タイトル:【RAL】白の快楽マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/13 01:09

●オープニング本文


 ウルシ・サンズ少将が、「直接少将にお話があるそうで」と呼び出された通信室。
 そのディスプレイ越しに、七十を超えた老将――ブライアン・ミツルギ准将の顔が映し出される。
「生きとったかの、嬢ちゃん」
「もうそんな呼び方される立場じゃねェよ、ジ――じゃねえ、ミツルギ准将」
 暗に階級で呼べと言っているのに自分がしないのもどうかと考え、ウルシは即座に言い直した。言葉遣いがアレなのは、お互い性分なのでこの際スルーだ。
「いきなり通信寄越すたぁ珍しいな。何があった?」
 言った途端、ブライアンの表情が僅かに険しいものになった。
「これを」彼が短く告げた後、別のディスプレイに御剣艦から送信されたと思しき画像データが表示される。
 それは、海沿いのどこかの都市の望遠写真だった。
 そうと分かったのは、手前下部に海が、そこから陸に入ると低い建物が続いていたのが色で分かったからだが――その都市の中に二つ、やけに高さのある建物があった。
「この都市がどうした」
「‥‥お前さんも、アニヒレーターの存在くらいは聞いたことがあるじゃろう?」
 その問いに首肯を返すと同時に、この写真を送ってきた意味をウルシは察した。
 モロッコの先端――ジブラルタル海峡に近いところにあった、バグアの砲台。以前に大規模作戦の最中破壊されはしたが、同じアフリカである以上、作り直されててもおかしくはない。
 それらしき建物が二つあるのは、どちらかがダミーか、或いは両方本物か――そこまではミツルギ側も分からないという。
 ただ分かっていることは、この都市がアルジェ――アルジェリアという国の首都だった街であること。
 そして推測出来ることは、建造の狙いは地中海越しの国かチュニジアであることと――まだ発射されていない以上、建造中の可能性が高い、ということだ。
「‥‥今度は打たれる前に潰しとけ、ってことか」
 ウルシの言葉に今度はブライアンが肯きを返し、
「周りには邪魔がうろついとるが、その露払いもついでに、な」
 回線越しに、二人の表情に同時に強気の色が浮かんだ。

 ■

 アルジェの中央に聳え立つ二つの塔――そのコントロール室は二つとも地下にある。
 そのうちの、一つ。
 そこに設置された椅子の一つに、白衣を身に纏った男が腰かけていた。
 通信機器の上に行儀悪く足を置き、手にした医療用メスをペン回しの要領で玩具のように回す。
 体の線はやや細い。黙っていれば端整に見えるであろう中性的な顔立ちには、しかし今は軽薄そうな表情が浮かんでいた。
「へー、数じゃ勝ってたんじゃなかったっけ?」
『‥‥申し訳ございません』
 面白おかしそうに言う男に対し、疲弊した表情の強化人間が通信ディスプレイ越しにそう謝罪する。
 強化人間は先日ワルグラで傭兵との戦闘に敗れたのだ。撃墜されたワームから命からがら逃げ出し、漸く身の安全を確保したところで男に報告を入れている。
「まぁ、いいさ。そうじゃなきゃ戦い甲斐もないってもんだ」
 男はそう言いながら、ディスプレイに映し出されるアルジェ市街内部の各所の風景を見る。
 少し前から街のあちこちが俄かに騒がしくなった理由を、当然彼も把握していた。
「こっちも面白くなりそうだし、挽回したいと思うなら今すぐ全力でこっちに来な」
 恐らくは処分を言い渡されるのを覚悟していたのだろう。神妙な表情を浮かべていた強化人間にそう言い捨て、男は通信を切った。

「ま、あの様子じゃ来ても役に立たないだろーな」
 はは、と一人軽く笑い、男は椅子に一段と深く背を預けた。
「ったく、いつものことだが指揮する立場ってのはめんどくさいな。
 解剖<バラ>したくてもそんな機会が少ないしよー。今回の連中は骨があることを願おうか」
 言った傍から、ある意味では自分の期待に沿う事態に陥ったことを彼は知ることになる。
「ゲルト様。中心部に傭兵が‥‥どうやら、この塔にも侵入しそうです」
 部下である強化人間が彼――ゲルトにそう告げたのだ。
 以前のアニヒレーターはレーザーを反射させる鏡を破壊することで無力化したが、塔内が筒状になっている以上その手段は今回は使えない、ようにしてある。また砲身そのものもわざと高い位置に作ってあるが、此方は以前同様に頑強に作ってある為破壊するのは不可能だろう。そもそも以前使ったらしい爆薬もない筈だ。
 となると、考えられる手段はここ――コントロール室を使用不能にすることだけだ。
 ゲルトは楽しそうに唇を歪ませた。次いで、「オーケーオーケー」背もたれに身体を預けたまま、大仰に両手を広げる。
「来たな。まずは戦えるだけのキメラを上の階に放っとけ。
 呼び戻せたのがいたら‥‥そうだな、その前に外で傭兵を疲れさせておくか」
 そこまで言ってから椅子を回転させ、右手で持ったメスで強化人間のことを指し示す。
「でもって次は君らね。あ、無理は死なない程度にしとけよ。もう戦えないなと思ったら素直に通してしまえ。死んだら楽しめるもんも楽しめなくなんだから。
 もう一つ言うと、そこまで無茶して僕の患者<えもの>無くされるのも嫌だし」
 あくまで楽しむことが優先されている彼の指示に、強化人間は表情を険しくした。
「しかし、万一という場合のことがありますし‥‥」
 指摘に対し、「あったま固いねぇ君」ゲルトは呆れたように吐き捨てて天井を仰ぎ見る。
 だがすぐに気を取り直し、最初のような陽気な表情で強化人間に視線を下ろした。
「なーに、最悪こんなもんまた建て直せばいんだよ。使える資材も人材もこの大陸にゃ腐るほどある。
 それに君――僕がこんなとこであっさりむざむざ死ぬとでも思ってんの?」
「それは‥‥」
 強化人間が口を噤んだのを命令に従う意思と受け取ったゲルトは、一層楽しそうに肯いた。
「よし、それじゃ行ってせいぜい楽しんできな。
 でも僕に楽しさのお裾分けすんの、忘れんなよ。こっちだってさっさと前出たくてうずうずしてるんだ」
 会話の合間も手の中で弄び、最後に顔の横に持ち上げたメスが――鈍く輝いた。

●参加者一覧

シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
美空・桃2(gb9509
11歳・♀・ER
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD
エシック・ランカスター(gc4778
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

●前途多難
 所々崩れてはいるもののまだ街の面影を十分に残す中心部のある区画を傭兵たちは駆けていく。
 今も周囲では戦闘が続いている。その証拠にやや遠くでは銃声や破壊音、爆発音、キメラの鳴き声、そして人類とバグアの両者入り混じった怒号が断続的に響いていた。
 ただ、UPC軍や他の傭兵たちがその場を受け持っていることもあって彼ら自身は殆ど消耗していない。
 ――だから、目標となるものを再確認する余裕も十分にあった。
「ここまでは敵に見つからず近づく事が出来たか‥‥」
 そして、と付け足して、神棟星嵐(gc1022)は建物数軒を挟んだ向こう側にある高度のある塔を見上げる。
「あれがアニヒレーターと思われる建造途中の塔か」
「如何にも悪党が住まいそうな塔なのである。さしずめダークタワーと言ったところなのですよ」
 そう言葉を続けたのは美空・桃2(gb9509)だ。ええ、と肯いてから、ハミル・ジャウザール(gb4773)は言う。
「完成させる訳には‥‥行きませんね‥‥。
 ダミーなら良いんですが‥‥とにかく確認しませんと‥‥」
「どっちもがアニヒレーターの可能性だって、なくはないんだよね」
「どっちにしろ、先に潰しておくに限るな。
 被害を少しでも減らせるなら多少の危険を冒す意味はある」
 黒瀬 レオ(gb9668)の懸念に対し、秋月 愁矢(gc1971)は言った。
 ここがバグアの要である――その推論は二人だけでなく、この場にいる傭兵たち、ひいては今アルジェを攻めている全ての人類が考えていることだろう。
「何があるか分かりませんから、慎重になり過ぎる事はありません。
 くれぐれも油断の無い様に」
 エシック・ランカスター(gc4778)の言葉に誰もが肯いた後、それにしても、と呟いて八葉 白夜(gc3296)は
「‥‥年の明けをこうして貴殿と御一緒出来るとは思いもしませんでしたよ」
 そうシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)に笑いかける。
 ――だがシンはその言葉に反応することなく、それどころか前方を見据えた視線には怪訝の色を湛えていた。
 彼だけではなく、集団の中で前を往くレオやエシック、星嵐辺りの表情もそれまでよりも殊更に厳しいものになった。
 その理由を、他の傭兵たちもすぐに悟ることになる。
「何だ‥‥アレは」
 館山 西土朗(gb8573)の声音は戦慄の色を帯びている。
 塔の周囲はちょっとした大きさの広場になっているのだが、今はそこに無数のキメラが群れを成していた。
 キメラがいること自体は最初から予想できていたことだ。
 だが、その数が彼らの予想をあまりにも逸脱していた。
 一部の者は気配で少し前から気付いていたが、周囲の音がカムフラージュとなってこの勢力が生み出す音にまで察することが出来なかったのだ。
「どこがで手落ちがあったのか?」
 険しい表情でそう疑問を口にしたのは愁矢だ。
 どこか、という点まで予測はつかなかったものの、彼の予測はおおよそ当たっていた。アルジェの北ではUPC軍がバグア海軍相手に梃子摺った為に時間を稼がせてしまい、西側では現場の司令官が何者かに暗殺され――それでも混乱は最小限に留めたものの――指揮系統が一時的に麻痺してしまった。
 その皺寄せがここに来ている。戦況の停滞の間に、ここに傭兵たちが来ることを察したバグアが街で人類と対峙していたキメラ群を呼び戻したのだ。
 傭兵たちの多くは、塔の周囲に蔓延る敵戦力はそれほどの数でもないと踏んでいた。
 わざわざ警戒せずとも、戦力を温存したまま塔の中へ侵入できる、と。
 その油断があった故に、目にした光景の衝撃は大きい。
 ――だが、ここで足を止めるわけにもいかない。
「切り込みます、俺に構わず先へ」
 意を決し、エシックが先頭として敵陣の中へ切り込み始めた。

 一歩大地を踏みしめれば一匹キメラが此方に気付き、三歩歩く頃には複数の魔の手が襲い掛かる。
 それほどまでに密集した状況だった。レオがソニックブームで塔への最短ルートを切り拓き、エシックがそれを確固たるものとしようとしてもその頃には刃が届かない距離の道はもう塞がれている。
 もうこうなると、死角がどうとか臨機応変な連携がどうとか言っている場合ではない。ただ我武者羅に目についた敵に対処するようにしなければ、次の瞬間には自分を切っ掛けに趨勢が崩れかねない。その危機感は、誰にもあった。
 一発はぐれてしまえば八方を塞がれて蹂躙されるのが目に見える状況の為、固まって移動する。
「――こっちからもか!」
 最後尾にいた西土朗と美空の更に後方から襲い掛かる鴉に対し、間に割って入った加賀・忍(gb7519)は叫びながらカウンターの一撃を入れる。
 その合間にも別のキメラがそれぞれ忍と、彼女が居なくなった空間に入り込んで白夜に襲い掛かる。
 前者は愁矢が防ぎに、後者は星嵐が対処に乗り出すが――状況の打開には、程遠い。
 油断が招いた事態に加え、ここで拙かったのは、『前衛』『後衛』という概念に捉われすぎたことだろう。
 仮にも複数の敵がいる中を突っ切ることが予測できている、ということは突っ切る間に生じる『後衛』の隙を消す必要がある。ただ彼らはストレートに前後に分かれることを選んだものだから、後ろががら空きになってしまうのは無理もないことだった。
 美空に関してはエシックが身を挺して護りにかかったこともあったものの、彼も集団の推進力の一人であった以上いつまでも護りっぱなしでは居られない。
 しかし一方で、仲間の傷は次々と増え、深くなっていく――。
 そうして、他者回復手段を持つ美空や西土朗も早い段階でそれを行使せざるを得なくなった。

 倒すことよりも、先に進むための道を拓くことがこの場において肝要。
 先に待ち構えているであろう――そして此方は対処を考えてあった――塔内に居る可能性のあるキメラへの対処方針が頭を過ぎったことが、結果的に彼らを僅かに救った。
 この事態を全く予測できていないわけでもなかったレオ、それでなくとも護りを第一としていた愁矢の消耗は他のメンバーに比べて小さく済み、キメラの海を泳ぎきる為の終盤の推進力は彼らにエシックを加えた三人となった。
「もう少しです‥‥!」
 もう塔の姿は目の前になっており、キメラたちの姿の影に隠れて両開きの扉も見え始めている。
 エシックが仲間を鼓舞するように叫びながら前方へ斬り込み、それに呼応するように他の傭兵たちも力を振り絞る。
「――これで!」
 三発目のソニックブームをレオが放ち、それで遂に一瞬だけだが扉までの道が開ける。エシックの斬撃と星嵐の銃撃がそれを確固たる道に変え。
 漸く塔内に入り込み、すぐさま扉を閉めた時――。
 まだ目の前に――先ほどまでの密度でないにしろ――やはりキメラが跋扈しているという状況に、傭兵たちは誰からともなく溜息を吐き出した。
 そうせずには、居られなかった。

●殺すか否か
 初手から躓く格好になったものの『中にキメラがいる』という可能性は最初から踏んでいた。
 だから傭兵たちの間に特に動揺はなく、己が想定していた通りの動きを始める。ただし、想定外の疲労感を伴って、だが。
 AU−KVをバイク形態に変形させた星嵐と、それにタンデム騎乗する西土朗は、先ほどまでよりも大分密度の薄いキメラの群れの間を駆け抜けていく。迫り来る敵の気配はスピガエンドで牽制するか、或いは速度で振り切った。
 元から何もなかった空間を駆け抜けたら、下り階段を見つけるのは存外に楽だった。
 もっとも、それは自らの存在をフロア中のキメラにも誇示することでもある。
 矛先は二人だけでなく、後を追う他の傭兵にも当然向かった。
 殆どのメンバーはここでの戦闘は最低限と決めていた。無視出来るものはする、と。
 ただし先に負った傷から生じる血の匂いは、彼らが無視出来る数を大分少なくすることになった。

 ――それでも外に比べたら大分消耗を抑え、彼らは順調に地下一階へ降り。
「ここもキメラのみですか」
 そんな星嵐の感想を伴いつつ、地下一階も無事に突破した。

 ■

 地下二階へ降りると、存外に目の前に壁があった。
 ただしそこには二つの扉がある。その間の距離からして、二つの部屋に分かれていると考えるのが妥当だろう。

 特に班に分かれることは考えていなかったので、全員で左側の部屋に入る。
 予想通り部屋は分かれていたが、奥に再びドアが見えた。先ほどのフロアの広さからして、あの先は長くない。
 ――そしてその手前に佇む強化人間が、一人。

「お前達に勝ち目はないのであります。大人しく降伏すれば痛くしないのであります」
 最初に美空がそう勧告したが、
「‥‥って言われても、何もせずいきなりハイそーですか、って答えたら後で上に殺されるだろ」
 強化人間は肩を竦めそう応えた。上が誰か傭兵たちには分からないが、ここがどういった場所かを考えれば尤もな理屈ではある。
 そこから先は言葉はなく、強化人間が先に動き出した。双剣を携え、能力者で言うところの瞬天速ばりの勢いで接近する。
 カウンター気味に、強化人間の足めがけてエシックが斧を振るったが、手ごたえは薄い。彼を狙いにきた強化人間はサイドステップでそれを避け、攻撃の照準を目の前のシンに変更した。
「おっと」強化人間は小さく驚きの言葉を零した。彼が照準を定めたと同時、その相手たるシンがSeeleと名づけたエネルギーガンを起動していたからだ。
 自らの被害に構うことなく腕を傷つける一撃だけ入れ、バックステップする強化人間。その横から迅雷で接近した白夜が肉薄する。
 目めがけて放たれた刃を、腕を持ち上げて剣で受ける。ただそこから生じた鍔迫り合いに多少時間をかけた為に、追撃にきたレオの攻撃への反応には遅れた。
 守りを固めながらもブラッディローズの引き金を絞った愁矢の追い討ちも重なり、両断剣・絶を使用していたレオの強烈な一撃で壁に叩きつけられ、反動で更に勢いよく床に落下した。
「‥‥お互い、ここで命を削りあっても分が悪い。だから、通してほしいんだ」
 のろのろと起き上がった強化人間に対し、改めてレオがそんな言葉を投げる。
 強化人間は沈黙した。
 その沈黙の意味について、傭兵たちはそれぞれに異なった解釈をした。
 レオの提案を受け入れるかどうかの判断、と取る者。
 或いは――此方の隙を窺おうとしているのではないかと推察する者。
 ――強化人間の処遇を最終的にどうするか。その意思を統一できていなかったことが、一つの食い違いを生み出す。
 強化人間が左腕を上げる動きに、敏感に反応したのは白夜。
 地獄蜂を強化人間の関節に投げ挟み、それを傭兵側からの拒絶と見て取ったのか強化人間は無理やり踵を返した。
「シン殿、強化人間が逃げます!」
 その背を追いながら白夜はシンに援護を仰ぐ。シンが強化人間の足元に電波を直撃させたと同時、強化人間は左手を上げた。
 戦闘中によそ見するわけにもいかなかったし、最初強化人間が体で隠していた為見えなかったが――彼が手を伸ばした先にはレバーがあった。
 それを思い切り下ろすと、単なる壁と思われた隣の部屋との仕切りが一瞬にして上下に開く。
 そして――強化人間がもう一人姿を見せた。援護の準備は万端だったのか、肩にかけた大型のマシンガンを傭兵たちに向け撃ちっぱなしにする。
 思いもよらぬ形で弾幕を張られ、傭兵たちの足が止まりかける――真っ先に立ち直ったのは、
「キメラではないですが‥‥」
 目の前以外の敵の可能性を踏んでいたハミルだった。エナジーガンで牽制しかえし、一瞬弾幕が止んだところで接近、クロックギアソードを振るう。
 次いでキメラの存在はないと踏んだ忍が立ち直り、やはり同じ強化人間へ追撃を図った。

 一旦沈静化しかけた戦闘だったが、これを機に再度激化する。
 再び吐き出された弾幕は、それを止めようとする傭兵たちをもう一人の強化人間が妨害したこともあって多くの傭兵の体力を更に削りとることになった。
 最初に強化人間が沈黙したときにどういった結論を出そうとしたかは、もはや本人しかわからない。
 だが――結局のところ、マシンガンの弾倉が空になった後、集中的に攻撃を受けた援軍の強化人間が意識を失ったところで、
「‥‥俺達も殺されるためにやってるわけじゃないからな」
 最初よりもやや機嫌悪そうに吐き捨て、残った強化人間はカードキーを放り投げた。
「一応、動かないようにはしますよ」
「どうぞご勝手に。上には程々にやったら通せって言われてるし、ここから先は俺は無関係だ」
 ロープで腕と足を縛られながら、強化人間はあくまで機嫌悪そうにそう言ったのだった。

●立ち塞がる新たな悪意
 地下二階から更に下に下る階段。
 退路を確保すべくその上にハミルと西土朗だけを残し、他の傭兵たちは地下三階へ降りる。
 ――多くの者が、満身創痍だった。まだ十分に戦える余力を残しているのは、一番最初にぶち当たった壁である塔外のキメラ群に対し唯一明確な警戒手段を講じていたレオと、これまで終始護りを固めていた愁矢だけだ。
 エシックもまだ戦える部類に入るが、それ以外は戦闘行動に支障をきたすほどに消耗していた。救急セットや練成治療、拡大練成治療などによる回復も、まるで追いついていない。
 それでも――それでも、後はコントロール室に入って内部を破壊するだけ。
 そう殆どが思っていた矢先――。
「よーう傭兵諸君」
 階段を下りた先――コントロール室の前にある、上の階層よりはやや手狭な広間に佇む白衣の男が、彼らに現実を突き付けようとしていた。

「なんだなんだ、随分疲れてるじゃないか」
 言葉通り疲弊の色が強い傭兵たちを見、白衣の男は呆れたように肩を竦める。
「大方、こっちの戦力を見誤ってたとか、キメラどもをどうやり過ごすかってとこに思慮が足んなかったかってとこだろ。
 あとは――そうだな。上でやたら激しくやってるのもこっちに響いてたんだ。
 うちの部下とやり合ったんだろうけど‥‥集団で二人を叩くにしてはやけに時間かかったよなあ?
 あいつらをどうするか、ってとこにブレはなかったか?」
 口ぶりからして見ても居ないのに、次々と推論を並べていく男。
 ――その多くは当たっていたが、肯定してやる必要もないので傭兵たちはあえて無視した。
「――ま、折角ここまで来たんだ。ちょっとは歓迎の印ってものを見せてやるよ」
 男はそう言って、白衣のポケットに突っこんでいた両手のうち、左手を抜く。
 その手には、小型のスイッチが握られていた。
「これ、何だと思う?」
 問われ、傭兵たちは黙考する。
 考えられる選択肢は、三つ。
 一つは、武器。男の身なりからしてそういった類の兵器を武器としていることも考え得る。うかつに手を出さなかったのもそれが理由だ。
 二つ目は、アニヒレーターの自爆装置。出来ればそうであって欲しいところだが――どう見ても追いつめたとは言えないこの状況で、しかも「歓迎」などという言葉とともに取り出すものではない。
 そして三つ目は――。
「あーもう、考えるの長いんだよ」
 誰かが答える前に、男はうんざりしたらしく
「正解は、アニヒレーターの起動スイッチ」
 勝手にそう答えた。予想出来た答えの三つめではあったが――それでも多少の戦慄は禁じ得なかった。
「‥‥待て、アニヒレーターは建造中って話じゃないのか?」
 眉を顰めて愁矢は問う。
「そらまぁ、作り始めてからそんなに時間が経ったわけじゃないけどな」
 男は余裕を伴った表情で愁矢を見、答える。
「――お前らの科学力は、バグアの兵器が完成品かどうか見た目だけで分かるほどじゃないだろ?」
「‥‥」
 その言葉がただの脅しかどうかは、男の表情からは窺い知れない。
 ただ傭兵たちに分かることは、この男もスイッチも、紛れもなく危険因子であるということ――。
 ならばまずは、スイッチを壊すべきか。視線だけで意思をかわしあう傭兵たちだったが、
「お前らが態々コレを壊す必要はねーよ」
 意外なことに、男はそんなことを言って――スイッチを、握りつぶした。
 一瞬にして砕け散った残骸の一部がパラパラと床に落ち、握ったままの男の手の中からは煙が上がる。
 ――少し待ってみたものの、アニヒレーターの反応は、ない。
「‥‥ダミー、ということですか?」シンが呟く。
「さぁな。壊しても何にもなんないだけかもしれないじゃん?」
 自分でやっておいて、男はわざとらしくそう言った。その段になって握っていた手を離し、手の中に残っていた残骸を振り払う。
 そして――それまでも楽しげだった男の瞳に、爛々とした輝きが生じる。
 まるで、血を求める獣が獲物を目の前にしたかのような。
「元々さー、追い詰められたらコレを脅しに使って逃げろって言われてたんだよ」
「何‥‥」
「それを自分でぶっ壊した僕が今どう考えてるか分からないほど、お前らも馬鹿じゃないだろ?」
 ――臨戦態勢。
 それまでも警戒態勢を続けていた傭兵たちのうち、真っ先に動いたのは白夜。迅雷で即座に男へ接近し、チンクエディアを振るう。
 シンは男が避けるその軌道に合わせ追い討ちをかける準備も出来ていた――が、次の瞬間目の前で起こった光景に目を剥いた。
「がっ‥‥」
「こんな服装<なり>してるからって、運動能力がないとでも思ったか?」
 剣の軌跡はむなしく空を切り、すれ違うように二歩ほど前に出た男。誰もが目を疑うほどの速度でそれを行ったことを認識した直後、白夜の背中から大量の血が飛沫となって舞う。
 ただでさえ満身創痍だったこともあり、白夜はそのまま力なく崩れ落ちる。傭兵たちが唖然としている間に男はすぐに元の位置に戻り、コントロール室から引き離すよう、動けない白夜の身体を立ちすくむ傭兵たちの方へ蹴っ飛ばした。
「安心しな、まだ死んじゃいない。そーいうことやれるかやれないかってのは、ココが記憶してくれてるからな。後はやるかやらないか判断するだけだし、そこですぐにやるのは僕の主義じゃない」
 そう言って男は左手で自身の脳の辺りを指し示す。――ヨリシロか、と傭兵たちはその段になって判断した。
 次いで、男が放った言葉に戦慄した。
「けど――流石にこれだけじゃ引き下がらんだろうし、もうちょっと這い蹲ってもらおうか」
 ほぼ反射的に起動したシンの超機械の電波と、それに続いた星嵐の銃撃、レオのソニックブームを残像をも残す動きで避け――男は側面の壁を蹴り、勢いで更に加速する。
 そして一瞬の間に、シン、星嵐、愁矢、美空――次々と血飛沫を伴って叩き伏せられる。星嵐はAU−KV越しの衝撃だった為血の量は他より少ないが、装甲がまるでナイフを入れたバターのように滑らかに切り裂かれている。
 加えてそれまでに蓄積されたダメージが大きいことに代わりはなく、やはりそれから起き上がることはなかった。

 壁と壁の間を横断した男はまたすぐに元の場所に戻り、数人が一気に床に倒れ伏し動けなくなった様子を見た後、背中を僅かに丸め、はは、と可笑しそうに笑った。
「帰りな。あの人に殺せって言われてるから本来ならそうすべきだけど、今日の僕は機嫌がいいから見逃してやる」
「‥‥一方的に此方を叩き潰せている、からか?」
 一度は叩き伏せられたものの起き上がった愁矢が尋ねる。
「目測誤ったか」彼が起き上がったことに驚いたのか、そう零した。
 先ほど彼は『やるかやらないかは自分次第』などということを口にした。そこから繋げると――今にも倒れそうな者にだけ止めを刺した、ということのようだ。
 今も尚立っている傭兵たちがそんなことを考えている間に、
「質問の答えだけど、それは違うね」男は答える。
「愚策だろーと死にかけだろーと、上の状況を掻い潜ってきたことを称賛する程度には傭兵を買ってんだよ、僕は。
 ――もっと楽しませろよ。こっちだってこんな狭っ苦しいところで待ち構えてるのなんて性分じゃないんだ」
 命令だからしょうがないけどな、と小さく付け加えた男に対し、眉根を寄せてエシックが問う。
「一体何者ですか、貴方に命令を下す『あの人』というのは」 
「――お前ら傭兵もそれなりに知っている名前、といやあ想像はつくだろ?
 チュニジアにも同じ名前の要塞があるらしいじゃんか」
「‥‥まさか」
 エシックが言いかけた言葉には「後は察しろよ」と苦笑してから、男は手で追い払うジェスチャーをする。
「ほら行けよ。僕の気分が変わらないうちにな」
 ――既にまともに立っていられるのはレオ、エシック、愁矢のみで、未だ全く消耗していないバグア相手に勝てる見込みは極めて薄い。
 そしてその突破がなければコントロール室への突入が叶わないであろう以上、これ以上の任務の遂行は不可能に等しい状態だった。
 戦えはしないものの辛うじて歩けるシンや星嵐には何とか起き上がってもらい、残りの面子は手分けして担ぎ上げる。
「‥‥その顔、僕は絶対忘れませんから」去り際にレオは一度振り返り、言う。
「そうしてくれよ」男は軽く笑ってから、「あ」思い出したようにぽんと手を打った。
「最後に自己紹介くらいはしていってやるよ。
 ――僕の名は、ゲルト。あの人――ヨリシロとなったピエトロ・バリウス直属の部下、『プロトスクエア』のうちの一人だ」

 上で待っていたハミルと西土朗は当然、戻ってきた面々の様子にぎょっとした。任務遂行の可不可は仲間の表情を見れば分かったのであえて問わなかった。
 既に強化人間を動けなくしている地下二階は問題なく通過し――地下一階へ上る最中、
「今ピンを抜きました。進行方向に閃光手榴弾を投げます、各自目対応をお願いします」
 美空を担いだエシックは、片手で器用にピンを抜いた閃光手榴弾を歩いているほかのメンバーに見せた。
 もっとも、それにまともな対応が出来るのはレオと愁矢、エシック、ゲルトと対峙しなかったこともあって辛うじて余力を残していたハミルしかいない。西土朗は強化人間との戦いを終えた段階で既に戦闘能力を失っている上、治療のための練力もない状態だった。
 それに――もっと大きな問題がある。
「中のキメラはこれでどうにか出来ますが‥‥外に出てからが問題ですね」
 その懸念は最悪な形で的中し――何とか被害を受けずに外に出た後、例によって跋扈するキメラが群れを成して襲来した。それにより動けていた四人のうち消耗が激しかったハミル、エシックもまた、戦闘続行が不可能な状態に陥る。
 それでも――もう一方の塔に侵入した別働隊が救援要請をしたらしくやってきた数機のKVのお陰で、傭兵たちは辛うじて撤退を完了したのだった。

 ■

「んー、結局残っちまったか」
 傭兵たちが撤退した後、コントロール室に戻ったゲルトは椅子に座って天井を仰ぎ見た。
 もう一方の塔がダミーであること――つまり今自分がいる塔こそが本物のアニヒレーターであることは既に露呈してしまったらしい。
 この際それは別にいいし、本物が残ったこともバグアにとっては良い結果であることは間違いない。
 ――が。
「僕、もう少しここにいろって言われるんだろうな‥‥」
 めんどくせ、とゲルトは椅子を蹴るように立ち上がり、通信を繋ぐ。
 ――ディスプレイに映し出された上官の顔を前に、ゲルトは特に姿勢を正すわけでもなく。
「僕も前に出たいんですけどー。
 ヴィクトリアもダミーの方にいるの結構我慢したみたいだし、そろそろ僕も外に出してもらえませんかねー?」
 へらへら笑いながらそう懇願すると、上官――かつてピエトロ・バリウスという名の中将であった男の身体を持つバグアは、その当時の威厳を保っていることを誇示するかのようにゆっくりと肯いた。
『‥‥分かった。身体が空いたメタをそちらへ回そう』