●オープニング本文
前回のリプレイを見る イタリアでの侵攻開始以後、イネースたちの侵攻拠点はシチリア島にあると目されていた。
ある意味では、それは間違いではない。確かにイネースが抱える殆どの軍備は――元からそこにいたバグア軍と併せて――置いてあるし、先のリリス出撃にしてもシチリアから行っている。
ただし――イネースやユズ『自身』の拠点という意味では正しくないことを、UPCはリリスの撤退後に知ることになる。
地中海東部に浮かぶ、ごく小さな孤島。
切り崩されていない山肌一面を木々が覆う為、一見未開の地にしか見えないが――その山には、『内部』が存在していた。
「FRの色を変えちゃうなんて人、イネースさんが初めてなんじゃないですか?」
『内部』の整備ルーム。整備を終えたユズはルームにかかる高架通路へ行くと、そこに立っていたイネースに話しかけた。
そのイネースが見つめる先――今しがた整備を終えたばかりのFRの色は、全体的に白く染め上げられている。
とはいえ完全に白いわけではなく、各パーツには五本ほどの線模様が引かれている。その色だけは、元のFRの禍々しい赤だった。
「そうですね――ステアーに乗り換える人も増えていましたし」
イネースが口にした返事はFRが当初の半分にまで数を減らしていることへの皮肉がこもったようなものだった。
そういえばこの人は今まで乗り換えるとかいった類のことを口にしていない、とユズは心の中で呟く。
「イネースさんはそういうつもりないんですか?」
「誰が」
ぴしゃりと否定された。
「確かにFRは生体パーツを破壊されれば替えは効きませんが、それだけが理由で壊されてもいない機体を乗り捨てるなど短絡的な愚行です。
――リリスはあくまで享楽の為にある駒ですから、芸術の為にあるのはFRだけで十分です」
享楽、というのは元が傭兵たちからの鹵獲機体であることを示しているのだろう。
彼女にとっての目的としては二の次に過ぎない――ユズはそう判断した。
思考を切り替え、整備後の機体の装備を説明する。一通りの説明を終えると、イネースは軽く息をついた。
「念の入った装備ですね」
「こっちも数が数ですから。対抗手段には手を撃たないと」
今度の出撃では大幅に――極めて攻撃的に改造を施された本星型HWも六機ほど同行させる予定である。
数が数、というのはそういう意味合いであることを察したらしいイネースは一つ肯いた。
ユズが去った後、イネースは再びFRに向き直り機体を見つめていた。
白――物心ついた頃から、バグアに改造された今に至るまで好きな色。
このタイミングでFRをそんな色に染め上げたのには、理由がある。
(まさかこの期に及んであの頃の気持ちを思い出すとは――)
自嘲めいた笑みを浮かべる。
あの頃――まだ自分が何も知らず、ただ絵を描き続けることに何の疑いも持っていなかった頃。
白いキャンパスを、自ら作った色で染め上げることが何よりも好きだった。
その色を全てありのままに受け入れてくれるからこそ、彼女は白が好きだったのだ。
何かが決定的に違ってしまった改造後も、白はやはり好きな色ではある。
理由もある意味では同じであったけれど、染め上げるべき色は赤しかないという観念に拘っていた、という意味では違っていた。
尤も、今更その考えを捻じ曲げるつもりもないが――昔の自分はもっと自由であったことを、ここにきて思い出した。
切っ掛けはおそらく少し前の傭兵たちとの戦いだろう。
『バグアと、それに対抗することで結果的に戦争を引き起こしている人類とで、一体何が違うのか』――。
前々から思っていたことではあったが、そんな内容の言葉を口にしたのはこれが初めてだった。
口にした後で、それは自分自身についても言えることではないかと気がついたのである。
純粋な気持ちで絵画という名の創作に取り組んでいた自分と。
純粋な気持ちで破壊という名の芸術に取り組む自分と。
根底にある部分は同じではないか――そう考えたら、少しだけ視野が開けた気がした。
だから思ったのだ。
もう一度、自己変革を経た自分を新しく染め上げることから始めよう。
勿論本来の目的も遂行しつつ、だが――機体を白くしたのはその気持ちの表れだった。
それから数刻後、地中海洋上にFRが出現したという報告がUPCに入った。
●リプレイ本文
戦闘空域までの航行。
人により長くも短くも感じるその時間の中、それぞれに思いを巡らせる。
(初めて相対した時の屈辱、忘れるもんですか)
御崎 緋音(
ga8646)のその思いが強いことは、操縦桿を握り締める手が示していた。
(態々FRで出陣か――奴さんも決着着けたいって所かな)
魔宗・琢磨(
ga8475)は往く先の空を見つめる。
二人にとってイネースが駆るFRという存在は、一年半前に苦杯を喫した相手でもある。今度こそ勝って、これまでのことに決着をつけたい、という思いはともに強かった。
緋音について言えば、もう一つだけ思うところがある。
ヘルヴォルと名付けた自機の斜め前方で同じく航行を続けている漆黒の破曉――御影・朔夜(
ga0240)の夜天を見つめる。
朔夜がイネースに対して抱いている思いが、他の誰とも異なっていることは知っている。
だからこそ、彼の為にも――ここで決めたかった。
一方で、二人とは種類の異なる感慨を抱いている者もいた。
(――こんなに空を狭く感じるのは久しぶりです)
南部 祐希(
ga4390)である。
ファームライド、強化型ワーム、ゾディアック。
それらのキーワードは、二年前のグラナダの空を祐希に想起させた。
まるで古い友人にでも会いに行くかのようで、人知れず気分が高揚する。
今日は彼女にとって、飛ぶには――本当に、良い日だった。
やがて十二のKVのレーダーが、それぞれに敵の反応を捉えた。
まだ距離はあるが、照準装置用のカメラは敵影を映し出す――。
その敵の姿に、違和感があった。
「FRが――白、い?」
柳凪 蓮夢(
gb8883)が違和感の正体を口にする。
「まるで、真っ白なキャンパスの様な‥‥」
「‥‥めでたい事でもあったんか?」
純白の機体に赤い――元の機体の色のラインが入っていることに気付いた琢磨が訝しげに声を上げた。紅白がめでたいと捉えたのは、彼の日本人であるが故の気質だろう。
「白‥‥」
一方で緋音は、純粋にイネースの心境の変化を疑うとともに――かつて同じように、本来赤いディアブロを白く染め上げていた以前の恋人の存在を思い出していた。
その懐古の念を打ち切ったのは、
『――何を見惚れているのですか?』
他ならぬイネースからの通信だった。
『全く、貴方達は何度でも邪魔をするのですね‥‥もっとも、お陰で私にとっても得るものもありましたが』
「‥‥それはその色とは関係あることですか?」
『さぁ、どうでしょう?』
篠崎 公司(
ga2413)の問いに、イネースは曖昧な返事しか返さなかった。
そんなやりとりの間にも傭兵たちとバグアの間の距離は縮まっている――。
「悪いけど、ここは通行止めなんだ。他の道を、探してくれるかい?」
「決着の時です‥‥この戦いの最後には貴方が真に望むモノが手に入るでしょう‥‥」
『それこそ何のことやら。あぁ、貴方達が揃いも揃ってこの空で燃え尽きる様、なら分かりますが』
蓮夢の後に続いて終夜・無月(
ga3084)が発した言葉にそう返した後、傭兵たちには音声通信越しに一度小さく笑い声が漏れ聞こえる。
「それはない――」否定を入れたのは、瑞浪 時雨(
ga5130)。
「貴方もレイチェルの元へと送ってあげる‥‥。覚悟!!」
「お前さんがやる事、全部止めてみせるさ――命賭けてなッ!」
続いた琢磨の叫びに対し、
『――‥‥』
イネースが何かを言いかけてやめた気配が伝わった。
但し、口にしかけた台詞は予想できた者もいる――相対する度、言ってきたことだ。今結局口を閉ざしたのは、もう言い飽きた、ということなのだろう。
そして、戦闘空域に入る――。
十二機のKVのうち、朔夜、レティ・クリムゾン(
ga8679)ら四人のKVを除いた八機が加速をかけた。
加速の最中、八機は更に四機ずつの班に分かれる。片側、一班は月神陽子(
ga5549)を先頭に時雨、祐希、ソード(
ga6675)が続き、もう片方である二班はアルヴァイム(
ga5051)の後方に蓮夢、琢磨、公司が続いている。
それぞれ敵の前衛を張っているFRの横を通過し、奥の本星型HWの対処にあたる算段を立てていた。
勿論すんなりといかせてもらえるとは誰も思っていない。予想通り、接近してくるにつれ敵の――特に本星型からの砲火は激しさを増した。
特に、両班の最前――陽子の『夜叉姫』とアルヴァイムの『字』にかかる負担は大きい。が、これもまた予想通りの展開ではある。
予想から外れたことといえば敵の火力がいつもより遥かに高く、一撃もらう度に機体に大きな衝撃が走ったことくらいだが――それも、当たれば、の話だ。まして狙われることを想定していたアルヴァイムはイクシード・コーティングを発動しながら加速をかけていた為に衝撃はほかよりも軽いもので済んでいた。
(――?)
そのアルヴァイム、そして陽子が、最初にFRの横を同時に通り過ぎたが故にそのことに気がついた。
彼らが本星型の対処にあたる狙いは、ひとえにFRの援護にあたろうとする本星型とFRを分断することにあった。
八機が加速をかける一方でFRも加速をかけていることはレーダー上の動きから推測出来たが、その一方で本星型は特に加速をかけた様子がない。
つまり、FRは自ら本星型との距離を離したことになる。
(それでも――)
陽子は考える。
イネースの狙いが何であるかを今考えても仕方ない。いずれ、少なくともこの戦いの間には分かることだ。
そしてそれがどんなものであるにせよ、本星型が援護に走る可能性という芽は摘んでおかなければならない。
その作業一つ一つが、最終的には人々を護ることに繋がるのだから。
アルヴァイムと陽子に続いて、二班の残るメンバーもFRの横を通過し――本星型を射程圏内に捉える。接近する間に公司は本星型のナンバリングを済ませ、各機にそれを通信していた。
「ああ、遅れましたが、挨拶をどうぞ」
機先を取ったのは祐希だ。
FRを中心にし、その後方へ放射線状に広がる陣形を組んでいた本星型の、最も手前側にいるモノの更に外側に移動しつつ――K−02を放つ。
だが、これは読まれていたらしい。
祐希機からミサイルの嵐が放出されたとほぼ同時、FRの真奥にいた本星型から同様に嵐が吐き出される。
相殺――事実としてあてはめるならその言葉だが、表現としては正しくない。
まるで祐希が生み出したものが本星型が生んだそれに導かれるように引き合わされ、衝突して無為な爆発を生み出した後に互いに消滅する。誘導弾を引き寄せる類のモノと考えるのが道理だろう。
更に言えば、手を読んでいただけにその後のことも練ってあったようだ。
無数に起こった誘導爆発が失せる前に、別の本星型が同様に無数のミサイルを放出する――!
「‥‥させない‥‥!」
これもまた、その手を読んでいた者がいる。時雨だ。
バグア式K−02と呼ぶのが妥当なその代物を確認した刹那に手を動かし、次の瞬間には周囲に煙幕を展開していた。時雨機『エレクトラ』が陽子機のすぐ後方に位置していたのは出来るだけ前方で煙幕を張ろうとした為だったがそれも功を奏し、結果的に一班は煙幕に護られて殆ど被弾することはなかった。
その煙幕をかいくぐった陽子機が本星型のうちの一機に肉薄、体当たりしつつソードウィングで装甲を破壊したところへ、やはり煙幕の中から放たれたソード機のエニセイの砲撃が炸裂する――!
■
(味方を護って、自分も生き抜いて――それでこそ、本当に『護った』事になる)
蓮夢はそう考えている。
今回の自分の役割は、敵の攻撃を分散させ、仲間への負担を減らすこと――。
その為には最後まで自身が墜ちないことが絶対条件だ。
まして、相手の方が強いなんていうことは分かっている。
だが――だからこそ、簡単には墜ちられない。
無論、誰かを墜とさせるつもりもない。
その両方を達成するために――。
時雨が張った煙幕は二班にまでは行き届かなかった。故に、各機で対処する必要がある。
最も外れた場所にいた公司機だけは最初から狙撃対象になっていなかったようだが、他の三機は無数のミサイルの雨に曝された。
アルヴァイムは受け、蓮夢と琢磨はそれぞれに回避行動をとる。
といっても全回避が出来るわけもなく、いくつか被弾し――そのうちに、一時的にではあるが琢磨機がやや班の動きから外れかけた。
そこを狙おうと、二班に近い側にいた三機の砲身が琢磨機に向く――。
「狙わせない‥‥!」
その狙いを、蓮夢が遮った。
ツングースカで本星型と琢磨機の間を割り込むように弾幕を張り巡らせた後、その為に放った五十の弾丸を強化FFで防がれたのを確認してから、別の本星型にロングレンジライフルを叩きこむ。
「助かったっす!」
礼を告げ琢磨はUK−10AAMを発射して反撃に転じた。蓮夢が狙っていなかった二班寄り最後の一機の強化FFが発生したのを確認し、そいつに向かってガトリング砲「嵐」での追撃を図るべく接近を試みたが――それまで攻撃の準備を行っていた筈の本星型は一転し、後退する。
距離を取って近距離戦を避けようという算段らしい。その動きをアルヴァイムが十式高性能長距離バルカンで制そうとしたものの、本星型は強化FFを盾にして無理やり距離を作った。
近距離戦は少なくとも今は無理、と判断した琢磨が兵装を再び換える間に、今しがた後退したHWが再度砲口を向けるが――。
「二班、標的を6に」
公司によるナンバリングがここで活きた。琢磨を除く三機――勿論公司自身を含む――の照準が後退した本星型に向き、攻撃を命中させることは出来なかったものの動きを止めることに成功する。
「何にしてもFFを、か」
アルヴァイムは呟く。
視認する余裕は流石にないが、レーダーで見れば一班も同様に距離を作られている状況になっていることが分かる。陽子の最初のソードウィングが決まったのは、煙幕越しの奇襲だったからなのだろう。
取っている戦略は、FRですらも同様らしい。
否、より性質の悪いものと言っても過言ではない。
その性質を悪化させている要因は――光学迷彩。
KVの遠距離兵装がぎりぎり届くか届かないか、といった距離のところで、FRは加速を止めた。
バグアの兵装の射程距離がKVの兵装の射程を上回ることは多々ある。本星型に向かわなかったメンバー――FR班はそれを警戒したが、次の瞬間にFRの姿が消失した。
好き勝手にはいかせない――レティがすかさず照明銃を放ったが、それも読んでいたのか、僅か三秒の間だけ照明に照らされたFRの姿は遥か後方にあった。レティや緋音が如何なる射撃武器で狙い撃っても、ペイント弾を浴びせることは叶わなかった。後方ということは本星班にはより近づいたわけだが、それまで本星型に集中していた彼らがFRへの対処を考えるには、三秒という時間はあまりにも短すぎる。
結局染め上げることは出来ないまま照明は消え――このままでは本星班が狙われかねないと踏んだFR班はそれぞれに加速を試みたが、
「――な‥‥」
直後、思わぬ方向から衝撃を受けて無月が驚愕の声を上げる。無月だけでなく、FR班全員が狙い撃たれていた。
上だ。
FRは一旦後退した後、照明が消えたのを見計らって再度接近、姿が見えないのをいいことに更に上空へと移動してから四機まとめて攻撃を仕掛けたのだ――と、迷彩の効果が切れてようやく姿を見せたFRを見て傭兵たちは確信を抱く。
照明銃はレティが持っていた一発限り。そこまで距離を取られた上での上空からの奇襲はもうないだろう。
傭兵たちの戦慄する様に満足したのか、一旦攻撃の手を止めて悠然と佇むFR。FR班はその間に自身らもより高い空へ移動し、上下間での不利をなくす。
「――君に見せるのは初めてだな。
これが今の私の機体――『夜天』だよ」
それまで黙っていた朔夜がここにきてようやく口を開いた。
以前彼女の『コレクション』にされたモノに代わる愛機の名を告げると――。
『ふふ――』イネースは、嗤った。
『不思議ですね‥‥。何度も私の前に現れて――何度でも、あの機体と同じようにされたいというのですか?』
「違うな」朔夜は答える。
次の瞬間には互いの戦闘行動は再開していた。近・中距離兵装しか持たない無月が距離を詰めようとすると、FRは本星型同様に距離を取る。
今はまだ光学迷彩を起動していない。無月以外の三機はそれぞれに遠距離武器でFRを狙い撃つが、元々それでも射程のぎりぎりであるが故に命中率はそれほど高くない。
「誰が何と言おうと、芸術に対して君は真摯だ。憧れるよ――だから惹かれた」
アハトアハトのトリガーを構えながら、だから何度でも現れる、と暗に告げる朔夜。
「君に対して既知が薄く新鮮と言うのもあるが、それだけではない」
『――というと?』
イネースは聞き返す。
無論、その間にもトリガーを引くことは忘れていなかった。自身に対しての攻撃手段を実質持っていない為か、FRの狙撃対象は今のところ無月機に集中している。無月はブーストを多用しつつ懸命に避けてはいるものの、使える回数に限りがある故このままでは追いつめられてしまうだろう。そうなる前に手を打つ必要がある。
「今こそ言おう。君が好きだよ。あぁ、欲しくて堪らない‥‥!」
流石に驚いたのだろう。イネースの攻撃の手が、一瞬止んだ。
『――それは、自身の立場を弁えて言っていますか?』
「分かっているさ。だが、それとこれとは別問題だ」
実際、朔夜にはある種の覚悟すら出来ていた。
『‥‥ふふ』再び、イネースが笑い声を漏らす。ただしその声音は、それまでとはほんの少しだけ違って聞こえた。
『まさかこんな身体になった上で、そのようなことを言われるとは思いもしませんでしたが――』
刹那、FRの姿が消失する。光学迷彩を発動させたのだ。
また上か――FR班は揃って更に上空へ移動する。
今度はその上昇軌道に乗っている間を狙われた。
『――今は答えを考える時でも、それを聴かせる時でもありません』
■
無尽蔵な練力などない。
結局そこが勝敗を分けるポイントとなった。
「PRMシステム起動――『アインス』発動」
本星型が距離を取りたがる為にそれまでひたすらエニセイでの射撃に徹していたソードが、あるタイミングを機に戦術を変えた。
強化FFの消失――。
流石に全機一斉にではなく一機だけだが、時雨のUK−10AAEMを避けもせずに被弾したところを見計らって一気に攻勢に出たのだ。
『アインス』で能力を高めたソード機からの射撃に続き、祐希のKA−01試作型エネルギー集積砲が命中し、この時点で本星型が大きくぐらついた。
「こんな所で止まるわけには‥‥。邪魔しないで!」そこに追撃を加えた時雨のDR−2荷電粒子砲での一撃で、遂に本星型が一機爆散する。
一方でその時二班が対応していた本星型にも同じように公司のスナイパーライフルを避けずに受けたモノがおり、二班が一斉に攻勢に転じていた。
他の本星型は自分に照準が向かないのをいいことに好き放題に狙い撃ったが、彼らも損耗はしている。FFが消失する瞬間までそう時間はかからないだろう。
距離を取りながらもプロトン砲やガトリング等で射撃を行ってきた本星型の破壊力は本来のものとは比べ物にならないくらい高まっていた。
故に本星型対応班は全機少なからず被害を受けており、前衛を張ったアルヴァイム機、陽子機、加えて祐希機や蓮夢機は半壊と言っていい状態にまで追い込まれていたが――凌ぎきった。祐希機の被害が大きかったのは自身の被弾に加え、時雨機の援護に回って被弾したものも含めてはいるが。
そうして本星型との戦いに決着がつき始めた頃――FRはと言えば、此方は未だ対するKVの方が被害が大きいと言えるだろう。
KVの攻撃も、迷彩を使っていないFRには命中する。ただし言うほど命中率が高いわけでもなく、その為ペイント弾を浴びせることは出来ていない。迷彩を使われている時の命中率などもっての他で、FRからの奇襲をまともに受けるのを最初の二度だけで済ますので精一杯だった。精一杯だった、といっても、『光学迷彩で消えたらその瞬間から上に移動を開始する』という回避手段をレティがいち早く見出していなければ、もっと被害は酷くなっていただろう。
攻撃の命中精度そのもので言えばこの場においてFRを上回る機体はおそらくなく、未だに自身で攻撃を仕掛けられていなかった無月は格好の的であり続けた。
その回避の肝であったブーストは遂に使い果たし、次に一撃でも受ければ恐らく墜ちる状態にまでなっていた。
他の三機も戦闘こそ続けられるものの消耗は激しく、一機でも減れば後がない――。
戦況の異変はそんな瞬間に起きた。
FRが背後――本星型とそれに対応するKVが戦っていた方向からの狙撃をまともに受けたのだ。
『――っ!?』
まだ本星型は三機残っている。避けられなかったのは、イネースの中で『この状況で自身を相手取るKVが増える』ということを考えられなかったからかもしれない。
加えて、異変はもう一つ。
射撃を放ったのは陽子だったが――エニセイに込めたその弾丸の中には、軍に支給してもらったペイント弾が込められていた。
機体に目立ったダメージが見受けられないのはそのせいだが――つい先ほどまで白を基調としていた機体の上に被せられるものとしては、七つの色というのは非常に目立つ。
次いで、陽子はFRの通信に映像を送信する――夜叉姫の名を冠する自機から見える、染め上げられたFRの映像を。
「見えますか? 貴方が認めずとも、わたくしはこれを芸術だと言い張ってみせます。
そしてどうですか? 貴方御自身が芸術の素材となった気分は?」
『――認めない芸術の素材にされることが、良い気分になるわけがないでしょう?』
「そうでしょうね」
低い声音で答えたイネースに対し、陽子は平然と告げる。
「――それは、貴方がこれまで『芸術』と称して蹂躙してきた人々にとっても同じことが言えるのではないですか?」
『それもそうでしょうね――でも、私の芸術は、私のもの。人々が何を考えているかなど関係のない話です』
用意してあったかのような回答だった。それは紛れもなく、彼女の行動の根底にある思考なのだろう。
だからこそ――。
「わたくしはただ――貴方の芸術を認める事ができないだけ。
貴方風に言うのであれば、芸術性の違いです」
『――そうですか。それでは相容れないでしょうね』
もとよりそんなつもりなどないくせに――。
傭兵たちのその思いとともに会話は打ち切られ、本星型に対応していた一班を加えて八対一となった戦闘は再開される。
最初から自身に相対していた班と距離を取っていたことが、FRにとっての仇となった。後方との距離にも気を配ってはいたのだが、前方からの攻撃の対処が中心になってしまう以上必然的に前方よりは彼我の距離が狭くなってしまう。
陽子機が放った射撃は、最初から当てる為ではなく動きを制限する為のモノ。その狙いが嵌り一瞬動きを止めたところを、祐希機が肉薄した。ソードウィングで掠めよう、という狙いこそゼロに等しい距離で放たれた弾丸の雨によって叶わなかったものの、更にそこにソードがエニセイで射撃を――今度は命中させた後、祐希機を追う形でFRに接近した陽子機がソードウィングでFRの装甲を斬り払う。
その合間に、FR班がそれぞれに距離を詰めていた。
「今こそ‥‥」既に満身創痍の態といっていい状態の無月機だったが、この好機を逃すつもりはなかった。
重機関砲から放たれた四百の弾丸が、今まで届かなかったFRの機影に確かに届いた。ブーストは回避行動で使い果たしていたが、それでも更に接近を続ける。
祐希機に陽子機、そして無月機――。ソードウィングを装備した三機に周囲を縦横無尽に動き回られ、FRはますます動きが制限されていく。
そこへ、
「今度こそ――決着をつけます!」
更に動きを制限せんと、緋音が強化型G放電装置の電撃をFRにぶつける。上手く命中した為追撃でもう一発加えたと同時に、レティもG放電装置でFRの動きを縫いつける。
「――『ツヴァイ』発動します」
次いで二度目のPRMシステム起動を行ったソードが、その能力を火力に注いだ上でエニセイのトリガーを引いた。回避行動を制限されたFRは止むなく受けに回ったが、それまでよりも激しく装甲を破る。
『く‥‥っ』イネースの苦渋の声が漏れた。
「この機、逃すつもりはないよ‥‥!」
それを聴いて超限界稼働を起動した朔夜が、アハトアハトのトリガーを絞る。一際大きな爆発が起きた直後、FRが大きくぐらついた。
あと、一撃。
朔夜の一撃が命中するその刹那までFRからも攻撃は行われており、その対象は無月と――FRと相対した直後にSESエンハンサーを切った時雨機になっていた。
本星型と戦っている間はずっとエンハンサーを起動していた為、練力が切れたのだと判断したのだろうが――それは、事実とは異なる。
「捕らえた‥‥。これで終わり‥‥!」
つまり――フェイク。
即座にエンハンサーを再起動、DR−2荷電粒子砲を放つ――!
次の瞬間――轟音を伴いながら、FRの機体から幾重もの爆炎が上がった。
炎を身に纏い、機能を全て喪失したFRだったものの残骸がゆっくりと地中海へ落下していく。
残っていた本星型の中には、まだ何とか強化FFを保っていたモノもいたが――その光景を見て撤退していった。
「これでまた一機星が落ち、か」
勝利を確信したレティがそう口にした時――。
「‥‥いえ」
無月がそれを発見し、
「朔夜さん!」
緋音が声を上げた。
恐らくは、機能停止に陥る寸前に脱出していたのだろう。FRを中心に巻き上がる黒煙の中から、小型の脱出ポッドが一機飛び出す。
そしてそのポッドを発見した瞬間に、朔夜は夜天の航行経路の行先をそれに変更していた。自力飛行能力を持っていない様子のそのポッドは、このままだと洋上に墜落する。
「明日に君がいないなら、私とて明日など要らぬよ‥‥!」
救いたい――その思いが独善であるのは理解している。彼女が何を思うかもこの際関係はない。
――ポッドの予測落下軌道に航行ルートを重ね合わせ、一気に加速する。
朔夜の生は諦観の生だった。
その生にようやく彼女という目的が出来たというのに、手に入らないのであれば、目的を喪うのであれば――いっそ死んでもいいとすら考えている。
――もう少しで手が届く。
死ぬように生きるほど、生にとって酷なものはない。少なくとも朔夜にとっては、そんな生は御免だった。
――肉薄。
ポッドを機体の背に載せるように、一旦下に回り込んだ刹那――横殴りの衝撃が、夜天を、朔夜を襲った。
「――!?」
衝撃の強さ自体は、FRに加えられてきたものよりは遥かに弱い。
だが完全に敵への警戒を解いていたところで加えられたその銃撃は、機体のバランスを大きく崩した。
そして――落下を続けていたポッドをその背に拾い上げたのは、朔夜の夜天ではなく。
『流石に渡すわけにはいきませんから』
少年とも少女ともつかぬ声が響く――ユズだった。
ユズが搭乗しているのは、本星型HW。サイズは先程戦っていたものより小ぶりであることから、今までは戦線に参加していなかったものだろう。
つまり、FFは活きている――。
ポッドを背に載せてただ全力で逃げ往くHWのFFを突き破れる程に、傭兵たちに時間は残されていなかった。
■
「生きてますか?」
「‥‥そうでなかったら脱出なんて出来ないでしょう?」
「それもそうですね」
拠点に帰還した後、ユズはHWの背に載せたままだったポッドを開く。
返ってきたイネースの言葉はそっけないものだったが、流石にいつもとは事情が違う。
五体のどこかを喪失したわけではないのはまだ救いだが――頭や口から血を流しているイネースの姿を、ユズは初めて見た。
「見ての通り、FRは終わりました――ここを見つけられるのも、時間の問題でしょう」
だというのに、当のイネースは何かを諦めたかのように冷静だった。
「貴方は行きなさい」
「イネースさんは?」
聞き返した言葉に対し、イネースは少し沈黙してから口を開いた。
「どの道FRを喪失した時点で、ブライトン博士は私を見捨てるでしょうし‥‥最後に一つ描いていくのも悪くはありません。
それに――ここが見つかったとあれば、傭兵たちは必ず来るでしょう? さっき返し損ねた、言葉があるので」
自嘲するように言った後、ユズが何か言おうとする前にイネースは更に言葉を続けた。
「貴方が持っているんでしょう?」
何を、と言いかけて、ユズは口を噤んだ。イネースが自身の身体のある一部分を指差していることに気付いたからだ。
だから言葉の代わりに黙って首肯すると、イネースは強い口調で告げた。
「私に預けてください。――描く為には、それが必要です」