●リプレイ本文
●最後の――
最終回、とていつものように、朝澄・アスナは先に収録スタジオの前で待っていた。
「ここに来るのもこれで最後か、少なくとも当分先だってことは確かなのよねー‥‥」
スタジオを見上げつつそんな感慨にふけっていると、背中から胸にかけて何者かの腕が回された。
「あ‥‥」
驚いたのは一瞬だけ。もう何回もやられているのだから、流石に誰かは理解している。
予想通り、彼女に抱きついてきたのは椎野 のぞみ(
ga8736)だった。
「今回もよろしくね――って最終回はさびしいですね‥‥。
本当は気づくのもっと早ければアスナさんと一緒に出たかったんだけどね〜」
「というか、アスナさんも出演したらどうですか?」
のぞみに続けてアーク・ウイング(
gb4432)が放ったその言葉に、アスナは苦笑する。
「プロデューサーはいいって言うかもしれないけど、私自身がテーマに合うものを考えられないのよ」
だから今回は裏方で――そう告げた後、アスナは視線を動かした。
加賀 弓(
ga8749)と目が合う。
「何だかんだで寂しくなりますね」
「そうね」
『能力者改造計画』皆勤者である彼女とアスナは、つまり毎回顔を合わせていることになる。それもあってか、感ずるところも同じだった。
「っていうか‥‥姉妹ほんとに多いのね」
アスナは次に、軽い驚きを込めてそんな呟きを漏らす。
加賀家には姉妹が多い。弓が長女で、前回の時にも三女の加賀 円(
gb5429)は来ていたが――今回はさらにそこに、次女である加賀 環(
gb8938)が加わっている。
書類上で事前に知ってはいたのだけれど、本人を見るとやはり驚きは隠せない。姉妹は全員で七人だそうだから、一人っ子のアスナにはその家族の様子が想像もつかなかった。
「人数少ないからって、なんで私が‥‥」
姉妹たちの背後では、アーシュ・シュタース(
ga8745)がそんな言葉を漏らしている。
その不満げな態度のどこまでが本音かはアスナには分かりかねたけれども、出場者が一人でも多い方がうれしいことだけは確かだった。
■
スタジオに入り、各々が控室にて準備を始める。
そして、最後の収録が始まった――。
●情熱の――
大体いつも通りの前振りの後、これもまたいつものように、ステージが暗転する。
「トップバッターは――」
女子アナの大仰な振りに応じて、ステージ後方のディスプレイが今回の参加者を順々に表示し始める。
やがてそれは固定され、映し出された参加者の名は――
「椎野 のぞみさんです!」
■
「毎回毎回思うんだけど――ボクの選択しているネタって、いつも自分にダメージ与えてるよね‥‥」
のぞみは自らの胸を見下ろしてそう呟く。
なだらかな曲線を描いている身体がそこにはあり、今回の衣装と交互に見遣ると余計に悲しくなった。
でも――。
「でも今回に向けて必死に練習してきた。最後だし――思いっきり楽しもう!」
涙は流さない。というか、流す暇なんてないのだ。
――楽しむ為に、この舞台に来たのだから。
■
一部――舞台の中央部分にだけ、灯りがともる。
石畳の床、奥に積み上げられた無数の酒樽――そこは、リーリャス・パスティアという名の酒場だった。
女工たちが歌うジプシーの歌、それに反応するように歓声を上げる兵士たち。
そしてそれらの声はやがて笑い声へと変わり――時が刻まれ、今や兵士たちの帰還という形で終わりを迎えつつあった。
そうした折、今度こそ舞台の全景が照らされ――。
舞台の左側、椅子に腰かけていた一人の女がその姿を露わにする。
腰のあたりまで伸ばした髪は緩やかにウェーブを描き、身に纏うワンピースとショールはともに紅く――傍目から見ると踊り子のようにしか見えないほどに妖艶な雰囲気を醸し出していた。踊り子のようにしか見えない、というからにはその女の本職は女工である。名を、カルメンといった。
扉を開く音がして、カルメンは視線を泳がせる。
今度は舞台右、裾から男が現れた。
その時代の兵士の衣装に身を包む男はカルメンの姿を見、興奮したように足取りを速めた。
男の名は、ドン・ホセ。先のとある出来事の中でカルメンを捕縛しはしたが、誘惑された末に上司の命にも背いて彼女に再度自由を与えた男である。婚約者がいるにも関わらずそうしてしまったのは、それほどまでにカルメンの誘惑が強烈なものであったわけだが――それに抗えるほどにホセの気持ちの持ちようが堅くなかった、ともいう。その証拠は、今の彼の足取りにはある。
ホセは少し歩いたところで足をとめた。妖艶な笑みを浮かべたカルメンが、手で制したからだ。
カルメン自身は歩を進め――舞台の中央まできたところで、照明が一度落ちた。
刹那――BGMが、変わる。かき鳴らされ始めたギターの音色は、ひと聴きしただけで情熱的な色を観客へ伝えていく。
舞台は再度、まずは中央だけに薄暗く照らされる。
カスタネットを構えたカルメンが、ギターの音に合わせて踊り始める。
フラメンコ――。展開が進むにつれ、光は強いものへとなっていく。
その踊りは、ホセという視線の送り主がいることも相俟って、舞台上の情熱の色をさらに強め続けた。
そして、フィニッシュ。
カルメンがポーズを決めたと同時に投げた薔薇は、ホセの許へと届き。
いよいよ興奮が最高潮に達したホセが、たまらないといった様子で舞台中央に進み。
二人が強く抱擁を交わしたところで、照明は落ちていった――。
●深窓の――
「二番手は初出場! アーシュ・シュタースさんです!」
例によって、初出場の参加者に関しては簡単にその性格の説明がなされる。
アーシュの場合で言えば、偉ぶってはいるけれども実際のところ悪人にはなりきれない部分がある、とか、まぁそんな感じである。
そこからどう変わるかも、一つの見どころであるのだ。
彼女の場合元来が強烈だけに、そこのところの――主に女子アナの――期待は大きそうだった。
そんなわけでややテンションの高い説明の後、演技の幕が上がる――。
■
一面、草原が広がっていた。
――その緑の中を軽やかな足取りで往く少女が、一人。白いワンピースに身を包んだその容貌は育ちがいいのが一目でわかった。
両手でバスケットを抱え、麦藁帽子の下では嬉しそうに口元を綻ばせながら――彼女は舞台の中央あたりまでくると、バスケットに入れていたシートを広げた。
シートの上に、女の子座りで座る。すると間もなく小鳥が羽ばたく音がした。
彼女は右手を目の前に広げる。
「くすくす、こんにちわ。小鳥さん」
そう、指の上に止まった鳥に笑顔で語りかける。
そして――
「あっ」
驚いた様子を見せた後、その視線はゆっくりと――小鳥が飛び立った、空へ向かう。
しばし小鳥の様子を見送った後、
「――幸せですね」
彼女はゆっくりと、祈るように両の手の指を絡ませた。
「ずっとこの時が続けばいいのに――」
――そう願う様子を見届けるように、照明はゆっくりと暗くなっていった――。
■
(「ぐっわぁ―――――!」)
舞台袖に引っ込んだアーシュは、素の自分に戻った途端心の中で叫んでいた。
ついさっきまでの自分。
思いだすだけで、鳥肌が立つ。悪寒がする。もんのすごい自己嫌悪。
――彼女の生い立ちに関わる様々な不幸が全てなかった場合、という想定の設定だったのだけれど。
終わってみれば思った以上に自分自身にダメージがいったようだった‥‥。
●子供向け番組の――
「三番目の登場となるのは――こちらも初出場、アーク・ウイングさんです」
■
「先祖代々の決まりだとかでKVの兵装みたいな名前を付けられて、どこか変わった家族に育てられた結果、女の子っぽいこととはほぼ無縁だったけど、今こそ大変身!」
控室にて、アークは物凄く意気込んでいた。それにしても確かに凄い名前である。ソードとかエナジーでないことはまだ救いかもしれない。
用意してもらった衣装は、ともに白のゴスロリ服と大きなリボン。それと、カラーコンタクト。
彼女はそれらを全て装備すると、鏡の前で一度覚醒する。
――狙い通りのことができたことに満足げに肯いたところで、スタッフから呼び出しがかかった。
■
実際の年齢以上に言動が幼い部分があるらしい、と紹介されただけあってか、舞台上は子供向け番組のセットになっていた。
アークのほかに、お兄さん(役のスタッフ)がその舞台上に立っている。
「ほら、みんなに自己紹介しようね」
普段の明るさとは打って変わって――自分の陰に隠れるようにして、恥ずかしがるアークにお兄さんはそう告げる。
「‥‥アーク・ウイングです」
恥ずかしそうな様子そのままの言葉が、何ともかわいらしかった。
「はい、この問題わかるかなー?」
演出上は子供番組。
まるでなぞなぞを解いてね、と言いたげにお兄さんは手に持ったフリップを表にしたけれど――そこに書かれている問題は、とても電卓抜きでは解けない(文系な報告官は電卓あっても多分無理)問題が書かれていた。
――が。
「‥‥できました」
――相変わらず恥ずかしそうに、答えを書いたフリップを表にするアーク。
何のことはない。覚醒していたのだ。
もっともカラーコンタクトのおかげで観客はおろかスタッフの目にすらその変化は分からなかったけれど――
「はい、よくできました!」
そう言ってお兄さんは、アークの頭を撫で――彼女はなおも恥ずかしそうにしながらも、可愛らしい微笑みを浮かべた。
そんな感じで番組は進んでいき。
「またみてねー」
と、二人揃って手を振ったところで照明は落ちた。
●悪の――
「次は――次は、二つの意味で最後のエントリーになります」
女子アナにとっても初めてのレギュラー(?)番組だったらしい。最後の参加者紹介の時に浮かべた表情はやや感極まっていた。
それでも、仕事は成し遂げる。
「前回優勝者、加賀 弓さん。今回は妹である環さんと揃っての出番です!」
■
「今回も皆さんには色々頑張ってもらいます。姉さんの為とは言いません、ですが番組の為に精一杯頑張ってください」
準備中――といっても、控室での話ではない。
大道具室。セットなどもここで作成・保管されているわけだが――そう言って頭を下げる円と、大道具係の姿があった。
円自身のリンドヴルムまでフル稼働で、セット作成の手伝いをもしようというのだ。勿論その話を聞いた係員は面食らったものの、力仕事は人手があるに越したことはない。
それに――円の言葉の裏には、「最後だから弓姉さんに優勝してほしい」という並々ならぬ思いを感じ取ることができ、反対する理由も見当たらなかった。
――が、その力仕事で、
「あらあら、こんな事も出来ないでこの仕事をしてるなんて恥ずかしくないんですか?」
覚醒してちょっとキャラの変わった円にそう嘲笑され、凹んでしまった大道具係がいるとかいないとか。
当然、控室にいる二人はそのことを知らない。
(「可愛い円の為にも恥だけはかかないようにするかね」)
と考えている環は、知らないのだった。
まぁ、それはそれとして――。
幕が、上がる。
■
その西洋風の玉座の間は、無駄に豪奢だった。
入口から玉座へと続く絨毯の両脇の壁には、名画と思しき絵画がずらりと並び。
また床面が露わになっている箇所は、細かく砕かれた状態で散りばめられた宝玉が嫌らしい程に煌めきを放っている。
無論、二つ並んだ玉座の輝きといったら床面の比などではない。
その玉座に座る、二人――王と、王妃。
弓扮する王妃は、この空間の豪奢さは全て彼女に原因があると分かる程に悪趣味な着飾り方をしていた。
「誰に断ってこの場にいるのです?」
「貴女には聞いていません。私はお父様に話があるのです」
毅然と環演じる姫は言い返す。
すると――王妃は立ち上がり、座ったままの王に擦り寄って、
「私の言葉は王の言葉と同じです。ねぇ、アナタ」
まるで何かをねだるように王に問うた。
骨抜きにされた王にしてみれば強請られたといった感覚さえももはやないのだろう。鷹揚に「あぁ」とだけ肯いてみせる。
その言葉を聞いた王妃は狙い通りとばかりに頬を緩ませ、姫と忠臣を指差した。
「私に逆らう事は王に逆らう事と同じ、誰かその者達を摘まみ出しなさい」
兵士たちは一瞬逡巡したが――逆らうことは許されない状況であるのも確かであり、迅速に二人を拘束した。
「お父様っ! 話を聞いてください、このままではこの国は駄目になってしまいます! 昔のように戻ってください、お父様ぁ!!」
姫は懸命に叫んだものの――その言葉が、王妃の笑みに蕩けている王に届いている様子は、ない。
だから姫は次に、勝ち誇る王妃を鋭く睨みつけた。
「貴女の所為でお父様はっ、この国はっ!」
――だが、抵抗もそこまで。
「は、放しなさい!? まだ話はなにも終わっ‥‥お父様ぁ!」
そうして姫たちは、玉座の間から追い出され――場面が、暗転する。
再び照明がともった時、空間は変わっていた。
姫の部屋――主の性格をも指し示すような、王族の部屋としては質素な造りのものだった。
その中心におかれたベッドに顔を埋めて、
「あの女の所為で、お父様は変わってしまった‥‥お母様、私はどうしたらいいのですか?」
――姫は、涙を流していた。
「もう駄目なのですか、あの女と共にお父様を討つしかないのですか?」
嗚咽交じりに、問う。だけど答えは、返ってこない。
その答えを導くことは、自分自身でしかできない。
――姫はやがて、顔を上げる。
その表情には、決意が漲っていた。
「これ以上、この国をあの女の食い物にされるわけにはいきません」
そうして彼女は、忠臣を引き連れて歩き出す――部屋を出る間際、
「――ごめんなさい、お父様」
小さく、そう付け加えて。
国の変貌の始まりを告げる――部屋を出る音とともに、照明は消えた。
●最後の、最後の――
「いよいよ結果発表です!」
女子アナが一番興奮している気がしないでもない。
スタジオにいる誰もがそう思っていたがあえて口にはしなかった。
結果。今回は出場者が多くないこともあり、表彰されたのは二組だった。
ひと組目――準優勝は、アーシュ。演技の動き自体はそう多くはなかったものの、やはり普段の性格とのギャップが目を引いたらしい。
もっとも演技終了後に軽く自己嫌悪に陥っていた本人的にはちょっと複雑な気分なようだったけれど。
そして優勝は――加賀姉妹。
もしも弓と環の配役が逆だったならこうはならなかったろう。この配役だからこそ、ギャップという評価が活きたのだ。
■
本番の収録を終えた後は、のぞみによるALPの宣伝と、弓によるIMPの宣伝の収録が行われ。
それらを全て終えてから、一同はスタジオを出る。
「緊張したけど楽しかったね。番組は今回で終わりだけど、またいつか復活しないかな」
そう漏らしたのはアークで、
「ここに来ることも、もうないのかしらねー‥‥」
スタジオを振り返り、アスナはそんなことを呟く。
「楽しかったけど――やっぱさびしいですね。アスナさん。
またこんな依頼あったら教えてくださいね!」
「わ」
まさかまた来るとは。
本日二度目ののぞみの抱きつきにちょっとだけ吃驚した後で、「――そうね、分かったわ」アスナはそう答える。
「最後に記念撮影、しませんか?」
そう弓が提案し。
――形に残る思い出を残しつつ、『能力者改造計画』という企画は終わりを迎えたのだった。