タイトル:【染】白ハ全テ浄化スルマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/13 23:31

●オープニング本文


『白い夢の向こう側』
 世界で唯一平和だった島には、天に届くかと思われるくらい高くそびえる砦がありました。
 砦についての伝承は各国に存在します。それぞれの伝承の内容は違いましたが、砦を平和の象徴としていることだけは共通していて、故に大切に扱われてきました。
 ただ真っ白なその砦の中は、誰も知りませんでした。

 ある日、『外』の戦争で家族も家も失った少年は、気がついた時には砦の中に倒れていました。
 少年だけではありません。何らかの形でその戦争に関わっていた人間が数人、そこにはいました。
 何故砦の中に居るのか――疑問に思っていた少年たちの前に、自らを『砦の主』と名乗る少女が現れます。
 あまりに華奢で可憐な雰囲気を持つ少女の纏う衣服は、やはり純白でした。

 少女は言いました。
「もうここから出てはいけません」
 外に出れば最後、世界を覆った恐ろしい闇に呑まれてしまうから、と。

 ――数日後、その忠告を無視して『外』への扉を開けた一人の軍人が、彼女の言葉通り一瞬で闇に呑まれました。
 それから、平和だった筈の砦の中で次々と異変が起こり始めます。
 扉の外、天井、或いは床――ありとあらゆるところから、全身真っ黒の魔物が姿を見せるようになったのです。

 少年を含め、助けられた人間たちも砦の中を自由に行き来出来たわけではありません。
 助けられた時に居たフロアと、その上の二フロア。
 それが彼らの世界の全てでしたが、一番上のフロアにはエレベーターに似た装置がありました。
 少女には「使ってはいけません」と言われていましたが、魔物から逃げる場を失った少年たちはそれを使うことにします。

 少年たちが行きついた先は砦の最上階。
 最上階はやはり純白のフロアでしたが、他とは違い内部の壁も何もありませんでした。
 その部屋の中心に、『主』たる少女は立っていました。
 悲しそうな表情を浮かべながら少女は『外』にあったような闇を自在に操り、少年たちを捕えます。
「どうして」
 少年は必死に尋ねました。
 どうして世界を闇に包んだのか。
 どうして自分たちを助けたのか――。

「誰も私を認めてくれないから」
 その少女の言葉を聞いた瞬間、少年たちの意識は途切れました。

 次に目を覚ました時、少年は砦の外、自分の国にいました。
 戦争は和平条約を経て終わっていました。
 ――そして砦は消失し、存在していたことさえも少年たち以外には忘れられていたのでした。

 ■

「‥‥まぁ、これは私が勝手にまとめたあらすじだから、実際は凄く長いんだけど」
 アスナはそれを、ざっと読み上げた後――。
「――まだ十一歳でこの一本の物語を書いていたっていうんだから、将来的には本当に作家にでもなっていたかもしれないわね」
 冊子状になっている原稿の束をデスクの上に置いて、そう溜息をついた。アスナがまとめたというあらすじは、冊子の表紙の上に重ねられている。
 冊子の代わりに懐から手帳を取り出し広げ、アスナは説明を開始する。
「何にせよ、鎌を破壊されたあの子――夢芽には、もう新しい『世界』を作る能力は残されていないわ。
 ただ『世界』がもうどこにもないかっていうと、そうでもないの。
 ――その残された最後のモノがある場所は、凪島・夢芽の自宅だった場所よ」
 夢芽の失踪を切っ掛けに彼女の両親が街を去った後、庭付一戸建の自宅があった場所は既に更地になっている。
 その更地の奥の壁に、純白の扉が出来ているのだという。
「純白――てことは、その先にあるのは」
「えぇ。彼女が書いたこの物語の世界ね」
 肯いてから、アスナは説明を続ける。
「けれど、この世界は物語通りには完成してないのかもしれないわ」
「何でそう言える?」
「一つは既に鎌が壊れているから、ってことなんだけど。
 もう一つ言えるとしたら――そこが砦の中だとしたら、現実は『砦の外』じゃない?
 けれど実際は、『外』だってそう苦しいことばかりじゃない――夢芽にとっては、この物語を渡した担任がそれを象徴する存在だったように、ね」
「つまり、『中』しか出来ていない世界ってこと?」
「まぁ、そういうことね」
 アスナはもう一度肯いた。
「――大体予想はついていると思うけど、夢芽はこの砦で言う最上階にいると考えられるわ。
 この物語に準えるなら、そこに至るまでの装置を探す、その前に『魔物』――キメラをどうにかする必要がある、ということね」
 といっても、いつも通りなら数に限りはない筈なので夢芽戦に備えてある程度温存する必要はあるが――。
「ただ今回はどんな種類のキメラが出てくるかもわからないから、油断はしないで。
 夢芽が鎌を使うことで最上階で『少女』のようにいるつもりだったとしたら、鎌を使えない今下で余計に疲れさせてくる可能性もあるし」
 そこまで説明したところアスナは手帳を閉じた。
「――同級生に謝られたり、鎌を壊されたりした彼女が何を思って物語の世界に閉じこもったか、一番深いところは彼女にしか分からないかもしれないわ。
 けれど、決着をつけられるのは今しかないと思う。――だから、頑張ってきて」

●参加者一覧

葵 宙華(ga4067
20歳・♀・PN
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
虎牙 こうき(ga8763
20歳・♂・HA
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA

●リプレイ本文

●破滅の白
 凪島家の跡地――更地になっているその場所に現出した両開きの扉を、能力者たちはくぐる。

 ――行き着いた先は、白一色に染め上げられた世界だった。やや遠くにはドアも見えたが、多少紋様があるだけでこれも純白だ。
 あまりにも他の色がない故に、遠近感に乏しい空間になっている。ドアの存在と壁と床の境界線たる継ぎ目の線がなければ、うっかりするとただひたすらに広い一つの空間と勘違いしてしまいそうだった。
 ――けれどそうではないことを、能力者たちは知っている。
「夢芽ちゃんの描いた物語の終焉。
 ‥‥ずっと追ってきたぼくらの役目です」
 沖田 護(gc0208)は気丈に言い放つ。
 終焉――そんな単語を耳にし、
(もしも、なんてないけど)
 黒瀬 レオ(gb9668)は思う。
 ――こうなる前に夢芽に出会えていたのなら。
 何が出来たかは分からない。でもきっと、何かは出来た筈なのだ。
 自分がしたいことは、ただ、目の前の女の子を救いたいということだけ。
 それだけなのに――たらればがない現実は、こうもままならないものなのか。

 今回、能力者たちはある意味で最初から苦しい条件で依頼に臨まざるを得なかった。
 別の依頼で傷を負った、二人の重傷者――。
「よっしゃ、死ぬにはいい日だ」
 重傷者のうちの一人、湊 獅子鷹(gc0233)がそう言うと、
「そんな縁起でもない‥‥」
 虎牙 こうき(ga8763)がぎょっとしながら返す。
「大丈夫、盾の守護竜はこのために生まれましたから」
 そう言う護は、特に負傷者の周りの警戒に余念がなかった。
「人間に立ち戻っただけだから」
 一方でもう一人の重傷者、葵 宙華(ga4067)はそう言うものの、だからこそ無茶は出来ない。
 そんなわけで、宙華は集団の中衛、他の能力者に護られる位置にいた。
 ここに来る前、彼女は夢芽が描いた物語を――『白い夢の向こう側』を読んできていた。
(白を綺麗だとは思わない)
 ――虚無。拒絶。破滅。
 少なくとも宙華の中で、白はそういったものを象徴する色であった。
 それは物語を読んでも決して揺らぐことはなかったし、ある意味では彼女のいうところの『拒絶』もその物語から読み取ることが出来た。
(彼女の世界――眩しいぐらいの純白でどこか悲しく感じるな)
 実物をこうして目にし、似たような感想を抱いた者もいた。桂木穣治(gb5595)である。
 物語が書かれたのは、夢芽がヨリシロになる前。
 けれど、『外』の世界が――これまでに彼女が作ってきた世界をも含めた現実、という側面のことを指しているなら。
(物語の中の『少年』や助けられた人々に当たるのは、今の俺達かもしれないねえ)
 穣治は思う。
 物語のラストを読んだ限りでは、本当は彼女は自分のことを知って、認めて、一緒に過ごしてくれる友達が欲しかったのではないか――そういう印象を穣治は抱いた。
 けれど。
「――来るみたいだぜ」
「‥‥やれやれ、今回はあんまり遊んでる余裕ないんだがな」
 集団の最も前にいた鈍名 レイジ(ga8428)が不意に足を止めて呼びかけた言葉に、ブレイズ・S・イーグル(ga7498)が溜息をついて応える。
 正面のドアと能力者たちの位置の丁度中間辺りの床に、斑点のような黒が出現していた。
 それはレイジが注意を呼び掛けた次の瞬間には立体的な膨らみを見せ、あっという間に楕円形に二本の腕を生やした異物に変貌を遂げた。
 単体ではあるが、視界からドアを完全に遮る程のサイズはある。腕も決して短くないことから、無視は出来ないだろう。
(力づくなんて、誰もついてきやしないさ)
 穣治が超機械を構えたその瞬間には、既に戦闘ははじまっていた。
 図体がでかい故に、前衛陣が取り囲むのは容易だった。
 が、
「――うわっ」
「めんどくせえな‥‥」
 キメラの二本の腕は鞭のようにしなやかに曲がり、一回の攻撃でレオとブレイズにまとめて衝撃を叩きこんだ。レオに至っては初期位置とは真反対、キメラの後方に回り込んでいただけにその攻撃範囲の広さには驚かざるを得ない。
 ――だが、この手のキメラの弱点は既に割れている。
『核』。問題は、それがどこにあるか、という点だけだ。
(この辺は俺が俄然やる気を出して挑まないとな)
 後に控える夢芽戦の為、同じサイエンティストである穣治の練力消費は控えたい――そういった思惑もあり、こうきは果敢に超機械による竜巻と電磁波を繰り出した。
 一本の腕では攻撃を繰り返しつつ、もう一本の腕をその防御に回す。電磁波は兎も角、攻撃範囲そのものが広い竜巻は防ぎきることが出来ず、余波が本体に直撃した。
 黒い姿の天辺部分が若干風にまかれて溶け、その後に一瞬だけ浮き上がる球体の姿が見えた。
「あったぜ!」レイジが叫ぶ。
 球体はすぐにまた黒に覆い隠されてしまったが、一度見てしまえば関係ない。
「風穴開けるから――任せたわよ、ブレイズその他数名っ!」
 宙華と獅子鷹が狙いを天辺に定めたと同時、レイジとブレイズがキメラの腕を踏み台にして跳躍する。
 銃撃。
 宣言通りキメラの頭頂部に再度風穴が開き、球体の姿が再び露わになる。
 それが覆い隠される前に――二つの剣戟が、立て続けに叩きこまれた。

 ■

 極力戦闘は避ける心積もりだったが、読み通り夢芽は徹底的に能力者たちの消耗を図っているらしく、そう上手くはいかせてくれなかった。
 最初のキメラもそうだったが、基本的にキメラは神出鬼没だった。何かしらの設置物から夢芽が此方を観察していて、キメラを送り込んでいる――ブレイズはそう踏んでいたが、そもそも設置物自体扉以外に見当たらず、くぐる扉を破壊したとてキメラが現れなくなるようには一向にならなかった。
 キメラも単体はそれほど強くないものが多かったが、中には集団で襲いかかるモノも居り――結果として戦闘不能者を出すことはなかったものの、穣治もこうきも回復に手を回すことになる。

 三階。それまでとは違い、上の階層へ繋がる部屋の扉が分からない。
 それに加えて――、
「‥‥冗談じゃないぞ」レイジがそう呻くほど、階層に上がった時から黒い姿は至るところに目に付いた。
 そしてキメラたちもまた、能力者たちの存在に気付くと同時にわらわらと集い始める。
「この数は面倒だ。駆け抜けるぞ!」ブレイズが叫び、こうきが時間稼ぎの為に竜巻を生み出し、護が殿に立って――次の部屋へ。
「またかよ!」繰り返された光景とキメラの反応。ついでに言えば、先程の部屋のキメラも侵入しようとしている。
「これもしかして三階全部ですか!?」
「かもしれないわね――ん?」レオの叫びに応じたところで、宙華はあることに気がつく。
 物語の中の少年たちのことだ。
「――だったらこのまま一周すればいいんじゃない?」
「どういうことっすか!?」駆けながらこうきが問う。その頃には先頭のレイジとブレイズは三部屋目に入ろうとしていた。
「物語の少年たちは闇に追われに追われて、駆けこんだ部屋でエレベーターを見つけた――ということは」
「同じ状況を作った後で駆けこめばいいってことか?」
 獅子鷹の出した答えに、宙華は肯いた。

 宙華の予想通り、四部屋目まで疾走した後――能力者たちは上の階層に繋がる部屋を見つけた。
 中にあるのは、上へと続くエレベーター。
 レイジはそれに乗っている間も警戒を解くことはなかったが――エレベーターは無事に、最上階へ到着した。

●無に帰す白
 能力者たちを出迎えたのは、一面に広がる白。
 下のフロアと同様に壁と床の継ぎ目こそ存在しているが、内部の部屋分けが全くされていない分奥行きを視認するのは難しく、果てがないように錯覚してしまいそうだった。
 そして、その白の中央に佇む違和感――黒ずくめの少女は、
「‥‥やっぱり、来ちゃうんだ」
 そう口を開いた。彼女にしては声を張り上げたこともあるだろうが、その言葉は空間内によく響いた。
 以前から彼女を知る者にとっては、以前よりは明らかに無機質だが、それでもどこか前のような響きを込めたように聞こえた。それを裏付けるように、「ふふ‥‥」次いで彼女の口から、そんな嘲りの声が漏れる。
 それは恐らく、こうして『砦の中に侵入した何者かが最上階に辿りつく』ことさえも、彼女が描いた物語の一部だからなのだろう。
 ――けれど。
「これは筋書き通りの物語じゃないよ。
 ――身体、夢芽ちゃんに返してあげようよ」
 レオは言う。刹那、夢芽の笑い声が止んだ。
「どうして」
 次いで、穣治は尋ねる。物語の中の少年と同じ言葉を、使って。
「どうして、『世界』を作った?
 作ってどうしたかったんだ?」
 ――回答までには、少しの間があった。
「‥‥この『小娘<あたし>』の願いを聞いただけだよー」
 声音や口調こそ変わらないものの自身の肉体を他人事のように称している。
 ――答えたのは、『夢芽』でも『夢芽を騙る者』でもなく、『バグア』としての存在だった。
「自分と、自分の作った物語を認めて欲しい――この身体の記憶の中に根付く願いはそれだったんだ」
「ちょっと待てよ」
 口をはさんだのは、レイジだ。
「夢芽、あんたも少女の様に、誰も自分を認めてくれないと思うのか?
 あの先生の想いまで否定するのなら、あんたも他人を認めない、って事になっちまうぜ?」
 少なくともあの担任は、夢芽のことを、夢芽の世界を認めていた。
 言葉ではああ言ったが、夢芽にしたって、担任のことは認めていたのだろうと思う。でなければ『白い夢の向こう側』が担任の手に渡ることは、恐らくなかった。
 そうして――自分の中に『認めて』いる誰か、という関係性は、決して他人事ではないことをレイジは知っている。
 自分の中には自分の中の誰かが。
 その誰かの中にはその人の中の自分が在る。
 そう想うだけでそこに自分の世界はある――レイジはそう信じている。
「俺もあんたの書いた物語、嫌いじゃない。それに、記憶と共に形として残り続けるんだ」
 現に今もなお、本という形で存在している。それは夢芽にとってはとても幸せなことである筈だ――。
 ――穏やかに語りかけたのはそこまで。レイジはそれまでよりやや声を低くし、問う。
「それから、もう一つ質問だ――これは夢芽にじゃない。あんたにだ、『バグア』」
「‥‥ふうん?」
『夢芽』が興味深げに聞き返したのを見て、レイジはその問いを投げる。
「何故――何故、普通の少女である夢芽をヨリシロにした?
 バグアは誰彼構わず、ってのかよ?」
「簡単なことだよー」
『バグア』は答える。
「この身体には、エミタの適性があった――と言ったら?」
「な‥‥」
 初めて知る事実だった。おそらく、この件をずっと追い続けていたアスナも知らないだろう。
「人や地域にもよるみたいだけど、能力者というのは珍しくて、かつ羨望されるらしいねー。
 ――ただ物語を作り続けることが存在の証明だった少女が、学校というコミュニティの中で一人だけその適性を発見されていたとしたら?
 他の――それこそ能力者になりバグアと戦うことを夢見る子供が、この娘<あたし>を妬み、煙たがり、否定する理由には十分足り得るんじゃないかなー?」
「そうか‥‥だから‥‥」
 だから、夢芽は苛烈に過ぎるいじめに遭っていたのだ。
 彼女がヨリシロになった理由と、いじめに遭っていた理由が思わぬところで繋がった。
「――まぁ性格に合わなかったのか、娘<あたし>自身には能力者になるつもりはなかったみたいだけどね。それが余計に周囲の嫉妬に火をつけたんだと思うよ。
 失踪のことも、バグアは何もしていないよ。アレは娘自身の精神が、耐えきれなかっただけの話だから」
「失踪‥‥」
 それまで黙って話を聞いていた護が、ここにきて口を開いた。
「夢芽ちゃん、この場所は家族と暮らした場所だよね?
 伝えたいことがあれば、始める前に聞かせて」
 ――回答までには、やや間があった。
「‥‥今更言うべきことなんかないけどー。記憶を見てみても、『ごめんなさい』って言葉くらいしか出てこないし。
 むしろ皆が言いたいことがあるんじゃないのー?」
「――生憎、今更あれこれ御託を並べるつもりは無いんでな」
 そう即答したブレイズに対して、夢芽は初めて眉根を寄せて警戒心を露わにした。
 そんな彼女を見つめつつ――、
「前にも言ったけど、君を討つことに迷いはない。
 君の物語に決着をつけて、先へ進むから」
 護は、告げる。
 その言葉を契機に、夢芽の笑顔も消え失せ――場に流れる緊張感が一気に高まる。

 その刹那、圧倒的なほどの重力が能力者たちを襲った。

「――!?」
 予想だにしなかった異常。
 地面へ叩きつけられるどころか圧迫で骨まで軋ませて締まるその力に、ただでさえ満身創痍だった獅子鷹がついに屈して意識を失った。
 だがその直後に重力は軽くなり――多少混乱しながらも立ち上がる能力者たちに、
「語り手たるあたしが、他に攻撃手段を用意してないと思った?」
 夢芽はそう言って、嗤った。
「ここはあたしが作った世界。『世界そのものを変質させる』ことくらいわけないよー。そりゃあ闇――キメラの行動ひとつひとつまで思い通りにするのは面倒だししないけど、ね」
 おそらくはイニシアチブを取る為に発せられたその言葉を、しかし能力者たちは鵜呑みにしなかった。
 舐めているのではない。
『彼女がヨリシロである以上、予想しきれない行動を起こすことを可能とするもう一つの可能性』――。
「大方、前に憑いていた個体の能力だろ」
 最初にそれを看破したのは、レイジ。
「こんな能力、物語の中の少女にはなかった――繋がりがないわ」
「考えてみれば、筋書きのどこにもないモノ‥‥夢芽の思い描いた世界にないモノを、ただ憑依しただけのバグアがそう簡単に生み出せるわけもないしな」
 宙華の言葉を受け、他のメンバーに練成治療をかけながら穣治は言う。
「――それを見破ったところで、何かが変わるの?」
「変わるさ」
 夢芽の問いに対しレイジがそう言葉を発した直後、彼を含めた前衛四人が一斉に距離を詰め始めた。
 けれども彼らの射程圏内に入る前に、別の動きが夢芽に迫った。こうきが放った弱体の練力が彼女を襲ったのである。
 次いで同じくこうきが超機械により放った竜巻と電磁波が立て続けに襲うも、これは夢芽に避けられる。
「!」サイドステップで避けた着地点に足をつけるなり、夢芽はその場に屈んだ。その一瞬の後、護のヨハネスの軌跡が頭上を通過した。
 エルボーから続いた手刀の反撃を胴に受け、護は吹っ飛ばされる。しかしながらAU−KV越しの衝撃だったこともあり、ダメージこそあれど吹っ飛ばされた距離はそう長くない。むしろその反動を利用して夢芽自身が他の前衛と距離を取ったことの方こそが彼女の狙いだったのだろう。
 事実、再度着地した夢芽は追撃が遅れたのを一瞬で確認し、今度は自ら、地面と水平に近いと言えるほどの低い姿勢でレイジの足元に肉薄した。
 片手を床につけて軸とし、そのまま両足でレイジの足を刈りにかかる夢芽。
 それを遮ったのはレオ。レイジの反対側から衝撃波をぶつけて夢芽の動きを止めると同時に、その衝撃波を追うように走り込んでいた彼は紅炎を縦に払う。動きを止められたことでレオの気配を察知した夢芽はこれを辛うじて避けたが、避けた先には今度はブレイズの刃が迫っていた。
 時間差多段攻撃――。これならば、夢芽に先程のような能力を使う隙を与えることもない。
「‥‥ちっ」今度はバックステップで刃をかわした夢芽の口から舌打ちが漏れる。ブレイズの剣戟は直撃こそしなかったものの、夢芽の身を包むワンピースの一部を斬り払っていた。
 休む間もなく、レイジが迫る。しかし夢芽はこれを受けることをせず、横に避け――二歩目で、斜め前方へ加速。
 それにより肉薄を許したのは、レイジと同方向から続いていたブレイズ。ただ夢芽は彼には攻撃を仕掛けず、そのままレイジとブレイズの間を斜めに駆け抜けていく。
 夢芽の眼前に、こうきが『前方』から放った竜巻と電磁波が襲いかかったが、彼女はジグザグに走りそれらをかわすと、更に前へ――殆ど位置を変えずにいた中・後衛に迫った。
 既に戦闘出来ない獅子鷹を除いて、三人の中で一番前にいるのは宙華。その宙華とて重体の身である以上、バグアの直接的な攻撃は致命傷になりかねない。
 だが、
「――させるかよッ!」間一髪、踵を返したブレイズが戻っていた。高々と跳躍し上空から宙華を襲う軌道、その間に立ち、降下軌道に入った夢芽の身体めがけてソニックブームを放つ。
 直撃――空中でバランスを崩し、中途半端な位置で着地する夢芽。
 が、その中途半端さはよくなかった。
「ぐ――!?」レイジとレオ、それに続いて護が再度挟撃を仕掛けようとするまでの僅かな間。それを利用して、夢芽は再び重力で能力者たちをまとめて叩く。
 衝撃の後、一瞬場が静まる。
 だが今度は何かが挟まれることもなく、すぐに戦闘は再開された。真っ先に起き上がった護とレイジがそれぞれ夢芽の両側面から接近し、若干のタイムラグを利用しての多段攻撃を仕掛ける。
 レイジの後にはブレイズが、更にその後にはレオが――攻撃は止まず、更にはそれぞれがヒット&アウェイを繰り返す為に夢芽も逐一回避と、タイミングのいい時の反撃に回るようになった。絶えることなく前衛の援護を続ける後衛陣に再度迫ることも考慮しているようだったが――タイミングを図る為に視線を送る度、常に後衛の前には前衛の誰かの姿があった。
 そんな彼女に攻撃を命中させてはいるものの、無論、能力者たちの消耗も激しい。夢芽の主だった攻撃手段が徒手空拳故に派手さはないが、少女の身体から繰り出されたものとは思えないほどに重い一撃一撃は、回避し損ねた前衛陣を確実に弾き飛ばす威力を持っていた。穣治とこうき――二人がかりの回復がなければ、全員がヒット&アウェイを繰り返す中で倒れる者が出ても何らおかしくはない。
 だからこそ、前衛はより夢芽の突破を許せない。その気の張りが、彼らの多段攻撃をより隙のないモノにさせた。
「何で‥‥!」中々思うように行かない現状に苛立っているのか、夢芽の口から苦渋のこもった言葉が漏れる。
「ここは娘<あたし>の描いた世界――認められない者は、放逐されるだけの運命の筈なのに‥‥ッ」
「――ッ、そうやって、自分以外を認めることが出来ないからだろッ!」
 グラファイトソードを振りかぶりつつ、レイジは叫ぶ。
「誰かを認めて――頼りにしていたら、こうはならなかったんじゃないのかよッ!」
 実際、夢芽の言うところの『運命』に逆らえているのは――皆を頼りにしているからだとレイジは考えていた。
 こうはならなかった――それはバグアにも、それに憑かれている夢芽という少女自身にも言える話だとも思う。
「煩い――煩い煩いうるさ――」
 繰り返される呪詛の言葉を遮ったのは一発の銃声と、
「煩いのはあなたよ」
 そう吐き捨てられた宙華の言葉。彼女が放った銃弾は、夢芽の脇腹を捉えていた。
「後書きなき物語は只の紙切れでしかないわ。
 あなたはさっき『彼女の願い』と言ったわね。でも――」
 宙華は言葉を続ける。
『白い夢の向こう側』には、モノとしての後書きのページは存在しない。
 けれど――その『願い』が物語に込められているとバグアが言うのであれば、それはおそらく後書きにあたる『託すモノ』なのだろう。こんなところで嘘を吐くバグアもいまい。
「――今のあなたがやっていることは、その後書きの後に無理やり物語を続けることじゃないの?」
「――黙れ」
 低い声で囁くように呟いた後、一瞬生まれた隙で強引に突破を図る夢芽。
 だが、
「指一本触れさせない!」宙華を黙らせようとしたその突撃は、その直線上に身を躍らせた護によって阻まれる。
 AU−KVと衝突し、夢芽は少々バランスを崩した。護も護でバランスは崩していたが、
「みんな、今だ‥‥ッ!」
 叫ぶ。その一瞬の間に、他の三人の前衛は距離を詰めていた。
 まずレイジが夢芽の背後からグラファイトソードを一閃――
「ぐっ‥‥」夢芽のうめき声と同時に、これまでになかった手応えがレイジの手元に走る。
 夢芽は衝撃により前方へ数歩ふらふらとバランスを崩している。
 弱っている――。
「‥‥貰った、ファフナーブレイク――!」
 今度は側面から、身体全体に炎を立ち上らせたブレイズが渾身の一撃を叩きこんだ。防ぐこともせずに、夢芽は吹っ飛ばされる。
「くそ――なんで」口から血を吐いてはいるが、夢芽にはまだ意識はあるようだった。けれども呪詛も、先程までに比べると遥かに弱々しい。
 あと一撃――。
「もう一度言うよ。これは筋書き通りの物語じゃない」
 その時にはレオが、夢芽の背後から接近していた。対処しようにも夢芽の足は地を離れており、腕は上がらないようだった。
「現に『君』は鎌を持ってないし、それに――俺は『君』の事も『夢芽ちゃん』の事も、決して忘れたりしない。
 約束、するよ。だから――」
 空中を舞いながらもようやく夢芽がレオの方を向いた時には、既にレオは炎を宿した刀身を袈裟掛けに薙ぎ払っていた。

「――ごめんね」
 
 ■

「FF完全消滅。目標の死亡を確認。任務、完 了」
 不意に襲われた脱力感に足をふらつかせつつ、それでも護は踏ん張った。
 胴体を斜めに引き裂かれ、大量の赤で床を染め上げた後――。
 仰向けに倒れたきり微動だにしない夢芽の身体を、護はAU−KV越しに背負った。
 軽い。AU−KVの能力がどうの、という問題ではきっとないだろう。
 ヨリシロは討つと決めていたとは言え――その小さな身体を葬らざるを得なかった現実に、護は人知れず唇を噛み締めた。
「―−今までの行動が宿主の本心なのかは知らないが、俺はそれを邪魔するのが仕事でな。‥‥悪く思うな」
 煙草に火をつけつつ、ブレイズは言う。
「だが――専門じゃあないが、お前の作った話‥‥悪くなかったぜ」

 来た道を戻り、能力者たちが扉の外――現実に戻ると。
 ふと振り返ったその時には、既に扉は消え失せていた。
(俺が彼女にしてやれることってなんだろうな)
 穣治は思う。
 精々彼女の紡いだ物語とそういう少女がいたってことを、忘れないでいるぐらいだろうか――。
 
「少尉、夢芽ちゃんの御両親に会えませんか?」
 ラスト・ホープに帰り報告を終えた後、護はアスナに問うた。
「どうして?」
「ちゃんと事件の顛末のことを話したくて。あと、担任の先生にも」
「なるほどね‥‥。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、手配はしておくわ」
 それから夢芽の亡骸をULTで適切に処理する方向で結論づけるなどした後、一連の報告を終えた能力者たちは執務室を出る。
 窓越しに見える空を見つめながら、護は呟いた。
「さようなら。
 ――心を映す物語を描いた凪島 夢芽という女の子の事、忘れないよ」