることを承知している為か、逃げればいいのか戦えばいいのか惑う兵士の姿があった。
「この場は離れて」冷淡に忍が言い放つと、兵士は「す、すまない」と何度も肯いて、二人と入れ替わり司令室のある方へ駆け出す。
 ちょうど風が強く吹き荒れ、折角みえていたキメラの姿も砂の影に消えたが、ゴーグルになるものをふたりとも付けているため視力そのものを奪われることはない。
「さて、スリリングな狩りになりそうで‥‥」
 抹竹は二丁拳銃を構える。
 一方でタクティカルゴーグルのおかげで二匹の姿を何とか捉えていた忍は、接近次第抹竹が狙うであろう手前のではなく、奥のキメラへと蹴りを放った。
 スキルも何も使わずに、ただ相手の脳天を叩き割るつもりだったが――僅かに仕留めるには至らなかったらしい。
 息がある。それを察知し、忍はすかさず盾を構え――そして、爆発。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫、それよりそっちに行ってるわ!」
「了解――」
 言葉の直後に銃声。そして爆風で数メートル後方に吹っ飛んだ忍の視界の端の地面にも、僅かに赤が落ちた。
「何はともあれ、これでまず二匹ね」
 ダメージは残ったが、まだそれほど大きくはない。盾を戻しながら忍は言う。
「それよりちょっと気になることがあります」
「‥‥さっきの兵士?」
「ええ」抹竹は肯く。
 そして二人は考える間もなく、司令室へ駈け出した。
『まだまだ手駒はいる』――ゲルトの言葉からして、傭兵たちはもう一つの可能性を読み取っていた。
 元々傭兵に敵意を抱いていないだけかもしれないが、やけに聞き分けが良かった。
 それにもっと気になるのは、迷うことなく司令室へ向かったことだ。

 案の定。
 先ほど見かけた兵士は、司令室の外壁の傍に蹲り何かをしていた。
 だが二人が距離を詰める前に、その動きに気づいた者がいた。――司令室周辺を張っていた、シンだ。
「何をしているんです?」
 片手で兵士の腕を掴み上げ、詰問する。
 シンは戻ってきた二人の姿を認めると「足元にあるものの処理をお願いします」言った。
 ――放たれたばかりのキメラの脳天を、抹竹が銃撃で撃ち伏せる。
「‥‥どうやら強化人間ではないみたいですね」
 抵抗される力が一般人のそれと変わらない。シンはそう認識し、とりあえず忍が兵士を失神させる。
 最悪の可能性――強化人間が紛れ込む――よりは、少しだけマシだ。だがそれでも厄介なことには変わりない。
 再び南へ向かう二人を、シンは兵士を司令室側に逃がさないように言って見送った。

「良い指揮官というものは、最悪を想定して最善を尽くすもの、ですよね」
 一人呟き、再度司令室周辺の見張りを始めるシン。
 頻発する爆発のせいか駐屯地内には通信障害が起こっている。その為軍の連絡網を得るためには兵士に戻ってきてもらわなければならないのだが、先程のような例もある。
 裏切り者でないか――キメラやそれに類する爆発物を持ち歩いていないか、戻ってくる兵士に尋ね始めた。
 幸いそれ以後は敵側と思しき者は現れず、シンのもつPCの中には情報が蓄積されていく。
 そして――シンは、あることに気がついた。
「‥‥北側の資材にやけにキメラが集まっているようですが、いったい何があるんです?」
 司令室の中にいる大佐に問うと、「武器庫がある」という返事が返ってきた。
 武器庫――つまり火薬になるものも存在するというわけだ。
 駐屯地の北にはレオとリュドレイク(ga8720)が向かっている。
 リュドレイクの方はSMGを持っている筈だから、数で負けていても掃射出来ないことはないが――。
 どうする、南の方に向かっている二人に援軍指示を出すべきか。
 シンは顎に手を当て思案する――。

 その北。
「砂が邪魔で見えにくいですね‥‥!」
「こっちの作戦も、思考も、ゲルトには見透かされてる‥‥か」
 件の武器庫周辺にキメラが屯っているという情報を耳にした二人は、全速力でそこへと向かい、今は互いの背を預けるようにしてそれぞれに迎撃を行っていた。
 リュドレイクの暗視スコープは本来の役目こそ果たさなかったが、ゴーグルの代わりにはなり拭き上げられる砂により視界を遮られることもなかった。接近されない限りリュドレイクはSMGで、レオは魔創の弓でキメラを葬っていく。
 単発の威力が弱い分リュドレイクの方は仕留め損ねることもあり、爆発が起きた。そしてそれが呼び水となり、また次のキメラが現れる。
 最初からそれを繰り返し、もう何匹屠っただろうか。数えるのも面倒になってきた頃、サイズこそ変わらないもののそれまでよりも大分足の速いキメラが数匹、一気に接近してきた。
 至近距離に近づかれる前に武器を持ち替えはしたものの、敵の数は此方より多い。
 一発、しかも二人まとめて被爆した。ちょうど二人の間で爆発したものだから被害も激しい。肝心の武器庫には燃え移らなかったことだけが救いか。
「全く嫌な仕掛けをしてきます‥‥」
「サイズが同じだからって足の速さが同じとは限らないですしね‥‥」
 煙から逃れた二人はそう言葉をかけあって、それから間もなく異変に気づいた。
 それまでは絶えることなく姿を見せていたキメラの気配が急になくなったのだ。
「全滅‥‥?」
「――いえ」
 首を傾げたレオに対し、リュドレイクはすぐに首を横に振った。
「南へ応援要請です。――あちらの二人がちょっとまずい状況みたいで」

 結果的にシンが北へ援軍指示を出すのを待ったのは正解だった。
 それから間もなく、南の方で大量にキメラが現れたのだ。
「この数は嫌になりますねえ‥‥!」
 言いながら、抹竹はトリガーを絞る。前方のキメラの胴体を捉え、キメラは動かなくなった。
 だがそれでも残り、視界に入るだけで六匹。それが波状攻撃をするかのように彼と忍に襲いかかっていた。
 忍も今度は念を押して円閃や疾風を併用してはいるものの、なかなか敵の数は減らない。
 いよいよ抹竹の方にも接近されたその時――どこからか銃声が響いた後、そのキメラが吹っ飛んだ。
「間に合いましたか」
 SMGでキメラを屠ったリュドレイクが言った。無論、横にはレオもいる。
 漸く戦力的にも安心出来る状況になり、四人はなおも襲い来るキメラに対処し続けた――。


「この辺にはいねェのか?」
 駆けながらヤナギは言う。
 彼を含めた五人の傭兵は、ゲルトがいるであろう荒野を駆けていた。
 接近しながら常に敵襲に注意を払っていたものの、キメラは一向に現れなかった。
「‥‥また岩か」イレーネ・V・ノイエ(ga4317)はちょうど視界に飛び込んできたモノを見て呟く。
 その周囲を掃射しても、何の反応もない。これも先ほどからずっとだ。
「‥‥こうも邪魔が入らないと、逆に不気味ですね‥‥」
 セシリアが言う。
 ここにいないキメラは、いったいどこにいるのか。荒野でも全く別の方角か、それともゲルトの元に集まっているのか。
 それでなくとも、彼らはゲルトの言葉から別の可能性に気を張っているのだ。警戒心はますます強まるばかりだった。
「一旦連絡をとってみるか」
 イレーネは無線を取り出した。爆発が頻繁に起こっている駐屯地ではその影響のせいか通じないが、荒野では使えるのだ。
『此方、デハ‥‥二匹、倒シ、マシタ‥‥』
 荒野の別働隊の一方――ムーグ・リード(gc0402)はすぐに通信に応じそう答えたものの、もう一方の杠葉 凛生(gb6638)の方はなかなか応答しなかった。
 彼がいる北側から爆発音は聞こえないが、何かあったのだろうか。そう考えた直後、
『すまん、ちょうど処理にかかっていたところでな』
 応答があった。相変わらず爆発があった様子は見られないから、ただ獲物を仕留めるのに集中する為に後回しにしたらしい。
 凛生の方では三匹倒したらしい。それにしても得ていた情報から差し引くと十匹は残っていることになる。
 これからゲルトとの邂逅までに、特にムーグと凛生に関してはまだ遭遇する可能性もあるが――最悪のケースを想定しつつ接近する必要がありそうだった。

 そうして歩を進めていると――やがて五人の視界の前方に、それまでにない色合いが混じった。
 白衣の、白。

「よーう、来たかー」
 白衣の主は呑気に声を張り上げ、ついでにとばかりに何かを振りかぶり――投げた。
 それは前方には放られたものの、しかし目標は傭兵たちではなく――彼我の間の空間の一部を遮っていた岩だった。
 ついでに言えば投げられたものの正体は、それこその手の平に乗るサイズの小動物。
 刹那の間を置いて爆発が起き、その衝撃で土煙が生じる。
 ゴーグルなどの対策を施していた為それで視力を奪われることはなかったものの、それでも傭兵たちの視界から一瞬ゲルトの姿が消える。
「――気をつけろ、上だ!」真っ先に彼の居場所に気づいたのはイレーネだった。
 爆発と同時に高々と跳躍したらしいゲルトは、今は砕け散る岩の破片を足場にして勢いを強めながら――。
「――!?」
 イレーネの声に反応し星嵐が顔を上げた瞬間には、彼の目の前に大きく膝を曲げて着地していた。
 更に次の刹那には、着地の反動をバネに低い姿勢から一気に左手のメスを斬り上げる。星嵐もそれには気づいたものの反応は僅かに遅れ、AU−KVの装甲が抉り取られた。
「‥‥ッ!」
 吹っ飛ばされる星嵐。一方跳ね上がったゲルトの足元にはイレーネが放った威嚇射撃が次々と襲った。
「っとと」身体を直接狙えば容易く避けられてしまうものの、動きを封じる手段としては銃撃も有効らしい。ゲルトの足が一瞬止まり、その間に側方からヤナギが瞬天速で肉薄した。
 が――未だ立ち込める土煙の中、敵はゲルトだけではない。
 イレーネの射撃で止まったゲルトの足を削ろうとしたやすかずは、煙の中、二つの影を同時に捉える。
 拙い。直感でそう判断した。だがその判断を元に行動を変えたのは僅かに遅かった。
「狩り取らせてもら――ッ!?」
 身体と地面を平行に回転させて一撃を叩き込もうとするヤナギ。だが、その刀身がゲルトに触れる直前に接近してきたキメラの爆発に見舞われた。
 ゲルトはといえばその爆風を利用するかのように刃を逃れ、
「ほらよ、歓迎のプレゼントだ」
 そう言って、もう一匹の尻を思い切り――星嵐、やすかず、セシリアのいる方へ向かって蹴りこむ――。

 ■

 ゲルトがいるであろう方向で立て続けに起こる爆発音を耳にしながら、凛生は一人荒野を駆ける。
 ゴーグルで目を保護しただけでなく、ターバン状に巻いたタオルで頭と口元を覆っていた。防砂装備は完璧である。
 予め掃射し敵の影がないと分かった岩陰に隠れ、近隣にキメラの姿がないか探す。
 その間にも、思い浮かんだことがある。
 胸に燻る、憎悪と復讐。それが原動力となり進む道は、罪に濡れ、血で汚れた――死の道だと自身でも分かっていた。
 だがそんな中にも、一筋の光が差した。
 その深切の情と信頼に応える為に、この広大な大地を、一刻も早く取り戻す。
 ムーグを、いつまでも待たせるわけにはいかない。
 だから――。
「プロトスクウェアだか何だか知らんがな、チンタラやるつもりはない。障害は‥‥消す」
 ちょうどよく獲物を見定め、サプレッサーのついた銃で撃ちぬく。仲間との距離は十分にあり、そもそも綺麗に撃ちぬいたため被爆の心配もなかった。
 そろそろゲルトがいるところまで近い、はず。
 そう思った矢先、少し南で爆発音が轟いた。視線を向けると、濃い灰色の煙が立ち上っているのが見える。
 更に直後、通信が入った。
『‥‥私ハ、イキマス‥‥』

 その通信を送った者――ムーグもまた、同じように一人、キメラを屠り続けていた。
 彼もやはり同じように、凛生のことが時折頭を過ぎった。
 尊敬し、信頼できる大事な戦友――。
 だからこそ、彼に追いつくために、彼の信頼に応える為に――自身も憎しみにばかり囚われてはいけないとも思う。
 憎悪でなく、ただ純粋に『故郷を取り戻したい』――その一心を持った上で、バグアを倒そう。
 幸い、奇妙な確信があった。
 少し前の依頼で遭遇した、やはりプロトスクエアの一員であると名乗った男――。
 あれと同類であるのなら、ゲルトも倒せない相手ではない、と。
 また一匹キメラを屠った時、やや離れた場所で立て続けに爆発音が轟いた。
 凛生のいるはずの場所からは大分近い。ということは、ゲルトの元へ向かった仲間たちが彼と遭遇し、キメラの爆発に巻き込まれたか。
 ここからだと、もう近い。そしてムーグの前方や更に南側に、キメラの姿は見当たらない。
 だからムーグは凛生に通信を行った後、自身はゲルトや仲間たちがいる方へ向かい始めた。

 ■

 爆発は、しなかった。
 ゲルトがキメラに蹴りを入れたちょうどその瞬間に、やすかずがキメラの頭を銃撃で撃ちぬいたのだ。
 一撃で死骸と化したキメラは、ただ三人の間で転がるだけだった。
 ゲルトはその様を確かめた後、感嘆するかのように僅かに口笛を吹いた。そして漸く岩の爆発の影響が薄れ始めた荒野を後退する。ヤナギほど直撃ではないがイレーネも先の爆発に巻き込まれていた為、追撃の手は届かない。やすかずが張った弾幕も、後退をより速めるだけだった。
 無闇に突っ込んでは以前の二の舞を食らう。ヤナギやイレーネが爆発の影響から立ち直るまで、僅かに時間稼ぎが必要だった。
「こんなにも早く、相対するとは思いませんでした」
 だから星嵐はそう口を開く。ゲルトは「あぁ」すぐに合点がいったように指を鳴らした。
「そういえばその装甲、見覚えがあるなー。なんだ、あの時の面子はお前だけか?」
「――ここにいるのは自分だけですが、駐屯地にはもっといますよ」
「なるほどな。キメラどもを屠って回ってるわけだ」
 星嵐の返答に、ゲルトはおかしそうにそう嗤った。
「貴公で見えたプロトスクエアは2体目だな」
 直撃でない分先に立ち直ったイレーネが、口を開く。
「以前のはそれこそ異種族だったが」
「あぁ――メタか」ゲルトはぽりぽりと頭を掻いた。
「あいつ臆病なとこあるしなー。必要最低限の殺ししかしてないんだろ」
 図星である。事実、以前はその必要最低限で一番殺されてはいけない人物を殺されている。
 その時の記憶が脳裏に蘇る中、それでもイレーネは毅然と告げた。
「――二度はないぞ」
「そりゃお前らの仲間の頑張り次第じゃないの?」
「それもあるが――」イレーネは自分の側で立ち込める煙に一瞬目を向けた。態勢を立て直したヤナギの姿が見える。
 刹那、イレーネはシエルクラインの銃口を上げた。
「取り逃がす前に貴公を倒す!」
「やってみろよ」
 口角を上げて嗤ったゲルトは、左手でメスを取り出して構えると――ヤナギの接近を許す前に、右手の指をぱちんと鳴らした。
 刹那、イレーネや星嵐がいる辺りを中心に地面が激しく振動した。地中で何かが爆発したかのように。
「いやー、掘っといてよかったぜ」バランスを崩したイレーネが射撃を行なえずにいる様子を見たゲルトは、メスでヤナギの刃を受け流しながら嗤った。
 ヤナギはそれでも刃を振るい続けた。今は眼に見える周囲にキメラの姿はない。
 ならば意識はゲルトのみに集中させるだけであって、それは自身の防御にも繋がるし、他の援護の余裕にも繋がる。
 実際、こうしている間にもセシリアは自身やイレーネ、星嵐を回復しているし、やすかずが予測射撃を行う際にヒントにもなっていた。
 ヤナギの刃を振り切った先には、今度は星嵐の二刀による剣戟が待っている。
「おっ」その刹那に、やすかずの予測射撃が足を掠めた。ゲルトは一瞬驚いた様子を見せた後――なおも嗤う。
 その笑顔が薄ら寒い。削られている筈なのに、未だ余裕――いや、愉しんでいるこの様子が。
「――なんだテメェは」星嵐とは反対の側面から再度刃を向けたヤナギは、受け流されつつもそう尋ねる。
「は?」ゲルトは聞き返しながら、星嵐の刃の一つを避け、もう一つは右手で受け止める。血は流れたが切断までは程遠く、そのままヨリシロならではの怪力でもって払いのけた。
「どうしてこの状況でそんなに笑っていられるんです? まだ何か仕掛けてるとでも?」
 ヤナギの側方に現れたキメラを影撃ちを使用しつつ撃ちぬきながら、やすかずが尋ねる。
 ゲルトが傷ついているのは右手や足だけではない。
 事前に星嵐が告げていた情報通り遠距離攻撃はほぼ当たらないに等しかったものの、ヤナギや星嵐による接近戦では深くはないものの十数箇所は傷をつけることが出来ていた。
 なのに何故――。
「――ははっ」ゲルトは今一度嗤うと、ヤナギの側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。医者の知識を持っている以上は肝臓や心臓を狙っているのではないかと勘ぐっていた分、上半身のガードは甘くなっていた。
 バックステップしようにも既に立ち直っていたイレーネの制圧射撃が続いている為身動きは取れなかったが、動じることはない。
「そらまぁ、謀略なんてのは仕掛けてなんぼだけどな」血の流れる右手を胸ポケットに入れ、そのまま流れるような所作でイレーネに向けメスを投擲。
 それを読んでいたイレーネは攻撃の瞬間を見計らって通常の銃撃に切り替えたものの、結果としてこれはどちらも掠り傷で終わった。
「あんまり深く深くやるのは趣味じゃないんだよ、僕は。こーやってる方がずっと性に合う」
「――それは、相手が傭兵だからですか」
 練成治療を施す回数も、もう数えきれないほどになった。セシリアはそれでもヤナギに再び治療を施しつつ、訊いた。
「それはあるな。やりがいない相手を結果的に解剖<バラ>してもあんまり愉しくないし」迫り来る星嵐の刃をかわしてからゲルトはそう答えた。
「言っとくけど、僕は決してお前らを過小評価してるつもりはないぜ。だから、ほら――」
 ゲルトは不意に身を屈めた。何事かと星嵐が思う前に、ゲルトの頭があった場所を銃弾が通過していく。
 新たな銃撃。
「こうやって援軍が増えるのも想定済みだっつの」
 数歩バックステップで退いたゲルトはムーグの姿を認めると、「にしても、ちっと拙い状況かね」呟いて。
 その瞬間にもイレーネが再び制圧射撃を仕掛け、ヤナギと星嵐が接近している間にやすかずが援護射撃を放つ。
 そしてふたり分の刃を受け流しては反撃していたゲルトの死角に――ムーグが、瞬天速で飛び込む。
「やべ」想定していない速度だったのか、ゲルトの口から初めて危機感を伴った台詞が漏れた。
 次の瞬間、ゲルトはメスではなく力づくで星嵐とヤナギを吹っ飛ばす。同時にムーグが銃を構え、更に次の刹那にはゲルトが身を屈めた。
 銃撃が、ゲルトの斜め後方から斜めに通過していく。
 凛生が放った貫通弾の銃撃だった。
 ゲルトは凛生が自分の死角に動くのを見――その狙いが自分の弱点である頭を撃ちぬくことであろうことも読んでいたらしい。
 ここまでの経緯を踏まえれば、傭兵たちがそう結論付けるのは容易だった。
 攻撃が読まれてしまえば、ゲルトなら遠距離の射撃など容易くかわすことを特に星嵐は身を以て知っている。
 ――だが、ゼロ距離まで接近しているムーグの構えた銃口を避けるすべは、さすがのゲルトにも存在しなかった。
「貴方ガタ、ハ、邪魔、DEATH‥‥」
 銃声が鳴り響き、屈んでいたゲルトの身体が一転して上空へと浮き上がる。
「おおっと‥‥」
 その口元から僅かに赤が吐き出されたのが、真下にいるムーグ以外の傭兵からは見えた。
 千載一遇の好機。ムーグは既に追撃の態勢にも入っている。
 滞空時間などほんの僅かなのでムーグ以外が射撃を行う暇もなかったが、それでも彼の追撃だけで止めまで行ける――筈だった。

 打ち上げられた身体が最高地点に達した時、ゲルトが空中で不自然に体勢を変え――真下のムーグへ向き直る。
 そしてこの状況下にあり未だ余裕の笑みを浮かべたまま、彼は何かを呟いた。
(‥‥!?)
 甘いな、とでも言ったのだろうか。風を切る音で聞こえなかった。
 ムーグはその違和感の正体に気づかぬまま、打ち上げた時から準備を終えていた追撃の引き金を絞る。
 避けられ難いだろうと胴体を狙った。
 だが、此方に向き直られたことで――凄まじい程の疾さを誇る相手に、銃弾の軌道を悟られる瞬間を与えてしまったのも事実だ。
 銃弾はゲルトの身体を掠め、空へ消えていく。
 掠めることが出来ただけマシだったのかもしれない、が――それにしたって効いてなさすぎた。
 その理由を考える暇は、なかった。笑みを深めたゲルトの拳が既に頭上から振り下ろされている――。
 直撃は避け、拳は大地を叩く。その衝撃が不可視の波となってムーグを襲い、後衛近くまで吹っ飛ばされた。
 ムーグだけではなく、衝撃波は周囲にいる傭兵全てに多少なりともダメージを与えていく――その波が消え失せた後、
「ったく‥‥拳はあんまり使いたくなかったんだよなー」
 態勢を立て直したゲルトは手についた土を払いながら大仰に肩を竦めた。
「まだだ、動きを止めるな!」イレーネが声を張り上げ、制圧射撃。ゲルトが蹈鞴を踏んでいる間に、ヤナギが瞬天速で一気に肉薄した。やすかずの援護射撃を間に置いてから、遅れて星嵐も続く。
 制圧射撃の影響を受け、最初こそ動きが鈍ったゲルトだったが、二つの剣戟を相変わらずメスで受け流していく。
 先ほど血を吐き出したのだから多少のダメージはある筈なのに、それをまるで感じさせない。強いて言うなら反撃になかなか転じないくらいだろうか。
 今度はムーグだけでなく全員が抱いた違和感の正体は、ゲルトの方から口にした。
「だからー、僕は傭兵を過小評価なんかしてないっての。
 ――いざ避けられなかった時のこと、何も考えてないとでも思ったか?」
 その問いの答えに、真っ先に気がついたのはセシリアだ。
「‥‥防弾チョッキ」
「その通り。まぁお前らがSESを使ってるように、こっちもまぁ特別製だけどな」
 はは、とゲルトは嗤い――そこで急に、声のトーンを落とした。
「――ついでに言っとくか。僕がメスを使ってんのはあくまで趣味の問題だからな。
 他のプロトスクエア――いや、他のヨリシロ見たことがあんなら。素手でも人間の脆い身体なんざ貫けること、お前らも分かってるだろ?

 ‥‥僕はお前らをナメているつもりはないけど、逆にお前らにナメられるほど弱くもねーぞ」

 それは彼が初めて見せる、怒りの表情だった。状況を愉しんでいたとはいえ、気に食わないことはあったようだ。
 ゲルトはそれからヤナギ、星嵐、加えて投擲でムーグの腕や肩を深く斬り払い怯ませた後、それまでよりも大きくバックステップした。
「‥‥ま、今日はこの辺にしておくかねえ。あっちはうまく処理されちまったみたいだし、僕は僕でまぁまぁ楽しめた。
 解剖<バラ>せなかったのは残念だけど」
 軽く息を吐いて、ゲルトはそんなことを言う。その声音からは先程の怒りの色は既に消えていた。
『あっち』とは駐屯地のことだろう。爆発がしなくなってから時間も経っているし、そろそろ駐屯地にいた仲間も合流してきておかしくはない。
 だからこそ、ここからゲルトを素直に逃がすつもりも傭兵たちにはない。何より凛生が見た限りでは、周囲にゲルトの足になるようなものはなかった。
 ――ところが。
『ルトー』
 空から、そんな幼い声が降ってきた。
 傭兵たちとゲルトは揃って空を見上げる。――南の空に、真っ白に塗装されたタロスの姿を捉えた。
「ナイスタイミング!」ゲルトが両腕を広げて嗤う一方で、傭兵たちは危機感を感じていた。
 色からしてゲルトの愛機であろう敵機相手に、数で勝るとはいえ消耗した生身では荷が重すぎる。
 ――と。
「今ここでどうにかしようと思うなよ? お前らが何もしなけりゃ、こっちも素直に帰ってやる」

 ゲルトからそんな言葉が投げられる。――それは紛れもなく、実行力を伴った脅しの言葉であった。
 そしてゲルトの後方に、白いタロスは降り立つ。ゲルトは軽やかな足取りで、差し出された機械の掌の上に乗った。
『ロアをこんな風に使うなんて、後でひどいんだからねっ』
「はいはい、約束通り後で何でも一つお願い聞いてやんよ。だからよろしくー」
『むー』
 ロアと名乗った声は未だに不満そうだったが、それでも再び空へ上昇を開始する。
「お前らがこの大陸にいる限り、また会うこともあんだろーよ。じゃあな、傭兵諸君」
 自らの任務は果たせなかった筈なのに最後まで愉しげにそう言って、ゲルトはタロスの掌の上に乗ったまま空へと消えていった――。

『まったくもー、どうせルトのことだから宣戦布告とかしたんでしょ』
 ロアは任務失敗の原因をそう指摘した。
 まぁ間違いではない、とゲルトは思う。キメラで仕掛けた後に何も言わなかったなら、また戦況は違っていただろう。
 ただ、あえてそうしたのは彼なりの美学があってのことだし、ロアもそれは分かっている筈だ。だからかそれ以後は何も言わなかった。
「地球でここまでやり返されといて、自分の弱点学ばないわけねーだろ、ったくなあ」
 そう溜息交じりに吐き出してから、彼は自身の傷の治療を始めたのだった。