タイトル:【染】沈ス先ハ金海・前マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/15 01:07

●オープニング本文


「‥‥ある意味、事件なんて生易しいものじゃなかったわ」
 能力者たちが集まるなり、朝澄・アスナは眉間に皺を寄せた険しい表情でそう告げる。

 ■

 事の始まりは一月、やはりアスナが斡旋したある依頼。
 失踪したと思われるカプロイア日本支社の支社長が住んでいた洋館に棲息するキメラを排除する、といったものだった。
 それ自体はうまくいったのだが、謎は消えるどころか増えた。
 相も変わらず行方不明の支社長。
 そしてその失踪、及びキメラの両方に関連していると思しき少女、夢芽<ユメ>の存在と、その行動原理。
 様々な引っ掛かりを残しつつも、アスナはとりあえず支社で何かが起こっていないか調査に乗り出した。
 カプロイア社のトップたる伯爵と面識があることを幸いだと思ったことは、この時以上ない。それとUPCの軍人という立場を利用し、本社での面会に成功したのだから。
「ふむ‥‥言われてみれば確かに、ここ数カ月日本支社からの報告は滞りがちになっているね。
 全く来ない、というわけではないが」
 支社の業務の様子を尋ねて、返ってきた答えはそんなものだった。
 独自の工場などを持たない単なる営業拠点故に、日本支社という存在はカプロイア社においてはあまり重要な存在ではない。
 アスナに指摘されるまで伯爵が本格的に不審に思わなかったのはそういう事情があるからなのだが、先日の依頼の背景、そして館の様子を告げると流石の伯爵も事態の不自然さに眉を顰めた。
「それが本当なら――遅くなっているにしろ、報告が届くこと自体がおかしいということになる」
「はい」
 支社長のことは勿論。
 行方不明の筈の彼からの報告、という状況がまかり通っている支社自体に何かが起こっているという可能性に至るにはそう時間はかからなかった。

 そして、その面会の最中に事態が急変したことを知ることになる。

 ■

「たぶん、前にキメラを排除したことが――彼女、夢芽が能力者と遭遇したことが契機になったんだと思うわ」
 アスナは数枚の写真を机の上にばらまく。
 話の流れからして支社の内部を映したものであろうそれは、しかし異様な光景と化していた。

 通路という通路を、黄金の輝きが埋め尽くしている。

 その様は、さながら津波による浸水だ。尤も、一メガコーポレーションの支社が平屋などということはあるわけもないのは誰もが訊かずとも理解できる話である。
「この金自体には毒性はないみたいだけど‥‥兎に角、動きにくくなるみたいね。
 一般人では身動きが取れなくなった人もいたと報告が入ってるわ」
 アスナは「そのうえ」やや強い口調で続けた。
「ただ邪魔してくるだけの金じゃない。金色のキメラがこの黄金の海の中から襲いかかってくるそうよ。
 ‥‥恐らく、これ自体がキメラを生み出す能力を持ってるんでしょうね」
 キメラはいずれも動物を模した形状になっているが、種類は様々。対処するだけではきりがないだろう。
「でも、この黄金をどうにかする方法はある」
 アスナはコンソールを叩いた。
 ディスプレイに、支社内部の見取り図が三種類映し出される。それぞれ【1F】【2・3F】【4−6F】と注釈が入っていた。
 その三種類の地図の、いずれも上部――外壁のある一点が、赤く明滅した。
「非常口よ。勿論、普段はロックされているけど」
 実のところ、一階には既に殆ど黄金は残っていないのだという。入口の存在がそれを排出させたからだ。
 不思議なことに、ビルの敷地から外に出た瞬間に黄金は霧散したのだという。故に、周辺に被害がないのが救いと言えば救いだ。
 尤も、階段で階層間を流れ落ちてくれるほど親切ではないようだが――。
「この非常口のロックを解除して、今表示している階層から黄金を消しさることが今回の目的になるわ。
 ‥‥時間がなくて、ロックの場所を記述した資料までは手に入らなかったんだけど、そこは何とか頑張って」
 アスナはそこまで説明してから一つ、溜息をついた。
「――今から言っちゃうと、まだ終わりじゃないんだけどね。
 この上にも階があるし、何より肝心なことには行きついてないんだから」
 支社長の行方と、夢芽の真意。
 その二つを知る為には、まず黄金の脅威を取り払わなければならなかった――。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
片倉 繁蔵(gb9665
63歳・♂・HG
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

●残骸
 カプロイア日本支社、一階。
 話に聞いていた黄金の海こそ、これもまた聞いていた通り見当たらないものの――本来この社屋が持つべき雰囲気とは明らかに異なっていることを能力者たちは目と肌で感じていた。
 人の気配がない。
 異変が起こっている以上当然と言えば当然のことだが、カプロイアというブランドが持つ華やかさとは真逆ともいえる状態はより一層の不気味さを醸し出していた。

 傭兵たちはフロアの北と南、二手に分かれてロック制御装置の探索にあたる作戦を立てていた。
 それは、まだ動きの制限が少ないこの階とて例外ではない。
「まだ上の階にお楽しみがあるみたいだからな。くれぐれも‥‥ヘマするんじゃねぇぞ」
「ハッ、そりゃお互い様だ。とっとと駆け上がるとしようぜ」
 ブレイズ・S・イーグル(ga7498)と鈍名 レイジ(ga8428)が拳を突き合わせる。小隊の隊長と隊員――そこには付き合いの長さと、それに伴う信頼関係の強さがある。そんな二人の――特にレイジの様子を、黒瀬 レオ(gb9668)はほんの少し尊敬の籠ったまなざしで見つめていた。
 そして、ブレイズとレオを含めた四人は入口から奥――北側へと移動していく。
「さて‥‥此方も始めるか」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)の言葉に、残った能力者たちは肯いた。

「にしても、あの夢芽ってコは何なんだろうかねェ」
 人気がないこと以外は何の変化もないように見えるフロアを探索しながら、ヤナギ・エリューナク(gb5107)は言う。
「今回は噂も言い伝えもなく、規模の割には死傷者も多くない――ただ人を殺すのが目的、ってワケでもないのか?」
 レイジが首を捻った、その時。
「‥‥あれは」
 ホアキンが低く呟き、他のメンバーは彼が睨みつけた方向を見遣る。
 白いタイルの上に広がる、その色は十メートル近く離れていても分かるほどによく目立った。
 その黄金は、子供が砂場で遊んだ後であるかのよう。山を崩したような状態で積もっていた。
 能力者たちが構える、一瞬前までは。
「――来るぞ!」
 ホアキンが叫んだ時には、黄金は既に四足の獣の形状に変化し――能力者たちに向かって突進してきていた。

 少し遠くで鈍い音が響き始める。
「あっちは戦い始めたのか‥‥」
「海はなくとも、キメラはいるみたいですね」
 夜十字・信人(ga8235)と沖田 護(gc0208)は、壁の向こう――南班がいるであろう方向を見つめる。
「とりあえず、ここにはねーらしいな。‥‥後は南側次第か」
 今いる部屋を一通り見渡して、ブレイズは言う。
「そうですね‥‥ん?」
 他の能力者同様踵を返し、部屋を立ち去りかけ――レオは視界の端に違和感を覚えて、立ち止った。
 部屋の隅が、光っている。あまりに輝きが小さすぎてぱっと見ただけでは分からなかったようだ。
 南側のようにキメラと化して襲ってきやしないだろうか――。
 そんな懸念もあったが、部屋を探索し始めた頃から今までに何の変化もないことから、ただの残骸だろうと四人は判断した。
「一応、拾っておきます」
 レオは持ち込んでいた小さな容器の蓋を開ける。
 やけに粘度の高い黄金は、ゆっくりと容器の中へ滑り落ちていった。

 少なくとも北側には、何もない。
 南の援護に回ろうかとも考えたものの、結局その前に戦闘は終わったらしい。一階の北と南を隔てる壁の向こう側から、レイジたちが姿を現した。
「強さ自体は、大したことはないようだ」
 ホアキンはそう感想を口にする。実際、驚きはしたもののそれほど苦戦はしなかった。
 黄金の外だったからかもしれないが、とレイジが続けた。あくまで可能性の話である。可能性といえば彼は『少量でもキメラは産めるかどうか』という点も見ていたが、レオが保管した容器の中身がそれはないことを告げている。
 ただ、どちらにせよ――これからが本番だ。
 それは誰もが理解し、そして警戒している。
「行こうか」
 信人の言葉に全員が肯き、二階への階段を上がって――。

●その煌めき、かくも毒の如く
 その光景を前に、
「悪い夢の中のようだ‥‥」
 ホアキンはそう漏らし、
「やれやれ‥‥この黄金が本物だったら遊んで暮らせそうだ」
「うん。‥‥確かに、これは厄介だ」
 ブレイズとレオはそれぞれに言って、苦笑する。

 話に聞いていた以上に、目に痛い光景だった。
 黄金の深さは足首まで程度のはずなのだが、その異常に強い輝きはまるでフロアの壁や天井までも埋め尽くしているかのように乱反射している。

 兎にも角にも、能力者たちは再度二手に分かれて行動を再開する。
 階段は北側にある為、今度は北班が南班の背を見送った後――。
「目に優しくない上に、動きにくいな、コイツは。ま、良い。自己回復の出来る俺が前を行こう」
 ゴーグルを装着し、信人は言葉通り前衛に出る。
 粘性が高いということは、抵抗も強い。黄金を踏み抜いた際に音はせず、ねっとりとした質感のみが足に残る。普通に歩くこと一つにしてもやりにくさを覚えた。
「‥‥ったく、鬱陶しい。ちっと退いてな」
 少し歩いたところでブレイズはそう言い、前に出る。
「――らッ!」
 裂帛の気合とともに、ソニックブームを放った。
 弾道の低い真空の斬撃は、通路の少し先までの黄金を切り裂いて細い道を生み出した。粘性が高い故に、黄金が再び床を埋め尽くすまでの速度も遅い。
 これはいけるのでは――?
 誰もがそんなことを考えた矢先、
「‥‥おいでなすったか」
 ブレイズは舌打ちする。
 ――切り裂かれた地点より僅かに先の床の上で、黄金が積み上がり、膨れ――体長二メートルほどのイノシシのような形になった。
 更に、
「素直に行かせてはくれない、か」
 彼の背後ではレオが――後方を見ながら、呟く。
 視線の先には、此方はヒト型を象った黄金。
 ――通路上での挟み撃ちに遭ったことを示していた。

 ■

「今度はあっちか‥‥」
 奇しくも先程の信人や護同様に壁の向こうから伝わる気配を感じながら、レイジは呟く。敵は自分たちが相手にしていたものよりも強大らしく、時折地響きに似た低い音が響いてくる。床も本来は多少揺れるのかもしれないが、黄金のせいで足元にその感触は伝わらなかった。
 それはそうとレイジにとってみれば壁一つ見ても眩しかったが、他の二人はというとそうでもない。
「暗い時には勿論、こーいう時も役に立つんだねェ」
 ヤナギがそう評したのは、彼自身とホアキンが装着していた暗視スコープの存在だ。北班で言えば信人が装備したゴーグルもそうだが、直接的な光を遮断したことで逆に周りが見えやすくなっていた。
「‥‥あれか」
 階段から見て左奥の部屋に入ってすぐ、ヤナギは口を開いた。
 部屋の最奥に透明のアクリル板で四方を仕切られた小さなスペースが存在する。おそらく本来は厳重に鍵がかかっているであろうその奥に、十四インチ程のディスプレイと、その下に繋がるコンソールパネルが見えた。――事前にアスナから聞いた制御装置の情報と一致している。
 ただし。
「‥‥そうすんなりとはいかせてくれないか」
 ホアキンはそう言うが早いか、手にしていた紅炎をその場で袈裟がけに振るう。
 揺らめく陽炎の紅に混じり、目の前で丁度積み上がり始めようとしていた黄金の頂点が散った。暗視スコープで同色のキメラの存在を察知したのである。
 先制攻撃に失敗したからか、少しだけ高くなった黄金は瞬時に後方へ移動し、再形成――人の背丈ほどもある海月となり、その触手の先端を能力者たちに向け伸ばし始めた。
 しかしその時には既に、能力者たちは目的を果たそうとしていた――黄金が移動する間にも、ヤナギがアクリルの壁に最接近していたのである。動きを制限する足場は、スキルを以てしても速度を疾風迅雷とまではさせてくれなかったが、肝心なのはコンソールに迫ることだ。
 鍵の存在などこの際関係ない。蹴破って扉を開いたヤナギは、コンソールを見て思わず苦笑いを浮かべた。
「カプロイアってのはどうしてこう‥‥」
 コンソールパネルには七色のグラデーションがかかっていた。
 アスナに教わった通りの手順でディスプレイを起動し、パネルの右端にある『非常用』と書かれたキーを押下する――。

 遠くで低い金属音が響き。
 次いで潮が引くような音を立てながら部屋を占める黄金の体積が、その煌めきとともに小さくなっていく。
 ――それでも海月は残っており、更に、
「後ろ!」
 コンソールパネルから離れたヤナギが、海月の触手を切り刻んでいるレイジたちに向かって叫ぶ。
「おらッ!」
 背後を振り返りながら、レイジはコンユンクシオを全力で振るう。
 紅蓮衝撃、更に遠心力も加味され絶大なインパクトを誇ることになった幅広の刀身は、出来上がりかけていた四足の黄金を真っ二つに切り裂いた。
 残るは海月。
「――ある意味、弱くなるようだな」
 尚も触手を切り払い、時に盾で打ち払いながらホアキンは言う。
 実のところ、ヤナギがコンソールを操作してから黄金が部屋からなくなるまで、触手は媒体となった黄金を元に再生を繰り返していたのである。
 ところが今は、切り払われた触手はただの黄金の残骸――ちょうどレオが保管したような状態――と化している。
 再生を繰り返す時間自体が短かった為に消耗は激しくないが、それが長かったらと思うと少々ぞっとしなかった。
 ともあれ、今度はヤナギも戦闘に参加する。
 再生能力はもはやなく、援軍も形成する前に分断されてしまった海月に勝ち目はなかった。
「‥‥ん?」
 本体を切り裂かれた海月はみるみる間に形を崩していき――最終的にはレオが保管したような残骸と化した。しかしその一方で、戦闘の過程で斬り裂いた触手の残骸は跡形もなく消滅していた。
「‥‥なるほど、こいつら一体一体に『核』があるってことか」
 レイジがそう呟いた。

 ■

 再生能力を持っているのは海月だけではなかった。
「媒体はいくらでもあるんだから‥‥当たり前と言えば当たり前だけど」
 ヒト型が思い切り――明らかに常識を無視した長さで――伸ばして横殴りに振り回した腕をかいくぐり、レオは言う。
 ヒト型は顕れて早々から、腕を横に――時には斜めに振り回していた。後衛で構えていたレオと護にしか届かない程度の射程だが――。
「足を斬っても倒れないってのは動物型として反則じゃないか?」
「まったくだぜ‥‥」
 前――今は護たちから見れば背後だが――は前で、ブレイズと信人は幾度となく体当たりしては崩れた部分の再生を繰り返すイノシシに手間取っていた。
 このままでは埒が明かないのも確かである。
「ぼくの背中に乗って!」
 護がレオに向かって叫ぶ。
 AU−KVを駆る彼の背中は厚い。レオは黄金に浸かっていた足を、屈伸から跳躍の過程で生まれる勢いを用いて抜き。
 言われたままに装甲に足を乗せ、跳躍――炎を宿した刀を、ヒト型の胴体に向かって振り下ろす。
 斬撃の軌道はヒト型の心臓のあたりを掠め――直後、ヒト型が後方によろめいた。
「‥‥心臓を狙って!」
 その僅かな動揺でレオは黄金が象るモノの弱点を認識し、護にそう告げる。
 踏み台の態勢から直った護はすぐに動き出し、態勢を立て直そうとしていたヒト型の心臓をヨハネスで貫いた。
 ヒト型の姿が崩れ、例の残骸が黄金と同化する――かと思いきや、そのタイミングで床から黄金が引き始める。おかげで、残骸は床に露わになった。
 一方黄金の潮の引きは、敵の図体の大きさから急所を突くことも出来ずに攻防を繰り返さざるを得なかったブレイズたちの戦局にも、大きな変化を与えていた。
「今度こそ効いてくれるよな」
 イノシシの突進をやり過ごし、祈るように呟きながら放った信人の斬撃は――願いどおり、イノシシの脚を斬り払い。
「終わりにするか――」
 倒れたイノシシの胴体めがけ、ブレイズはコンユンクシオを逆手に構える。
「――ファフナーブレイッ!」
 スキルを併用し、殴り飛ばすように放たれた一撃は――次の刹那にはイノシシを残骸に変えていた。

●芽吹く災厄
 三・四階分は三階の、二階と同じ場所に。
 一方、五・六階の分は――六階の北側、四階だと階段があった場所に制御装置は設置されていた。
「機械操作は面倒なんでな、任せた」
 六階。部屋の敵を殲滅し終えた後、ブレイズはそう告げる。
 レオがコンソールパネルを操作し、黄金が引き始めた直後――此方も捜索が終わったか、南班も部屋に入ってきた。
「これで一先ずは片付いた、か」
 レイジが言う。
 だが――これで終わりでは、ない。

 七階へ上る階段の前に到着し、
「さて‥‥上には何がいるものか」
 最初に口を開いたのは信人だった。
「夢芽もまた一枚噛んでそうだしな」
 ヤナギが放った言葉に肯き、
「あの小娘、一体どこで見ているのやら‥‥」
 尚も階段の上を睨みつける。
「行こう。まだ先は長い」
 ホアキンが先陣を切り、階段を上る一歩を踏み出した時。

「‥‥追いついたっ」

 すぐ隣にある五階へ下る階段から、思わぬ人物の姿が現れた。
「――アスナ、どうしてここに?」
 一階から階段を駆け上がってきたらしく、少し肩で息をしているその人物――朝澄・アスナを見、能力者たちは一様に驚いた様子を見せた。
 信人から発せられた問いに、アスナは額に滲んだ汗を軍服の袖で拭いながら答える。
「どうしても何も――私も全部把握してるわけじゃないけど、ここから上がどうなっているか、まだ話してないじゃない。
 それにね、その他にも少し分かったことがあるから。支社長のことと‥‥あの子のことも、ちょっとだけ」
 その言葉を聞き、能力者たちは顔を見合わせた。

 ■

 時間は少しだけ遡る。
 十階、警備室。
 無数の監視カメラの映像が映し出されるこの空間に、少女――夢芽は一人佇んでいた。
「ふーん‥‥この感じなら来るなぁ」
 能力者たちが五階の探索を終えたらしく、六階への階段を上って行くのを捉えた。
 直後、カメラの映像が途切れノイズだけになる。
 今回に限った話ではない。監視カメラを発見し次第、ホアキンが破壊しているのだ。尤も彼の行動範囲の関係上全て見つけられたわけではない為、幾らかのカメラの映像は健在だったが。
「そろそろ歓迎の準備をしないとね」
 そう言って椅子から飛び降りると、ててて‥‥と如何にも少女らしい軽やかな動きで警備室を出た。
 人気のない通路を駆け抜け、『支社長室』というプレートの掲げられた両開きの扉を開く。

 ――そこには通路まではあった天井がなく、見上げれば暗い色の空があり。
 夢芽が腰かけた支社長のデスクの両脇からは、明らかに後付けで作られたようにしか見えない二つの階段があった。

 その行く先は、虚空に浮かぶ二つのドア。