●リプレイ本文
●その瞳に何を映すか
レイチェルが潜伏していると思われる地域へと移動しながら、ムーグ・リード(
gc0402)は遠方にあるアフリカの空を見上げる。
心なしか淀んで見える青を視界に映しながら――UPC本部にて、ユネと交わした会話を思い出す。
『‥‥アフリカ、ノ、事、ハ、気になリ、マス、ガ‥‥見るノ、ガ、怖く、モ、アリ、マス、ネ』
『‥‥そうだね。バグアがよほど良心的か手を抜いてでもいない限り、僕たちの知っている大地ではないだろうから』
良心的っていうのはありえないだろうけど、とユネは頭を振っていた。
自分たちの知らない大地への変貌――可能性はいくつか考えられる。
キメラの巣窟、かつての景観をぶち壊す実験施設群、或いは完全に生の絶えた世界。考えるだけで嫌になる。
だが、それでも――自分が母と呼ぶキリンを、せめて故郷の大地で眠らせる為に、ムーグは戦うことを決めた。
――キメラとはいえ動物の姿を象っている存在を討伐するのは、心が痛むものがあったが。
「手負いのヨリシロ討伐かぁ‥‥」
「手負いとは言え、気の抜けない相手だ。出し惜しみなしで行かせてもらう」
大泰司 慈海(
ga0173)は呟き、ファルロス(
ga3559)もまた往く先を見つめながら静かに言う。
因縁がない相手である意味良かったかもしれないと慈海は思った。あると、冷静でいられなくなってしまう。
相手が女性の姿だというのにもフェミニストを自称する慈海としてはやり難いものもある。
が、相手はバグア。かつ、手負いである以上は形振り構わずかかってくるだろう。それだけで油断も出来ない上に、レイチェルは過去に何度も傭兵たちに牙を剥いた存在である。ファルロスのように純粋に『殲滅対象』とみなすべきかもしれない。
「ヨリシロ相手は久々だぁね。ちょいと気張って行くか」
「今度は逃さない‥‥。私は誰かみたいに甘くないから‥‥、止めを刺させてもらう‥‥」
同じヨリシロに向ける思考でも、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)や瑞浪 時雨(
ga5130)のものは少し異なる。
二人に共通するキーワードは、イネース。
アンドレアスにとってみればイネースは『妹分が痛い目に遭わされた相手』である。
その手下とくれば手加減する義理はない――もっとも、そうでも考えなければ手負いの女を斃すという任務は聊か気が重くもあったが。
(「イネース、まずは貴女の右腕‥‥、もがせてもらう‥‥」)
そして時雨にとっては、先ごろ空で撃退したばかりのイネースを斃すための下準備としてレイチェルは斃すべき存在であった。レイチェルとはイネースよりも更に前にやはり空で戦い、時雨は結果的に彼女に撤退を決意させる原因となっただけに恨みを買っている可能性もなくはなかったが、そんなことは関係なかった。
やがて道を往く能力者たちの前方の視界に、人の姿が映し出された。
その姿はまだ小さかったが、それが間違いなくレイチェルであるということは――彼女が掲げた片手剣の煌めきに応じて姿を見せたキメラの存在が告げている。
「待ち構えられてるか――キメラもみえてるだけじゃないかもな。みんな、伏兵に注意しよう」
神撫(
gb0167)がそう言い、
「手加減は無しですわ‥‥」
ロジー・ビィ(
ga1031)が小さく息を吸い込んで、二刀小太刀を手に駆け出す構えに入る。
「私達は正面からですね。‥‥援護、宜しくお願いします」
月詠と機械剣「凄皇」――二種の剣を構えながら、優(
ga8480)は背後につけたファルロスとアンドレアスに告げた。
そして。
レイチェルが掲げていた煌めきが振り下ろされたのと同時、能力者たちが三方に分かれ動き始めた。
●制圧せし者たち
しかし最初に己が距離を詰めたのは、各方面に突っ込んできた狼の方だった。
ある者はその突進や牙をかわし、ある者はまともに受け――それでもともに混乱を招くことなく先制攻撃を切り抜ける。
切り抜けた後の行動が最も素早かったのはファルロスだった。持ちうる貫通弾をありったけ装填した真デヴァステイター。その引き金を引いた後に生み出された地上掃射の弾幕は狼二匹の足を止め、そのうち一匹の近くにいた優がその胴体を薙ぐ。
狼は鮮血を散らしながら少々吹っ飛んだものの、まだ戦えるようだ。手応えは確かにあったが、耐久力はそこそこあるらしい。
しかし優の本来の相手は狼ではない。もう一匹も含め自らの移動を遮るモノがないと判断するや否や、再度駆け出す。その背中を援護するように、ファルロスとアンドレアスがそれぞれにキメラへ追撃を放った。けたたましい銃声が優の耳朶に木霊する。
――視界の先、やや大きくなったレイチェルの姿は、やや奥の丘の上にあった。
■
「っと‥‥どうにも油断出来ませんね」
突進を剣で受け、リュドレイク(
ga8720)はやや苦い表情を浮かべる。
彼を含む四人の進行方向は右側。その方向、丘を挟んだ向こう側に狼がいることは探査の眼で察知出来ていた。しかしその斜面を遮蔽物として利用した急襲を避けることまでは難しかった。
突進の勢いを殺され踏鞴を踏んだ狼の横っ腹を、慈海のエネルギーガンから放たれた一撃が貫く。更に時雨が小銃で追撃を決めた時には、リュドレイクも受けから攻めへと態勢を切り替えていた。
既に慈海の強化の練力を受けた鬼蛍を振るう。赤い軌跡が狼の顔面に食い込むその横を、時雨が通過していく。軽く吹っ飛んだばかりの狼にそれを追撃する余裕などありはしなかった。
一方、そこから僅かに離れた、丘の上。
「初メマシテ、デス、ネ‥‥ヨロシク、デス」
ムーグは空から自分を睥睨する鷲にアンチマテリアルライフルの銃口を向けた。
リュドレイクの鬼蛍同様、番天印にも強化の練力が施されている。しかし、空を三次元的に移動する鷲を直線状にしか放たれない銃弾で捉えるということは予想以上に至難の業だった。かつ、ライフルの性質上ムーグ自身はそこから移動することを許されない。地上の敵はリュドレイクと慈海で十二分に対処出来ているので問題はなかったが、それでもあらゆる角度から滑空してくる鷲の突撃を逃れる余裕はない。慈海の治癒の練力が届かない範囲ならばもっと傷は深くなっていただろう。
ところで逆に考えると、滑空もまた直線に近い動きだった。少なくとも、普通に飛行している間よりは。
正面から飛び込んでくる鷲。その片翼は、徐々に近づいては来るものの照準から大きく外れることはなく、直後、翼を銃弾が貫く鈍い音が響いた。
そして高度を下げた鷲に向かい、慈海のエネルギーガンが向けられる――。
■
「‥‥ちぃっ」
丘の中腹に差し掛かった辺りで狼と対峙する形になった神撫は舌打ちする。
場所は拙くはない。狼もまたほぼ同じ高さにいる。
問題は、そのすぐ後方の上空に鷲が迫ってきていることだった。狼の牙と、鷲の滑空突撃。両手槍を装備する神撫にとっては一度に受け止められるのは片方だけであった。
が、次の刹那には状況は一変する。
「そうはさせませんわ!」
レイチェルがいる方角に向かいやすくする為に丘よりもやや右側に移動していたロジーが得物を即座にエネルギーガンに持ち替え、滑空態勢に入っていた鷲の横っ腹を撃ち抜いたのである。
突進してこようとする狼への牽制を繰り返しつつ、態勢を崩した鷲の姿を視界の端で捉えた神撫は咄嗟の判断を下す。
攻撃パターンを変えたのか、飛び込んで自分を噛みつこうと開いたその口めがけ、槍の先端を突きだして――串刺しが、完成する。
●最期の剣戟
「貴様を排除し、レイチェル・トールガーの肉体を解放させます」
最初にレイチェルが待つ丘へ到達した優は、頂上にいるレイチェルを睨み上げそう言い放つ。
「やってごらんなさい」
レイチェルの眼差しには言葉ほどの余裕は見当たらない。
寧ろ、必死だ――それを指し示すが如く、やや離れた場所にいた優に向かっていきなりソニックブームを撃ち放つ。その刃には更に紅蓮衝撃の効果も加えられていたらしく、それを剣で受けた優は出来る限りダメージを打ち消したものの、代わりに大きく吹っ飛ばされることになった。
追撃を加えようとしたレイチェルの足元を、エネルギー体が穿つ。追いついてきたロジーがエネルギーガンの引き金を引いたのだ。
その時点で大分接近を果たしていたロジーは更に距離を詰め、その最中に得物を二刀小太刀「花鳥風月」に持ち換える。やってきた方向がレイチェルから見て右側である為、いきなり狙い通りにレイチェルのウィークポイントである左側から攻撃を仕掛けることは難しかったが――最初に振るった刃を剣で受けさせ、もう一方の刃でその護りの向こう側を薙ごうとする。
それでもヨリシロだからこそ可能ともいえる信じられぬ動体視力と反射神経でレイチェルはその二つ目の刃も受けきったが、その間に反対側から接近していた第三の刃の存在はかわしきれなかった。
時雨である。
丘を駆け上がった彼女は手にした雲隠で、レイチェルの左銅を薙いだ。ヨリシロと言えど、身体は生身の人間。肉を裂く気持ちの悪い感触が時雨の手に残る。
が、今更それに怯む時雨でもない。
「あなたが他人に強要してきた『赤』、今度はあなたが支払う番‥‥」
「‥‥貴様はっ」
ここにきて初めて、レイチェルの声音が怒りを孕んだ。口にしたその一言で、時雨が以前自分を撤退に至らせた直接の原因だと認識したのである。
腕力と紅蓮衝撃で強引にロジーの刃を振り払い、追撃のソニックブームで吹っ飛ばす。その行く末を見届けず、レイチェルは時雨に向き直り袈裟懸けに刃を振るった。
一対一では時雨にとっては流石に分が悪すぎる。直撃こそかろうじて避けていたものの、幾度となく振り払われる刃に対し時雨は防戦一方になった。
しかし、それも一時のこと。
猛攻を食い止めたのは、再び丘を駆け上がってきた優だった。横に払った刃はレイチェルの足元のバランスを崩し、思わず彼女は二、三歩丘を下る。同時に刃の動きも止まり、その隙を突いてやはり再度接近したロジーが、丁度自分に背を向けていたレイチェルの左脇腹を小太刀の片方で突き刺した。
レイチェルの身体が一瞬大きく跳ねた――と三人が感じた刹那、瞬時に刃を身体から引き抜いたレイチェルはその場から大きく跳躍する。
ロジーを飛び越え丘を降り、やや離れた平地に着地。その時に剣を携えたまま右手を地面につけた辺り、明らかに弱っていた。
しかしながら丘の上の三人に向き直り、剣を横に構えるレイチェル。しかしその構えから生じる筈だった動きを、彼女から見て右側から放たれた銃弾が遮った。
キメラを屠り終えたファルロスの援護射撃だった。
更に次の刹那には、レイチェルの身体にアンドレアスが放った弱体の練力が降りかかる。
アンドレアスは次いで、尚も生き残っていた鷲の相手をしながら徐々に此方に近寄ってきていた神撫の支援に走った。治癒を施し、鷲に向かっては再度弱体の練力を放つ。
直後、神撫が振り上げた刃が、弱体を受け高度を大きく下げていた鷲の胴体を下から上に切り裂いた。更に追撃をかけてとどめを刺し、彼もまたレイチェルの討伐に合流する。
その頃には反対側――リュドレイクたちもまた、キメラの処理を終え合流を果たしていた。またレイチェルの立ち位置は、丘を動かずにいたムーグのアンチマテリアルライフルの射程圏内でもある。
そして、最後の猛攻が始まる。
丘から駆け降り、追い打ちを仕掛ける三人。包囲のこともありレイチェルは再度距離を取ろうとするも、ファルロスやアンドレアスの射撃がその足を止め、三人の反対側からは神撫も接近する。
この状況に至るまでに優たちが負った傷は決して浅いものでもなかったが、背後の慈海が治癒の練力を投じて癒していく。追撃の波にはリュドレイク、そして遠方から引き金を引くムーグも加わった。
多対一、息つく間も与えない連続攻撃。
レイチェルは尚も紅蓮衝撃やソニックブームを駆使して対抗したものの、徐々に追い詰められていく。
やがて、戦いは終焉の時を迎える。
「借り物の体で調子に乗らないで‥‥!」
優の剣戟でバランスを崩したレイチェルに向かって言い放った時雨の雲隠が、右肘より僅かに下を斬り落とす。
「アァァァァァッ!?」
響く悲鳴、舞う鮮血。
「‥‥これで、これじゃ、終われない――」
そうは言うものの、レイチェルの瞳には既に戦意よりも遥かに弱々しい感情が浮き彫りになっていた。
「――いいえ、これで、終わりですわ‥‥!」
その最後を告げたのはロジーの刃。
防御する術を失ったレイチェルの胴体を斜めに引き裂く――。
「心配しないで‥‥、すぐにあの人も後を追わせてあげるから‥‥。それじゃ、さよなら‥‥」
時雨が最後に向けた言葉は、おそらくレイチェルの耳には届いていなかったろう。
全身から力が抜け、レイチェルの身体が膝からゆっくりと大地に崩れ落ちた。
●その赤に何を思うか
斃れ伏したレイチェルの肢体から流れ出した紅は、それほど広がりはしなかった。
無論、傷が浅いわけではない。大地に染み込んだだけの話である。
(「お前は何を背負ってきた?」)
アンドレアスは動かないレイチェルを黙視しながら心の中で、答えが返ってくることのない問いを出す。
――おそらく自分と彼女で異なるのは、一本の線のどちら側に居たか、という点だけなのだろうと思う。付け加えるなら、生前の彼女も此方側の人間だった筈だ。
護るモノ。たったそれだけの違いが、こうも全てを左右する。
だからアンドレアスは、その名と顔を記憶に焼きつけた。
そして彼が見守る前で、ファルロスがレイチェルの後頭部を撃ち抜く。
これでもう、レイチェルに憑いたバグアそのものも命を絶った筈だ。
その銃声の余韻が耳朶に響く中、慈海は空を見上げる。
(「勝っても虚しさが残るよね‥‥。いつ終わるんだろう、こんな戦い‥‥」)
こんな虚しさを味わう日に限って、空は目が痛いくらいに青い。
UPCの空母がその青の中を横切ってアフリカ方面へと飛んで往くのを、慈海は言葉に出来ない思いを抱えながら見守っていた――。