●リプレイ本文
●排除すべき障害
少しずつ春の暖かさを帯び始めた空気に、青い絵具を薄く溶いたような雲ひとつない空模様。まさに旅立ちの日に相応しい日和だ。
「ふふふ〜ん♪」
昼で、かつ依頼遂行のために一般人の人払いが済んでいる『祈りの丘』の下の草原に、シエラ・フルフレンド(
ga5622)の鼻歌が穏やかな風に乗って響く。
彼女はすりおろした果物を袋に詰めている。果物はパーティーの準備をしている人々から拝借したものだが、頂いた分の費用は準備している場所に置いてきたので問題はないだろう。袋に詰め終わると、「と〜〜〜♪」と機嫌よさげな声を上げながら全開にした袋の口の周りを手で煽ぐ。果物の香りが、風に乗って周囲に漂い始める。
「卒業、かぁ」
シエラの一連の作業を見ながら阿木 慧斗(
ga7542)はぽつりと呟く。
今頃この学園の卒業生たちは卒業の儀に参加していることだろう。普通の生活をしていれば、来年には彼らと同じように旅立つ日が来たのだろうかなどとふと考えた。
「わたくしも、エミタに適性がなければ、今年卒業式でしたのよ‥‥」
そう言って遠い目をするのはエミリア・リーベル(
ga7258)。日本に留学してから諸々の事情で傭兵となった彼女は、学校での卒業式に出ることは出来ない。その代わりこのパーティーを守り抜くことを自らの区切りとすることにしたようだ。
「それにしても丘の上の儀式‥‥ん〜、新鮮でいいですねぇ」
隠れやすそうな場所がないかと周囲を見渡しながらスティンガー(
ga7286)は言う。祈りとは何人にも邪魔を許されない神秘的な行為故に、邪魔をされると無性に腹が立つ。邪魔するキメラをのさばらせておくわけにはいかない。
「せっかくの学園最後の思い出を汚す訳にはいきませんからね。きちんと依頼を果たす事にしませんか?」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)の言葉に誰もが肯いた。
そして一同は、丘の頂上を見つめる。
そこに向かっていく三人の能力者の背中も、しっかりと見えた。
「この丘を無粋な輩に占拠されていることは断じて許し難いことです!」
その三人の能力者のうちの一人、木花咲耶(
ga5139)は頂上をめざし歩きながらも、険しい表情で拳を握る。魔を祓い、学生たちの祈るという有意義な時間を取り戻すことが使命だと、自分に強く言い聞かせた。
彼女と行動を共にする羽鳥・建(
ga5091)と増田 大五郎(
ga6752)は彼女の言葉にそれぞれ肯定の素振りを見せた。彼女の意思は、即ちこの場においては集った能力者全員の意思なのだ。
三人は丘の頂上に到達すると、それぞれ覚醒を済ませた。顕現するは白き翼、深紅に染まった爪。そして漂い始める柑橘系の香り。
大五郎が放つ香りは風に乗って周囲に充満する。シエラが作った香りもあわせて、待機している能力者とは丘を挟んで丁度反対の方角にいた群れ――キメラの嗅覚にもそろそろ届いたろう。
ダメ押しとばかりに、建と大五郎は息を思い切り吸い込んで呼笛を吹いた。
――群れが、一斉にこちらに向けて動き出す。
迫る速さは一般人なら戦きたくなるほどのものだが、能力者たちはそんな脅威を駆逐するべくここにいる。恐れはない。
建はキメラの動きに合わせ、脚力を増幅する。一旦キメラに自ら接近した後、こっちへおいでと言わんばかりに再度距離を取る。喰らうべき獲物に挑発されたと見たか、キメラの勢いは先ほどよりも猛然としたものとなった。建は上手く誘き寄せることが出来たという確信を抱くと、速度を緩めぬまま、先に仲間たちのいる方へ下っていた咲耶と大五郎に追いつく。
丘の下では既に他の能力者たちも覚醒を済ませていた。瞳の色が青くなったシエラはまばらに立っている木々のうちの一本に登り、普段は禿頭ながら覚醒によって黒髪を生やしたスティンガーはまた別の木の陰に隠れている。
丘の頂上に姿を見せたキメラたちは、下にいる獲物の数が増えたことに気付くと更に勢いづいて丘を下ってきた。
「‥‥さて、どうしようもないお馬鹿さんにはそれに相応しい罰を与えてやるべきですわよね。後悔後を絶たず、とはよく言ったものですわ」
瞳から妖しい光を放ちながらそれを見、クラリッサはまず近くにいたエミリアの武器に練力による強化を施す。そのエミリアの背には、黒光りする羽が生えていた。
それが終わった頃には、キメラと能力者は真っ向から対面する形になっていた。
「お山の大将。さぁ、参りますわよ」
囮の役目を終え踵を返した咲耶が迷うことなく一際大きなキメラに迫り、横から流れるような一撃を見舞わせる!
「遠慮なく攻撃させていただきます! 卒業生達の大切な思い出を守るためにも!」
建も同じように――咲耶の反対側を突いて大キメラに一閃を振るう。
取り巻きのキメラたちは、ボスを狙って攻撃してきたこの二人に反撃しようと迫る。が、
「痛いのは一瞬だけにしてあげるからっ!」
銃声に混じったシエラの声が聞こえたキメラはいたのだろうか。
取り巻きのうちの一匹が、胴から鮮血を放ちながら吹っ飛ばされた。それが生んだキメラの逡巡をつき接近した大五郎は、別のキメラの背中をナイフで切り裂く。急襲を受けたキメラはよろめきながら、吹っ飛ばされた同胞の後を追うように後退した。
更にそこを深追いしようとした大五郎に、最初吹っ飛ばされたキメラが猛然と襲い掛かる。能力者たちは殆どがボスを集中して狙っているため、他のキメラは自由に動けてしまうのだ。
横から鋭い爪による斬撃を受け数歩後ずさった大五郎に、
「無理、しないで」
ダークレッドの翼を顕現させている慧斗からそんな言葉と共に癒しの力が飛び、生まれたばかりの傷を塞いでいった。
その頃にはボスキメラも体勢を立て直し豪腕を振るい始める。取り巻きには劣るとはいえモチーフが猿なので見かけ以上には俊敏だ。ボスを囲うように一斉に叩こうとした能力者たちだったが、避けられたかと思うとカウンターを喰らうなどなかななか思うように攻撃が決まらない。
それでも、シエラや大五郎が取り巻きの相手をしているのでボスと戦う者たちも目の前の敵だけに集中出来た。
手下が逃げそうになると
「‥‥逃がす訳には、いかない」
慧斗の超機械による攻撃が隙を作り、
「猿と言っても、出すぎた真似は身を滅ぼしますよぉ?」
退路を塞ぐように回り込んだスティンガーの射撃が移動力を奪う。
手下による妨害を食い止める人間の少なさ――即ちボスを叩く人数の多さは、やがて趨勢を決める鍵となった。
「卒業生の皆様のためにも、この場所から居なくなっていただきます!」
エミリアは最初に強化を受けたフロスティアに更に自らの練力を流し込み、ボスの足を一突きする!
片足の力を完全に失ったのか、ボスは不安定な体勢になったかと思うとその場に倒れこむ。まだ息はあったものの、そこから動ける様子はない。こうなると叩くのは遥かに容易になり、能力者たちがボスの息の根を止めるのにさして時間はかからなかった。
ボスが倒れたのを機にますます逃げ腰になり始めた手下たちだったが、それぞれにシエラや大五郎から負わされた傷があり、ボスを失った以上連携のれの字も取れない状態になっていた。こちらもまた、確実に一匹ずつ、能力者たちの集中攻撃によって屠られていく。
「これで、終わりです!」
最後に残った一匹の背に、建がファルシオンを突き立てる。
鮮血を撒き散らしながら、ゆっくりとキメラは崩れ落ちた。
●春来たりなば、未来へ
夜になっても雲はかかることなく、空には満天の星が輝いている。
キメラの後始末を終えた能力者たちは学園にその旨を告げた後パーティーの準備を手伝い、パーティーが始まると三つの班に分かれて警備活動を開始した。卒業生はキメラが丘にいたことを知らされていなかったらしく、警備をしているのが能力者であることに多少の驚きを見せていたが、深く追及してくることはなかった。
「ご卒業おめでとうございます。今後の人生が良きものでありますように」
建は警備中、自分の班の近くを通りがかった卒業生たちにそんな祝辞を述べ、
「わたくしもまた、この卒業式を守ることで、皆様と卒業して未来へ進むことにしますわ♪」
同班のエミリアはそう言って彼らに微笑む。特に高校の卒業生たちは彼女が自分たちと同い年だということを知ると、揃って笑みを返した。
「この人達の未来が輝かしいものだといいですね〜」
卒業生との軽い会話を終えて再び警備のために歩き始めると、シエラはそう言って笑う。その言葉に、建もエミリアも笑顔で肯いてみせた。
「貴方のような美しい女性に出会えるのは神のお導きかもしれませんねぇ」
別の班で行動するスティンガーは警備がてら、学園の若い女性教師の一人と会話を交わす――もとい、口説きにかかる。
が、女性教師は少々困った笑顔を浮かべ彼の口説き文句を受け流すばかりだった。その視線がスティンガーの目と、彼の禿頭とで行き来しているのは受け流す要因にどうしても目がいってしまうからか。
『脈なし』と判断し適当なところで会話を打ち切り、スティンガーは軽く涙を流しながら今度は警備ルート上にいる男性教師の元へ向かう。
スティンガーと同班の慧斗と大五郎はそんな彼の様子を見てから顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑いを浮かべた。
慧斗はそれから、警備の目を光らせながら考える。
(「‥‥願いごとを祈るだけでは叶わない事を僕はもう知ってしまったけど、願うという行為で自分のしたい事が明確になる事もあるよね」)
ならばその『自分がしたい事』とは、希望を費えさせないことだと慧斗は思った。
昼間にキメラを全て討伐したので仲間を呼ばれるようなこともなく、パーティーは滞りなく進んでいく。
やがて閉会が近づき、いよいよこのパーティーのメインである儀が行われる時間となった。
パーティー用に設置された照明装置は全てスイッチが落とされ、丘を照らす輝きは遠き空の星の輝きだけとなる。自然と、場から喧騒が消えうせていく。能力者たちも一度警備の足を止めた。
『では、祈りをどうぞ』
マイク越しの短い言葉を機に、卒業生たちは各々の祈りを始める。天に向かって声を上げる者、瞑目したまま両手を組み合わせる者――。
能力者たちも倣うように、祈る。
「健康第一、体力増進!」
大五郎は両手を打つとそう小声を上げ、
「願わくば‥‥あらんことを‥‥」
シエラは警備のために昇った木の上で両手を組み合わせた。肝心な部分は誰の耳にも――彼女自身の耳にも――聞こえることはなかったが、それでも構わない。
他の者たちは、沈黙を保ったまま祈りを捧げる。
(「この子達が戦の場に立つことの無い様に」)
(「世界中の人々の絶望・悪夢の対象であるバグアを地球上から追い払い、子供達が無邪気に笑って過ごせますように」)
(「わたくしもこの星に未来に貢献できる人間になれますように‥‥」)
(「‥‥最後の希望を、消さないぐらいの強さを僕に、下さい」)
(「いつかこの終わりのない戦いに終止符が打たれ、本来の自分の生活に戻れますように。そして、その時には自分の傍らに自らが愛する人が寄り添っていてくれますように」)
それぞれの想いは、平和への願い、そしてその実現のために自らの力を欲するという点においては同じだった。
もっとも、加えて「髪が生えてきますように」と願ったスティンガーのように個人的な希望も祈るのは、能力者として以前に一人の人間として当然のことともいえるだろう。
再び司会の合図が入り、祈りの時間が終わる。
どんなことを願ったか――卒業生たちの間からそんな会話が聞こえてくる。
クラリッサと咲耶は顔を見合わせ、それだけで互いが似たようなことを考えたことを察する。それは恐らく、他の仲間たちもそうなのだろうということも。
「‥‥ありふれているかも知れませんけど、だからこそ貴重なんだと思いますわ」
そう言って微笑むクラリッサに、「そうですね」と咲耶も肯き返す。
本来在るべき姿が貴重というのは何とも皮肉なものだが、だからこそ手に入れることに価値がある。
夜空を照らす星のように、煌く未来を――。
祈りが叶うとされる丘で能力者たちはそう強く願い、自らの心に刻んだのだった。