●リプレイ本文
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「‥‥皆どこ行ったのかなぁ?」
アンティーブの街の中を、そんな呟きとともに一人の少女が歩いていた。
「ブリジットー、ベルナールー? どこー?」
攫われたという子供たちの名を叫びながら、少女――皇 流叶(
gb6275)は往く。
彷徨うは、かつての『Vie de letoile』の施設の跡地付近の道。
彼らが攫われた時と同様の状況――力づくで連れ去ろうとする同年代の子供たちの出現を考慮したうえでの行動だったものの、タイミングが悪かったか、或いはより多くの人数を一度に浚うことを考えているのか。そのような子供たちが現れることは、とうとうなかった。
一通り探した後、流叶の視線が――ごく自然に、施設の跡地へと向く。
取り壊されず放置された外観は今は金網の向こうの存在だけれど、扉に鍵はかかっていなかった。
捜索、探検――流叶は金網の内側へ。
そして、
「ん? 何だろう、ここ‥‥」
ごく自然に見えるように彷徨った末、それ――地下へ続く階段を、見つけた。
「‥‥嫌な雲行きだ」
流叶が金網の内側で何かを――あることを知っている何かを探している様子を、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はランドクラウンの中から見ながらそう呟いた。
今彼の手元にはいくつかの資料と道具がある。捕縛用のロープ、地下の地図――加えて、失踪した子供たちの写真。全員分ではなかったけれども、事態の異常性を知るには十分な数だ。
――事件が起きた場所、事件の内容。不自然に多すぎる数。
単なる偶然で済むわけがないと思った。
そんな折、
『地下に行くわ』
流叶が地下へ続く階段を見つける様子を別の場所から見守っていた風代 律子(
ga7966)から連絡が入り、ホアキンは車を出た。
ホアキンと律子、更に霧雨仙人(
ga8696)を加えた三人が、地下に入っていった流叶のすぐ後を追うように階段を下っていく。
その様子を、残ったメンバーはやはり少し距離を置いて見守っていた。
「攫われた子供に共通する事項か‥‥」
白鐘剣一郎(
ga0184)は呟きつつ、視線を斜め前に向ける。
共通項――それは、アメリー・レオナールにとっては友であったろう年代の者たち。
まして聞いた話、彼女にとってこの街と、関連していると思しき人物は因縁が深すぎた。
(「‥‥そうだよね、コレットはまだ生きている。終わりなわけが、ない‥‥」)
リオン=ヴァルツァー(
ga8388)は横にいるアメリーの表情を窺いながら、胸中でそう呟く。
組織が潰れて終わったと思っていたのは、一時的な平穏に過ぎなかったのかもしれない。
その証拠に――あくまで能力者として来ている故か気丈に振る舞っているようには見えるものの、アメリーの表情には若干の不安が垣間見ることが出来た。
(「でも‥‥これは執着、なのかしら」)
そんな様子を後方で見ながら、カンタレラ(
gb9927)は考えた。
コレットの行動は、ある意味ではとてもバグア的だ。けれどもそれ以上に不可思議な点も多い。
その不可思議な部分――それには目の前の少女が関係している以外に考えられなかった。
(「子供って何人いるのかな?」)
エイミ・シーン(
gb9420)はそんなことを考える。
手に抱えるのはお菓子の袋。自分が食べる為のものと――保護した子供たちの分、と考えてはいたものの、実際のところ何人なのか。情報で聞いた範囲では十九人だが、更にいないとも限らない。
とりあえず持って行けるだけ持っていこう。
そう決意した矢先――地下からの無線連絡が入ったようだった。
●凄惨たる静寂の奥に
「‥‥何か気味悪いなぁ」
地下一階、相も変わらず探検を続ける流叶。
リオンや律子といった、以前もこの施設を訪れたことのある面子の話によれば、昔この施設ではキメラを量産しており――二人を含む能力者たちはそれを排除したという。その残骸は意外なほど残っていなかった。清掃されたのではなく、朽ちたのだろう。だから物量の代わりに異臭が鼻を突いたけれど、進めないほどのものでもない。
一階は静かなもので、事前に得た情報のまま二階へ降り立とうとして――気づく。
「ねぇ、其処に誰か居るの?」
人の気配。後ろから追ってきているだろう仲間のものではない。彼らなら気配を消すのは造作もないことだろうし、そもそも事前に相談していたよりも気配の数は多かった。
振り返ったのは、地下二階へ下る階段の手前。
――階段を正面にした、その両隣の壁には扉がある。
それらが思い切り開け放たれ、子供たちが三人ずつ飛び出してきた。丁度扉の間に居た流叶は挟まれた格好になる。
彼らが異常な状態にあることを、流叶はその動きで確信する。――子供たちの動作には、一寸の躊躇も見当たらない。その上、身体は真っ直ぐにこちらをとらえようとしているにも関わらず、その目は何れも虚ろだった。
だが、流叶は怯まなかった。
怯む余裕も理由もない――自分たちは彼らを救うためにここに来たのだから。
流叶のモードが切り替わると同時、彼女の背後にいた三人の能力者も動き出した。
すぐさま流叶と横並びになると、子供たちを傷つけないように当て身で意識を失わせては、ロープや彼らが着ていた服で捕縛する。
能力者と一般人の能力の差――それが、作戦の成否の全てを物語っていた。
「地下二階に下る階段の前で六人は保護した。‥‥そろそろ入ってきてくれ」
ホアキンがまだ外にいる他のメンバーに連絡を入れている横で、
「まだ友達が奧にいるかも」
と理由をつけ――半ば駄々をこねる格好で、この奧へ進もうとする律子たちとの同行を願う流叶。
監視カメラの位置は把握していたが、戦闘の都合上カメラの視界内に入らざるを得なかった都合もある。最後まで騙し抜く為、あえてまだ演技を続けているのだ。
「そうはいってものう」
だから相手も演技に乗る。困惑した様子の霧雨仙人に対し、
「まぁ、私たちが護ってあげればいい話だし」
――という律子の一言で、流叶の願いは叶えられることになった。
もっとも――。
それから地下四階に下るまで、彼らが子供たちに遭遇することはなかったのだが。
培養槽の並ぶスペースと管理機器スペースからなる地下四階。
培養槽の部屋には、何もなかった。
ということはこの奧に残る全てが待つことになる。遅れてきたメンバーも、ここで合流を果たした。
「ほら、やっぱり来た」
管理機器スペースに続く狭い扉を、先頭を歩くホアキンがくぐった矢先――そんな言葉が奧から聞こえたと同時に、六人の子供たちが襲いかかってきた。
時間差攻撃――先ほどよりも頭を使ってきたその攻勢にホアキンは表情を顰めつつ対処した。
いったん身を引き、全員が培養槽スペースに戻ったところで手筈通り保護。
――したのはいいのだが、退避する前にホアキンは嫌な光景を目にしていた。
「‥‥あれ、話に聞いていたより居るぞ」
最新の情報がもたらされたよりも更に後に事件は続いていたことになる。
少しだけその場でたじろいだ能力者たちに、扉の向こうから声がかけられる。
「入ってきてよー。‥‥私に何が出来るか、知ってる人もいるでしょー?
‥‥どうしても来ないんだったらこっちにも考えがあるしー?」
――その言葉には、反応せざるを得ない。アメリーやリオンの脳裏には崖で見せた電撃が過ぎった。
「‥‥行こう」
実物を知らなくても、ヨリシロの戦闘能力というだけで脅威はある。リオンの言葉に反対する者はいなかった。
「コレット‥‥」
アメリーが呟く。
コレット・レオナール――アメリーの妹にして、現在はバグアのヨリシロと化している少女。アメリー以外ではリオンも彼女の姿を見たことがある。
「どうして‥‥アメリーの家に手紙を置いていったの?」
そのリオンは尋ねる。――仲間がうまく動くべく時間を稼ぐためでもあるが、それは純粋な疑問でもあった。
先ごろ――やはりアメリーと一緒に依頼に赴いた際に寄った、彼女の生家跡。
そこに、コレットからの――否、おそらくは彼女の体に憑いているバグアからの――手紙が置いてあった。その内容が、置いていった理由が、引っ掛かる。
問われ、コレットはくすりと笑みを浮かべた。
「ああ、あれを見たんだ。まさか本当に、『能力者になったことを報告する』とはねー」
コレットの記憶を使ったのだろうか。図星を突かれたアメリーが一瞬肩を震わせた。
それを気にした様子もなく、コレットは言葉を続ける。
「あのままの意味だよー。‥‥今度は誘いなんてしないんだから。それだけ。
ただ‥‥ちょっとだけ、気分は変わったけどね」
「?」
怪訝な表情を浮かべた能力者たちをよそに、コレットは右手で虚空を仰いだ。
「――来るわ」カンタレラが呟く。これでもかと言わんばかりにあからさまな挙動だった。
「せっかく能力者になっちゃったんだもん。キメラにするには素材としては惜しいじゃないー?
無理やり連れてって洗脳して、バグアの手先にするの」
右手が、
「――この子たちのように、ねっ!」
叫びとともに振り下ろされた。
残っていた子供たちが、一斉に――能力者の方へ駆けてくる。数は、およそ二十。
能力者たちの狙い通りの展開、ではある。子供たちとコレットを引き剥がせればこれ以上はない。後はそれぞれ傷をつけないようにしつつ捕縛すればいい。リオンが問いをぶつけて時間を稼いだことで、それがやりやすい陣形も整えられていた。
洗脳を受けているだけで能力的には通常の子供と同じなのは相変わらず。ただ単純にあしらうこと自体は、そう難しくはない。
問題はコレットだが――、
「――これでも余裕で」
いられる? 次のアクションを取ろうと呟かれたその言葉は、寸でのところで止まる。代わりに最小限の動きで、迫り来ていた鞭を避けた。
「子供を使うとは汚いな‥‥俺の怒りは煮え滾らず、冷え切っているよ」
射程のもっとも遠いところから鞭を振るったホアキンは、静かにそう告げる。
「小癪な!」
幼い口調のコレットらしからぬ言葉――おそらくバグアの素のものなのだろう。怨嗟の言葉が漏れたと同時、コレットの指輪から電撃が放たれた。鞭は行動をキャンセルさせるまでには至らなかったらしいが、直撃の被害を和らげていた。元の目標であったらしい剣一郎に命中はしたものの、カンタレラが飛ばした治癒の練力もあり早い段階で立ち直る。
「悪いけど、しばらくはこっち見ててよ‥‥ね!」
ホアキンの言葉に反応するまでの間もなく、コレットは次の行動を起こさざるを得なかった。エイミが放ったロケットパンチが迫っていたのだ。今度は避けるまでもなく命中しなかったが、もとよりエイミ自身の狙いが当てることではなく気をそらせることにある。そしてその狙い通り足が止まったところへ、
「子供たちは返してもらうぞ」
迅雷で一気に距離を詰めた流叶がラジエルを振るう!
「――ッ」
流叶がそれまで能力者としての姿を見せていなかったことで、驚きも重なったのだろう。流石に堪らないとばかりにコレットは身を引いてこれをかわしたが、三歩下がったところで壁にぶつかった。刹那、
「天都神影流、虚空閃・徹!」
剣一郎が放った、急所を狙う遠距離攻撃が迫る――!
およそ流叶の接近のあたりから、子供たちとコレットとの距離は十分に開いていた。
「少しだけ我慢して頂戴ね」
律子と、サポートにまわったエイミが戦場から十分に距離を取ったところで子供たちに当身を入れていく。数は多いが、能力が一般人である以上二人でも問題なかった。
先ほどと同じように気を失った子供たちを一時拘束すると、培養槽の近くに保護しておく。
「この洗脳って‥‥解けるのかな」
エイミが呟いた一言に、
「本格的にバグアの施設で洗脳されたっていうわけでもないみたいだし、大丈夫だとは思うわ」
これまで見てきた施設の――『あの時』とまるで変わりない様子を思い返しながら、律子はそう答えた。
言ってから、
(「‥‥待って」)
彼女はある可能性に気づく。
本格的に洗脳されたものでないとすれば、可能性としてあり得るのはコレットが何らかの手段を講じたこと以外にないのだが。
そもそもそれが『以前から』出来たことならば、まだ組織が健在だった頃にもっと厄介な手段をとることが出来たのではないか――?
それはつまり、コレットの――おそらく指輪の能力が、変化を見せているということ。
更に言えば、『変化がそれだけではない』という可能性をもさし示す。
「――戻るわよ」
子供たちの確保に成功したとはいえ、あちらの戦いが収まるその時まで終わりではない。
剣一郎の渾身の一撃は綺麗に命中したが、コレットはまだ弱る様子を見せていなかった。それどころかカウンターとばかりに数回電撃を飛ばしてきたが、回避困難なそれを仲間が受けるたびにカンタレラが傷を癒すべく練力を飛ばした為に被害もまた軽微で済んでいた。
もっともコレットには状況を察知出来る余裕もまだあるらしく、姿を消していた律子やエイミが戻ってきたのを察し、
「――やるねー。正直、まったく子供を傷つけないで終わらせるなんて出来ないと思ってたけどー」
そう言葉を発した。
「強がっても無駄じゃぞ、残るはお前さん一人じゃ」
霧雨仙人がそう言ったが、コレットの余裕は揺るがない。
「この辺りで幕引きと行こうか」
「そうだねー」
剣一郎の言葉に答えたのはコレットだった。
次の彼女の挙動を見、全員が眉をひそめた――彼女が左手を高く掲げたのだ。
「これを今回使うとは思ってなかったけど‥‥ま、いっかー」
独りごちて、左手を勢いよく振り下ろす。
能力者の誰もが息を呑んだ。
これまで、コレットが放った七色の電撃は常に対象となるのは一人だけだった。
それがどうだ――左の全ての指にはめられた指輪から、五本の電流が迸ったのだ。
それらは紛うことなく能力者に命中し、次なる――右手の一降りで現れた電気により、新たな穴が開かれる。
電撃でとまどう能力者たちに、逃げる彼女を追跡する余裕はなかった。
●その力が救うモノ
想定していたよりも子供の数は多かったが、事件としては無事に解決した。
エイミが子供たちに振る舞ったお菓子は今更になって怯えそうになった彼らの心を和らげるには十分で、優しく笑顔を向けるエイミ自身も安堵する。子供は絶対に救うという思いが人一倍強かった流叶もそれは同様だった。
一方で、不安を匂わせる影も残った。
コレットの目的の変化もそうだが、もう一つ。
彼女の新たな武器も――組織を失った以上、新たな後ろ盾を得てのこととしか思えない。
「‥‥どこまで行けば助けられるの‥‥?」
アメリーのその呟きに明確な答えを出す術を持ち合わせる者は、その場にはいなかった。