●リプレイ本文
「‥‥ふーん。そうなんだ、ユネさんも大変だね。
じゃ、仕事の話はそんなところ?」
黒木 敬介(
gc5024)の反応はドライなものだったが、それについて何か言う余裕も今のユネにはないようだった。俯いたままながら更に小さく首を縦に振る。
「‥‥貴方ト、私ハ、似てマス、ネ」
ムーグ・リード(
gc0402)が呟く。ユネは視線だけを向けてきた。
地獄を逃れ、十年――。
残してきた人々の状態や、今の立場の差異こそあれ――そう思わざるを得なかった。
ムーグの根底にあるのは、悔恨。
そして恐らくユネの中にあるのは、忸怩たる思い。
ユネのその様を見、愛梨(
gb5765)は呆れたとばかりに盛大に溜息を吐き出した。
「あんたさぁ。なんのために村を出て、なんのためにUPCに来たのよ。
職業に貴賎は無いっていう言葉、知ってる?
あんた、自分の仕事の誇りってモンが無いの?
そんな気持ちでオペレーターやってる人から、依頼なんて受けたくは無いわね」
「それは――」ユネは顔を上げた。
「‥‥誇りなら、あるよ。自分が直接戦うのに向いていないとはっきりしたときには、それは絶望もしたけど。
けど、今は――」
ユネの言葉を手で制し、「分かってるんじゃない」愛梨は苦笑する。
「あたしはあたしにできることをやるだけ。あんたは、あんたにできることをやりなさい。
あんたが居なけりゃ、『村の本意』ってものを伝えてくれる人はいなかったんだから」
「――ユネサンニ、出来ル、事‥‥ソレハ、私ニハ、出来なイ、事、デス」
ムーグが再び口を開いた。
戦う形が異なっていても――アフリカの解放を共に為さんとする人がいることは、心強い。
だから――。
「貴方ハ、貴方ノ、道デ、最善ヲ、尽くシテ、下サイ」
握手を求める。
「‥‥分かったよ」
そう答えて、ユネは握手に応じた。
●掃討開始
「誇りか‥‥なかなかに難しい問題よねー」
キャンプ用テントを設置しながら、フローラ・シュトリエ(
gb6204)は言う。
彼女を含めた五人の傭兵が今いるのは、該当エリア内。
勿論短期決戦で終わるのが一番だが、より徹底した掃討の為に野営地を設けて日をまたいで行動することにしたのだ。
「簡易設置だからこそ、居心地は良くないとな」
夜十字・信人(
ga8235)のその提案により、野営地は周囲に村などが目視出来ないところに設置されることになった。
ちなみにここに到達するまでの間に既に若干キメラを屠っており、その死骸は野営地から少し離れたところ――傭兵たちの嗅覚が気にならないぎりぎりのところに移動させてあった。嗅覚に優れるキメラを誘き寄せる餌になってもらうのだ。
「私は金を貰って、仕事をするだけ。
デリケートなモンに顔を突っ込むのは、野暮ってもんだぜ」
やはりテントを設置しながらそう言うのは伊佐美 希明(
ga0214)。そうそう、と海星梨(
gc5567)も同意を示す。
「十年間能力者なしでやってきた根性は買ってやるが、それだけだ。
誇りだか何だか知らねェがこっちは仕事だ。解放させてもらうぜ」
「一応、おいちゃんも、女の子だからなぁ。風呂もねェところに長居するのはゴメンだぜ。
さっさと、カタぁつけちまおうかね」
その希明の言葉には何人も同意を示した。風呂も含め、色々なものがないところに長居は無用である。
そんなやり取りを耳にしながら作業しつつ、月城 紗夜(
gb6417)は考える。
(我に出来る事などない)
彼らの為に出来ること。やろうとも思わないが――。
ムーグが抱える復興の願いは応援したいと思った。
野営の設営も一通り終わり、信人と希明はバイクにまたがり哨戒に出発した。一人一台ではなく、信人のバイクに二ケツである。
程なく、後部座席の希明が双眼鏡越しの視界に動くモノの姿を捉えた。
――ユネの話では、動物は侵略最初期の段階でかなりの数が屠られてしまっているらしい。
実際、もう少しだけ近づいてみるとそれが異形であることはすぐに分かった。顔は一応ライオンなのだが、肢体には危険を察した時の針鼠のように針が無数に生えていた。サイズはどちらかというと大きい。
「‥‥いたのか?」運転で手を塞がれている為双眼鏡を使えない信人はまだ気付いていなかったらしい。希明が拳銃を取り出したのを気配で察し、そう問うた。
希明が首肯を返してから間もなく、信人もまた敵の存在を確認したようだった。バイクを間もなく停め、大剣を構える。
その段になってキメラも二人の存在に気付いたらしく、まずは近い信人に向かって駆け出した。
「こうして肩を並べていると、昔を思い出すな」
「まったくだ」
その希明の苦笑を背に、信人はキメラの前面に立つべく駆け出す。
一瞬だけその視線が、銃を構えたままの希明に向いた。
視線の意味にはすぐに気が付いて、また苦笑い。
「しんぺェーすんな。
弾丸だってタダじゃねぇんだ、一発も外す気なんざねーよ。
‥‥あー。でも、もし当たったら、ごめんね」
「それ割と笑えないんだが!?」
とか言いつつ信人は前を向く。
針を伸ばしたかと思いきやそれをそのまま身体から離し、無数の針が彼に襲い掛かった。彼はそれを時には避け、避けきれないものは大剣で受け――攻撃をやり過ごすと反撃の為に接近し、四肢砕きでキメラのバランスを大きく崩す。
そして。
「ハッ。地獄への渡し賃、しっかり受け取るんだね」
そう声を上げた希明の両手の拳銃から、数多の銃弾が放たれた――。
動かなくなったキメラの血の匂いでもう少し釣れないかと思ったものの、今回は効果がないようだった。
希明はキメラの頭部を軽く蹴飛ばす。
「故郷、か。
まぁ、自分の手でなんとかしてーってのは、分かる気がするな。
ひとんちの心配なんかどうでもいいんだ、本当ならさ。
どいつもコイツも、勝手言いやがって。
歯がゆい思いをしているのは、テメェらだけじゃねーってんだよ」
――最後の言葉に込められたものが叶えられる日は、まだ遠いようだった。
●尊厳よりも大事なコト
他の傭兵たちが野営地を設営していた頃、愛梨、ムーグ、敬介の三人はエリア内の村々を回っていた。地図は本来なかったものの、信人の頼みもあってユネは即席の――村の場所くらいは分かる地図を作っており、それは三人にも一枚渡っている。
「そうだ。もし良かったら集落まで一緒に来る?
危ない仕事だけど、自分の目で故郷を見たくない?」
ちなみにユネが地図を作り終えた後、敬介はそんな提案をしていた。
全くの赤の他人よりは関係者とか地元の人間のほうが話しはとおりやすい――。
そういった意図があったもので、ユネは最初こそ行きたそうな表情を浮かべていたが――変なところで、彼は聡かった。
急な提案だったこともあり、他の傭兵の一部がぎょっとしたのだ。そしてユネは確かに視線を彼らに巡らせていた。
態勢が整わず、万が一にでも足手まといになる真似はしたくない――だから彼はそう断りを入れた。
真綿で首を緩やかに締め付けられた状態が、十年。
――ユネの記憶を元に回った村の中には、既にその残骸だけが残ったものも二つあった。
彼がいた村は周辺では一番大きなモノだったらしいので比較的小規模なそれらが故郷ということはないだろうが、その光景を見ては、ムーグが居たたまれない表情を浮かべた。
また、やはり予想は出来ていたことだが。
生き残っている村の人々の反応は少なくとも好意的ではなく――そして、疲弊しきっているのも明らかだった。
そうして彼らはやがて、地図に記された中で最も大きな村――ユネの故郷に辿りつく。
「貴方達の努力には敬服します。
SESも無しに集落の維持となるとさぞや苦難の連続だったでしょうね‥‥」
これまで回ってきた村でもそうしてきたように、敬介はそう言葉を投げる。
尤も、本心ではそんなことは思っていない。
ユネの話を聞いたときから「自己満足で勝手な文句垂れて死ぬタイプ」だと思っていたし、これまでの過程でそれは確信へと変わっていた。もし自分がユネのような立場で、周囲がこんな人間ばかりだったら「ほら見ろ」と思ったことだろう。
そんなことを考えながらも、敬介は甘いことを言う。が、反応こそあるものの人々の態度はやはり硬いままだ。
彼らに応対していたのは村の長らしき男だったが、周辺のキメラの掃討の為に情報提供を求めると、
「余所者のあんたらには関係ないことだろう」
案の定、そんな言葉が返ってきた。
それを聞いて――愛梨は、盛大に溜息を吐き出した。
「誇りも大切だけど‥‥それは、自分たちのことしか考えてない。
他の地域の人たちは?
そして‥‥子供たちの未来はどうなるの?
親の誇りのために、子供たちがキメラの餌食になっても――それでいいの?」
「‥‥いいわけがないだろう」
なら何で、とは言わない。返ってくる言葉は分かりきっている。
「自分にできること、自分の力‥‥それを知ることも大事だと思うわ‥‥あ、そうだ、これ」
だから愛梨は荷物の中から、一通の封筒を取り出す。そのまま封を破り、中に入っていた便箋を男に投げた。
「少なくともあんたたちよりは自分の力ってものを分かっている、あんたたちの仲間からの伝言よ」
首を傾げながらその便箋に目を通していた男は――やがて目を瞠った。
「‥‥生きていたのか。この大陸のどこかで、何もできずに死んだものかと思っていたぞ」
――それは、ユネから預かった手紙だった。
行けないし通信も通じないだろうけど、と言って、敬介の提案を断った後でしたためたものだ。
そこに何が書かれていたかは、愛梨たちも知らない。
だが――。
「アフリカ、ノ‥‥貴方タチノ、為ニ、出来ル、事ヲ‥‥手伝ワセテ、下サイ」
ムーグが投げたその言葉は、今度こそ男の表情を歪ませた。
漸く目的を果たし、その結果を無線で伝えてから程なくして。
此方に向かってくる蛇のようなキメラ二匹に遭遇した。傭兵たちがいなかったら村に向かっていたかもしれない。念の為に敬介が用意していた発炎筒を村々には置いてきてあるが、それも使われないのが一番いい。
「――長い事、お待タセ、シマシタ。‥‥狩りノ、時間、DEATH」
バイクを降りたムーグがそう宣言する。
「まぁ、仕事は仕事だしね」このまま無視したらどうなっていたかを想像しつつ、敬介もジーザリオを降りて獅子牡丹を構え。
「丁度いいから、この際こっちの力を見せてあげましょ」
背後に未だ見える村を一瞥してから、AU−KVを纏った愛梨は薙刀を一度振るった。
●より確かな礎を
「――来た。村に行っていた班からだ」
野営地にいた紗夜の元にその無線通信が入ったのは、残っていた三人で周辺に寄ってきたキメラを排除していた最中のことだった。
死骸に加え、紗夜は自身の腕を軽く傷つけて血の匂いで誘き寄せたことで、キメラは断続的にやってきていた。尤も殆どが単体かつ中型のものだったので、これまでにそれほど苦戦したこともなかったが。
「何て言ってた?」
通信を終えた紗夜に、フローラが問う。紗夜はAU−KVをバイク形態に変形させてから答えた。
「今は地図でいうところの西側に多くキメラが蔓延っているらしい」
野営地があるのはユネに渡された地図のやや南東寄りだった。ちなみに二人もこの時滅んだことを知った二つの村は、地図の北西と南西にある。滅んだのはそれほど前の話ではないらしく、まだ村を滅ぼせるほどの数がいるとすればそちら側だろうという結論が情報では出ていた。
「後は頼んだぞ」
「言われなくても」
一人野営地に残る海星梨とそんなやり取りを交わし、フローラが後部座席に乗ったことを確認すると紗夜はAU−KVを発進させた。
「こういう所だと、現在地の確認もしっかりしておかないとねー」
後部座席に座りながらも、フローラは地図に大岩など目印になりそうなものを書き込んでいく。方位磁石も持ってきているので方向感覚は間違うことはない。
――南西といえるエリアに入って間もなく、紗夜がスピードを緩めた。
彼女の肩越しに、フローラも前方でチーターのような体躯の黒いキメラが徘徊しているのを視界に捉え――バイクから飛び降り。
次の瞬間にはAU−KVの装甲を身に纏った紗夜が、キメラに対峙すべく刀を構えた。
先手を取ったのは、キメラ。見た目通り俊敏、かつ強弱をつけたジグザグの跳躍で紗夜に迫る。
動きを封じるべく足を狙ったが、動きの読みにくさゆえにかわされる。返した刃も少し掠めただけで――肉薄したキメラは、最後の着地点を紗夜の脇腹とした。
装甲越しに鈍い痛みが走るの自覚しながら、紗夜は振り払わんと超機械を構えようとしたがそれは不要だった。
一瞬後に銃声が響き、その銃撃で横っ腹を穿たれたキメラが着地に失敗して大地に横たわっている。撃ったのは、勿論フローラだ。
すぐに身を起こそうとじたばた暴れまわるキメラ。だが、それをのうのうと見過ごすつもりは当然ない。
「小賢しい、黙って斬られろ」
そして紗夜はスキルを用いて威力の増した刀身を、キメラに向けて袈裟懸けに振り下ろす――!
■
そうして一日目だけでかなりの数の討伐を済ませたが。
東側が逆にまだ少し調査が甘かったこともあり討伐は翌日も行われた。
野営地にちょっとした異変が訪れたのは、既に海星梨以外の全員が出払った後だった。
「おいおい、ちょっとめんどくせェのが引っかかったんじゃねェのかこれ‥‥」
彼は苦笑混じりにそんな言葉を吐き出す。
――野営地の近くには大岩があったのだが、その周囲を囲むように佇む狼の群れの姿があり。
その視線は当然のように、彼に集中していた。
速攻で戻って来い、と信人や希明に通信を投げた後、一先ずしなければならないのは野営地から引き離しつつ時間を稼ぐことだった。
「さァて狩りの時間だ。楽しませろよキメラ共ォ!」
猛り、駆け出す。
一晩寝て体力も戻っている。迅雷で速攻をかけキメラを一匹殴り伏せると即離脱――ヒット&アウェイを繰り返す。
当然離脱を果たした直後などは後を追ってきたキメラにとっては狙いどきだったが、傷を負いつつもカウンターで吹っ飛ばした。
だが、ちょっとばかり分が悪い。性分的には面白いが割には合っていない状況だ。
このままじゃ野営地ぶっ壊されんな――などと考えた矢先、その野営地の方から数発の銃声が響き、同じ数のキメラがもんどりをうつ。
援軍の到着の報せだった。
キメラ個々の力は大したことはなかったらしく、野営地の危機も収束し。
――その日のうちに東側も念入りに捜索と討伐を終えると、キメラの姿はエリアからはもう殆ど消えていた。
「これで少しはこっちを信用してくれるといいんだけどね」
愛梨がそう肩を竦める。今回は協力してくれたとはいえ、まだ信頼には至っていないだろう。
それが得られる日は、もう少し先になりそうだった。