●オープニング本文
前回のリプレイを見る ヨーロッパ攻防戦以降、二年もの間バグアの占領下にあるシチリア島。
現在はゾディアック乙女座・イネースが保有する戦力の拠点も兼ねていると言われているかの島の北方に、エオリア諸島と呼ばれる島々がある。
海底火山活動により誕生した島々は地質学における重要な見本であったが、無論バグアにそのようなものを重要視する価値観はない。
故にシチリア占領から間もなく、島々にも戦力が配置されるようになっていた。
もっとも、地理的に戦局においてさして重要な場所ともみなされていなかったのか、その数は多くはなかったが。
「――アフリカのことを考えると早くシチリアを解放したいUPCとしては、そのエオリア諸島に拠点を築きたいわけだけど。
今は時期が時期だし、安全の確認もせずに上陸出来るほど戦力を割く余裕なんかないからね」
その安全確認及び拠点構築への障害排除が今回の依頼だよ、とユネは告げる。
拠点を確保するのは、諸島の中では最大の面積を持つリパリ島。
戦力が少ないのは、イタリア半島側の重要な占領地の一つであるナポリで同時期に傭兵たちによる解放戦が行われている為、半島から援軍が来ることはないだろう、ともされているからだ。それには大規模作戦の事前段階で、ある程度半島のバグア勢力が駆逐されているという事情もあるが。
一方、未だ健在であるシチリアからの援軍が来ること、それにより傭兵は数的には不利に置かれるであろうことは想像に難くなかった。
普通に殴りこんだ場合、押し負ける可能性は決して低くはない。
更に言えば、敵は既に長期間島を占領地として置いている。地の利は向こうにある以上、正面から迎え撃ってくる程愚かではないだろう。戦力が少ないといっても何らかの手段を弄してくる可能性は高く、油断は出来ない。
もっとも、流石に島全体を制圧しろというわけでもない。
地理的にも補給の拠点として向いている東南部さえどうにかしてくれれば、残りは軍で処理することになっている。
「ちなみに、だけど」
一通りの説明を終えた後、ユネは軽く眼鏡を押し上げて言う。
「ヨーロッパ攻防戦の前からシチリアに存在しているバグアの軍勢は、今はかなり多くがアフリカに呼び戻されて、残りがシチリアの防衛に当たっているらしい。
その一方で、『芸術』の場のすぐ近くで戦争が起きて、動いていてもおかしくないイネースが今は何故か動いていない。
しかも、彼女が自身の手駒として保有する戦力は今はシチリアに拠点を置いていて、他のゾディアックの傾向からしてもそれらは彼女自身の意思で動かせるとみていい。
‥‥これで『シチリアからの援軍』が誰の差し金か、分かるよね」
それじゃそういうことで宜しく、と今度こそユネは言葉を絞めた。
●リプレイ本文
●静寂に潜むモノ
傭兵たちがKVで降り立った港は寂れ切っていた。船は影さえ見えず、屋根どころか屋台骨も風化した露店の残骸がこの場所に人の気配がないことを示している。
事前に入手した地図によると、港から内陸に続く道にはすぐに分岐が存在している。傭兵たちはそこで東西に分かれるつもりでいた。
もっともこの地図が正直どこまで当てになるか、今の段階では見当もつかない。
「これは過去の地図に過ぎません。敵も改築ぐらいしているでしょうし」
「だから修正しつつ進むってことですね。任せてくださいっす」
月神陽子(
ga5549)が放った言葉に応えたのは魔宗・琢磨(
ga8475)だった。二班に分かれた後は、彼と篠崎 公司(
ga2413)がその任を負う手筈になっている。
とはいえ、琢磨は琢磨で電子戦機に搭乗するのはこれが初めての経験である。内心の緊張を和らげるべく、コックピットの正面部分を軽く叩いた。
「‥‥よろしくな、セーちゃん!」
そう小声で呟きながら。
内陸に続く道はまだ地図通りで、先に東側――より海に近い方を往く班がその道に別れを告げる。
「――彼女の姿は見えないか‥‥夜天を見せたかったたのだが」
イネースが居ないことについて御影・朔夜(
ga0240)は一瞬だけ落胆の表情を見せたが、すぐにそれを振り払った。
「まぁ良い、ならば慣らしの相手をして貰うだけだ」
「しかし、彼女の考えは‥‥?」
一方で、ここで姿を見せていないことに疑問を覚えている者もいた。終夜・無月(
ga3084)である。
考えられる可能性はいくつかある。が、どれも確信に至るべき証拠はない。結局、次に対峙するその時まで答えは恐らく分からないだろう。
大通りと言ってもそれほど広くない道を、横二列に並んで進む。
未だに敵の影は見えていない。ジャミングの影響で通信が通じない時の為にハンドサインを用意している者もいたが、少なくとも今のところは必要なさそうだった。
だが、陸戦ということは今の段階から危惧すべき可能性がある。
「気を抜けないのはいつものことですしね」
そう言いながら、最前列にいた御崎 緋音(
ga8646)は地殻変化計測器をセットする。
振動の反応はなかったが、それには『まだ』がつくことを失念してはいない。故に、判断を終えると緋音は計測器を回収する。少々先に進んだところで、今度は朔夜が同様に計測器をセットした。此方も反応は、まだなし。
それから更に歩いたところで、「ちょっと止まってください」後衛にいた琢磨が声を上げた。
「地図通りなら、この先に通りから数本分岐があります。すぐに行き止まりになるものばかりっすけど」
「それならここらは降りて調査しよう。後は頼む」
そう言ってレティ・クリムゾン(
ga8679)はハッチを開ける。主がコックピットから降りたレティ機には、すぐ前に居る緋音機が護衛に入った。同時に、再度計測器をセットすることも忘れない。
大地へ降り立ったレティはまず地面に耳をつけた。まだEQが接近していないことを人力によっても確かめると、起き上がってすぐさま近くの建物の壁に背を預ける。
キメラは本能で破壊行動に走る為家の中で待機していることはないにしても、建物の周辺にキメラがいることは考えられた。
が――それもないようだった。その様子を流石に怪訝に思った時、少しずつ前進していたレティは琢磨の言う分岐に行きついた。
分岐の先を覗く。
――敵の姿はまだなかったが、それとは別に瞬時に様子がおかしいと思うことがあった。
建物を数軒過ぎた突きあたり。元は行き止まりであったろうそれの両脇に、道が続いている。地図にはないその道は、おそらく傭兵たちが慎重に通ってきたものよりも広いようにも見えた。
まさか、という思考がレティの脳裏を過る。側面からの攻撃があり得ることを警告しようとした刹那に、建物群の上部で爆発が起きた。次いで、KVが一機道に倒れ――否、落下する。
「向こうの屋根が外れて――そこから腕が伸びてグレネードを撃ちこんできた‥‥!」
KVのまま丈夫そうな建築物に登り、周囲の街並みを観察しようとしてそれを被弾した柳凪 蓮夢(
gb8883)は機体を起こしながら告げる。
屋根の高さは五メートルほどだが、ゴーレムであれば膝立ちで姿を隠すことは出来る。後は張りぼて等でカムフラージュを施せば、KVから一見しただけでは分からない。
更に言えば人類が持つレーダーの有効範囲は全方位ではなく、せいぜい正面九十度である。側面、或いは後方の気配には気付けない。第二波が来る前に動き出す必要があった。レティは未だ立ち込める煙の中を走り抜け自機まで戻ると、作られた道の存在を告げる。カムフラージュされた地点は点ではなく、道という名の線であった。
敵は此方のレーダーの届かない方位から移動・攻撃してきている。あえてジャミングを作動させていない理由はそれかもしれない。
どのみち元からあるこの道にいれば狙い撃ちされるのが目に見えていた。KV一機がようやく通れる程度の広さの分岐道を通り、作られた道に出ようとする。
途中、街中から蓮夢の見た砲身が伸び、列に並んでいた傭兵たちに向かってグレネードを撃ちこんできた。ただ敵が此方の移動を察知しているなら当然起こり得るそれは、各々の手段でガードする。
傭兵たちに道への侵入を許したのを察知したゴーレムはカムフラージュを突き破り立ち、此方を向いたまま後方へ逃れようとした。
「逃がすか――」
「後ろにもう一機います!」
今度はレーダーの圏内に入った。朔夜機がアハトアハトで逃げるゴーレムへの追撃を図ったところで、最後尾だった琢磨が叫ぶ。
「させません!」
琢磨が気づいた新たな気配――此方もゴーレムだった――が自身に背中を向けている朔夜機に向かって投げ込んだグレネードを、緋音機がウルで受けた。二度目の奇襲に失敗したのを察知するや否や、そちらのゴーレムも撤退を開始する。
逃がすつもりはない。
朔夜機がアハトアハトで脚を止めたゴーレムに対しては無月機がブーストで肉薄、雪村で薙ぎ払った。一方新たに出現したゴーレムに対しては、緋音機周囲に立ちこめる煙が霧散する前に蓮夢機がマルコキアスの弾幕で動きを止めていた。此方はブーストが必要なほどの距離はない。ゴーレムが踏鞴を踏んでいる間に接近したレティ機が真ツインブレイドでゴーレムの装甲を叩き割る。
トリックこそあれ、戦力としてはそれほど強力なものではなかったらしい。二機のゴーレムが爆散するまでに時間はさほど要しなかった。
●二面強襲
一方、最初の分岐を西に入った別ルート。
「どこに何があるか分からない‥‥。歩兵がいた方がきっと便利‥‥」
此方も東ルートのレティ同様、瑞浪 時雨(
ga5130)が随伴歩兵の役割を担っていた。ただレティと時雨で決定的に異なるのは、時雨は今回KVを駆っていないことだ。故にひたすら先行偵察に回ることが出来た。
西ルートの道なりは東と異なり、城塞地区に入るまで分岐はそれほど多くない。だが途中で東方面へほぼ直角に曲がるカーブがあり、丁度二班が往く道の中間あたりにやはり道を作っていたゴーレムはKVの動きが若干緩慢になるその近辺で狙い撃とうとしていた。
だが、
「曲がった先に、ない筈の道が出来てる‥‥」
その狙いは、先行偵察で造られた道すらも把握していた時雨により阻まれた。
時雨の報告によりレーダーを東に向けると、カムフラージュの下に隠れるゴーレムの存在を簡単に察知する。
こうなるとしゃがんでいる為撤退に一瞬のタイムロスを要するという意味ではカムフラージュは逆効果だった。結果的にゴーレム二機が用意していたグレネードが放たれたのは、撤退へのささやかな抵抗の為の一発だけだった。
城塞地区に入る。それまでとは打って変わって、分岐とKVの背丈を軽く超える障害物が増えた。その殆どは、地域の名の通り城壁風の壁だったが。
それでも傭兵たちは陣形を組みつつ一団となって進み、それまでにも数度そうしていたように、時雨は地面に耳を近づけ振動を察知しようとする。
――微かに揺れがあった。
今も移動中なのか移動後の余波なのかは分からないが、兎に角時雨はハンドサインで合図を出す。それを見た陽子がその場に計測器をセットしようとした時、
「レーダーに反応が」
アルヴァイム(
ga5051)が静かに告げる。だが南東方向に察知した気配は一瞬で消えてしまう。
先程のことを思い出し、傭兵たちは東側へ注意を向ける。すぐ側面にあるのは高い城壁だったが、今いる直線の少し先にはその方角へ向かう道があった。
――地図にはない、作られた道である。代わりに元々あった目の前の直線はそこを境に封鎖されていた。
気を取り直して、陽子は今度こそ計測器をセットする。反応は、封鎖地点のやや向こう側に僅かにあった。
「そういうことなら‥‥」
遊撃として班の最前衛にいた南部 祐希(
ga4390)は、丁度封鎖地点に向かってグレネードを打ち込んだ。
かかった。
KVがそこに到ったものと誤認したEQが大口を開けて地中から姿を現す。それを見計らって祐希機が接近、ロンゴミニアトを突き出した。装甲を突き破った後に祐希機が一度後退した直後、今度は同じく遊撃担当のソード(
ga6675)がダブルリボルバーでEQの胴体から地表までを掃射する。
そうして次第に傭兵たちの注意が前方に向く最中。KVの後方――高い城壁の上に現れた気配には、一旦KVのところまで退いていた時雨が最初に気がついた。
後ろ。咄嗟の指示は僅かに間に合わず、斜め上からゼロに等しい距離で撃ち落とされたグレネードが後衛の公司機を容赦なく熱と爆風の渦の中に叩きこむ。公司機は受け身を取ることもままならず祐希機とソード機の中間辺りまで吹っ飛ばされた。ただ、まだ機能停止に陥るほどではないのは救いか。
城壁の上のゴーレムは続いてアルヴァイム機にもグレネードを叩きこもうとしたが、公司機が撃たれたことで気配を完全に察知したアルヴァイムは盾で受けに回った。
ゼロ距離であるということは、受けた時の爆風はゴーレムにも届く。余波で軽く後退した後、一旦体勢を整えようと低空飛行のモーションに入ろうとしたゴーレムの脚を槍が貫いた。
「行かせません!」
陽子機のロンゴミニアトだった。城壁はKVより高いといっても十五メートルには遠く届かない。八メートルの長さを誇るロンゴミニアトならば、突き上げることで動きかけの脚を捉えることは可能だった。
動きを止められたゴーレムは、半ば宙に磔にされた一瞬の間にアルヴァイム機のスラスターライフルによる銃撃、ソード機のファランクス・アテナイの弾幕に滅多打ちにされた。一方で、半ば囮となっていたEQも祐希と、戦闘に復帰し援護に回った公司によって沈められる。
「随分と変わった動きをしますね、ここの軍勢は‥‥」
現在の状況と併せて地図を更新しながら公司は呟く。
地の利を生かしたゲリラ戦。そんな言葉が、傭兵たちの脳裏を過った。
●疾る砲台
東ルートは城塞地区において三つの班に分かれて進んでいた。
そのうち西ルート同様にEQとゴーレムの二面戦を強いられたのは緋音と琢磨だったが、緋音同様計測器でEQの位置を正確に把握していた朔夜と蓮夢がすぐさまEQの背後から加勢に入った為、ゴーレムにさえ対処すればよくなった緋音たちも、被害こそあれ大事はなかった。
その戦闘が終わった頃、
「南は‥‥大分変わっていますね‥‥」
無月とレティは一足先に城塞地区を抜け、南部の町に差し掛かろうとしていたようだった。無月からそんな通信を受け、四機は急ぎ駆け出す。
城塞地区と南部の町を繋ぐ辺りは道の本数も少なく、丁度タイミングが重なったこともあり南部の町の入口にそれぞれのルートの面々が揃うことになった。
「どう変わってるんです?」
「軽く覗いて見たけれど――一言で表現するなら『迷路』だな」
琢磨の問いにレティが答える。
分岐がどうこうといったレベルの話ではない。直線でまともに歩ける距離の方が短いくらいのようだ。
「道はKVが通れるくらいの広さではあるんですが‥‥裏を返せばワームがいるということですし‥‥」
無月がそう言った傍から、何人かの機体のレーダーが迷路の方角に敵の反応を捉えた。
素早いその移動の軌道は迷路に沿っているらしく、何度も直角に曲がり――
「――――!?」
傭兵たちは思わず戦慄する。軌道として此方へ向かってきたと捉えた矢先、壁をぶち抜いてプロトン砲を撃ってきたのだ。光は壁を挟んで真正面にいた朔夜やレティ、無月の機体の肩を貫通しながら掠めていき、終息した時には既にワームの姿は壁の向こうに隠れていた。
「やけに速いけど‥‥陸戦型HW‥‥?」
「でも‥‥HWのプロトン砲ってあんなに威力あったか‥‥?」
時雨の呟きに、大小の差はあれど三機の肩に残った焦げ跡を見て蓮夢は異を唱える。
しかし敵の正体が何であろうと掃討すべき対象であることに変わりはない。二班はそれぞれ、迷宮の探索を始めた。
迷路の状況が分からない以上、壁を貫通した末に思わぬところで同士討ち、といった事態を避ける為には傭兵たちは結局慎重にならざるを得なかった。
時雨の言葉は半分は正解である。確かに移動の素早さはHWが原因であった。
不正解の残りの半分を最初に目にしたのは、朔夜と蓮夢。
HWの上に、タートルワームが乗っている。もっともHWは慣性制御を伴った超低空飛行を行っている為、タートルワームの重量など何のそのだが。
その様子はホバークラフトに近い。ただタートルワームの弱点の一つが塞がれたことは間違いなく、相手が此方の姿を見止めた以上脚を止めているわけにはいかなかった。
――とはいえ、ここもそれまでのワームと同様基本的な戦力としてはそれほど強固なものではなかった。たとえ脇からゴーレムが援護に入っても、傭兵たちとて何度もレーダーが反応する方角を変えている為奇襲とはならない。
逆に西ルートの面々が援護に入ったことでゴーレムは挟み込まれる形となり、更にはもうひと組存在したタートルワームとHWの組み合わせが乱入――といった乱戦模様となったが、結果的に迷路の内部の半分近くを破壊した乱打戦の末に傭兵たちはその場にいた全てのワームを破壊することに成功した。
■
目標の地点に到達し、軍部にその旨を報告する。後に知らされることだが、この時点で傭兵たちは島東南部にいた全てのワームを討伐していた。
「然し‥‥あぁ、全く――彼女と私達の、一体何が違うと言うのやら‥‥」
城塞地区を戦火に巻き込んだことに皮肉をこめて朔夜は失笑する。
戦争屋をやっている以上そのこと自体に思うことはないが――ただ、呟いた言葉をそのまま反語として捉えながら。