タイトル:【RE】Re−artマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/18 01:18

●オープニング本文


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「――」
 キャンバスの前に設置した椅子に腰かけ、イネースは真っ白なままの長方形を見つめた。
 すぐ横には、壁一面を占める窓ガラスがある。といっても一種のマジックミラーのようなもので、外からはこの拠点の元の形である山肌しか見えないが。
 そこから差しこむ夕空の陽の光に目を細めつつ、イネースはペンを手に取る。
 出血は未だに止まらないが、止めるつもりもなかった。血を失えば失うほど、思考がクリアになっていくのを自覚しているからだ。
 ペンを握る手には血痕となってこびりついた赤がそのまま残っている。
 最初の線を描く前にそれを見つめ――次いで窓の外に目を向けて、イネースは思う。
(――どうせなら、あの夕陽もこんな色なら良かったのに)
 それなら最初から道に迷うことなど、決してなかったのに。

 キャンパスに線を描き始めてすぐに、警報が鳴った。
 侵入者。
 予想通りの話である。ここに撤退するまでに、あまりに痕跡を残し過ぎた。
 ユズはもうこの拠点を離れている。自分がいるこの部屋までに侵入者たちを妨害するモノは、せいぜい仕掛けられた防衛トラップと、ユズ手製のガードロボット程度のものだ。
 作成者が作成者だけあって性質の悪さは持っているが、それでも傭兵たちの道を塞ぎきることは恐らく出来ないだろう。
 ――もっとも、自分とて準備は済んでいる。
 いつだって芸術の邪魔をされたくはない。――されるのであれば、排除するまで。
 その意思を象徴するかのように、キャンパスの横には小太刀二本に加え、投擲用のナイフが数本置かれていた。
 素手を使うつもりはない。描くその掌を穢すことだけは、何が何でも許せないから。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
瑞浪 時雨(ga5130
21歳・♀・HD
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
魔宗・琢磨(ga8475
25歳・♂・JG
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP

●リプレイ本文

●混在する理解と拒絶
 森の中にある通用口から拠点に侵入した後、傭兵たちは三つの班に分かれ行動を開始していた。

 A班――。
(私は――最後は彼女の意思を尊重したい。ただそれだけ)
 御崎 緋音(ga8646)は思う。
 イネースの過去を思い出し――もう二度と、彼女に『籠の中の鳥』になってほしくない、と強く願った。
 そんな彼女を含む四人の眼前に、ガードロボットが現れる。
 しかも、無数。
 真っ先に戦闘行動に動いた終夜・無月(ga3084)がソニックブームを最前の一機に当て、御影・朔夜(ga0240)が追撃を加える形で真デヴァステイターによる銃撃を加えた。
 一機一機はあまり強くないらしく、それで倒れたが――通路中にわらわらと湧いている、という表現が正しいほどの数だ。正直きりがない。
「こっちだ」幸い、ロボットの群れの方向に真直ぐ進む必要はなかった。漸 王零(ga2930)が床にあった血痕を発見し、四人はT字路を右に曲がる。
 その曲がる瞬間、王零は朔夜の方を見て、胸中で呟く。
(願わくば我と違う道を歩んでほしいが――)
 朔夜とイネースの状況をかつての自分と蟹座に照らし合わせ、そう願う。
 ただ、必ずしもそれが全員にとって良い結果ではないということは、誰もが分かっていた。
 
 ■

 それは移動艇の中での出来事だった。
「芸術の名の下に虐殺と破壊の限りを尽くした人を助けようっていうの‥‥? 理解出来ない‥‥」
 瑞浪 時雨(ga5130)は言い捨てる。
 声楽という芸術を志した彼女が、イネースを人一倍嫌悪するのも無理はなかった。
 芸術は人の為のものであって、芸術の為に人を殺す事なんて許せるわけが無い――その想いがずっと彼女の中にはある。
「彼女のどこに救う要素があるの‥‥?」
 しかしその言葉に対し、
「別に他者から理解を得たいと思わんよ」朔夜はそう切り返す。
「貴方の我儘と人類の存亡、どっちが重要‥‥?」
「人類と言う括りにも塵芥の価値もない」
 続く問いにも朔夜は即座に答えを返した。
 その考えが根拠だとすれば、先ほどの言葉も時雨に対する反論というよりも、本当に『理解されなくても良い』と思っているだけなのだろう。
 それがまた時雨を苛立たせたが――朔夜は兎も角として、他のメンバーにもそれぞれの思惑があってイネースを生き長らえさせようとしている者が多い。心境はどうあれ、一先ず任務を優先せざるを得なかった。

 その時雨擁するB班の捜索方法は、基本的に虱潰しというシンプルな方法だ。
 ただしアルヴァイム(ga5051)により、他班の捜索の進捗状況も共有されている為にある程度は効率化出来ている。また彼は、いざというときの為にカラースプレーで出入口への順路の目印をつけていた。
 そして彼らは効率化で浮く分を――拠点内にも仕掛けられていると考えられる爆弾を重点的に捜索する為の時間に充てていた。

 月神陽子(ga5549)が爆弾の捜索において特に注目したのは、整備ルームだった。
 C班の魔宗・琢磨(ga8475)により情報が齎された為行ってみたその場所は、ワームが数機収容できる余裕がある――拠点内でも恐らくもっとも広い空間だと言えた。今はワームは――リリスや既に破壊されたFRも含め、一機も存在しない為、余計に広く見える。
 その空いた広大なスペースを、陽子の提案もあって多少時間をかけてでもくまなく捜索することにする。
「‥‥あったぞ」
 『それ』を最初に見つけたのはレティ・クリムゾン(ga8679)だった。
 整備ルームの端の端――四隅のうちの一つにそれはあった。壁に埋め込まれる形で仕掛けられていたが、それほど頑強に固定されてはいなかった。他に適当な手段がなかった為陽子が鬼蛍で切断したが、それで事足りていたらしく大事には至らずに済み――同じく整備ルームの四隅に残り三つの爆弾を見つけ、除去することに成功する。

 罠やガードロボットを突破しながら更に歩を進めたB班、此方は特にアルヴァイムが捜索対象として優先していた管制室を見つける。
 その内部情報として拠点の全体図を入手すると、整備ルームの真上にいくつか、それ以外の空間に比べて大きな部屋の存在を確認した。
 イネースは、恐らくこのうちのどこかにいる――。

 ■

 一方C班――。
「この島、景色いい所だな〜。奴さんここでも絵、描いてんのかな‥‥っと」
 入った部屋の正面にあった窓の向こうを見、琢磨はそんなことを言う。
 B班から内部情報が伝えられた時、最も先に進んでいた彼らは既にその『上部』に来ていた。上部の部屋は『正面に窓がある』という点ではいずれも同じような構造をしている。奇しくもC班が優先的に捜索すべき対象としていたのは『景色のいい部屋』だった為、その構造は彼らにとって正解で、そして面倒なことでもあった。
 それは兎も角として――
(奴さんを追いかけ1年半――最後の決着、全部つけるぜ!)
 イネースとの関わりはある意味で最も長い一人と言える琢磨の、その思いは強い。
 また別の側面から、彼女のことに関して思うところがある者もいた。
「懐かしい感じですね‥‥エルリッヒを思い出します‥‥」
 そう呟くのはソード(ga6675)である。かつての蠍座に対峙した時のことと今回のことを照らし合わせては苦笑する。
 同じような思いは、南部 祐希(ga4390)にもあった。ただ此方は、エルリッヒへの思い入れ、という点で若干ソードとは今回についての考え方は異なるが。
 その祐希がまた一つ扉を開く。イネースの姿はない――が、残る部屋は、最上部にある三つだけだった。
 そこへの階段を昇りながら、柳凪 蓮夢(gb8883)は呟く。
「少しでも‥‥僅かでも『救える』可能性があるのなら、私はそれに懸けてみたい」
 ――その思いを抱えているのは彼だけではなかった。それがまた、思う根拠の強さにも繋がっている。
「彼女は私より遥かに強いけれど――その為ならば私も、それ相応の無茶は辞さないよ」
 その言葉に、他の三人も同意を示す。

 最上階。
 ここまでくれば、わざわざ一つずつ探さなくとも彼女がどこにいるかは容易に想像がついた。
 その予想が当たっていることを示すかのように――三つ並んでいるうちの真中の扉の前に立とうとした時、一瞬だけ扉が開き――四人の眼前に、数本のナイフが突き刺さった。
 ――四人は顔を見合わせ、肯き合う。

 そして他の班に、彼女を発見した旨の連絡を入れた。

●夕に燃ゆる邂逅
 開け放った扉の向こうで――イネースは黙々と、キャンパスに向かっていた。どうやら先ほどのナイフは迎撃用の罠であったらしく、集中を切らしていたような様子は見られない。
 その彼女の更に奥には外からでは存在しているようにすら見えなかった窓があり、今はその向こうに夕陽と、光を受けて橙に燃える空が映し出されていた。
 傭兵たちが来た後も、イネースはキャンパスと窓の外とで視線を行き来させつつ筆を動かし続けている。故に傭兵たちに攻撃を仕掛ける契機はいくらでもあったが、彼らはあえてそうせず、ただ警戒を続けたまま彼女の絵の完成を待った。
 暫くして彼女は筆を握ったまま手を止め、最後に一度窓の外と見比べた後にひとつ肯き、筆をパレットに置いた。
「――もういいのか?」レティが問う。
「ええ」イネースは返答しつつ、足元をわずかに動かした。
 傭兵たちはその時初めて気づいたが、その動かした先の床にはスイッチがあった。
 まさか、という嫌な予感が彼らの脳裏に過ぎる――が、それは杞憂だった。スイッチが踏まれたと同時に、イーゼルの置かれた部分の床が機械音を伴いつつゆっくりと下降していく。少しして元の場所に床が戻ってきたときには、その上にイーゼルはなくなっていた。
 それからイネースは椅子から立ち上がり、漸く顔を傭兵たちの方へ向けた。FRを打ち倒された時の怪我はまだ癒えていないらしく、血の流れた痕が衣服や皮膚に所々残っている。
「Bonjour、イネース‥‥フランス流儀に則り、抱き合う挨拶のがよかったすか?」
 琢磨の挨拶に対し、どちらでも、とイネースは肩を竦める。
 彼女は傭兵たちの顔を一通り見回す。イネースが絵を描き終えたことで傭兵たちも戦闘の準備を完了させていたが、ただ一人、武器こそ手にしているものの攻撃の意思はあまり見られない様子の人物がいることに気がついたようだった。
「――貴方はあくまで、そのつもりなのですね」
 だからイネースは自らも椅子に立てかけておいた二本の小太刀を手にしつつ、そんな言葉をその人物――朔夜にかける。
「肯定は私の在り方だ。だが理解したいのは君が好きだからだよ」
 朔夜はそう答えた。何に対する肯定と理解かは、納得出来るかは別問題としてこの場にいる全員が既に把握している。
「――そういえば、返事を聞いてないですよね」
 不意に思い出したように緋音が口を開いた。実際は、彼女なりに気にかけていたことなのだが。
「返事?」
「この間の朔夜さんの告白に対する、です」
「ああ――」イネースは一度肯いた後、小太刀を顔の前まで持ち上げて構えてみせた。
「これが答えですよ。――私が『理解されたい』と思っているとでも?」
「貴女も、ここで戦うのをやめるつもりはないんですね?」再び緋音が問うた。
「やめる理由がないでしょう」
「だが、そろそろ破壊にも飽きただろう?」問いに対し即座に切り返したイネースに、レティが言う。
「衝動のままに行動するお前は、癇癪を起した子供となんら変わらない。人は成長する。今の精神性が子供なら、破壊による芸術も、やがてその感性を失う。
 その時、お前は自らの芸術を自ら否定する事になるのだろうな。これは予言でも予測でもなく、ただの呪いなのだが」
「――でしょうね」イネースは否定しなかったが、
「そういう意味での成長の余地がまだ私にあれば、の話ですが」
 そうも付け加える。そんな彼女に対し、
「どうせ貴女の下らない芸術観の事‥‥最後に自爆でもして自分自身と私たちを狂った『芸術』にでもしようとしてるんでしょ‥‥?
 本当に下らない‥‥」
 時雨は心底からの嫌悪感を吐露すると、
「半分だけ正解ですね」傭兵たちにとっては意外な答えが返ってきた。
「‥‥何?」
「『芸術にする』というのは正解です――ただ態々その為に、自分の身体を直接犠牲にする気はありませんよ」
「――しまった!」彼女の言葉の真意に、会話の合間も周辺に警戒していた王零が最初に気がついたが――既に遅かった。
 イネースが逆手に構えた小太刀の柄の底に、スイッチらしき突起があった。
 それを彼女が親指で押すと――部屋の四隅から突如として炎が上がったのだ。
 炎は瞬く間に壁に燃え移り、繋がって――傭兵たちとイネースを取り囲む一つの陣を形成するまでには、十秒も要しなかった。窓ガラスは割れていたが、代わりに炎が厚い壁を形成していて脱出経路として使えそうにない。
「こうすれば――この場所は失うでしょうが、私自身が必ずしも犠牲になる必要はないでしょう?」
 炎が轟音を上げている為か、イネースは声を張り上げた。
「貴女の為に歌う歌はない‥‥。レイチェルの元に送ってあげる‥‥!」
 もはや会話を続ける猶予はなくなっていた。時雨のその言葉を契機に、傭兵たちとイネース、双方が動き出す――!

●呪われた道に終止符を
 誰よりも先に動き出したのはイネースだった。二本の小太刀を十字に振るうと――ソニックブームのような真空波がその軌跡通りに生じる。
 琢磨を狙ったと思しきこの真空波の後ろについて、彼女自身も駆け出した。
「すんなりと動いてもらうわけにはいかないんですよ」ソードと祐希が制圧射撃で制止にかかる。視界に銃身が見えていた故の判断か、イネースは跳躍し弾幕を避けてしまったが――、
「泥にまみれて走らず、臥薪嘗胆もしない。怠慢だな」
 アルヴァイムがそう吐き捨てつつ、タイミングをずらした制圧射撃で彼女の着地時を狙い打った。これは功を奏し、イネースの足が一旦止まった。
 一連の動きの間に真空波の方は狙い通り琢磨に向かったが彼はこれを受け、イネースの足が止まっている合間に彼を含めた前衛がイネースに向かって接近する。
 斜め前方から彼女に迫った王零が刃を振るう。それは手を狙ったものと見せかけたが、実際当てる気はそれほどない。イネースが芸術家である以上は手を最も大事にするだろうと推察していたし、事実彼女はもう一方の手に持った小太刀でそれを防いだ。
 狙い通り。その間に無月が明鏡止水を構えながら彼女の背後に接近する――が、
「大刀って、気配が分かりやすいんですよね」小さく呟くのが聞こえたと同時、イネースは背後にある大刀の軌跡を見もせずに避けた。
 その一連の回避行動の間に、再度王零は――今度は腕を狙って剣戟を仕掛ける。
 これにはレティも同調し、逆の腕に一撃を浴びせようとして――、
「――」イネースの身体が、一瞬にして消えた。
 否、そう錯覚するほどに深く身体を沈みこませたのだ。
 刹那、王零とレティの足元に剣戟の衝撃が連続で響いた。二人だけではない。小太刀の射程では到底届くはずのないほかの前衛の足元にも、衝撃波という形で攻撃が届き、それぞれ吹っ飛ばされる。
「――武器が普通とは一言も言ってませんよ?」
 立ち上がった彼女がそう言った直後――炎に包まれた壁が倒壊を開始した。
「――‥‥!」誰かが叫ぶ声も届かない。倒れ往く炎の壁に遮られる形で、時雨とソード以外の後衛の姿が見えなくなった。まだ脱出する術はいくらでもあるだろうが、この状況はよろしくない。
 イネースの動きも再び自由になりかけている。それを制しようとソードが再度制圧射撃を浴びせ、続いて時雨が行動を妨害すべく射撃を加えた。若干怯んだ素振りを見せたイネースだったがすぐに立ち直り、今目につく二人の後衛に向かって接近を開始する。
 その眼前に、蓮夢と陽子が立ちはだかった。
(私は、弱い)
 蓮夢は自分なりに、自分の実力、そしてイネースとの力の差を自覚していた。押し込まれるであろうことも。
 だがそれでも、『明日』を手繰り寄せる為、必死に彼女へと手を伸ばし続ける――AU−KVを纏う全身ごと盾にするかのよう、防御に思考の全てを傾けた。
 イネースはそんな彼を目の前にすると、両腕を連続して振るい始めた。一度のみならず、二度、そして三度――。
 二度目の連撃までは踏ん張った蓮夢だったものの、三度目で足の踏ん張りが利かず吹っ飛ばされた。イネースはその行く先を気にもせず、返す刃で陽子にも襲いかかる。
 ――が、陽子はこれを鬼蛍で受けた。それも鍔にかなり近い部分で刀同士をぶつけあった為、イネースの攻撃の勢いも止まり――鍔迫り合いとなる。
 もっとも、イネースは二刀であるのに対し陽子の鬼蛍は一本だ。一度態勢を立て直せば均衡を崩すのは難しくない――そう判断したか、イネースがやや後退の仕草を見せた。
 その足元を銃弾が穿った。――炎に包まれた壁を越えてきた緋音によるものだった。
 それで足が止まったイネースの背後に、再び無月が迫る。
 今度は足が自由でなかった為に先程のように回避はしきれず――明鏡止水の刀身が、イネースの纏う服と――背中の皮を薄く斬り裂いた。
 イネースは即座に反撃に転じた。その場で反転すると、その遠心力を用いた一撃で無月を吹っ飛ばす。大刀を振り抜いた後故の隙があった為、今度は無月が崩れ落ちた炎の壁の向こうに消えた。
 追撃に向かおうとして、足を止める。その追撃を防ぐ為、朔夜が迫っていることに気付いたのだろう。イネースもそのまま朔夜に接近し――袈裟掛けに一閃。
 朔夜は真デヴァステイターでそれを受け止め、弾いた。そしてすかさず弾いた小太刀目がけてゼロ距離射撃――これは標的の細さ故に失敗し、イネースがもう片方の小太刀で襲いかかったがこれはジャッジメントで受け止める。
 弾かれた腕を動かし次の攻撃に転じようとしたイネースだったが、その腕を電撃が襲った。此方も視界に戻ってきたアルヴァイムが雷遁による攻撃を浴びせたのだ。
 そして――痺れたその腕に、続いて鋭い痛みが走る。王零が国士無双でその腕に斬撃を入れたのだ。
「――あぁぁぁぁッ!」初めてイネースが怒りの籠った叫びを上げた。
 彼女が二本の小太刀をフェンサーの円閃の要領で横一文字に振るうと――至近にいた王零や朔夜が吹っ飛ばされたのみならず、体勢こそ崩さずに済んだが他の前衛にも、そして今度は後衛にも衝撃波が届いた。
 後衛に届くほどの射程を誇った衝撃はそのまま炎にも到達し――残っていた内壁も燃え落ちてしまった。入ってきた扉のある壁だけが辛うじてその形を保ってはいるが、あまり時間をかけると扉が失われる可能性も大いにある。そうなると勝ったところで、脱出口がなくなるだろう。
 早めに決着をつけなければならない――真っ先に動き出した陽子と琢磨がイネースに迫る。
 イネースも二人の存在に気付き、まずは陽子に攻撃を仕掛けにかかった。一度目の剣戟を受けた陽子が先程同様鍔迫り合いに持ち込もうとするが、今度はそうはいかなかった。受けられたと気付いた瞬間、イネースはその刃を引いていた。そして代わりに空いている刃を、陽子の胴体へ。
 だが、刺さることはなかった。すかさず割り込んだ琢磨がまずその刃をプロテクトシールドで受けたのだ。次いで空いた手で握る真デヴァステイターで、イネースの足を撃ち抜く。
「くっ‥‥」一瞬、イネースの足元がぐらついた。
 それを時雨は見逃さなかった。琢磨の射撃により生まれた出血箇所を狙って、イネースの足へと射撃の照準を定め――連射。
 イネースの動きがますます鈍くなり、苦し紛れにか彼女は再び先程の衝撃波を放った――範囲は先程と変わらないが、明らかに威力は弱まっている。FR戦時に受けた傷が癒えていないとなれば、彼女が今相当なダメージを負っている為に本来の威力が出せないとしても不自然ではない。
 ソードとアルヴァイムが、再び制圧射撃でイネースの動きを止め――その間に接近した王零が、国士無双を振り被る。
 イネースの脳裏には最初のフェイントと、二度目の本当の攻撃が過ったのだろう。一瞬判断が遅れたようだった。
 故に、その間に別の角度から迫る無月とレティの存在には気付かなかった。

 無月の明鏡止水を胴体に、レティの紅炎を足に――二つの斬撃をそれぞれ深々と受け、イネースは口から夥しい量の血液を吐きだした。
 そしてその腕から、二本の小太刀がこぼれ落ち――。

 片膝をついたイネースの許に、緋音が駆ける。
 血を吐いた痕が残るイネースの口許に、うっすらと笑みが浮かんだ。
 止めを刺しに来た、とでも思ったのだろう。
 バグア襲来以前から人は戦争を続けてきた、と彼女は以前言った。
 人類が人類であり続ける限り、ここでこのまま殺されても何らおかしくはない――そう考えたに違いない。
 
 ――だが。

「――?」
 緋音がとった次の行動に最も驚いたのは、そのイネースだったろう。
 倒れ往く自らの身体を、緋音は途中で抱き留めたのだ。
「‥‥ひとまずここを離れましょう‥‥」無月が言う。部屋を覆う炎は未だ燃え盛っていた。このまま拠点の上部の大半を燃やし尽くしてしまう可能性が高いほどの火の勢いの中、いつまでも留まる理由はない。傭兵たちが入ってきた扉は既に燃え落ちているが、幸いそこから外に出ることも可能になっていた。
 傭兵たちはそれぞれ、イネースは緋音に担がれる格好で、移動を開始した。

●乙女座の選択

 拠点内でも整備ルームの下までいくと流石に火の勢いも遠く、先ほどまでと何も変わりなかった。
 今イネースはレティにより布で視界を覆われて、手錠をかけられている状態ではあるが――彼女の戸惑いが消えていないのは、その口許に浮かぶ表情を見れば誰もがわかる。
 移動の間も、緋音が手にしていた銃の引き金を引くことはなかった。
 それは他のメンバーにしても同様だった。誰一人即止めを刺しに動かない。これまでの口振りからして嫌悪以外の感情を抱いていないであろうと分かる時雨でさえも、だ。彼女の場合、周囲の意見に押し切られて従っている側面もあるのだが、それをイネースが知る由もなかった。
「何故――殺さないのです」
 だからイネースの口からそんな疑問が漏れるのも無理はない。
「感情で殺す殺さない、は『野蛮』なので」
 アルヴァイムが答え、「我々は貴女方とは違う」そう祐希が口を開いた。
「――そうでなくては、勝つ意味が無い。
 例えどんなに近しく見えたとしても、違わなければならないのです」
「悪いがここで終わらせる訳にはいかない。
 君は――本当の終わりの時まで背負うべきだ。
 己に向けられる『様々な』感情を」
 祐希に続いて蓮夢も言う。
 ――生かすのは決して彼女の為ではなく、傭兵としての彼らの存在意義の為であること。
 そして残り少ない生の中、人々から向けられる『感情』を罪と罰として背負わせる為、ということ。
 彼らの意図を察したのか、イネースは苦笑いを浮かべた。
「――それはUPCとしてではなく、貴方たちとしての意思なのでしょうね。
 事が事なら『甘い』と切って捨てられそうなそんな意見を、UPCが主張するわけがないですし」
「無論、その意思を通す為の布石も打ってありますがね」
 再びアルヴァイム。
 事実、彼の言う『布石』はいくつも打たれていた。
 ここでイネースの身柄を確保した後、彼女は法により裁かれることを避けられないわけだが――アルヴァイムは彼女をイタリア一帯に係る事件全てではなく、彼女がバグアと組した後最初に起こした事件である『幽閉された屋敷での虐殺事件』の容疑者として扱うことをカプロイア伯爵やUPC欧州軍に対して提案と協力要請をしている。
 理由としては二点。一つは投降者への非道な扱いは権威失墜と士気低下を招く恐れがあることだ。どちらにせよ指名手配級の犯罪者であることに変わりはないのだが、起訴する案件の重みの違いは判決後の扱いにも比例する。もしイタリアに係る事件全てについて立件したのであれば彼女の扱いが非人道的になることは間違いない――その先に起こりうる結果への危惧だ。
 もう一点は、人類への批判に対する反意を行動で示す為。これはイネース自身に身を以って返させる皮肉とも言い換えることが出来る。
 またカプロイア伯爵に対しては、蓮夢も別の角度から接触していた。イネースを確保した後の連れ出し、及び隠遁生活や監視等の環境整備と被害者の生の感情に触れる機会の設置について協力を要請していたのである。
 更に言えば今この時も、アルヴァイムや祐希はそれぞれICレコーダーやカメラを使用して状況を記録していた。もっともこれは軍に提出する気はなく、後に裁判にかけられた際にイネースの責任能力を証明する状況証拠とするつもりだった。裁判にかけられる前の謀殺を防止する、という狙いもある。
「ついでに言えば」祐希が付け加える。
「私が今更敵は殺せという筈がないでしょう。
 私のエンブレムを何だと思っているのですか」
「――蠍、ですか」
 未だ視界を覆われてはいたが、エンブレムというキーワードで思い当たる点があったらしい。イネースは合点がいったとばかりに肯きながら答えた。
 それからICレコーダーやカメラの意図をついても含め、イネースに与えられた選択肢について緋音が告げる。
 保護された場合にかけられる裁判のこと。
 それ以外に、布石があるとはいえ、検査や実験等――非人道的な扱いを受ける可能性もゼロではないこと。
 それらを説明した後で、緋音は問う。
「――ここで終わりたいですか? それとも、罪を償う気はありますか?
 あるいは‥‥」
 続きを言いかけたところで、緋音は口を噤んだ。
 イネースが笑っていたからだ。
「償って償いきれるものではないのは、貴方たちの方が分かっているでしょう?
 もう一つ言えば、私が下手に生きて感情を背負っても――私が死ぬことで満たされる人がどれだけいると思っていますか」
 尋ねておいてすぐ、いないでしょうね、とイネースは首を横に振る。
「壊したものが元通りになるわけでもなく、だからといって他のバグアに対してぶつける怒りとも釣り合わないんですから。終わった後で残るのは虚しさだけです。
 戦争の実情を目にしている貴方たちは兎も角、一般人に同じ感情を抱かせるつもりですか?」
「‥‥‥‥」
 つまりイネースの言い分はこうだ。
 一般人の為を思うなればこそ、早く殺せ――。
 ――少なくとも、拠点を脱出してまで生き長らえたいと思っていないのは確かである。
 だから緋音は、朔夜を見た。
 朔夜は一度深く息を吐いてから無言で肯き、緋音とイネースに歩み寄る。そしてイネースの身体を緋音の肩から引き剥がすと、今度は自身で抱き締めた。
 イネースは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの――、
「ヨリシロ化など知るか。これ以上、君を傷つけさせはしない」
 その朔夜の言葉で自分を抱き締めている人物に想像がついたと同時、彼が自分に向けている感情を思い出して納得したのか、特に抵抗することなくその身を預けた。ヨリシロ以前に、既に彼女には戦う為の力が残っていないようだった。
「他のバグアといえば、ユズはどうした?」
「‥‥貴方たちが来る前にここを出て行きました」
 王零の問いにイネースはそう答えた。
「貴方たちがここに来た理由と、今上がどんな状況にあるかを考えれば――むしろここに留まっている理由はないでしょう?」
 自身が戦場にいたことよりも、ワームを操って傍観者に近い立場で傭兵たちの前に立ちふさがってきたことの方が多いのである。手を切った、と考えれば、この場にいないことに何ら不自然な点は見当たらなかった。
「――然し君がいない明日となれば如何するか‥‥」
 イネースを抱き締めたまま朔夜は言って、少し考えた後に苦笑を浮かべた。
「はは、いっそ新乙女座でも目指すか。
 ――今更生に興味はないしな」
「‥‥何を言ってるんですか」
 イネースも苦笑して、
「でも、人類だとかバグアだとか――そういうカテゴリに囚われずに自分の気持ちを持っている、というのは私は好きですよ。
 ‥‥ただの人だった頃の私なら、こうは言えなかったでしょうけど」
 そんなことを言う。
 僅かに目を見張った朔夜の様子を知ることもなく、イネースは言葉を続けた。
「――最後に教えてあげましょうか。
 何故、私が自ら死期を早めるようなことをしたか――」
「――!」最後、という言葉で何人かの傭兵が気がついた。
 朔夜に抱かれた状態にあるイネースの服の袖から筆が滑り落ち、それを彼女がしっかりと握り締めたことを。
 その柄の先端に、スイッチのような突起がついていることを。
 抱き抱えている朔夜と、至近距離にいる緋音は気づくのが一瞬だけ――後ろに構えていた傭兵たちが動き出すその瞬間の分だけ、遅れた。
 自爆を阻止せんと真っ先に動き出したのは王零と蓮夢。
 続いて陽子が、スイッチを持ったイネースの腕ごと斬り落とさんと鬼蛍を振るう。接近して腕を斬り落とすことを考えていた王零だったが、その気配を察してイネースが逃れられぬよう取り押さえることに徹することにした。AU−KVを身に纏う蓮夢に至っては、最初からそのつもりである。
 芸術家として自爆という形の死を選ぶことだけは許さない――。
 その意思を以って陽子から放たれた真空の刃は、しかし結果として意思通りの結末を迎えることはなかった。
 イネースは笑みを浮かべたまま、告げる。

「『人に戻ってしまった』私に出来ることは、それだけでしたから」

 その言葉に誰かが反応を返す前に――イネースは王零に押さえられた腕を無理やり上げ、真空の刃と筆をぶつける。

 朔夜や緋音、蓮夢と王零までをも爆発の巻き添えにして――、
 イネースの身体が、一瞬で破裂した。

 ■

『戻った』のは、先日の敗北における衝撃が切っ掛けだった。ついでに言えば、先ほどレティにかけられた『呪い』は、その時既に味わっている。
 それでも最後の最後までバグアの振りをして、自分に関わる誰をも欺き続ける必要があった。
 バグアに気づかれてしまえば、その時点で抹殺されることになる。エルリッヒのような扱いをバグアが二度と許す筈もない。
 それではいけない。
 自分は人類の敵として、最後は人類の前で、人類の手が施された上で死ななければならない。最終的に自爆という手段を選んだのは、芸術の為というのも理由としてあるにはある。が、もう一つ。生き長らえる時間が長ければ長いだけ、気づかれる可能性が高まるからだ。
 たとえ死んだ後で彼らの中に何が残ったとしても、少なくとも誰も見ていないところで殺されるよりはいい筈だ。
 人の目の届くところで死ぬ以外に、イタリアに自分が齎した暗雲が本当に晴れる切っ掛けを作る手段など存在しないのだから。
 もっとも、生き長らえる選択肢を与えられたのは意外ではあったが――それがあってもなくとも、自分の運命は既に決めていた。

 その想いは終ぞ誰にも語られることなく――ゾディアック乙女座として世界に在り続けた女は、その生を閉じた。

 ■

 イネースの許に到着するまでに爆弾と思しきものを解除してあった為か。
 彼女がこの世から消え失せた後に新たな爆発は生まれることもなく、ただ彼女の自爆により受けた大きな被害だけがその場に残った。
 それだけか。他に何かなかったのだろうか。
「これでよかったのだろうか」移動艇の中、王零は胸に手を当てて人知れず呟く。
 ――全て、答えの出るはずのない問いだった。

 気持ち悪さ、或いは空虚感のみを抱いたまま、傭兵たちはもう何者もいない島を後にした――。