タイトル:パイプドレッサーマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/03 01:43

●オープニング本文


 そのキメラは、建設途中で事業凍結となり放置されたビルの建築現場を縄張りとしていた。

 餌となる人間はわざわざ誘い込まなくてもやってきた。
 一番最初の獲物は数人の若い男たち。
 いかにも素行が悪そうな連中だった。もっとも、キメラ自身にはそれを判断する能力はなかったが。
「あ? なんだ、あいつ」
「キメラじゃねえか‥‥?」
 そんな――キメラにとっては意味を持たない言葉たちが行き交う。
 男たちの中には猜疑心もあったのかもしれない。
 キメラの姿は、人間たちの世界でいうピエロによく似ていたから。――というのもやはりキメラ自身は知らないが。
 知らない、というよりも、どうでもいい。
 逃げないのならそれで結構。
 自分の餌になるだけだ。

 キメラは右手に鉄パイプを持った。
 その工事現場を縄張りとした理由――。
 それは、作りだされたそのキメラの本能が、そこにあるモノを得物としていたからである。
 持った鉄パイプに左手をかざす。
 すると、鉄が機械で切断されたかのようにいくつもの塊に分断された。
 それらが地面に落下する前に――キメラは左手で、男たちを指し示す。
「な‥‥」
 男たちの驚愕と声なき悲鳴が響いたのは、その一瞬の後のこと。
 塊は、男たちのうち数人の身体を貫いていた。酷いものは脳天を突き破られ、危険を察知する間もなく死を迎えている。
「に、逃げろ――!」
 生き残っていたうちの一人が叫び、腰を抜かして動けない一部を除いた殆どが踵を返す。
 まだ彼我の距離はある。全力で駆け抜ければ生還出来るとでも思ったのかもしれない。
 だが――。
 骨組みと外壁を作り終えてすぐに事業凍結されたので、まだ資材は敷地内に置きっぱなしになっている。
 つまりそれだけ、キメラの武器は存在しているということだ。

 今度は左手に武器を持ったキメラは、ゆるりとした初動から一転、猛進。
 男たちに追い付くのには、瞬きするほどの時間も要しなかった。
「‥‥ッ」
 追いついた男の腹を――文字通り槍と化したパイプが、いとも簡単に貫く。
 その数秒後には、逃げようとした男たち全員が同じ運命を辿ることとなった。

 ■

 最初の頃は何も知らない同じような連中が餌となり。
 周囲に不穏なうわさが広がったのか、そのうち興味本位でやってくる子供のような連中も増えてきた。
 そのたびにキメラは動き、建築現場という世界の中を本能で理解していく。

 だから――。
 その世界に踏み込んできた能力者という存在が、自分の生命を脅かす存在であることも理解していた。
 本能的にキメラは行動を開始する。
 逃げよう。

 ■

「パイプを持ったピエロ、か‥‥。嫌な画だし、さっさと潰しちまおうぜ」
 ビルの入口にて、早川雄人はそう言って拳の炎を宿らせた。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
旭(ga6764
26歳・♂・AA
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
ベラルーシ・リャホフ(gc0049
18歳・♀・EP
アローン(gc0432
16歳・♂・HG
久遠 櫻(gc0467
18歳・♂・FC

●リプレイ本文

「俺ピエロって嫌いなんだよな」
 混濁しながら薄れ往く意識の中、男の言葉が間もなく消えうせるキメラの聴覚に響く。
「だってあいつら、何か笑ってるけど目だけ笑ってないように見えるもん。
 ま、それが仕事の連中だし、心の底から仕事を楽しんでる奴なんてそういないんだろうけど」
 ソンナコトハナイ――。
 少なくとも自分、は。
 キメラのその意思は放たれることのないまま――。

●Lunacy in the moonless night
 工事用の簡易なものだからか、部屋を煌々と照らすランプはそのくせひどく脆く見えた。構造上高い位置になかったら、これから巻き起こる出来事の余波で割れることは免れなかったろう。
 ――そんな光の下にあっても、まだ能力者たちの目に道化は映らない。
 ただし、禍々しい気配だけは感じることが出来た。部屋に散らかる、道化の食事の痕跡。その真新しさが教えてくれる。
「殺人ピエロ――どれだけの未来を奪ってきたのか知りませんが、それも今夜限りです」
「ただの怪現象なら捨て置きますが、キメラなら別ですね。叩き潰します」
 旭(ga6764)の呟きに呼応するように、ナンナ・オンスロート(gb5838)もまた静かに言葉を発した。
 ――と。
 光の遥か向こう側で、一瞬何かが動いたのが見えた。
 扉――が出来た筈の隙間を横切っただけ故にはっきりと姿までは見えなかったが、『アレ』が敵であることは明らかだ。
「意外に素早いですね」
 その姿を垣間見たベラルーシ・リャホフ(gc0049)は少々厄介です、と呟きを挟んでから、全体の作戦を再確認する。
「――早川さんは非常口側をお願いします」
「分かった」
 道化は既に、非常口に向け動き始めている。
 先ほどの動きでそれを悟った能力者たち――ナンナと久遠 櫻(gc0467)、雄人が向かって右側の扉の向こうへ駆けていく。
「さて‥‥と、どう料理してあげましょうか――」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)の口から自然に、加虐的な微笑が漏れる。
 そんな道化狩りの、始まり。

 ■

 キメラの感情は本能に内包される。
 そこに理性は存在しない。だから快楽も愉悦も――恐怖も、ストレートに行動に反映される。

 『それら』に気付いたキメラは、背後にあった資材置き場に触れる。
 後ろを見もせずに鉄パイプを一本手に取ると、無数の塊に分断させた。
 ツブセ。
 短く込められた暴力の念に従い、塊は獲物に向かって一直線に飛んでいく。
 いつもの獲物ならここで赤いものを散らして、後は自分の食事になるだけ。
 ――だが今回はそうならないだろう。知性を持たない筈の道化は、何故か達観したようにそれを悟っていた。
 知っていたから、もう一本鉄パイプを手に入れ――前進する。

 直後、その足元を衝撃が襲った。

 ■

「うっひゃー。怖い怖い」
 目の前を通過していった塊を見て、櫻は軽く口笛を吹く。
 まだキメラとは壁一枚挟む程度の距離がある。その壁が丁度遮蔽物となったのでここぞとばかりに接近を図ったのだが、思っていたよりも早く気付かれた。
 だが、だからといって問題はない。
 竜の息と竜の瞳で射撃能力を向上させたナンナが、アンチシペイターライフルの引き金を引く。
 着弾地点で逡巡する気配があった。道化も接近しているのだ――。もう、距離は殆どない。
「ピエロはヒトを笑わせてなんぼやろーに。ピエロ失格やねェ」
 躍り出た。櫻は飄々とそう言い放ちながら壱式を振るう。幻影の花弁が舞う中に、僅かながら別の色彩が混ざった――紅。
 櫻が疾風を駆使して反撃をかわし、そこで生じた道化の隙を突いて雄人が拳を叩きこむ。更に後方から放たれる銃弾。ナンナによってキメラは元来た道を辿るように左側へ押し戻されていく。
 ――新たなる銃声が響いたのは、キメラが最初に居た部屋に戻された直後だった。

「狙いはそこそこなんだがねぇ」
 道化が姿を見せた直後の一発目は狙い通り手にはいかなかったらしい。アローン(gc0432)は小さく舌打ちをして第二射を放つ。
 今度は掠めたが、道化が手にしたパイプを取り落とすには至らない。
 お返しとばかりに反撃の塊が襲い来る。が、
「防御は任せてください」
 アローンへの射線を遮るように割って入った旭がそれを防いだ。
 次いで、少し離れた場所にいたベラルーシが番天印を放つ。櫻や雄人に攻撃を仕掛けようとしていた道化の手が止まる。
「ピエロなだけに手品もあり、ってワケね、種や仕掛けに興味はねえけど‥‥ッ」
 照準を合わせつつアローンは呟く。
 そのまま道化へ接近していく旭の横を通り抜けるように放たれた第三射の直後、パイプが床に落下して数度金属音が響いた。
 ――それでも、キメラの後退は止まらない。
 ベラルーシとケイがその様子を見、左の部屋へと移動する――。

 ■

 本能はいよいよ恐怖に浸食され始めていた。

 人間にしても動物にしても言えることだが。
 一瞬にして圧倒的な力に押し潰されるよりも、それより力自体は劣るにしてもじわじわと、刃を返す機会を与えられずに追い込まれる方が精神的に堪えることがある。
 道化は今まさにその状況を味わっていた。
 押し戻される恐怖。
 自分が存在すべき領域が喪われていく恐怖。
 それらに抗うようにパイプを振るい塊を放る。
 奴らはそれに全く怯むことなくなおも襲いかかってくる。
 視界の横に資材置き場が映った。
 だが状況は全く好転する気配はない。寧ろ悪くなっている。
 このままいけばパイプを手にする機会はこれが最後になってしまう。
 キメラは――あえて人間的に表現するならば――意を決して、両手に数本、器用にパイプを掴んだ。
 その合間に攻撃を加えられたが知ったことか。
 掴んだ数だけ武器も増え、塊も増える。

 ――だが道化はまだ、認識の甘さには気づいていない。

●The moon sneeres the clowney
「効かない‥‥ッ」
 旭はいくつもの飛礫を受けてからカウンターの斬撃を繰り出す。
 完全に余裕を失ったキメラは至近距離にいる旭たちにも塊を打ち出すようになっていた。
 距離が無い分だけ一度に命中する数も増えたが、旭は自身に迫るその殆どを受けてなおも立っている。
 痛みが全くないといえば嘘になる。
 ――が、戦えないレベルには程遠い。
 事実、こうしている間にも徐々にキメラの領地は失われていっているのだから。

「やはり私には、こちらの武器の方が良く‥‥手に馴染みます。
 この重みと痛み‥‥血の熱さと鉄の冷たさは、魂の鼓動を近くに感じられる‥‥」
 ベラルーシは大鎌「ノトス」を手にした両手を見下ろしつつそう呟く。
 直後、いよいよ追い込まれた道化が左端の部屋に現れる。
 ベラルーシは接近し、
「目を瞑って!」
 背後からはケイの声。接近する速度を少しだけ緩めながら言われたとおりにした直後、目を閉じていても眩しいと感じるような焼けつく白が生じた。
 少し経って目を開く。視界は間もなく回復し、周囲の様子を再度把握する。
 ――道化を追いかけてきた接近戦組はベラルーシ同様にいましがた視界が回復したところらしい。
 一方、道化は錯乱したように――或いは何かを振り払うように、両の手のパイプを闇雲に振っていた。
「鉛の飴玉のお味は如何?」
 加虐的――誰しも顔を見なくても、ケイの表情を表する言葉がそれであることが声で分かる。
 そんな声とともに放たれた銃弾は、一発で道化の足を撃ちぬいた。
 更に今度は喉元を狙う。命中こそしなかったが、キメラの体勢を大きく崩すには十分すぎた。
「貴女にはもう、逃げ場はありません」
 櫻と雄人の背後からライフルを放ちながら、ナンナはそう死の宣告を下す。
 銃弾は楔の如く、キメラのもう片方の足を貫いた。

 一足遅れて視界が回復したらしく、道化の攻撃の精度は上がる。が、
「‥‥ダメージ問題ありません。
 生まれつき、丈夫な身体だけが取柄ですので」
 ベラルーシ、それに旭は攻撃を受けて凌ぎ、他の接近戦組は避けていく。
 至近距離に敵が増えすぎて、もはや遠距離に塊を飛ばす余裕は道化にはない。
 逆にいえばその分接近している者たちへの攻撃は増えるわけだが――そこに何の問題があろうか。
 寧ろ、
「フフ。なんやろうなァ。血沸き肉踊るっちゅーのんか、この感じ――めっちゃきもちィ」
 ――寧ろ、櫻のようにそれであればこそ生まれる高揚感を愉しむ者もいたほどだ。
「華麗に血の花、咲かしてんかァ!」
 花弁に混じる紅は、先ほどよりも明らかに濃く、量を増していた。

 やがて、チェックメイトの時は訪れるべくして訪れた。
 八方のうち五を壁に塞がれ、残る三を能力者が囲いこむ。
 更にはケイ、アローン、ナンナに各部位を貫かれまともに動かせない状態にまで陥っていた。
 文字通りの、詰み。
「残念ですが、私は絶望でしか貴方を救えません」
 ――ベラルーシが振るった鎌が、道化の左腕を削ぎ落とす。
「楽しかったぜぇ、ピエロさん。
 んじゃ、幕引きだ、生まれ変わって出直しな」
 アローンの一射が人間でいう心臓の辺りを突き、
「輝け、ライトブリンガー!」
 同時、旭が放った光瞬く斬撃が道化の胴体を斜めに切り裂く――。
「俺ピエロって嫌いなんだよな」
 後は混濁する意識の中、アローンの呟きを聞いて――道化は、ただの屍となり。

「俺? 俺はいつもノリノリだよ、仕事大好き」
 消えうせた道化と対比するようにそう自身を評して、アローンは煙草に火をつけた。

 ■

 ビルを出る。
 来る前には雲に覆われ見えなかった筈の二つの月はともに、今ははっきりと空から人々を睥睨していた。
 そのうちのひとつ――赤い月を見遣ってから、ベラルーシは背後のビルへ視線を送る。、
「――敵意が幼い気がしました。
 このような冷たい場所で、何も知らず感じず‥‥。
 少し可哀相なキメラだったのかもしれません」

 果たして生まれ変わることで、どんな生を、幸福を得るのか――それを知る者は、今はいない。
 嗤う月も、この先のことなど知りはしないのだから。