●リプレイ本文
●
ナポリの街の外周から距離を置いた地点――そこが、イタリア南部奪還への全ての始まりの地点となった。
今はまだ、ナポリ周辺に蔓延るバグアも八人の傭兵に攻撃を仕掛けてくる気配はない。おそらくまだ存在の認識もしていないだろう。
だが、当然ながら傭兵たちは違う。
「彼らのような方々がいてこそ、私たちも安心して戦えるのですからね――是が非でも、救い出さなくてはなりませんね‥‥」
金城 エンタ(
ga4154)は呟く。
彼ら、というのは無論、街の中に取り残された――今回の作戦において救助対象となるイタリア軍である。
「待ってろよ――今すぐ皆、助け出してやる!」
そう息巻く魔宗・琢磨(
ga8475)には、ただ『救助したい』と考える以外にも思うところがあった。
それと同じ思いを抱える者は、ほかにも。
(「私たちの失敗のせいで軍の皆さんを危険に曝してしまうだなんて――」)
悔しい。
ヘルヴォルと名付けられた雷電のコックピットの中、御崎緋音(
ga8646)は人知れず唇を噛んだ。
ただ――だからこそ、この街に植えつけられた危機という名の種は、自分たちの手で摘み取らなければならない。
ヘルヴォルとは、軍勢の守り手を意味するヴァルキリー。――イタリア軍を救うというこの状況にも相応しいのだから。
「何にせよ、イタリア奪還への一歩。仕損じる訳には参りませんね」
そう言うのはトリストラム(
gb0815)。騎乗するフェイルノートには、自ら血を流すことを厭わないという覚悟を示す赤いマントが装備されていた。
「まずは周辺のバグアを掃討、しかる後に柵を破壊‥‥後はどこまで保つか、ですか」
「電撃強襲救出作戦って感じかな?」
ミア・エルミナール(
ga0741)は今回の作戦をそう称する。
敵の数が想定しきれない以上、戦域に長居することは避けたかった。その意味で、巧遅より拙速を優先する方針に間違いはないはずだとミアは思った。
やがて、各々のセッティングが完了する。
そして――それは始まった。
●突破
「――タートルワームが二機だけか。思ったより少ないですね」
現地に近付くにつれ判明する敵戦力。破るべき柵の前にいるそれを把握したクラーク・エアハルト(
ga4961)は、そんな感想を漏らした。
だが、全員が分かっている。――これから作戦を執行するにあたり、必ず敵の戦力は増えることを。
まずは柵を破らないことには話は始まらない。
「いくぞッ!」
琢磨とミアの機体を先頭に、傭兵たちは街への接近を図った。
出来るだけ隠密進行を心がけようともしたが、如何せん周囲に何もなさ過ぎて身の隠しようもない。
だから当然敵もそれをすぐに認識する。
二機のタートルワームの砲身が、先頭を往く二人それぞれに向けられた。
だが――その迎撃を警戒していた者も、当然いる。
「何事も最初が肝心、と言いますからね。
スコープシステム起動‥‥ショルダーキャノン、アクティブ!」
トリストラムがそう言い放ち、射撃体勢へ入る。刹那、それまで肩口で折りたたまれていた砲身がバグアに向かって伸びた。
間もなく照準が定められ、発射。敵勢に直撃こそしなかったがタートルワームの足を掠め、それに加えて生み出した土埃は敵の迎撃を一時的に阻害するのに十分だった。
それを目前に捉えながら、琢磨とミアを先頭にした傭兵たちは疾走――そして収まりつつある土埃をかき分け、タートルワームの間を抜けて柵のもとへ。
「これで――ッ!」
ミアの阿修羅、その頭部に装備されたクラッシャーホーン――二本の角が柵に対して唸りを上げる!
轟音が響き、柵が盛大に軋んだ。確実に柵の強度に被害を与えたところに一瞬遅れて琢磨のディアブロがパンチを放つと柵が街の内側へ大きく揺らぎ、もう一度クラッシャーホーンを突っ込ませたところで柵は大きな音を立てて内側へ倒壊した。
(「――今だ!」)
刹那、クラークが引き金を引く。
それによって上空に照明弾が打ち上げられた。照明弾といっても、正規軍で使われている類のものだ。
柵を破壊した轟音と、この照明弾。たとえ直接通信ができないとしても、街中に取り残された軍が事態に気付かないわけがない。
その行動を信じ――ミアと琢磨が開けた道を通り、四機のKVがナポリの街の中へと突入していった。
「さてと――今日は新型機の販売があるんだ、そいつを拝むまでは、絶対に死ねないねぇ‥‥!」
街の内部へと侵入した仲間たちを一瞥してから、琢磨は背後を振り返る。
――元々ここにいたタートルワーム二機を始め、周囲からは柵破壊の音を聞きつけたバグアの軍勢が集結しつつある。
二人が中をゆっくり見送る時間など、最初から用意されていなかった。トリストラムとクラーク――それぞれがコンビを組む相手と作戦通り連携出来る範囲まで接近出来たのはいいのだが、まず目の前のタートルワームをつぶしている間に一気に敵の数が増えたのだ。たちまち、破壊した柵――中にいる者たちの脱出口を背にしての戦闘になった。
「長居は無用――としておきたいところなのですが‥‥ね?」
すぐ傍にあったタートルワームを、ソードウィングのコーティングによって刃と化した腕で切り裂きながらトリストラムは呟いた。
戻ってくるまで、自分たちが耐えられているか――作戦の成否がそこにかかっているのを認識しながら。
●救助
軍との合流を目指す道中、ナポリの街中に突入した傭兵たちの先頭を往くのは、機動力に優れたワイバーンを駆る御影・朔夜(
ga0240)。その後ろを追う形でエンタ、終夜・無月(
ga3084)、緋音が続く。
柵破壊の轟音は、内部にも届いているはずだ。そうなると軍だけでなく、街内部に蔓延るバグアも此方に向けて間違いなく動き出すだろう。
むしろ、すでに動いているのはレーダーが把握している。間もなくここでも戦闘に入ることになるだろう。
もっとも、
(「――彼女以外に墜とされるつもりはないがな」)
胸中で朔夜が呟いた矢先、通り過ぎかけた十字路の横から銃声が迸った。――予想通りに。だから朔夜は、いとも簡単にそれをかわしてみせる。
「躊躇いこそが命取り‥‥一息に、行きますっ!」
その銃声を放った敵に――ゴーレムにエンタのディアブロがブーストをかけつつ接近し、ギガントナックル・フットコートでその主眼を潰しにかかる。それ自体は失敗に終わったが、後ずさったゴーレムが反撃に転ずる前に再度至近距離に入り、転倒させた。
――と、ゴーレムが視界から一瞬消えたその向こう側、
「――増援です!」
別の敵影を捉え、エンタは叫ぶ。
さらに悪いことに、その数はおよそ多すぎた。突破を最優先する傭兵たちにとっては大きな障害となる。
そしてそれに構う時間が長くなるだけ、救助すべき対象が危険にさらされる時間は長くなる。
軍の保護を優先すべく、判断は瞬時に。
敵勢がより接近する前に、彼らは十字路をそのまま突っ切っていった――。
敵は追ってこなかった。
引き返す時には遭遇する可能性も高いが、今はそのことを憂慮するよりもやるべきことがある。
「‥‥いました!」
やがて緋音がそれを告げる。
取り残されたイタリア軍の一個中隊が、此方に向かって一斉に駆けてきていた。傭兵たちが駆るKVは勿論歩行形態。そのコックピットからすれば遥か眼下だが、人の数もあって決して捉えられぬほど小さな姿ではない。
合流に成功したことに一度は安堵した傭兵たちだったが、すぐにその余裕は消えた。
「――危ない!」
それに気づいた緋音が咄嗟に叫び、ヘルヴォルは跳躍。
軍が駆けて行った背後に着地すると、すぐに足元に銃弾が炸裂する。軍と傭兵たちの合流を察知したゴーレム数体が、一斉に――KVと比べると貧弱と言わざるを得ない――軍に向かって銃撃を放ったのだ。
後は引き返すだけ。ヘルヴォルが身を挺して銃撃を防ぎきると、軍を囲うように陣を組んだ傭兵たちは撤退を開始した。
●撤退と、その先
案の定、というべきか。
折り返した復路には大きな障害が待ち受けていた。即ち、合流前に姿だけ見かけていた敵勢である。
軍勢はちょうど発見し合った十字路をほぼ埋め尽くした状態で待ち構えており、もはやその数を数える気になどなれはしない。
――だが。
緋音のヘルヴォルが盾となり軍を護る間に、彼らは道を切り拓かんと動き出す。
「邪魔をするなら――行くぞ、無月」
朔夜の合図を皮切りに、二機が同時に戦闘行動に入った。
まず撃破を狙ったのは正面に構えるタートルワーム。
先行する朔夜のワイバーンは数回スラスターライフルを放った後、タートルワームの横をすり抜けて機動力を生かし背後にまわった。
それに照準を向けようとする間に、正面からは白皇と名付けられた無月のミカガミが重機関砲を連射しながら迫る――。
正面と背後、両面から叩き込まれる斬撃――<旋月>から<鏡月>への派生連携。特に圧倒的な攻撃力を誇る白皇のロンゴミニアトの効果は凄まじく、ワームの中では強固な装甲を誇るタートルワームとてこの火力の応酬には沈黙せざるを得なかった。
タートルワームが攻撃機能を失ったのを把握した刹那、朔夜は一旦敵の正面に戻り向き直る。攻撃を加えている間にも背後の敵は此方に射撃を放っていた。今はそのすべてをかわすことに成功しているが、この幅の限られた戦場ではそれが続く保証はどこにもない。――傷がつくだけならまだしも、動きを止められるということはあってはならないのだ。
向き直ったばかりのワイバーンの横を、今度はエンタのディアブロが駆け抜ける。此方の狙いは、タートルワームの後ろに横に並ぶゴーレムの列。
「私との戦闘で、余所見などさせませんよっ!」
叫ぶエンタはあえて正面からはぶつからず、側面――列の中でもっとも左にいた一体をナックルフットコートで殴打した。吹っ飛んだ衝撃で数体がドミノ倒しになり、それで完全にエンタに気が向いたバグア軍の砲撃が一斉にディアブロに向く。
このままでは流石に袋叩きになるところだったが、そうはならなかった。
エンタに気が向いたことで、ふさがれていた脱出経路に大きな風穴が開く切っ掛けが出来たからである。再度朔夜と無月の連携が発動し、一体、また一体と薙ぎ倒されていく。陣地に切り込まれた形になったバグアの軍勢はそれ以後的を絞れなくなり、イタリア軍を狙った攻撃も当然のように緋音に阻まれる。敵の攻撃が散発的になったことにより再び能動のチャンスが巡ってきたエンタも、往路での戦闘時と同じように敵の行動を阻害するような箇所を狙って攻撃を叩きこんでいった。
――やがて、風穴は開ききる。敵戦力は未だ残されていたが、多勢に無勢も何のその、完全に戦況を逆転させた傭兵たちに距離を置いていた。左側面に至っては、エンタが攻撃の暇を許さないというのもあるが。
それでも一応警戒し、軍を護衛するように陣を組み、十字路を抜けたところでエンタもブーストをかけて合流。
後は最後の逃走経路を確保している仲間と合流するだけ――なのだが。
「‥‥まずいな」
先頭を往く朔夜は、柵周辺の戦況を察知して呟いた。
外の敵の数は、思いのほか増えていたらしい。銃声や破壊音は途切れる気配が全く見えない。
敵が仮に自分たちが相手にしていたより多くの戦力であるならば、退路のない柵護衛班が押されていてもおかしくはなかった。
「だー! イネースといい、こいつらといい、撤退させない気まんまんってわけですか!?」
半ばヤケクソのように琢磨は叫ぶ。内心は全くヤケになってなどいないのだが、この戦況はかなりいただけなかった。
倒しても倒しても際限なく敵が増援にやってくるのだ。際限が本当にないわけがないのだろうが、このままだとジリ貧だ。事実、琢磨のディアブロは既に計器がイエローシグナルを告げている。
「こっちは電子戦機なんでね。まともに正面からの撃ち合いなんてしてやるかよ‥‥!」
言うクラークだったが、状況はあまりにも追い込まれていた。まだ戦えることは戦えるが、次リロードする隙を作った瞬間には危なくなりかねない。
「なるべく早めにお願いしますよ‥‥!」
唇をかむトリストラム。彼自身のフェイルノートにはまだ少しは余力が残されているが、イエローシグナルが点灯しているのはミアの機体も同様であるが故余裕などありはしない。もっとも、一番最初に彼が援護射撃でうまく迎撃の芽を摘んでいなければ既に戦局が詰んでいた可能性も大いにあったのだが。
――その、詰む一歩手前。
戦況は大きく変わった。
「大丈夫ですか!?」
内側から切り込んできたのはエンタの機体。――間に合った。
それからは戦力の復帰も相俟って、柵周辺で戦う傭兵たちも息を吹き返した。
後は最後の風穴を開けるだけ。まだ幾分余裕を残している者たちに周りの敵を預け、これ以上の継戦は大破を招きかねない傭兵たちが総出で、最小限の敵の撃破にかかる。
――そして。
数刻後、ナポリから北上して数キロの地点。
重傷者を出さずに依頼を完遂した傭兵たちと、軍の姿があった。最後の戦闘では脱出の際に僅かながら軍に被害を出してしまったが、死人までは出ていないのは幸いだった。
助けてもらったことに感謝の意を表し、隊長以下並んで敬礼をする中隊。
それを見て無月は考える。
(「これが‥‥軍に信頼してもらえる切っ掛けになれば‥‥」)
そして、乙女座たちに対する宣戦布告になればいいと思った。
「‥‥全く、毎度の事ながら度し難いな‥‥私は――」
朔夜はナポリの方角――ひいては南部へと向かうその空を見上げて呟く。
いつものように覚える、既視感。つまらない――先の戦闘でさえも、そんな感想を抱いてしまう。
それはある種の乾きともいえる。
朔夜にとってそれを失くすことが出来るのは、一層焦がれてしまう彼女だけなのかもしれない。
この報せがイネースのもとに届くまで、おそらくそう時間はかからない。
――イタリア南部に、また一つの波が生まれようとしていた。